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オオタカと人間の女の子「キロロの森」4「涙の向こう側」

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後半にちょっとだけグロテスクな描写があるので注意。

キロロの森 4 5-490様

ガルスが、テンカクに命を助けられた日から、ちょうど二日ばかり経った。ガルスは巣の近くの梢に止まり、風を受けていた。
全身を柔らかく撫でつける風は、いつも通り暖かく、木々の間から差し込む光もまた優しい。森は、一見穏やかそうに見えていた。だが…。
ガルスがじっと見つめる先に、弱々しく枯れた木が数本生えていた。
―金色の魔女が、この森を破壊しようとしている…。
テンカクの言葉が脳裏をよぎる。
あの言葉に、証拠はない。だが、かと言って絶対に嘘とも言い切れない。理由はわからないが、この森の異変に金色の魔女が関わっているのは本当だろう。
ガルスは悶々とその事ばかり考えていた…その時。
「お待たせー、ガルスー」
背後から少女の声が彼を呼んだ。
振り返ると、ガルスの止まっている木の根元に声の主、アリクがいた。
「もういいのか」
ガルスはアリクのそばに降りたっていう。
「うん、出発の準備って言っても、そんなに荷物なんてないし」
アリクは頭の小さな触角を揺らしながら言った。

「………」
ガルスはその小さな触角を見つめた。
こいつには、魔力が備わっている。それも膨大な量の魔力が。
「…何?どうかした?」
きょとんとしたアリクが小首を傾げながら尋ねる。
「…いや、お前…」
「いやー思い出した!思い出した!」
しゃべりかけたガルスの言葉を間抜けな声が遮った。
奥の木のウロの中から、テンカクがひょっこりと飛び出してきた。
「思い出したって、何が?」
「金色の魔女の師匠さ!確か、あの人にゃ“アル・ペテ”って言う魔法を教えた師匠が居たはずだ!」
テンカクはやや興奮しながら言った。
「本当か!?」
「ああ!昔本人から聞いたから間違いない。そのアル・ペテって人なら…きっとミコの呪いだって解けるはずだ!」
その言葉に、アリクの表情が微かにほころんだ。
「じゃあ、そのアル・ペテって奴を探せば良いんだな」
「ああ。…でも、この森のどこにいるかまではちょっと…わからないんだ。ごめんな」
「…ううん、それだけでも十分。ありがとう」
アリクはテンカクに向かって微笑むと踵を返した。が、その時。
「…!」
彼女はとっさに、肩口を抑えた。

「…どうかしたか?」
ガルスは振り向き訝しげに尋ねたが、アリクは小さく、何でもない、と言った。
「…それじゃ、色々と世話になったな、テンカク」
「…いいさ、久しぶりの客だったし、暇つぶしになったよ。…じゃあな、無事を祈ってる」
そう言うとテンカクは、少しだけ照れくさそうに尻尾をひらひらと振った。
ガルスは少しだけ会釈して、それからゆっくりと飛び立った。

第四話 涙の向こう側

森の上空すれすれを飛びつづけるガルス。はやくアル・ペテと言う人物を探さなくては、アリクは虫になってしまう。更に、自分も金色の魔女に命を狙われている身だ。うかうかしてると、いつまたあの魔女に見つかるかわからない。
早速そこらの虫にでも聞き込みしたいところだが…その前に。
「…あのさ、さっき言いそびれた事なんだが」
ガルスは、背中に乗せたアリクに話しかけた。
「………」
だが、返事はなかった。
「…おい?どうしたアリク」
「……んぁ、ん、何?」
少し間を置いて、寝ぼけた声が聞こえた。どうやら眠っていたらしい。

「何だよ、眠いのか?」
「んー…大丈夫。何?」
「…昨日、テンカクに聞いたぞ。その…お前、魔力が有るんだってな」
「…うん」
「…そうか…それって生まれつきなのか?」
「…憶えてない」
そこで会話は途切れた。本人から確認がてら詳しい話を聞こうと思ったのだが、眠気のせいか話は続かなかった。
「…私ね」
ガルスが何か別の話題でも振ろうかと思考を巡らせていると、アリクの方からポツリと話し始めた。
「…ここに、この森に来る前は、もっと別の…都会の方に住んでたの」
「へ…え。それで?」
アリクが急に話し始めたことに若干戸惑いつつ、ガルスは続きを促した。
「ガルスは、学校って知ってる?」
「…まあ、話は聞いた事ある。人間の子供が一杯居るとか何とか」
「…私もね、その学校に通ってたんだ。そこで…私、魔女って呼ばれてた」
「…魔女」
「…うん。…まぁ他にも色々言われてたけど。それで…何て言うかな、都会が、ていうか、人間の世界が、嫌になったの」
「………」
「本当、嫌になったから、誰も居ないところで独りで生きていこうと思ったの」
「…それで、この森に…」
「…うん。…でも…こんな目に会うなら…。…会うって、知ってたら…」
少しおいて、息を深く吸い込む音がした。
「この森には…こなかったかもなぁ…」
二人は、それからしばらく何も言わなかった。
空が、いつの間にかうっすらと曇り始めていた。

しばらくして、二人はユタ川のほとりで休憩する事にした。
飛びつかれて渇いた喉を潤すガルスの横で、眠気覚ましに顔を洗うアリク。
「…はぁ。そう簡単に見つかりゃしないと思ってたが、想像以上に難しそうだな」
先ほどから、沢山の虫や小動物やらに聞き込みを続けていたが、これといった情報はこれっぽっちも見つからなかった。
「うん…でも、今は情報を探すしかないんだし…」
「…そうだな、解決には着実に近づいてるんだ。もっと気合い入れて探すか」
そう言うとガルスは意気込んで翼をはためかせた。
「………あの、ありがとうね、今更だけど」
「…何だよ改まって」
「ただ言いたかっただけ」
「…ふーん、まあ何でもいいや、終わったんならさっさと行くぞ」
「うん」
アリクは、ゆっくりと立ち上がりガルスのそばに歩み寄った。
その時。
「…けてー」
どこからともなく声が聞こえた。
「ん?ガルスなんか言った?」
「あ?何が?」
「………」
押し黙るアリク。静寂が二人を包む。すると、またしばらくして。

「…すけてー」
再び、今度はさっきよりはっきりと、声が聞こえた。
「…やっぱり何か聞こえる!さっきより大きくなってる!」
「何か川の方から聞こえたような…」
ガルスは言いながら川辺に近づき、上流を覗いた。
すると、
「助けてー!!」
やはり、何者かが川の上流から下流へと流されていった。
「みっ…見てないでっ…助けてー!!」
何者かは傍観する二人に気づくと、必死な様子で助けを求めた。
「わっ…誰か流されてる!?」
「あーあ…誰だか知んねーがドジな奴だな」
「かっ…可哀想だし助けてあげよう?」
何者かはあっという間に下流へと流され、小さくなっていく。
「…しょうがねーな」
ガルスは面倒臭そうに翼を広げ、流されてゆく何者かを追いかけた。上空から狙いを定め、一気に急降下する。
ばしゃり、と水が跳ね、次の瞬間ガルスの足の中に何者かが収まっていた。ガルスはそのままゆっくりと旋回し、先ほどの川辺へと戻ってきた。
足で捕らえていた何者かをぽいと放り投げると、自分もその後ろに着地した。

「がっはっげへげへっ…げふぅ」
放り投げられたそいつはむせながら無様に地べたに転がった。
「だっ大丈夫ですか…ってああっ!!」
すぐさま駆け寄ろうとしたアリクの足が止まった。
「こっこの人…この間のカエル!!」
地面に転がっていたのは、数日前アリクにセクハラをしてガルスに追い払われた、あのアマガエルだった。

「…いやぁ~ホンット助かったよぉ!ありがとうねホントに!うん!」
「…はぁ」
助けられてから数分後。さっきまで溺れて死にかけた事などまるで嘘のようにカエルはピンピンしていた。
「いやさー、ちょっと向こう岸に渡ろうと思ったんだけど意外に深いのねこの川!おれあんまり泳ぐの得意じゃなくってさー、流されちゃったよ!」
そう言うとカエルは大きく口を開け笑った。
「…いやいやカエルの癖に泳ぎが下手ってどういう了見だお前」
「どういう了見って言われても!こればっかりは生まれつきで」
ぺちり、と自分の頭を叩くカエル。そしてまた一人爆笑する。
「…時間の無駄だったかもな」
「…いや…そんなことないよ…多分」
カエルを見てしらける二人だったが、ふとアリクがあることを思い立った。

「あ…ねえカエルさん」
「やだなぁカエルさんだなんて!おれと君の仲じゃない!おれピートっていうんだ、ピ・イ・トでいいよ!」
一人テンションの高いカエルに気圧されながらもアリクは続ける。
「う、うん。あのねピート」
「うははい!ピートって呼ばれちゃった!ピートって」
「聞けよ」
「はい」
ピートがあまりに話を聞こうとしないので、ガルスは足で踏みつけ押さえた。
「あ…あのね、私たち…アル・ペテっていう人を探してるんだけど…知らない?」
どうせ知ってるはずはない、とは二人とも分かっていた。でも、今はそうするしかなかった。
「うーん…知らないなあ」
まあ、予想通りだったがやはり二人は僅かに落胆した。
「…ま、だろうな。おい、もう気が済んだか、行くぞ」
そう言うとガルスはピートを踏んでいた足をどかした。アリクもうん、と答えてその場を離れる。
「あー!もう行っちゃうの!待ってよ!」
ピートは慌ててアリクに縋った。
「わぁ!?」
アリクは勢い良くピートがのしかかったので、前のめりに倒れかかった。

「おい何してやがんだ、離れろよ」
ガルスはピートをぎろりと睨みつけた。
「そうカタいこと言わないでよ、おれそのアル何とかって奴は知らないけど、すっごい良い場所知ってんだ!」
「だから何だ、良いから離れろ」
「だからー助けてもらったお礼に、今からあんたたちを連れていきたいんだ、来てよ!」
「知るか!こちとらそんな暇ねえんだ、さっさとどけ!」
「わ、私は…ちょっとだけなら…いいよ」
ピートの体の下で、アリクは押し殺すように、呻くように言った。
「ほんと!?」
ピートはそれを聞くとようやく離れた。
「んじゃーこっちこっち!」
嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねていく。
「…おい、良いのか」
「うん…私は、大丈夫だから」
アリクはそう言うと、力なく微笑んだ。

先ほどの川辺をさかのぼってしばらく歩く。空は灰色が濃くなって、空気は湿気を帯びてきた。
「えーと、この辺りなんだよなあ」
しばらくすると、ピートは川辺をそれて森の中をうろつき始めた。
「おい、早くしろよ」
「ちょっと待っ…あっ!あった!こっちだ!」

そう言うとどんどん深く入っていくピート。二人はその背中を黙って追いかけた。
「あった、ここだここだ」
ついた先には、ずうっと天まで届きそうな程の、巨大な木がそびえ立っていた。
「うわあ…おっきい木」
「何だよ、いい場所ってこれか?」
ガルスは心底がっかりしたように言った。確かにこの巨木は迫力があるが、この森では珍しい物でも無い。これ位の木は他にも幾つか生えている。
「違う違う、案内したいのはこっち」
ピートは木の根元をぴょんぴょんと回り込んでいく。
そこには、大きな穴が開いていた。木の根を掘り起こして作られた穴だ。
「この中なんだ。入って」
ピートは中へどんどん潜り込んでいく。アリクもガルスの背中を降り、その後に続いた。
「大丈夫?狭くない?」
「…まあな」
三人の中で一番大きいガルスは精一杯身を屈めているせいで進みづらそうだった。
「大丈夫、もうちょっと行けば広くなるから!」
ピートはずんずん前へ進んでいく。しばらく進むと、その言葉通り広い部屋に出た。
その瞬間、三人の前に淡く瞬く光が広がった。

「…うわあ、すごい」
石だ。石が、淡く、それでいてどこまでも青く透き通る光を放っている。
そんな石が、何十と部屋の中に佇んでいた。さらにその石の細かい粒が壁や天井にも散らばっており、それはまるで夜空の中に居るようだった。
「…へえ」
ガルスも、これには感嘆の息をもらした。
「どーだ、凄いだろ?ここ、誰も知らない、おれだけの秘密の場所なんだ!」
「凄い…光が体の奥まで入って来るみたい」
「ああ…こんな場所があるなんて今まで知らなかったな」
二人はその幻想的な光景にしばらく魅入っていた。
「…じゃあ、おれはもう気が済んだから、行くよ!後は二人でごゆっくり!」
気がつくと、ピートは来た道を引き返すところだった。
「ありがとう、こんな素敵な場所教えてくれて」
ピートはそれを聞くと満足そうににんまり笑って、ぴょんと跳んでいった。
「…はぁ。それにしても綺麗だね…ずっと見てたいね」
「ああ…でも、そう言う訳にもいかないだろ」
「…うん、わかってる…でもここにいると、なんか…色々忘れられる」
アリクは、そばに佇む大きな石に手を伸ばし、そっと触れた。ひんやりとした感触が伝わった。細い手が、青白く照らされた。

「…このまま全部忘れられれば良いのに」
「………」
二人はそれから、何も言わなかった。ただ、青い光を見つめていた。

しばらく二人は光を見つめていた。だが、もういい加減行かなくてはならない。ピートに付き合っただけでも、かなりの時間をロスしているのだ。
「…おい、そろそろ…」
「…うん、ちょっと寄り道しちゃったね。早くアル・ペテさんを探さないと」
「呼んだ?」
「ああ、早くしな…え?」
一瞬、二人は何が起きたのかわからなかった。ぽかんとする二人に追い討ちをかけるように再び声がする。
「さっき、私の名前を呼んだだろう、何か用かい?」
どこかのんびりして、深みのある声。二人は思わずきょろきょろ辺りを見回した。
「だっ…誰?どこにいるの?」
「自分で呼んでおいて誰はないだろう、ここにいるよ、おまいさんの後ろ」
声によばれて、アリクはとっさに振り向いた。だが、そこにあるのは先ほどから光を放っている石だけだった。
「?あの…?」
「おや、鈍い娘だなぁ。石が喋るのがそんなにおかしいかい?」
声は、少し呆れたような口調で喋った。
「…じゃあ、じゃあ、あなたが…?」
石は言った。
「私がアル・ペテだが、何か?」


「…なるほどなあ、そういうことが」
目の前の石、アル・ペテはそう言うとふーむ、と考え込んだ。
二人はまだ目の前で起こった事が信じられずにいた。まさかあのピートのわがままにつき合わされた事で、こんなに早く探し物が見つかるなんて。
「あいつ…ただの馬鹿かと思ってたが、まさかこんな事知ってたなんてな。ちょっと見直した」
「まあ、多分偶然だろうけど…こんな事ってあるんだ」
「小さい方がアリク、大きい方がガルス、か。…うん、話を聞いた限りではおまいさんらは悪いものではなさそうだ」
目の前の喋る石、アル・ペテは唐突に誰もいない空間へ呼び掛けた。
「おーい、みんな出ておいで、この人らは大丈夫だ」
すると、そこら中の石の陰からねずみやら、トカゲやら、小さな生き物たちが次々に飛び出した。「紹介しよう、みんなここで私と一緒に暮らす子ども達だ。希望する者には魔法も教えている」
アル・ペテが言うと、小さな生き物たちは皆口々によろしく、と言った。

「ああ…やっぱさっきの無しだ。何が“おれだけが知ってる場所”だよ、あの馬鹿」
「………」
「…さて、何の話だったかな。ああ、おまいさんの呪いの話だったね」
「はい…あなたを訪ねれば解いてもらえるかもしれないと、金色の魔女の弟子の人から聞いてきたんです」
「…ふむ、まあ確かにあれは私の教え子だ。あれのやった事は私の責任でもある」
「じゃあ…」
「ああ、おまいさんの呪いを解いてあげよう」
アル・ペテの言葉を聞くと、二人は顔を見合わせた。
「あ…ありがとうございます!」
「良かったな、アリク」
「さて、まずはじめにおまいさんの様子をよく知りたい。ちょっとこっちに来て、良く見せてくれんか」
アリクは、おずおずとアル・ペテの前へ出た。
すると、アル・ペテはその輝きを増し、部屋全体を青白く照らし出した。
一同は、しばらくその様子を黙って見守っていた。
「…うん、ありがとう。大体解ったよ」
アル・ペテはまた、もとの淡い光に戻ると、何というかな、と呟いた。
「今のおまいさんは、一言で言うなれば…“動く蛹”…と言ったところか」
「動く蛹…」
アリクは神妙な面持ちでアル・ペテの言葉を繰り返した。

「ああ…とても不安定な状態だ。まあ、何とかやってみよう」
「は…はい」
アル・ペテは、一息ついたようにゆっくり明滅した。
「…ところで、おまいさんとそっちの“小鳥さん”は、いったいどういう関係なんだろうか」
「小鳥…」
ガルスはなんだかナメられたように思い気に障った。だが、先ほどからのアル・ペテの物言いから察するに、そう言う性格なのだろうと思い、流した。
「あ…えと、色々あって、ここまで来るのに助けてもらったんです」
「ほー、それはご苦労さん」
なかなか出来ることじゃないよ、とアル・ペテは言った。
ガルスはなぜだか急に恥ずかしくなって、少し顔を逸らした。
アル・ペテはゆっくり明滅をしながら、言い出しにくそうに言った。
「だが…こういう言い方もないと思うが、おまいさんは言わば部外者だ。後は私がこの子の面倒を見る。おまいさんはもう、自分の住みかに帰ったらどうだね」
ガルスは一瞬、自分の耳を疑った。
「…は?そっ…それってどういう…」
目の前の石が、何を言ってるのか、その言葉の意図がわからなかった。
「…そうですね」
そう言ったのは、アリクだった。

「…なっ…」
きっと反対してくれると思っていた。だが、その口から出た言葉は、期待していたものとは正反対のものだった。
ガルスは驚いてアリクを見つめたが、俯いていてその表情はわからない。
「きっとその方が…」
「おいちょっと待て、いきなりどうした?」
「………」
しばらくアリクは、何か迷ったように黙っていた。
「…だって…」
「…?」
「…もう用済みだから、ガルス」
「…な」
「あとはアル・ペテさんに何とかしてもらうから、もういいよ」
アリクは俯いたまま、淡々と言った。
「…本気で言ってんのか」
「………」
首が小さく、縦に動いた。
「…そうか…そうかよ、わかったよ。…はっ、言うに事欠いて…まさか“用済み”とはな」
にわかには信じがたかった。アリクが、こんな事を言う性格とは思えない。
それとも、今まで露わにしていなかっただけで、彼女にもこういう一面があったのだろうか。
ガルスは入ってきた穴へのそのそと戻る。最後にもう一度だけ、アリクの方を振り返る。やはり、その表情はわからなかった。


「…行ったか…しかし私も、もうちょっと、言い方を選ぶべきだったかな」
石は、入り口の方に気を向けて言った。
「…いいんです。あなたのおかげで、私も踏ん切りがつきましたから」
アリクは、入り口に背を向けていた。
「本当は、ちゃんと…言えば良かったんでしょうけど」
「…ああ。でも…ああいう手合いは、きっと本当の事を言えば言うほど、頑固になって言うことを聞かないだろう」
アリクは、何も言わずに頷いた。俯いたのかもしれない。
「見たくなかったんだろう。もう、あの鳥が苦しむ姿を」
「…わかるんですか?」
アリクは驚きを隠せない表情をアル・ペテに向けた。
「昔からね、そう言う所があるんだ、私は。特に、おまいさんのような力を持った人の心は、嫌でもわかってしまうんだ。…波長が合いやすいんだろうね」
アル・ペテは小さく、すまないね、と言った。
「今まで、大変な思いをしてきただろうね。ずっと、不安と戦ってきたんだろう」
アリクは、アル・ペテをまっすぐに見つめていた。やがて、その目を伏せると、唇をぎゅっとかみしめた。
「…涙を我慢するのは、体にも、心にもよくない。泣きなさい、アリク。自分の為に、泣きなさい」
アル・ペテの言葉をじっと聞いていたアリクだったが、やがて目を閉じると、アル・ペテのもとにくずおれた。


やがてアリクが落ち着きを取り戻すと、アル・ペテは優しく言った。
「さて…それじゃあ、早速取りかかろうか」
「はい…あの、アル・ペテさん」
「うん?」
「実はもう…二、三日前から、背中が痛いんです。もしかしたら…何か呪いに関係があるんでしょうか」
「…背中が痛い?」
アル・ペテはふうむ、と唸って、二、三明滅を繰り返した。
「わかった。それじゃあ少し、背中を見せてくれるか」
「はい…」
アリクはアル・ペテに背中を向けると、もぞもぞと身をよじって上着を脱ぎ始めた。
やがて白い背中が晒された。その細い背中には、石の青白い光の中でもはっきりとわかるほど赤い傷があった。傷と言うよりはミミズ腫れと言った方が良いだろうか。何かに引っかかれたような痕が、肩甲骨を中心に幾本も見られた。
周りで様子をみていた小さな生き物たちも、口々に「うわぁ」だの「痛そう」だのざわめき出した。
「…これは」
アル・ペテはやや驚いたようにちかちか明滅した。
「…まだ痛むかい?」
労るような声でアル・ペテは言った。アリクは小さく頷いて答えた。
「はい、もう最…」
だが、最後まで喋ることは出来なかった。

「…んっ」
アリクは小さく呻いた。体がわずかに震えだし、そのまま小さくうずくまる。
「ぅうっ…あっ…」
そのままにわかに苦しみ出す。体の震えは徐々に大きくなってゆく。
それは、例えるならば焼けた鉄の針で背中を引っかかれるような、激痛という言葉だけでは到底表しきれない程の衝撃。
その衝撃が幾つも、彼女の背中で蠢いていた。
「…まずい!もう始まってしまったか!」
アル・ペテは即座に光り輝き始める。小さく何かを呟くと、光がアリクの体を包んだ。
「ああっ…うぁあああっ…!!」
だが、アリクの様子は変わらない。小さな呻きは叫びに変わる。顔は苦悶に歪み、全身にじっとりと汗が浮かんでいた。
「なっ…何という力だ…!まさかっ…これほどまでとは…!」
アル・ペテも負けじと一層輝きを増す。周りの生き物たちは怯えて石の陰に身を潜めた。
「あぁっ…いやっ…あああああっ!!」
アリクの体を包む光はさらに強くなり、部屋全体を照らした。だが、アル・ペテの手当てもむなしくアリクは苦しみ続ける。
背中の皮膚が不気味に蠢き始めた。それはまるで皮膚の下を巨大な虫が這い回るような動きだった。

「ぎっ…あぐっ…ぅあああぁあああっ…!!」
…痛い。苦しい。助けて。
痛みで遠のきそうになる意識の中、アリクは誰もいない虚空に向かって助けを求めた。けれど、そこに彼女を助けてくれる存在はいない。
「ひぁっ…ぎ…あっ…る…ガルっ…!」
突然、無意識に名前を呼ぼうとした。
だが、彼は、たったさっき自分自身が追いやったばかりだ。
…もう、心配も、迷惑も、かけないと心に決めた。
何度も名前を呼びたがって震える唇を、アリクはぎりりと噛み締めた。
「んぅっ…ぐっう…!!!」
「くっ…まっ…間に合わんっ…!」
アル・ペテもアリクの蠢く背中を必死に抑えようとする。だが。
間に合わなかった。
歪んだ音が、部屋の中に木霊した。
「あっがっ…あああああああっ!!」
響き渡る絶叫。
直後、アリクの背中に、不気味な程に白い羽根が広がった。白い羽根は、鋭くとがった剣のように、彼女の背中を突き破った。鮮血が、弧を描いて地に滴り落ちた。
アリクの視界が、白くぼやけていった。意識がどこかへと連れ去られる。
気絶する直前、涙で滲んだその向こうに、彼の大きな背中が見えた。



先ほどまで曇っていた空は、いつの間にか雨になっていた。
大粒の雨が森を濡らす。ガルスは羽根が濡れるのもお構いなしに、無言で飛び続けていた。いくら喋ろうと、返事をくれる相手はもういない。
…何て事はない。あいつに出会う前まではいつもこんな調子だった。
不意に、一際大きな雨粒が目に入った。目をしばたかせる。雨は目頭を濡らし、そのまま嘴を伝って、下に落ちた。
ガルスは、何も言わずに飛び続けた。
雨は、まだ止みそうにない。





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