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ややえちゃんはお化けだぞ! 第12話

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ややえちゃんはお化けだぞ! 第12話




「ハナちゃん、死体は置いてとりあえず逃げるって」
「……そうか」

可能性がないとまでは言い切れなかったものの、ほとんど来客のない我が家で本当に死体
が見つかってしまうとは、思いもよらなかった。
親が予定よりも早く帰ってきたのだろうか、ともかくハナちゃんによって保存されている
身体が自然な状態にあるとは考えづらい。静かな田舎町が大騒ぎになっているのは間違い
ないし、警察だって来ていることだろう。

目の前で起きている事象ならまだしも、俺の家で起こってしまったアクシデントにはどう
することもできず、殿下に経緯を話すと表情を曇らせて石段から飛び降りた。

「分かった、緊急事態ということでゲートはここまで呼んでやる。しかしオレは立場上、
人間界では力になれん、そこは分かってくれ」

黙って頷き、走り出した背中を追う。
まだ開ききっていない門の隙間から身を滑らすように外へ出た殿下は、いつの間にか手に
していた携帯電話をポケットへとねじ込み、暗くよどんだ空を睨みつけた。

遥か上空に青い稲妻が走る。そこに見えたのはあのゲヘナゲートだった。
流れる黒い雲を押し退けて、その雄剛な輪郭に滑らかな光を反射させながら、ゆっくりと
こちらに降りてきているのが分かる。
殿下はイラつくように踏み鳴らしていた足を止め、ちらと夜々重に目をやった。

「――もう少し話を聞きたかったんだが、まあ仕方ない。ところでさっきのハナちゃんと
やらだが、もしや葵という名ではあるまいな」
「あれ、殿下様ハナちゃんのこと知ってるんですか?」

唐突に交わされた会話は何故かハナちゃんに関するもので、俺もここまで断片的には聞か
されていたものの、未だその人物像は掴めずにいる。
そんなハナちゃんのことを、殿下は「葵」と呼んでいた。

「知ってるもなにも、蘇生を前提にした死体の処置ができるヤツなんてそうそう居るもん
じゃない。お前、葵とどういう関係だ」
「友達ですけど?」
「友達ってお前……いやそうか、こいつの死期が分かったのはそういう訳か」

俺へ向けられた視線とため息に、首を振って答える。

「葵は厳格たる閻魔裁判が見逃した汚点の一つさ、あまり関わるなとだけ忠告しておく」



間もなく頭上に迫っていたゲートが耳を裂くほどの破砕音と土煙を伴い、その巨体を大地
に食い込ませた。静まる砂埃の中で、そそり立つ水面のように揺らぐゲート。
これをくぐれば人間界に戻れる。
問題が先にあることは分かっていても、最初から考えてみれば俺たちは確実にゴールへと
近づいているのだと、そう自分を奮い立たせる。

「ま、せっかく解呪許可を出してやったんだ。ちゃんと生き返ってこいよな」

背中から聞こえた無愛想ながらも気遣いを含んだ言葉に、落ち着かない気持ちを抑えつけ、
殿下の手を握った。

「何から何まですまなかった……本当に感謝してる」
「アホか、とっとと行け」

殿下はすぐに手を振り払って、顔を隠すようにして横を向いた。こういう姿は例え閻魔
殿下といえども見た目相応の可愛らしさがあり、思わず口元が緩む。

もしもまた俺が死ぬことになったのなら、こうやってもう一度殿下や侍女長、玲角さんに
会うことがあるのかもしれない。それはそれで悪くないような気もするが、今そんなこと
を考えているようではダメなのだ。

「――じゃあな」

固めた決意を確かめ合うように夜々重と手を握り、俺たちはゲートへと飛び込んだ。


卍 卍 卍


一瞬の閃光が視界と意識を白で塗りつぶし、幾つもの叫びと悲鳴が身体を通り抜けていく。
やがて目の前に黒い澱みが生じ、大きな手のひらとなって俺たちを包み込む。
そこが自分の町の上空であることに気付くのに、さほど時間はかからなかった。


夜々重の手を引きながら、僅かな街灯を頼りに辿りついた我が家。赤色灯に照らされて
明滅する大勢の人影が見える。
それは住み慣れた自分の家だというのに、今までに見てきたどんな景色よりも非現実的な
光景だった。

塀沿いには集まった人たちに囲まれてメモをとっている警官がいて、人々はしきりに裏の
森の方を指差しながら「何かが逃げて行くのを見た」と喚き散らしている。
おそらくハナちゃんのことだろう。
一方、玄関は青いビニールシートが張り渡され、数人の救急隊員が黒い袋をのせた担架を
運び出している。あれは俺だ、疑う余地もない。



「――ねえ、炭焼き小屋ってどこかわかる? ハナちゃんそこに隠れてるって」
「森を抜けたところに、たしか」
「お願い、助けてあげて……身体のことは大丈夫、私が絶対取り戻すから」

伸ばされた冷たい手が両頬に触れた。
分かっている。夜々重は最初に思っていたようなバカじゃない。

「ああ、任せといてくれ」
「もう一人で飛べるよね?」

当たり前だとばかりに鼻をならし、頬に添えられていた手に自分の手を重ねる。
返事の代わりに返ってきた穏やかな笑みからは、今までにない頼もしさが感じられた。

夜々重も含め、これまでに出会ってきた連中がおかしなヤツらだったことは否定しない。
しかし思い返せばその誰しもが、自分の役割をきちんと果たしていたように思える。
ならば俺だって、そうあるべきなのだ。


卍 卍 卍


近所にある炭焼き小屋、といっても記憶の中のそれは単なる廃屋であって、ぼんやりと
しか場所は思い出せない。

――落ち着いて探そう。身体の事は心配ない、夜々重が必ずなんとかしてくれる。

そう何度も心の中で反芻しながら森の上をさまよっていると、ふと横を並ぶように飛んで
いるおかしなカラスに目がいった。
というのもそいつの身体は所々が腐りかけ、羽などは半分もげているし、何より俺の方を
向きながら飛んでいるのだ。

「……随分遅かったですわね」

風の音に混じって、欠けたくちばしから澄んだ声が聞こえた。
明らかに不自然なその現象は、俺の頭にひとつの仮定を導き出す。

「も、もしかして君がハナちゃんなのか」

頷き「ええ」と答えるカラス。それはあらゆる面で想像を超えていた。
ハナちゃん。可愛いけど引き篭もりの死体愛好家であり、生霊にして変態。
訳の分からない存在であることは察していたが、まさかカラスだとは――

「なんですその目は。まずはここまでの礼を言うのが紳士でなくって?」

言われてみれば確かに、俺の身体をこれまで保護してくれていたことについては感謝して
いるわけで、一通りそれらしい言葉を述べると、ハナちゃんは満足そうな顔で「よろしく
てよ」などと言う。俺はそのあまりのギャップに失笑を禁じえなかった。
しかしカラスなら逃げる必要ないじゃないかと思いつつ、無事にハナちゃんを回収できた
ことに胸を撫で下ろしていると、ハナちゃんは突然俺の顔めがけて蹴りを放ってきた。

「ちょっと、何をのんびりしているのです!」
「……は?」

ハナちゃんキックは痛みよりもその匂いの方がひどく、顔に付着したねばねばした液体を
拭っていると、何か得体のしれないウイルスでも混入してはいないかと不安が頭をよぎる。

そんな俺をよそに、ぷいと奥へ進んでいくハナちゃんを追いかけて到着した炭焼き小屋。
暗緑に苔生した板戸の前、ハナちゃんがばさばさと羽と腐臭をまき散らしながら地面へと
降り立つ。そうかと思えば力なく倒れ、そのまま動かなくなってしまった。

「お、おい……ハナちゃん、どうしたんだ! 返事をしてくれ!」

訳が分からず呆然とする中、追い討ちをかけるようにして小屋の戸が開き、中から一人の
少女が現れた。

黒いドレスに包まれた、人間というには無機質すぎる病的なまでに白い肌。
少女は蔑むような目を俺にやると、むんずとカラスを掴んで森の奥へと投げ捨てる。
モノトーンと錯覚しそうな姿の中にあって、唯一の色彩である紅い唇が静かに開かれた。

「では改めて――私、華菱葵と申します」

汚れたうさぎのぬいぐるみを片手に抱え、柔らかそうな内巻きの髪をかきあげると、月光
が青白い笑顔を照らす。
自分が今おかれている状況を忘れさせるほどの美しさと、ただならぬ雰囲気に、俺は返す
言葉を失っていた。


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