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疑惑

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匿名ユーザー

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疑惑

 あの一件以来、僕の胸に一つの疑念が渦巻く。
 管理人さんは、きっと師匠に負けては居なかったのではないか? 負けたのは、刀。いや、僕ではないのだろうか?
 最後の一撃を避けずに受けたのは、管理人さんの判断ミスであると思う。
 だがそれは彼が僕を信頼し、その期待に応えられなかった僕の、未熟さが招いた敗北だったのではなかろうか?

――カーン!カーン!

 そもそも師匠は、剣術が出来るわけではなく、試し斬りのために扱いを知っている程度ではある。
 居合いが出来る人間でも、チャンバラでは素人に毛が生えた程度の経験差にしかならない。
 腕の良い刀鍛冶が、料理はできなくとも包丁の扱いを知るように、純粋に刀の扱いを知っているだけなのだ。
 斬る動作が出来ようと、それ以前に攻撃を当てることを前提とする、戦いの技術を師匠は持ち合わせてはいない。

――カーン!カーン!

 時折見せた剣技も、ただ管理人さんの技を見てコピーしたに過ぎない。
 それは、ただ一目で模倣する達人的才能であり、並の剣士では師匠に触れるまもなく斬り捨てられるだろう。
 以上を踏まえれば、充分に師匠は、規格外の存在であるという証明にはなるはずだ。

――カーン!カーン!

 しかし、管理人さんは間違いなく、それ以上に強い。刀の扱いでは負けるかもしれないが、戦闘面は疑う余地もない。
 挙動から察するに、他流派に通じているのだろう。
 薩摩示現流の一ノ太刀から繰り出した蹴りは、タイ捨流の応用だろうし、新陰流だと思われる基礎的な動作も見受けられた。
 体捌きに限定すれば、この館に住む人間の誰にも負けることはないのかもしれない。

――カーン!カーン!

 一心不乱に鉄を打ち鍛えながら、思うは一つ。
 高次元に居る少女と、それを超えようとする男との間を隔たるたった一つ、しかし超えることの出来ない絶大な壁。

 ただただ、武器の差。

 ならば、賭けることは出来ないだろうか?
 師匠に勝つという一つの結果を。事実を。証拠を。あの男になら、きっと。

「こんなもん、かな?」

 炎の生み出す熱は、頬を赤く火照らせて、揺らめく光が髪を照らす。
 打ち鍛えるは、鉄ではなく少女から託された魔法の金属。
 頭を下げて、可能な限りの製鉄を貰い受けたのだ。

「うーん、でもまだ師匠には勝てないなぁ」

 日本刀とは、本来オーバーテクノロジーとも呼べる高度な技術の結晶である。手間のかかり方は尋常ではない。
 そもそも金属は、硬度以外にも様々な性質があり、刀剣に置いては靭性、つまりしなりやすさが関係する。

 靭性と硬度が高ければ、硬く曲がりにくく、しなるが、限界を迎えると折れる。
 どちらも低ければ、硬度が低いので曲がり折れないが、しならず曲がったままとなる。
 硬度だけが高ければ、硬く曲がらないがしならずに折れる。
 靭性だけが高ければ、柔らかいために曲がるが折れずに元に戻る。

「もう一本、鍛えるか」

 それらを全体で一つとして扱うのではなく、組み合わせることで靭性と硬度のバランスを取った武器。
 それが日本刀である。
 単純に重さや速度で断ち切ることを目標とする他国の刀とは一線を駕していた。
 前もって棒状に伸ばしておいた金属を手に、次の刀へと気合を入れる。

 まず地金。
 炭素量の少ない「靭性・硬度が低い鋼」を背に「靭性・硬度が高い鋼」を刃として組み合わせる。
 だから、切れ味は鋭いのに、折れにくい。

「焼き入れ速度が鉄と違うのかな?」

 そして、鍛造。
 槌で打って鋼を圧着し、形を整え、鍛造効果で硬度は増す。
 だが、背側の鋼は柔らかいため、砕けにくく、しなやかなままとなる。
 さらに脱酸効果もあって鋼の純度は上がる。

「融解点や熱に寄る相変化の温度も変わってるみたいだし、いや鉄と同じだと考える方がおかしいのか」

 最後に熱処理。
 水焼入れを使用し、焼き入れ速度が速ければ速いほど、鋼は硬く、もろくなる。
 そのため、刀身に泥を塗り、刃だけを露出させて焼き入れを施す。
 当然刃先は硬くなるが、刀身は冷却速度が遅いのでしなやかさを保つのだ。

「というか、炭素合金で硬度が上がる性質が一緒なだけかも」

 これほど複雑なプロセスをサブウェポンに使うのだから、日本という国はまさに神秘と呼べるのだろう。
 少なくともただ鋳造しただけである他の武器では、日本刀の刃は欠けるが折れることはない。
 大剣には振りの速さで勝るし、レイピアなら砕け、ともすれば中国刀も叩き折る事が可能である。
 唯、欠点はその重さや重心、形状、特殊な切れ味の関係上、扱いが難しいことであるが、それも管理人クラスなら問題はない。

「悩んでいるようだな倉刀」
「師匠!?」

 あれこれと思索にのめり込み、いつの間にか部屋を訪れた師に気が付かなかった。
 見上げれば、すぐ間近で鉄相手に悩む僕を覗き込んでいたのだ。

 肩に掛かった髪を払いながら少女の眼が、師のそれとなる。
 艶やかな髪が炎の朱を受け、鈍く輝いた。

「集中することはよいことではあるが、周囲にも気を払え」
「はい、肝に銘じます」
「さて、刀に熱中するのも良いが、お前に知るべきことを伝えにきた。とりあえず来い」
「伝えるべきこと、ですか?」

 入館者でも来たのであろうか、だとすれば挨拶に出迎えるのは住居者の務めだろう。
 ともかくも、首に掛けた手ぬぐいで汗と煤を落とし、少女の背中に続く。

「倉刀。お前はここがなんだかわかるか?」
「なんだ? と言われましても。うーん……」
「ふむ。ならば答えよう。ここは箱庭だ。意味は自ら考えておけ」

 さて、と言葉を区切り、少女はある部屋の前で止まった。
 迷い家ほどではないが、この館もなんだか奇妙な構造をもっているような気がしてならない。
 気のせいか、あるいは僕の認識や固定観念から接合性をもってしまったのかは、わからない。

「ユキチという男が新しい入居者になったのだがな。何があったか倒れていたよ」
「え? 大丈夫なんですか!?」
「さあな。ゆゆるちゃんから眠った云々は聞いたが、彼女は放置したらしい」
「……管理人さんに後ろの穴掘られてないかが問題ですね」
「ああ」

 師匠は頷き、扉を開く。

 扉の向こうには、白衣を着た青年がベッドに腰掛けていた。
 横顔に、知的な理性と強い信念を感じるような男だ。
 ノックもせずに部屋へ押し入った少女と僕に、彼は特に咎めることもなく笑顔で迎えてくれた。

「ユキチ。具合はどうだ?」
「いえ、おかげさまでもう平気です」
「そうか。医者が倒れては本末転倒だからな。肝に銘じておけ」

 どんな相手にも、たった一人のゆゆるちゃんという例外を除き、師匠の不遜な態度は崩れることはない。
 その高圧的な態度に苦笑いしながら、僕は続いて挨拶をする。

「どうも、倉刀作と申します。よろしく」
「初めましてボクはユキチといいます」

 医者か。師匠は医学に関しての知識を得て、創作に活かせと言いたかったのかもしれない。
 だが、予想はすぐに覆された。
 挨拶を交わすと、少女が無理にでも話を進めたいかのように素早く質問をしたのだ。

「早速だがユキチ。お前はどのような手段でここへきた? 言え」

 なんだろうか、師匠が怖い。

「え?……船ですよ。絶海の孤島にそれ以外の手段があるんですか?」
「は? なにいってるんですか!? ここは陸続きです! だって電車が――」

 言葉を遮るように、扉が力任せに開かれた。

「待て!何をしているハルトシュラー!」

 声を張り上げたのは、管理人さんだ。
 なにを焦ったのか、どうにも走ってここまできたらしく、息を切らし、眼は警戒一色に染まり、師匠を睨んでいる。
 あの剣豪が放つ殺気が部屋を満たし、今にも空気が破けて散りそうであった。

「お前とは違う、管理だ」
「一つ忠告だハルトシュラー。貴様が何を企んでいるかは知らんが、ここは私の館だと伝えておく」
「くくっそうか。心に刻もう」

 少女が凄惨な笑みを浮かべて、管理人の怒りに応える。
 恐怖が僕の足や口を縫いとめてしまったかのように、動かない。
 それが怒りに身を任せた管理人の姿を僕が初めて見たためだと気がついたのは、今になってだ。

「さて、長居は無用だ。帰るぞ倉刀」
「はっはい、師匠」

 師匠が僕の金縛りを解いたかのように、やっと言葉が出る。
 同時に、疑問も開放された。
 だが、管理人にも師匠にも、それを訊けるような雰囲気ではない。

 何故、ユキチさんはこの町を絶海の孤島などと呼んだのだろう?
 いや、島にだって橋を伝って電車は来るだろう。僕は寝ていたから気がつかなかっただけだ。

 じゃあ、その橋がここから確認できないのはなぜ?
 そもそも、管理人さんは師匠をお嬢ちゃんと呼んではいなかったか?
 疑問が渦になって僕を責める。対する答えは、持ち合わせてなどいない。

 ただ、これが師匠の伝えたいことだと、僕になんらかのアクションを待っているのだと、理解した。
 何もかも忘れて創作に打ち込みたいと言う衝動が、まるで逃避のように襲ってきた。


 - 続く -

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