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ややえちゃんはお化けだぞ! 第9話

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ややえちゃんはお化けだぞ! 第9話




黒檀の机で揺らぐ炎が、まだ幼い殿下の顔に深い陰影を作り出す。
組んだ指を動かしながら嫌らしい笑いを浮かべる姿は、まるで腹黒い政治家のようだった。

「さて、どこから話したもんか……」

殿下は椅子を斜めに倒しながら、俺の表情を堪能するように目を細めていたが、思い立った
ように前のめりになると、再び指を組み直した。

「アイツの鈴のデカさはちょっと異常でな。オレはちょっとした好奇心でその未練の正体を
探ってみたんだ。まあ、最初から最後まで話したら日がくれちまうんで掻い摘んで話すが、
あの女は生前、そこそこ大きな領地を有した大名の娘だったのさ――」

そう前置きすると、殿下は腰を落ち着けるように座り直し、夜々重がまだ生きていた頃の
話を、ゆっくりと語りだした。



卍 卍 卍



今からはもう何百年も昔、長きに渡る戦国時代が幕を閉じてまだ間もなかった頃、夜々重
はある裕福な大名の家にその生を受けた。

天下泰平の名の下、表だった戦は確実に減り、男と女の立場が徐々に形を変えていく中で、
夜々重の父親もまた娘を大変に可愛がり、それは大切にしていたという。
当時にしてもかなり贅沢な生活を送っていた夜々重は、やがて毎日のように城内を騒がす
「おてんば姫」として育っていった。

そんなある日、父親の気まぐれから鷹狩について行くことになった夜々重は、めったに見る
ことのない外の世界に心を踊らせるあまり、崖から足を滑らせ皆とはぐれてしまったのだ。

箱入り娘としてぬくぬくと城で育ってきた夜々重が道に迷うのは必然。
どこへどう繋がっているかも分からない獣道を何時間かさまよい、ついに疲れて座り込んで
いるところを、偶然通りがかった一人の男に助けられることになる。

その男は山間にある集落に住む男で、貧しい身なりの人間だった。
夜々重は最初こそ警戒していたものの、隠しきれない不安の中でたった一人頼れるその男に
対し、徐々に心を開いていった。

男も夜々重を城まで届けてやりたい気持ちはあったが、夕暮れに染まる山の中、これ以上
進むのは危険と判断し、眺めの良い場所を選んで焚き火を起こした。
奇妙な出会いが気持ちを高揚させていたのか、二人は疲れて眠ってしまうまでも笑いながら
語り合ったという。

次の夜明け、なんとか城まで辿りついた二人を待っていたのは、鬼の形相で門前に立つ
夜々重の父親だった。
溺愛する娘が行方不明となり正気を失っていた父親は、お前が娘をさらったのかと男に
食ってかかった。

当然夜々重が一言いえば済むところだったのだが、優しい笑顔しか見せたことのなかった
父親が牙を剥いて怒り狂う前、夜々重はついにそれを言い出せなかったのである。

恩人であり、少なからず好意を抱き始めていたはずの男はその場で斬首。
浴びる返り血、ようやく事態の重さに気づいた夜々重は、転がった男の首を抱きしめると、
父親を跳ね飛ばし、そのまま再び行方知れずとなる。

自分のせいで、恩人が罪人として殺されてしまった。

こうして夜々重は暗く深い苦悩の果て、自分にも男と同じ苦しみをと首に縄をかけ、15年
という短い生涯を自らの手で絶つも、不甲斐ない自分への未練は小さな鈴に形を変え、幽霊
となって現世に魂を残すことになる。



――ところがこれで全てが終わったわけではなかった。
無言での自害、それがさらなる悲劇を巻き起こしてしまう。

数日後、夜々重の遺体は近くの山で発見された。
父親は娘の変わり果てた姿に悲しんだ末、あの男が娘に呪いをかけたのだと信じ込み、
城下の浪人者たちを引き連れて、今度は村の人間を皆殺しにしてしまったのだ。

わけも分からず殺されていく罪の無い人々。叫びと血飛沫が舞う凄惨な光景。
自らが招いた惨劇を目の当たりにした夜々重の鈴はさらに大きく膨れ上がり、あのように
巨大な未練の鈴を背負い込むことになる。



卍 卍 卍



「これがアイツの未練の正体だ。ちなみにお前とは何の関係もない」

ここまで聞いて、俺は深い溜息をついてみせた。
まさか夜々重のヘタレっぷりが人をも殺していたとは、思いもよらなかったのだ。

しかし、とはいえだ。
何百年なんて昔の話をされても、全く現実味を感じられないのが正直なところ。
夜々重には出来損ないの昔話みたいな過去があるんだな、ぐらいにしか思えなかった俺は、
素直にそれを言葉にする。

「なんで俺にそんな話を」
「お前にとってはただのバカにしか見えないのかもしれないがな、数百年の時を後悔と共
に過ごすという苦痛は人間ごときに計れるものではないと言いたいのだ。その永い年月は
あのバカ女にひとつの妙案を思いつかせることになったのだ」
「妙案?」
「アイツは誰かの命を救うことで、自らの罪を清められるのではないかと考えたのさ」

それは立派な心がけじゃないか、と思うこと数秒。
ふと蝋燭の炎が大きく揺らぎ、俺の心の中に穏やかでないほころびが生じ始めた。

「まさか、自分で殺して……」
「分かったか? あいつがお前を呪い殺したのは『わざと』なんだ」

全身に寒気が走った。
同時に、この流れをどうしても否定しなければならない衝動にかられる。

「ちょっと待ってくれ、そんなバカな」
「思い出してみろ。あいつと最初に会った時、何かおかしなことはなかったか?」
「……いや」
「壁を抜けてお前にぶつかってきたんだろう? 壁を抜けられるのに、どうしてお前に
ぶつかるんだ」
「それは……そういうものなんだと」
「ふん、まだあるぞ。呪いのことを忘れてただ? バカを言え、忘れるぐらいの未練なら
幽霊になどなれる訳がない」
「あいつはバカなんだ……」
「バカはお前だ。じゃあ聞くが、なんで都合よく地獄巡りの広告なんか持ってるんだ?」

あらゆる言い訳を考えてみても「わざと」という言葉の前に全て打ち砕かれてしまう。
思わず握りしめた拳を見て、殿下は立ち上がり背を向けた。

「最初にも伝えたが、この魂言堂ではウソがつけん。あいつは確かに言った――」

呼吸すら忘れていたのか、思い出したように息を吸い込む。

「わざとです、とな」



最悪だ。
自分が今、一体どういう気持ちなのかすら分からない。
落ち着いて整理したいのに、どこから手をつけていいのかまるで分からないのだ。
あざ笑う殿下と侍女長。堂中にこだまする二人の笑い声にも、怒りを感じる余裕すらない。

「くくく、分かるぞ、お前の気持。オレですら憤りを感じたのだ。人の命を冒涜したその
所業、これは断じて許されることではない。お前には悪いが、解呪申請書など絶対に発行
してやらん」

混乱の渦は絶望と嘲笑を巻き込み、目眩という形をもってその姿を現す。
過去、夜々重のせいで死んでいった人たちと同じように、俺もまた何一つ理解できぬまま、
その生涯を終えるというのか。

言いようの無い焦燥感に思わず下をむいて頭をかきむしっていると、不意に笑い声が消えた。

「――とまあ思ってたんだな、アイツがここを出て行くまでは」

漏らされた言葉に顔を上げると、殿下はにやりと口元を曲げ深く椅子に座り直す。

「オレが面白いと言ったのは、まさにここからなのさ」

その手には、最初に見てそのまま机に置かれていたはずの黒いノートがあり、表紙には
不気味な昆虫の写真と、ポップな字体で「ジャパニコ閻魔帳」と書かれていた。


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