適者生存 -survival of the fittest-

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適者生存 -survival of the fittest- ◆Yue55yrOlY






生き残る種というのは、最も強いものでもなければ、最も知能の高いものでもない。

変わりゆく環境に最も適応できる種が生き残るのである。


 チャールズ・ダーウィン




       ◇       ◇       ◇


海面を渡ってきた冷たい潮風が、堤防代わりの木立の合間を通り抜けて、びゅうびゅうと風切り音を掻き鳴らす。
氷雨の勢いはいよいよもって激しくなり、殴打されて熱く腫れあがった少女の顔を冷やしていた。

否。
容赦なく体温を奪っていくそれは『冷やす』などと言う、生易しいレベルのものではない。
剥き出しの肌を刺すような寒気は、もはや痛いとさえ言えるものだ。
じっと動かずにいると、目からは自然と涙が滲み、指先は自分のものではないかのように感覚が乏しくなる。
鼻から滴り落ちる血でさえも、今にも凍りついてしまいそうだ。
疲れたから少し休みたい、などという泣き言が許される天候ではなかった。

「うう……」

やむをえず、ゆのは疲れた身体に鞭を打って、のろのろとした動きで立ちあがる。
いつの間にか風に飛ばされて、少し離れた木の枝にひっかかっていたショールを取りに行こうと考えたのだ。
だが、一歩足を踏み出した瞬間、ゆのの股間に鈍痛が走り、少女の表情が苦痛と嫌悪に歪む。
今までに経験した事のない痛みに、思わず喉から悲鳴の声が漏れてしまう。

「痛っ……やだぁ……こんな……」

あの子だ。
あの女の子の指が、まだお尻の中に入っている。

もちろんそんなはずがないのだが、お尻に突きこまれた冷たい異物感は、消える事無く鮮明なままだ。
まるで、死者の遺した呪いを、体内に刻み込まれてしまったかのような悪寒。
もしやあのゾンビ少女の、最後の怨念染みたなにかが、自分の身体の中に注ぎ込まれたのではないだろうか――。

「……なーんちゃってーっ! そんなわけ、ないよねっえへへっ」

僅かに思い浮かべてしまったオカルティックな妄想を、わざとおどけた声で追い払うと、ゆのは痛みを堪えて歩きはじめる。
少しガニマタ気味の奇妙な歩き方で、目的の木の下に近付いたゆのは、ようやくショールを回収するとそれを羽織った。

濡れていなければ良いなと思いながら、手に取ったショールは期待通りに暖かな肌触りで。
その温もりでようやく人心地付いたゆのが溜息を吐くと、真っ白い吐息は一瞬だけ鼻先を温めて儚く消える。
ゆのは、口元を両手で覆うと、再び深く息を吐いた。


落ちついて周囲を見渡してみれば、先程の少女との戦いで散乱した武器やデイパックが転がっている。
その中で一番近くにあった日本刀を手に取ると、ゆのは土の上に倒れている少女の遺体にゆっくりと近付いて行った。

怖い想像を働かせてしまうのは、それがゆのにとって未知の相手で、理解の出来ないモノだからだ。
既に息の根が止まっているとは言え、相手は最初からゾンビめいた少女であったし、ゆの自身が止めをさした訳でもない。
だから、いつか息を吹き返すのではないか。
そんな心配が、ゆのに謂われのない恐怖感を与えていたのだろう。

ならば、ゆのが安心出来るカタチにしてしまえばいい。

寒さにかじかむ手で、しっかりと日本刀を握り締める。
初めて触った刀は、時代劇などで侍が軽々と振り回しているのが信じられないほど、ずっしりとした重みがあった。
だが、この場合に限って言えば、その重みは逆にゆのの仕事の助けになるだろう。

「動かない……よね?」

死体が動かない事を確認したゆのは、仰向けに倒れている遺体に馬乗りして、ギロチンのように刃を押し当てる。
刃の背に添える左手は、誤って切ってしまわないように、にゃんこの手。
そうして準備を整えたゆのは、躊躇いもなく一気に刀に体重を掛けて押し込んだ。

首を、断つ。

感触としては、大型の魚のお頭を落とす感覚に近い。
骨の辺りに若干の抵抗を感じたが、この肉切り包丁の切れ味は素晴らしく、一息の内に首を落とす事が出来た。
噴き出た熱い鮮血が、ゆのの両手を赤く濡らす。

「あはっ、あったかぁい……ホントに、生きてたんだ……」

凍えた手に、じんわりと染みるような暖かさが気持ちいい。
この血の暖かさは、この少女がゾンビなどではなく、ちゃんとした人間であった証。
そして今、首を断った事によって、少女は間違いなく死んだのだ。
もはや、恐れる事は何もない。
ゆのは刀を手放すと、陶然とした心持ちで両手で血を受け止めた。
熱い、熱い命の水を。


       ◇       ◇       ◇


そうやって、不意の遭遇戦に始末をつけた後。
ゆのの足取りは再び、北へと向かっていた。
海辺の道は、山間部と比べれば雪が積もりにくくて歩きやすいが、それでも今のゆのには辛い道程だ。
なにか楽しい事でも考えながら歩ければ、楽だったかも知れない。
だが、墨汁をぶちまけたような闇夜の中で脳裏に浮かぶのは、これからどうやって生き抜くか――という事だけだった。
自然、その思考は新しく手に入れたアイテムへと、向けられる事となる。

日本刀。
二丁のマシンガン。
手榴弾。
他にも多数の品物が、ゾンビ少女のデイパックには入っていた。

きっと、数多くの参加者を殺して奪い取ってきたのだろう。
どれも充分に、人を殺せるだけの凶器だった。
もし、あの少女がこれらの装備を自在に使いこなせるだけのコンディションであったなら、今こうしてゆのは生きてはいなかったはずだ。
その想像に秘かに戦慄するゆのであったが、それらの武器も今ではゆのの物である。
自らのデイパックに、丁寧に仕舞われた武骨な武具の手触りは、心強くもあった。

だが、首輪は集めてはいなかったらしく、一つもなかったのが残念だった。

ゆのも集め始めた時は混乱の極致にあった為、使い道など考えも付かなかったが、考えてみればこの首輪は参加者たちを掣肘する
強力な爆弾なのだから、武器として転用する事も可能であろう。

キンブリーとの契約の一件もある。
もはや腕を治して貰う必要はなかったが、あの錬金術師との契約は未だ破棄されたわけではない。
等価交換。
彼の語ったその言葉の意味は、等しい価値を有するものを相互に交換するという意味だ。
ならば何も腕の治療に限らずとも、首輪十個分の対価を得る事は出来るはずだ。

ゆの自身が集めた首輪は、ここまでで六つ。
パックの死体に嵌まったままの首輪も含めれば、七つの首輪がゆのの手元にあった。
加えて首輪に関するレポートという物も手に入ったし、これから先も首輪が手に入る可能性はある。
約束の数には未だ足りないが、交渉次第ではキンブリーの興味を惹く事も出来るだろう。

もっとも、再びゆのがキンブリーと出合うような事があるかどうかは判らないし、今の所は特に頼み事もないのだが……。
これから先、自分が先程の少女のような、酷い目に合わないとも限らない。

ゆのはふと立ち止まると、胸に抱いていた混元珠を小脇に挟み、先程新しく手に入れたばかりの首輪をデイパックから取り出した。


我妻 由乃

よしの――いや、もしかして、ゆの。
首輪の裏側に刻まれた文字は、そう読むのだろうか。


自分と同じ名前。
ただの偶然だ。
深い意味など、あろうはずもない。
同じ名前の人間くらい、世の中にはいっぱいいるし、彼女と自分とはなんの関係もない別の人間だ。
たまたまそれがクロスした程度の事で、うろたえる必要なんてない。
同じ名前だからといって、同じ運命を辿る訳ではないのだ。

死体から外したばかりのこの首輪を、初めて見た時もそう結論していたが、それでも陰鬱な気分は消えない。
ちょっとした事で、すぐに気持ちが落ち込んでしまうのだ。
この島では。

ゆのは一つ溜息を吐くと、首輪をデイパックに戻す。
そして気を取り直すと、再び歩きはじめた。

ここがひだまり荘だったら。
もし、今歩いているのが住み慣れたいつもの土地であったなら、誰かが必ず傍に居てくれた。
落ち込んでいれば励ましてくれたし、調子が悪ければ介抱もしてくれた。
もちろんゆのだって、他の誰かが困っていれば、率先して声をかけたものだ。
そうやって親元を離れた自分達は、暮らしの知恵だとか、安心感だとか、しあわせを共有してきたのだ。
だけど、ここでは――。

「ダメダメ、今はひだまり荘の事は忘れなきゃ……」

ぶんぶんと頭を振るうと、髪に付着していたみぞれと一緒に、赤く染まった何かが振り落とされる。

「あ……」

それは我妻由乃が着ていたブラウスの布地を切り取って、ガーゼ代わりに鼻に詰めていた物だった。
一瞬、ゴミを拾おうと屈みかけたゆのだったが、これくらい別にいいかと思い直す。
屈むのが億劫だったし、この島の環境が少しくらい汚れた所でゆのには関係のない事だ。

それよりも、中々鼻血が止まらない事のほうが、ゆのにとっては重大事だった。
幸い鼻骨は折れていないようだったが、これ以上出血が続くようだと貧血になりそうだと自覚していた。
それほど派手に出血しているわけではなかったが、既に大量に失血していたので一滴の血液さえも無駄には出来ないのだ。

「やっぱり病院に寄って行ったほうがいいかなぁ」

既にゆのの視界には、白い巨大な建造物が入っている。
別に病院を目指して歩いてきたわけではなかったが、せっかく近くまで来たのだから寄って行くのが合理的だ。
全身痛い所だらけで薬が欲しかったし、酷く疲れてしまっていて、まぶたがくっついてしまいそうなくらい眠かった。
こんな状態で競技場に向かっても、死にに行くようなものだ。
死にたくないから足掻いているというのに、それでは本末転倒と言うべきだろう。

そもそも、ゆのがここまで突き進んで来たのは、怖い人たちに脅迫されていたからだ。
一つ、首輪を十個集めてきなさい。
一つ、三人殺してきなさい。
一つ、競技場にきなさい。
という、三つの命令に従って、ゆのは動いてきた。

しかし改めて考えてみれば、一つ目の件は別に急ぎの用という訳でもない。
二つ目の件もパック、胡喜媚、我妻由乃の三名を倒し、既にクリアしている。
ここまでゆのが歩いてきた原因の三つ目の件にしても、別に人質を取られた訳でもないし、無理に実行する必要などどこにもなかった。
出合ったあの場所を離れて、ゆのが隠れてさえしまえば、趙公明たちとは再び出合う事すらないかも知れないのだ。


ああ、なんだ。
別にもう、休んでも良かったんだ――。


その気付きは、ゆのの身体にずっと圧し掛かっていた、重しが取れたような開放感を齎した。
強張っていた身体の緊張がゆるむ。
すると、これまではどうにか我慢していた生理的欲求が、むっくりと頭をもたげてくる。

そうだ。病院に入ったら、お風呂を探そう。
凍えきった身体を、まずは温めたい。
贅沢は言わない。シャワーだけでも良い。

それから薬を探して治療をして、それからそれから厨房で何かを作ろう。
時間が経ってこちこちになっているおにぎりも、水と一緒に鍋に入れて火をかければ、柔らかく煮崩せるだろう。
おかゆみたいにしたそれを食べれば、きっと活力が湧いて来るはずだ。

ああ、でもそれより何よりも、まずは寝たい!
暖かな毛布に包まって、ぐっすりと眠る事が出来れば、他の事は全部後回しでも構わない……。


重たかった足取りが、少しだけ軽くなる。
望みは次から次に出てきて、そのどれもが魅力的に思えた。
瞳に期待の色を宿らせたゆのは、病院の敷地内に足を踏み入れて――。


次の瞬間、目前にそびえ立っていた巨大な建造物が、轟音と共に崩れ落ちて行くのを見た。
身体に感じる振動は、雪崩落ちる瓦礫の衝撃が大地を伝わってきたものだ。
瓦礫同士が擦れ合うような強烈な破砕音で、今にも鼓膜が破けそう。
気が付けば、黒いもやが目前まで迫っている。
土埃と共に天まで舞い散った大規模な粉塵が、瞬く間に敷地内を満たして、ゆのの元へも押し寄せてきたのだ。


――何が起きたのか、判らなかった。
しゃっくりをした時みたいに、横隔膜が震える。
驚きのあまり、ゆのはしばらく呼吸を止めていた。
周囲には、薄い水色の膜がある。
混元珠によって周囲の雨水を操作したゆのは、自らの周りに即席のバリアを作ったのだ。
物理的な防御力は皆無に等しいとは言え、粉塵を防ぐだけなら上等な対策だった。
これまで、いくつかの非日常的な危機を乗り越えてきた事で、ゆのの対応力も上昇していた。

だが、それは目前まで迫っていた粉塵に対応しただけの事だ。
どうして、いきなり病院が崩壊してしまったのか。
そして、この事態に対して、どういう対応を取ればいいのか。
それがゆのには判らない。

唯一思いつく対策は、この場から逃げ出すという選択肢だけだったが、逃げようにも周囲一帯には濃密な煙幕が立ち込めていて、
視野がまったく確保出来ない状態だ。
このような状況では、下手に動いた方が命取りになるという事も有り得る。
故に、ゆのは小さな身体を更に縮めて、震えながら煙が収まるのを待つしかなかった。

すると、そんな風に怯えているゆのの耳に、奇妙な音が聞こえてきた。
重く、硬質な物体同士がぶつかって擦り合うような、不快な音だった。
目を凝らして、なんとか何が起きているのかを探ろうとするゆのだったが、煙幕の先は十センチすら見通す事は出来ない。
しかし、折からの強風が吹き荒れて、闇のカーテンを払いのける。
視界を塞いでいたもやが薄れたそこには――瓦礫の山が、なかった。

「……えっ?」

そこにあったのは、二本の白い円柱だった。
逆Vの字型にそびえ立つ巨大なそれは、上空で一本に纏まって直立している。
接地している部分は巨大な靴のような形状をしており、よくこれだけで倒れないなと思うような、奇跡的なバランスを演出していた。

「……って言うか、もしかしてこれ……足の……像?」

あったはずの瓦礫の山が無くなっていて、代わりに下半身だけの巨大な石像が立っている。
この結果から導かれる答えは、瓦礫の山を原料として、僅かな時間の内にこの像を建造したという事しか考えられないが、
一体どこの誰が、そんなバカバカしくも非常識な真似をしでかすと言うのだろうか。
建造した方法も謎ながら、わざわざ病院一つ潰してこんな物を作った意図が判らない。
ひたすら固まって、空中にクエスチョンマークを飛ばし続けるゆのの前に、救世主が現れた。

「ふふっ……それは僕さっ!!」

チーンという機械音と共に、像の靴の部分に設置されたドアが開く。
そしてその中から現れた男が、ゆのの考えを読み取ったかのように高らかに宣言した。
鳴り響くヴァイオリンの独奏。
男の名は、趙公明。
二度と会うはずのなかった男であった。

「どっどっどっどっどっ……」

どうして。
どうして、競技場へと向かったはずなのに、まだこんな所にいるのか。
どうして、こんな像を作ったのか。
どうやって、病院を潰したのか。
どうやって、こんな像を作ったのか。
無数のどうしてが頭の中に渦巻き、ゆのは削岩機のように『ど』の音を繰り返す。

だが、実際の所そんな疑問など、どうでも良かった。
この場で重要なのは、再びこの男と出会ってしまったという事実だけだ。
酸素が足りない。
世界が歪む。
男は、ゆのの救世主などではなかった。
このままでは、連れ戻されてしまう。
再び、闘争と苦痛の世界へと。

「おや? 君も道路工事かい?
 僕も久々に舞台の建造に勤しんでみたんだが、やはり芸術は良い!
 いや、先に競技場へと向かってみたのだけれどね。
 あまりに華のない所だったので、こうやって舞台を彩る芸術的な像を造りに戻ってきたという訳さ!
 ハァーッハッハッハッハァー!!」

だが、男はゆのの様子などお構いなしに笑い続ける。
真夜中も近いと言うのに、相も変わらずエネルギッシュに。

代わりに趙公明の背中から、ひょこりと姿を現したのは西沢歩だった。
セミロングだった髪の毛は、ゆのと同じ程度の長さに切り揃えられていた。
切られた後ろ髪に合わせて、長さを揃えたのだろう。

「あ……元気……だったかな?」

予期せぬ再会に、少しだけ気まずげに。
だが、しっかりとゆのの瞳を見つめながら、歩は声を掛ける。

「ッ……」

元気な訳ない。
この格好を見れば、判るでしょう?
あれから少ししか時間が経っていないのに、私はゾンビみたいな女の子と、殺し合いをしてきたんだよ?
こんなにずぶ濡れになって!
顔をいっぱい、殴られて!
貴方はいいよね。どうせ人質として、大事にされていたんでしょ?
誰かが助けてくれるのを、お姫様みたいにのんきに待っていたんでしょう?

そんな憎まれ口を叩きたかったが、慣れない言葉は上手く口から出て来ない。
ゆのは精一杯の敵意を瞳に込めると、歩を睨みかえす。
そんな取り付く島もない様子に歩が苦笑を返すと、ゆのの頬に朱が差した。

バカにしている。
汚くなった私を、綺麗なままで見下して。
こうならなきゃ私は、生きていけなかったのに。

これ以上、この子と一緒に居ると、またおかしくなってしまいそうだった。
ゆのは、歩から視線を外すと趙公明に向き直る。

「あ、あの……それじゃあ競技場で、またお会いしましょう。
 わ、私、これで失礼しますね」

「待ちたまえ」

ぺこりと一礼してから、回れ右をしようとしたゆのに、男が待ったをかける。
ぎくりと、背筋が震えた。

「な、なんですか?」

「こうして又会えたのだ。せっかくだから乗って行きたまえ。この『巨大趙公明の像』にっ!
 何、遠慮はいらない。
 まだ未完成とは言え、ちゃんと内部にはゲスト用の居住スペースを設けてあるからね!
 君一人くらい同乗したところで、まったくなんの問題もないのさ」

「きょっ、巨大趙公明の像……?
 う、ううん。そうじゃなくて……だって、わ、私には人質の価値はないって……」

どうやら、この未だ下半身だけの石像は、趙公明自身をかたどった物らしい。
言われてみれば靴の形などはまったく同じ造形だし、ズボンの三次元的なデザインも中々の腕前だ。
とすると、これから上半身も造る予定なのだろうか。

それは充分に驚くべき話だったが、反応するべきはそこではない。
趙公明は、ゆのに一緒に来るよう求めているようなのだ。
以前は、ゆのには人質の価値がないと言っていたはずなのに。
まさか、競技場へと向かう気を失くした事を、悟られてしまったのだろうか。

「ノンノンノン。もちろん、人質などではない。 特別ゲストとして同行しようという事さ。
 確かに君に人質としての価値はないが、僕は別の価値を君に見出したのだよ。
 君は、この僅かな時間の間に、また素晴らしい闘いを繰り広げてきたようじゃないか?
 トレヴィアーン!!
 君のその、事件に巻き込まれる力……それはまさに因果律の申し子と言えるだろうっ!
 主人公体質と言い換えてもいいっ!
 その体質に、僕は嫉妬すら覚えてしまっているっ!
 なぜなら、僕はこの島で起きた大規模な全開バトルに、いつも一歩出遅れてしまうからだ……。
 如何に“濃い”キャラ立ちをしているとは言え、サブキャラクターである僕にはその力がない。
 しかし、君と同行する事で、その力の恩寵に預かれるかもしれないと、僕は考えたのだよっ!」

趙公明は、再びゆのには理解できない事を、ぺらぺらと捲し立てる。
主人公体質だかなんだか知らないが、ゆのとしては放って置いて欲しい所であった。
競技場へと向かうのは、ゆのにとってあまりにも利が薄い。
さきほど考えた通り、このイベントをスルーして、体力を回復させたいのである。

「さあっ。早く来たまえ。僕は寒いのが大の苦手さっ!
 中で熱いお茶でも飲みながら、君の経験した闘いの話を聞こうじゃないかっ!」

だが、そんな都合などお構いなしに、趙公明はゆのに迫る。
差し出された手に怯えるようにゆのは後ずさりして、遂には反転して逃げ出そうとしたのだが――。

「ひっ」

振り向いたら、そこに趙公明がいた。
右にかわして逃げようとしたら、そこにも趙公明がいた。
更に反転して逃げても、左に行っても、後ろに行っても、そこには趙公明がいた。

「い、いやぁ……」

この男は、分裂でもしたと言うのだろうか。
いや、そうではない。
単純に、身体能力が違いすぎて振り切れなかったのである。

そして次の瞬間、趙公明の細腕が空気を切り裂く唸り声をあげた。
腹筋を締める暇すら与えずに、ゆのの無防備な腹部に、鋭い拳を突きさしたのだ。
その威力は、小さなゆのの身体を、軽々と空中に浮かびあがらせる。
狭い腹腔内にきちんと納められた内臓を、無茶苦茶に揺さぶってしまう、重い一撃であった。

「ぐぇぇっ」

たまらずカエルが潰れるような声をあげながら、ゆのは吐瀉物を宙に撒き散らす。
そして受け身も取れずに大地に叩きつけられた身体は、僅かにバウンドするとその動きを止める。
くの字に折曲がった背中が微かに震えると、ゆのは断続的な呻き声をあげた。
それは女の子らしくもない、腹の底から絞り出すような低い苦悶の声であった。

「ふふ、僕は意外と気が短いのさ」

そんなゆのを足元に見下しながら、趙公明は貴公子的に微笑む。

「き、気が短いとかじゃないよっ! 女の子のお腹を殴るだなんて、酷過ぎるんじゃないかなっ!?
 それが男の人の――貴公子のやる事なの!?」

男を糾弾しながら駆け寄ってきた歩が、拘束された腕でゆのを抱き起こすと、その表情は青黒く変色していた。
腹部を強打された衝撃で、呼吸もまともに出来ないのである。
歩が横向きに寝かせて背中を擦ってやると、ゆのは再び胃液を吐き出した。
酸っぱい臭いがその場に漂い、それを嫌った趙公明は身を翻して石像へと歩きだす。

「ふふふ、残念だったね。貴公子は貴公子でも、ただの貴公子ではない……。
 実は悪の貴公子ブラック趙公明Mk-Ⅱだったのさ!!!!」

そう言い放つと、趙公明は雨に濡れた服を脱ぎ捨てる。
すると、ガ○ダムMk-Ⅱ(テ○ターンズ仕様)のような色調へと染め抜かれた同デザインの服が現れた。

「なっ!! だからこんな酷い事を……って、ただ黒くなっただけじゃないっ!! 意味がわからないよっ!?」
「ハァーーーッハッハッハッハーーーーーー!! 落ちついたらゆの君を連れてきたまえっ!!」

それだけを言い残すと、ブラック趙公明Mk-Ⅱの姿は石像の中へと消えた。
石像の靴の部分に備え付けられたエレベーターを使い、上階へと戻ったのだ。
趙公明が去った後も、歩はおろおろしながら、ゆのの背中を擦り続ける。

「だ、大丈夫かな!? しっかりして! ひっひっふぅーだよ!?」

地獄の苦しみの中で涙をこぼしながら、その声を聞いていたゆのは、悔しい気持ちでいっぱいだった。
なぜ、同じ女の子だというのに、自分だけがこんなに惨めなんだろうかと。
この道を選んでしまった、自分の選択が間違っていたのだろうか。

普段通りであろう歩の行動を見るたびに、ゆのの心は揺れ動いてしまう。
大丈夫だよ。人殺しなんてしなくても、ちゃんとこの世界でも生きていけるんだよと言われている様で。

歩が、本当にお姫様みたいに気高くて綺麗だったら、まだ良かった。
別の世界の人間なんだと、諦観していられた。
だけど、歩はごく普通の女の子だった。
大切な人をこの世界で殺されて、自身もゆのに殺されかけて。
ゆのと同じように当たり前の恐怖と、当たり前の憎悪に押し潰されそうになっている、ただの女の子だった。
それでも普通のまま、普通の癖に、しぶとくこの世界で生き永らえている。

だったら、人殺しにまで堕ちてしまった自分はなんなのか。
変わらなければ生きていけないと思ったのは、間違いだったのか。
今までの自分を、全部粉々にして。
そうまでして生き延びてきたのが、間違いだったなんて思いたくない。
そんな事をしなくても、生きて帰れる可能性もあっただなんて、認めたくない。


歩は、もう一人のゆのだった。
この世界でも、変わる事のなかったゆのだった。
その在り方を愛おしいと思うのと同時に、絶対に存在を許してはおけなかった。
この子だけは、この手で殺さなければならない。
もう引き返す事なんて出来ない、自分自身の為に。


以前、歩に感じた恐怖が、明確な殺意へと変わっていく。
命じられたからではなく、自己防衛の為でもなく、純粋な憎しみから生まれ落ちた、本物の殺意。
その殺意を抱きながら、ゆのの意識はゆっくりと闇へと落ちて行った。



【D-2/病院跡/1日目/夜中】


【ブラック趙公明Mk-Ⅱ@封神演義】
[状態]:疲労(中)
[服装]:貴族風の服
[装備]:オームの剣@ONE PIECE、交換日記“マルコ”(現所有者名:趙公明)@未来日記
[道具]:支給品一式、ティーセット、盤古幡@封神演義、狂戦士の甲冑@ベルセルク、橘文の単行本、小説と漫画多数
[思考]
基本:闘いを楽しむ、ジョーカーとしての役割を果たす。
1:巨大趙公明の像を完成させる。
2:再び競技場に向かいつつ、パーティーの趣向を考える。
3:カノンやガッツと戦いたい。
4:ナイブズに非常に強い興味。
5:特殊な力のない人間には宝貝を使わない。
6:宝貝持ちの仙人や、特殊な能力を持った存在には全力で相手をする。
7:キンブリーが決闘を申し込んできたら、喜んで応じる。
8:ネットを通じて更に遊べないか考える。
9:狂戦士の甲冑で遊ぶ。
10:プライドに哀れみの感情。
[備考]
※今ロワにはジョーカーとして参戦しています。主催について口を開くつもりはしばらくはありません。
※参加者の戦闘に関わらないプロフィールを知っているようです。
※会場の隠し施設や支給品についても「ある程度」知識があるようです。

※巨大趙公明の像の完成度は、現在40%程度です。

【西沢歩@ハヤテのごとく!】
[状態]:手にいくつかのマメ、血塗れ(乾燥)、全身に痣と打撲、拘束
[服装]:真っ赤なドレス、ナイブズのマント、ストレートの髪型(短)
[装備]:なし
[道具]:スコップ、炸裂弾×1@ベルセルク、妖精の燐粉(残り25%)@ベルセルク
[思考]
基本:死にたくない。ナイブズに会いたい。
0:だ、大丈夫なのかな?
1:ミッドバレイへの憎しみと、殺意が湧かない自分への戸惑い。
2:ナイブズに対する畏怖と羨望。少し不思議。
3:カラオケをしていた人たちの無事を祈る。
4:孤独でいるのが怖い。
[備考]
※明確な参戦時期は不明。ただし、ナギと知り合いカラオケ対決した後のどこか。
※ミッドバレイから情報を得ました。

【ゆの@ひだまりスケッチ】
[状態]:疲労(極大)、失血性貧血、顔と頭部に大量の打撲や裂傷、首に絞められた跡と噛まれた跡、左手の甲に傷、肛門裂傷、倫理観崩壊気味、
    精神不安定(大)、腹部にダメージ、気絶
[服装]:真っ黒なドレス、ショール、髪留め紛失
[装備]:
[道具]:
支給品一式×11(一食分とペットボトル一本消費)、イエニカエリタクナール@未来日記、制服と下着(濡れ)、
機関銃弾倉×1(パニッシャー用)、ダブルファング(残弾100%・100%、100%・100%)@トライガン・マキシマム
首輪に関するレポート、違法改造エアガン(残弾0発)@スパイラル~推理の絆~、ハリセン、
研究所のカードキー(研究棟)×2、鳴海歩のピアノ曲の楽譜@スパイラル~推理の絆~、妖刀「紅桜」@銀魂
パックの死体(ワンピースに包まれている)、エタノールの入った一斗缶×2、閃光弾×2・発煙弾×3・手榴弾×2@鋼の錬金術師、
首輪×6(我妻由乃、胡喜媚・高町亮子・浅月香介・竹内理緒・宮子)、 不明支給品×1(武器ではない)
[思考]
基本:死にたくない。
1:人を殺してでも生き延びる。
2:壊れてもいいと思ったら、注射を……。
3:西沢歩を殺したい。
[備考]
※二人の男(ゴルゴ13と安藤(兄))を殺したと思っています。またグリフィスにも大怪我を負わせたと思っています。
※切断された右腕は繋がりました。パックの鱗粉により感覚も治癒しています。
※ロビンの能力で常に監視されていると思っています。
※イエニカエリタクナールを麻薬か劇薬の類だと思っています。

※混元珠@封神演義はゆのの近くに落ちています。



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