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怒れる女神と破壊と刑罰

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怒れる女神と破壊と刑罰

投稿日時:2010/12/03(金) 07:23:27


 ふわり、と、それは現れた。
 かつて見た時とは違い、それは冷たい雰囲気を纏い、そしてどこまでも、蒼い。蒼い。
 スカイブルーの豊かな頭髪はそれが動く度に重量感を持って揺らめいた。
 簡素でありながら気品を讃えた髪飾りと、豪勢なドレスを身に纏い、一見する限りでは一個の芸術作品のような完成された見映えだった。

 H・クリーシェ。創発の女神。全ての創作者の守護神であり、そしてそれら全てを愛し、そして、己は何も生み出せない。
 悲しい宿命なのだ。彼女は創作の守護神でありながら、創作する力を有していないのだから。
 むしろ、彼女の力は彼女がもっとも忌み嫌う者達と同じなのだ。彼女は、創発の女神でありながら、破壊神でもある。
 積み重ねて来た物、多くの思いが詰まった物、奇跡的な閃きと幸運によって生み出された物。
 彼女は一瞬で壊す事が出来る。全てを無に変える、壊す力。全てを飲み込む、蒼の闇。

 それが彼女の裏の顔なのだ。
 彼女はこの力を嫌う。創作者を愛するが故に、反対の事しか出来ない自分が好きにはれないのだ。
 そして、創作と反対の事を行う者には一切の慈悲を持たない。嫌いだからだ。

「駄目よ」

 その言葉はある男へと向けられた。
 彼は決して彼女が嫌う壊す者では無い。だが、今の感情はまさしく、壊す者達と同様になっていた。

「あなたはそれを行うべきではない」

 動けなかった。男はただ黙って、女神を見つめているしかない。
 彼女の纏うオーラは守護神のそれでは無かった。真逆の、恐ろしく冷たく、地獄の深遠から湧き出るような静かな怒り。
 何の遠慮も無い、無慈悲な気配。それはつまり、殺気。

「あの者を消すのはあなたでは無い。あなたに何が出来るの? いくら知恵を絞ろうが、所詮は火に油を注ぐだけよ。
 その結果どうなるか、あなたでも想像がつくでしょう。
 一度そうなれば、私はあなたを愛する事など出来なくなる。私が忌み嫌う、壊す者達と同様、あなたを殺してしまうでしょう。
 今日は警告。
 あなたがいかに愚かか、それを知て。そして踏み止まって。まだ私があなたを愛している内に……」

 クリーシェの右手がそっと、男の頭部へ当てられた。冷たかった。体温が無いのかと思わせるほどに。なれば外気温に馴染んでいるのかといえば、違う。
 もっと冷たい。あらゆる熱を奪い、それでもなお温度を下げようとしている。活性の真逆。加熱の反対。
 振動する分子の運動を止め、やがては分子結合すら解いてしまうのではないかというほど、それは冷たい。
 ただ冷たいだけでは無い事は、男には理解出来た。
 彼女の雰囲気がそれを助長させるのだ。

 H・クリーシェ。創発の女神。
 そして、地獄の執行官。

 古くから、刑罰の最高刑は死刑である。
 人体を破壊し、奪い、憎悪と怒りを込めて苦痛を与え、そして殺す。文字通り、神の創作物である人間を破壊するのだ。
 命を奪うだけでは足りない。心も身体も、魂さえも徹底的に壊す。歴史の教科書には載らないが、しかし古代より確実に行われてきた凄惨極まりない苦痛の為の儀式。
 使い古された刑罰。それが死刑。

「見るがいいわ。私によって破壊されゆく者達を。あなたはこのヴィジョンを見て、思い止まって。
 あなたが見るのは他人の苦痛だけど、それでも覚悟は必要でしょう。それが私があなたにに与えるささやかな罰。
 逃げず、見届けて。
 破壊する事でしか自己を確立出来ないと思い違った者の末路を……」

 クリーシェは怒りに満ちている。
 その後に見せられたヴィジョンは、言語を絶する凄まじい物だった、としか言えない光景だった。
 人間が生み出した恐るべき悪意の所業を、クリーシェは忠実にこなしてみせたのだ。

「本来ならば苦痛など与える必要は無いの。
 壊す者達、それはそうなってしまった時点で、十分な不幸だから。
 でも私は、護らなくてはならない。だから、壊す者達を壊す。
 あなたがそれになる必要は無い。何をすべきかは言わなくても解るはず。創ればいいの」

 すっと、彼女の手が離れる。
 女神は最後、非常に悲しげでありながら、怒れる女神の声を持って、耳元で囁いた。

「覚えておいて。私は、怖い女神なのよ」




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