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ややえちゃんはお化けだぞ! 第6話

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ややえちゃんはお化けだぞ! 第6話




「――なあ夜々重、鬼ってのは怖えのかな」

絡みついた髪の毛は、その締め付ける力を増しながらゆっくりと俺の足を登り始める。
しかし夜々重はそれに気付く様子もなく、今まさに非常事態だというのにも関わらず、
緩んだアホ面を向けていた。

「私の先生も鬼なんだけど、すっごい怖いよ……」

ただこいつはそういった表情が大変よく似合っているし、恐怖に怯えたり苦痛に顔を歪め
たりするくらいなら、そのままのほうがいくらかマシなのではと思う。

目を閉じ一度心を空にして、最初に思いついた行動をとる。それは俺の覚悟だ。

「じゃあお前、ちょっと離れとけ」
「え、なんでそうなるかな」

首に回されていた腕をくぐるようにして外し、むくれる夜々重を押し離す。
すでに腰まで達していた髪もそれに気付いたのか、急激に速度を上げ、俺の視界を一瞬に
して黒い奔流で埋め尽くした。



それから一体どんなふうにして、どうなっちまったのか。
引力とも遠心力ともつかない圧倒的な加速による衝撃は、すでに限界が近かった俺の思考
と感覚を遮断するには充分すぎるものだった。



卍 卍 卍



気を失うなんてのは人生初のことだったので、それに気付いて周りを見渡しても一体どれ
くらいの間こうしていたのかもわからない。

呼吸をするたびに入り込む砂埃にむせびながら、不気味な赤い空を見上げる。
ずいぶん上から引きずり落とされたように思えたが、こうしてみると幽霊の身体というの
はなかなかに丈夫なもんだな、とため息をついた。

ただ足には相変わらず黒い髪が巻きついていて、その先へと目を動かせば、俺を見下ろす
人影へとたどり着く。それは古めかしくも整った官服に身を包む女だった。

「……久しぶりだったもので力加減が分からず乱暴になってしまい失礼ました。私は外宮
警護の任に当たっている――貴方の世界で言うところの『鬼』です」

落ち着いた口ぶりはまるで怯えた野良犬でもなだめるようでいて、しかし、その黒く艶の
ある髪のてっぺんには小さな角が生えている。

「お、鬼っすか……」
「別にとって食べたりしませんから、そんなに緊張なさらないでください」

状況を鑑みれば絶望的な結末しか見えないところではあった。しかし地獄に似つかわしく
ない透き通った声で「怜角」と名乗るその鬼からは、不思議と恐怖は感じられなかった。

「いや、俺はてっきりもう殺されちまうもんだと」
「もう死んでいるんでしょう?」
「ええまあ、はい。いや、そうなんですが」

とは言え、ここでのやり取りが今後の明暗を決する状況に変わりはない。
だというのにしどろもどろな俺の対応に笑いをこぼし、手ごろな岩に腰を掛けて脚を組む
怜角さんに、妖艶な色気すら感じてしまうのは男の悲しさか。

「――これ、貰っても良いですか?」

不意な問いかけに慌てて目線を戻すと、怜角さんがバスツアーのパンフレットを手でちら
つかせていた。
自分のポケットを確認してみるもそこにはない。俺が気絶している間、取り調べはすでに
終わっていたのかもしれない。

「ああ、それは構わないです、そんなもの」
「不謹慎ですよ……地獄巡りツアーだなんて」
「……すいません。でも、俺は――」
「黄泉返るために太閤殿下に会いに来た、違いますか?」

一瞬言葉に詰まった。

「……どうしてそれを」
「あなたには『未練の鈴』が付いていませんから」
「未練の鈴?」
「ええ」

組み直される脚に気を取られまいと目を伏せ、まるで美人数学教師を思わせる淡々とした
説明に耳を傾けた――



通常人間が死ぬとその魂は三途の川を渡り、閻魔の裁きを受けて地獄なり天国なりに行く
ことになる。ここまでは俺の知識どおりだった。

ただし、生涯に強い未練を残している人間の場合、その未練は鈴へと形を変え、魂は人の
世に残る。それが「幽霊」と「未練の鈴」だということらしい。

つまり鈴のない霊というのは、単に自分の死に気付いていないか認めたくないかのどちら
かであって、こんな場所にいるとすれば後者。その目的は一つしかないとのことだった。

「はあ、そういうもんですか」

正直よく分からないが、結果状況は当たっているので素晴らしい推理であるといえよう。

「それが許されるかどうかは、私の判断するところではありません。そもそも私はここの
警護を預かったとき、捕らえたものは好きにして良いと言われていますので」
「もしかして、それって……」
「あなたは無害と判断しました」

その言葉は俺にとって光明だった。現時点ではお咎めなし、そういうことだ。
しかし何とも、俺の想像の中の鬼ってのは虎パンツで金棒を振り回すような乱暴者でしか
なかったのだが、これはもしも生き返ることができたあかつきには、大勢にその正しさと
美しさを伝えてやらねばならない。

そんな決意とともに、深い安堵のため息が身体の緊張をほぐした。



卍 卍 卍



しばらくの間そうして不器用ながらも人情味溢れる会話を堪能し、さてと前置きしながら
立ち上がって埃を払う優雅な鬼の姿は、惚れぼれするほどの魅力で満ち溢れていた。

「もしお邪魔でなければ、案内して差し上げますよ」
「そりゃ助かります、でもいいんですか?」
「宮内までは及びませんが、それでも――」

と、その時、怜角さんの表情が一瞬曇る。

「ちょ、ちょっと? どうしました?」

かと思えば急に首をおさえて苦しみ始め、倒れるようにして俺に身体を預けた。

「く……」

何が起きたのかと震える背中に手をかける。すると俺の記憶の中から何かが掘り返された。
これはもしかしてあのときの、夜々重に呪い殺されたときの俺と同じではないだろうか。
小さく漏れる呻きと、震える黒髪の遥か向こうでは――

「遅くなってごめんね! 助けにきたよ!」

――救いようのないバカが誇らしげに仁王立ちしていた。



そう、俺は忘れていたのだ。といってもそれはもちろん夜々重自身の事ではない。
好機を絶望へと変える、そのカタストロフ的なバカさ加減を。

「違うんだ夜々重、やめろ!」

渾身の叫びに一瞬きょとんとした夜々重であったが、すぐさま表情に勇ましさを取り戻す。

「そう……鬼はいろんな能力を持ってるって聞くし、きっと洗脳されちゃったのね。でも
大丈夫だよ、私が助けてあげるから!」
「そうじゃあない、怜角さんは素晴らしい人なんだ! 今すぐ呪いを解け!」
「さっきはあんなにいいムードになりかけてたのに……許さないんだから!」

以前会話をキャッチボールに例え、どんな球も取れない夜々重を表現したことがあったの
だが、なぜだ。この重要な局面において、こいつは全てホームランで打ち返してくる。
飛んでいった打球のひとつがどこかの窓ガラスを破るのも、もはやお約束であろう。

「許さない、ですって……?」

気が付けば怜角さんの震える指に光が灯り、なにやら不思議な図形を宙に描く。と、その
首に巻き付いていた太い縄が弾け飛び、同時にその瞳からは優しさが消え去っていた。

「ち、違うんです、あいつはバカなだけで――」
「この地獄に於いて、無知は罪と知りなさい!」

戦慄が走った。
喉をさすりながら立ち上がる怜角さんの髪の毛は、再びざわざわと伸び始め、地面を黒く
塗りつぶすように広がり始める。

それを避けるように跳び退きながら、夜々重は大きな岩へと軽やかに着地した。
にやりと不適な笑みを浮かべる夜々重。
やればできる子なのはわかったが、明らかにそのシチュエーションを間違えている。

「……さしずめ首でも吊った地縛霊、といったところですか」

静かに言い放たれた言葉と共に、黒い沼から数匹の大蛇にも似た塊が伸び上がった。
力を蓄えるようにして鎌首をもたげる大蛇の群れは、全て夜々重へと標的を定めている。

「待ってくれ!」

咄嗟に怜角さんに飛び掛り、押し倒す。
しまったと思った時には既に遅く、背後からの強烈な打撃と共に大蛇に飲み込まれた俺は、
そのまま夜々重の方へと突っ込み、短く聞こえた悲鳴と黒い攪拌に沈んでいった。

抗いがたい力の渦はやがて俺と夜々重の頭だけを外へと押し出し、目の前にあの美しい脚
を見せ付けている。

「私は上官から常日頃、何においてもまずは『話を聞くべき』と教えられていますが」
「そ、それじゃあもう少しだけ俺たちの話を聞いてくれませんか……」
「――ただ、秩序が乱される状況にあっては、それを鎮めてからが筋でしょう?」

そりゃあもっともだと納得する反面、俺の行き場のない怒りが、隣であえいでいる夜々重
へと向かうのも当然だった。

「貴様……ここまでバカだとは思わなかったぞ」
「ちょっと、バカってひどくない? 私助けに来たんだけど?」

「私にも獄卒としての面子がありますので、ってあの……聞いてます?」

「黙れ、何が助けに来ただ。少しは状況を把握する努力をしろ!」
「そんなこと言うなら来なければよかった。もう生き返れなくていいんじゃないの?」

その台詞に、俺の中で何かが千切れる音がした。

「てめえ……どこをどうしたらそんな台詞が言えるんだ? いっぺん殺すぞ!」
「もう死んでますよーだ」

悪びれる風もなく舌を出して小憎らしい顔をする夜々重を前に、怒りは最高潮へと達する

「……いえ、もういいですから」
「いや怜角さん。ちっともよかないんです。こいつは100回死んでも足りないぐらいだ」
「どういう意味よ!」
「そのままの意味だろうが! そんなこともわかんねえのかよ!」
「なによもう! この、ぼんぼなす!」

不意打ちのように突然飛び出した聞いたことのない言葉に一瞬ひるむ。
一体どんな意味が込められているのかわからないが、とにかくバカにされた気分だ。

「なんだとこのバカ幽霊!」
「それこないだ使ったもん! アウト! アウト! 私の勝ち!」
「勝ちも負けもあるか!」
「ふんだ! ウィナー、夜々重!」
「お前、正気か!」

そのあまりの腹立たしさに頭を捻っていると、ふと地震のような地鳴りに気が付いた。

「もう……いい加減にしてください!」



卍 卍 卍



こうして俺たちは怜角さんから30分ほどの説教を受け、大変にありがたい言葉をいただ
いたあと、無事に開放される運びとなった。

本来ならば宮殿まで怜角さんが案内してくれるはずだったのだが、何かのっぴきならない
急用ができたらしく、ここで別れることとなってしまったのが非常に悔やまれる。

「最後に一つ聞かせてください。あのバスに乗っていたのはリリベルという悪魔ですね」
「ええ、それは間違いないです。それとファウストと呼ばれる男の運転手です」
「分かりました、貴方たちは無関係だと報告しておきます。ではお気をつけて」
「すいません怜角さん、ご迷惑おかけしまして。ほら夜々重も謝れよ」
「ごめんなさい……」

やや不服そうに謝る夜々重の頭を優しく撫で、丁寧にお辞儀をして去っていく怜角さんの
後ろ姿に、俺は地獄界の「まともさ」を見た気がする。

「……何よ、デレデレしちゃってさ」
「してねえよ」

もしかして、ひょっとすると――
俺たちの目的地、恐らくは怜角さんたち「鬼」が守っている殿下宮殿というやつも、実は
案外まともなんじゃないかと、希望の光はそのまばゆさを強めていた。


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