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温泉界へご招待 ~千丈髪怜角の場合~ 後編
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「な…何、これ!?」
「な…何、これ!?」
派手な飛沫を立てて怜角が飛び込んだ別世界、そこはなぜか、鮮烈な香気を放ちながらぐらぐらと沸き立つ深い浴槽の中だった。
「い…いたい、痛い!!」
『菖蒲湯』。古来より鬼を祓い、子供の健やかな成長を祈る為、端午の節句に用意される薬湯だ。その爽やかに香り立つ熱湯は、怜角たち鬼にとって致命的な劇薬なのだ。
「うわあ!! し、死ぬ…」
「うわあ!! し、死ぬ…」
ひりひりと容赦なく全身を襲うその痛みは、魔物の戦意を奪う強い力を持っている。最近少し自信過剰気味の怜角には丁度よい薬なのだが、ぐっしょりと冬制服に染み込む退魔の湯に、彼女は任務も忘れ悲鳴を上げた。
「…たた、助けて…誰か…」
あまりに理不尽な状況下、ひたすらもがき続ける怜角が薄蒼い湯の中でゲホゲホと咳き込み始めたとき、湯煙の彼方から二人の少女が、大きな金盥に乗って軽やかに滑走してきた。
「…桃の節句が終わったら、すぐ菖蒲湯の準備なの。なかなか大変なのよ…」
「で、男湯のほうはショータくんひとりで大丈夫なの? もう一人くらい男手を召喚したら?」
この『温泉界』の主である湯乃香と、先客の長命族アリス=ティリアスだった。菖蒲の束を満載した盥にちょこんと乗った小柄な二人は、湯船で悶え苦しむ黒髪の鬼をすぐに発見した。
「ああっ…無賃入浴!!!…しかも、洋服のまんま…」
にわかに怒りの形相を浮かべ、湯乃香はひらりと盥から飛び降りた。
「…地獄の鬼ね…入浴料と罰金ですっ!! 早く服を脱ぎなさい!!」
眉間に皺を寄せてぺたぺたと湯船に駆け寄った湯乃香は、半死半生の怜角に厳しく詰め寄る。力なく漂ってきたこの可哀想な鬼を、彼女はタイル掃除用のデッキブラシで再び湯船中央に押しやった。
「た、助けて…私は…」
「さ、早く脱ぎなさい!! でないともっと菖蒲を増量するわよ!!」
「…ああ、魔物ね…この薬草に含まれてるイリジンに弱いんだ…」
玄人じみたアリスの呟き。よいしょ、と菖蒲の束を盥から降ろす彼女の傍らで、湯乃香はデッキブラシの柄で容赦なく怜角の頭をぐいぐい湯に沈める。ついに観念した怜角は、溺れつつ重い制服を脱ぎ始めた。
「…げほ…わ、判りまひたっ!! 勘弁して下さいっ…」
「…そのトラ縞も脱ぐのよっ!! パンツ履いてお風呂なんておかしいでしょ!?」
「う…うう…」
湯乃香に次々と衣服を取り上げられた怜角は、最後の一枚に泣きべそをかきながら手をかける。先刻まであれほど憎かった虎縞パンツだったが、別れの今はたまらなく愛しかった…
「…なんか、趣味の悪い下着ね…」
そんなアリスの言葉に重なって、高いタイル壁の彼方から男の声が木霊してきた。怜角には忘れられない『天野翔太』のとぼけた声だった。
「…おおい!! 浅い湯船にも菖蒲放り込んだらいいんだなぁ!?」
「ええ!! 次は岩風呂のほうね!!」
…やはり天野翔太はこの妙な世界に潜伏していた。二人のへんてこりんな小娘たちにも厳しいお仕置きが必要だが、あの男だけは絶対に許しておけない…
「…こ、殺す。絶対にくびり…殺…す…」
しかし霊験あらたかな薬湯の効力には、怨念には自信のある千丈髪怜角もついにかなわかった。黒髪を藻のように漂わせ、虎縞パンツ一丁の彼女はぶくぶくと菖蒲の湯に沈んでいった。
「…あれ? 沈んじゃった…」
「入浴マナー悪い癖にヤワな鬼ね…いいわアリス、引っ張り上げてボイラー室にでも干しときましょう…」