I am GOD’S CHILD

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I am GOD’S CHILD ◆RLphhZZi3Y


――――――Saver

 白と黒の市松模様の床へ、唾液が滴った。
地獄人は喉を太く広げ、顎骨の作りを無視するように口を開けた。
グロテスクな食道を遡り、頭部らしきものがせりだす。逆再生でもしたら、蛇が玉子を呑む姿そのものだろう。
肉の所々が引き千切れ、炭と骨のモノクロの濃淡のみが目立つ。
埃も吹き飛ばないほど細い息をしている。あれだけの電撃を食らっておきながら、どこまでもしぶとい。
欲も悪意も鳴りを潜め、消えつつある精神の欠片がギリギリと渦巻くだけだ。
魂を腹の中へ置いてきてしまった、そんな様子である。
ベッと何食わぬ顔で爪先まで吐いてぶちまける。
口に指を突っ込み、魚の小骨を取るように、奥歯に挟まった衣類まで掻き出した。
無邪気で純粋過ぎるゆえの残酷さが、眼下に醜いものを排出させることに躊躇いなどさせない。
一緒の道を歩かんとする友の為に、嬉々として嘔吐する。

 夕闇が不自然に満ちた。
見渡すまでもない。
もう一人のセイバーがやってきただけだ。
次から次へ、影からばっくりと眼が開く。
その多くの視線が、大広間の床、錬成陣にも似た二重六芒星の一角に集中する。
 更に影を割り、肥大な傲慢より生まれた小さな主が階段を降りてきた。
整えられた、いかにも上流階級の子の出で立ちである。
このお伽噺から飛び出たような城には多少時代錯誤かもしれないが、なかなか様になっている。
先程の探偵も、この姿が現れたなら、驚きこそすれ納得はいき、幻滅はしなかったはずだ。

「何をやっているんですか?」
「何って、見ての通りだよ!
 君へのプレゼントだ!」

 王天君だったものを蹴り上げる。そのまま六芒星を囲む円まで転がっていった。

「ってことは、まだ生きてたんですね、それ」
「あの観測者だかなんだかは信用できなくってさ、同じ仕事の君ならこれを分かちあえると思って!
 だって『仲間』だろう?」

 未だ理想の実現と霧の能力を宿す地獄人は肉塊の隣へ立つ。
彼に似た雰囲気の観測者だかに幻滅して、『仲間』としての対象をホムンクルスへ向けていた。

「いえ、間に合っていますので」
「なんだ、いらないのか。
 なら吐いただけ無駄だったね」
「この中には、既に何万と魂を持っていますから」

 ホムンクルスは傲慢な笑いを浮かべる。
地獄人は屈託ない笑顔で答える。
似た能力を持つ同僚に、このホムンクルスはあまりいい気はしなかった。
これでは片方欠けても成り立つ保険、予備も同然だ。

「ふーん。それならいいんだけどさ」
「霧やらなんやらは、我々の能力を増やすだけに呼んでいたのかもしれません。
 彼はそれすら軌道として考えていたのでしょう」

 そうだよね、やっぱり彼は違う!
と少年は再び肉を飲み込んだ。やはり蛇のようだ。
紅い球が見つめる。
目などどこにもないのだが、球の発する空気が、ちょうどぴりぴりした視線の嫌な感じにそっくりだったのだ。

 十二の角がある陣へホムンクルスは立つ。
全ての世界はそこに凝縮されていた。

「神よ御許に近づかん」

 ぼそりと、呟いた。


#####


 海に潜っているイメージをそのまま塗り立てた、青い壁が囲んでいた。
照明は落とされ、主役のいない水槽へ光が当たる。
ただでさえ暖房の入っていない室内は雪で冷え冷えしてきているのに、凍えそうな色しか目に入らない。

 そんな順路を抜けた出口近く。
行楽地必須の土産コーナー脇のフードコート。
テーブルが規則正しく並んでいる。視界はおおむね良好で、誰が来てもすぐわかる場所だった。

「アンドウ、これが送信ってことで大丈夫か」
「うん、問題ないと思う」



 13 名前:キャトルミューティレーションな名無しさん 投稿日:1日目・午後 ID:CmAie2Thl
 セキグチイマリへ。
 エドワード・エルリックだ。この書き込みを見たら連絡をくれ。
 【携帯電話(ベージュ+ハート)のメールアドレス】



 投下を見届けて、やっとエドは一息ついた。
こっくりと安藤もうなずく。
当面はセキグチイマリの連絡待ちになる。
電脳世界での用を済ませて、少しだけ心が緩んだ。
ゴルゴ、エド、安藤の三人は円卓を囲み、島の大きなマップを広げた。土産コーナーから拝借した品だ。

 ゴルゴはやはり土産の油性マジックで、現在地の水族館に印をつける。
もう一点、今度は闘技場を×印で潰す。
さらに一ヶ所、島の中央の神社へ○を書く。

 義手が地図の三点を緩やかに結ぶ。

 エドは地図にデパートの位置を印すと、周りの音を遮断して、考察に没頭し自分の世界へ入り込んだ。
メタリックな指先で宙をなぞり、事実を並べて推測する。

 派手な錬成方法に隠れた、地道な努力の積み重ねが成せる集中力だった。
行き詰まっているらしく、動かす指も慌ただしい。
錬金術で持ち得た知識を総動員し、片っ端から整理していく。
思考のかけらが細々とした独り言で漏れていた。

「皆既月食、ってことは精神か? いやそんな簡単なもんじゃ……」
「エド?」

 うずくまったエドの肩へ、安藤が手を置く。
そこで初めてエドは安藤が心配そうに見ているのに気づいたようだ。
つい最近、安藤は乾燥剤について友人を引かせるほどの考察をしていた。
他人から見たらこんな風に見えているのだと、安藤は改めて考察癖は妙なものだと感じた。

「ん? ああ悪ィ、ちょっと微妙につじつまが合わねーと思ってさ」
「錬金術において、皆既月食は念頭におくべき事柄か」
「月食、ではないにしろな」

 ゴルゴの推測に素直に答えた。
下手に出ると、今は秘匿しておきたい情報も嗅ぎ付けそうだった。
エドには首輪解除の、安藤にはキンブリーへの隠れた糸がある。

「放送までまだ時間あるだろ?
 ちっと聞いて欲しいことがある。
 順を追って説明すっから」

 すっとエドは息を吸う。

「基本的に錬成陣は円の形をしてる」





 エドは水族館のポスターをひっぺがし、油性マジックで真っ白い裏面に五角形と大小の円を描いた。
何らかの錬成陣だろうと、門外漢の二人でも一目で予想がつく。
太陽と月を数個、真ん中に単純化された二匹の竜を、覚えた手つきでペンを走らせる。
上部に口を開けたライオンを描いたところで、ゴルゴと安藤へポスターを向けた。

「二人とも、一応錬金術の概要は知ってんだろ?
 なら話は簡単だ。率直に言う。
 これ、陣の基礎が人体の構成をしてんだ」
「って、人体錬成する陣?
 いや、人間って錬成できないんじゃなかったか?」

 指を顎に、安藤は返す。ゴルゴは黙ったまま促した。
異世界の原理であるはずなのに飲み込みが早い二人に感心しつつ、
エドは錬金術を噛み砕いて説明を続ける。

「人体錬成の件はひとまず置いといて。
 錬金術の考えでは、生物は肉体・魂・精神の三つで構成されてんだ。
 でもって錬金術記号では太陽=魂、月=精神、石=肉体を表す。
 さらに太陽には男、月には女って意味まである」

 太陽と月を順に指さし、話した用語をマジックで継ぎ足していく。

「中央にある二匹の竜。詳細は省くがこれ雌雄同体って意味で、
 "完全なる"錬金術の比喩表現を示す。
 賢者の石も、錬金術上の伝承では、"完全な物質"として語られてる。
 さらにだ、太陽を飲む獅子は賢者の石を表す。

 んで、今まで言った比喩と記号を総合してくれ。
 太陽が欠ける、つまり男の太陽と女の月が重なった時(雌雄同体)に
 多大な犠牲を負ってできる完全なものが、コレだ」

キャップを閉めたマジックで、獅子をコツコツ叩く。

「賢者の石、か……」
「だけどエド。
 今回重なるのは月と地球の影であって、太陽は関係ないじゃないか」
「そこなんだよなー、ひっかかるのは。
 アンドウ、皆既日食と皆既月食の簡単な構造を描いてくれねーか?」

 渡されたマジックで、安藤は錬成陣の下に大まかな原理を描く。
太陽・月・地球と、太陽・地球・月の順で計六つの丸を並べ、
日食と月食が起こるメカニズムを図解した。
ついでに日食の場合、地球に落ちる影の箇所を線で記す。

「原理の確認だったけど、うん、オレらの概念と一緒だな。
 で、ここで出てくんのが、さっきのアンドウの人体錬成についてのアンサーだ。
 人体錬成はできないし、これは人体錬成の陣じゃない。

 人体錬成の陣をした、賢者の石をこしらえる陣だ。
 昔、何千何万何十万……一国民全員賢者の石に変えた、最悪のだ!
 ――もしこれが日食だったなら、奴らのやりたいことはもう検討ついただろ」

 シンナー臭が漂うなか、三人息を潜める。
『賢者の石に使われる多数の命』の根底を知っていれば、これから起こる絶望的な未来が垣間見えた。
エドの懸念がのしかかる。

「本題だ。何でオレがこの推測を伝えたか、わかるよな」

 ゴルゴも安藤も、地図の一点を見つめる。
闘技場での乱闘が仕組まれたことであるなら、この闘争こそが
月食が起こす"何か"の引き金になりうる。
錬金術をかじっていなければ、説得力もなにもない夢見事だし、机上の空論でもある。
ただ、理論上はつじつまが合っていて、否定する方が難しい。

「最初は、過程はともかく賢者の石を作りたいって思ってたんだけどよ。
 でもそうじゃない。本当に賢者の石作りたいなら人を集めるだけでいい訳だし、
 なんなら真っ昼間に日食のある日を選んだ方がいい」

 皆既日食とは違い、皆既月食は局所しか見られないものではない。
月を仰げる環境さえあれば、地球上どこでも見られる。
逆にいえば範囲が広大すぎて、例え島から脱出できたとしても逃げられない。
皆既月食を利用して、バカみたいにでかいバカなことをしようとしてるのは確実だ。
今までの放送とは比べようもない、世界が破綻しそうな"何か"を島全体で。

 死期を宣告されたようだった。
それでもエドとゴルゴの胸中には、覆す不屈の思いが燃えているが。
鬱塞した失望を隠せない安藤が、かくりと肩を落とす。

「月……精神が隠されるとか、そういう比喩の"何か"があるのかもしれないのか」

 にがりきった顔つきで安藤が呟く。
少し前にエドが漏らした独り言を理解したようだった。

「とにかく、錬金術の知識内では皆既月食で起こることなんてねぇんだ。
 考えられるのは別の技術との融合。
 オレが会ってきた中でも、そんな技術がある世界の人がいたしな。
 いくらベースは錬金術だとしても、それに要素足されるとさっぱりだ」

 逆に……
 エドはニッとする。
"神"の企みを妨害できるのなら、ほぼ確実にそこから"神"の言う運命に綻びができる。
玉座に座る忌々しい者たちへの近道だ。
もしかしたら、それが最初で最後のチャンスになるかもしれない。

 ゴルゴはマップの方へ錬成陣を上書きした。
マジックを走らせるが、円は海へと伸びて島には被らない。
あ、と思い出した風に安藤が頭を抱えた。

「錬成陣は円の形をしてるって言ったよな?」

 安藤は唇を噛み、深呼吸を繰り返す。
不安定ではあるが、悪意のある"神"へ寡黙に抵抗するレジスタントの顔をしていた。

「ああ、
 この島は確かにどちらかといえば円に近いけど、こんなんじゃ発動もしない」
「円は用意されている」

 安藤はうつむいたままだったが、変わってゴルゴが返答する。
油性インクが乾かないうちに、安藤が円を指でなぞった。

「この島はもう丸いドームで囲まれてる。
 透明な卵か、フラスコみたいな感じで……」

 安藤は大立ち回りのせいで頭からすっかり抜けていたが、これではっきりした。
ゴルゴとはぐれ、エドとリンと会ったあの時、ドームを確認していた。
ゴルゴも安藤を追う際に確認済みだった。

 フラスコという単語に反応したエドだったが、すぐ話題を戻す。

「それ使いかねねぇな、奴ら。
 つーかな、ここにいる錬金術師は、もうオレとキンブリーぐらいしかいない。
 人体錬成だなんだに気づけるのは多分オレとこいつの二人だけだ。
 あのヤローがこんな重大な事他人に教える訳ねーし」

 知っているのはゴルゴと安藤だけだと、念を押す。

「オレらしかいないんだ。
 神を一発、ぶんなぐってやらないか」


――エドの提案には裏の意味もあった。

   "神"は扉を開けようとしているかもしれない。
  真理の扉に関しては二人とも知らないはずだ。
目の前に垂らされた蜘蛛の糸をもぎ取ろうとする、不毛な戦いの種は撒きたくない。
  ならまだ伏せておきたかった。

  扉を開けようとしているなら、それを利用して人体の再構築ができる可能性がある。
  首輪が外れる代わりに通行料を払い、もう一度扉をくぐるなら、その先に待つのは。
  "何か"を防ぎたいのも本心だが、それ以上に
  大勢の首輪を外せるチャンスを逃したくなかった――






「まず最初に待ち合わせ? してるっつー神社へ。
 そこから島の施設を回るイメージで、最終目的地へ。
 問題はないよな?」
「……紙の上ではな……」

 神社の後は、大変なことになっていると書き込まれていたデパートへ、ゴルゴが確認に行く。
犠牲者が多数いるかもしれないデパートへ、首輪を回収しに行く目的だった。
書き込みが半日近く前というのもあり、沈静化してるだろう。

 月食で起こるあらゆる可能性を拾いながら、最終目的地、掲示板に投下されていた挑発の場所へ向かう。

 Cの挑戦状について、少し時間が空いた後の書き込みを信じるなら、
他にもあらゆる手を使って確実に人を集めようとしている。
Cは本人が言う通り、"神"の仲間である可能性が高い。
神やらが力を貸すのなら、禁止エリアは闘技場への道以外を塞いでいくに違いない。
どのみち防げないのなら、正面突破してやろう。
安藤だけは最後まで消極的だったが、しばらく胸を掴むと決心したようだった。

「紙の上……
 エド、錬成陣ってどうして二次元的なんだ?」
「は?」
「ほら、俺が落ちたところがエネルギー源だとしたら、
 立体的な錬成陣とかも可能なんじゃないか?」

 安藤にとっては、二次元を三次元に置き換えただけの単純な疑問だった。
エドはアメストリスを錬成陣で囲まれていたせいもあり、先入観で島だけが対象だと考えていた。
そうであるなら、調べるのは骨だ。

「くそ、ここも継ぎ足してくれ! 頼む!
 オッサンだってデパート行きたいんだろう?」

 エドが指したのは旅館だった。
そこにはワープトラップが仕掛けられている。

「……いいだろう」

 二度目の呆気ない許可に、肩透かしに似た軽い虚脱感を覚える。

 それが漂っていたのも束の間、ゴルゴは安藤が直面していた危機を本人に伝える。

「……体調は持つのか」
「わかってたのか……」

 隠す意味もなかったなと、安藤は頬に手を当てる。
胸を押さえ、こらえるように息を吐き出した。

「――俺にはもう、時間がないかもしれない」

 腹話術の副作用に倒れてから、体調が回復しない。
体調は護衛対象に施せる処置の域を越えていた。

「もう……戻れないんだよ。
 ずっと迷って、逃げて、迎合して。
 だからこんなに簡単に日常は壊れたんだ。
 今だって、妬むだとか悔しいだとか劣等感とか、醜い感情が蠢いてる。
 そんなの、例え帰れても消えない。
 鳴海に依頼されてるのは俺に敵対する人間の無力化だろ。
 俺の体調は依頼遂行に問題はない。
 頼む。連れていってくれ」

 ゴルゴには依頼が残っている。置いていくことはない。

 闘技場への通過点に、診療所が加わった。


#####


――――――Watcher

 全面のモニターはフル稼働している。
二重の意味でウォッチャーの名を掲げる男が、絶えず変わるモニターの画面を注視する。
デジタルな光はなお島を捉え続ける。

 事の成り行きを観察することこそが、生まれ持ってでの仕事なのだ。
神のなかでは、仕事量は多いが一番安全な立ち位置にいる。
余裕とゆとりにもたれながら、異形と化した獣を観察する。
キリスト的な意味ではなく三位一体となった融合物体。
深夜にかけてどう動いていくかを見届けたい。仕事を抜きにしても興味がある。
市民の全てを孫所有者にした身としては、これを観察する情報が物足りなくも思う。

「安全なんてまやかしね」

 振り向けば、監視と情報伝達に特化した女がいた。
ウォッチャーよりもハンターに混じって情報を送った方が役立ちそうであるが。
無数の蟲を束ねる長もどこかにいるはずだが、聞かないことにする。
好き好んで大量の砂蟲を見る趣味はない。
もっとも、もう身体に宿している蟲がいるので、親玉がいようがいまいが気色が悪いのだ。

「まやかし?
 この座がダモクレスの剣の下の座だとでも言いたいのか」
「ダモクレスが誰だか知らないけど、腐りきってるわね。
 何のためにここにいるのかしら」

 知るそぶりで率直な感想をぶつけられた。
神の名の下にあぐらをかいていた訳ではないので、女の言い種は癪に触る。
男のいた立場を使ってこの仕事をこなしていることを忘れているのではないか。
結局はこの"女"も、未来を告げる日記のように、端末でしかない。
男はまた目線を画面へ戻した。

 女は女で、この男と同じ仕事についているのが嫌だった。
ハンターよりも優遇された立場だと勝手に思い込み、
神を盲信するセイバーの能力を過信し、観測者の独立という事態すら気にかけない。
かといって、権力がないかといったらそうでもない。
この男の本来の未来を知り、セイバーの地獄人と同じぐらいタチの悪い歯車なのだとよくわかった。
いくら予測日記だかの創造主だとしても、政治家としては三流もいいところだ。
導く素質を見るなら、グラスホッパーの代表とかいう男の方がずっとマシだ。
えげつない神の舌先三寸で丸めこまれ、二つ返事で引き受けたに違いない。
逆らう気力すら起きない強烈な力に、従う道のみ残された女とは根本から違った。

 運命の上では誰もが平等、観客席ですら戦場になる可能性だって大いにあるのだ。
高見の見物を決め込むことを前提にしていたら、真っ先にやられる。
籠城にしても、だ。

 それなら、もっと有意義な観察手段を取ったほうがいい。
女は服に手をやる。
下へ下へおろし、粘着的な音を立てて、それを引っ張り出した。
あの政治家が揶揄した、12番目の変態正義マンとは全く違う、人を支配する方法。
湿っぽく温かなものが、にゅるりと跳ねる。
女の意のまま動くパラサイトは、隙だらけの男へと吸い込まれていった。

 悲鳴が響こうが抵抗しようが、誰も助けには来てくれなかった。


#####


 土産コーナーに、安藤とエドはいた。

キューッ。キューキュー。

 安藤の手の動きに合わせてイルカが鳴いた。
イルカのぬいぐるみの背中をポクポクと押すたびに、膨らんだ空気袋からイルカの声を模した音が漏れる。

 はしゃいでいればまるで修学旅行生のようだが、安藤は大真面目にイルカを選んでいた。
正確には、イルカのついたウエストポーチだ。
安藤は支給されたデイバッグをリンに取られたままで、手ぶらもいいところだった。
大した荷物がないとはいえ、バッグぐらい欲しい。
柔らかい布を破り、邪魔で目立つイルカごと空気袋を取り除く。
耳障りな空気袋がギャッと呻いて、ぬいぐるみは転がった。
ベルトを限界まで伸ばすと、何とか腰に回すことができた。

「つーかピッチピチじゃねぇかそのバッグ。子供用だろそれ?」
「だって子供用以外はないじゃないか」
「あーくそ、イマリがあんなTシャツ着てた理由がよくわかったわ」
「やめてくれ、思い出すだけで色々いたたまれなくなる」

 青い蛍光色のイルカのぬいぐるみは、関口伊万里が着ていたTシャツの柄の物と同じである。
仕方なく子供用を選んだ彼女の気持ちがわかった気がした。

 安藤と軽口を叩きながら、エドは慣れそうもない手つきで小さな画面とにらめっこしている。
器用なもので、ボタンを押しながらも土産品で使い物になりそうな物を物色していた。
ひとしきり土産コーナーを回ったところで、安藤を手招きして呼んだ。
どうやら伊万里との連絡が取れたようだった。素っ気なく電話番号だけ書いてあるメールが着信している。
これを電話帳登録する確認だった。偽名に反応しているので、本人と見ていい。
名簿に載っていない名前を出すのはIDに信用を置かれなくなるが、この際無視する。

「ひっ、ぐしっ」

 血の混じった鼻水を垂らしかけ、安藤はくしゃみをした。
BGMもない水族館では、やたらと反響する。続けてエドも鼻をすすった。
安藤は陽が明ける頃から泥まみれの制服で行動していたのだ。
だからといって、雪が降るなか土産の子供Tシャツを着るなんて自殺行為はできないが。

「着るか?」

 エドが赤いコートを差し出してきた。

「…………えっ?」
「何だその間は! 誰がチビだぁあ! とにかく、それ着」
「着ろ……」

 タイミングを伺ったのではなさそうだが、布と鍵を持ったゴルゴが戻ってきた。
泥まみれの安藤へ、ゴルゴはツナギを手渡した。
飼育員用らしい。水族館のロゴが胸に刺繍されている。
鍵を手に入れているので、ゴルゴは第一の目的は果たしたようだ。
ツナギは行き掛けの駄賃らしい。

「あ、ありがとうございます」
「連絡用だ……お前も持て」

 また寄越されたのは、エドのキュート過ぎる携帯電話とは正反対の端末だった。
飼育員のものだろうか。
メタリックシルバーの、アンテナが伸びる携帯電話だ。
機能は相当劣る。画面は荒いドットだ。
通話専用の、流行り始めた頃の携帯である。
エドとゴルゴが所有する電話番号とアドレスを登録してみたが、
赤外線送受信できるものの、カメラ機能はついていない。
メールできる文字数も著しく少ない。
掲示板への書き込みの文字数も、大幅に制限される様子だ。
ツナギのついでに回収したらしい。

「来い……着替えは車の中ででもできる……」





 水族館搬出口のシャッターが開く。
厚い雲で見えない太陽が落ちつつあり、辺りの白さが際立った。
移動の足が出庫するのを、かじかむ手を摺りながら二人は外で待っていた。

「あと三十分ぐらいで六時だぞ、間に合うのか?」
「たぶん……東郷さんが約束を破るとは思えない。
 現にあんなところから落ちた俺を追ってきたんだ」

 どんな手を使ってでも時間には間に合わせようとするんじゃないかと、鼻を赤くして安藤が答える。
二人は睫毛に雪の結晶を溜めて、空を仰いだ。
雲の上、まるで玉子のような天井を想像する。
今も空中を巡っている即死トラップを目で追う。見えもしないのだけれど。

「……やっぱり"舞台装置"なんだな、ここは」
「心配すんな。逆に考えりゃあと六時間は発動しねーだろ?
 この六時間が根性の見せ所だ」

 脱力感を漂わせる安藤に、今度はエドがフォローした。
互いを補って生きていけるほど気心知れてはいないが、
だからといって信用を安売りする真似などは必要ない。
妙な間柄だ。

 不安の言葉だけではこぼれ落ちてしまう胸騒ぎに、かえって浮き足立ってしまう。
これから自分たちがやろうとしていることに意味があるのか、
そもそもそれが正しいのかすら判断できない。
間違っていても、後戻りは許されない。
少年らしい青臭さを持った理想論と、裏社会の泥臭さを知った現実観が、
思考癖のある二人の胸をかえって締め付ける。

 土産コーナーでの軽口も、踏み出す道が細く暗く険しいとわかった上での振る舞いだった。
渦巻く怒り、溜まる憎しみ、溢れる悲しみ、
そんな感情に無理矢理蓋をして、それでも助かるなら前に進むしかない。

 針のムシロに座る役回りがどれだけ辛いかを、
エドはこれまで生きてきて知り、安藤はこれから生きていき知る。
それが正規の運命だとは知るよしもないのだが。



 緩やかにシャッターが上がり、車体が全体像を現す。
乗用車でも見つけたのだとばかり思っていたエドと安藤は面食らった。

 こんなので行くのか! とばかりに口を開く。
足跡のない、まっさらな雪道をズンズン進み始めたのは。

 観賞魚の搬入に使う中型トラックだった。
可愛い魚の絵がボンネットに描かれている。
運転席のゴルゴには全くもって似合わない。

 箱形の荷台には水族館のロゴが貼ってあったようだが、しっかり剥がされていた。
無論荷台は空っぽだった。
また、日が落ちるこれからを考えたのか、バックライトとウィンカーは破壊済みである。
さすがに前面のライトは、最初の目的地が山の中なので壊されずに残っている。
できうる限りの注意と保険に気を払ったトラックに仕上がっていた。
まだ用心を重ねている場所もありそうだが、暗い車庫ではそう判断つかなかった。

 辺り近辺、これしか車がない。
乗り換えも視野に含めての移動になりそうだ。
実際、ゴルゴもそれを見越しての選択らしい。
でなければ、こんなガタイのいい車などで、大事な約束の場所へ出発しはしないだろう。

 気を取り直し、トラックには珍しい後部座席へ二人は乗り込む。
安藤はゴルゴの指示でビジネス的に一番安全な席、運転席の後ろへ。エドは助手席後ろへ。
アクセルを踏むだけで動くオートマとは違い、トラックは操作が少し難しい。
ゴルゴはそれを自分の手の様に動かす。



鋼の二つ名を持つ錬金術師、エドワード・エルリック。
神に背徳する名の殺し屋、ゴルゴ13。
孤独な闘いに身を投じる高校生、安藤。

 月光が降り注ぐ深夜のおぞましい宴に向かって、三人は出発した。
振り向く選択肢はない。
前にしか行く道は残されていないのだから。


#####


――――――Observer

 政治家の青年とピアニストの少年の二人は相変わらず薄暗い闇にいた。
暗い部屋、一本足の丸テーブル、チェスの盤は先ほどから何も変わっていない。
他では仕事をしている者達もいるというのに、それでも留まり続けている。

 青年は世界は変えることができると証明すべく、
少年は予定調和である未来を見据えるべく、
この小さな島の舞台に降り立ち運命の繰り手となった。

 だが自らの意志でこの場にいているものの、首を傾げるほど上手くいきすぎている奇妙な整合に、多大なる疑問があった。
整合など、"運命"で片付ければそれで済む。
だからこそ、"運命"で済ませたくない。
そのために観測者となり、不確定かつ不安定な対象を送ってやったのだ。

 その整合している疑問について、場所すら変えずに二人は話し合っていた。

 例えば仕事のこと。
似た性質同志のコンビが、稀薄なつながりを覆い隠してそれぞれの仕事をしている。
いや、互いを刺激しながらも牽制している。
今、セイバーもハンターもウォッチャーも、そして観測者も、対になるもう一人と属性がかぶっているのだ。
彼を除く十一人は、各々好きな仕事についたというのに。
もしそれが仕向けられたことだというのなら、ウォッチャーから二人が観測者として独立したのも、
彼が予測していたことだと考えていいだろう。
むしろそれの方が腑に落ちる。
しかしこれはあくまで前フリでしかない。

「あの戦闘狂はアレス。
 英霊を宿す彼女は名前が示す通り、アテナにあたるだろうね」
「十二人が完全に神と呼応している訳じゃないだろう」
「どうかな? 偶然にしては出来すぎだと思うよ。
 かの騎手もハデスに値する。錬金術の神といわれたヘルメスまでいる」

 疑問――すなわちこの『十二人いる神陣営』についてだ。
あまりにも、あまりにも出来すぎている。
神の人選など、"偶然"で片付ければそれで済む。
だがやはり、"偶然"で済ませたくない。

 観測者の二人は自分も観測対象にする。
客観的に見ても、どう考えても、二人の答えの辿り着く先は同じだった。



「「僕/俺達は、十二神になぞらえられていないか」」



 オリュンポス十二神。
ゼウスを頭とし、ヘラやアテナなど十二柱がいる。
十二柱の特徴が、生きているこちらの陣営と大方重なっている。
よく似た世界観を共有していたから辿りついた結論だ。
三流市長以外、ハンターもセイバーもウォッチャーも、まるで生きる世界が違う。
十二神になぞらえようがなにしようが関係ない。なにせ、神話自体知らないのだ。

 ごく一部、未来を映す鏡を持つ十二人がいたが、
恐らくはその人間たちをモデルにでもして陣営の者を選んだのではないか。

「今、セイバーが例の大広間にいる。六芒星を二つ重ねた、あの陣だ」
「六芒星が二つなら角は十二。
 僕らが立つのはやっぱりあそこ、"世界の中心"になりそうだ」

 もし十二神として生きるのが運命だというのなら、流れに乗りながらも逆らおう。
矛盾しているが、二人の見解のまとめはそこで途切れた。


#####


――――――???

 娘が光源がない、暗い建築物でうろついていた。
せっかくの日傘が日傘としての機能をしていない。
ここも神がいるとされる場所だが、鮮やかで華やかな光を放つ城とは勝手が違った。

「王族の庭城(ロイヤル・ガーデン)の建つカルワリオの丘。
 偶然とはいえ、貴方によく似た通り名ではないかしら?」

 娘は端にいる騎士へ問い掛けた。
騎士は何も返さない。

「カルワリオ、いえ、私がかつていた日本では、ゴルゴタの丘という名の方が有名だったかしら。
 ゴルゴタもカルワリオも、どのみち意味するのは髑髏。
 そういえばこの丘の名を取り、神に背徳するという名の方も参加していましたわね」
「娘よ、因果律の範疇にいる者を束ねる時間だ。
 ――娘、いや英霊よ」

 英霊、そう呼ばれた娘の頭上に白骨の影が現れる。
自身の本体を棚に上げ、騎士だけが髑髏(カルワリオ)の名に見合うと言う。

 欲望をたぎらせた空虚な目が騎士を睨む。欲望はとどまることを知らない。
いずれ彼の持つあの紅い球を取り込み、復活しようとしている。そのために、今は従っているのだ。
無駄であるにも関わらず、だ。
身体の主は乗っ取られ、魂はこの世から消えている。

「この屍を助けようと、早々に脱落した少年は何思うか」
「あら、あの人はあの時殺し損ねた執事ですわ。
 死んだところで何があります?」

 金色の縦ロールが揺れる。
夜に溶け入りそうな漆黒のドレスに、金髪が絡まった。
風が強まる。

 神を崇める箇所を散策する。
騎士とドレスの娘は、その場所にひどく不釣り合いの格好をしていた。
長い石の階段の頂上に立ち、下にいる者達へ胸を張り告げる。
日傘を閉じて、積もった雪を払う。

「ようこそ、神のおわす地へ」

 強面の屈強な男に、アジア系とヨーロッパ系の少年が二人、そこにいた。
先頭にいた紅いコートの少年が唖然としている。

 みぞれが叩きつける音だけが神社に残る。




「誰だ、あんたら!」

 神社にそぐわないにもほどがある服装を見れば、そうせざるを得ないかもしれないが、
明らかに敵意を持って尋ねられた。
娘はドレスをはためかせる。
率直に言われたら、答えるのが礼儀であろう。

「名前を聞くなら、自分からお名乗りなさい。
 ……と言いたいところですが、存じ上げておりますわ。
 エルリックさん、安藤さん。
 そしてお会いできで光栄ですわ。
 神に背けし名を持つゴルゴさん」

 寒さではない冷たい空気が、石段を支配する。
こちらは何も仕掛けるつもりはないのに。
少年探偵を招く入り口を作り出しただけなのだ。

「……私は天王洲アテネ。
 この星で最も偉大な女神の名前よ」

 娘が名乗ったと同時に、軽やかに馬がやって来た。
音も無く騎士は馬へ飛び乗り、娘もそれに続いた。

 幻よりも儚く、夢よりも強烈な印象を残して、馬は森へ消えた。



 邂逅をふいにして臍をかむ三人は石段を上がる。
頂上へ足を踏み入れる寸前、何もない中空から突然少年が現れたのを見た。
少年本人も、意味がわからないといった顔をしている。
気づかれないうちに身を隠した。



 時は五時五十八分。
世界の終わりは近い。


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