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10章(2)

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 「 蒼の残光」 第10章-2.

 戦端を開いたのは連邦軍だった。
  コロニーレーザーを包囲したルロワは、通信回線を開き投降を呼びかけた。
「アクシズ司令官ミカ・リトマネン伯に勧告申し上げる。こちらは地球連邦軍ジオン共和
国駐留艦隊司令官ギィ・ルロワである。今すぐ投降されたし。貴公及び貴公の軍の行いに
一片の正義なし。いたずらに地球市民の命を危機に陥れ地球市民と宇宙市民の溝を深める
だけである。それは理解や対話とは対極に位置するものである。投降せよ、さすれば我が
名に賭けて貴公らの減刑に尽力する事を約束する」
 返答はなし。予想はしていた事だ。ルロワは回線を艦隊内のみのチャンネルにして号令
をかけた。
「撃て」
『ハイバリー』『ネェル・アーガマ』を初めとする全艦が主砲を斉射し、MS隊が発進し
た。対するリトマネン軍もMS隊を発進、宙域は戦場と化した。
「始まりましたな」
 マオがリトマネンに声をかけた。その声は陽気を装っていたが、わずかな震えをリトマ
ネンは読み取った。士官学校の同期とは言え、所詮戦場から離れた輸送屋なのである。
「スティーヴ、君には感謝の言葉もない。君がいたからこうして連邦軍を相手にジオンの
理念を賭けた戦いが出来る」
「いやいや、礼には及びませんよ」
「ここで死んでも悔いはなしだ」
 マオが眼を剥いた。リトマネンが軽く笑う。
「安心しろ、もちろん負けるつもりは毛頭ない。ただ、死に場所としては悪くない、そう
思っただけよ。軍人としての感傷という奴だ」
「…………」
「これより私は指揮に専念する。君はここで見ているかね?」
「い、いや、皆さんのお邪魔をしてはいけない。自室のベッドで布団を頭から被っている
事にしますよ」
「そうか、それならそれでいい」
 マオは司令部から退席すると、居住ブロックとは逆方向へと足を向けた。

 

「――来るか」
 アランは乾いた唇を軽く下で湿した。
「オリバー、準備はいいな?」
「もちろんだよ、アラン」
 間髪入れぬ返答。多少高揚してはいるが、精神は安定しているようだ。
「奴ら、伏兵を潜ませてるよ。天頂方向にダミーのデブリを散布して」
「やはりな。予想はしていた事だ――それを感じ取れるのか?」
 オリバーの笑声が聞こえた。
「今の僕は最高に冴えてるんだ。僕から隠れる事なんて誰にも出来ないよ」
「そうだったな。では、そっちは任せた。数の上では俺達は圧倒的な不利である事は変わ
らんからな。あの『戦慄の蒼』がいない事を差し引いても」
「全く残念だよ。ここであいつを殺せると思ったのに」
 オリバーの声は本当に残念そうだった。
「マリオンを連れて来た時にその事は予想しておくべきだったかもしれんな。しかし、俺
の立場では好都合だ」
「判ってる。勝ち続ければその内僕の前に出てこざるを得ないだろうしね」
 そう返答したものの、やはりオリバーは口惜しかった。
 彼自身の目論見としては、マリオンを奪還すべく攻めかかってきたユウを返り討ちに屠
り去り、マリオンを名実共に取り戻すつもりだった。
 マリオンはユウに騙されている。
 それがオリバーの結論だった。どんな方法か知らないが、あの男はマリオンを洗脳し、
自分のために利用している。ならばマリオンのユウと知り合ってからの五年間を全てリ
セットしてしまえばいい。強化人間調整用のプログラムは彼女の記憶を洗浄するのに役に
立つはずだ。その上でユウを討ち取ればマリオンの時は完全に巻き戻せる。
 そうすればまた、マリオンは僕に微笑んでくれる。
 そのためとは言え作戦にマリオンを巻き込むのには多少の躊躇いもあったが、今の自分
ならどんな死地にあっても彼女を守りきる自信がある。
「それじゃ、行くよ。僕たちの明日のために」
 オリバーのハンニバルが出撃した。

 

 アイゼンベルグはタイミングを推し量っていた。
 ルロワ、ブライトら主力が戦端を開き、タイミングを見計らってスキラッチの奇襲部隊
が急襲、一気に旗艦とコロニーレーザーの制御室を制圧、無力化させる。これが基本方針
である。
 しかし、考えまいとしても一つの懸念がアイゼンベルグの心を乱していた。言うまでも
なくマリー・ウィリアムズ・カジマの事である。
 拉致されたマリーは間違いなくこの艦隊か、コロニーレーザーのコントロールルームか、
そう言った居住スペースを持つ場所にいる。無傷で占領できればいいが、撃沈でもしてし
まえば巻き添えで殺してしまうかもしれない。これは特にルロワ艦隊の将兵にとって共通
認識であり、他の艦隊の将兵から見ても無視できない要素になっていた。結果として、マ
リーの拉致は連邦軍の作戦の難易度を数段階一気に押し上げた事になる。
「ま、やるしかねえか」
 アイゼンベルグは呟いた。ユウなしで新型二機を相手にしなければならないというだけ
で困難なのだ。コロニーレーザーの無力化という第一目標のため、最悪はマリーの事を諦
める決断もしなければならない。
「数が多いな。ダミーか」
 センサーの熱源反応からも張子がある事は確認できる。相手も余力などなくギリギリで
戦っているのだ。
 アイゼンベルグの愛機が左腕を上げた。カウントダウン開始の合図である。
「――三、二、一、アターック!」
 天頂方向から一斉に襲撃を仕掛ける。この奇襲で一気にコロニーレーザーを制圧するの
が理想、最低でも敵戦力に打撃を与え本隊と挟撃体勢を作る。
「来るよ、アラン」
 オリバーが警告を発する。彼の直観力はこの奇襲を予期していた。
「任せろ」
 アランが方天画戟を構え直し前に進み出る。そこに襲い掛かるのはアイゼンベルグの一
隊だ。
「もたもたするな!やる事はたかが人殺しだ」
 一般的な感覚の者が聞けば眼を剥くであろう激を飛ばしつつミサイルを発射する。牽制
用の閃光弾はアランの目前で爆発、目が眩むほどの強い光を放った。
「む!?」
 さすがのアランも一瞬視界を塞がれる。ハンニバルのモノアイは瞬時に光をカットした
が、その一瞬の間にジムⅢが三機、間合いに入った。
「舐めるな」
 得物を横薙ぎに一閃し、ジムを二機一度に切り裂く。接近戦であれば彼のハンニバルを
凌駕するMSなどこの時代には存在しなかった。
「この画戟の届く限り全てを斬る!」
 反転しつつ三機目を両断。その時初めてアランはあまりにも手応えがない事に気づいた。
「罠か!?」
「遅い!」
 アイゼンベルグが会心の声をあげる。斬られたダミーの中から無数のショックワイヤー
が射出され、ハンニバルの自由を奪った。
「くっ……!」
「ダミーを持ち出すのはお前らだけじゃねえんだよ。今だ、一斉砲火!」
 数十のビームライフルと戦艦、巡洋艦の主砲。ほぼ全方位からの火線を逃れる術はな
かった。ないはずだった。
 しかし次の瞬間、後方に待機していたオリバーのハンニバルがニトロシステムを使用し
てアランの下に文字通り飛んできた。オリバーはアランに覆い被さるように重なると、両
肩の装置を稼動させた。
 高密度の十字砲火は二機のどちらにも届くことなく弾かれ、拡散した。
 アイゼンベルグほどの歴戦の士が完全に言葉を失った。それほどまでに衝撃的で、彼の
経験を超えた光景だった。
「……Iフィールドか!?」
 信じがたい事だが、二十メートル級のMSでありながらIフィールドを発生させること
が可能なのだ。サイコミュ兵器に大業物による格闘能力、さらにIフィールド。この二機
が揃えば無敵ではないのか。
「迂闊だよ、アラン」
「すまん、助かった」
 ワイヤーから脱出したアランは改めて前に進み出た。アイゼンベルグはビームライフル
を構え直し、死ぬまでにどれだけ時間を稼げるかを考え始めた。

 

 後にリトマネン側の資料にあった言葉から『フルガラッハの攻防戦』と呼ばれるこの戦
いに参加した戦力は、連邦軍が艦船二十九艇、MS二百十四機、アクシズ残党軍が艦船十
六艇、MS八十一機とされる。残党軍MSについては六十八機から百十三機まで異なる資
料も存在するが、少なくとも連邦軍は二倍以上の戦力を以てこの戦いに臨んだ事になる。
 しかし、戦局は数の差を覆す勢いで残党軍に傾いていた。アクシズは元々数の劣勢を前
提とした戦略戦術に長けており、MSもまた少数を以て多数を討つという思想の元、生産
性を犠牲にしてまでも性能を追求した設計の機体が多い。ザクⅢやRジャジャはジムⅢに
対して一対一ではほぼ無敗だった。生産性を重視しているとされるドライセンやガ・ゾウ
ムですらジムに性能では勝っていた。数に勝る連邦軍MS隊を巧妙に分断し、各個撃破で
数を減らしていった。
 さらに、二機の指揮官機――アランとオリバーは人型をした死そのものだった。彼らが
通った後には中隊規模のMSの残骸が漂うのみだった。
 現在戦闘の中心にあるものはコロニーレーザーではなく、ネェル・アーガマだった。
 ネェル・アーガマの艦底にあるこの兵器は、コロニーレーザーを一撃で破壊しうる唯一
の武装だった。コロニーレーザーの防衛と言う残党軍の戦術目標にあって最優先に破壊す
べきとされるのは、必然の事だった。
 もちろんそれは連邦軍にとっても計算の内である。ブライトが伏兵の指揮ではなくあえ
て正面に出たのは、敵戦力を自分に引き付けて少しでもコロニーレーザーの守備を手薄に
する事が目的だった。
「左舷、弾幕薄いぞ!MS隊、こちらに構うな、前に出ろ!」
 ブライトは声を枯らして指示を出していた。十代にして一年戦争を艦長として生き抜い
た歴戦の指揮官は、この危険な役回りにも敢然と立ち向かっていた。
 一方で、MS戦とも、ネェル・アーガマ防空戦とも違う別の戦いにおいて、小さいが重
大な戦果を持ち帰った者もいる。
 イノウエを隊長とする対艦対物攻撃部隊は意見の食い違いから小さな論争に発展してい
た。
「大尉、今は戦闘中です。作戦行動に影響の出る命令には従えません」
 小隊長の一人が頑強に反対意見を唱えた。スキラッチ艦隊のパイロットである。
 接触回線によりモニターに映ったイノウエの表情は変化がなかった。
「影響などはない。敵艦を無力化するという点ではなんら変わらない」
「撃沈するのと制圧するのでは全く違います!」
 思わず小隊長の声が荒くなる。イノウエは各部隊に対し、敵艦を沈めず、ブリッジを制
圧して降させる事を命じたのだ。
「艦をMSで制圧するには零距離で取り付かなければなりません。そこまで接近する前に
対空砲火落とされるリスクが大きすぎます」
「承知の上だ。だからこそ我々でなければ出来ないと考えている。対艦攻撃の専門家たる
我々でなければな」
「大尉、我々の最終目標はコロニーレーザーの破壊です。敵艦を破壊する事なく接近し、
投降を呼びかけるなど、時間のロス以外の何者でもありません」
 別のパイロットが幾分穏当に意見した。イノウエは数秒考え、答えた。
「ならば投降を呼びかける事はしないでいい。しかし、撃沈はするな。最低限、カジマ隊
長の奥方がどの艦にいるかが判るまでは」
 小隊長が言葉に詰まった。イノウエはまず拉致されたユウの妻、マリーの無事を保証す
る事を最優先に考えているのだった。
「……言い難い事ですが、この際は大事の前の小事でしょう。数百万、いや数千万の無関
係な命が危険にさらされているのです」
 小隊長の言葉は正論である。優先順位をつけるならばコロニーレーザーの破壊は全てに
優先されなければならない。本来ならこのような論争が既に不毛にして時間の無駄なのだ。
 しかし、この老兵の意思は揺るがなかった。
「だが隊長の奥方も軍人の妻ではあるが軍人ではない。軍人が命を賭けて守るべき市民の
一人である事に違いはない」
「それはそうですが、しかし――」
「貴官は何を守るために戦う?」
 イノウエは訊いた。
「顔も知らぬ数百万の命か。国家の理想か。正義か。両親の、妻の、子供たちの幸福と平
穏ではないのか。自分の愛する者を守る、それが出来ない人間に何が守れると言うのか」
 その場にいた全てが返答する事も出来ず、沈黙した。イノウエの言葉は軍人としては明
らかに問題であったが、真理であった。
「……よろしい、貴官らはここで待機。小官一人で出撃する」
 イノウエはそう命じるとMSの手を離し、接触回線から抜けた。小隊長が慌てて手を伸
ばし、イノウエのジムの肩に触れる。
「一人でどうすると言うのです?」
「敵艦に取り付くのは危険だと言ったな?」
 イノウエは返答を期待していなかった。
「ならば手本を見せてやる」
 イノウエは突進した。目標はエンドラ級。ほぼ一直線の軌道で接近していく。
 エンドラ級『リュインドラ』は主砲と対空レーザーで迎撃を開始したが、イノウエは
シールドを前に突き出し、機体を隠すようにして真直ぐに接近していく。気付いたガ・ゾ
ウムがイノウエに向けて発砲したが、命中しなかった。
 ようやく回頭に成功した『リュインドラ』が主砲をジムに合わせた。六門のメガ粒子砲
が閃光を放つ。
「いかん!」
 小隊長が思わず声に出す。他のパイロットも同様だっただろう。
 イノウエは――どうもしなかった。自分に当たるはずはないと言わんばかりに構わず前
進し、少なくとも小隊長が見る限り一切の回避行動をとっていなかった。
 そして、そのままブリッジに貼りつき、そこで初めてバズーカを構え降伏を迫ったので
ある。ジムの肩は装甲が失われ、シールドは上半分が解けていた。
「正気じゃない……」
 小隊長の心に湧き上がったのは畏怖でも驚きでもなく、狂気じみた恐怖心だった。対空
砲火の弾幕を無策で潜り抜けるなど正常な神経ではとても耐えられない。真似など出来る
ものではなく、したいとも思わなかった。
 今にして彼はイノウエもまたユウ・カジマ同様伝説的パイロットである事を思い知らさ
れた。空母ドロアのブリッジに零距離攻撃を敢行して撃沈した最高の武勲を誇るシップ
エースなのだ。

 そのイノウエはブリッジに向かってバズーカを構えたまま、投降を呼びかけた。
「ふざけるな、我々に降伏などない」
 リュインドラの艦長の答えは明快だった。イノウエは全く感情の読み取れない声でなお
も説得を続けた。
「投降すれば生命は保証しよう。この戦いを勝利したとして、貴君らに未来(さき)がな
い事は艦長に就くほどの人物なら理解しているものと思うが」
「未来か……」
 艦長は自嘲的な笑いを浮かべた。疲れたような笑みだった。
「そんなものは10年前にもう失くしている。ここにいるのはMIAとして戸籍を失い、帰
る家も失った者ばかりだ。かつて家族がいたとしても、十年も逃げ回りながら戦争の続き
をしていた男など、今更生きていられても迷惑なだけだろう。生き残ったところで未来な
ど始まらんよ」
「…………」
「俺たちは何もないんだよ。後はせめて、この十年という時が無意味でも無価値でもな
かった事くらいは信じたまま死なせてくれ。それすら否定されたらそれこそ死んでも死に
きれん」
 イノウエはこの時初めて、ジオン軍人というものに同情した。イデオロギーに突き動か
されて戦い続ける闘士もいれば、その迷惑な情熱に巻き込まれるように人生を狂わされた
者もいる。正論でも人道でもなく、軍人としての感情が説得を諦めさせた。
「――ならばこれ以上何も言わない。だが、それとは別に訊ねたい事がある。サイド3か
ら女性を一人、連れてきたはずだ。彼女はどこにいる?」
「……知らん。だが、ここには乗っていない事は断言しよう」
「そうか……最後に貴官の名を伺おう」
「『リュインドラ』艦長、イヴァン・セルティッチ」
「ゲン・イノウエ。貴官の名は私が覚えておこう」
 イノウエはバズーカを撃ち、敬礼するセルティッチもろともブリッジを吹き飛ばした。
イノウエは短く敬礼し、次の標的に向けて加速した。

 イノウエが帰投したのは三艇の敵艦を沈めた後だった。全て一切の攻撃をしないまま敵
艦に貼りつき、投降を呼びかけた後、それを拒否されてブリッジを破壊したのだった。
『ハイバリー』に戻ってきたジムは右腕と左脚を失い、頭部も爆砕した艦の破片が突き刺
さっていた。
 降りてきたイノウエは陰鬱な顔貌をしていた。危険すぎる戦い方に神経をすり減らした
ようにも、投降を受け入れない敵に無常を感じているようにも見えた。
「こいつは派手に壊してくれたもんだ」
 メカニックのビリーが淡々と感想を口にした。基地に帰ればレストア出来るかもしれな
いが、少なくとも今は修理不可能だろう。
「旦那、休んでな。その間に予備のジム用意しておく」
「設定はデフォルトのままでいい」
「判ってる。普段誰が整備してると思ってる」
 ドリンクを持った若い士官がイノウエに近づいてきた。
「大尉、これをどうぞ」
「すまん」
「暫くお休みになってください、後は他の部隊が引き受けます」
「その前に、提督に話がある」
 そくブリッジに回線を繋ぎ、ルロワに報告がある旨を伝えた。ルロワが許可するとモニ
ターにイノウエが敬礼して待っていた。
「ご苦労だった、大尉」
「報告する事が二点あります。一つは彼奴等が死兵である事」
「やはり、な……」
「彼奴等は死に場所を求めております。恐らくは最後の一兵まで戦って死ぬ事を望むかと
思われます」
「――わかった。もう一つは?」
「カジマ中佐の奥方がどこにいるか、判明いたしました。コロニーレーザーの制御室で
す」
 回線はオープンになっていた。この報告を聞いたクルーが一斉にモニターに目を奪われ
る。ヘンリーが一喝してそれぞれの任務に戻らせたが、そのヘンリーでさえ目前の戦況に
集中する事は難しかった。
「奥方にはNTとしての素養が認められるのだそうです。彼奴等は奥方に強化処置を施し
コロニーレーザーの操作を行わせようとしています」
「ではあれは…あのコロニーレーザーは……それ自体がサイコミュ兵器だというのか。し
かも、それをマリーが操っていると?」
「そうなります」
 ガン!とルロワが指揮卓を叩いた。この男が感情を表に出すのは珍しい事だった。
「民間人を攫って、怪しげな薬物を使って兵器扱いだと!?どこまで人の命を弄ぶ!」
 ルロワは立ち上がった。
「ならば奴らの望み、叶えてやる。全軍に通達、コロニーレーザーのコントロールルーム
に人質あり、そこは狙うな!後は構わぬ、一人残さず生きてここから去らせるな!」
 命令と呼ぶにはあまりに感情的な言葉は、しかしそのまま伝えられた。数の上ではなお
優勢にある連邦軍は、人質の位置が特定出来た事でようやく誘爆や流れ弾も気にせず反撃
に移ることが出来たのである。

 

 ユウ・カジマがNTであるか否か。
 後世にあってもしばしば議論の対象とされる問題である。当時の資料の多くがユウのN
Tの可能性を否定しているにもかかわらずなおユウのNTとしての可能性を主張する者は
その論拠としてこの〇〇九〇年における一連の戦いを挙げる事が多い。そして、ほとんど
例外なく彼らは戦場におけるNT最強論を唱える人々である事もまた興味深い。恐らくは
NTであるオリバー・メツを相手に終始圧倒した事実を、ユウ自身もNTであると考える
事で納得しようという心理が働くのだろう。
 ユウの実力がどれほど高かろうと、MSに乗る事さえ許されず、執務室に軟禁状態に置
かれたこの時のユウはただ無力なのみであり、何も置かれていないデスクに向かって考え
事をするように目を瞑っていた。
「――中佐、どうぞ。コーヒーです」
 シェルーがコーヒーを淹れて差し出してくれる。ユウは目を開くと
「ありがとう」
 と言った。
「君も一息つけ。と言うより、今の私に付いている必要もないだろう」
「いえ、私は中佐のお世話をするのが任務ですから」
 迷いなく即答した。
「……そうか、そうだったな」
 それ以上は言わず、また目を瞑る。シェルーはしばし躊躇したものの、再び話しかけた。
「……もう、始まっている頃でしょうか?」
 ユウは目を閉じたまま答えた。
「提督たちが出発して五時間だ。何か不測の事態でもない限り戦闘は開始されている」
「勝てるでしょうか?」
「……数の上ではわが軍は圧倒的に有利だ。負けはしないだろう」
 返答までの僅かな間が、ユウ自身自分の回答を納得していない事を暗示していた。シェ
ルーはさらに何か言おうかと迷っていたが、ついに決心して口を開いた。
「マリーさんは――奥様は戻ってくるでしょうか?」
 返事はなかった。目を閉じ、表情はなく、意図的に何も読み取れないよう努めているの
がシェルーにも判った。一度この質問を口にしては、シェルーも下がる事はできない。
「助けに行かないのですか?」
「……待機命令が出ている」
 今度はユウは返答した。その声もまた平坦だった。
「でも、中佐なら……中佐が行けばマリーさんを――」
「シェルー少尉」
 ユウが遮った。声には苦痛が混在していた。
「私は超人でもなければ救世主でもない。ただ他人より少しだけ生き残るのが上手い一介
の軍人だ。上官に逆らう事も出来ず、命じられるまま基地内で待機させられても文句も言
えないような、な。こんな男が一人戦線に加わったところで大勢に影響はない。戦いの帰
結にも、マリーの安否にもな」
 自嘲的とも、自棄とも取れる言葉だった。そしてシェルーは確信した。

 中佐はすぐにでもマリーを救いに飛んで行きたいと思っている。

「――失礼を申しました。もう何も申しません」
「少尉、すまないが席を外してくれ。やはり今は一人で考えたい」
 そう言うとユウは再び沈黙した。
 シェルーは何か言いかけたが、思い直し、そのまま何も言わずにドアに歩いていった。
 ドアの外には憲兵が二人立っていた。武装こそしていないが、よく見ると軍服の下に恐
らくは防弾か防刃のジャケットを着込んでいるらしい。ユウの逃走を警戒しているのは明
らかだ。
 シェルーは精一杯愛想よく笑顔で話しかけた。
「ご苦労様です。コーヒーを切らしてしまったので取りに行ってきます」
 憲兵は好きにしろと言いたげに一礼しただけだった。
 十分ほどで戻ってきたシェルーは銀のトレーにコーヒーとケーキを四人分乗せていた。
「お疲れでしょう?ついでなのでお二人の分も用意してきました。どうぞ召し上がって下
さい」
 憲兵は最初、固辞した。監視対象からの差し入れを受け取るなど言語道断である。しか
し、シェルーに
「これは中佐からではなく、私からの気持ちです。私も監視されているのですか?」
と、疑われた事に傷ついたような目で言われ、断りきれなくなってしまった。
「――それではコーヒーだけ」
「本来は関係者からの施しは全て禁止になっているのです、少尉。賄賂と言うだけでなく、
薬物などを混入されている場合もありますので」
「中佐がそんな姑息な事をするはずがないじゃないですか。戦場では常に最前線に立って
正面から敵を粉砕するのが『戦慄の蒼』でしょう?」
 シェルーは抗議するように少し口を尖らせて言った。その子供ぽい仕草に思わず憲兵の
口元に笑みが浮かぶ。
「いや、確かにその通り。あの高名な『戦慄の蒼』と同じ基地に配属されて私たちも誇り
に思っていたのですよ。この監視も決して中佐を疑っての事ではなく、任務上やむを得ず
である事はご理解頂きたい」
「もちろん判ってますとも。さ、冷めないうちにどうぞ」
 憲兵がカップを手に取り飲み干した。一気に流し込むように飲んだのはやはり規定違反
を気にしたのか。
 二人のうちの一人が違和感に顔をしかめた。その直後、急速に目の焦点が失われていく。
「こ、これ、は……」
「よく効くでしょう?病院船で重傷の傷病兵を手っ取り早く眠らせるための経口麻酔なん
ですって。あ、私の彼、病院船の軍医ですの」
「く、くそ……!!」
「中佐はいつだって正々堂々たる方ですけど」
 シェルーは屈託のない笑いを見せた。
「女の子は必要だと思うなら、どこまででも嘘つきになれるんですよ」
 その場に昏倒した二人には目もくれず、室内に入ったシェルーはユウに向けて言った。
「中佐、奥様のところに行ってください。中佐がいれば助けられるはずです」
「…………」
「外の憲兵さんは二人とも眠っていただきました。他が気づく前に早く!」
 ユウは目を開けた。
「……なぜそこまでする?」
「マリーさんは私にとっても友人です。私は私の友達を助けたいんです」
「こんな事をして……君もただでは済まんぞ」
「これは私の一存でやった事です。中佐にはご迷惑をかけないように身を処します」
「…………」
「行って下さい。お願いします!」
「……これは私が君を脅迫して手伝わせた事だ」
 ユウは自分に言い聞かせるように言った。
「これは君の意に沿う行為ではなかった。今から君を人質にしてここを脱出する」
そう言うと、『戦慄の蒼』はいすをけって立ち上がった。

 

「遅いわよ、何してたの?」
 ジャクリーンの第一声がこれだった。
 整備ドックに来るまでの間、無用な戦闘は避けたいと慎重に隠れながら移動したために
予想外の回り道をしてしまったのは事実である。しかし、ドックから出ていないであろう
このメカニックがユウがいつ部屋を抜け出たかなど知る由もない。つまり、「遅い」とは
部屋を出てからの所要時間ではなく脱走を決断するまでの時間を言っているのだろう。
「ジャッキー、すまんが足が欲しい。今戦闘が行われている宙域まで少しでも早く着ける
ような船は残っていないか」
 単刀直入にユウは切り出した。ジャクリーンの口ぶりから察するに、自分がここに来る
事は予想していたようだ。彼女の余裕は既に必要なものは用意できているという態度に見
えた。
 ジャクリーンは髪を掻き揚げながら
「船なんかよりいいものがあるわよ。速くて、しかもあなたにしか使えないものが」
 そう言って指差す先には――シュツルムブースターを装着したGチェイサーがあった。
「これは……」
「どうせあなたがいないんじゃ艦に乗せても邪魔なだけだしね。どう、これならバック
パックのスラスターまで全開で加速すれば戦場まで四十二分三十五秒で到着するわよ」
「凄いです、ジャッキー。こうなるって判ってたんですか?」
 本心から感動してシェルーが訊いた。ジャクリーンは当然と言うように
「メカニックの仕事はね、最適な道具を、相応しいタイミングで必要な相手に用意する事
なの。今、ユウ・カジマに一番必要なのは巡洋艦が四時間かかる距離を一時間で飛べる乗
り物だったって事」
 と言った。
「中佐、早く乗ってください。憲兵が追いかけてきたら私が時間稼ぎしますから」
 シェルーが急かした。ジャクリーンが思い出したように言った。
「あー、それ大丈夫じゃないかな。だって、本気で捕まえる気ならここは先回りで押えら
れてなきゃおかしいでしょう?」
「あっ」
 シェルーが声を上げた。言われてみればその通りである。
「じゃあ、これは、中佐に出撃していい、て事……?」
「どんな事情か知らないけど、少なくとも黙認する気なんじゃない?」
「ジャッキー、これじゃ駄目だ」
 ユウが言った。
「本体の推進剤まで使ってたら到着した時にはほとんど行動不能になってしまう。途中ま
では別の何かに引っ張ってもらわないと」
 ジャッキーはニッと笑った。まるでその質問を予想していて、当たったことが嬉しいと
いう感じだった。
「心配御無用。考えてあるわよ――」

 コクピットに乗り込み、機体を起動させる。それと同時に回線が開き、ローラン・ホワ
イトが画面に映った。
「中佐」
「准将、この一件は全て私が彼女らを脅迫して行わせたものです。彼女らには公正かつ寛
大な処置を」
「中佐、君の謹慎及び監視処分は私の権限において十五分前に取り消しとした。改めて貴
官に出撃命令を下す」
「……」
「提督に伝えてくれ。パラシオ提督の第四十五艦隊に救援を要請、協力を取り付けたと。
貴官の方が先に着くはずだ」
「了解しました」
 最低限の返答をし、そのまま発信シークェンスに移行する。
「ユウ・カジマ、BD‐4、出撃する!」

 

 通信を切ると、ホワイトは目の前に立つ人物へと視線を向けた。
「よろしいのですか?」
 その人物は問いかけた。ホワイトは頷く。
「彼がいなければ戦況は極めて危うい。必要な処置だと確信している」
「同感ですな。私も中佐の存在は不可欠と考えていたところです」
 本心から同意しているようだった。ホワイトは話題を変えた。
「ところで、貴官の用件だが、今回の黒幕が判明したとか。それは真かね?」
「黒幕、という言葉が適切かは判りません。ですが、この争乱を望み、コントロールしよ
うとした人物ならいます。それを突き止めました」
「名を聞かせてもらえるかね、リーフェイ大尉?」
「あなたですよ、ローラン・ホワイト准将」
 諜報部大尉レオン・リーフェイは直立不動のまま眼前の人物を見据えた。

 

 一分間の沈黙があった。
  最後の発言者であるリーフェイと、次の発言者であるべきホワイトはお互い視線を相手
に合わせたまま、全くの不動を貫いていた。
 沈黙を破ったのはホワイトだった。
「根拠を聞かせてもらおうか」
「最初から何かがおかしいと感じていたのです」
 リーフェイの口調は遠い昔の思い出話をしているようだった。
「ヘリウム横領については非公開で捜査を行っていましたが、各地の基地でその噂は流れ、
またテロ行為との関連も囁かれていました。事実ユウ・カジマ中佐に対しルナツー基地の
ジャック・ベアード少佐がこの情報を伝えた事が確認されています。
「当然、噂と言えども相当量のヘリウムが何者かの手に渡っているとあれば、ましてテロ
に対する警戒が厳しくなっている時期の噂であれば一応は調査するのが常道と思われます
が、この基地では一切調査された形跡がなかったのです。私の調査で、この件に関する情
報が入ったその直後に別件のより具体的なテロに関する情報が匿名で入り、その調査に人
員を割いた事が判明しました。結果的には完全なガセでしたが、もしそれがヘリウムの一
件から目を逸らす事を目的としていたなら、それは完全な形で達成された事になります」
 無言のままのホワイトにリーフェイは静かに語っていた。
「匿名の電話を入れた人物、特定いたしました。そしてその人物は十二月三十日に死亡し
ていました。酒に酔った上での転落事故との事でした。
「私はその男の周辺を徹底的に調査しました。その結果、彼がかつてオデッサで捕虜と
なった元ジオン軍人である事、解放後は地球に留まりズム・シティに戻ってきたのはアク
シズ争乱後である事、地球でもここでも正業に就いていた形跡がないにもかかわらず生活
に困っていた気配がない事を突き止めました」
 一旦言葉を切る。ホワイトは黙って次の言葉を待っている。
「あなたが飼っていたのですね。個人的な情報員、あるいは工作者として」
 ホワイトに反応はない。リーフェイも反応を待つ事はしない。
「既に金の流れも掴んでいます。そしてその人物が最後の夜、准将と会っていた事も。こ
れは私の推論でしかありませんが、私はあなたが口封じをしたのだと考えております」
 初めて、ホワイトが口を開いた。
「よかろう、その男は私が十年前にスカウトし、個人的なスパイとして動かしていた。そ
れで話を進めて行くとしよう。しかし、何故だ?何故私がテロの発覚を遅らせる真似をし
なければならん」
 リーフェイの表情が微かに動いた。人によっては悲しげに映るかもしれない。
「もう一つ不自然だったのは、事件発覚後増援に遣わされたのがブライト大佐のパトロー
ル艦隊であった事です。確かに特定の守備宙域を持たないいわば遊軍ではありますが、正
式な増援要請の内容から鑑みて明らかに不十分な戦力です。数の上では損耗戦力の補填程
度にしかならない。何故ブライト大佐だったのか?するとこの人選にある連邦議会議員の
関与を見る事が出来ました。彼は大佐が提唱するジオン残党掃討専門部隊設立の後ろ盾と
なっている人物です」
 リーフェイは慎重にその人物の名を避けた。しかしあえて名を挙げる必要はなかったの
も事実である。
「准将、あなたもその計画に賛同しているのですな」
 初めてホワイトが目を閉じ、小さく息を吐き出した。
「私の考えはこうです。准将、あなたはブライト大佐のジオン討伐隊の必要性を強く感じ、
また同時に今の連邦がそれを認める可能性がほぼ皆無である事も判っていた。連中を動か
すには実例を持ってジオンの脅威を訴えなければならない。そんな時あなたは自身が守る
宙域でのジオン残党のテロを超えた規模の軍事的活動の情報を掴み、これを利用する事と
した。さらに、まずルロワ艦隊に痛手を負わせ、応援部隊としてブライト大佐を合流させ
事態収拾の功を与えれば、腰の重い連邦上層部と言えどもブライトの意見を容れ彼を中心
とした特別部隊設立を承認せざるを得なくなる――いかがです、ここまでで訂正すべき部
分はありますか?」
 ホワイトは何も言わず席を立ち、コーヒーメーカーに近づいた。身振りだけでリーフェ
イにソファーに座るよう促すと、リーフェイも無言で従った。ホワイトは二人文のコー
ヒーを持って対面のソファーに身体を沈める。
「――貴官は確か元は陸軍の諜報部員だったな?」
 リーフェイは頷いた。
「戦後三軍の解体と再編成の際に宇宙軍転属となりました」
「そうか。私は今でも地上軍からの出向という扱いだ」

 コーヒーに口をつける。リーフェイが手を出さないのを見て、薄く笑った。
「安心したまえ、薬など入ってはいない」
「それは信頼しております」
「そうか。……私はあの戦争が始まる前からレビル将軍に忠誠を誓っていた」
 ホワイトは昔の話を語り始めた。
「オデッサの勝利の後、閣下は決着を着けるため宇宙へと上がり、私はオデッサに残った。
しかし閣下は勝利を目前に非業の死を遂げてしまった。
「閣下こそは宇宙に長期に渡る平和をもたらすを可能にする唯一の人物だった。私は閣下
の理想を引き継ぐ人間になりたかった。しかし、そのためには私の地位では不足だった。
私は軍での発言力を増すため、ジョン・コーウェン中将の閥に入った。しかし……」
「存じています。私はずっと諜報部の人間なので」
「そうか、そうだったな」
 コーウェンも核兵器搭載MSの開発など、レビルには遠く及ばぬ人物だったが、その後
に軍を掌握する事になるジャミトフはもはや、その思考全てがホワイトには受け容れ難
かった。コーウェン派だったホワイトは冷遇されたが、彼もまたジャミトフに尻尾を振る
事は矜持が許さなかった。
「かくして私は、完全に栄達の道を閉ざされてしまった。それでもティターンズが排斥さ
れれば或いは、とも思ったが、実際にそうなってみれば、私はやはりコーウェン派の人間
として扱われたよ」
 ホワイトは笑って見せた。リーフェイにはこの時、ホワイトが老け込んだように見えた。
「ついには人事交流の名目でついに地上軍からも追い出され、火薬庫とも云われるここ、
ジオン共和国駐留基地に飛ばされてきたというわけだ。全てを諦めるつもりだったのだ。
一度はな……」
 ここでの生活は悪くなかった。基地防衛指揮官として、また市民に依然として残る反連
邦感情の緩衝役として、それなりのやりがいもあった。軍の中央ではなく、末端の中で改
善活動を続けるのも悪くないと思い始めていた。
「しかし、ブライト・ノアの論文を読み、彼の提唱する対ジオン残党用の専門チームの必
要性を認めた時、そしてそれが上層部(うえ)に理解されず握り潰されようとしていると
知った時、また私の中でくすぶっていた炎が勢いを増した。ブライトのような男を下らん
上層部の思惑で埋もれさせてはいけない。彼のような優秀で理念と見識を持った人材には
少しでも早く相応しい地位を与えるべきなのだ」
「それで、大佐の懸念が正しい事を証明するために、まさに大佐が警告している通りの事
態を引き起こした?」
 リーフェイの言葉にホワイトは首を振った。
「いや、最初は偶然だったのだ。偶然、木星でのヘリウム横領についての噂を耳にした。
幸運だったのはそれが恐らくは諜報部よりも速く、より詳細に情報を入手できた事だ」
 情報源はオデッサで捕虜にして以来彼が情報収集に使っていた男だった。ホワイトと共
にズム・シティに帰ってきたこの男に元同僚で今はアラン配下の旧ジオン軍人が接触し、
仲間にと誘ってきたのだった。ホワイトはこの男を通じ、他の誰よりも先んじてスティー
ブ・マオがサイド3宙域で逐電を図る事まで知っていたのである。
「私はこれを利用しない手はないと思った。AEにも密かに情報をリークし、内と外から
情報のコントロールを行った。事が露見しないよう、それでいて奴らが勝ちすぎないよう
に、な」
「……なるほど、秘密裏の捜査がなぜ噂が広まったのか謎が解けました」
 あくまでもホワイトの最終目標はブライトがアクシズ残党に勝利する事である。軍需を
掘り起こしたいAEとも目的は合致する。
「概は上手く行っていたのだ。いくつかのイレギュラーはあったが、結果的にはプラスに
転じていた。ブライトを参戦させられただけではなく、トリスタンが先走った事でリトマ
ネンが無視せざる脅威であると印象付ける事さえ出来た。あとは一気に決着を着ければよ
かった」
 イレギュラーはユウがホワイトの想像を超える規格外のエースだった事である。もし相
手にNTのオリバー・メツがいなければブライト登場前に鎮圧されていたかもしれない。
しかし逆にオリバーを相手に出来る戦士などユウ以外ではアムロ・レイくらいしかホワイ
トは知らなかった。彼は強者は強者の前に現れるという古い格言を思いだした。
 リーフェイが静かに指摘した。
「しかし、ついに修正困難なイレギュラーが発生した――カジマ中佐の奥方ですな?」
 ホワイトは頷くかわりにコーヒーに口をつけた。
「本当に知らなかったのだ」
 ユウの妻マリーがジオンに関係する者であるとして、それが事実ならユウにもスパイと
しての疑いをかけないわけには行かない。潔白が証明されるまで拘束という事もありえた。
それは勝利を極めて難しくする。連邦の物量を持ってすれば勝利は動かないが、ブライト
の功績が薄れてしまう。
「私の計画では、ユウは今や不可欠なピースなのだ。ブライトの主張する『少数精鋭、機
動力を持った遊撃部隊』が有効である事を示すには、必要以上の大軍を編成される前にこ
の叛乱を鎮圧しなければならない。それにはユウが必要なのだ」
 ホワイトは口を閉じた。リーフェイも何も言わなかった。長い沈黙があった。
 やがてリーフェイが口を開いた。
「……この戦いにカジマ中佐の力が必要である事、その点に関しては同意いたします。ブ
ライト・ノア大佐の提唱する精鋭部隊の有用性について私は意見を持ちませんが、大佐が
有能な軍人である事は存じております。
「しかし、それはそれとして准将は数千人単位の連邦軍人の死に対する責任と、数百万人
の罪なき地球市民の命を危険に晒した罪があります」
「承知している。しかし、それはこの先十年の平和で償却できるものと考えている」
「人の命を償却できるものとお考えか?」
「この先十年彼奴らの争乱に巻き込まれたら、死者の数がこの程度で済むと思うか」
 再び沈黙。今度それを破ったのはホワイトだった。
「それで、これをどう報告する気かね?」
「…………私が命じられたのは敵の首謀者及び背後関係の調査です。しかし、准将はとも
かくAEや、場合によっては政府高官まで巻き込む一大スキャンダルに発展するかもしれ
ません」
 ホワイトは何も言わない。彼と同様にブライトの計画に賛成する議員の関与も、AEの
内通者の名前も明かしてはいない。
「私のごとき一介の大尉には扱いかねますな」
 リーフェイの言葉は予想外で、思わずホワイトの目が見開かれた。
「見過ごす、と?」
「私もブライト大佐のような人物をつまらぬ事で失脚させたくないという思いは同じです、
ホワイト准将」
 ここで初めてリーフェイはコーヒーに口を付けた。冷めて、美味くなかった。
「それに、准将ならばブライト大佐のためご自分がどうその身を処すべきか、お判りかと
思いますので」
 不味いコーヒーを飲み干し、リーフェイは席を立った。
「中佐が奥方を無事に連れ戻せるといいですな」
 返事はなかった。リーフェイはそのまま部屋を出た。

 

 戦況の変化をリトマネンは気づいた
「敵の攻撃が激しくなったな。迷いがなくなったと言うべきか」
 開戦当初にはどこかぎこちなく、遠慮がちにも見えた連邦軍の攻撃が今は容赦なく襲っ
てくる。艦船に対する攻撃も熾烈で今MS隊は防御にも数を割く必要があった。これは言
うまでもなくイノウエがマリオン・ウエルチの収容場所の情報を持ち帰った事により攻撃
可能ポイントが特定されたためだが、リトマネンはそこまでの事情は判らない。
「コロニーレーザーのチャージは?」
「あと七五〇秒です」
「最悪完了前に撃てるよう用意しておけ」
「はっ」
「アラン、オリバー、あと十二分三十秒だ、その間持ち堪えろ」
『御意』
「頼むぞ。この一戦で失われた十年を取り戻すのだ」
『閣下の大願、成就に助力させていただきます』
 通信を切るとアランは眼前のリックディアスに集中した。ユウ・カジマがいない現状連
邦艦隊で最強のパイロットはこの男のようだ。
(よく機体を理解している)
 既に旧式なリックディアスで、性能では大きく勝るザクⅢやドライセン相手にも一対一
では無敵を誇っていた。正面から渡り合う事を避け、ダミーやデブリを盾にしつつ回り込
んでは接近し、確実に仕留めていく。劣勢で戦う事に慣れている戦い方だった。
「ユウ・カジマの副長か」
 ただでも数では負けているのだ。この上一対一の勝負でも数を減らされるようではなお
さら厳しい。
 画戟を持ち直しディアスに向かおうとすると、脇からオリバーが追い抜いた。
「僕に任せて」
「おい」
「アラン、指揮官が戦闘にのめり込むのは部隊全体を危険に晒すよ。ああいう面倒そうな
相手は下っ端に任せればいいんだ」
 そう言うと両腕のメガ粒子砲を励起させ、狙い撃つ。アイゼンベルグは間一髪で躱した。
「ちっ……そっちかよ」
 アイゼンベルグは音に出して舌打ちした。まだ長物持った方なら性能はともかく同じ土
俵で戦えるが、ファンネルの方は勝てる気がしない。
「ま、逃げるわけにもいかねえよなあ!」
 ビームライフルを撃ちながら間合いを詰めるように前進する。当然と言うべきか、工夫
もない射撃は容易に躱された。構わず牽制で発砲しながらジグザグに近づいていく。この
程度動いたところで先読みは容易いかもしれないが、何もしないよりはましだろう。イノ
ウエのように覚悟のみで突貫できるような胆力は誰にでも備わるものではないのだ。
 オリバーは背中のファンネルを射出した。それ自体が関節を持ち、AMBAC制御によ
り従来のファンネルには不可能な複雑な運動を可能にしたグラップラーファンネルは、同
時に六基のチルドファンネルを格納するマザーファンネルでもある。一度に中隊規模の敵
と戦うべく考案、設計されたこの新型サイコミュ兵器を単体を対象に使用すれば、相手は
破片も残さず蒸発するだろう。
「囲まれる気はねえよ」
 アイゼンベルグは直接にサイコミュ兵器を相手に戦った事はない。しかしファンネルを
迎撃する事がほぼ不可能である事は認識していた。指の付け根からダミーを撃ち出し、即
席の障害物を作る。ただの風船なので盾としての働きは全く期待できない。
「ダミーと判って騙される馬鹿がいるか」
 ビームを使うまでもない。グラップラーファンネルのクローで引き裂く。瞬間、ビーム
ライフルが虚空を裂き、ファンネルの三十センチ横を掠めた。
「ちぃっ」
 ビームを撃たずダミーを直接破る事まで見越し、その瞬間に位置を特定しての射撃だっ
た。直撃しなかったのは純粋に運の問題でしかない。
「やってくれる!」
 ユウほどではないにせよ、間違いなく手練れだ。アランが警戒したのも頷ける。
 ライフルを外したアイゼンベルグだったが、落胆はない。相手に無闇にファンネルを飛
ばす事を躊躇させられればそれで意義はある。
「まだまだ行くぜ!」
 ミサイルを全弾発射する。今のオリバーにとっては撃ち落す事はそれほど難しい事では
ない。ファンネルに迎撃させる。十発のミサイルは一瞬で撃墜されたが、その中に先程も
使用した閃光弾がまだ残っていた。
 もちろんオリバーに目晦ましは通用しない。しかしサイコミュによって受け取る情報に
はモノアイからの映像データも含まれている。焼付くような強い光にオリバーの認知力が
一瞬遮られた。
「姑息な真似を!」
 一瞬の空白だが、古強者はこれを見逃さなかった。
 スラスターを全開にしたディアスが接近し、左腕のシールドからショックワイヤーを伸
ばした。ワイヤーはハンニバルの右腕に絡みつく。
「もらったぞ!」
 ショックワイヤーを通じた高圧電流がハンニバルに送られる。電流hMSの腕からコク
ピットまで到達し、電気ショックを与えた。
「うわっ」
 電気ショックに対する対策は十分に進歩していたが、それでもパイロットと本体の機能
を短時間麻痺させる事は可能だった。そしてその時間があれば格闘戦の距離では致命的と
なり得た。
「直接斬りつけりゃあIフィールドも役に立つめえ、終わりだ!」
 ライフルをいつの間にかビームサーベルに持ち替えたディアスがハンニバルに迫り、得
物を振り上げた。誰の目にも勝負は決まったと見えた。
 サーベルがハンニバルに届く寸前、ディアスの腕の動きが止まった。右腕をグラップ
ラーファンネルが掴んでいた。
「やべえ」
 アイゼンベルグは振りほどこうとレバーを操作しようとしたが、オリバーの方が早かっ
た。クローで掴んだままビームを撃たれ、リックディアスは右肘から先を失った。
「くそったれ!」
 こうなったらワイヤーで繋がり距離が取れないのはかえって不利だった。アイゼンベル
グはシールドごと機体からパージしその場を離脱した。直後、シールドは十字砲火を受け
て消滅した。
「舐めた事をしてくれる。お返しだ、死ね!」
 四基全てのグラップラーファンネルを飛ばし、さらにチルドファンネルも展開させ三百
六十度の完全包囲を完成させた。もはやアイゼンベルグに逃げ場所はない。
 リックディアスが左腕でライフルを構えていた。逃げられないと悟り、せめて一矢を報
いようとしているのだろう。その闘争心は素直にオリバーに感銘を与えた。
「苦しまずに終わらせてやる……!」
 ファンネルに攻撃命令を発しようとしたその瞬間、オリバーは凄まじいプレッシャーを
受けた。
 NTのものではない。しかし明確な殺意と意思の強さはオリバーにビームライフルを構
えた眼前の敵以上の危険を警告した。OTでありながらこれほどのプレッシャーを与え得
る人物はオリバーにとって一人しかいなかった。
「ユウ・カジマ!」
 彼のNTとしての感覚は宿敵の気配を捕えたが、ハンニバルのセンサーはまだBD‐4
の接近を感知していなかった。まだアウトレンジのはずだ。しかしその殺気は間違いなく
攻撃の意思を示している。
「アラン!気をつけて、あいつがどこからか狙ってる。超長距離から来るよ!」
 アイゼンベルグを無視してアランに警告し、敵の射線から外れつつユウの気配を探る。
――いた。
「十二時の方向、来る!」
 言葉と同時にオリバーが言ったとおりの方角から極太の光線が迸った。
それはオリバーにも、アランにも命中しなかったが数機のMSを巻き込みつつコロニー
レーザーめがけて直進した。エンドラ級が射線上に入っていたが、巡洋艦一隻をもってし
てもハイメガランチャーの威力を完全に殺す事は出来ず、コロニーレーザーのシリンダー
一基を直撃した。爆発が起こり、シリンダーが炎上するのが見えた。
「しまった!」
「一基潰された!」
 悪態を吐きつつビームの飛んできた方を睨む。まだレーザーは四基残っている。残りは
死守しなければならない。
 蒼い機体が迫ってくるのが見えたのはその直後だった。

 

 ハイメガランチャーを撃ったユウは既に戦場に向けて再加速を始めていた。
 バックパックの推進剤はもうほとんど残っていない。ビーム以上にスラスターの残り時
間に神経を使わなければならない。
 Rジャジャがビームサーベルを右手に迫ってきた。距離を取るべき相手だがユウは構わ
ず直線に進んでいく。
 Rジャジャの斬撃。ユウはシールドではなくサーベルで受けた。双方のビーム刃を形成
するIフィールドがぶつかり合いスパークを発する。鍔迫り合いは互角、しかしRジャ
ジャは左手にビームライフルを持ち替えていた。ライフルには銃剣が――。
「邪魔だ!」
 ユウのシールドのメガ粒子砲は既に励起されていた。サーベルを振り上げてがら空きに
なった右脇からメガ粒子の一撃を受けてRジャジャは爆発した。
 爆煙の中を潜り抜けるようにBD‐4が飛び出した時、既に右手にはライオットガンが
握られていた。
 その瞬間を狙い斬りかからんと迫っていたアランは背筋に悪寒を感じ距離を取り直した。
(何かが違う!)
 それが気迫である事は判っていた。しかし気迫と言うものがMSを通じて伝わってくる
など今までに経験した事がなかった。
 アランはリトマネンとオリバーに向けて叫んだ。
「閣下、『戦慄の蒼』です!守備に人員を割くよう指示を!オリバー、お前はこいつに当
たれ!」
 一方でユウもまたルロワに向けて回線を開いていた。
「提督、勝手をお詫びします」
「中佐――今は問わん。軍機違反とならぬよう手配しておく」
「感謝します。それと格納庫に予備のバックパックが積まれているはずです。それを射出
するようお願いします」
「予備?だがまだ弾薬も推進剤も積まれていないのではないか」
「ジャッキーが全て装填して搭載してくれたそうです。空中換装いたします」
 ルロワは回線を開いたままハンガーのビリーを呼び出した。ベテランメカニックは即答
した。
「やっと来ましたか。待ってました!」
 ユウがビリーに直接話しかける。
「頼む、ビリー。もうこっちはプロペラントが空だ」
「判ってる、判ってる。ユウ、切り離したバックパックはこっちに向かって飛ばせ。ネッ
トで受け止める」
「出来るのか、そんな事が」
「なめるなよ、お前が寝小便して泣いてた頃から艦に乗ってんだぞ俺は。昔は戦闘機をそ
うやって着艦させるのが当たり前だったんだ。いいから言う通りやれ」
「判った。誘導にはどのチャンネルを使えばいい?」
「C‐8に合わせておけ――こっちは準備できたぞ、そっちの合図で出す」
「すまん」
 ハイバリーに向かって接近するユウをザクⅢが追撃する。ユウはライオットガンを構え
バックショットを一発。ザクⅢがその一撃で蜂の巣となった。
「今だ、ビリー!」
 言うと同時にバックパックのマイクロミサイルを全弾放出して周囲を牽制する。完璧な
タイミングと角度でバックパックが射ち出された。
「よし」
 ユウもバックパックを切り離し、ハイバリーに向けて弾き飛ばす。この瞬間BD‐4は
推力の大半を脚部スラスターに依存する。
 その時、ユウが空間を確保するためにばら撒いたマイクロミサイルが一度に撃ち落され
た。こんな真似が出来るのは一人しかいない。
「ユウ・カジマアアアアアアアアアアアアア!」
 マイクロミサイルを撃墜したオリバーが狂気じみた雄叫びを上げながらファンネルをユ
ウに向けた。アランも画戟を振り回しながら突進する。
 やられた、と誰もが思った瞬間、オリバーのハンニバルが回避行動をとった。一瞬前ま
で彼のいた位置をビームが通り過ぎていく。左手にライフルを構えたリックディアスがい
た。
「おいおい、俺と遊んでたのを忘れたのか?」
 聞こえるはずもないが、アイゼンベルグはそう言って不敵に笑って見せた。
 アランのハンニバルは方天画戟を振るいBD‐4に斬りかかったが、ユウはこれをシー
ルドで受けた。五層に重ねられたビームコーティングが刃と反応し激しい火花となる。
シールドを突き出したままメガ粒子砲を発射したが、これはアランがスラスターを逆噴射
させて回避、その代償としてユウとの距離を離してしまう。
「ちっ!」
 舌打ちをしながらもIMBBLを作動させBD‐4とバックパックの両方を狙い撃つ。
しかしその寸前にバックパックはユウのコントロール下に入った。
 バックパックと本体を同時に回避させつつ結合シークェンスに移行する。理論上は可能
とされていたが、実行するにはNTの力が必要と言われる空中換装をぶっつけ本番でやり
遂げたユウの操縦技術は、間違いなくこの宇宙で五指、いや三指に入るだろう。
 コントロールも推進剤も失った使用済みのバックパックは慣性のみでハイバリーの鼻先
を飛び去ろうとしていたが、カタパルトから高分子モノフィラメント繊維のネットが投げ
られバックパックを包むように捕えた。艦内ではビリーが当然と言った風情でウィンチを
巻き上げていた。
 再びフル装備となったBD‐4にアイゼンベルグと予備の機体で戻ってきたイノウエが
隣接する。
「いいタイミングで出てくるじゃないですか。どこかに隠れて見計らってたんじゃないで
すかい?」
 アイゼンベルグが軽口を叩く。
「隊長、奥方はコロニーレーザーの制御室にいます」
 イノウエが自ら命を懸けて入手した情報を伝える。ユウは妻がいるはずの方向を見た。
「最優先はコロニーレーザーの発射阻止だ」
 ユウは即断で答えた。イノウエが訊ねる。
「奥方はどうするのです?」
「可能なら救助する。しかし、第一はコロニーレーザーの破壊だ」
「本気で行ってるのですかな、中佐」
 アイゼンベルグの声にはイノウエよりも露骨な非難の響きがあった。ユウはそれでも折
れない。
「私は軍人だ。無関係な地球市民を巻き込むテロは阻止しなければならん。それは全てに
優先される」
「奥さんも軍人じゃあありませんぜ?」
 ユウの返答が一瞬詰まった。次の返答は苦みを含んでいた。
「軍人の妻になった時、覚悟はするよう言ってある」
「中佐の覚悟は出来ているんでしょうか?」
 今度はより長い沈黙があった。
「助ける気がない、とでも思っているのか」
 ユウの声は苦しげだった。
「だが、簡単な事ではない。少なくとも俺一人で出来る事ではない。ほぼ全軍の協力が必
要だ。俺個人の問題で艦隊ごと危険に巻き込む事など出来るはずがないではないか」
 ほんの数瞬の沈黙の後、アイゼンベルグが口を開いた。しかし、その相手はユウではな
かった。
「だとよ。聞こえたか、お前ら?」
『任務了解、第三小隊はマリー・カジマ救出作戦に参加します』
『第四小隊、準備は出来ています』
『スキラッチ艦隊のルイジです。微力ながら支援させていただきます』
 ユウはオープン回線で通話していたわけではなかった。アイゼンベルグが自機で受信し
たユウの言葉をオープンで発信、それを受けた近場の僚機がさらに遠くまでリレー式にユ
ウの言葉を伝達していたのだ。
「中佐、これだけいりゃあ足りますかい?」
「隊長、少なくともMS隊の者たちは皆奥方を助ける思いでいました。隊長個人の問題と
は考えておりません。何なりと指示して下さい」
 ユウがヘルメットのバイザーを上げ、少し俯いた。すぐにバイザーを戻し、顔も上げて
指示を送った。
「よし、この新型二機は私が相手をする。アイゼンベルグ大尉はそれ以外の敵MSの掃討
の指揮を。イノウエ大尉は対艦対物隊を任せる。コロニーレーザーに取り付きその無力化
と人質の救出を行ってくれ。みんな……頼む!」
「了解」
「行くぜ、てめえら!」
 イノウエとアイゼンベルグが跳ねるように配置についた。ユウは無言のまま、その後姿
に向かって頭を下げた。 

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