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長門有希の夢幻 1

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tfei

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執筆日 2008年12月18日
備考 長門消失記念SS。
    世界改変の前日を舞台に。



長門有希の夢幻

Dec.17 (Monday)
Weather:sunny
Temp.:low
Recorded by YUKI.N


 幼いころから血圧の低いわたしは、どうしようもなく朝が弱かった。それは小さなころから変わらないことで、未だに治し方ひとつ分からない自分の数多い欠点のうちのひとつだ。人に当たったりすることはないけれど、気持ちのよい目覚め、というものを、未だかつてわたしは体験したことがない。それは12月17日、朝から冷え込んでいた今日も、まったく変わりなく続く習慣であった。
 だらしのないわたしは相変わらず布団が恋しかったというのに、1分の狂いもなく朝の6時半に朝倉さんはわたしの部屋にやってくる。わたしのためを思ってくれているのは分かるのだけれど、出来ればあと30分、いや、15分は寝かせて欲しかった。
「朝から何言ってるのよ。置いてくわよ!」
 寝かせて欲しいだなんて言っても、きっと朝倉さんはわたしを置いていかない……だろうか?わからない。ひょっとしたら本当に置いて行ってしまうかもしれない。朝倉さんは優しいけれど、わたしなんかに長々と構っていられるほど暇なわけでは、決してないはずだからだ。

 一昨日は図書館で丸一日を過ごし、昨日はずっと家にいた。部屋の掃除をしようと思ったけれど、もとよりわたしの部屋は散らかりようがない。テレビでよく見るような生活感に満ちあふれた部屋ではなく、かといってモデルルームのようというわけでもなく。要するに寒々しいのだ。別に生活に困るようなことはないけれど、せめてカーペットくらいは。いやむしろ防犯のためにカーテンくらいはなければならないだろう。
 しかしこの部屋には盗られて困るようなものなど何もないし、きっとわたし1人ではカーテンを選べないと思う。どうせまた、迷うだけ迷って、結局何も買えずに帰ってきてしまう可能性がかなり高い。
 もうすぐクリスマスが近い。朝倉さんは誰かと遊ぶのだろうか。カラオケかショッピングか……外出の少ないわたしには見当がつかないけれど、どちらにしろわたしのカーテン選びに付き合ってくれる時間はなさそうだ。仕方ない……また今日もこの部屋は、寸分の狂いもなくこのままだ。変わるのはせいぜい、本棚に片付けてある本の冊数くらいのものだろう。


 わたしは顔を洗い、手櫛で髪をといて洗面所を去る。朝ご飯はたいがいパンで済ませるけれど、朝からカレーパンや焼きそばパンは食べられない。6枚切の食パン1枚で、ちょうどいいのだ。
 髪に関してはたいてい朝倉さんに直されてしまう。手櫛では不足なのだろうか。わたしは髪が硬いから、あまり手間をかけても意味はないのに。それなりに見られるようになっているのは、ひとえに朝倉さんの力によるところが大きい。
 制服に着替えて――この季節なら寝間着は2日続けて着ても大丈夫なはず――、歯を磨き、わたしは家を出た。所要時間は40分弱。もう少し早くしないと朝倉さんに申し訳ないことは重々承知しているのだけれど、わたしの朝の弱さはいつまで経っても治らない。特に冬場は。

 先週、朝倉さんに寝顔を撮られた。流出させずに自分のお気に入りにして楽しむ、と言っていたが、いったい他人の寝顔でどう楽しもうというつもりだろうか。面白くも何ともない寝顔だ。寝顔が面白くてもそれはそれでおかしなことになるけれど。


「長門さん」
 登校途中、わたしと一緒に歩きながら朝倉さんは話しかける。
「なに?」
「期末テスト、どうだった?」
「いつも通り、だと思う」
 先週末までが期末テスト期間だったのだ。しかしわたしは人並み以上に勉学に身を入れているわけでもない。成績は悪くないとは思うけれど、可もなく不可もなく、没個性的と言われれば、わたしはきっと反論できないはずだ。
「長門さんのいつも通りは相当よね」
「わたしは普通に勉強してるだけ」
「どうやったらそんなにいい点数取れるの?わたしにも教えて欲しいわよ」
「特別なことは何も……」
「それじゃ、わたし達が必死に勉強したって報われないわ」
「……ごめん」
「冗談よ。でも本当に、長門さんはすごいわよねぇ」
 よく言う。学年ナンバー1の委員長の台詞ではないと思うし、仮に委員長でなくても彼女は十二分に優等生だ。さらにわたしと違ってスポーツもよくできる。
 毎度毎度思うのだが、いったい彼女はなぜわたしの友人でいてくれるのだろうか?半分――或いはそれ以上に自分のことだというのに、わたしにとっては未だに謎なのだ。
「長門さんだってこないだの持久走はクラス1位だったじゃない。運動神経を少し分けて欲しいくらいよ」
「朝倉さんはバレーボールができるから」
「あれは中学まで。高校入ってまで続けたかったわけじゃないし」
「でも……」
「人生のうちで1回くらいはスポーツでもやっておこう、って思っただけよ。まあ下半身やら腕やらがこれでもかってほど太くなってなかなか戻らないから今になって困ってるんだけど」
「……」それは発育の悪いわたしと比べて、の話だ。朝倉さんはグラマラスで女性らしいと思う。正直うらやましいけれど、わたしには似合わないだろう。
「それに、今はこうやって長門さんの世話を焼いてる方が楽しいしね」
「……ありがとう」
「長門さんは面白いから、見てて飽きないわ」
「…………ひどいよ」
「ごめんごめん、今朝はちょっと冗談が過ぎてるわね。以後善処します」

 朝の空はものの見事に晴れている。ひょっとしたら記録上は快晴になるかもしれないくらいの空が寒さを和らげてくれた。太陽のおかげで少しは暖かくなったような気がする。何となく、昨日の最後に聴いた曲にふさわしい。空と雪の色の対比について歌われていた。情景が思わず想像できた。この15年間に1度も行ったことがない、スキー場の光景が。
「長門さん、わたしのCD聴いてくれてたの?」
「1日1回は聴くようにしてる」
「さっすが長門さん!ねぇねぇ、どの曲が気に入った?」
「……4曲目」
「4曲目、と……長門さん、ひょっとして地元に想い人でもいるのかしら?」
 そんなわけがない。地元にいい思い出なんてひとつもないというのに、想い人なんて。

 話が展開出来そうにないので、わたしはずっと気になっていたことを聞いた。「2番のサビの意味は、新幹線のこと?」
 朝倉さんの表情が輝く。「そう!長門さん鋭いわ!あの『白鼻のトナカイ』っていうのは、わたしも新幹線だと思うの。遠距離恋愛の歌だから……でもあんな喩えがよく出てくるわよねぇ」
 朝倉さんがそう言うのなら、私の見解は当たらずとも遠からず、といったところなのだろう。

 そもそもは今月の頭に、朝倉さんが突然CDを貸してくれたのが事の発端だ。しかもデッキごと、というのがおかしな話で、それはわたしがラジカセの類を持っていなかったからだ。否、わたしの部屋には何もないのだから、取り立ててラジカセだけがないというわけではないのだけれど。
 CDは朝倉さんが自分で選曲したらしい。1人のアーティストの、しかも冬の楽曲だけで1枚のアルバムになっていた。
 わたしは音楽の素養があるわけではないけれど、それでもこのアルバムは素晴らしかった。優しげな曲の合間合間に、目が覚めるようなはつらつとした曲がアクセントを効かせる。この順番まで朝倉さんがこだわっているのならすごい。何でもそつなくこなす朝倉さんは、またわたしと差をつけてしまうかもしれない。
「あら、あれはリリース順に並べただけよ?」
「……本当?」
「本当。たまたまバランスのいい順番になったから、そのまま手をつけなかったの」
 信じられない。いや、朝倉さんが嘘をついているという意味ではなく、単純にわたしは、すべてに驚いているのだ。朝倉さんは、序盤にCの曲が固まっちゃったわね、なんて言っているけれど。どういう意味だろう。




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