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NEMESIS 第3話 クラウスの正体

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NEMESIS  第3話 クラウスの正体


漆黒の衣装を身に纏う兄に連れられ、セフィリアはスラムを闊歩していた。兄は一体どこに行こうというのか。
兄が頼りになるというほどだから信頼のおける人物なのは間違いないのだが、目的地もなく出歩いたこともないセフィリアは
正直不安で胸がいっぱいだった。それに何より謎なのは…先ほどからすれ違う人々が悉く脇にそれ、兄の姿を拝んでいて
その一人一人にクラウスは立ち止り「頭をあげてください」とにこやかにほほ笑みかけるのでなかなか目的地にたどり着かない。
家を出て30分ほど歩いただろうか。目的地にたどり着いたらしく、クラウスが一軒の家の前で立ち止まる。
一軒といっても独立しているわけではなく、両隣は壁を隔てた向こう側、その隣もまた…という具合に長屋のような構造をした
住宅が何十軒も軒を連ねてこのスラムは形作られているのだ。

「着いたよセフィリア。ここが例の人の事務所だよ」

そう言ってクラウスはドアの上の看板を指さす。兄の指さすほうを見上げると、そこには『神谷探偵事務所』と書かれていた。
兄は話し出す。この町には神谷さんという凄腕の探偵がいて、その実力の片鱗としてこの町の全住民の素性を把握しているそうだ。
そのため、少なからずこの町のごろつきやならず者から恨みを買っており、命を狙われることも少なくはないのだが
そのたびに彼は持ち前の危機察知能力で事前準備を施し、そいつらを撃退しているというのだ。
なるほど、確かにそれほどの実力の持ち主なら父を殺したマフィアを探し出すのに一役買ってくれそうだ。納得して一人頷くセフィリア。
クラウスが事務所のドアをノックしようとしたまさにその時、唐突に子供の声が聞こえた。セフィリアが驚いて振り返ると
そこにはまだ10歳ほどの子供が4人立っていた。子供たちはクラウスの元へと駆け寄り、口々にまくし立てる。

「天使様、戻ってきてくれたんだね!わーい!」
「ママに教えてあげなくちゃ!天使様が戻ってきたって!」
「あれ、でも…戻ってきたってことはまたこの町が危ないってことじゃ…?」
「大丈夫だよ!きっと天使様が救ってくれるよ!」

そしてクラウスの周りではしゃぐ子供たち。セフィリアはその光景がまるで理解できずにいた。なぜ兄が子供たちに慕われているのか。
そして何より、なぜ「天使様」などと呼ばれているのかを。そんな彼女の疑問をよそにクラウスは子供たちをなだめ、優しく語りかける。

「うん、戻ってきたよ。でもね、あの時のようなことじゃないから安心していいよ。実は昨日、僕とセフィリアにとても悲しい出来事があってね…
 その悲しみに打ち勝つためにまた戻ってきたんだよ」

子供たちはクラウスの話を聞き、少し不思議そうな顔をしていたが、やがて「またね、天使様!といってその場を去って行った。
そして、今度こそ事務所のドアをノックしようとした兄を今度はセフィリアが呼び止める。

「兄さん、今あの子たちに天使様って呼ばれていたけど、それってどういう意味なの?」

クラウスはその答えに一瞬躊躇したようだったが、すぐにふっとため息をつき、セフィリアに切り返した。

「…まずは神谷さんに逢うのが先だ。今君が聴きたいことはそれから話すよ」
「…約束よ」

妹の言葉にただ小さく頷き、クラウスは今度こそ事務所のドアをノックした。10秒ほど間隔が空き、その後「ギイィ」といかにもぼろそうな
音を立ててドアが開いた。まず最初に応対したのは神谷ではなく、助手のステファンであった。

金髪のショートカットがこの町の雰囲気とよくマッチしている年頃の少年である。神谷は彼のことを「生意気なガキ」と
表現していたがクラウスは少なくともこれまで彼と接してきて一度もそう思ったことはない。

「ああ、クラウスさん。それに…今日はセフィリアさんも一緒ですか?珍しいですね。それにその格好も…」
「ああステファン君。いつもならここで君とゆっくり雑談に興じていたいところなんだけど…今日は事情が事情でね。神谷さん、いる?」
「いるにはいますけど…今日はちょっと立て込んでて…取り合ってくれないと思いますけどねぇ…」
「先客かい?それは困ったなぁ…こっちもぜひ神谷さんの力を借りたいんだけれども…」

かくして、クラウスとステファンが事務所と玄関先で話し込んでいるのが気になったのだろう。神谷が玄関先へと現れた。

「ステファンがグダグダしゃべってるから誰かと思えばクラウスか。あれ、今日は妹さんも一緒か。しかしお前、その格好…」
「ご無沙汰してます神谷さん。今日は正式な仕事の依頼をしに来ました。僕たちの父親を殺したマフィアを探して欲しいんです」

クラウスのその言葉を聞いた刹那、ステファンと神谷は顔を見合わせる。そしてハァ…とため息をつき、彼に返す。

「さっきステファンが立て込んでるって言ってたろ?先客がいるんだよ。お前さんと全く同じ依頼を吹っかけてきたお嬢ちゃんが」

今度はクラウスとセフィリアが顔を見合わせる番だった。そして、なんともやるせない表情を浮かべるのだった。
それを見て神谷は苦笑いを浮かべ、心の中で思った。神様、あんた何考えてんだ。なんだって一日に3人も父親を殺された不幸な
ガキどもを生みださなきゃならねえんだよ。まあ尤も、あんたの考えてることなんて一介の人間に過ぎないこの俺に理解できるわけもないか…
理解できないのなら仕方ない、俺ができることは奴らの不幸を奴ら自身が乗り越えるための手助けくらいだろうしな。

「とりあえず上がれ。話はそれからだ。ステファン、お前はコーヒーを用意しろ。5人分だ」
「はいはい、わかりましたよ」

そうぶっきらぼうに言ってステファンはキッチンのほうへと向かっていった。神谷に連れられ、クラウスとセフィリアは事務所の中に入る。
生活習慣は家主の性格と正比例するらしく、事務所の中はきれいに片付いていた。ただ、シャツが一枚脱ぎ捨ててあったので、
こっそりとセフィリアがそれを拾い上げて洗濯機の中に放り込んだ。いつ壊れてもおかしくないぼろぼろの洗濯機だったが。
もともと狭い事務所だったから気づかれずにそれを行うのはたやすかった。そして、事務所中央のボロいソファに腰を下ろすクラウスとセフィリア。
その隣にはこの町にはおよそ似つかわしくない上品な服に身を包み、長髪をツインテールできれいにまとめた15歳くらいの少女の姿があった。
おそらくはこの少女が父親を殺されたという先客だろう。兄弟姉妹もなく、15歳で父親を奪われた彼女はこれからどのように生きていくのだろう。
クラウスとセフィリアがともにそんなことを考えていた時、真向かいのソファに神谷が腰を下ろす。そして、ステファンがコーヒーを5人分
運び、ソファとソファの間のテーブルにそれを並べる。ご丁寧に角砂糖とミルク、マドラーまで付いていた。
このあたり、ステファン少年は気が利いている。ただし、この少年が淹れるコーヒーは味が薄い。彼は「オリジナルアメリカンブレンド」と
表現しているが、アメリカンコーヒーとは浅煎りの豆で淹れたコーヒーのことであって薄いコーヒーのことではない。
角砂糖とミルクをコーヒーに入れ、マドラーでかき回すクラウス。口をつけようとしたその時、神谷の隣にステファンが腰をおろし
いよいよ話が始まろうとしているところだったので、テーブルに戻した。そして、神谷が話を切り出すのだった。

「さて、当たり前だとは思うがそちらの兄妹とヒカリは初対面だよな。まずは自己紹介から始めてもらえないか?」
「クラウス・ブライトだよ。歳は昨日20歳になったばかりさ。そしてこっちが…」
「セフィリア・ブライトです。クラウス兄さんの双子の妹。よろしくお願いします、ヒカリさん」

自己紹介をすると同時に兄妹はそれぞれ右手と左手をヒカリのほうへと差し伸べる。
握手である。これまでの彼女であれば見知らぬ人間の手を握るなど考えられなかっただろうが、
先ほど耳に入ってきた玄関先の会話だと、この兄妹も自分と同じように父親を殺されたのだという。そこに共通点を見出し、妙な親近感を覚えるヒカリ。

「ヒカリ・E・ケールズ。CIケールズのCEO(最高経営責任者)、ジョセフ・J・ケールズの娘よ。歳は16歳。お二人ともよろしく」

と、自己紹介し、ヒカリはクラウス・セフィリアの手を両手で握る。クラウスが右手、セフィリアが左手を差し出しているので、一度に握手ができるのだ。

「さて、クラウス。あんたの親父さんが殺された状況をできるだけ詳しく聞かせてくれないか?」

詳しくといわれても自分だって父の遺体を搬送してきた自警団員から断片的にしか聞いたに過ぎず、仕方なくクラウスはそれをそのまま神谷に話した。

「なるほど…マフィアの抗争に巻き込まれてな…俺としては両方の依頼をかなえてやりたいところだが生憎俺は一人しかいない。
 ステファンはまだ未熟だから単独では行動させられない。となると…まずはヒカリの案件を解決させてからクラウスたちの案件に
取り掛かるのがベターだ。2人とも目的は復讐だろう?それも、相当な長丁場になることを覚悟している」

その神谷の言葉に無言で頷くクラウスとセフィリア。と、ここでクラウスが唐突に神谷に切り出した。

「ヒカリさんの敵探し、僕たちも手伝いますよ。親を殺された者の気持ちは誰よりも理解していますし、それでより早く解決に向かうのなら
僕たちとしても都合がいいですから。どうでしょうか、神谷さん」
「俺としては一向に構わないが、妹さんはどうなんだ?」
「私も兄さんと全く同じ思いです」

即答した。全くどこまでも仲のいい兄妹だ。神谷はやはり苦笑いを浮かべ、心の中で呟くのだった。

「なら、俺たち5人は今この瞬間から運命共同体だ。何があろうと決して断たれることのない絆を誓うものはこの手の甲に手を重ねろ」

そう言って神谷は左手の甲を表に向けて斜め下に差し出す。5秒もたたずに残りの4人もその手に自らの手を重ね、絆を誓い合った。

「さて兄さん、約束よ。天使様について話して」
「ああ、そうだったね…」
「何だクラウス。まだ話してなかったのか。…まあいい機会だ。ヒカリもいることだし、話してくれ」

そしてクラウスは語り出す。時は2年前にさかのぼる。当時の貴族たちの間である計画が持ち上がっていた。――『治安維持計画』。
その内容はというと、閉鎖都市全体の治安を保つために最低レベルの治安も持たないこのスラムに毒ガスを散布して住民を根絶やしにする、
という計画だった。ところが、この計画は途中で頓挫する。その理由というのが、貴族たち全員の突然死だった。
そしてその死には『告死天使』という小さな組織が深く関わっている。彼らの亡骸の傍らにこんなメモが残されていた。
『無意味な死をもたらそうとした金と権力に溺れた愚者に、今ここに死を告げん――告死天使』
次の日の朝刊では、貴族たちの計画の全貌を含めた今回の事件が明らかになり、スラムの人々は『告死天使』を文字通り『天使様』ともてはやした。
その告死天使の全メンバー8人のうちの1人が、他ならぬクラウスなのである。これがクラウスが子供たちから『天使様』と呼ばれていた理由である。
そして、クラウスは次に『告死天使』について語り始める。その起源はある人物がこの町でも特に身体能力の高かった8人の少年少女を集め
あらゆる格闘技・体術・果ては暗殺技術までをも教え込み、プロの暗殺者に育て上げたものだという。
さらに、主に夜に活動するために闇のように黒い装束を用意したのだ。それこそが、今クラウスが身につけている黒装束である。

「…そうだったの…兄さん…」
「セフィリア。今まで黙っていて悪かった。でも、そんな黒い部分を君に見せたくなかったんだ」
「…白い部分も黒い部分も全部含めてクラウス兄さんは私の兄。それはこれからも変わることはないよ…」
「セフィリア。ありがとう…」

兄妹の絆を再確認し、二人は抱きしめあうのだった。そして決意する。この無垢な少女の父親の命を奪った奴らを必ず見つけ出してみせると…


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