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ややえちゃんはお化けだぞ! 最終話

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ややえちゃんはお化けだぞ! 最終話




「どういうことなんだよ……分かんねえよ」

それは素直な疑問だった。
俺にはなぜ鈴が消えてしまっているのか、どうして夜々重がそんなに悲しそうな顔をして
いるのか分からなかった。分からないまま、ただ突きつけられた結果に、漠然とした不安
だけが焦燥を煽り立てる。

「あなたを助けるにはこうするしかなかったの、黙っててごめんね」

全ての試練は乗り越えたんだと、残されているのはハッピーエンドだけなんだと、当たり
前のようにそう思っていた。
でもこれは違う。俺の望んでいた結末とは何か違っている。これは決してハッピーエンド
なんかじゃない。でも、一体何が俺にそう思わせているのかも分からない。
木々の隙間から降り注ぐ月光が夜々重を照らす。その身体は僅かに透き通って見えた。
危機感にも似た感情が全身を粟立たせる中、不意に殿下の言葉が蘇る。

(アイツは誰かの命を救うことで――)

「……おい」

(――自らの罪を清められるのではないかと考えたのさ)

「ふざけんじゃねえぞ、てめえ!」

鈴がないということは、夜々重の未練は消えたということになる。未練がなければ幽霊は
現世にとどまることができない。
俺が生き返ったら夜々重がいなくなるなんて、そんなバカな話があってたまるか。

「きっとこれが私の、幽霊としての運命なんだよ」
「ちょっと待てよ……なんでそうなるんだよ!  ごめんねで済む問題じゃねえだろうが!
せっかく生き返れたっていうのに、そのままいなくなっちまうつもりかよ!」

思わず拳に力が入る。
こんなことで命が救われたとしても、それが罪滅ぼしになるなんて、例え閻魔が許そうが
俺は許さない。
大体なんだ。俺は大事なことは夜々重の口から何ひとつ聞かされちゃいない。でもそれは
きっとそうする必要があったんだと、そう思ってたからこそ黙っててやったんじゃないか。
それなのにこれはなんだ、人をバカにするにもほどがある――

俺は行き場のない怒りに任せ、そんなようなことをわめいた気がする。

「やめてよ……」

目を伏せる夜々重。決して怒鳴りつけたりしないように誓ったはずなのに、どうすること
もできない気持ちで胸が詰まりそうだった。
俺はこれからも夜々重と一緒にいたい。二人で笑い合ったり、どこかへでかけたり、あの
時みたいにケンカしたっていい。悪魔や鬼、妖怪も閻魔も、運命ですら二人で乗り越えて
きたのに、どうして何も言ってくれなかったのか、そんなにも俺は頼りないのか――

「もう……やめて」

俺は怒りに心をゆだねることで悲しみを押し潰していた。だだを捏ねるように、思いつく
限りの悪態をつく。今の俺はまるで子供だった。
夜々重はしばらく黙っていたものの、不意に俺を睨むと強い口調で言い返してきた。

「やめてって言ってるでしょ! 言わないほうがいいことだってあるじゃない! 何よ、
こっちの気も知らないで自分ばっかり言いたいこと言って! それならあの時、あなたは
明日死にますって言ったら信じてくれたの? 私がこうなるってそう言ったら生き返って
くれたの!?」

――できなかったかもしれない。
突き刺さる冷たい目線は、明らかに俺の心を見抜いたものだった。
しかしそれを責めるでもなく、夜々重は背を向けると、自分を落ち着かせるように小さく
ため息をついて続ける。

「何でも言えばいいってものじゃない、そう気づいたのもつい最近。これでも何百年かは
悩んできたのよ? 臆病なところも直して、しっかりした子になれれば、きっと成仏でき
るんだろうって……でもそれは違ってた。幽霊として存在するために与えられた時間は、
変わるためのものじゃない。自分が何のために生き、なぜ死んだのか。それを知り、納得
する為の時間なのよ。私は私なりの、私にしかできないやり方であなたを助けたかった。
自分の罪が生み出した呪いで始まり、自分の罪が招いた悪夢で終わらせる。大事なことを
言えなかった私の罪が、もしもあなたを救えるなら……それなら私は」

ひときわ強い風が、夜々重の長い髪を大きくなびかせた。

「私はきっと……あなたのために生まれてきたんだって、そう納得できるから……」

木々のざわめきが止み、再び取り戻された沈黙が、ささくれ立っていた心を撫でつける。
俺にとって、今のこの状況が理不尽なように思えていたのは、これからも夜々重と一緒に
過ごしたいという、わがままが故なのかもしれない。何百年もの間悩み続けてきた夜々重
の気持ちを考えていなかったのは、俺の方なのかもしれない。

そう思い至るとともに、俺は夜々重がいなくなってしまうという事実に対して、抗う術を
失った。言い返す言葉も、取るべき手立ても、俺にはなにも思い浮かばなかった。

無力だった。
最初から最後まで文句を言うばかりで、何ひとつ夜々重の役には立っちゃいない。だから
そんな俺が、たったひとつ夜々重のためにしてやれることがあるとすれば、それはこんな
風に不満をたれることじゃない。笑顔で送り出してやることなのかもしれない。
分かってはいる。しかしそんなことすらもできないほど、俺は無力だった。

「なんで……どうして俺なんかのために、そこまで……」

怒りは押し流され、悲しみの底から浮かび上がった、一つの疑問。
嗚咽に震える夜々重のそばに立ち、またたく町の灯を――生命の灯火を見下ろす。
夜々重はこの寂しい場所で、ずっとこの灯りを見てきたのだろう。それがこいつにとって
どういう風に映っているのか、俺などに計り知ることはできない。
既に夜々重の身体は、後ろの景色がほのかに透けて見えるほど、その色を失っていた。

「私……ずっとあなたのことが好きだった」

ジャンパーを羽織り直す夜々重の動きが、目端に入る。
唐突に告げられた思いに、返すべき言葉を探せず、ただその続きを待った。

「笑っちゃうでしょ? 知り合いだったわけでもないし、別に何かされたわけでもない。
あなたはただ私の通学路に居た、それだけだもん。もちろん最初っからそうだった訳じゃ
ないよ。でもやっぱり毎日見てると、今日は機嫌が良さそうだなとか、今日は元気がない
な、なんて思っちゃうから、それで私……いつの間にか……」

ふと俺の手を握るようにして夜々重の手が添えられていることに気がつく。
文字通り重なり、しかし触れる感触はもう、そこにはなかった。

「この間ハナちゃんがここに遊びに来てくれた時、あなたのことを教えたの、そうしたら
ハナちゃん、あの人もうすぐ死んじゃうよって……そう言うの。本当はね、最初にそれを
聞いたとき、ちょっと嬉しかった。だってほら、一緒に幽霊になれるかもって思ったから。
でもすぐに気がついたの、あなたは幽霊になれるほどこの世に未練をもってない。あなた
は死んでも幽霊にはなれないって……だから私は、こうするしかなかった。あなただけが
いなくなるなんて、いやだった……」

沈黙――冷たい風が、ほてった身体を通り抜ける。
まさか夜々重はたったそれだけのことで、通学路にたまたま居た俺に惚れたというだけで、
自分の幽霊としての存在をかけ、俺を救ったと、そう言いたいのか。

「き、急にそんなこと言われても困るよね! ああもう私何言ってるんだろう。ごめんね、
最後に変なこと言っちゃって。バカなやつだって思うよね、独りよがりなやつだって思う
よね……でも、それならそれでもいい、変な幽霊に取り憑かれたんだって笑ってくれれば
いいよ」

やっぱり夜々重はバカなんだ。そんなことバカでなければできるハズがない。何が策士だ、
何が知略家だ。こいつは100%ピュアな、穢れの無いバカだ。

「だから、お願い――もう、泣かないで」

最後まで大事なことを言えずにいたのは俺だって同じだ。
思ったことを言えばいい、感じるままに動けばいい。タイミングなんかどうだっていい。
それが言葉じゃなくたっていい。

夜々重に向き合い、手を重ねる。触れることができなくても気持ちは伝わるんだと、指を
絡める。一瞬張り詰める空気、こわばり不器用ながらも閉じられた瞳と、重なる唇。
ふとそこに感じる柔らかい温かさ。しかしそれが夜々重の最後の温もりなのだと理解する。
夜々重の姿はほとんどもう、うっすらとしか見えなくなっていた。

「あなたに会えて、本当によかった……ありがとう」
「ごめんな、こういう時どうするもんなのか、分かんなくて……」
「ううん、いいの……嬉しいよ」

照れくさそうに目を逸らし、ちらと俺を見て微笑む。
俺はそんなにおかしな顔をしているのだろうかと自分の頬を撫でてみると、溢れていた涙
が手のひらを湿らせた。

「不器用なのはお互い様だね」
「そうだな……」

笑ってやることができた。
あまりにも突然すぎる別れに塞ぎきれない気持ちはあるものの、これが今の俺にできる
精一杯だし、それが一番いいように思える。
夜々重は今までずっと見続けてきたであろう景色を見回したあと、向き直り顔を近づけて
きた。

「……じゃあこれが最後のお別れ。いつかまたきっとあなたと会える、魔法のおまじない」
「幽霊が魔法のおまじないってのも、どうなんだかな」
「もう、ちゃかさないでよ」

夜々重はふてくされながらも、バカバカしく、しかし今においては正しいと思えるような
おまじないを俺に教えてくれた。高く昇った月が、明るい光で俺たちを包み込む。

「いい? ちゃんと気持ちを込めて言うんだよ」
「ああ、わかったよ」

きっとこれが最後になる。それでも笑っていられるのは夜々重のおかげなのかもしれない。
もう一度指を絡め、額を合わせて微笑みあい、瞳を閉じた。

「いつの日かまた――」
「――冥土で、逢おう」

言い終え間を置き、込み上げる気恥しさに思わず吹き出す。
そっと瞼を開くと、そこにはもう、夜々重はいなかった。
二人で重ねたその言葉を最後に、夜々重は俺の前から姿を消した。
何度か名前を呼んでみても、返ってくるのは木々のせせらぎと穏やかな風の音。
やがて涙で滲む月から、静かに雪が舞い降り始めた。

俺は自分が価値のある人間だとは思えない。
でも、もう俺の人生は俺だけのものじゃない。俺のこれからの人生は夜々重とともにある。
夜々重と笑い、夜々重と泣き、夜々重と怒り、夜々重と生きる。
繋ぎ止めてくれた命は決して無駄にしない。それが俺のできる唯一の恩返しだ。

小さな雪の粒が、手のひらで溶ける。
きっとこれが夜々重の「ありがとう」なんだと、そっと握り締め、俺は主を失った供養塔
を後にした。
別れの言葉なんて言わない、いつかまた必ず夜々重には会える。

どうしてか俺には――そんな気がしてならなかった。


卍 エピローグ 卍



沸き立つ血の池、聳える針山、轟く悲鳴――ここは地獄の三丁目。
暗雲立ち込める地獄において今日もなお、殿下宮殿は一段と怪しい雲行きに包まれていた。

「殿下様、殿下様! 起きてくださいニャ!」

閻魔殿下のプライベートルーム。扉の外でがなりたてる侍女長の声に、殿下は目をこすり
ながら時計を見て、ごろりと寝返りをうつ。

「んだよ、うっせーな。休みぐらいゆっくり寝かせろよ」

まどろんだ声が終わらぬ間に、扉の鍵ががちゃがちゃと音をたて、がちんと開かれた。

「だから、勝手に開けんなっつーの!」
「それどころじゃないですニャ! 宮殿建立以来の大ピンチがやってきましたニャ!」
「……はあ?」

未だベッドから出る気配を見せない殿下に業を煮やしたのか、侍女長はずかずかと部屋に
押し入りカーテンを開いた。差し込む眩い朝日に、殿下は目を細める。
ため息をつきながらベッドから足をおろし、だらしなくパジャマを引きずりながら窓辺に
近づくと、門前に立つ夜々重の姿に気がついた。

「あいつ、この前の女幽霊じゃないか……なんでここにいるんだ?」
「それがですニャ……あいつ成仏したっぽいんニャけど、逢瀬許諾書持ってるんニャ」
「逢瀬許諾書? ああ、あの『冥土で逢おう』ってやつか。そんなもんほっとけ、あの男
が来るまで冥土で待つと言うならそれもまたここのルールだ。親父の裁きを延期できても、
それがここに入っていい理由にはならんだろうが。今すぐ追い出せ」

寝起きにあっても正しい理屈を並べるあたり、さすが閻魔の息子というところ。
しかし侍女長は「そんなこと分かってますニャ」と言わんばかりに怪訝な目を向ける。

「忘れてませんかニャ? あのとき一緒に来た男、自分じゃまだ気がついてニャいけど、
死線を越えて蘇ったもんだから、不老不死になってますニャ」

気だるそうに言い放たれた報告に、殿下はぽんと手を叩いた。

「おおそうか! やはりな、そうでなくては解呪許可を出した意味がない。そうかそうか、
ちょうど人間界で動くには不便だと思ってたんだ。これからはあの男に色々と……」
「殿下! 喜んでる場合じゃないですニャ!」

ほころんでいた顔を甲高い声がぴしゃりと一括する。閻魔殿下もこれには目を丸くした。

「あの乳幽霊。もしも宮殿に自分を置いてくれなければ、大帝様にそのことをバラすとか
ぬかしとるんですニャ」

殿下の瞳が、さらに大きく開かれる。

「なんだと!?」
「故意の呪いと知っておきながら、不死が成立すると分かっていながらも許可を出したと。
そんな不正が大帝様やクソ真面目な鬼連中に知れたら、どうなりますニャ!」
「ま、まずいな……実にまずい」

ふとよぎった嫌な予感に、思わず殿下は口元を抑えた。
門前に佇んでいた夜々重が殿下に気がついたのか、笑顔でひらひらと手を振っている。

「女中見習いでもいいとか言ってるんですがニャ……週休六日で盆と正月、それから大安
と吉日には現世に戻せとかほざいてるニャ」
「そんなバカな労働条件を押し付けてくる見習いがあるか!」
「じゃあ、断りますニャ?」
「い、いや……」

殿下は難しい顔で部屋をぐるぐると歩き回った後、力なく足を止め、頭をかいてつぶやく。

「仕方ない……条件を飲んでやれ。くそ、また変なお荷物を抱えちまった……」
「はーあ、自業自得ニャ……こんなんじゃ先が思いやられるニャ」
「うっせー!」

その叫びは、広大な殿下宮殿をゆるがすほどのものだったという。



こうして地獄の殿下宮殿にまた一人、やっかいな存在が足を踏み入れることとなった。
おてんば幽霊、大賀美夜々重。彼女が自分の罪を償う日は――


「お世話になりまーす」


まだまだ先のことのようである。





(完)


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