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正義の定義 ~英雄/十二使徒~ 第6話 2/3


 「…やっぱり、無理だったんだ。私達と人間はわかりあえない」
 火燐は取り乱したようにしゃべりだす。
 「火燐!!なんであなたはそうやってすぐに見限るようなことを言うの!」
 「だってそうじゃないか!あの街の連中の反応!あれは完全な拒絶だ!!私達はここで誰にも会わずに
暮らしていた方が幸せなんだッ!」
  「あ…」
 その時、あたしの胸の奥でこみ上げる感情が、押えきれないほどの濁流となって吹き出した。悲しかった。
あたし達と過ごしてきた時間が無意味だったと言われているようで、あたし達との関係まで否定しているよう
で。私の頬をしょっぱい水が流れる。この時…あたしはどんな顔をしていたのかなぁ…
 「おい…それ、まじで言ってんのかよぉ…」
 「ああ、マジだよ」
 「ホントかよ…お前は、ホントにそう思ってんのかよ。今まで俺達といて楽しくなかったか?あの笑顔は嘘っ
ぱちか?ちげーだろぉ?俺達は少なくとも…お前らと会えて…よかったと…うぐ…ひっく…」
 「わ、わたしだって…お前達とあえて…ううううう……」
 そう、みんな子供なんだ。ただ、人かそうじゃないかの違いはあれど…仲良くするのに理由が居るのかな。
異形と人間が仲良くしちゃいけないのかなぁ?
 「そう…こんなにみんな大好きなのに…無理に自分から離れようとする必要なんて…無いんだから…」
 ほむっちがあたし達三人を抱きしめる。あったかい。彼女の胸は包みこむような優しさに満ち溢れていた。
そうしてあたし達は…日が落ちるまで思いっきり泣いた。

―作戦実行二日前の朝―

 「焔ちゃーん、あーそびーましょー」
 「うん、今行くから待っててね」
 一度は街で酷い目にあったけど、あれからもほむっち達をちょくちょく街へと連れていった。
そのお陰で、他の子達とも仲良くなって、今ではここいらの子供達が皆一緒になって遊ぶことが多くなった。
やっぱり、あたし達の過ごしてきた時間は無駄じゃなかったんだなと思える。
 一方、困った問題も出てきている。
 「いよいよ間近に迫ったな…」
 「マジでやんの?タケちゃん」
 「あったりめーだろぉー!焔達の為…ひいては俺らが住んでる街のためでもあんだ!」
 近日、山が自治体の手によって更地にされるという計画が進んでいるとか。秘密基地やほむっち達の住処
は勿論、そんな事をすればとんでもない厄災がこの地に降り注ぐ…らしい(ってほむっちが言ってた)
 「タケゾー、遊ばないの?」
 「今は忙しい。後でな」
 「タケゾー…」
 あたしは、タケゾーの幼馴染。今、タケゾーはとても危ない事を始めようとしている。正直、タケゾーにはそ
んな事して欲しくない。ほむっちの事がどうでもいい訳じゃない…けど…タケゾーが危険な目に合うのは、嫌
なんだ…なんでだろ…やっぱり幼馴染だからかな?でも…あたしの言葉は…多分タケゾーには届かない。


 「おい、貴様等山の民であろう!邪なものがこの街に足を踏み入れてはならん!!」
 偶然通りかかった警備隊の人間にほむっちが見つかってしまった。警備隊は自治区側の人間だ。随分前
から、ほむっち達のことに目につけている。いかに角を隠しても、奴等に見つかってしまえばすぐにバレてし
まう。
 「でも…コイツらにちゃんと話を…なぁ、少しくらい聞いてくれたって」
 「黙れい!!化物の言葉なんぞ聞く余地はない!」
 大人は皆こうだ。子供の話なんてまるで聞いてくれない。タケゾーは必死に話し続けたが、無駄。
 警備隊の銃声に萎縮してしまう。そんな時だった。

 『"ワイヤー"』

 「…はっ!?やっちまった!ふぇふぇ!」
 一瞬,何が起きたのか…よくわからなかった突然伸びてきたヒモが大人たちをぐるぐる巻きにして…
 しかもそれをやってのけたのは一人の女の子だった。
 「おまえ…すげーな!」
 「ふぇ!たいしたことじゃないですし!こどもはおうちにかえってウニメでもみてな!ふぇふぇ」
 「いや、お前も子供だろ…」
 ちょっと変な子だった。金髪ツインテールの小さな女の子。感情を読み取る事の出来ない緑色のその瞳。
上は軍服のようなものを着用していたけど、下はふつーのスカートだった。変な格好。
 「そうだ、お前お礼に良いとこ連れていってやるよ!」
 「ふえー?いいとこ?」
 良いとこ…おそらくあたし達の秘密基地のことだろう。女の子は抜けてるような返事をする。一体この子は
なんなんだろうか?この辺の子じゃ無さそうだし…

―――…

 「はい、お茶どーぞ」
 「ふえぇ…」
 女の子を連れてきた場所は、やっぱり秘密基地だった。秘密基地を見た女の子の感想は、まぁ酷いもん
だったけど…一見様にはこれの良さがわからんのよ!このござっぱりとした空間が妙におちつくんだ。
 タケゾーが女の子に名前を聞き、女の子は「トエル」という名前であることがわかった。少しおしゃれな名前
だ。皆が自己紹介をしたもんだから、あたしも自己紹介しなくちゃいけないと思って、どさくさに紛れてついで
みたいな形で名前を言った。

 「それに…今の私達には、人々を守るほどの力はない…今ここ一帯を災害から守っているのは…この山の地脈なの…」
 「でもよぉ…この山…もうすぐ街の連中が地域開発で更地にするつもりなんだってよー…ふざけてるよな…」

 ほむっちは次元龍やこの山のこと、タケゾーは開発計画のことをトエルに話した。部外者にこんな話までし
てしまって良いのかなぁ?いや…確かに助けてもらった身ではあるけどさ…
 そんなこんなで、少し暗いムードになったりしたけど、皆で遊ぼうって提案をほむっちがして元の穏やかな
雰囲気に戻った。
 「ふおぉぉぉぉぉぉぉ!!ホモからにげきれたらごまんえんんんんん!!ふぇ!」
 「つかまんねーよ!へっ!」
 タケゾーはトエルとの鬼ごっこに熱中してしまっているようだ。トエルの足はすごく早くて、他の皆
は捕まってしまった。今捕まっていないのはタケゾーただひとりだ。
 日が二人の全身を強く照らす。仲良く遊ぶ黒のシルエット。顔を見なくてもわかる、タケゾーの笑顔。

 結局、タケゾーの体力切れで、勝ったのは鬼のトエル。この体力バカに勝つなんて…どんな体してんだろ
…ふと、空を見上げるとそこには茜色の空が広がっていて、あっ、もう帰る時間なんだということをあたし達
に教えてくれた。

 「それじゃまた明日!」
 「ふぇ。きがむいたらきてやりますし」

 すっかりトエルともなかよくなって、また明日も遊ぶ約束をした。山を降りるトエルを見送り、あたし達も下山
する事にする。
 「じゃ、またな二人とも」
 「うん、また明日」
 「あ、ちょっと待て、タケゾー。お前に話が…」
 火燐がタケゾーを連れて隅っこの方で何やら話している。おそらく…明後日の奇襲作戦の事だろう。ほむっ
ちはそれを心配そうに見つめていた。まさか…作戦の事に気がついているんじゃ…
 いや、それはない。ほむっちだけには秘密にしろって皆分かっていた筈だし…
 「…何話してたの、二人とも」
 「大したことじゃないよ。ねぇ、タケゾー」
 「ああ…」
 今のほむっちの反応を見て、少なくとも何をするかはわかっていないようだけど…それでも何かに感づいて
いる節があると…そう、あたしには見えた。

―――…

 やっぱり…こんな事はいけないんじゃないだろうか…今からでもまだ…やめられるんじゃないだろうか…
そう思っていた。あたしは。でも…タケゾーは違ったんだ。

 「やるっきゃねーだろ!正しい事をすれば、それは必ず報われる…じっちゃんも言ってた!」

 帰り道で、タケゾーにもう一度考えなおさないかと促した際に返ってきた言葉だ。タケゾーは本気だった。
 気がついてた。年々、タケゾーとあたしの考えにずれができている事なんて…
 あぁ…その事が、事実が…あたしの胸を締め付ける。もう…あたしのことなんて眼中に無いんだなぁって。
でもあたしは、あんたの。屋久島タケゾーの幼馴染だから。タケゾーだけに危ない思いはさせないから。

―はるかに数えたヤシの木は、ただの、きみの助けを借りてー…
―あしたにとぶすきなきみだけに僕の、呼ぶペーンギンかかか…

 「今の話…詳しくきかせてもらえない…?」
 突然、変な歌と共に現れた怪しい人。知らない人にはついていっちゃいけないんだけど…
 というか、ローブのフードで顔は見えないし、変なペンギンは肩に載せてるし、怪しさ全快すぎる…
 「何?私は誰だって?そうねぇ…義賊ってとこよ!」
 フードの人は自らを義賊と名乗る。聞くところによると各地を放浪し、悪い人をやっつけているのだと言う。
 「…で?その義賊が何のようだよぉー」
 「さっきの話…こっそりきかせてもらったけど…もしかして、あなた達がこの自治区の最高責任者"森喜久
雄"の首を狙っているんじゃあ…ないかしらん?」
 「!!」
 まずい…計画のことがバレた。仄かな戦慄が頭を駆け巡る。なんとかごまかそうと嘘方便を考えるが…何
も出てこない。しかしそれは取り越し苦労であることを知る。
 「ああ、別に私は知ってどうこうするつもりはないわ。寧ろ…協力させてもらえないかしら?」
 そういって、フードの人は、緑色の液体の入ったボトルを懐から取り出した。…こんな毒々しい色のものが
真っ当な液体である訳も無い事が容易に推測できる。
 「これはね…"異形の力"を一時的に行使出来る薬…これをあなた達にあげる。取っておきなさーい」
 「異形の…力…それって、凄いのか?」
 「もちろん。これを使えば普通の人間にはまず負けないでしょうねぇ」
 だがしかし、この話…できすぎている。こういったものには副作用が付き物だ。あたしはさり気なく探りを入
れる事にした…
 「副作用とかないの?」
 …つもりがいきなりどストレートに聞いちゃって。もう、あたしのバカ。
 「これでも一番副作用が少ない薬なんだけど?」
 「副作用あるのかい!」
 「大したものじゃないわ…薬を使用している間だけ…体が異形っぽくなるだけだから」
 もうなんていうか、胡散臭い。このフードの人。と、ここでタケゾーが口を開く。
 「何で俺達に協力するんだ…?」
 そう、そこはあたしも気になっていたところだ。いきなり現れて協力させて欲しいとか、一体どういう風の吹
き回しなんだか。フードの人は一秒と待たず、答えた。
 「利害の一致…もあるけどやっぱり"義ね"」
 「義…?」
 「大義は我らにありってね。私は私の信義を貫くだけよ。それじゃあ、今日はこの辺で!」
 答になっているんだかなっていないんだかわからないことを言うフードの人。同時に背を向けポケットから何
かを取り出した。あれは…煙幕?

 「また会おう少年少女!!」

 そう言って、フードの人は手に持つ煙幕玉を地面に叩きつけた。もわもわと煙が噴き出すのだが、中身が湿気っていたらしく、漫画のように上手く煙が広がらなくて…
 「さ、さらば!!」
 フードの人は徒歩で帰っていった。
 「…なんだったんだよ一体…」
 「さぁ…?」



―作戦実行前日―

 「よーし!チキンランだー!」
 「コケー!コッコッコ!」
 翌日。今日も約束通りトエルはやって来た。今日は今子供たちの間で大人気の遊び『チキンラン』をするん
だ。自分達で丹精込めて育てた鶏を競争をさせ、誰が一番早い鶏を選んだかを決める…熱きレースの事で。
単純明快な、初心者でも遊べる親切な遊びである。
 「俺の相棒"バーン・コケコッカ"に敵う奴なんていねぇぜー!!」
 「バーンコケコッカ!バーンコケコッカ!」
 タケゾーのコケコッカは今一番波に乗っている鶏だ。その股の引き締まりといい、美味そう…いや、力強そ
うな脚を持っている。これならばラストで押し負けると言うことも無いだろう。
 「じゃあ私はこの"光速の異名を持ち重力を自在に操る高貴なる鶏"を選ぼう」
 「コクーンww」
 火燐の選んだ光速の異名を持ち重力を自在に操る高貴なる鶏は、その名の通り光速に近いスピードを発
揮する最高速ならば誰にも負けない…が、速いのは序盤だけでどんどん失速する。スタートダッシュが勝負
の鶏だ。
 「ふぇ!じゃあわたしはこれにしますしふえふぇ」
 「俺、ブラウン管の前で評価とかされたくねぇから」
 トエルの鶏「バンプ・オブ・チキン」はアクの強い鶏で扱うのが難しい鶏だ。やるときはものすごい力を出す
が、普段は全くやる気の無い。まるで不定期で好き勝手にシングルを出すインディーズバンドのような鶏だ。

 他の子供達も続々と鶏を選び、準備も整ったところでスタート地点へと鳥を誘導する。
 コースは山の入口から山中の決まったコースを進み、再び入り口まで戻ってきてゴールとなる。コースは分
かりやすいように旗が立っているので迷うことはまず無い。
 「よーし皆集まったなー!!じゃあ早速はじめっぞぉー!」
 「皆、頑張ってね!」
 あたしとほむっちは見る側の人間だ。鶏と一緒に走るほど体力ないし。
 「位置につけー!!」
 タケゾーの一声で一斉に鶏を地面に置く皆。スタートの合図を今か今かと待ち構える。合図を言うのはこの
あたし。息を荒くし、今にも飛び出してしまいそうな鶏を静止する面々。あたしは機を見計らい、合図を出す。
 「よーい…」
 張り詰める空気。誰もが皆一点先を見つめて沈黙する。そして…

 「スタート!!」

 鶏達は、一斉に飛翔した。


―――…

 …結果から言えば、一番になったのはトエルの"バンプ・オブ・チキン"だった。
 「まぁ、とーぜんのけっかといえる!ふぇ!」
 「くそーっ!初心者に負けるだなんて!!」
 あの鳥はクセこそ強いものの、潜在能力は他の追随を許さない。それを見抜いたトエルの目利きの勝利
だったんじゃないかな。
 「惜しかったねー火燐」
 「やっぱ一本糞じゃダメか…」
 なんて言う火燐だったけど、悔しさはあまり感じられなかった。
 こうしてチキンラン大会は終了。今大会も名勝負をありがとう!Congratulations…お前ら…

 「それじゃ、今日は俺ら早めに帰るわ」
 「え、今日は随分早いね…」
 タケゾー達の珍しい早帰りに、ほむっちは驚いていた。ここ最近遅くまで遊んでばっかりだったからなぁ…。
 タケゾー達が早く帰る理由…そんなのは一つ。明日の事だ…それで間違いないと思う。下山する皆の面持
ちは重く。あたしはほむっちにその事がバレて何か感づかれないか冷や冷やしていた。
 別れ際、タケゾーは火燐アイコンタクトを送る。火燐もそれを理解したのか、コクンと頷いた。

 「随分、人が減ったね…」
 「あたしはまだここにいるから、何かして遊ぶ?」
 ほむっちに何か嗅ぎつけられるとまずいので、あたしはひとまず秘密基地に残ることにした。ほむっちはい
つもの様にお茶をいれる。…ほむっちのお茶は味が薄い。でもこれが、彼女の味なんだ。
 「ふえ。わたしはおじゃまですか?」
 「そんなことないよ、トエルちゃんはここにいて良いんだよ?」
 「ふぇふぇ。わかりまんた」
 ガラにもなく気を使うトエル。そんな気遣いは無用とほむっちはトエルの事を撫でた。
 「ふえぇ!?」
 トエルは突然の事に奇声を上げてしまう。あ、なんだか今の可愛いな…。
 「あなた…今まで友達ができた事無いでしょ…?」
 「ふえぇ…」
 「隠さなくてもいいよ。友達慣れしてない感じだったし…でもよかった…」
 「…なにがですか」
 「今こうして…仲良く出来る相手がいるでしょ…?」
 「うん…」
 暖かい、全てを包み込んでくれるようなほむっちの笑顔がトエルの心の氷を溶かしていくように見えた。
 「ほら、私たちは同じ大地に住むもの。きっと仲良く……!?」
 そう言ってトエルの両手を握るほむっち。だけど一瞬…少し表情が崩れたように感じた。多分気のせいだろ
うけど…
 「…仲良く…できるはず…」
 ほむっちのその言葉で、今まであたし達はどれだけ救われてきたのだろうか?ほんと、こういう所だけは龍
神様みたいなんだから。
 「・・・・」

 トエルは何も言わなかった。彼女はきっと…

―作戦実行・当日の夜…―

 「おいお前ら、準備は良っか?」
 街を一望できる崖の上。マフラーとニット帽で顔を隠すタケゾーは同じような背格好の同士に確認をとる。
集まった人間は全員子供。戦力不足は顕著だ。無謀かつ孤独な戦いが、今…始まろうとしている。
 足が震え、力が入らない。それは皆同じ。怖いに決まっている。どうなるか分からない未来に幻視するの
は最悪の結末ばかりだ。いけない…こんなんじゃダメだ。
 「悪いな…お前らにも付き合わせちゃってさあ…」
 タケゾーは申し訳なさそうに言う。その言葉に反発するように声を上げるのは一人の男の子。
 「お、俺達だって皆の場所を、守りたいんだ!」
 そうだそうだと、子供達は次々に己の言葉を紡ぐ。
 「焔ちゃんを守りたい…!」
 「自分の住む街を守りたい…!」
 「俺達は…自分の意志で此処に集まったんだぜ、タケゾー!」
 気持ちはみんな一緒。覚悟が決まったのか、少年少女の体から、震えは消えていた。
 「皆…少し、いいか?」
 声のした方、火燐の方へと視線が集まる。彼女は静かに、しかしはっきりとした口調で語り始めた。
 「…私は…今でも人間が嫌いだ。だけど…お前達は…嫌いじゃない」
 「会えて良かったと思える人間は、後にも先にもお前達だけだ」
 「絶対に、勝とう。勝って、皆の未来を守るんだ…!」
 「お前達には…龍神様の加護が付いている…大義は我らにあり…私達にしか出来ない救世主物語、紡い
でやろうじゃないか!!」
 「狙うは開発計画の主導者!森喜久雄…いくぞおおおお!!」
 火燐の拳が空を突き上げる。それに続く子供達の慟哭。木々はざわめき、空気から湿気が吹っ飛んだ。
今宵、月は出ているか…?あたしは空を見上げる。するとそこには、丸いお月様。

 「いこう、タケゾー」
 「あぁ、カナミ」

 あたし達はそう、なんでもできる。あの頃のまま。ふたり一緒なら、何でもできるんだから…!

 「いくぞ…!!」
 街中を小さな影が走り去る。深夜、人々は寝静まり、街は異様な静寂に包まれていた。
 あたし達が目指すは、街の中心に高くそびえる役所ビル。あそこに全ての元凶が居る。前調べもバッチリ
だ。奴はあの建物から出ていない…物見の報告で分かっている。そして…警備の人間がいることも。
 「なぁ、タケゾー。お前が皆に配ったこの薬だけど…どうなんだ?」
 先頭を行くあたし達に話しかける一人の男の子。彼がその手に持っているのは…緑色の液体が入った注射器だった。
 「効き目は…使ってみないとわからん!」
 「おいおい…そんなんで大丈夫かよタケゾー…」

 「こんな夜中に!何者だ貴様等ーー!!」

 「…っと、現れなすったぜぇー…」
 「…丁度いい、この薬の効力…確かめさせてもらうか…!」
 警備隊の人間が二、三、前方から向かってくる。あたしとタケゾーの横を走っていた男の子は、いつの間に
か警備隊の人間の行く手を阻むようにして道の真中に仁王立ちしていた。やる気だ…
 「何だキサマァ…?」
 「子供の話を聞かない嫌な大人がどんな目に合うか…見せてやる!!」
 男の子は腕に注射器の針を当てる。そしてそのまま…それを注入した。
 「な…なんだコレ…体が…う…うあぁぁっぁああっっぁぁっぁっっぁぁぁあああああああああ!!!!」
 カランと、空っぽになった注射器が落ちる。男の子はみるみるその姿を変えて…
 「な、なな…化物だ…!!!!」
 「逃げ…」
 『逃がすか…』
 「ぎゃ…」
 鮮血が飛び散る。あっという間に大人三人が肉塊へと帰した。そこにいたものは…全身を黒い毛に纏わせる…異形。
 『す…すげぇよ…これ…力が…ドンドン湧いてくる…』
 「おい、何も殺さなくても……!」
 「どっちにしろ殺るか殺られるかナンだ…賽は投げられた!今更止めれない!後戻りはもうできない!」
 「そうだ!やってやる!俺だって…!」
 そうして、一人、また一人と黒い獣の姿へと変貌する子供達。
 かつての無邪気な少年少女の姿は…もう無い。

―――…

 『ここからは二手に分かれるぞ!僕達は敵を撹乱する!タケちゃん達は火燐連れてビルへ!!』
 「おう…お前ら…死ぬなよ!!」
 『ああ…!!』
 ビルとの距離が中頃に差し掛かった。あたし達は作戦通り隊を二つに裂き、大人数は敵の撹乱に。そして
タケゾー率いるあたし達少数は動乱に乗じてこっそりとビルに侵入する…という手筈になっている。
 「出おったな逆賊め!!」
 警備の人間もどんどん増えていく。タケゾーは腰の刀を抜いて警備隊の人間を切り捨てていく。
 「どけよ!えやッ!!」
 「ぐえぁ!!」
 一振り一振りがまるで振り子のように規則正しく、無駄がない。タケゾーは凄い剣術の持ち主、当然だ…
実戦経験が無くても平気で殺せちゃうんだもんな…あたしには絶対…ん?…なんだかタケゾーの声に元気がないな。
 「…どうしたの?タケゾー…」
 「俺…人殺してる…沢山…」
 その声は震えていた。ああ…そうか。平気な訳ないんだ…あたしは馬鹿だ…人を殺して平気な訳ないよ。
当たり前なのに…
 「俺…俺…」
 「逆賊め!覚悟!!」
 「…!?」
 大丈夫…あんた一人に…苦しい思いはさせないから…
 「あが…」
 ドサリと、男の巨体が倒れこむ。その胸には、氷の刃がいくつも刺さっていた。
 「カナミ…?」

 「あんたは一人じゃないよ。あたしがついてんじゃん」

―――…

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