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act.38

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act.38



『悪魔とは異国の言葉で龍のことです。
昔、龍殺しの刻印を持つ騎士がいました。その騎士にやられた龍がおりました。
龍は死にそうな身体でなんとか這い蹲り、騎士の手から逃れました。
そして暗い洞窟の中で、まれにやってくる人間を喰らいなんとか生き延びていました。
そこに人間の娘がやってきました。龍は自分を怖がらない娘を新鮮に思いました。
最初は、娘も食べてしまうつもりでいたのですが、話をしているうちに、親しみを覚えてしまい、
娘に手を出せなくなってしまったのです。

……ですが龍は龍。人間を目の前にして、平静でいられるはずもありません。
段々と龍の本能が目覚めていき、龍は娘を食べてしまいました。
龍は泣きながら、娘を食べている自分に吐き気がしました。
娘は食われながら龍に呪いをかけました。
それは、呪われたものが誰かを殺せば殺すほど自分の命を削っていくという呪いでした。
魂に永遠に安息はなく、安らぎも慈しみも与えられず、何者に生まれ変わろうが蝕まれる呪い。
龍は転生し人になりました。しかしその身体には呪いが刻まれていました。
人間から龍へ転生した為、呪いも妙な形で捻じ曲がってしまい、龍の時の力と呪いがごちゃごちゃになっていました。
龍の力は死を与える力。そして呪いは殺せば殺すほど、身体を死が蝕むというもの。

それは自分にとって最も大切な人を殺してしまった罪業の印でした』

シェスタは悲しげな瞳で、シアナに言うのだった。隠すことなく真実を。

『お姉さん、悪魔の刻印の効能は……全ての刻印の中で最も強烈です。
それは抗うことを決して許すことがない絶対性から、無二といってもいいくらい……。
対象を必ず殺す。それが悪魔の刻印の呪いにして力です。

これを持った所有者は……徐々に死に脅かされ、例え刻印を使わなくとも、いずれ死にます』

咽喉が詰まる。そんな残酷なことを告げろというのか。
例え反発してもエレは――仲間だ。
騎士隊の仲間なのに。共に戦ったその相手に、お前は長くないと告げろと言うのか。
シアナは起源を話す途中で、その先が続けられなくなった。

「何故黙る……話せよ」
「だって」
「お前が話すと言ったんだろう。あの言葉は偽りか」

だって、あんたは死ぬのよ。どう足掻いたって無理だってシェスタが言ってたのよ。それをどうして本人に伝えれるのよ!!
シアナは肩を震わせて、顔を膝に埋めた。


私には出来ない。口に出せばきっとエレを傷つける。高慢だろうが、悪魔の騎士だろうがひねくれてようがエレだって人間なんだから。

「……っ」
「……ふん、女々しい奴だな」
「うるさい」
「お前に言われずとも、大体予想は着いている。……俺は、死ぬんだろう」
「……!! なんで……」

顔をあげてエレを見るシアナ。
エレは、笑っていた。多分、強がりでもなく、虚勢でもなく本心から。

「これまで何年この刻印と付き合ってきたと思っている。この刻印を使う度に俺の身体が蝕まれ冒されていくことくらい、とうに知っていた」
「じゃあ何で……」

あんたはそんな風に平気そうに笑うのよ。
死んじゃうかもしれない、いずれ……あんたは、死ぬのに。死んでしまうのに。
刻印を持って生まれたからってだけで……刻印に死を強制される。
そんな運命って……ない。
その理不尽さに、シアナは憤り、涙した。

「何でだと? 仕方あるまい。今更この刻印を棄てるなど出来るはずがないのだからな……それに、俺は……死を感じるのは嫌いじゃない」
「どうしてよ!!」
「死を感じれば相対的に……生きてると実感できるからだ」
「……」
「だから、愉しい……ああ、愉快だ。お前と切り結んでいる時も、刻印を使うときもな」

エレにもまだ告げていないことがある。

『お姉さん、ここからが重要な話です。よく聞いてください。
最悪、もし悪魔の刻印の力が、暴走してしまったら……所有者は……』



魂を冒され完全な龍へと変わる。――悪魔という名を持つ、神へ変わる。
そんなことは絶対に起こさせない。もし次に刻印が暴走したら、私が止める。
風が頬を伝う雫を乾かしたら、この事実をエレに伝えよう。
もうあんな暴走は起こしてはいけないのだから。

シアナは、そう誓った。


ぽつりぽつりと、説明を終えて。シアナは急に吹いてきた風にそっと髪を押さえた。
蛍燈が点々と瞬き、黄の残像を視界の中に残す。
冷たい夜風が船を遠くに流して運んでいく。耳に響くは川の音と、虫の歌声。
雲が月を覆い隠し、周囲は静かな闇夜に包まれる。

「もう、あの力は使わないで」

切々とした様子で、シアナはエレに懇願した。
使えば死への足取りを早め、暴走すれば龍へと変貌してしまう刻印。
使わないとしても、エレは死ぬとシェスタは言った。そんなものを――
エレはずっと使用し続けてきた。それが自分を殺すものだと分かっていて。
龍に変わると言った時でさえ、顔色ひとつ変えない悪魔の騎士。

「……龍に変わる、か」
「怖くないの」
「怖い? 何がだ」

……理解できない。
それでも、癪だけどこいつは仲間だから。


「それを使えば、あんただけじゃなくて皆も巻き込むことになるのよ。だから……もう使わないで」

答えは無かった。

ただ見上げたエレの赤い瞳はいつになく澄み、深い闇色を映し出しており、蠱惑を孕んでいるようで。
シアナは暫くそのままエレと向き合っていた。

月が雲から姿を現し、燦然とした光をあたりに散りばめ始めた頃、
エレはシアナに背を向けて、足早にその場を立ち去った。
シアナは来た道を引き返す。
先程イザークを置いてきた場所へ戻ってみると、リジュは既にいなくなっており、イザークだけがぽつんと突っ立っていた。

「ごめん、遅くなったわね」
「いえ……用事は終わりましたか?」
「ええ、終わったわ」
「そうですか。よかった。じゃあ、帰りましょうか」






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