創作発表板@wiki

「カラス」、「加湿器」、「ラベンダー」②

最終更新:

shoyu

- view
だれでも歓迎! 編集

「カラス」、「加湿器」、「ラベンダー」②


384 名前:ラベンダーピンク(カラス、加湿器、ラベンダー)①[sage] 投稿日:2008/11/24(月) 14:45:19 ID:szbtUQkb [1/3]

老ハンナの110回目の誕生日を間近に控え、家族は祝い事の準備に忙しかったが
当のハンナはと言うと、このところ日課であった孫娘に付き添われての散歩も止めにして
大好きなラベンダーのアロマの入った加湿器をかけっ放しの自室に一人篭り、
灰色の窓の景色を憂鬱そうに眺めるばかりであった。
誕生日と共に、「カラス男」の訪問が近づいていたからだ。

その冬、街には「カラス男」の噂が広まっていた。
黒い外套とぼろぼろの軍服らしきものを身に着けたその男は、早朝のダウンタウンに現れる。
男の面相は、くちばしのような大きな鼻や小さな眼をしていて、どことなくカラスを思わせるものだという。
彼は何故か紫とピンクのラベンダーの花束を抱え、朝もやの中をカラスの群れを率いて飛び回るのだ。
飛ぶって、そいつ背中に羽でも生えてるの? さあ、破けた大きなコートの裾で羽ばたくんだって。
人を襲うとか? さあ、ただカラスと一緒に飛んでるんだって。
モスマンとか、バネ足ジャックあたりの有名な都市伝説を足して割ったような、下らない噂話。
ちょうど街で大量発生したカラスが問題になり、行政が鳥害対策に重い腰を上げた頃で
糞や散らかされたゴミの始末にくたびれた主婦なんかが、気晴らしに冗談でも始めたのが
変な形で広まっただけなんだろうと、噂を聞いた人の大半がそう思った。

老ハンナは違った。ひ孫たちが「カラス男」について話すのを聞いたとき、
彼女には思い当たる節があったからだ。罪深き「カラス男」、彼女の幼馴染。

老ハンナは今はアメリカに暮らしているが、生家はドイツ、バイエルン州の都市ヴュルツブルクにあった。
近所に住んでいたのがオスカール・ディルレヴァンガーだった。
オスカールは幼い頃から利発ではあったが、動物をいじめ殺したり
年下の子供や女の子にひどいいたずらをする、ろくでもない子供だった。
しかし、どういう訳か同い年のハンナにはよく懐いていたし、彼女の言うことなら多少は聞いた。
オスカールは、ハンナの家の庭に植えられたラベンダーの花壇が好きだった。
彼女の家族が引っ越すとき、何株かを彼にやったことをハンナはおぼろげに記憶している。

二人は45歳のとき、ベルリンで再会した。
ハンナの夫で電子工学博士のマックスはナチ党員で、
武装親衛隊の将官になったオスカールの友人だったのだ。
ある折マックスの家に招かれたオスカールは、そこでハンナと出会い、
彼女のほうでは最初分からなかったが、彼はすぐにハンナを思い出した。
オスカールの性癖は変っておらず、ナチ党内でもやはり評判の悪い男だったが
ハンナの前だけでの素直さも相変わらずだった。
彼はそれからも時折家を訪れると、ハンナと他愛のない世間話をして過ごすのだった。

戦争が終わり、ハンナは学者として大成していた夫が
米軍の「ペーパークリップ作戦」によってアメリカに招かれたので、一家でドイツを離れることが出来た。
一方オスカールは、「囚人部隊」の悪名高い第36SS武装擲弾兵師団を指揮し、
最後にはレジスタンスに捕まって捕虜収容所でなぶり殺しにされた
(あるいはエジプトに逃亡して、ナセル率いる自由将校団に加わりクーデターを助けたとの説もあるにはあるが)。

「最近朝方はカラスがうるさいでしょ、おばあちゃん」
夜になって孫娘がハンナの寝室に来た。老ハンナはもう寝る時間だ。
孫はベッドを整え、暖房器具のタイマーを設定し、サボテンの鉢植えに
庭の井戸から汲んだ水をやり、ついでに枕元の超音波式加湿器の貯水槽にも水を足し、
その他細々とした世話をハンナに焼いてくれた。
「ねえ、ニーナ。窓の鍵を開けといてくれないかい」
「何で?」
「何でもだよ。ねえ、鍵を開けておくれよ」
「駄目よおばあちゃん。泥棒とかカラスとか、入ってきちゃうでしょう?」
ニーナは結局、窓の鍵を閉めたままにして出ていってしまった。
老ハンナは「カラス男」の訪問を予感しつつも、鍵を開けることなく寝入ってしまった。

385 名前:ラベンダーピンク(カラス、加湿器、ラベンダー)②[sage] 投稿日:2008/11/24(月) 14:46:24 ID:szbtUQkb

明け方、ハンナが目を覚ますと、薄暗い部屋の中は何だか霧がかっているように見えた。
東向きの一番大きな窓の向こうに黒い影があるのを、カーテン越しに認めた。
影は窓を叩いた。ハンナはかすれる声で答えた。
「ごめんなさい、鍵は閉まってるのよ」
影はしばらく窓の前でごそごそやっていると、どうやってか自力で鍵を開け、部屋に入ってきた。
それはぼろ切れのような黒い外套を羽織り、やはりあちこち破れて、毛羽だったりてかったりして、
まるでカラスの濡れ羽のようになったSS将校の灰色の制服をまとったオスカールだった。
顔立ちが生前より細く鋭くなり、小さなボタンのような瞳をした彼は
その服装と相まって、ハンナにはまさしく一羽の巨大なカラスに見えた。
彼は噂どおり、ラベンダーの花束を両手で持っていた。制服の胸元には、勲章ではなく
ラベンダー・ピンク色の逆三角形の胸章が留まっていた。
「お久しぶりね」
「そうだな」
オスカールはベッドの横に立って、ハンナを見下ろした。
「お迎えに来てくれたのね」
「そういうことだ。と言っても別に、今すぐ死ぬ訳じゃないがね……ほら」
彼はハンナに、ラベンダーの花束と黒い逆三角の胸章を渡した。
「まあきれい。それに、何て良い香り……。あら、これは?」
「お前さんの勲章さ」
オスカールはその黒い三角を、ハンナの寝巻きの胸に留めてくれた。ハンナははっとした。
「私は地獄へ行くのね」

ベルリンでのオスカールとの付き合いの中で、
ハンナは彼に頼んで密かに女性を都合してもらうことがあった。
ハンナは同性愛者で、研究にかまけてばかりの夫との生活に倦んでいたのだ。
強制収容所で、黒い逆三角の胸章を着けられて死を待つばかりの女性たち。
オスカールはその中から何人かを、ハンナの一晩の逢瀬のために連れ出した。
用済みの女性はオスカールが始末した。オスカール自身が楽しむこともあったかも知れない。

「地獄ってどんなところ?」
「ひどく寒い。霧が濃くて何も見えない。おれたちは遅効性のガスを呑んで、のた打ち回って壁を引っかいてる」
オスカールは血だらけの手をハンナに見せた。ハンナは頷いた。
それからオスカールは窓へ向き、帰ろうとした。彼女は呼び止めた。
「あなた、街の人にカラス男って呼ばれてるのよ」
彼は彼女に背を向けたまま
「おれたち亡者は至るところに居る、地獄と現世は重なっている。
普段は互いの世界を薄くて硬い、不透明の膜が隔てているが
頑張ればそいつを一時的にでも破くことは出来る。
だから、あれは膜を突き抜けるための頭突きみたいなものなんだ。
こうして思い通りに身動きできるだけの、大きな穴を開けるためのね。
おれがここに戻ってくる用事はあんたで最後だ、同じことをするのはもう無理だな。
残りの業(カルマ)は地獄で清算しなければならない、お前さんも、もうじきそうなる」
オスカールは窓に手をかけた。
「花をどうもありがとう」
「地獄の霧の中では他人の姿は見えない。おれたちはもう会うこともないだろう」
オスカールは飛び去った。開け放たれた窓は部屋中の霧が吸い込み、それから独りでに閉まった。
朝食の時間になり、ニーナが起こしに来た時には
花束も黒い胸章もハンナによってベッドのそばに隠された後だった。

オスカール・ディルレヴァンガーの訪問から程なくして、
老ハンナは110歳の誕生日を迎えた。そしてその一週間後、彼女は亡くなった。
ハンナは遺言で、自分の棺桶にあのラベンダーの花束と胸章を入れるよう家族に頼み、それは叶えられた。
彼女の死因は老衰ではなく仮性結核だった。加湿器の水槽から仮性結核菌が見つかった。
保健所の職員が庭の井戸をさらうと、底のほうからカラスの死体が出てきた。
そのカラスが、老ハンナを殺した菌のキャリアだろうと言われた。
行政はカラスの一斉駆除に乗り出し、噂の「カラス男」もまたカラスたちと共に街を去り、
二度と住人たちの話題に上ることはなくなった。

386 名前:創る名無しに見る名無し[sage] 投稿日:2008/11/24(月) 14:48:19 ID:szbtUQkb
カラスの仮面、笑えました

自分もと思ったが、また第二次大戦+幽霊譚になってしまった

名前:
コメント:


タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

目安箱バナー