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act.55

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act.55



「殺ろうと思えば殺れただろうに。甘いな、お前も」
ビィシュが背後から声を掛けてくる。リジュはうっすらと溜息を零して、「そうですね」と肯定した。
「無感情に殺せれば一番良かったんでしょうけど、容易くそうさせてくれない相手だったものですから……ね」

シアナとエレと、イザークと。共に過ごした日々が、記憶として浮かんだ。
「今までの思い出を断ち切れるほど、僕も酷ではなかったようです」
「さっきまで死闘を演じていた人間の言葉とは思えんな」
「僕は本気でしたよ。手は抜いてません」

それも、本気で戦って尚、シアナがエレが生き残ると信じてこそ。
仲間としてここまで歩んできた中で、紡がれた絆は確かにここにあったのだ。

「さて急ぎましょうか」
「ああ。そうだな……私達の敵はシアナでもエレでもない。国を侵す者共だ。今、力を発揮出来なかった分存分に戦場で暴れてくれ」
「はい。それは勿論――」


三人は駆けていた。
何処を目指すわけでもなく、ひたすらに処刑場から離れるべく、走る。
ヘイレズの丘から北へ、辿り着いたのは深い森だった。
木々が風に揺れてざわざわと囁いている。
時折、鳥の甲高い囀りが聴こえてきていた。

高く聳え立った樹木の傍に腰を下ろし、息を休める。

「さてと……これからどうしましょうか」

シアナはあっけらかんと言った。

「どうしようかって……あの、シアナ隊長。これからどうするか、何か考えてたんじゃないですか」
「考えてたら聞くまでもなくそうしてるわ」
「ってことはまさか」
「そう、考えなしにここまで来ちゃった――って言ったら怒る?」

イザークは「えええええ!!」と驚愕の叫びをあげて、髪の毛を掻き毟り始めた。
ここに画家がいたら、“苦悩する青年”とでも題を付けてキャンバスにこの光景を描き出すに違いない。
髪の毛をくしゃくしゃにした後で、彼は盛大な溜息を吐き出した。

「いえ、怒りません。怒りませんとも。隊長を炊きつけたのは僕ですからね。僕にも責任があります。
でもちょっと、予想外だったので。……びっくりしただけです」
「そう。じゃあ今日はこのあたりで野宿といきましょうか」
「……やっぱりそうなるんですね」

二人のやりとりを見て、今まで黙していたエレが毒づいた。

「相変わらず計画性も何もない女だ。
こんな奴が一個の隊の長を務めていたかと思うと、部下に憐憫さえ感じるな」

そうして、イザークに視線を向けた。

「た、隊長を馬鹿にしないで下さいよエレ隊長!! 
確かにシアナ隊長は猪突猛進ではねっかえりで後先考えないところがありますけど――」
「イザーク。私を怒らせたいの?」
「えっ、あっ、違いますよ!! 断固として違います!!」
「あんたの言い方だと、エレより馬鹿されてる気がするわ」
「隊長~!! そんなあ、僕が隊長を馬鹿にするわけないじゃないですか」
「ええい、寄るな鬱陶しい!!」

漫談を繰り広げる二人を眺めながら――エレは知らず顔に微笑を浮かべていた。

「……ふっ」


風が吹く。
月がいつの間にか空に顔を見せ始めていた。
徐々に下がってきた気温に、イザークは身体を震わせる。

「寒くなってきましたね。焚き火でも出来ればいいんですけど」
「イザーク、ここに火気はないわよ」
「そうなんですよね。あると便利なんですけど」
「……火、か。おい、そこの役立たず、枯れ木と枯れ葉を集めろ」

指名されたイザークは、「え? 僕ですか」と声をあげた。

「お前以外に誰がいる。とっととしろ、この能無し」
「ひ、酷すぎる……分かりました、集めればいいんですね集めれば。全く、人使いが荒いなあ」
「何か言ったか」
「いえ、何でもありません、集めてきます」

イザークの収穫によって集まった枯れ木と葉の山。
エレはぼそりと呟くと短い詠唱を始めた。
じわじわと周囲の温度が上昇する。
指の先を翳した瞬間、枯れ木は赤く燃え上がった。
煙を燻らせながら、ぱちぱちと焔が爆ぜている。

「うわ、凄い。これって魔術ですか、エレ隊長!!
ていうか魔術使えるんですね、凄いなあ」
「ふん。才あるものならばこれくらいのこと、誰でも鍛錬を積めば出来るようになる」
「へえ。じゃあ僕も出来ますかね」
「お前には才能がないから無理だ」
「…………」
「温かいわね……ありがとうエレ」
「ふん、この程度で礼などいらぬ」

三人は焚き火を取り囲んで再び座った。
膝を抱えて火を見つめるシアナ。
炎は嫌いだった。全てを奪っていったから。
だが目の前で燃えている火は優しく、温かかった。

「明日からどうしましょう」

イザークが誰に言うでもなく呟いた。
焚き火の中に、枯れ木を折って放り込むシアナ。

「そうね……とりあえず安全な場所まで行きましょうか。ここからもっと北に行くと、シルクレイスっていう町があるの。
昔、火災があって燃えてしまったけど、随分復興したって聞いてるから……」

考えていたのはこれからの事、そして残してきた隊員達のことだった。
シアナが誓いを破った背徳者と成り果てたと知ったら、彼らは落胆することだろう。
シアナが率いていた隊員達も、糾弾され汚名を着せられるかもしれない。


「……隊長、隊員達のこと、心配ですか?」
「ええ。何も説明しないで飛び出して来たのは不味かったかなって。
何を言っても今更だけど」
「ああ、それならご心配なく。僕が出発する前に説明してきましたから」
「えっ?」

いつの間に――準備にかかった時間はそう長くないはずだ。


「エレ隊長の事、シアナ隊長に話す前に、隊員達に説明しておいたんです。
もしかしたらこういう事態になるかもしれないって」
「みんな……何て?」

イザークは、にっこりと笑った。

「そりゃあ勿論、隊長の決めた心に従うって言ってました。
最初は危険だからって反対する奴もいましたけど……、皆理解してくれましたよ」
「……」
「シアナ隊長の部下なんですから、隊長の決断を重んじるのは当たり前じゃないですか。
だから、何も心配要らないと思います。きっと皆、今頃は――上手くやってると思いますよ。
第三騎士隊は。それと――エレ隊長の第二騎士隊も」
「イザーク……」
「やだなあ隊長、しんみりしないで下さいよ。今日は明日に備えて休みましょう!!」
「そうね」

三人は火の見張り順を決め、眠る事にした。
シアナが見張りを努める時間、起きてみるとそこにエレの姿はなかった。
シアナに見張りを受け渡すはずのイザークはすっかり就寝している。
「……まったく、もう」



シアナはエレを探す為にその場を離れた。
夜の森は暗く陰鬱な雰囲気を漂わせている。
いかにも妖鬼が這い出してきそうな空気だ。

星々が梢の隙間から姿を見せている。
草を踏みしめ、周囲を探索した。
エレはすぐ見つかった。
木々に囲まれた小さい池のほとりで、佇んでいる。
暗がりでよく見えないが、水面に目をやって考え事をしているようだった。

「エレ。どうしたのこんな遅くに」
「……お前か」

シアナを見ようともせずにエレは呟いた。

「眠れないの?」

エレの刻印は痛みを今も与えている筈だ。
耐え難い痛みによって眠れないとしても無理はない。
エレはその質問には答えず、話を始めた。








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