未来視たちのアンガージュマン

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未来視たちのアンガージュマン ◆L62I.UGyuw



多分、その瞬間の僕は世界一の間抜け面をしていたと思う。

でもそりゃ当たり前だ。
ニコラス・D・ウルフウッド。
ヴァッシュさんの無二の親友。そして僕の最大の恩人。
彼は命懸けで、本当に命懸けで、僕を人の道に引き戻して――そして逝ってしまった。

その人がこの島の何処かにいる――いや、正確にはいた――のだという。



あらすじ。
死んだはずの恩人が実は生きていました。でも知らないうちにやっぱりその人は死んでしまいました。



アホか。
脚本家の頭、涌いてるんちゃうか?



心の中のウルフウッドさんが煙草を揉み消しながら呆れ顔でダメ出し。
いや、他でもないあなたのことなんですけどね。

あんまり強烈なショックだったせいか、現実感がなかなか戻って来ない。
この場にナイブズがいる、なんていう超厄ネタも脳ミソ素通りだ。
普通ならきっと驚いたり喜んだり怒ったり悲しんだりするところなんだろうけど――いや実際そんな感情は確かに生まれたんだけど。
渦巻いた違う種類の激情が纏めて出て来ようとしたせいで、逆に表には何も出て来れなかったらしい。



救いを求めるように、やたらと頭の切れる自称地球の少年、秋瀬或の方に目を向けると――彼は彼で、真剣な様子で何かを考えていた。


*****

窓に掛かった白いカーテン越しに、朝の光が薄く部屋全体を照らしている。
手元の名簿を眺めながら、或は喩えるなら、休日に目覚めると既に部屋が西日に照らされていたときのような表情を作った。

予想通り、杜綱の名は名簿に無かった。
まあこれは構うまい。

さらにゴルゴ13やらMr.2やらといった、明らかに偽名と判る名前も混じっている。
『神』にとってはヒトの名など試料の識別ナンバー程度の意味でしかないのだろう。
だがこれも特段困るようなことは無い。

問題はここからだ。
名簿に死んだはずの12th、平坂黄泉の名が有り、8th、上下かまどと11th、ジョン・バックスの名は無いのだ。
12thがいるのはまだいい。『新たな神』ならば死者の復活くらい出来ても不思議は無い。
だが、未だ生きているはずの8thと11thがいないという点は見逃せない。
彼らがこのゲームの首謀者だとは考え難いが、一枚噛んでいる可能性は大いにある。

そして死者の数――六時間で実に十六人。
この多さは計算違いだった。些か甘く見ていたと認めざるを得ない。
最後の一人になったところで無事に還れる保障も無いのだから、そう簡単に殺し合いは進まないと考えていたのだが……。

「なぁ」

さらに面倒なことは、モニターに表示された天気予報の内容だ。
これは放送とほぼ同時に十二時間後までの予報が出る仕組みらしい。
それによると、これから六時間の天気は晴。そして、その次の六時間の天気は曇のち雪
真夜中でも肌寒い程度の気候で、夕方に雪が降るなんてことは、通常はあり得ない。
だからこれは天気予報と言うよりは、きっと天気予告とでも言うべきものなのだろう。
そして――同時にプレイヤーに対する脅しでもある。
たとえ何をしようと、それこそ首輪を外そうと、この島の全ては『神』の思うがままである、と。

とはいえ、放送のアクシデント――本当にアクシデントかは判らないが――のように、付け入る隙は必ずあるはずだ。
真実『神』が万能ならば、そもそもこんなゲームを開く意味も無いのだから。

「なぁ、或」

気付けば、リヴィオが或を困惑した瞳で見下ろしていた。
放送前までのタフなガンマンのイメージは影を潜め、今は迷子の子供に似た、酷く不安定な雰囲気を感じる。

「何でしょうか。……ああ、もしかして」

一旦言葉を切って、或はリヴィオの目を見返す。

「名簿に亡くなったはずのどなたかの名前が有った――そうですね?」
「――っ! な、何で、あだっ!」

ガタンと、近くの椅子に脛をぶつける音。

「何で、判った?」

脛をさすりながらリヴィオが訊く。

「ただの勘――というのは冗談で、僕も同じ状況だからですよ。
 それに百戦錬磨のあなたがそこまで動揺することなんて自ずと限られます。
 しかし、そうですか――」

どうやら、12thが特別扱いという訳ではなさそうだ。

「件の人物は……ミッドバレイ・ザ・ホーンフリーク、この方ですか?」

適当に、リヴィオと名前が似ている人物を挙げる。

「え? いや、違う…………いや待てよ。そいつも多分そうだ。
 俺がGUNG-HO-GUNSの一員になったときにはもう死んでたはずだから……。
 ああ、GUNG-HO-GUNSってのは最初にちょっと話したナイブズとレガートの手駒で……。
 あ……それより、えっと、ウルフウッドさんの話か。
 えーと、あの人もGUNG-HOの一人だったんだけど、悪い人じゃなくて、むしろ……」

そこで或が手を上げて制した。

「落ち着いて下さい。多少時間がかかっても構いませんから、順を追って説明して頂けますか?」


*****

リヴィオの語る悪夢のような体験、そして人類の存亡を懸けた冒険譚を聞き終え、或は静かに嘆息した。

「なかなか――刺激的なお話ですね」

流石の彼も困惑を隠せない。
対するリヴィオ自身は、話している間に混乱が治まってきたらしい。

「すまん。俺がナイブズの部下だったなんて、話しても怖がらせるだけかと思ってさ。
 本当はもっと早めに話しておくべきだったんだろうけど……」
「いえ、気にしてはいませんよ。むしろ無闇に喋らなかったのは賢明だと思っています。
 あなたの懸念通り、人によっては疑心を生むだけでしょうから。
 これからも必要が無い限り僕以外に対しては伏せておくべきです」

改めて詳しく聞かされると、リヴィオの関わった事件の規模の大きさに驚く。
単身で一つの惑星の表面を一掃せんと考え実行する男など、尋常ではない。
この島が今もこうして存在している以上、その男――ミリオンズ・ナイブズの力は相当低下しているのだろうが、それでも十分な脅威には違いないだろう。
救いはナイブズに対抗出来る存在、ヴァッシュ・ザ・スタンピードも何処かにいるということか。

(神の如き力を持ち人類を憎む者と、それと同等の力を持った対となる者の戦い、か)

歩から聞いたミズシロ・ヤイバと鳴海清隆の対立構造に良く似ているのは偶然だろうか?
もっとも、こちらは遥かに血腥く、泥臭い戦いであるようだが。
考えてみれば、杜綱の語った白面の者と獣の槍の因縁も同様の構図に見える。
勿論、そちらに関しては彼の発言を鵜呑みにする訳にはいかないが。

「ともかく、事情は解りました。
 さて、死者の復活の件も含めて、本来ならもう少しじっくり状況を整理したいところなんですが……。
 残念ながら状況は刻一刻と動いていまして。リヴィオさん、これを見て頂けますか?」

或はそう言って椅子ごとモニターの前から体をずらした。
代わりにリヴィオがモニターの正面に立つ。
モニターに表示されているのはごく普通のスレッドフロート型掲示板だ。
そこに早速書き込みがあったらしく、一つのスレッドが上がっていた。


2 名前:厨二病な名無しさん 投稿日:1日目・朝 ID:NaiToYshR
書き込みの確認を行う。


3 名前:ブレードハッピーな名無しさん 投稿日:1日目・朝 ID:NaiToYshR
かつて道を別った俺の片割れに聞く。あの砂漠の星を離れ、お前は今、何処にいる?


「これは……」
「どう思います?」
「どうもこうも……どう考えたってこいつはナイブズ、じゃないか? あ、いや、誰かが成りすましてる可能性も――」
「それはないでしょう」

リヴィオの返答を遮り、偽者の可能性をあっさりと否定。

「これはヴァッシュという方のみに向けたメッセージでしょう。
 偽者ならもっと具体的な内容を書き込むはずです。
 これではナイブズの逆鱗に触れるだけでメリットはありません」

それはそうだ。撹乱ならもっと巧いことやるだろう。

「そう、だよなあ……。でも何というか、ナイブズがわざわざこんな回りくどいことするかな……?」

呟きながら、リヴィオはマウスを弄って掲示板を上から下まで物珍しそうにじっくり眺めている。
その様子を横目で見つつ、或は再び思考の世界へと舞い戻る。

(リヴィオさんの関係者も気になるけど、さしあたって優先すべきはここの管理人への対応、かな)

『みんなのしたら場』の管理人は、最初に『探偵日記』にコメントを送ってきた相手だろう。
誰が見ても『神』の支配下にあることが明白なレンタルサーバーを利用するとは少々以外だったが――あくまで歩のブログを主、掲示板を従と考えるなら、それほどデメリットは生じないと踏んだのか。
彼女――多分女性だろう――は鳴海歩にとって特に信頼出来る相手のようだ。
そしておそらく彼女も歩を信頼しているのだろう。
それだけに、彼女は歩のアキレス腱となる可能性が高い。

そしてこのスレッドだ。


3:殺人ゲーム参加中の俺が名有り施設を巡ってみた(Res:1)
 1 名前:Madoka★ 投稿日:1日目・早朝 ID:vIpdeYArE
 マップ上に名前を記された、特殊な施設に関する情報を書き込むスレです。
 何か気が付いたことがありましたら、じゃんじゃん書き込んじゃってくださいね〜


敢えて『特殊な』施設という表現を使っている点が気に掛かる。
マップに記された施設はランドマーク以上の意味を持っているということか。
おそらく彼女はマップに記された施設のいずれかに潜んでいる――少なくともこの掲示板を開設した時点では――のだろう。
そしてその特殊な機能の少なくとも一端を掴んでいる――と推測出来る。

(彼女は手元に置いておきたいところだけど……)

そのためにはまず彼女の信用を得る必要がある。
多分、歩よりは与しやすい相手だろうが、歩の態度からすると一筋縄でいく相手でもなさそうだった。
先手を打ってメールを送るか、それとも――。



思考を遮るように、軽快な電子音が鳴った。

「ん? 或、この下のとこに何か出て来たぞ?」

メールが届いたらしい。或はモニターに目を向ける。
送信者は――。

「――すみませんが、そのキーに対応する車を今の内に見つけてきて頂けませんか?
 多分、一階の駐車場にあるはずですから」

そう言って、歩との電話中にリヴィオが見付けて来た警察車両のキーをデスクの上に滑らせる。

「あ、ああ。でも、話はもういいのか?」
「ええ、まあ。
 そろそろ歩さんからの連絡があってもおかしくありませんからね。
 早めに足を用意しておくべきでしょう。考えるのはそれからでも出来ます。
 それに、B-4エリアが封鎖されると予告がありましたよね」
「ああ。でもそれが何か……いや、そうか。
 今、街の北側にいる人達は、移動を制限される前に動き出すだろうから――」
「そうです。彼らがこちらへ流れて来る可能性は高いでしょう。
 今の内に逃走手段を確保しておくに越したことはありません」



一応納得した様子で、リヴィオは部屋を出て行った。
彼の出て行ったドアがしっかりと閉まるのを見届けてから、或はモニターに向き直る。

「さて――、厄介事でなければいいんですけどね」

きっとその期待は外れるのだろうと半ば諦めながらメールを開く。
送信者の名は『9th』。
国際テロリストにして神を憎む未来日記所有者――雨流みねねのナンバーだ。


*****

未だ夜の残滓が漂う教室に、微かな声が響いている。
声の主は我妻由乃。たまに天野雪輝が短く言葉を返す。

少し前に目覚めた雪輝は、これまでの事情を由乃から詳しく聞いていた。
彼女の話が進むにつれ、彼の表情はどんどんと曇っていく。

「そんな……愛沢さんが……」

彼女だけではない。由乃によると実に十六人もの名が放送で呼ばれたのだという。
しかも死んだはずの12thの名前が何故か名簿に載っていたり、変化能力を持った少女がいたりと、今度のゲームは以前より更に訳の解らないもののようだ。
ショックを受けている雪輝とは対照的に、由乃は平然として貼り付いたような微笑を浮かべている。

「良かったじゃない。殺す手間が省けて。
 どうせ最後はユッキー以外には死んで貰うんだから」

空恐ろしい台詞を吐きながら、細かく震える雪輝の手をぎゅっと握る。

「怖がらなくても大丈夫よ。ユッキーは絶対私が護るから。ね?」

甘い声。
催眠的な視線に絡めとられ、雪輝は思わず肯きそうになる。

「う……いや、待って。ちょっと待って。
 ムルムルからちゃんと話を聞くのが先だろ?」

聞いてもやることは変わらないじゃない、と由乃はあっさり切り捨てる。

「どっちにしたって、邪魔なヤツは殺せるときに殺しておいた方がいいわ」
「ダメだってば! もしかしたら皆と協力して脱出することだって出来るかもしれないじゃないか」
「どうやって?」
「え? そ、それは……」

口籠る。
現時点では具体的なプランは何も無い。

「そんな甘いこと言ってたら殺されちゃうよ、ユッキー。
 もう十六人も死んでるのよ?
 多分、ゲームが決着するまで二日も掛からないわ。
 脱出法なんて考えてる間に全滅しちゃうよ」

正論なのかもしれない。かもしれないが、

「でも……いや、やっぱり……ダメだよ。
 だって……うまく行ったって、最後は僕と由乃が殺し合うことになるじゃないか。
 そんなのは、嫌だよ……」

この問題は前のゲームから引き続き雪輝を悩ませていることだ。
だが、今回は前のゲームのように猶予期間は長くはない。
しかも勝ったからといって今回は『神』になれるといった特典はおそらく存在しない。
もしかしたら誰か一人くらい生き返して貰えるかもしれないが、期待するにはあまりに不確実過ぎる。

しかし、そんな雪輝の悩みを一蹴するように、由乃は明るい口調で告げる。

「いいよ」
「え?」
「元々、私はユッキーに殺されるつもりだったんだから。
 ちょっと経過が変わるだけじゃない。
 私は、ユッキーになら――――いいよ」

本気だ。冗談や比喩ではない。
彼女は雪輝のためなら迷わず命を投げ出せるのだ。
一点の曇りも無いローズクォーツの瞳がはっきりとそう告げている。

雪輝の命が懸かっていれば、自分の欲望を全て――生存欲すら――躊躇わず捨て去ることが出来る。
我妻由乃の真の恐ろしさはこの点に尽きる。

目の前に迫った由乃の顔に気圧され、雪輝は無意識に一歩後退した。

ああ――今までにも何度も思ったけど――やっぱり無理だ。
僕に由乃の説得なんて出来る訳が無い。
だったらせめて――暴走だけは抑えないと。

「僕が掛けてもいい?」
「え?」

急に矛先を変えられて、きょとんとした様子で由乃が聞き返す。

「電話。ミズシロとか名乗った人にだよ。えっと、本名はカノン、だったっけ?
 その人に『無差別日記』を返して貰うように頼まなきゃならないんだろ?
 だったら僕が直接話してみるよ。いいよね?」

意外だった。
交渉そのものは自分に任せてくれるだろうと思っていたのだ。
不意に、以前より少しだけ雪輝が逞しく見えて、思わず胸が高鳴った。

それでも一応、彼女は手に収めた携帯を開いてディスプレイに視線を落とす。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


9:20

ユッキーが電話で交渉中。
かっこいいよユッキー。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


日記の内容に異常は無い。
致命的な事態には陥らないと判断して、由乃は雪輝の提案を呑もうと決めた。
若干の不安はあるものの、雪輝の意思を捻じ曲げるのは彼女の本意ではない。

「……うん。いいよ。でも、気を付けて、ユッキー。
 アイツはユッキーの『無差別日記』を握ってるんだから。
 もし『未来日記』が所有者の命そのものだってことがバレたりしたら……」
「大丈夫だよ。僕だってそんなにバカじゃないさ」

由乃によると、カノンはそれなりに頭が切れるらしい。
だったらここは無差別日記を穏便に返して貰いつつ、脱出について相談してみよう。
雪輝の狙いはそこだった。
由乃の暴走を防ぎたければ、要するに、脱出法さえ見つけてしまえばいいのだ。
脱出が現実的になれば、由乃も無理に殺しに走る必要は無くなるのだから。

由乃が雪輝日記を雪輝に手渡したそのとき――、



――ブルルル。



雪輝日記が振動した。
発信元は『天野雪輝』――『無差別日記』だ。

「も、もしもし」

偶然とはいえ、虚を突かれた形になった雪輝は、少し慌てて通話ボタンを押す。

『あんたは――天野雪輝だな?』

「う、うん」

落ち着いた、それでいて想像より若い声。高校生か、もしかしたら中学生かもしれない。
意外に歳が近い相手だったことに、雪輝は少し安堵する。

『あんたが出たってことは、事情は把握していると思っていいのか?』

「全部じゃないけど、大体は理解してるつもりだよ。
 カノンさんも、僕等の要求は解ってるんだよね?
 あ、由乃は何て言ったか知らないけど、僕は……いや、僕等は今のところあなたと敵対する気は無いから……」

それでいいよね、と由乃に目配せする。彼女も否定する様子はない。

「出来れば素直に僕の携帯を返して欲しいんだけど。あ、勿論タダでじゃなくてね。
 僕等の持ってる武器と交換とか、そんな感じで……」

『ああ、その前に』

相手が口を挟んでくる。

『俺から連絡を入れた理由なんだがな』

そういえば由乃の話では自分と彼女が合流した時点でこちらから連絡する段取りだった。
結果的に当初の予定と同じ状況にはなったが、本来なら彼から電話を掛けてくる理由は無かったはずだ。

『ちょっと計算違いが起こってな。無駄に拗れる前に知らせておこうと思ったんだ。
 おそらくあんた達は俺の名前をカノン・ヒルベルトだと思ってるんだろうが……そいつは別人だ。
 混乱させるつもりは無かったんだがな。
 俺の記憶が確かなら、カノン・ヒルベルトは既に死んでいる』

なるほど、と雪輝は合点する。
12thが復活していたように、他にも復活した人間がいても不思議ではない。
咄嗟に偽名を名乗る際に、混乱しないよう死者の名を使ったが、それが裏目に出たということなのだろう。

「……それで、あなたの本当の名前は?」

『……鳴海歩、だ』

歩は続けて安西と名乗った男の本名(安藤というらしい)も伝える。
由乃を見ると、彼女は納得したようなそうでないような微妙な表情でこちらを見ている。

『さて――本題に入ろう。と言っても話は簡単だ。
 あんたの彼女が持つ『未来日記』。そいつと『無差別日記』を交換したい』

「――っ! そっ、それは――」

駄目だ、と言おうとして、しかしその前に由乃が目にも留まらぬ速さで携帯をひったくった。
同時に、ザザッとノイズが走る。未来が書き換えられた合図だ。

「何で判った?」

『その反応、どうやら俺の読みは間違ってなかったようだな』

「カマをかけたって訳? つまらない真似するんじゃないわよ」

凄みながら、同時に雪輝に目で合図を送る。
ここはあくまでも『由乃も未来日記所有者であることを看破されたために動揺している』と歩に思わせる必要がある。
今、この交渉の上では、『未来日記』とはあくまでも道具の一つに過ぎない、という振りをしなければならないのだ。
日記所有者にとって、対応する日記はただの道具以上の重大な意味を持つことを絶対に悟られてはならない。
雪輝も由乃に数瞬遅れてそれを理解し、口を噤む。

「まあいいわ。でも、本当にそれでいいの?
 あんたが私の日記を持っても使いこなせるとは思えないけど」

『いいのさ。この取引が成立することで俺にデメリットは無い。
 それに俺としては――万が一に備えて、あんたに対抗する手段が欲しいからな』

敵対することになるならば潰す――ということか。

「……正直ね。でも、私の日記の内容も分からないのに、それが私に対抗する手段になるって何で判るのよ?」

『いや、あんたの『未来日記』の内容の推測くらいは出来るさ。
 あんた、俺が最初に情報交換を持ちかけたときこう言ったよな?
 『ユッキーはすぐ私が見つける』と。つまりあんたは天野を見付け出す当てがあったと推測出来る。
 さらに、あんたの天野への執着と『日記』という名称を考慮すると――』

「分かった。もういいわ」

嫌らしい手を使う奴だ、と由乃は心の中で毒吐く。
つまるところ、雪輝に関係する日記であることは明らかだと言いたいのだろう。
そして、彼女自身ではなく雪輝の動向を握ることで間接的に彼女を抑えられる、と。
今更だが、雪輝への愛を無意味に歩に曝してしまったのは痛かった。

(でも、私の日記に機能制限がかかってた事までは知らなかったようね。
 じゃなきゃ、私にユッキーを見付け出す当てがあったとは思わないはずだわ。
 『未来日記』についてもやっぱり詳しくは知らないみたいだし……)

どうあれ、これ以上粘っても歩に不審に思われるだけだろう。
それは拙い。今は『無差別日記』を、『雪輝の命』を取り返すことが最優先事項なのだから。
歩が厄介な相手であることは今までの交渉の遣り口を考えれば明白だ。
彼が『未来日記』についての正確な情報を得る前に、何としても交渉を纏めなければならない。
下手に交渉を拗らせるくらいなら、素直に『自分の命』を差し出す方が遥かにマシだ。
仕方がない――、

「――取引成立よ」

その言葉を聞いた雪輝の目が大きく見開かれた。
そんな彼に由乃は大丈夫、とジェスチャーを送る。

「中学校の校舎の北昇降口にあんた一人で来なさい。時間はあんたの――」

待った、と遮られる。

『取引場所は校庭の真ん中にして貰えないか?
 悪いが、俺は無策で虎口に飛び込める程自信家じゃないんでな』

罠を警戒しているのだろう。当たり前と言えば当たり前だ。
実際、由乃は逃走防止用の罠を仕掛けるつもりで昇降口を選んだのだから。

「校庭なら確かに小細工はし難いけど、でも目立つわよ?
 どっかのバカに乱入されたらどうするつもり?」

『ああ、だから、取引時刻は十一時五十分、でどうだ?』

参加者のほとんどが放送に備え動きを止めるであろう時間。
交渉を無関係の第三者に妨害されないための策としては、単純だが効果的だ。
それに、何かトラブルが起これば放送を聞き逃すことになりかねないため、お互い余計な駆け引きもし難い。

「……それでいいわ」

スムーズに取引を終えたいのは自分達も同じなので了承する。
だが、どうも全てのペースを歩に握られているような気がする。

――忌々しい。

『それで、取引にはあんたが来るのか?』

確認の声。
肯定しようとしたそのとき、



「僕が行く!」



出し抜けに、雪輝が叫んだ。
声が廊下に反響する。

「ユッキー?」

思わず声を上げた由乃を正面から見据えて、彼は言葉を続ける。

「由乃にばっかり危ないことをさせる訳には……いかないよ。
 それに、その役は僕の方が適任だろ?」

確かに雪輝自身が『雪輝日記』を持って取引に向かえば、大抵のイレギュラーは予知出来るため安全性は高い。
だが、それも絶対ではない。
逡巡する由乃。
雪輝はそこにすかさず止めの台詞を投げ掛ける。

「由乃は何かあったら助けてくれればいいからさ。頼りにしてるよ」

頼りにしてる――その言葉だけで、それまでの負の感情が纏めて事象地平の彼方へと消し飛んだ。

「あ……うん。わかった。ユッキー……」

蕩けるような、力の抜けた声。
彼女の頬は傍目にも判るくらい真っ赤に染まっている。

『……あー……話は纏まった……のか?』

電話の向こうから、毒気を抜かれた様子で歩が尋ねて来た。

返答をしようとして――違和感に気付く。
僅かな引っ掛かり。目を閉じる。
雪輝のお陰で苛つきが治まり、冷静な思考が展開されていく。

(待て。こいつの出した条件は何かおかしい――。何だ?
 こいつの望みは『使える』未来日記の入手及び私の行動抑制。
 そのための未来日記同士の交換。条件はイーブン――イーブン?)

――違う。

『じゃあ切るぞ。誰にも見つからないようにそっちまで移動するのは結構骨が折れ――』



「待て」



一言で、気温が氷点に達する。
豹変した由乃の雰囲気に、雪輝が隣で息を呑んだ。

『……何だ?』

「お前――確か『この取引で俺にデメリットは無い』と、そう言ったな?」

『…………ああ』

――それは変だ。

「何故? 携帯電話を失うことは決定的なデメリットではないの?」

そうだ。『雪輝日記』が携帯電話の機能であることを話した覚えは無い。
推測は出来るかもしれないがそれは確実ではない。
だから、取引の結果、彼は『無差別日記』と共に携帯電話の機能も手放すことになりかねないのだ。
この男がそこに気付かないはずがない。



「お前――まだ何か隠しているな?」



僅かな沈黙。

『――別に大したことじゃない。俺はもう一つ携帯を持ってるんだ。
 だから、一つ無くなったところで何も問題は無いのさ。別に意識して隠してた訳じゃない。
 確かにデメリットが無いってのは言い過ぎだったかもしれないが――』

「掛けてみなさい」

『何?』

「それが本当なら、その予備の携帯から私に電話を掛けられるはずでしょ。
 掛けてみなさい」

『……まぁ、それであんたの気が済むならそうするさ。
 じゃあ、一旦切るぞ』

ブツリと電話が切れる。
そして十数秒後、携帯電話のディスプレイに、知らない電話番号が表示された。


*****

通話を終えた歩は、携帯電話を閉じて軽く息を吐いた。
疲れの色が見えるのは出血のためだけではあるまい。

「なるほど、どうにも御し難い相手のようだな」

薄い笑みを浮かべて、グリフィスは歩に声を掛けた。

「まあな。聞いての通り、キレる上にキレてる女だ。
 どうやら、保険を掛けておいて正解だったらしい」
「保険? ああ、最後のやり取りのことか。
 敢えて小さな傷を用意しておくことで攻撃されるポイントを予測し易くする――といったところか?」
「子供騙しだが、猜疑心の強い相手には有効だろ?
 完璧過ぎると逆にとんでもない疑われ方をされそうな気がしたから、一応な」

しかし――この調子だと秋瀬との繋がりはいずれバレそうではある。
特に、二人が島内ネットの存在に気付いたら、隠し通すのは困難だ。
いっそ交渉時に雪輝に話して抱き込んでしまうのがいいだろうか。

「しかし死者の復活とは俄かには信じられんな。……おっと、疑っている訳ではない。
 天野雪輝の反応は明らかに死者の復活を当然と受け入れたものだったからな。
 彼らの知人も同様に復活しているのか、彼らの知る『かつての神』も蘇生技術を持っていたのか、もしくはその両方か。
 いずれにせよ、この場ではそのような非常識も罷り通ると考えるのが自然だろう」

ゆっくりと川原の砂利を踏みしめながら、グリフィスは状況を整理するように話す。
この男は案外頭の柔らかい方らしいな、と思いつつ、歩は再び携帯電話を開く。

「さて、悪いがもう一人連絡をしないとならない奴がいるんだ。もう少しだけ待ってくれ」


*****

「車は見つけたぞ、或。何か白黒の変なデザインだったけど、あれでいいのか?」

首尾良くキーに対応する車を発見して帰って来たリヴィオに、或はええ、と短く返した。
そして椅子の背に体重を掛けながら、ほんの僅かに倦怠感が滲む口調で続ける。

「どうにも、後手後手に回っている感が否めませんね」

それを聞いて、リヴィオの眉がぴくりと上がった。

「どうした? 妙に弱気じゃないか」
「弱気――という訳ではないのですが。そうですね、これを見て頂けますか?」

或は困ったように微笑んで、再びリヴィオにモニター前を譲る。

そこに表示されているのは先程と同じ掲示板。
そして誰かの断末魔――と思しき書き込みだった。

「その書き込みはまず間違い無く先程のメールの送信者のものです。
 そしてその上のスレッドに最後に書き込んだ人物はおそらく……」
「レガート・ブルーサマーズ、だな」

苦虫を噛み潰したような顔でリヴィオが或の言葉を補った。
並の人間、そうでなくとも人の領域にいる者がレガートと出遭えばどうなるか。
結果は火を見るより明らかだ。

「送信者は雨流みねね。彼女も未来日記所有者です。
 出来れば味方に付けたかったのですが」

みねねからのメールの内容は、簡単に言えば『情報提供するから私に協力しろ』というものだった。

提供された情報には首輪の爆発の特性から内部構造の推測、そして彼女が出会ったらしい危険人物のことまで、有益な情報がかなり含まれていた。
それなりに慎重な彼女にしては大盤振る舞いと言える。
いや、実際には駆け引きを打つ余裕も無いほど切羽詰まった状況に置かれていたのだろう。
実際、焦って打ったせいか、メールには結構な量の誤字脱字や文法ミスが含まれていた。

彼女を必死にさせている主な原因はやはりこれだろう。


妲己とかいうクソ女が逃亡日記持ってる。
あいつはデパートの方に向かった。
どうにかしろ。礼はする。


『逃亡日記』はみねねの逃走経路を記す未来日記だ。つまり逃亡日記を他者に握られた場合、どう足掻こうと彼女がその人物から逃げ切ることは出来ない。
たとえ日記を破壊されなくとも、みねね単独で戦う限り、それは『詰み』と言っていい状況だ。
だが、逆に言えば逃走経路以外の情報が予知されることはないのだ。
つまり――このメールや掲示板への書き込みの内容は、通常は日記に表示されない。
そして彼女のメッセージを読んだ者達の動きまでは、逃亡日記で追うことは出来ない。
その弱点を利用して、みねねは妲己を出し抜こうと考えたようだ。

掲示板への書き込みも、あわよくば誰かに妲己を殺させようという思惑を隠そうともしていない。
形振り構わない様子から、彼女は心理的にも相当追い詰められていたと推測出来る。

そして或にとって気になる点がもう一つ。

メールには、12thの死体を確認したことや、8thがいないことに関する疑問が書いてあるにも関わらず、11thについては何の言及も無かった。
単に書くのを忘れた、または何らかの理由で書かなかっただけ――という可能性もあることはあるが、それはやはり不自然だ。
そもそも現在の彼女にとって或は生命線なのだ。無駄に不信感を持たれるような真似をするはずがない。

(とすると、『彼女は11thがこの島にいると思っている』のか? でもそれは――)

それは有り得ない。
日記所有者は既に互いに互いの素性を知っている。
名簿を失った可能性はあるが、それなら8thについての言及も無いはずだ。
或は目を瞑ってさらに思考を巡らす。

(何かちぐはぐだ。死んだはずの12thは復活し、そのくせ3rdや4th、その他の脱落者は死んだまま。
 生きているはずの8thと11thは何故か今回のゲームには参加していない。
 9thは11thを知らないかのようなメールを送って――いや、待てよ?)

知らないかのような、ではなく、実際に知らないのでは?
平行世界、パラレルワールド。そんな単語が脳裏に閃く。
例えば、9thが11thを知らない世界。12thが最後まで生き残る世界。
そんな世界から各人を引っ張り込んだ、とすれば、一応は全ての辻褄が合う。
もしくは同時間軸上でも別の時点からそれぞれ連れて来られたのか。

そうだとすると、雪輝や由乃も『或の知る彼ら』ではない可能性がある。
特に自分から見て未来の彼らである場合が厄介だ。

とはいえ全ては憶測の域を出ない。
或の仮説を検証する最も簡単な方法は、みねねと連絡を取ることだったのだが、この状況では彼女が生きている望みは薄い。
万が一生きていたとしても、今すぐに連絡が取れるとは思えない。

この件は一旦保留するしかないだろう。

目を開く。或の思考の邪魔をしないようにか、窓辺に移動して警戒していたリヴィオが視界に入る。
その瞬間、ブブブブ、と振動音が鳴った。
携帯電話の着信通知だ。

着信は『無差別日記』からのもの。
用件はおそらく――、

「もしもし」

『秋瀬。我妻由乃と天野雪輝の合流を確認したぞ』


*****

鳴海歩、か。
拾ったときはどの程度使えるものか疑問だったが、なるほど、大言するだけのことはあるらしい。
どうやら予想以上に役に立つ男のようだな。
そして、未来を見通すという道具。
どうやらここにはオレの野望を叶えるための道具や人材が多く有るようだ。
ならば全てオレが持ち帰って有効に使ってやろう。

しかし。
これ程の財をこのような下らない殺し合いで浪費するとは『神』は何と愚かなのか。
オレが鉄槌を下してやらねばなるまい。

見ているがいい。
狂宴を眺めて悦に入っていられるのも今の内だけだ。
すぐに思い知ることになるだろう。



戦場に、観覧席は存在しないということを。



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