人外と人間

人外アパート 大学生×骸骨娘「骨でも愛して」 非エロ

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骨まで愛して 859 ◆93FwBoL6s.様

 須賀倫太郎は、鎧塚祐介の学友である。
 祐介と同じく地方から上京して進学し、奨学金とアルバイトで喰い繋いでいるので共感出来る部分が多いので、
おのずと親交を深めていた。選択している講義も似通っているので頻繁に顔を合わせることもあり、大学で出来た友人の中でも特に仲が良いと言えるだろう。しかし、彼の趣味だけは頂けない。暇さえあれば近隣の心霊スポットに繰り出しては大量に写真を撮り、怪しげなことが起きたならば声高に話すという、巷で氾濫している怪談のオチで行方不明になる登場人物のような趣味なのだ。だから、これまでも冷や冷やしながら彼と付き合ってきたのだが。

「……取り憑かれたんだ」

 祐介のアパートを訪れた須賀倫太郎は、暗澹たる面持ちだった。

「見りゃ解る。自業自得だ」

 祐介は一切同情せず、アビゲイルの入れたコーヒーを啜った。祐介の後ろに慎ましく控えている銀色の女性型全身鎧、
アビゲイルはマスクを押さえて微笑んだ。

「あら、とてもスマートな方ね」
「とりあえず、ダイエットの必要がない相手だとは解った」

 祐介は、倫太郎の背後で膝を揃えて座っている骸骨を見ずにはいられなかった。生前は両目が填っていたであろう眼窩からは頭蓋骨の裏側が覗き、鼻の穴と綺麗に揃った歯と顎の奥には緩やかにカーブした脊椎が繋がり、骨盤が広めで全体的に骨がほっそりしているので、もしかしたら女性なのかもしれない。肉体が死しても魂が鎧に癒着したアビゲイルを見慣れているおかげで、祐介にはそういうものだと理解出来る感覚が備わっていたが、そうでなければ大いに困っていただろう。実際、心霊スポット巡りが趣味であるわりには慣れていない倫太郎は辟易していた。

「一昨日の夜にな、廃病院に行ったんだ。デジカメ持って原チャ飛ばして、写真撮りまくってたんだ。いつもだったら肝試しに来た連中がいるんだけど、その日に限って誰もいなくてさ。その辺でおかしいって思えば良かったんだが、
超ラッキーとか思って一人で乗り込んでったらさぁ、こいつにいきなりしがみつかれて、そのまま……」

 悲劇的な仕草で顔を覆う倫太郎の背後で、それまで黙っていた骸骨が可愛らしい声で言った。

「私は何もしていないのに、色んな人が騒ぎ立てるから目を覚ましちゃったんです。あの病院、山奥だから静かだし、
ひんやりして湿っぽくて気持ち良かったからお気に入りだったのに、毎日毎日騒がれちゃ引っ越したくもなります。
だから、取り憑いたなんて心外です。落ち着く場所を変えたと言って下さい」
「だからって、なんで俺なんだよ!」
「だって、気に入っちゃったんです」

 倫太郎の嘆きを無視し、骸骨娘は微笑むかのように上顎と下顎を薄く開いて頬骨に細い指先を添えた。

「肝試しに来る若者とかカップルとかと違って大人しいし、たまにお供え物をしてくれるし、写真を撮る前も後もちゃんと断ってくれるしで、心霊スポットに来る人間の中では結構良心的だったんです。だから、その……」
「その気持ち、解るわぁ」

 アビゲイルはもっともらしく頷いたので、祐介はちょっと笑った。

「そりゃ、アビーは誰よりも解るだろうさ」

 リビングメイルも骸骨も、根本的な部分では似通っているのだから。骸骨娘は畳の上にもしっかりと座っているし、
玄関のドアも開けたので、きちんと実体を持っている化け物、つまりはアンデッドということだろう。ここ最近、人魚と同棲中の大学一年生の魔術師見習いである岩波広海から魔法絡みのことを教えてもらっているので、祐介も多少は知識の幅が増えてきた。それもこれも、愛するアビゲイルのためであるのだが。

「私、あの病院で長いこと標本にされていたんですよ。何十年も前に病気で死んじゃったんですけど、その頃は珍しい病気だったらしくてサンプルとして保管されたんです。でも、いつのまにか病院は潰れちゃって、私の家族も骨を引き取りに来なかったらしくて、箱の中で何十年もじっとしていたんです。で、ある日突然目が覚めたので箱の外に出てみたら、病院が心霊スポットになっていたんです」

 骸骨娘はアビゲイルが人数分出したコーヒーに手を付けようとしたが、肋骨から擦り抜けてしまうので手を下げた。

「あ、まだ名乗っていませんでしたね。私、神戸斜里っていいます」
「お願いだから離れてくれよ、正直迷惑だ、病院でも墓の下でも帰ってくれ」

 陰鬱な目を上げた倫太郎に、骸骨娘、斜里は身を捩ってがしゃがしゃと骨を鳴らした。

「そんなこと言われても困っちゃうー。ここからあの病院までの道なんて解らないしぃー。帰りたくなぁーい」
「あらまあ、可愛らしい我が侭ね」

 アビゲイルが笑うと、倫太郎は頭を抱えた。

「そりゃ食費は掛からないかもしんねーけど、こんなの無理だっつの。骨だぞ、骨。何も出来ねぇよ!」
「案外出来ると思うぞ」
「お前と一緒にすんじゃねぇや、この鎧フェチ」
「その認識は間違いだ。俺はアビーが好きなのであって、鎧そのものが好きだというわけではない」

 祐介が真顔で言い返すと、倫太郎は少女のように照れるアビゲイルを一瞥してから、ぐったりと肩を落とした。

「鎧塚ならなんとか出来そうな気がしたが、間違いだった。そもそも話にならねぇ」
「何よーもう、失礼しちゃう。こんなに可愛い女の子に迫られてるのに、ちっとも喜ばないなんて」

 不服げに胸を張る斜里に、倫太郎は頭痛を堪えるように額を押さえた。

「その顔がないんじゃ、可愛いかどうかすらも解らないだろうが」
「骨格だけってことは、いくらでも脳内補完が効くってことだろ。胸だろうが尻だろうが自由自在だ」
「他人事だと思いやがって」
「とにかく、須賀が捲いた種だ。自分でなんとかしろ。いや、種を撒き散らすのはこれからかな?」
「おぞましい冗談を言うな」

 祐介の軽口に倫太郎は頬を引きつらせると、アビゲイルが斜里にヘルムを向けた。

「なんだったら、斜里ちゃんに色々と教えてあげましょうか? 柔らかい部分がなくても、男の人を喜ばせられるものよ」
「わあ、いいんですかぁ! よおし、頑張っちゃうぞ!」

 斜里がはしゃぐと、剥き出しの関節が擦れ合った。倫太郎は本格的に頭が痛くなってきたらしく、死人同士の際どいガールズトークを聞き流しながらテーブルに突っ伏した。祐介は気持ち悪いほど優しい笑顔を浮かべながら、倫太郎の肩を叩いてやると、倫太郎はゾンビのような呻きを漏らした。倫太郎の気持ちも痛いほど解るが、慣れるまでの問題だ。
こちらの世界に足を踏み入れてしまえば、もう戻れない。
 骨の髄まで愛されてしまえばいい。





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