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海と山と狼と

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匿名ユーザー

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海と山と狼と


「終わったー」
シャーペンを置いて伸びをする。机の脇に置いてある時計は午後十時を指している。
高校最初の夏休み。どのくらいの宿題が出るのか少し心配していたが思ったよりは多くは無かった。
出していた筆記用具をしまい、宿題をまとめておく。
小学生の頃、わたしは宿題を毎日少しずつやることにしていた。今日はここからここまでと計画して
それを表にするほどだった。だけどその表を見るたびに「ああ、まだ宿題が残っているんだな」と
気持ちが落ち込んでしまいなんとなく夏休みが楽しめないでいた。
そこで考えたのが七月中に終わらせるということだ。
一番いいのは夏休み開始すぐに終わらせることなんだけどやはり入った直後というのはあまりやる気が
出ない。なので七月中とちょっと長めに期間を取り、八月のまるまる一ヶ月は心置きなく遊ぶことにしたのだ。
その習慣は中学生、そして現在になってもまだ続いている。今日は七月二十九日。一ヶ月と二日遊べる。
とは言っても中学生のときは吹奏楽部の練習があったけど創作部は夏休み中の活動はない。
アルバイトもしていないので早めに終わらせた分ちょっと暇な時間が出来てしまった。
どうしようかと考えていると携帯が鳴った。この着信音は創作部の誰かだ。
画面をタッチすると『北乃間 聖』と表示されていた。創作部の先輩はあまりメールをしない。
きたの先輩だけはやたらデコレーションされたメールをよく送ってくる。メールの文章だけ見ると
クラスの女子とあまり変わらない。最初受け取ったとき誰だかわからなかったくらいだ。
またくだらない内容かなと思ったら「来週の五日から三日間暇かな?」と書かれていた。
相変わらずデコレーションはたっぷりだが内容が今までになかったものだ。遊ぶためなら
三日間も必要ないだろうしもしかして九月にある文化祭の話し合いでもするのだろうか。
一応カレンダーを見るが何も予定は書かれていない。わたしの家では夏にどこかへ家族で行くというほど
お父さんに暇がないのでそういった心配はない。
「大丈夫ですよ」と送り返しておく。すぐに返信が返ってきた。携帯を握り締めているのだろうか。
「よし! じゃあ行こう!」
「どこへですか?」
「海」
海?

「海だ……」
八月五日月曜日。天気は晴れ。潮風が頬を撫でていく。そして目の前には大きな海原が広がっている。
わたしたちの町から電車を乗り継いで三時間。ちょっとお尻が痛い。
でも電車から降りて振り向いたときに見えるこの光景はその痛みを忘れさせるほどのものだった。
「この辺の海は綺麗ね。その割には人が少ないし砂浜だから楽しめるわよ」
「来たことあるんですか?」
「ええ。去年もここに来てるのよ。今はいない先輩も一緒にね」
「……高校三年生の夏休みに旅行していたのですか。その先輩は」
「ちょっと……いえ、かなり変わっていたからね。あの先輩は」
見たことの無い先輩に思いを馳せていると先に行っていたきたの先輩たちに呼ばれた。
無限先輩と改札を通ってみんなのところに行く。
「ここから三十分くらい歩くから飲み物買っておけよ。途中買える場所ないし。
 神楽坂歩けるか? 疲れてるなら先に行って自転車で迎えに来るけど」
「わたしは頑張れます。ありがとうございます」
「神楽坂はえらいなぁ。俺は無理そうだから自転車取ってこいよ」
「私も無理なのでそれに便乗しまーす」
矢崎先輩とソーニャ先輩がやる気なさげに手を上げる。この二人は結構仲がいいように見える。
もしも自転車があったら普通に二人乗りするだろう。危ないけどなんかちょっと羨ましい。
わたしの場合はきたの先輩と二人乗りになる。これはないかな。うん。
「てめぇらは歩け! じゃあ飲み物買っていくぞー」
おー、とみんながコブシを上げる。わたしも遅れて手を上げた。

目的地は海沿いではないらしくどんどんと海から離れていく。それにつれ山の色が濃くなってきた。
照り返しの強いアスファルトの道は気づいたら舗装されていない土の道になり
周りもちらほらあったコンクリートの建物は木造建築の家へと変わっていった。
木陰の道を通り抜けるとそこには畑が広がっていた。いきなり山の中へワープしたみたいだ。
普段は見られない光景をわたしは楽しみながら歩く。カメラを持ってこなかったことを後悔する。
太陽を追いかけるヒマワリ畑の見渡していると一軒の大きな日本家屋の前で止まった。
二階建てで瓦の屋根。縁側があり、庭には犬小屋まであった。物語の中のようだ。
きたの先輩は迷うことなく家の引き戸を開ける。
「とりあえず荷物置くか。上がっちまって」
「あ、あれ? 家の人は……?」
「ん? 知らん。この時間だと畑に行ってるんじゃないかな」
さっき鍵を開けるそぶりがなかったような気がする。開けっ放しだったのか。
でもいわゆる田舎というのではそういうのが普通なのかな。
先輩たちは遠慮なく上がっていくのでお邪魔しますと言いながら家に上がる。人が出てくる気配はない。
「部屋どうする? 一緒でいいかな」
「北乃門くん」
「はい。部長。すみませんでした。前回と同じ部屋にします」
案内された部屋は襖で仕切られた畳の部屋で廊下に面している障子が張られた一角からは庭を見渡せた。
なんだかとても田舎の祖父母の家って感じがする。わたしの祖父母は都会住みだから余計にそう感じる。
「こっちが女子三人であっちが男二人な。布団はあっちにしまってあるから夜になったら出すか」
「そうね。数は足りてるの?」
「あー、どうだろ。去年しまったままなら足りるはずだけどちょっと出してみるか」
みんなで押入れから布団を取り出していく。ちゃんと五組あるようだ。枕もある。
少しほこりっぽいので縁側ではたき、そのまま日光の当たる場所に置いておく。
さてとどうしようかと言っていると玄関が開く音がした。誰かが帰ってきたようだ。
みんなで連なって挨拶に行く。
「あれ、聖じゃないか。どうしたんだ?」
玄関には買い物袋を持った二十台ぐらいの眼鏡をかけたカーキ色のカーゴパンツに黒いTシャツを着た男性がいた。
てっきりきたの先輩の祖父母の家かと思っていたが違うのだろうか。
「じーちゃんたちに聞いてない? 今日から三日間くらいいるんだけど。つーかなんでおっさんがいんの?」
「今なんもやってないし暇だからこっちに来てんだよ。じーさんたちなんも言ってなかったけどな」
「そっか。まぁいいや。俺の部活の友達ね」
みんなそれぞればらばらの挨拶をしながら頭を下げる。先輩達もどうやら初対面のようだ。
「そんでこっちの眼鏡のおっさんが俺の……なんだっけな。とりあえず親戚」
「どうも、おっさんです。さん付けで呼ぶときはおっさんさんでお願いします」
おっさんと言うには少々若く見えるが本名がわからない以上はおっさんと呼ぶしかない。
親戚と紹介したが顔が整ってて髪が色が茶に近いきたの先輩と比べるととても似ていない。
遠縁の親戚なのだろう。
「つーかさ、そっちもじーさんたちのこと聞いてないのか」
「なにを?」
「詳しくは知らんが山向こうの家に行っちまったぞ。一昨日から」
「なにそれ、聞いてないぞ。どんくらいで帰って来るんだろう」
「土曜には帰ってくるんじゃないかな。何日いんの?」
「三日間……。おっさん飯とかどうしてんだよ」
「そら、これよ」
買い物袋を広げる。中には種類様々なインスタントが詰め込まれている。
こんなところまで来てインスタントを食べるというのはどうなんだろうか。うーむ。

「畑から野菜でも採ってきてお前らは自炊するんだな。はっはっは」
笑いながら上がろうとして止まる。
「俺、離れのほうにいるわ。あっちもちゃんと必要なものはあるし」
「別に気を使わなくていいぜ?」
「俺が使うんだよ。それに若い高校生の男女が同じ屋根の下三日間自炊して暮らすなんて」
ああ、すごくいやらしい笑い顔だ。どうみてもおっさんだ。なんかにゅふにゅふ笑ってるし。
「つーことでこのレトルト持って離れ行くからお前らは頑張れ。必要なものがあったらメールしてから来るわ」
「別にメールしなくても……」
「そりゃ突然来られて困るような状態だったらやだろ?」
「わかったからもう出て行け!」
先ほどまでの痩せ気味ではあるけどちょっと知的な青年姿はどこへやら。よくわからないおっさんと化した
おっさんはにゅふにゅふ笑いながら買い物袋を持って出て行った。
「これだからおっさんは」
「いつもあんな感じなのか」
「ああ、いつもだ。引きこもりのニートの癖に妙に口が回るというかなんというか。
 とりあえずおっさんは置いといてそうなると飯をどうするかな」
「言われたとおり自炊するしかないんじゃないかしら。お店とかどこにあるの?」
「町のほう……。ああ、駅のほうな。あっちまで行かないとないな。この辺りは畑と山と森だけだ」
「まずは何があるか見よう」
そんなわけで一同台所へ行く。
冷蔵庫の中は調理する人間がいなくなったので空っぽだった。麦茶だけがちゃんと蓄えられている。
お米のほうは十二分にあるようだ。調味料も一通りある。無いのは本当におかずだけ。
「仕方ない。自炊しよう。ちなみに俺は料理出来ないぞ」
「俺も出来ないな」
男性陣の視線がわたしたちに注がれる。既にソーニャ先輩はあちら側にいる。
無限先輩と目を合わせる。
「私達がやるしかないようね。私も料理なんてあまりしないんだけど」
「頑張りましょう。無限先輩」
「じゃあ買出し組と野菜収穫組に分かれるか」
「聖は野菜収穫組として調理担当は買出し組になったほうがいいのかな」
「そもそも野菜って何があるのかしら」
「知らん。キュウリがあるのは覚えてる」
「とりあえずじゃんけんでいいよ。はい、最初はグー。じゃーんけーん」

「あづい……」
カンカン照りの太陽の下。野菜を収穫しては袋にそっと入れる。隣でソーニャ先輩が死に掛けている。
その割には動作はてきぱきして慣れているように見える。
「じゃんけんで分かれたんだから仕方ないですよ。今頃矢崎先輩と無限先輩は……」
自転車に乗っていこうという話だったが使えるのが一台しか残っておらず、しかし歩いていくのは面倒
ということで矢崎先輩が漕いで、荷台に無限先輩が乗るという形で旅立った。もちろん二人乗りは
本来は良くないので人がいないところだけと言っていた。しかしこういうのに厳しそうな無限先輩が
二人乗りをするというのは意外だ。もしやと勘繰ってしまう。気になる。
「警官に補導されてたりしてな」
「それ笑えないですよ。ソーニャ先輩収穫とかやったことあるんですか?
 普段と比べてずいぶんとてきぱき動いてますけど」
「いつだって私はてきぱきしているが……」
うーんと唸りながら頭を掻く。
「収穫作業なんてやったはない。と言い切れるんだがなぜかやったような気もするんだよな」
「なんですか、それ」
「私にもわからん。夢の中でやったのかな」
「変な夢を見るんですね。これだけあれば十分かな」
袋に詰め込まれた野菜を数える。今日のメニューは手軽でおいしいカレーとサラダになった。
おでこの汗を首にかけたタオルで拭い、立ち上がる。

「帰りますよ。先輩」
「うー……」
ソーニャ先輩を引っ張って立たせる。夏だと言うのにこの人の手はなんて白いんだ。
髪も瞳の色さえ白に近い。文字通り白人だ。
「……美希ちゃん。私の手をそんなに見つめても何も起きないよ」
「あ、いえ、失礼しました。夏ですし少し小麦色にしたらどうですか?」
「いやだよー。肌がひりひりして痛くなるもん」
「でも白いと小麦のコントラストはいいと思います」
どこにいたのかいきなりきたの先輩が出てきた。無限先輩と二人でいたのですっかり存在を忘れていた。
ちゃんと野菜は持っているしさぼってはいなかったようだ。
「白い肌に小麦のコントラストは」
「いいです。二回言わなくて。聞こえてますので」
「お前は本当に欲望に素直だな。生きててさぞかし楽しいだろう」
「そりゃ折角の人生だ。楽しまないともったいないだろ? それに今なんて両手に花だ」
そういって笑う。その姿は間違いなくイケメンだしこれだけを見れば女性を惹かせるだけの魅力はある。
外では割と好青年っぽいしわたしの周りの評価もいい。ある意味彼女が出来ないのは不思議と言えば不思議。
花と言いつつさりげなく手を握ろうとしてきたので回避する。ソーニャ先輩は抓っている。
「これ置いて帰ろうか」
「そうですね」
「いてて。悪かったよ。お詫びにいいところ連れて行ってあげるよ」
「なんか言い方がいやらしい」
「ごめんなさい。知らない人には付いて行くなとしつけられているので」
「いやらしくないよ! 知ってる人だよ! ちょっと涼しくなれそうな場所があるから寄り道しないかって
 言おうと思ったんだ」
「コンビニとか川でもあるんですか?」
「ふふふ、それは着いてのお楽しみ。じゃあ行こうか」
この溶けてしまいそうな暑さの中、涼しくなれる場所と聞くとちょっと気になってしまう。
ソーニャ先輩も同じらしく興味がありそうだ。おとなしく着いていくことにした。
十分ほど歩き、とある森の前にたどり着く。目の前には階段があり奥へと伸びている。
人気はなく少々薄暗い。蝉の声がやかましく聞こえているのになんだか異質な場所に見える。
「この先に社があるんだよ。それまでずっとこの森の道でさ。肝試しなんかによく使うらしいぜ」
「そういう意味で涼しくなるってことか。登るの?」
「いや、行くにしても今日はやめておこう。みんなで来たほうが楽しいだろう」
個人的にはあまり来たくない。良く見ると入り口の両脇に妙な像がある。あれは犬だろうか。
もう一度階段を見る。ある程度奥まで行くと曲がっているので社というのは見えない。
この森の奥に何かがいる。そう思うとぞっとする。わたしはその何かがいる近くで寝泊りするのだ。
しかし帰り道ではきたの先輩が中学の頃にやったくだらない失敗談で盛り上がったので
帰宅したときには先ほどの恐怖心はすっかりなくなっていた。

「夏と言えば怪談だよな」
割と好評だった夕飯を済ませ、洗物をやり終えたきたの先輩がおもむろにそんなことを言う。
時間はまだ八時を少しばかり過ぎたところだ。
「怪談話をするのはいいけどその前にお風呂に入らせてほしいわ」
「そうだな。みんな汗かいてるだろうし」
「ということで男子からちゃっちゃと入って来てよ」
これからだったのに、とぶつくさ文句を言うきたの先輩を連れて矢崎先輩が出て行った。
怪談と言ってもわたしは怖い話を知らない。そういうのを避けるようにしていた。
「しかし年頃の男女が同じ屋根の下か……」
ソーニャ先輩がぽつりと呟く。無限先輩がいぶかしげにソーニャ先輩を見る。
「何か起きてほしいの?」
「そういうわけでもないけどさ。てっきり去年と同じようにきたののおばあちゃんたちがいると思ってたから」
「そればっかりは北乃門くんも予想外だったみたいね。もしも計画的にこの状況にしたなら
 少しばかしお仕置きしたかもしれないけど」
ふふふと無限先輩が妖しく笑う。たまにこういうことをほのめかすことはあったが実際に執行されているのは
見たことが無い。ただ普段の無限先輩ときたの先輩を見ているとその名を出すだけでも効果はあるようだ。
「そういえば町行くとき結局自転車乗ったの?」
「乗ったわよ。嫌な音がするから結構怖かったけど……」
「やっぱり矢崎が漕いで桃花が荷台に座って背中に抱き付いてたんだろ?」
「そうでもしないと怖くて乗れないわ」
やっぱり乗ったんだ。無限先輩が後ろから抱き着いて。
夏の日差しの中を古びた自転車を軋ませながら一生懸命漕ぐ矢崎先輩と笑いながら後ろから抱きつく無限先輩
の図が鮮明に頭に浮かぶ。でも無限先輩はこんなに笑わないよね。うん。
ソーニャ先輩が例のおっさんみたいな笑みを浮かべる。
「その凶悪なモノを押し付けたんですよねぇ。どうでした? 矢崎の背中の感想は?」
「酔っ払いじゃあるまいし変な質問しない」
手刀でソーニャ先輩の頭を軽く叩く。慣れたものだ。時折ソーニャ先輩はこんなよくわからない質問をする。
でも今回はちょっと答えてほしかった。先輩の背中はどうだったのだろうか。
「でも自転車の二人乗りなんてよくお前がやる気になったな。本当はやりたかったんじゃないの?」
「ええ。やってみたかったわ」
「えっ!?」
思わず声を上げて驚く。その声に二人が驚いている。私もこんな声が出ると思っていなかった。
でも今、無限先輩は認めたのだ。
「や、矢崎先輩とふ、二人乗りしたかったんですかっ!?」
「ちょ、ちょっと落ち着いて。神楽坂さん。別に矢崎くんとに限らず二人乗りの後ろに乗ってみたかったのよ。
 別に前に誰がいてもいいのよ」
「きたのでも?」
「え、ええ。もちろん。別に神楽坂さんでもシカでもよかったわ」
なんだか少し慌ててるように見えるがそれはわたしが突然爆発したせいだろう。なんだかみっともない。
気づいたら立ち上がっていたので腰を下ろす。

「すみません……。大声出して……」
「気にしなくていいわ。普段あまり大きな声出さないからびっくりしただけだから」
「いやー、まさか美希ちゃんがそんなに二人乗りしたいなんて」
そこではない。そこではないがそう思っていてくれるならそれでいい。でも無限先輩は何かを察したような
顔だ。あまり意識しないようにしていたのにこんな状況になっちゃったから。
「上がったよー。ん? なんで神楽坂顔赤いの?」
「乙女の秘密よ。さ、私達も入りましょう」
顔が赤いなんて気づかなかった。わたしは逃げるように部屋へ着替えを取りに行った。
ちなみにお風呂は思ったより大きかった。きたの先輩曰く
「親族の子供が集まった時に困らないように風呂とトイレは新しいのを導入」しているそうだ。
家のほとんどが古き日本家屋だと言うのにそこだけがまるで異次元かのように進歩していた。
お風呂から上がり居間に戻るとおっさんが縁側に座っていた。
わたしたちを見ると例のいやらしい顔になる。
「いやー眼福だねぇ。たまには外に出てみるもんだ」
「おっさん本当に俺達が来ることを知らなかったのか? 狙ってないか?」
「信用ないな。俺はそもそも迎え狼を見に来たんだよ」
「迎え狼?」
「ああ。こっちのほうでは狼は死者を護衛してくれる神聖な動物となっててね。
 だから十三日から十七日まで行われる盆を迎えるその一週間前に先に狼を迎えて
 盆までもてなすって習慣があるんだ」
お盆と言えば十五日の一日だけ指すものだと思っていたがこちらではかなり長い期間のことを言うようだ。
十三日の一週間前ということは……。
「丁度明日からなんですね」
「うむ。だから町では明日お祭りがあるぞ。行って来ればいいさ」
ということは明日の夕飯は作らなくていいのかな。何作ろうかちょっと迷ってたから助かる。
浴衣とか持ってきて無いけどそれは仕方がないこと。
「それで今日収穫した野菜が余ってたら少しくれるか? あと肉もあるといい」
肉は全部使ったはずだが野菜は残っていたはずだ。無限先輩が台所からキュウリなどを持ってくる。
おっさんはそれを笊に綺麗に持って、庭にある犬小屋のまえに置く。
そういえば小屋があるのに犬の姿は見ていない。どんなのが出てくるかと見ていたが出てくる気配がない。
「今日の日付が変わったら狼がうちの犬小屋に来る。供え物は俺が出すから心配しなくていいが
 犬小屋の周りで遊んだりはしないようにな」
「じゃああの犬小屋は元からそのために?」
「そうだ。まぁ神聖なる狼の仮住まいにしてはちょっと普通すぎるけどな」
確かにどこからどうみても普通の犬小屋だ。とてもじゃないが先祖の霊を護衛する重役の仮宿には見えない。
しかしそう言われるとなぜか不思議な力が込められているように見えてくる。
「ま、そういうわけだ。じゃあ俺は戻るわ」
おっさんは別れの挨拶をして夜の闇へと消えていった。離れというのがどこにあるのかわからないが
こんな暗闇でも明かりなしでいけるということは思ったより近いのかもしれない。
その後、みんなで話をしながら日付が変わるのを待っていたが昼間に慣れないことをやって疲れが溜まっていた
のか睡魔に襲われて、気づいたら布団の中で眠っていた。



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