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温泉界へご招待 ~因幡リオの場合~

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温泉界へご招待 ~因幡リオの場合~


温泉界へご招待 ~因幡リオの場合~

「ふぅ……」
「これまた珍しいお客さんね。ゆっくりしてってね!」
湯船の遠くで月夜のように明るい声がする。見えぬ遠い視線の先は白い湯気にかすみ、温かい不思議な空間が二人を包む。
箸が転んでも笑う年頃の少女が一人ぽつんと湯船に浸かり、耳を温泉界の番台・湯乃香の声に傾けた。
その耳は長く、おおよそ湯乃香のものとは似つきもしない。それどころか、お客の少女の体は雪のように白く柔らかい毛並みに覆われている。
ただ、湯から覗かせる彼女の肢体は、お年頃のオンナノコの母性を匂わす曲線を伺わせていた。

「ねえ、湯乃香ちゃん。聞いてくれるかな」
「ふふふ。ここに来たら文字通り丸裸に胸のうちを打ち明けるのがジャスティスなのよ!」
シャンプーハットに真っ裸という、温泉界だからこそ許されるいでたちの少女は、湯の中で明るく返事する。
湯乃香の言葉に軽く頷いた少女は、短く揃えたボブショートの髪を湯気に包み込ませていた。その度に、鼻をひくひくと動かしている。
「リオちゃんは、学園では真面目な風紀委員長なんだから、ここではもっとぐうたらするべき!」
「ぐうたらかあ。いいなあ、ソレ」
「学園のみんなはここのことを知らないはず。だって、わたしの琴線に触れた子しかここに呼ばないからね!」
湯のしぶきがリオの目前をかすめる。たぷんと温泉の香り立つ波がリオの小さな胸を洗う。
湯乃香は風呂桶から飛び出すとシャンプーハットのつばを摘んで、つーっとタイルを滑走してみせた。
風呂場で走っちゃいけません。そんなルールはここでは無用。佳望学園・風紀委員長の因幡リオも口をつぐむだけ。

因幡リオは、佳望(けもう)学園に通うウサギ獣人の女子高生。ケモノと人間が共に集い、共に学ぶ、小中高一貫の学園だ。
誰もが憧れる女子高生だって言うのに、『委員長』という肩書きと、メタルフレームのメガネが
彼女を『真面目のまー子』に仕立て上げ、思ったよりチヤホヤされずに学園生活を過ごしていた。
「ふん。わたしだって……JKよ!ジョシコウセイなんだからね!」
クラスの男子から文句を言われ、クラスの女子との話に必死に追いつこうと愛敬を振りまき、
そして委員長故に誰からも聞かれないよう、ぼそぼそと愚痴をこぼしながら帰宅していたときのこと。
……リオはいつの間にか『温泉界』の番台の側に立っていたのだった。
「ふぁー?ここは?そうだ。昨晩、リアルタイムで今春スタートのアニメの初回をネットで実況してたから、
悪い夢を見ているんだ!初回特典の『ヒロインのアレな姿を見せちゃうぞカット』のキャプ画がうpされてるのを見たからなんだ!
あーん!ついったーで呟いてやる!!って……ここ圏外?きゃーっ。ここはどこ?あたしは誰?」
おそらく、PC画面の前でしか通用しない用語をつらつらと並べながらリオは、スカートを翻していると、
暖簾の奥から少女の声を耳にする。暖簾が捲れ、人がたのシルエットが薄暗い奥から浮かび上がると、
声の主と思われる少女の姿が、輝いて見えた気がした。洞窟に隠れた女神が再び現れたような、神々しさを持ち合わせていた。
部屋の中だというのに、身に付けているのはシャンプーハットと足首のバンドに付いたカギだけ。
どう見てもほぼ全裸の少女は、深夜の太陽のような笑みでリオを迎え入れた。

「女の子のお客さんだぁ!やったー。いらっしゃーーーい」
「はあ」
「くんくんくん。『佳望学園』の制服ね。いいなあ、お湯代としていただきっ。入湯税は免税でね!」
「??????」
シャンプーハット以外は裸の少女がリオの二の腕をぐるりと掴むと、少女の胸がリオに触れた。
リオは同性ながら、少し頬を白い毛並みを通して赤らめた。

―――備え付けの大理石の岩盤にうつ伏せで伸びるリオは、歳に似合わぬ恍惚な表情を見せていた。
学園ではまずお目にかかれない、きっちり風紀委員長のぐうたら姿。短い尻尾がぴくりと動く。
そして、湯乃香はホースで床に残った石鹸の泡を流し落としながら、力を抜ききったリオをからかう。
「いま、わたしの姿を見て『お茶碗3杯はいける!』って思ったでしょ?」
「お、思いません!」
リオは明らかに動揺している。自分のことを見透かす子がいる。けっして『オンナノコ』しか好きになれないわけではないが、
どうして同性としてこんなにドキリと胸を打ちぬく仕草が出来るのだろう、と羨望の眼差しで見ていたのだったから無理は無い。

「炭酸泉も気持ちいいよ」
一仕事終えた湯乃香は、思いきって新設したコーナーをさりげなくリオに自慢する。
ソーダ色の湯を湛える湯船からは小さな無数の泡が立ち上る。リオは言われるがまま炭酸泉の湯船に入ると、
脚にまとわり付く炭酸の泡がやけにくすぐったく感じていた。温度はさほど高くは無い。
湯乃香はかぽーんと洗面器を床に並べながら、リオの後姿をにまにまと眺める。

「はあぁ……。なんだか、体に優しいね。この温泉は」
いたずら心に火がついた湯乃香は、骨抜きのリオの長い耳にぱしゃりと静かにお湯をかけた。
ウサギの耳は反射的にくるりと回り、湯乃香の笑いを誘った。

その頃、隣の男湯では一人の青年が湯船に浸かって、一人ほくそえんでいた。
「うおおおお?女湯に誰かと思ったら、なんだ?ウサギ?」
青年はクレヤボヤンス、いわゆる『透視』の能力を持つ。彼の力を無駄遣いして、女湯を覗いたとろ、リオの後姿を目の当たりにした。
ウサギが湯船に入る所などは初めて目の当たりにする。無理も無い。あらゆる世界から召還された者がここ温泉界にやって来る。
ここでの「誰なんだお前」は、外国に行って「今日はガイジンさんばかりだね」と言うぐらいマヌケだ。

想像力の限界を超えて振り切れ。妄想を味方に付けろ。不可侵な己の脳領域を桃色に染めろ。
相手がウサギ獣人なのはともかく、お年頃のオンナノコが湯浴みをする姿を目の当たりにした青年は、
「ここもなかなか捨てたもんじゃない」と、のぼせながら、ゆっくりと力なく湯船の中に沈んでいった。
天野翔太、23歳。未だ抜け出せぬ温泉界での一こま。

―――リオが学園でのことをとめどなく湯乃香に話し続けると、彼女はうんうんとリオを拒むことなく話を聞き続けた。
取り留めの無いことから、委員長ならではの悩みごと。そして、オンナノコ同士のお話。
リオは湯加減に上機嫌になりながらも、学園のことは忘れて居なかった。だって、あの子は委員長。
「そうだ!あしたは……早く学校に行かなきゃ」
「どうしたの」
リオの突然の言葉に炭酸泉をかき回す湯乃香は手を止めた。
隣の男湯で翔太が湯船からマッコウクジラのように飛び出した。
リオは風紀委員長。あしたは朝早くから校門での服装チェックを実施する日であった。風紀委員長が欠席、遅刻することは許されない。
いつまでもここに居たい気もするが、学園の風紀の為、委員のみんなの為、自分の為に早く戻らなければならない。

湯船から飛び出したリオは、濡れた白い毛並みをバスタオルで拭き、脱衣場へと向かう。
その姿と、リオの瞳を見て湯乃香はリオを止める気にはならなかった。
体にバスタオルを巻きつけ、毛並みに残った水滴を丁寧にふき取る。バスタオルの端からは、濡れたウサギの尻尾が顔を出していた。
ドライヤーをMAXの勢いで吹かし、体中の水滴を飛ばす。毛並みを持つ獣人は風呂上りこそ丁寧に仕上げらなければならない。
ボブショートの髪の毛はドライヤーの風に煽られ、次第に乾いたいつもの髪の毛に戻ってゆく。
いつもとは違うシャンプーを使ったから、いつもとはちょっと違う髪の香りがふわりと落ちる。
それだけなのに、曇った鏡を見つめているリオには、いつもと違うような自分を確かめた。

脱衣場で扇風機が真面目に廻る中、全ての水分を服取ったリオは思い出した。湯乃香の屈託の無い言葉。

「『佳望学園』の制服ね。いいなあ、お湯代としていただきっ」

世の中タダで済むことほど甘い話は無い。だけど、規則は規則。まして、わたしは『風紀委員長』。
いばりん坊屋さんが自己の権威のために作ったわけでもなく、みんなが納得するように出来ているのが規則。
それを守れないはぐれたウサギはオオカミに捕まって食べられてしまえ。多分、みんな許しはしないよ。
だって、「規則」をインチキしちゃったもんね。あーあ、わたしの噂が背後でざわざわ揺れる。長い耳はイヤでも反応するから。

しかし、どうやってもとの世界に帰ろうか。制服はお代として湯乃香が持っている。このままの姿で帰るわけにはいかない。
温泉界との別れに胸を痛めながら、リオはうっすらと人影を見た。聞いたことのある声が長い耳に反応した。
何のことは無い、湯乃香がリオの側にいたのだ。メガネを湯乃香に差し出してしまい、姿がはっきりと見えないリオは、声で湯乃香のことに気が付いた。

湯乃香はかごを持っていた。籐で編まれたかごのなかには、甘い女の子の香りがするリオの制服がきちんと揃えられて入っている。
「あの……。お代は今度でいいです」
リオは耳を疑うが、湯乃香の声を読み取れば、それがまやかしでもことはすぐにでも察知できた。
はにかみながらすっと湯乃香はかごを差し出すと、ぼんやりとだが目を合わせることを躊躇うように、リオはバスタオルをぎゅっと摘む。
「わたしの気まぐれで呼んじゃったようなものだし、リオちゃんもお仕事だろうし。それに」
「……」
「また来てもらう口実が出来たってこと!!」
「ありがとう。でも、きまりはきまりだから……ぜったいまた来るよ」
かごを受け取ったリオは、髪を揺らしてお辞儀をいつまでもしていた。

「リオちゃん、忘れ物。メガネがないと、見えないんでしょ?」
リオが盾に首を静かに振ると、いつもとは違うシャンプーの香りが扇風機の風にのって揺れた。
使い慣れたメタルフレームのメガネ。ちょっと外していただけなのに、すごく久しぶりの気がする。

「……」
「どうしたの」
「湯乃香ちゃん、かわいい」
リオの髪の先からぽたりと拭き残した水滴が垂れて、バスタオルに吸い込まれていった。
バスタオルをゆっくりと捲り、かごを床に置いて自分の制服に着替え始めるリオは、着替え終えてしまうことが少し寂しかった。
湯乃香はウサギの少女が自分の世界に変える姿をじっと見守りながら、リオの言葉を何度もかみ締めていた。
温泉のおかげで、今夜はきっと心地よい眠りに付くことが出来るだろう。外界はひんやりと風が吹いていた。


おしまい。



因幡リオ「獣人総合スレ」よりご来場
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