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act.53

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act.53





エレとリジュが呪文を紡ぐ度に、空に杭が打たれる。
風は相手を繋ぎとめる桎梏。貫く刃でもあった。

風が頭上で衝突し、慟哭する。
一陣は猛る稲妻の如く烈千の嵐となりて敵を狙う。

空を凄まじい勢いで疾駆する風は、まさに天を駆ける龍のようだ。
違いは目に見えるか見えないか。双つの天龍は空気を裂いて絶唱する。

「Ισχυρε? ανεμου!!」

見えない龍が牙を剥く。相手の龍に向かって一直線に飛翔する。
衝突。龍は相討ち破裂する。衝撃波が大気を揺らす。
風の残滓は混じりあい、天へと昇る。



先程から延々と相討ちが続いていた。
リジュが複数紡ぎ上げた詠唱を、エレが同じ数を持って阻止する形で戦いは繰り返されている。
それだけではない。悪魔の騎士にも死神にも、剣がある。
呪文での攻防、そして地上では激しい剣の交合。
魔術と剣術を巧みに操りながら、両者は一歩も退かぬ戦闘を続行する。


「貴様……本当に何者だ? 大学で習っただけではこれ程までの魔力は習得できまい」
「何も教えないと言ったでしょう――貴方には知る必要もない、その資格もない」

後方に飛んで距離を置く両者。
砂煙が二人の間を過ぎていく。

「風の魔術に特化した力……複数の呪文の同時詠唱――それを可能にしているのは精神ではなく、貴様の外観、肉体か?」
「よく分かりましたね。的中させた事に免じてそれだけは答えてあげましょう。当たりです」
「やはりな。貴様と太刀を交わした時、微かだが呪の匂いがした。貴様をそうたらしめているのは……呪術か」

魔力の源は精神であるという。
所謂、精神力。精神力の根源が深ければ深いほど術者は強大な魔力を持つとされている。
生まれながらにして根源の深さは大抵決まっている。根源が著しく上下する事は基本的にはない。
エレの一族が魔術に特化しているのも、根源が深いからであり、無宇族はその血濃さ故に代を重ねる度根源を増やしていった。
つまり生まれた瞬間に、魔力の大きさは定まっているも同じなのだ。

人の種族で最も魔力があるとされているのが無宇族だ。
それを超越する者は、人外ということになる。
――しかし、それが答えなのだろうか。
エレはリジュを推し量る限り、力の源は膨大な魔力というよりも、魔術そのものにあると踏んだ。



魔力を体の奥底から強制的に引き出し、具現させている――呪術。
肉体に取り付けられた歯車。
意思とは無関係に力を排出し続ける機械。

「精神では補えない分を身体で補っているのか。肉体に呪術を埋め付けることによって魔力をあげている。
身体が、魔術のために造られている。最初からそう生み出されたようだな。
……フッ、なんて仕様だ。これでは貴様は、まるで――」
「Ισχυρεανεμου!!」

エレの言葉を遮るようにリジュが風を放つ。
それはエレの呪文にかき消された。
しかし一歩遅く、僅かに威力が勝ったリジュの風はエレの頬を掠める。
一筋の血が唇へ流れる。

皮肉めいた嘲笑を零し、エレは手で血を拭う。
真紅に染まった唇を舌で舐め取って、リジュの聞きたくない言葉を放つ。

「まるで――兵器だ」

血が滾る。


ちりちりと、焔が胸の中で燻ぶっている。
四肢の先、末端にぴりぴりと電流が巡る。
神経を繋ぐ回路は果てなくからりからりと回り続ける。
魔術を唱えれば唱えるほど、肉体を酷使すればするほどに性能を上げていくこの肉体。
制御装置の付いていない機械のようなものだ。身体の限界はとうに訪れている。
目は乾き、脳は揺らぐ。体は奮え、骨が軋む。
少しでも休息を求めれば一秒後にはバラバラになるであろう、脆弱なカラダ。
全身が悲鳴を発している。その、声にならない救難信号を抑えつけているのは、
頑なに剣を取り続ける――心だけだった。
戦いは持久戦へと移行し、今は只、鬩ぎ合いだけが続いていた。

目の前の男。
この死線上、一歩でも足を踏み外せば即終幕の戦場において。
死神は笑っている。華麗に微笑みながら剣を繰り出してくる。

エレは思う。
俺の命を狩るのがそんなに愉しいのか――
いや、その気持ちは分からないでもない。
自分とて同じだ。最も殺したい人間と戦っている最中が、一番愉しい。

だが、リジュの笑みは喜びを噛み締めている類のものではないように思えた。
それは寧ろ、何かを封じ込める為に思えた。
愉しくもないのに笑う――無為な嘘。虚飾の仮面。エレにはその行いの意味が全く理解出来ない。
自分の意思を無意味に偽ってなんの得があろう。

だが。
あの種類の笑いには見覚えがある。
いつか誰だかが、ああやって笑っていたような気がする。
全身を悪意に満ちた絶望に浸されながらも、虚ろな目をして……微笑みかけた。


気が遠くなるほど。ずっと、昔に。
あれは。あれは確か確か確か――

……やめろ。やめろ。思い出させるな!!

厭な記憶が脳裏をかすめる。それは一瞬の事だったが、死神にとっては十分過ぎる程の時間だった。

「――戦いの最中に考え事ですか? らしくないですね」
「チッ……!!」

眼前まで迫るリジュの刃。
それを太刀で受けて、魔術への対処が遅れた。
風が湧く。途端に気流の渦の中に放り込まれる。
身を大気に縛されて、エレは顔を歪めた。

「宣告しましょう。次の一撃は全力です。絶対に避けれません、貴方は死ぬ」

四方八方から肌を刻む風に乗せてリジュが声をあげた。
状況は圧倒的不利。
敵は優勢。
打開策は――――この風の結界を破ることが叶わないのなら、一つに絞られる。

悪魔の刻印を発動し、風を殺す。
しかし、それは同時に時限爆弾に刺激を与えるようなもの。
この場を凌いだとしても、ぎりぎりにまで迫った刻印の堰を破ることは確実だろう。


龍に変わる……か。
それが何だ。
むざむざこいつに殺されるくらいなら、龍に変わるなど苦痛にすらならない。


刻印を発動させようとした瞬間、自分でも意識していなかった言葉が降って沸き、エレは発動を止めた。

――刻印は使わないで。
――周りの人まで巻き込むことになる。

祈るような目をして自分を見上げた、シアナの言葉を。


「こんな時まで俺の邪魔をするのかお前は――馬鹿め」

ああ、お前の言葉を素直に聴くのは癪だ。
このまま死神に狩られるのも、耐え難い。
生か死か生きる道は一つしかない、その道が断たれては手も足も文字通り出はしない。
全身が風圧にひしゃげて厭な音を立てる。
歪な不協和音が耳へと昇る。
それでも痛みに慣れた悪魔にとっては、日常茶飯事のこと。
時折襲ってくるあの吐き気がする痛みに比べればこれしき、


「ぬる……いぞ」
「何ですか」
「お前の風は、そよ風のようだ。……本気で俺を殺そうとするなら、こんなちゃちな風でなく、
台風でも起こすがいい」
「言いましたね――覚悟は出来てるとお見受けしました、もう、死になさい」


急流の中で狭まっていくのは虚ろな思考。
交差する風は刃物と同じ。冷たく身体を切り裂いて深みまで抉る。


仮に誰かに殺されるとしたら、
自分を殺すのは、死神ではなく。
シアナだと思っていた。
そんな驕りが、自分の確信が、外れたことが何よりも。
何故か酷く腹立たしい。


エレを封じこめ、風刃がその身を一気に裂こうとした時――
風が消えた。








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