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Report'From the AnotherWorld 第1話

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mintsuku

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Report'From the AnotherWorld 第1話




 車が揺れている。道路の舗装は既に途切れ、ただの車が通れる獣道だ。見える木々は細く、えらい貧相なイメージを受ける。僅かに残るくすんだ色の葉っぱが、かろうじてその木々が生きている事を教えてくれる。
 クリーヴは車の助手席に座り、窓の角で器用に頬杖をつきながら外を眺めている。
 近づいて居るらしい。長年のカンがそう言っている。
 クリーヴは愛用のデジカメを握りしめる。動画は取れないが五万枚もの写真を納められるメモリを内蔵したスグレモノだ。



※ ※ ※



「お前しか適任は居ない」

 レヴィンに呼び出されて言われた言葉はそれだけだった。
 迷彩服を着込み、まくり上げた袖から見える腕は太く逞しい。鋭い眼光は見た目通りの強さと、繊細さを物語っている。

「わざわざ基地にまで呼び出していきなり何の話だ? 客迎えるにしちゃ随分と『ラフな』格好じゃねぇかレヴィン?」
「外なら制服を着るさ。でもここは俺達の家だ。リラックス出来る服装なのは当然だろう」
「軍服の野郎がほざきやがる。ああそうだ。昇進おめでとう。少佐殿」

 レヴィンはニッコリ笑い、分厚い資料を取り出す。
 それをデスクの上へ置き、無言で目を通すようにクリーヴに促した。
 資料の表紙には「TOP SECRET」の文字が赤いインクで斜めに印刷されているだけだった。

「これは……レベル5!?」
「そうだ。正真正銘の、超機密事項。本来ならば政府首脳クラスしか触れられない、危険極まりない代物だよ。
 UFOとかも載っているかもな」

 レヴィンは冗談混じりに資料の説明をする。とても軍人とは思えない軽い口調だ。
 かつてはクリーブと共に戦場を駆け巡ったが、戦場ではまさにプロの兵士といった印象だった。最初に出会った時はジャマだと言ってクリーヴを殴ったりもした程だ。
 長い付き合いの果てに、今では冗談を言い合う仲にはなったのだが。

「俺は民間人だ。レベル5なんて見ていい訳じゃない」
「いや、構わない。見てもらう為に集めた資料だ。許可も取り付けてある」

 レヴィンは微笑んだままそう言った。
 クリーヴは何か深い罠に嵌められた気分になった。ただでさえ機密事項に触れるのは危険が伴う。それが最高機密レベルの代物となれば勘繰ってしまうのも当然だろう。
 クリーヴは軍人ではない。民間人なのだ。

「気持ちは解らんでもない」

 レヴィンが心を見透かしたように言った。

「これは本当に危険な資料だ。もし漏れたらその人物を射殺しなければならない。だがこれをお前が見る許可は取り付けてある。俺がそう頼んだんだ。お前しかこの作戦に適した人材は居ないからな」
「友に命のリスクを背負えと? お前は信用出来るがお役所連中はムリだ」
「大統領が盟約を結んだとしてもか?」
「……大統領? だと?」

 レヴィンは頷き、窓のシャッターを閉める。
 一気に部屋が薄暗くなり、僅かに入ってくる木漏れ日が室内のホコリを照らして怪しく光っていた。

「大統領だけじゃない。他国の首脳陣もこの作戦を支持している。そいつらから一生モノの援助が受けられるぞ。どこへ行くにも面倒な許可をとる必要が無くなる。
 お前にとっては魅力的な報酬のはずだ。」
「それほど危険なんだろう? 死ぬだけじゃ済まないほどの」
「そうだ。もし成功すれば多額の報酬も用意されている。 さっきの援助で仕事に励むか、引退して遊んで暮らすかは自由だ」
「具体的にいくらだ?」
「毎月十万ドル。死ぬまで支給すると約束してくれた。国家予算からな」
「……ウソだろ」

 途方もない報酬だ。一回十万ドルではない。『毎月十万ドル』。それも死ぬまで。多額どころの騒ぎでは無い。

「……お前は戦場カメラマンとして十分過ぎる実績がある。俺と幾つも死線を超えてきたし、平時でも見事にその土地に馴染める。
 それは俺達軍人や、スパイ連中には無い能力だ。民間人ならではの……な」
「今度はホメ殺しか」
「事実だ。俺達は良くも悪くも戦うのが仕事だ。適任者は俺達の中に居ない」
「……一体どんな仕事なんだ? どこの戦場に行けと?」
「戦場ではない」
「何?」

 戦場ではない。なら何故戦場カメラマンのクリーヴを呼び付けたのか。その理由がクリーヴには解らなかった。
 多額の報酬、他国首脳陣の援助、大統領の盟約。
 これが一体何を意味するのか。それは一体何なのか……。

「……俺に何をさせたい?」
「資料に書いてある。もしやるなら、読んでみるといい。すべてそれに書いてある」

 少し考え、クリーヴは資料に手を伸ばした。危険な仕事だとは十分に理解出来た。
 彼はプロだ。その腕を認められたという事は、プロとして彼を燃え上がらせるには十分の事。
 クリーヴが資料の一冊を手にとり、表紙をめくろうとした時――

「クリーヴ」
「何だレヴィン?」
「それをめくったら、もう戻れない。いいか?」

 クリーヴとレヴィンの間に一瞬の沈黙が走る。
 そして彼は、ゆっくりとレベル5の資料の表紙を開いた。



※ ※  ※



 ガタン!

 車が大きく揺れた。頬杖をついたままクリーヴはいつの間にか眠っていたらしい。
 大排気量を誇る軍用車両は荒れ果てた地面を低速ギアで走行し、激しく吠えていた。

 クリーブは持ち物を確認する。

 音声レコーダー。
 声でのレポートをまとめあげる物。構造は割と簡単で、電池と記録媒体さえあればいくらでもメモリを拡張出来る。これならバッテリーやメモリーカードを気にする必要は無い。

 金。
 通貨は持ち込めない。代わりに出所が解らないように粒状に加工された金を持ち込み、当面の生活費とする。

 そして、愛用のカメラ。
 これこそクリーヴの命であり、この仕事を引き寄せた物。
 これが天使か悪魔かは、この時はまだ分からなかった。 成否がどうであれ、全てが終わった時にどちらだったか分かるだろう。

「ここまでです」

 運転手を勤める若い兵士が車を止めそう言った。
 窓から外を見ると、それは見えてくくる。世界を分け隔てる、長い長い、途方もなく巨大な壁――

「お気をつけて。ミスター・クリーヴ」

 若い兵士は敬礼でクリーブを送り出した。「俺は軍人じゃない」と一言いい、彼は壁へと向かって行く。
 資料によれば、排気の為に壁には幾つか穴が空いているはずだ。
 それは巧妙に隠され、素人目には発見は不可能だ。クリーヴは頭に叩き込んだ資料の情報を便りに、それを発見する。
 直径約一メートル程の小さな穴。空以外で、唯一外と中を繋ぐ穴。
 壁の底辺付近の厚さは約百二十メートル。さらに穴の中は相当に入り組んでおり、実際の距離はさらに長い。おまけに中は真っ暗だ。
 ここを抜けるのは気が滅入るが、中止という選択肢は無い。彼は、穴蔵の中へ侵入していく。

 長い長い通路だ。衛星からのX線写真のおかげで内部構造は把握している。しかし、実際に潜るとより長く感じる。
 壁の真ん中辺りでは、一切の音がしなくなった。
 自分の鼓動と呼吸、あとは衣服が擦れる音だけがしている。真っ暗な通路では貧弱なライトだけが便りだが、それが照らすのはさらなる闇だけ。
 まるで、自分しか存在しない宇宙の隙間に放り込まれたような気分だとクリーヴは思う。
 実際、彼は今世界と世界の間に居るのだ。

 穴蔵を大分進むと、今度はファンが回る音がする。
 出口が近い。クリーヴは穴蔵の壁をライトで照らしまくり、ファンを避ける更なる抜け道を捜す。
 そして一枚の金属の板を止めてあるビスを手持ちのナイフで回し、そこへ入って行く。
 あとは一本道だ。先程よりさらに狭い通路をクリーヴは這って進む。草の臭いがする。土の臭いがする。
 もうすぐだ。もうすぐ、彼は「別世界」へと到達する。それは偉業とも言える事だ。

 そして行き止まりにたどり着く。
 彼は仰向けになり、通路の天井になってある格子のビスをまたナイフで外す。
 そこに見えたのは土。草の根が張り巡らされた土だった。
 クリーヴはそれを掘った。顔面に土がかかるが、そんな事は気にならなかった。
 もうすぐ、もうすぐだ。彼を支配していた感情はそれだけだった。そして――

「……!」

 彼の手は土を貫く。手を引くとそこから新鮮な空気が入り込み、彼は思い切り深呼吸する。
 そして一気に頭を外に出し、そのまま身体を空いた穴へと捩込んで行く。

 彼が見た最初に見たのは月だ。既に外は夜になっていた。地面には草が生い茂り、遠くでは水が流れている音がする。
 クリーブはレコーダーを取り出し、録音を開始した。

『……空だ。……はぁはぁ……。空が見える…! 月が見える! 俺達の世界と同じ空だ……。はぁはぁ……。
 草も生えてる……。外とは印象が違う。青々した草だ……。俺達の世界の草と同じだ……』

 クリーヴのレポートは次々とメモリに蓄えられていく。
『……俺達の世界と同じ空気だ……! でも解るぞ。ここは俺達の世界とは別物だって……。どこの戦場でも同じ世界だった。でもここは違う……。違う世界だ……!』

『はぁはぁ……。俺の名前はクリーヴ。クリーヴ・サラハン。今から閉鎖都市の調査を開始する。この違う世界の……』

『俺は……。俺はここまで来たぞ。来たんだ……』

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