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act.13

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act.13



翌日から、第三騎士隊ではまた厳しい鍛錬が始まった。
シアナは訓練に励む隊員に声をかけ、激を飛ばす。
特に――やはりといっていいか、イザークには他の者より大目に。
が、イザークの様子は以前と違った。強くなると決めた決意が、彼を忍耐強くしていた。
シアナの言葉を真剣に聞き、自ら率先してアドバイスを乞う。泣き言は決して口にしなくなった。
その様変わり具合に、他の騎士達も少し驚いているようだった。
第三騎士隊が訓練に励む景色を、ズイマが窓辺から眺めていた。

「ご飯できましたよ~!! みなさん、そろそろあがったらどうですか?」
食事番の老婆ウィナが昼食時を知らせに来る。
「そうね。そろそろお昼にしましょうか」
シアナの言葉で隊員は訓練を終えて、食堂へと向かった。
席に着席し、出来立ての昼食を頬張る。本日の昼食は野菜サラダとスープ、ラム肉とトマトのリゾットだった。
食事を受け取り、シアナも席へ着こうとしたのだが……残された椅子はわずか一席だった。
いや、そこまではよい。その椅子の隣にいる人物が問題なのである。
そこにはエレがいた。黙々と食事をしている。


(うわ……最悪)
よりにもよってこいつか。食事がまずくなりそうだ。
だが以前より嫌悪感はない。戦いを一時でも共にしたからだろうか?
……エレ一人ならまだしも、前方にも苦手な人物がいた。
クーフ・サレスジョン。五番隊の隊長で、いかにも女性受けしそうな面構えをしているが、軟派で軽薄な人物である。
それこそ女性とみると、手当たり次第に声をかけるといった悪癖を持つあたり、手に負えない。
守備範囲は十代前半から老婆までと噂される。真偽は不明であるが本当だとしたら生きる伝説のように恐ろしい奴である。
シアナも何回か声を掛けられたが、一笑と共に蹴散らした。
それにこりず、見るたびに遊びに行こうと誘いをかけてくるあたり、忍耐力に関しては優れているのかもしれないが――はっきり言って
エレよりも鬱陶しい人物である。

シアナは無言で椅子を引き、席に座った。
それに気が付くなり、隼のような速度でクーフはシアナへと身体を乗り出す。
「やあ。シアナじゃないか。怪我の方はいいのかい?
聞いたよ、部下を助けに行ったんだってねえ。流石慈愛に溢れた高潔な精神を持った騎士は違う。
優しい上に美しい。まさにフレンズベル騎士隊の誇りだ」
「……それはどうも」
投げやりな対応をすると、食事を始めた。
「それより知ってるかい? 隊員の間で人気投票があったらしい。一位の座を射止めたのは誰だか知っているかい?」
「……さあ」
「おやおや、姫君は自分の事に関して無頓着と見える。多くの人間の心を打ち抜いておいて無自覚とは」
「……はあ」
姫君てアンタ。いい加減寒いわ。反射的にゾゾゾっと鳥肌がたった。
「それは、君だよシアナ」
いつの間にか手を握られている。
「あの、ご飯食べたいんだけど、手どけてくれない?」
「それは出来ない。離したら君が遠ざかってしまう。そうだな、もし今度の休養中に僕と遊びに行ってくれるって言うなら約束してくれるなら
惜しみつつもこの手を離そう」
「…………」


駄目だ。この人物はやはり苦手だ。殴りたくても、威勢が寒々しい気持ちと一緒に吹き飛ばされる。
ある意味何よりも強敵だった。
「それよりこないだ城のメイドに声をかけてるのを見たけど。そっちはどうなったのよ」
「ああ、彼女ね。うん、美人でね、いい子だよ。勿論早速デートしたけど、それはそれ、君は別格さ」
メイドにも同じことを言っていた様な……。

シアナは盛大にため息を吐いた。
今は一刻も早くご飯が食べたい。
約束だけしておいて、すっぽかすのはどうだろう。しばし真剣に考える。
駄目だそれは出来ない。約束を違えるのは騎士として最低の行為だ。却下。
「で、どうなんだい?」
「……しょうがないわね。――わ」
分かったわよ、と返事をしようとした時だった。クーフの頭上から、ザバーッと水が注がれた。
呆気に取られるシアナ。水を掛けられた張本人も、一瞬何が起こったのかわからなかったらしい。
瞬きを数回して、水を掛けた人物が――エレだと分かった途端、怒りを露わにしてテーブルを叩きつける。
「お前……!!」


「くだらんな。……お前は女を引っ掛ける為に騎士隊に入隊したのか、下種め」
「何だと……!!」
「戦歴よりそのような風評で名をあげてどうする。そもそもこいつが嫌がっているのも分からぬほど落ちてはいまい」
「……ぐ、お前には関係ないだろう」
「本当の事を言われて頭に来たと見える。分かりやすい奴よ」
「……っ!!」
エレの襟元を引き寄せて、クーフは拳を振り上げた。食堂は騒然とした。

「や、やめなさいよ二人とも!!」
クーフとエレを引き剥がすシアナ。クーフは、シアナの厳しげな目に気付いて、やれやれと肩をすくめてみせた。
「君がそういうならやめとくよ。……食事を邪魔して悪かったね。後はご自由に」
すっかり気が削がれてしまったのだろう、クーフはそのまま食堂を後にする。
「……行ったか。払っても払っても同じ所に止まりたがる。蠅のような男だ、蠅男と名を変えればよいものを」

シアナは思わず噴出した。
「何を笑っている」
絶妙なネーミングである。
蠅の身体で、顔だけクーフという滑稽な姿を想像したのだ。エレは眉間に皺を寄せたままシアナを睨んでいた。
「いーえ、なんでもないわよ。それより助かったわ。あんたに礼を言うのは癪だけど一応言っとく。ありがと」
「別に俺は貴様を助けたつもりはないぞ。むしろあやつをお前の毒牙から救ってやったのだ」
「その素直じゃない所どうにかならないわけ……」

エレはふい、と他所を向く。



そこに、ウィナがパンの入ったバスケットを手に現れた。
「リゾットのお味はどうですか? エレ様シアナ様」
「悪くはない」「美味しいわよ」
同時に答える二人。ウィナはそうですか、それは何よりですと微笑んだ。
「焼きたてのパンですよ。どうぞ、お召し上がりください」
「ありがとう」
パンを貰い、ちらりとエレの食べている料理に目をやる。リゾットがトマトではなく白いスープ系のものだった。
「エレ様、リゾットの塩加減はいかがでしょう。……急に作ったものですから心配で」
「ふん。同じことを二度言わせるな。悪くないと言っている」
「あらあら。それはそれは何よりですわ」
「そういえばエレのリゾットはトマトじゃないのね」
「ええ。エレ様はトマトは苦手なので代わりのものを用意いたしました」


シーン……
一瞬の沈黙。シアナはエレを見た。
恐ろしい顔でウィナを睨んでいる。
「ウィナ。……俺がいつそれを公言していいと言った」
「あらあら、すみませんオホホ。ついつい口が滑りましたわ。では私はこれで」
そそくさと退去するウィナ。
シアナは、顔をひきつらせながら、エレの様子を伺う。
悪魔の騎士として恐れられる、戦場では敵を容赦なく屠るこいつの弱点。それがトマト。

「ぶっ」
我慢できず、再び爆笑するシアナ。こんなに笑うシアナを見るのは隊員も初めてである。何事かと視線を向けた。
「くくくく……トマト、トマトが苦手……ぶはははは!! 
そうよね、トマトって独特な味だものね……ぷあははは!!
ごめん、我慢できない……あははははっ、あはははは!! もーヤダ、お腹痛い~!!」
あ、しまった、笑っちゃった。慌てて口を押さえるが後の祭り。
エレはますます不機嫌になるのだった。




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