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act.11

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act.11



「……あれも破壊すべきだな」
エレが卵に視線をやる。
イザークはハッとした。あれは龍の卵だ。殻を破り、生れ落ちたならばシアナを狙いにやってくるだろう。
でも、まだあれは生まれてもいない命だ。それを奪うのは、イザークの中の良心が咎める。
だが。
刻印を持たず、シアナの苦悩を知らない自分に止める権利があるのか。
「隊長……」
善悪など分からない。シアナの行為が正しいとか正しくないとか、そういうことは分からない。
それでも、それでも、まだ生まれてすらない者の命を剥奪してしまうのは、断じて正しいことではないはずだ。
縋るような目でシアナを見るイザーク。シアナはハア、と息を吐いた。
「そうね。あれは卵だわ。でもあれが……龍の卵かはわからない」
「え……」
「気でも狂ったか? ここは龍巣。産み落とされたものは龍卵以外ありえないだろうに」

そんなことはシアナも分かっているだろう。龍に噛まれた部位から血がしたたる。傷ついた腕を押さえ、止血を行うシアナ。
「それは生まれてくるまで分からないわ。もしかしたら蜥蜴かもしれないし鳥の卵かもしれない」
「……貴様……」
「隊長……!!」
「そういうことよ。もうここにいる理由はないわ。帰りましょう」
それは、単なる気まぐれだったのか。
それとも部下の懸命な姿を見て故の慈愛だったのか。シアナは卵を見逃すことにした。
自分を庇った者の願いだ。……これくらしいしか聞き届けられないが、せめてもの行い。



三人は、そのまま山をくだりフレンズベルに帰還することにした。

なだらかな道を黙々と進む。イザークは二人の後ろから着いてきていたが、先程から口数が少なく、しきりに俯いてばかりだった。
重苦しい気配が、三人の上にのしかかる。
「あれでよかったのか。あの卵が孵れば、お前を狙いに必ず現れるぞ。……なんせ母龍を殺した憎い仇だろうからな」
「……そうね」
石粒を蹴って、シアナは俯く。
「もしあの時の龍がお前を殺しにきたらどうするつもりだ」
今更聞かれるまでもない。決まりきったことだ。
龍は、命を背負う覚悟があるかと問うた。
ああ、出来ている。この刻印を手にした瞬間から、私は、そう生きると決めた。
今までもこれからも。……自分は背負い続ける。十字架を背負い、戦い続ける。いつか自らが滅びるまで。
「その時は勿論――殺すわ」


自分の行く先は地獄だろう。
いや、もしかしたら既にこの世界が地獄なのかもしれなかった。
呪われた刻印を刻まれ、殺しを行い続ける自分は咎人であり、
その咎人に罪を与えるこの世界は、流刑地である。
咎人は赦されることなく、狩り手から死さえ与えられない。
永劫流転する責め苦は、耐え難き孤独である。それが罰なのだと、どこかで声がした――


城に到着し、シアナはすぐさま報告をしにズイマの元へ向かった。
エレもしぶしぶ動向する。
シアナの傷を見て、顔を曇らすズイマ。
「怪我をしているな、シアナ。……事の次第はよく分かった。今は傷を癒すといいだろう」
「……はい。申し訳ありません」

「謝ることはない。お前はよくやった。
……しかし、たった一人の為に隊長二名が救援に向かうのは決して隊の為にはならない。
二人とも殺される可能性もあった。それを考慮せず龍巣へ向かったのは正しい判断とは言えない。
総長の立場から、それについてはきつく言及せねばなるまい」
「はい。今回の事は全て私の責任です。罰を与えるのならどうか私にお与え下さい」
「ふん。お前の責任? 笑わせるな。あの間抜けがそもそも龍にさらわれなければこんなことにはならなかったのだ」
「む……っ」
「二人共、やめるがいい。今は仲違いをしている場合ではないだろう」
ズイマに諌められ口を噤む二人。
手を組んで、ズイマは何かを考えているようだった。口を開く。
「……そうだな。シアナ、お前には一ヶ月間の任務停止を命じる。第三騎士隊も同処分とする」
任務停止。隊を伴っての、このような措置は異例だ。……シアナはそれを重く受け止めて、返事をした。
「はい、承知致しました」


「シアナ、お前のやったことは自らを危険にさらす、隊長としては遺憾な行為だ。……しかし、私個人としては、
たった一人の為に救援に向かったお前を誇らしく思う。龍を打ち倒し、……よく戻ってきてくれたな。
一ヶ月間、ゆっくり身体を休めて静養に努めるといい」
ズイマの真意が伝わる。それは決して罰ではなく気遣いだった。ズイマの言葉が疲労した体に暖かく染み込む。シアナは頷いた。
敬礼して部屋を出る。エレもそれに続いた。
部屋を出ると、多数の騎士達がシアナ達を出迎えた。


「隊長、よくご無事で戻られました……!!」
「私共全員、信じておりました、お二方が必ず戻られると」
「私は祈りを捧げておりました。……お二方、そしてイザークの生還を願って。それが神に聞き届けられたようで、
感動で震えております……お帰りなさいませ隊長」
全員がお帰りなさい、と唱和した。
第三騎士隊だけでなく第二騎士隊の者もちらほら見える。
「みんな……」
「エレ隊長もお帰りなさいませ!! お怪我はございませんか?」
エレはそっけなく「ない」と一言告げると、マントを翻し踵を返す。騎士達の前を通過し、その場を立ち去った。
「……まったく愛想も何もない男ね」
「シアナ隊長、腕が……」
ああ、とシアナは自分の腕に目をやる。酷い怪我をしていた。……肩も痛む。今まで気を張っていたので
あまり痛みを感じなかったらしい。ここにきて急に痛みを取り戻した。
「救護室へ行かれて下さい。リジュ隊長がおります」
「分かった」

救護室に入ると、本を読んでいたリジュが顔をあげた。
いつもと変わらない柔和な顔で、にっこりと微笑む。
本を机に置いて、シアナに向き直る。

「お帰りなさいシアナさん」
「……ただいま」
椅子の上に腰を下ろす。
リジュはシアナの腕を見やって、僅かに顔をしかめた。

「酷い怪我ですね。……すぐ治療します、腕を貸してください」
リジュはシアナの腕に触れる。リジュは魔術を使える。その中に治療魔術も含まれていた。
呪文を詠唱すると、暖かな光がリジュの手先に生まれる。
それはシアナの腕を包み込み、怪我を癒していく。
元々リジュは魔術を専攻していた学士だったらしい。フレンズベルの大学を主席で卒業し、将来は医者か優秀な研究者か
との呼び声が高かったが、本人はあっさりと騎士隊へ入隊した。
シアナはそれを不思議に思い、以前リジュに志願の理由を聞いたことがある。
騎士隊なら、傷ついた人を沢山癒せるし、それに戦闘で攻撃魔術も使い放題でしょう?とにっこり笑われて言われた時には、
もしかしてこの人物はとんでもない食わせ物なのではないかと思ったものだが……。

「はい、終わりましたよ。包帯を巻いておきます。一応消毒と治療はしておきましたけど、しばらくは安静にしててくださいね」
「ありがとう。……そうね。しばらくは休むことにするわ。謹慎処分も出たことだし」
「それがいいと思います」
「あ……そういえば」
急に気になった。イザークはどうしただろうか?
怪我はしていない様子だったが、今までにないくらい意気消沈していた。
明るいだけが取柄のような男だ。しばらくすれば元気になるだろうが――
(何であいつが悲しむのよ……)
刻印の事を口にしてから、その後ずっとイザークは暗い顔をしていた気がする。
「どうかされましたか?」
「ううん、なんでもない。その、助けた部下の様子が気になって」
「……そうですか。さきほどイザーク君なら中庭で見かけましたよ」
「中庭で?」
「ええ。剣を持って……一人で訓練しているようでした」
「――」
リジュはふふっと笑って、まだ続いていると思います、と告げた。
シアナはもう一度礼を言うと、急いで駆け出した。

暗くなった中庭。夜の帳が下り、空には満天の星が煌々と輝きを灯す。
その下で、風を切る音。素振りの音が響いていた。
イザークは一心不乱に剣を振っている。
シアナはその姿を見つけると、すぐさま近寄った。
「……イザーク。もう夜も遅いわ。今日は休みなさい」











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