人外と人間

人外アパート OLとシオカラトンボ 2

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OLとシオカラトンボ 2 859 ◆93FwBoL6s.様

 あれは現実の出来事だったのだろうか。
 何度思い返してみても、夢だとしか思えない。だが、現実でなければこんなにも考え込まないだろう。綺麗なお姉さんに声を掛けられて連れ込まれて無理矢理、というのは童貞なら一度は考える妄想だ。実際、シオカラ自身もそれらしいことを考えたことは少なくなかったが、もちろん口に出したことはなかった。誰しもが一度は考える妄想だが、だからこそ、そんな出来事の当事者になってしまったことが信じられない。
 週が明け、高校に登校しても、シオカラの単純な思考はあの夢のような出来事に支配されたままだった。あの日の夜、空の暗さと街灯の眩しさでくらくらしながら帰宅すると、両親から門限を過ぎたことを怒られた。シオカラは適当なことを言ってその場を凌ぎ、夕食を詰め込んで自室に籠もり、あの出来事を思い返した。長い腹部の外骨格には、拭き取りきれなかったほづみの体液が付着していて、それが何よりの証拠だった。だが、それでもやはり馬鹿げた妄想が具現化したとしか思えず、悶々としたまま週が明けて月曜日になった。そして、登校して授業を受けたが、いつも以上に気が逸れて身が入らず、ノートはいずれも真っ白だった。

「しーちゃーん、お昼食べよー」

 机とクラスメイトの間を擦り抜けながら、弁当箱の入った巾着をぶら下げた茜が駆け寄ってきた。

「しーちゃん?」
「あ、ああ、はいっす」

 シオカラは考え込んでいたせいで反応が遅れ、間を置いて茜に振り向いた。

「どうしたのよ、朝からずっとぼんやりしちゃって」

 茜と共にシオカラに近付いてきた真夜も、やはり弁当箱を携えていた。

「どこか具合でも悪いの、しーちゃん?」

 少し心配げな茜に、シオカラは触覚を立てた。

「いいいやいやいや、そうじゃないっすマジ平気っすから!」
「そお? 無理っぽかったら早退した方がいいよ?」

 茜はシオカラを覗き込んできたので、シオカラは通学カバンを開けて弁当箱を引っ張り出した。

「いやいやマジ平気っすから、マジでマジで」
「だったら、悩み事でもあるの?」

 今度は真夜が迫ってきたので、シオカラは身を引いた。

「まっ、まぁさかぁっ!」

 あんなこと、言えるわけがない。シオカラがぎちぎちと顎を鳴らしていると、真夜はにんまりした。

「じゃ、占ってあげようか?」
「へあ」
 シオカラがきょとんとすると、真夜はシオカラの机の上に弁当箱を置き、ポケットからカードの束を取り出した。

「オーソドックスに大アルカナでいいわね。大丈夫よ、金は取らないし、時間も手間も掛からないから」

 真夜はタロットカードを手早く切って混ぜると、それを両手の間に浮かばせた。

「ほら、どれか一枚抜いて」

 二十二枚のタロットカードは等間隔に浮いているが、仕掛けは一切なく、真夜の魔力だけで浮かばせていた。真夜は未熟ながら魔女としての素質を持っているので、素人目に見れば超常現象としか思えないことが出来る。魔法のことは全く解らないシオカラや茜にとっては、彼女が何をしても凄く思えるし、今でも凄いと思ってしまう。

「あ、じゃあ、これっすかね」

 シオカラは真正面に浮かぶタロットカードを爪で挟んで抜くと、真夜は両手の間にタロットカードの束を戻した。シオカラはタロットカードを裏返し、絵柄を見た。だが、上下逆さまになっていたので、シオカラは首を捻って絵柄を見た。中央に輪が描かれていて、その周囲を四人の天使が囲んでおり、Wheel of Fortune、とのキャプションがあった。

「逆位置の運命の輪ね」

 真夜はその絵柄を見てから、シオカラに言った。

「情勢の急激な悪化、アクシデントの到来、って意味があるわ。心当たり、ある?」

 真夜に問われ、シオカラは乾いた笑いを零した。

「ふへへへへ…」

 大いにある、ありすぎる。だが、言えるわけがない。シオカラは真夜の手に、タロットカードを戻した。

「当たってるっちゃ当たってるっすけど…」
「そう、だったら良かった。でも、占いは所詮占いだから、過信しすぎないでね」

 真夜はカードの束をポケットに戻し、弁当箱を手にした。

「じゃ、裏庭に行きましょ。早くしないと、良い場所取られちゃう」
「うん、そうだね。真夜ちゃん、今日もアーサーさんがお弁当を作ってくれたの?」

 茜がにやけると、真夜は気恥ずかしげに目線を彷徨わせた。
「そうよ。アビーさんに色々と教えてもらってから、妙に張り切っちゃって、お弁当だけじゃなくて朝も夜も作ってくれるのよ。助かるし、結構おいしいし、正直嬉しいけど…」
「あー、いいなぁー。ヤンマなんて、洗濯と掃除はするけど、料理は全然ダメなんだもん。不器用だから」

 行こうしーちゃん、と茜に急かされ、シオカラはぎちりと顎を噛み合わせてから弁当箱を爪に引っ掛けた。茜と真夜の惚気を聞き流しながら、二人と連れ立って歩き、昼休みの常駐場所である裏庭へと向かった。
 茜と同居している恋人は、シオカラの幼馴染みであり兄貴分として一方的に慕っているトンボ人間、ヤンマだ。ヤンマは種族の本能で縄張り意識が強く、ケンカも強いが、茜にはだらしないほど甘く、でれでれである。その反面、シオカラに対してはひどく辛辣で、意味もなくアイアンクローを喰らわされることも少なくなかった。それでも、シオカラはヤンマが好きだ。強いし、トンボの目から見ても格好良いし、なんだかんだで優しいからだ。
 そして、真夜が実質的に同棲している相手は、かつては聖騎士として活躍したリビングメイル、アーサーだ。同じリビングメイルだが、アビゲイルとは少々異なる経緯でリビングメイルと化し、真夜のキスで目覚めたのだ。アビゲイルと一悶着あったが、その後はお互いに仲良くなり、今ではアビゲイルやその恋人の祐介とも友人だ。
 アーサーは中世生まれの聖騎士故に気取った言動を取り、気障な言い回しを好む男だが、うっかりしている。道に迷ってしまったり、電車の乗り継ぎを間違えてしまったり、買い出しに出かけて肝心なものを忘れたり、と。聖剣エクスカリバーを携えた金色の全身鎧が、日常レベルの些細な失敗を繰り返している様は微笑ましい。ここまで失敗を繰り返してしまうと、本人も失敗しないことを諦めていて、今ではすっかり開き直ってしまった。
 裏庭に向かいながら、シオカラは先程引いたタロットカードの意味と、ほづみのことを重ねて考えていた。情勢の急激な悪化。アクシデントの到来。それは、シオカラではなく、ほづみに対して起きたことではないのか。今日の夜にでも、あの緑地公園で帰宅するほづみを待ち伏せて、誠心誠意謝らなくては気が済まない。
 軽率な行動を取ったシオカラにも、責任の一端があるのだから。


 一日は、こんなに長いものか。
 忙しなく働いていても、無意識に先週末までは彼氏だった同僚に気を向けてしまう自分に腹が立った。同僚の男はこれ見よがしに新しい女とべたべたしていて、気を向けるまいとしてもつい目に入ってしまった。一度だけ二人と目が合ったが、どちらもほづみを嘲笑っていたようにしか見えなくて、尚更腹が立ってしまった。だが、突っかかるのは子供っぽいし、今更同僚の男と寄りを戻す気もないし、奪い取るほどの価値などない。
 それなのに、苛々して気が狂いそうだ。涙が出れば少しは楽かもしれないが、意地がそれを阻んでいた。予定があると言って残業を切り上げ、退社して電車に乗り、家路を辿りながら、ほづみは足元を見つめていた。本当に予定があれば苛立ちも紛れたかもしれないが、何もない。だからこそ、どうでもいいことで悩んでしまう。いい加減に振り切りたいのに、どうしても振り切れなくて考えてしまって、そんな自分にますます苛立ってくる。友人に愚痴を零せたら楽になれるかもしれないが、こういう時に限って友人達の予定は空いていなかった。
 緑地公園に差し掛かると、ほづみは足を止めた。先週末のように、シオカラがいることを期待してしまった。だが、いるはずもない。第一、トンボは夜行性ではないし、あれはほづみが強引に誘ってしまっただけなのだ。彼からしてみれば、とんでもなく非常識な女に過ぎず、普通の神経なら二度と顔を合わせたくないと思うだろう。

「…ばっかじゃないの」

 自嘲したほづみは、緑地公園から顔を背けた。

「おねえさほごあぁっ!?」

 唐突に公園の敷地内から奇声が聞こえ、ほづみはぎょっとして振り向いた。
「…え」
「マジ痛ぇー、てかやっぱり夜はマジヤバいし…」

 声の主を辿ると、緑地公園の敷地内で、見覚えのあるトンボ人間が倒れ伏していた。

「あんた、大丈夫?」

 敷地内に入ったほづみがシオカラに歩み寄ると、シオカラは複眼をさすりながら身を起こした。

「まー、なんとか…。暗くてマジ足元見えねー…」
「ていうか、なんであんたがここにいるのよ? 家の方向、違うでしょ?」
「なんてーか、ケジメっつーか、そういうやつっす」

 シオカラはぎちぎちと顎を鳴らしながら立ち上がると、ほづみに頭を下げた。

「この間はマジすんませんっしたぁ!」
「…何が?」
「つか、あのことは、俺っちもマジ悪かったっすから」
「悪いのは私、あんたは完全な被害者よ」

 ほづみがシオカラを見上げると、シオカラは捲し立ててきた。

「いやいやいや、俺っちの意志がマジ弱かったからっす! てか、断れば良かったんす! あれからずっと考えてみたんすけど、やっぱ、ああいうのマジダメっすね! いや、嬉しかったっすけど! でも、ほら、なんつーか、こう!」
「何が言いたいのよ」
「えーと…なんだっけ」

 シオカラは口調を弱め、首を捻ったので、ほづみはなんだか可笑しくなった。

「言いたいことをまとめてから話しかけなさいよ」
「すんません」

 シオカラは不甲斐なくなり、四枚の羽を下げた。

「つか、マジ俺っちってダメっすね」
「いいわよ、本当にあんたは悪くないんだし」

 ほづみは必死になりすぎて空回りするシオカラを見ていると、張り詰めていた気が少し緩んだ。

「悪いのは私なんだから。あんたには何の関係もないのに、苛々して、八つ当たりしたかっただけなのよ。だから、この前のことは全部忘れて。今、私と会ったことも綺麗さっぱり忘れて、最初から何もなかったことにしなさい」
「へ?」

 シオカラがきょとんとして顎を開いたので、ほづみは身を翻した。

「だから、あんたもさっさと家に帰りなさい。また門限に遅れちゃうわよ」
「でも、あの…」
「何よ」
「つか、お姉さん、なんでそんなに苛々してんすか? そんなに嫌なことでもあったんすか?」
「大人になると、色々あるのよ」
「俺っち、マジ役に立たないっすけど、でも、なんか出来ることないっすか?」
「別に」
 これ以上、無関係なシオカラに甘えてどうする。ほづみが目を伏せると、シオカラは言葉を続けた。

「でも、なんか、お姉さん、マジ辛そうなんす! てか、なんかこう、マジヤバげっつーかで!」
「…あんたに何が解るってのよ!」

 その言葉が嬉しいと思ってしまった自分にこの上なく苛立ち、ほづみはシオカラに喚いた。

「初めてちゃんと結婚したいって思えた相手だったから、だから仕事も恋も精一杯頑張ろうって思ったのに、それなのに、なんであんなクズ女に全部壊されなきゃいけないの!? どうして浮気されなきゃならないの!?私が何か悪いことしたの!? それとも、あっちが本命で私が遊びだったっての!? 冗談じゃないわよ!」

 ほづみは大股に歩いてシオカラに詰め寄ると、怒りに任せてその外骨格に拳を叩き付けた。

「あんたなんて、何の代わりにもなりゃしないのよ! そりゃ、あの時は気が紛れたけど、あんたなんかじゃダメ! 虫だし、ガキだし、馬鹿だし! とっとと家に帰りなさいよ! これ以上私に殴られないうちにね!」

 声が嗄れるほど張り上げたほづみは、肩で息をしながら、目元から次々に溢れ出してくる熱い体液に気付いた。喚き散らして、感情が高ぶりすぎたからだろう。目元を拭いかけたが、マスカラが取れてしまうと踏み止まった。
 シオカラの外骨格は予想以上に強固で、ほづみの拳では傷も付かず、ほづみの右腕の方がひどく痺れていた。ほづみは泣いていることを知られたくなくて、顔を伏せたまま拳を下げると、シオカラはきちきちきちと顎を擦らせた。

「俺っちで良かったら、殴っても構わないっすよ。俺っちは痛くないし、てか、兄貴のアイアンクローの方が痛いっすから」
「変な気を遣わないでよ」
「昼間だったら、ぱーっと空でも飛び回るんすけどねー」
「…それはちょっと楽しそうかも」

 ほづみが小声で呟くと、シオカラは笑った。

「あ、じゃあ、昼間にでも」
「馬鹿じゃないの」
「へ?」

 シオカラが首を傾げたので、ほづみは涙に潤んだ目でシオカラを見上げた。

「だから、私はあんたにそこまでされる理由がないのよ、理由が。ちったぁ被害者らしくしなさいよ」
「らしく、って、言われてもなぁ…」

 シオカラはきりきりと顎を浅く擦っていたが、ほづみを見下ろした。

「やっぱマジ無理っす、すんません。てか、ぶっちゃけ、お姉さんのこと、マジ放っておけないっす」
「あんたの友達と同じアパートに住んでるかもしれないけど、私とあんたは他人でしょうが」
「でも、こんなに長話したんすから、他人じゃないんじゃないっすか?」
「屁理屈こねないでよ」

 出来る限り強く言い返したが、ほづみはまた涙が滲み出してきた。今すぐに、縋り付いて泣いてしまいたい。堪えてきたことを全てぶちまけて、慰めてもらいたい。支えてもらいたい。けれど、シオカラは年下で他人なのだ。友人や恋人ならまだしも、強引に交わっただけの相手だ。そこまでしてしまうのは、ほづみのプライドが許さない。だが、一度涙が出てしまうと、抑えが効かなくなっていたのか、ほづみは化粧が落ちるのも構わずに泣き出した。
 ほづみの異変に気付いたシオカラは、慌ててほづみに駆け寄って、どうしたんすか、としきりに声を掛けてきた。その優しさが嬉しいのに、声が詰まって言葉にならないほづみは、シオカラに肩を支えられながら泣きじゃくった。
 情けなかったが、止められなかった。

 腕時計を見ると、小一時間過ぎていた。
 ほづみはシオカラが買ってきてくれたレモンティーで嗄れた喉を潤しながら、年下に甘えた事実に恥じ入った。どれだけ化粧が崩れたのか知るのが怖いので、手鏡を取り出すこともなく、ほづみはレモンティーを流し込んだ。ほづみの隣に座るシオカラも、一緒に買ってきた缶ジュースを飲んでいるが、こちらは昆虫人間用のものだった。シオカラが街灯がダメだと言うことはほづみも理解していたので、二人は敢えて街灯のないベンチに座っていた。彼の水色の外骨格には、ほづみが流したマスカラ混じりの涙が何滴も散らばっていて、黒い染みを作っていた。

「ごめん」

 ほづみが謝ると、シオカラは空き缶を顎から外し、振り向いた。

「なんでお姉さんが謝るんすか?」
「だって…」

 ほづみが言葉を濁すと、シオカラは空き缶をくしゃりと爪で握り潰した。

「けど、これでスッキリしたんじゃないっすか?」
「まあね」

 ほづみは三分の一程度中身が残った缶を回し、たぽんと揺らした。

「この前も今日も、迷惑掛けちゃってごめん。だから、本当に私のことは」
「忘れられるわけないじゃないっすか!」

 ほづみの言葉を遮り、シオカラは強く言った。

「てか、あんな初体験させられて、忘れろって方がマジ無理っすから!」
「そうかもしれないけど、でも」
「えっと、んで、良かったら、なんすけど」

 シオカラは急に語気を弱めると、ほづみを見つめてきた。

「俺っち、また、お姉さんちに行ってもいいっすよ?」
「またヤりたいの?」

 ほづみが少し笑うと、シオカラは慌てふためいた。

「いやいやいやいや! てか、そういうんじゃなくて、えっと、兄貴と茜んちでもあるっすから、てか、話し相手とかマジそういうレベルでいいっすから! ていうか、マジサーセン!」
「じゃ、ヤらなくてもいいんだ」

 ほづみが唇の端を持ち上げると、シオカラはしどろもどろになった。

「てか、それは、うぅ…」
「したいならしたいって言いなさいよ、高校生」
「そうホイホイ言えたら苦労しないっすよ、誰も…」

 シオカラが触覚を下げたので、ほづみはその表情の窺いづらい横顔を見、込み上がってくる笑いを堪えた。先週末に体を交えた時は、虫なのに、と思っていたが、今は彼が昆虫人間であることが気にならなくなっていた。感情豊かで人間と遜色がないどころか、可愛げがある。口調と態度は軽いが、真面目で優しい少年なのだろう。それを知ってしまうと、尚更迷惑を掛けたことが心苦しくなった。ほづみは少し迷ったが、声色を落として言った。

「…いいわよ」
「へ」
「どうせ、ここなら誰にも見られないし、見えないだろうし。けど、手っ取り早く終わらせなさいよね」
「え、て、てか、それは」
「前のは八つ当たりだけど、今度のは御礼だから」

 ほづみは飲みかけのレモンティーをベンチに置くと、シオカラの肩に手を触れた。

「えと、マジ、いいんすか?」

 シオカラが触覚を揺らしたので、ほづみは照れ隠しに目を逸らした。

「いいから言ってんじゃないのよ」

 シワになったり、トンボの鋭い爪で切り裂かれてしまっては困るので、ジャケットを脱いでバッグに被せた。シオカラは若干躊躇っていたようだが、ぎぢっと顎を擦り合わせてから、ブラウス姿のほづみに近付いてきた。

「んじゃ、また、よろしくお願いするっす」
「こちらこそ」

 ほづみはシオカラの大きな複眼が付いた頭部に触れ、少しだけ腰を浮かせると、頑強な顎に顔を寄せた。シオカラは顎を開いて舌を出し、ぬるりとほづみの唇を舐めると、少し冷たい舌先を隙間に滑り込ませてきた。ほづみは顎を緩めてシオカラの舌を受け入れると、その舌を甘噛みし、痛みを与えない程度に吸ってやった。やはりまだ慣れていないのか、シオカラはびくりとしたが、舌を引き抜かずにほづみにされるがままになった。
 ほづみの口中で、自身の生温い唾液とシオカラの冷ややかな唾液が混じり合い、唇の端から一筋溢れた。顎を伝った粘ついた雫は、ブラウスの襟元に染みた。ほづみが彼の舌を解放すると、シオカラは顎を閉じた。

「なんか、いきなり凄いっすね」
「手っ取り早く、って言ったでしょうが」

 ほづみがシオカラの長い腹部に手を伸ばそうとすると、シオカラはほづみを押し止めた。

「あの、お姉さん」
「あんたのは濡れないんだから、濡らしておかないと」
「今日は、俺っちがお姉さんを触ってもいいっすか?」

 緊張で声を裏返しながらも、シオカラが言い切った。微笑ましいと思ったほづみは、手を下げた。

「いいわよ。でも、傷は付けないでよね。ブラウスにも、私の肌にも」
「りょ、了解っす」

 シオカラは大きく頷き、ほづみのブラウスに爪を掛けたが、爪先ではなかなか上手くボタンが外れない。手伝おうとしたが、シオカラがあまりにも一生懸命なので、結局は何もせずに危なっかしい手付きを見守った。ボタンの上半分を外すだけでも時間が掛かってしまったので、全部脱がすことはせずに、上を大きく広げた。ブラジャーに包まれた大きい乳房と肩が露出すると、シオカラは上右足の爪を伸ばし、柔らかく握った。
 むにゅり、と頼りない感触が爪に伝わり、薄い肌と脂肪が食い込んできて、簡単に切り裂けそうだった。出来るだけ傷を与えないように爪を横たえ、力を抜いて握ると、爪の間から飛び出た乳首が尖り始めた。それを爪の背で潰すと、ほづみが零していた吐息が変化し、鼻に掛かった喘ぎが混じるようになった。

「ここ、弱いんすか?」

 シオカラが問うと、ほづみは羞恥を滲ませた。

「当たり前、でしょ」
 白く滑らかな肌に傷跡を残さないように気を遣いつつも、シオカラは彼女の大きな乳房を弄んだ。服を着ているとあまり大きくは見えないが、脱がしてしまうと、茜よりも真夜よりも大きいのだと解った。乳房を持ち上げると爪全体に重みが訪れ、落とすとたぷんと揺れ、触っていない方の乳首も尖ってきた。空いている中左足で同じように触れると、ほづみの零す喘ぎが高まり、シオカラの上両足を掴んできた。

「ん、ふぁ…ぁ、うぁ…」

 場所が場所だけに懸命に声を殺すほづみに、シオカラは顎を開いて首筋に顔を埋めた。

「お姉さん、なんか匂いが変わったっすよ」
「や、何言ってんの…。そんなの、解るわけ、ないじゃない」
「虫っすから、解るんすよ。なんつーか、マジエロい匂いっす」
「馬鹿ぁっ」

 ほづみはシオカラを押し返そうとするが、力では到底勝てず、シオカラは伸ばした舌を首筋に絡めた。

「マジ良い匂いっす、てか、マジヤバいし」
「んぁあっ」

 肌の薄い首筋をぬるりと這った舌の感触に、ほづみは堪えきれなかった声を漏らした。

「下も、触っていいっすよね? てか、こっちの方が匂いが凄いっす」

 シオカラの爪がタイトスカートの下に入り、ストッキングに覆われた下着の上から触ってきた。

「く…ぅ、ぁ…はぁ…あ…」

 拙いながらも刺激の強い愛撫と野外という状況に煽られていたためか、自分でも解るほどに潤っていた。シオカラの硬い爪が充血した肉芽を押し込み、ほづみは思わず声を上げかけたが、唇を噛んで押し殺した。

「んふ、あぁ…」

 びぢびぢっ、とタイトスカートの中から異音が聞こえ、シオカラの爪先がストッキングを破いたのだと知った。下着のクロッチも横にずらされ、熱く湿った陰部を外気が舐め、背筋が逆立ちそうなほどの感覚に襲われた。触らなくても解るほど、出来上がっている。ほづみはシオカラの肩に縋り、呼吸を整えてから、小さく呟いた。

「入れて」
「言われなくても、入れるっすよ。てか、マジ限界っす」

 すんません、と付け加えながら、腰を浮かせて長い腹部を前に出したシオカラは、生殖器官を押し出した。それを一息にほづみの陰部に突き立ててやると、ほづみは噛み締めていた唇を緩めて、悩ましく喘いだ。

「あ、あぁっ」

 ぐじゅり、と粘ついた水音が上がり、破れたストッキングを湿らせた。

「じゃ、じゃあ、動くっすからね」
 ほづみを抱き寄せて膝の上に載せたシオカラは、前回のほづみの痴態を思い出しながら腹部を動かした。昆虫人間に比べれば熱い胎内から彼女の体温が染み入り、高揚を誘い、肌に喰らい付いてしまいたくなる。生殖器官を伝って滴る愛液から立ち上る女の匂いが触覚を刺激し、押し当てられた大きな乳房が潰れている。そのどれもが扇情を促し、シオカラは辺りの暗さのせいでよく見えない複眼をほづみの乱れた髪に当てた。
 訳もなく、彼女を愛おしいと思ってしまった。一回りは年上で、先日まで面識もなかった相手だというのに。確かに美人で、肉感的で、スタイルも良くて、セックスの相手としては申し分ないが、飛躍しすぎではないか。大体、シオカラはほづみの感情の捌け口として選ばれただけであり、それ以上でもそれ以下でもないのだから。ほづみの恋人でもないのに、何を考えているんだ。けれど、一度感じた感情はそう簡単には振り切れなかった。
 一際強く奥に押し込み、ぐんと生殖器官で最深部を突き上げると、ほづみはシオカラに縋る手に力を込めた。いつのまにかシオカラの腰に絡み付いていたしなやかな足が痙攣し、ほづみはシオカラの肩に顔を埋めた。

「やっぱり、あんた、良いわ…」

 はあ、と達した余韻を抜くようにため息を吐いたほづみは、足を解いて腰を上げ、ずちゅりと陰部から引き抜いた。

「でも、これでもう終わり。これ以上、あんたのこと、利用したくないもの」
「あ、じゃあ、こうしたらどうっすか?」

 シオカラは乱れた髪を直すほづみを見つつ、提案した。ダメ元だが、言わないよりはマシだ。

「今度、デートしないっすか?」
「何よそれ」
「や、だから、付き合えばいいと思うんすよ。そしたら、何度ヤッても問題ないっつーかで」
「そうねぇ…」

 ほづみは飲みかけのレモンティーを呷ってから、返した。

「いいわ、考えておいてあげる。だから、あんたのアドレス、教えて」
「あ…はいっす」

 シオカラはほづみの好意的な答えに驚いたが、携帯電話を取り出した。

「んでは、赤外線通信で」

 ほづみもバッグから携帯電話を取り出し、シオカラの携帯電話に向けて、送信されてきたアドレスを受信した。アドレス帳に登録されたことを確認してから、携帯電話を閉じたほづみは、少し休んだ後にシオカラと別れた。再会した時は劇的だったが、別れは特別な言葉など交わさず、火照りの残る体でアパートを目指して歩いた。
 こんなことをして、良かったのか。体を許したのも、単純に寂しさをシオカラで埋めたかっただけではないか。泣き付いて、誘って、挙げ句にアドレスまで手に入れた。深みに填るまいと思ったのに、ずるずると沈んでいく。自分が辛いからと言って、他人に甘えるにしても程がある。だが、一人ではない安心感には勝てそうにない。
 この分だと、デートもしてしまうだろう。






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