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ゴミ箱の中の子供達 第19話

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konta

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ゴミ箱の中の子供達 第19話




 決戦当日。いざ戦地に旅立たんとするモニカの部屋は思いのほか静かだった。同室のマリアンは前日に片付けた
宿題を鞄に入れながらやけに静かなモニカをちらりと盗み見る。鏡の前に座った彼女はなにやら張り切った
様子で鏡に映った自分をにらんでいた。パチン。出し抜けに己の頬を叩いた彼女は振り向いて口を開いた。

「お姉ちゃん、化粧教えて」

 はいはーい、とベッドに腰掛けていた人影が答える。ノースリーブのカットソーから褐色を帯びた肩を惜しげもなく
露出させている彼女は軽やかに歩いてモニカの肩をつかんだ。そのまま上体を屈ませて三面鏡越しにモニカの顔を
覗き込む。モニカの白くそばかすが浮かんだ顔の横に、艶のある唇と猫を思わせる瞳を備えた褐色の顔が並んだ。

「まかせといて。このミシェルお姉さまが見事に変身させて見せるわ」

 芝居がかったミシェルの言葉にモニカは、本当、と声を上げて姉のほうを向いた。もちろん、と答えたミシェルはにっこりと
微笑む。そのまま数秒見つめあった2人は突如ひしと抱き合った。何をやってるんだか。朝の忙しい時間に馬鹿をやってる
2人にマリアンはため息をつくのだった。
 程なく抱き合うのを止めた2人は意を決したように三面鏡に向かった。

「いいこと、モニカ、化粧に絶対というのはないの。TPOを弁えて、たくさんある化粧の方法を使い分けなきゃいけないの」

 ミシェルが化粧について語り始める。肩指を立てたミシェルの言葉をモニカはテンポ良く相槌を打っていく。孤児院の
ファッションリーダーミシェルの講釈に、盗み聞きをしているマリアンの耳もついつい大きくなる。

「相手はゲオルグお兄ちゃんだよね。じゃあナチュラルメイクがいいかな」
「ナチュラルメイクて薄化粧の事だよね」

 モニカの発言にミシェルは首を振る。

「違うわ。ナチュラルメイクてのは自然に見えるメイクのことよ。ファンデーションを盛りに盛っても自然に見えれば
 ナチュラルメイクよ」

 実に興味深い話だ。願わくばさらに詳しいことを聞きたいマリアンだったのだが、悲しいかな学校の時間だ。詳細は
帰ったときにモニカから搾り出そう。鞄を持ち上げたマリアンは2~3言出発の言葉をモニカ達と交わすと、部屋の戸を
開けたのだった。
 あの朴念仁のゲオルグにミシェル直伝の化粧がどれほどの効果を挙げられるのか気になるところだ。なにはともあれ、
いい結果が出ますように。自室を後にしながら、マリアンはモニカの成功を願うのだった。



 本日休暇のゲオルグは孤児院の食堂でイレアナやアレックスと共にモニカを待っていた。腕時計をちらりと見ると
そろそろよい頃合だ。だがゲオルグを買い物に誘ったモニカが現れる気配は未だにない。まあ、女性というものは
往々にして準備に時間がかかるものだ。気長に待ってやるというのが男の務めだ。遅刻を気に留めることなく紅茶を
一口すすったゲオルグは悠然と構えてモニカを待とうとしていた。なのだが、先ほどから視界の端にちらつくアレックスの
にやにやした嫌らしい笑みが気になってならないのだった。

「何だアレックス、何か言いたいことでもあるのか」

 不機嫌さを露にしたゲオルグの呟きにも、アレックスはにやけ顔を止めようとしない。無作法にテーブルの上に腰掛けた
アレックスは悪びれる様子も無く口を開いた。

「いやさ、兄サンやったじゃん。デートだよ、デート」

 デートを強調するアレックスの言葉にゲオルグはようやく先ほどからの嫌らしい笑みの原因を悟った。なるほど、
いくらか年の差はあるとはいえ、妙齢の男女が連れ立ってどこかに行くというのは、確かにデートと言えるかもしれない。
しかし、と逆接の言葉を置いたゲオルグはアレックスの言葉を打ち消すように頭を振った。

「何を言ってる。ただの荷物持ちだ」

 買い物で男手が必要といったら荷物持ち以外あるまい。詳細は聞いていないからよく知らないが、何かを大量に
買い込むか、重いものでも買うのだろう。そこにデートと形容されるようなロマンスは存在しないのだ。
 そんなゲオルグの言葉にアレックスは面白そうに頬を吊り上げる。何か言いたいことがあれば言えば良いのに。
ゲオルグが不愉快さを積み重ねていると横から笑い声が漏れてきた。

「ふふっ、どうかしらね」

 思わせぶりな笑みを浮かべるイレアナに、アレックスがしてやったりと笑う。ええい、2人して何が面白いんだ。
2人の態度に疎外感を感じたゲオルグは不機嫌をはばかることなく鼻を鳴らすと紅茶をすすった。
 カップが空になったところでアレックスが、そういやさ、と声を上げてゲオルグを向いた。

「みんなは学校だけども、モニカはどうしたの? サボり?」
「さあな。休みだとは聞いていたんだがな」

 前回の休日、学校はどうした、というゲオルグの問いかけに、モニカは学校は休みだと言い張った。しかし、
他の兄弟達は学校に言ってるようで、今の孤児院に学生組みの声はない。

「まあ、その辺りは後で言い聞かせておくさ」

 嘘をつくのはいけないことだが、何かしら理由があるのだろう。叱るのはそれからでも遅くはあるまい。そんな
ゲオルグの考えにアレックスは、ふーん、となにやら気のない返事を返した。
 その後もアレックスやイレアナと適当なやり取りをしていると、廊下の奥からパタパタとスリッパの音が聞こえ始めた。
時間からするとモニカかもしれない。だが足音が妙に多いような。明らかに複数の足音をゲオルグが訝しがっていると、
程なく食堂前に到着したらしく足音はやんだ。一拍の間を空けて開いたドアから現れた人影にゲオルグは、げ、と声を漏らした。

「はーい、ゲオルグお兄ちゃんはいるかなー」

 楽しげに跳ね上がった艶のある声。食堂の入り口に踊る褐色の肩。さっぱりと切られたショートカットをなびかせるのは、
ゲオルグの妹にして過去にさまざまな煮え湯を飲ませた女、ミシェルだった。


「ミシェル、何でお前がここにいる」

 お前がいるとろくな事にならない。心の奥底からの苛立ちを押し殺したゲオルグの言葉にミシェルは心外そうに眉をひそめた。

「何よ、大切な妹の一大事に来てやらないでどうするのよ」

 何が一大事だ、と妹の減らず口に突っ込みを入れようとしたところで、ミシェルは、まあいいわ、とゲオルグの言葉を脇に
おいて話を続けた。

「見てなさいお兄ちゃん。さあ、モニカ、出るのよ」

 食堂の入り口から脇に下がったミシェルは何者かを促すように手を広げた。ミシェルの言葉によって食堂の三人が注視する
入り口に、ゆっくりとだが影が揺らめく。恥ずかしげに俯きながら現れた人影はゆるく波打った茶髪を肩の辺りまで伸ばしている。
身を包むは、黄色地のフリルスカートに、白いカーディガン。上に羽織っているカーディガンは第1ボタンだけで留められており、
胸元で左右に分かれ、その間からぞく淡い緑のシャツが胸のふくらみをささやかに主張している。明るい色合いにまとめられた
その衣装はどことなく少女的な可愛らしい印象を与える。さあ顔を上げて。脇で自慢げに待っていたミシェルの耳打ちに、
ずっと下をにらんでいた彼女はようやく顔を上げた。

「モニ……カ?」

 ついに見せたモニカの顔に、ゲオルグは信じられずに言葉尻を上げる。アレックスはぽかんと口を開けて固まり、イレアナは、
あらぁ、と歓声を上げた。
 きめ細かな肌に、ぱっちりと開いた愛らしい瞳。仄かに赤みを帯びた頬に艶のかかった桜色の唇。輪郭や目鼻といったパーツは
確かにモニカなのだが、端正に彩られたそのパーツが一体となると、普段の顔と一致しない。可憐としか言いようのない風貌は
化粧のせいだと思われるのだが、マスカラの利いた睫毛と、ほんのりと散らされた頬の紅以外に手が加えられている点が見当たらない。
それはゲオルグの四半世紀に及ぶ人生ですら見たことのないメイクだった。

「お兄ちゃん」

 己をじっと見つめるつぶらな瞳に、ゲオルグは思わず背筋を正した。何だ。

「変……かな?」
「いや――」

 変ではない。変ではない――のだが、この美少女の正体が普段から顔を合わせているモニカであることがどうしても
かみ合わない。潜在意識の奥でポップアップしたエラーが違和感として言葉を詰まらせる。言いよどむゲオルグに
助け舟を出したのは、脇で満足気にやり取りを見ていたミシェルだった。

「ほらほら、アンタが可愛すぎてお兄ちゃん言葉が出ないみたいよ」
「ホント?」

 己を見つめる切なげな目に、ゲオルグは言葉を忘れて首を縦に振った。ゲオルグの肯定の動作にモニカは
強張らせていた表情を緩ませる。

「よかった」

 花が咲いた。その笑顔はもはや開花としか形容ができなかった。そしてそれはゲオルグとってとどめの一撃だった。
美少女に変貌したモニカの笑顔に、ゲオルグの意識は打ち砕かれ、その細部にいたるまで完全に魅了する。
 じゃあいこっか。その言葉に反応して立ち上がったゲオルグの動作にもはや意識の介在する余地は無かった。
妹の顔に見惚れたゲオルグは既に彼女の操り人形に過ぎなかった。これは夢だ。自分の意志の外で動く体に
ゲオルグはこの世が虚構だと決め付けるのだった。




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