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act.20

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act.20



「中々……嫌な気分ね」

ふう、と呼気を吐く。
何十匹目になるだろうか。数えるのも億劫になってきた。
次の龍が現れた。シアナは構えを崩さず、それを迎える。

殺せ!! 殺せ!! 殺せ!!
殺せ!! 殺せ!! 殺せ!!

耳にこだまする人々の喚声。楽しそうに、私が龍と闘うのを傍観している。
何故だろう。酷く悲しかった。龍と闘うのには慣れているのに。

利用されているだけの龍を打ち倒し、
命のやり取りを玩具のように観察されるのは、……悲しかった。
龍を薙ぎ払いながら、私は、震えていた。
怒っていたのではない。

私は多分、誰にも気づかれないように、泣いていた。
声を殺し、涙を何処かに埋めて、音も立てずに。

必死に戦っていたから、気付いた人は多分、いないだろう。私は苦しいのを隠すのがとても上手いのだ。
喉に何かが詰まったような苦しさが胸をせりあがる。
闘わなくてはいけないんだ。そうしなければ私は死ぬんだから。
でもどうして龍と闘わなくてはいけないのだろう。
……簡単だ。龍が私を狙うからだ。だから殺さなくてはいけない。それだけのこと。
生きて。生きて生きて生きて、どんなに辛くても最期まで生きようと、私は決めた。

それだけの事が、どうしてこんなに、苦しくて痛い。

ああ、そうか、と思う。

今……気付いた。
悲しかったのは今に限った事ではなかったんだ。
私は、気付かないふりをしていただけだった。

だって私は龍と闘う時、同時にいつも、この悲しみと闘っていたのだから。

剣を突き立てる。肉を裂く感触。血が迸る。赤い花が砂塵の上に咲く。
戦いの場に散らばるのは幾多の死骸。

遠くで声がする。

ねえ、誰が殺したの?

――私が、やった。私が殺した。私が私が私が私が!!!!

全身は千切れそうなくらいに軋んでいるのに、
剣は血に濡れて光さえ透かさないのに、

何度殺しても、終わらないのはどうして?



ザシュウ!!ブシュウ!!
龍殺しの騎士は手を休めない。鬼神の如き早業で、龍を屠り殺していく。
まるで何かに取り憑かれているような狂気を持って敵を滅殺する。
積み上げられた屍は積み木のよう。振るわれる刃は処刑道具のよう。
何戦にも渡る戦いを目の前で繰り広げられ、最初シアナに歓声を送っていた者も、
今はシアナに対して「勇ましさ」や「華麗さ」を感じる事はなくなっていた。


彼らは恐ろしくなったのだ。真っ赤に鎧を染めて、無表情で闘い続ける騎士が――
まるで、人の心を持っていないのではないかと思った。

「見ろよあれ……一体、何匹殺したんだろうな」
「うわ……エグう」

死臭が漂うアンフィテアトルム。
観客の好奇と畏怖の眼差しが、シアナを捉える。
何気なく、観客の男の視線に気付いたシアナが顔を上げた。
男は、カタカタと歯を震わせながら言う。

「……ば、化け物」

それを、聞いた龍殺しの騎士は何も言わずに、男を見つめる。
化け物と呼ばれるのは慣れている。だから今更こんなことで、傷ついたりするものか。
この身は龍殺し。普通に甘んじていることなど、とうに捨てた。

そう、大切なものを目の前で失ったあの瞬間から。

「……闘わないと……」

くるりと身を翻し、次に這入ってきた龍との戦いに移行した。



「闘わないと、いけないんだから……」

呪いのように呟きながら、龍を迎撃する。飛び掛ってきた龍の口先を、剣で受ける。ふらりと足がぐらついた。
体が思うように動いてくれない。刻印を使わずにここまで耐えた報いが、ここにきてシアナに牙を剥いている。
剣と牙との押し合いに、肩が悲鳴をあげる。一瞬の隙に、龍の拳が、シアナを襲った。
「ぐぅ……あ!!」
ゴキン、と。骨が嫌な音を立てる。巨石が落下してきたような衝撃に、目の目が真っ白になった。
地面に叩きつけられて、圧迫される。


全てがコマ送りのように見えた。
龍が息を吸う。周囲の空気を吸引していく。見た事のある動作。それが龍の攻撃であるブレスだと分かっているのに身体が動かない。
このままだと死ぬと分かっているのに、身体が動いてくれない。

(もしかして骨、いったかな……、肩にもう、まるきり感覚がない……)

聞き覚えのある声が、何か言っている。
イザークが大声で叫んでいた。

「隊長おおおーーーっ!! 避けてくださいいい!! お願いです!!」

闘ってくださいと、こちらを見つめながら、必死に叫んでいた。
消えかけていた闘志が、引き戻される。
……闘わないと、生きる、生きる生きる生きる生きる、ここじゃあまだ死ねない――!!


それを見た瞬間、内側から箍が外れたように、刻印の力が開放された。



光が爆発する。風が巻き起こる。
刀身に刻印の力が伝わっていくのが分かる。
腕、血管、神経を伝い、電気のように流れていく。それを留めるのは銀の大剣だ。
紫電を放つ剣先は、ただ美しく。須臾の間を縫って龍に向けられた。
剣は雷、そして炎。龍にとっては、最も凶悪な光にして災厄。
「絶対に龍を殺す」刻印の力が凝縮された一撃だ。
これをくらって、尚生きていられる龍などありえるはずがない。
獲物を狩るにはただ一振りで事足りる。
龍殺しの騎士の剣は圧倒的な火力を持って、敵を殲滅する――!!

「……あれは……。成る程、あれがあの女の秘密というわけですか」
ようやく掴んだ。龍殺しの女騎士の強さの秘密、それを掴んだ!!!


あの光が、力の源に違いない。あれは魔術ではないな。
呪文を詠唱しているそぶりもなかったし、あいつは魔術を使えないはずだ。
だから違う。
……そう、あれはおそらく刻印だ。
刻印は呪われた者が持つという。忌まわしき悪夢の力。この世にあってはならぬとされる禁忌の能力。
その為、刻印を持つ人間をそれだけで嫌悪する者も少なくない。ファーガスもその一人だった。

そうか、そうか。刻印だったのか。どうりであの女が気に食わないわけだ。
刻印持ちだったとは。……あの気に食わない二番隊の頭と同様に、龍殺しも刻印を持っていたというわけだ。
「刻印なんて不吉ですねえ、気色の悪い文様です、ふふ、でもまあ。今は感謝しておきましょう。これで手土産が出来ましたからね」
ファーガスは達成感と後ろ暗い喜びで叫びだしたい気分を抑え、かろうじて息を吐き出した。
目の前でシアナが最後の龍を打ち倒したのを見届けると、そそくさと出口を目指して走り出した。


龍の巨体が、崩れる。
誰も何も言わずに、闘技場の舞台を眺めていた。その為、戦いの場は怖い程に静かだった。
光はシアナの中に埋もれるようにして収束していき、じきに消えた。
シアナは膝をつく。剣を地面に突き刺して、手をかける。
そうして一度きりハア、と安堵の溜息を吐き出すと、

ぐらりと身体が傾いて、あっという間もなく地に倒れこんだ。
「隊長!!」
イザークは咄嗟に観客席から身を乗り出す。一番前の席まで走っていき、目を凝らす。
多くの龍と戦い、殺してきたにしては、あまりにも弱弱しい倒れ方だった。
立派なマントは所々破れ見る影もない。
肩から、腕から、額から。あらゆる部分から血を流して、龍殺しの騎士は気絶した。
決着は着いた。シアナはファーガスと闘うことなく龍を全滅させ、見返りに刻印の秘密を奪われた。
――それは、勝利と果たしていえるものなのか。
愚か者め、とエレが呟く。それは目の前のシアナに向けられているというよりも、むしろ自分に向けられたもののようであった。



シアナはぴくりとも動かない。
見ていられずに、イザークはそのまま舞台に飛び降りようとする。
高さに身がすくんだが、それくらいなんだ、隊長が目の前で倒れてるんだぞと気を奮い立たせた。
柵を飛び越えて、地上に落下する。じいんと足が痺れるのを方って、イザークはシアナの元へ走った。
シアナを抱き上げると、揺り起こして声を掛ける。
「隊長、シアナ隊長!! 大丈夫ですか!! 返事して下さい!! ……あ」

腹部から肩にかけてぱっくりと。鎧にヒビが入っていた。これで、あんな立ち回りを演じてみせたのか。
ファーガス隊長と、シアナ隊長が戦うと聞かされていたのに。

どうして、隊長が龍と闘わないといけないんだ。……こんなボロボロになってまで。
……止めるべきだった。隊長は怪我をしていたのに。
無理やりにでも、ここに入っていって、こんなことはやめさせるべきだったんだ。
それか、例え猫の手ほどの働きしか出来なくても、加勢すればよかった。決めたじゃないか。
隊長を守れるようになるって、決めたじゃないか。
どうして、自分は、あの人が強いからなんていう理由だけで傍観してしまったんだろう。
この身体ひとつで闘い続けて。
隊長は何も悪くないのに龍に狙われ続けて。闘い続けて。
それが、苦しくないわけがないのに。
分かってる。この人はそういう人なんだ。一人で闘って、一人で全部を背負い込むような人だ。
分かっていたのに。
どうしてそれを、今、部下である俺が気付かなかったんだよ!!

「……くそっ」
血で汚れたシアナの頬を、軽く拭く。
出入り口を塞いでいた柵は、いつの間にか上がっていた。
イザークはシアナを背負ったまま、歩き出す。
勝者に意識はなく、敗者は既にここにはおらず。
闘った事を祝う者すらなく、褒美も無い。
残された観客達に声は無く、戦いの残骸が風に吹かれて空しく揺れていた。













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