自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

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西暦2020年7月16日  13:00  ゴルソン大陸  日本国西方管理地域  ゴルシアの街近郊  

「ひーかるーうみ、ひーかるおおぞら、ひーかーるー」  
「一尉殿、一体何処に海があるんですか?」  

調子よく歌っている佐藤に、二曹は容赦なく突っ込みを入れた。  
現在彼らは、完全武装の一個小隊と共にダークエルフの隠れ家に向けて移動していた。  
夜遅くに本国から届いた命令は、彼の現在の行動を承認していた。  

「いやねぇ、随分と久しぶりに外出した気がしてね。  
ここの所城の外の事は若いのにまかせっきりだったし。  
いやぁ空気が美味い」  

本来ならば、彼がここに出てくることはありえない。  
だが、一歩間違えれば虐殺を行いかねない三尉か、昨夜大チョンボをやらかしたばかりの新入りに、こういった任務を与える事は出来なかった。  
それに、佐藤自身が、たまには外出したかったのだ。  
そんなわけで、彼らは今、ここにいる。  

「こっちです」  

誘導する姉妹の姉が手を振る。  
妹の方は、既に隠れ家へと帰り、こちらの事を伝える事になっている。  

「しかしなぁ、まだ65歳です、という表現には驚いたな」  
「ですね、私たちよりよほど年上とは」  

ダーク“エルフ”というくらいなのだから当然予測すべきだったが、彼女たちは部隊の誰よりも高齢だった。  
もちろん、彼女たちの時間の尺度から考えれば、まだまだ少女に過ぎないが。  

「さてさて、風邪か肺炎か、はたまた恐ろしい伝染病か、伝染病は勘弁して欲しいな」  
「防護服はありませんからね」  
「そろそろ到着のようです」  

上官たちの無駄話を聞き流していた陸士長が報告する。  
見れば、手に剣や斧を持ったダークエルフたちが、緊張した表情でこちらへ接近していた。  
部下たちに発砲は控えるように命じつつ、佐藤は一同の前に歩み出た。  
  
「日本国陸上自衛隊ゴルソン大陸方面隊ゴルシア駐屯地司令の佐藤と申します」  

敬礼し、名乗る。  

「早速ですが、病人を見せていただけないでしょうか?」  
「あ、ああ、こっちだ。来てくれ」  

礼儀正しく名乗りを上げられるのは予想外だったらしく、相手は面食らった様子で隠れ家へと一同を案内した。  







<こちらイブニングライナー01!本部応答せよ!!>  

パイロットが必死に叫ぶ。  
しかし、無線機からは空電以外の何も帰ってこない。  
何もかもから通信が途絶えたのが五分前。  
燃料も弾薬も全てが十分にある。  
だが、それは何の気休めにもならなかった。  
  
<おい!後ろからついてくるぞ!発砲許可は!?>  

ガンナーから明らかに狼狽した声が入る。  
レーダーには先ほどからしつこく追尾してくる敵機の反応がある。  
  
「なんなんだありゃあ!!」  

パイロットは罵りの声を挙げた。  
次の瞬間、レーダー上の反応は加速を開始した。  

<どうする!>  
<やるぞ!>  

素早く決断した二人は、機体を分担して操作した。  
一人は火器管制を蘇らせた。  
全ての火器が待機状態になる。  
続けて機体が空を向く。  
速度計が見る見るうちに回り、何かが彼らを追い越す。  
透き通った羽、巨大な眼球、細長い胴体。  
それは、どう見てもトンボだった。  
  
<撃つぞ!一緒に始末書書けよ!>  

機関砲が滑らかに動く。  
飛び越した相手を思考する。  
安全装置解除、目標は前方。  
発砲。  

機体に振動が生じ、機関砲弾の発射が体感できる。  
綺麗な光が前方へと放り出される。  

<なんだぁ!畜生逃げやがった!!>  

レーダーは敵機が見事な回避機動を描いた事を知らせていた。  
曳光弾の軌跡がガンナーの必死の努力を伝えるが、レーダーはそれが無駄な射撃である事を知らせている。  

「なんなんだありゃあ」  
<おい!AAM使うぞ!>  
「しょうがねえ、やるぞ」  

相手はこっちに向かってきている。  
ヘッドオンで勝負かよ、上等だ。  
陸上自衛隊最新鋭戦闘ヘリコプターと、異世界の同名のトンボは、互いに正面を向き合った。  


「しかし、魂消たな」  
<ロケットランチャー装備のトンボかよ>  

勝負は、彼らの勝ちだった。  
あくまでも偏差射撃に過ぎない相手とは違い、空対空誘導弾を使用した彼らは、発射するなり急旋回を実施。  
機体側面を通過するロケット弾に肝を冷やしつつ、レーダーが知らせた敵機の撃墜に安堵していた。  
  
<それで、通信は?>  
「だめだな、相変わらずだ」  

周囲は相変わらずの闇だった。  
星明りと月が知らせるところによると、見渡す限りの野原のようだ。  

「糞、天測しようにも、ここは地球じゃないか」  

パイロットは罵りの声を漏らした。  
異世界に慣れていた彼らにとっては忌々しい事に、ここは地球と思われる惑星だった。  
もちろん、ロケットランチャーを装備した小型機サイズのトンボがいる事から、地球ではない事はわかっている。  

<なんか暗くなってないか?>  
「曇ってきたんじゃ・・・」  

相方に答えつつ、パイロットは上を見た。  
そして、声を失った。  

「じょうだん、だろ」  

彼らの頭上に、巨大なマンタがいた。  







今すぐ教本に載せたくなるほどに見事な擬装が施された隠れ家の中は、意外なほどに綺麗だった。  
隠れ家というと、散らばった酒瓶、疲れ果てた男たち、そして薄汚い室内といったイメージがあるんだが。  
診察を行っている医官を横目で見つつ、佐藤は周囲を見回した。  
隠れ家というより、別荘といった表現が正しいな。  
良く整理された室内、栄養状態に余裕はなさそうだが、健康そうな男性たち。  
それとも、俺の認識が偏っているのか?  

「うーん」  

診察を終えたらしい医官がこちらを見る。  

「どうだ?」  
「破傷風ですね」  
「まずいのか?」  
「なんとも言えません。  
軽度の症状に加えて、傷口が酷く化膿しています。  
痛みと発熱はこれが原因ですね。  
手持ちの機材と医薬品で対処は出来ますが、完治できるかと言われると難しいです」  
「そうか、気道切開は?」  
「酷くなれば必要になります」  

破傷風、それは誰もが感染の可能性がある病気である。  
世界中の土壌に菌は存在しており、怪我から感染する。  
口が開けにくい、首筋が張る、寝汗をかくといった症状が見られ、次第に症状が増し、呼吸困難、歩行困難に至る。  
治療をしないと全身にけいれんがおこり、最終的に窒息などで死に至る可能性がある。  
初期状態ならば簡単な外科手術と投薬で完治するが、重症になると非常に厄介な病気である。  
ICUを備えた本格的な医療設備など、第三基地まで戻らないと存在しない。  
ヘリや車で輸送すればなんとかならないこともないが、現地民のためにそこまでの便宜供与は認められない。  
火をつけ、物を凍らせ、烈風を起こし、不死者を浄化する魔法も、病気だけはどうにもならないらしい。  

「怪我は治るのに病気は治せないというのは、便利なんだか不便なんだかわからんな」  
「あの」  

腕を組んでわかったような事を言う佐藤に、姉妹が声をかけた。  

「母上は、母上は大丈夫なのでしょうか」  
「気休めはやめて下さいね」  

小声で医官はそう言うと、部下たちの所へと歩いていった。  
どうしろっていうんだよ。  
厄介な事を言ってくれる。  

「必ず治すという確約は出来ませんな。  
ですが、皆さんが我々に協力してくれるというのならば、治るかもしれません」  
「何を、しろと言うのだ」  

一同の代表らしい男が、険しい表情で口を開いた。  

「実に簡単なことですよ。  
我々は百年以上の長きに渡って練り上げられた医療技術を持っています。  
貴方方から見ると妙な事をしている様に見えるかもしれませんが、邪魔をせずに協力していただきたいのです」  
「それだけか」  
「それだけ、と言いますと?」  
「だから、金とか女とか、そういうのは」  
「そういうのちょっとねぇ、出来ればこの周辺の情報とかを欲しいんですが」  
「情報?」  

佐藤の回答は、男にとっては予想外だったらしい。  

「そりゃあまあ、私も健康な男なので、女も金も欲しいですけどね。  
我々に必要なのはそれよりも情報なんですよ。  
資源だったり存在しているかもしれない敵軍のものですね。  
そういったものは、皆さんにはないのですか?」  
「あ、いや、あったとして、それだけでいいのか?」  
「構いませんよ」  

佐藤はそう答え、部下たちに直ちに治療を開始するように命じた。  
場合によっては手足を吹き飛ばされた負傷者を助けなければいけないだけあり、彼らの行動は非常に素早い。  
機材を展開し、医薬品を確認する。  

「それでは始めます。関係がない人は退出してください」  
「よーしお前ら、周辺の探索にかかれ、皆さんも申し訳ありませんが退出をお願いしますよ」  
「佐藤一尉」  
「ん?」  
「あなたもですよ」  
「お、おう」  

かくして、一同は屋外へと追い出された。  



西暦2020年7月16日  13:00  ゴルソン大陸  日本国西方管理地域  ダークエルフの隠れ家  

「なかなかに快適そうな環境だな」  

建物の周辺には、隠蔽された井戸やそれなりに作物が取れそうな畑などがあった。  

「彼らが今まで生き残ってこれたのもわかりますね」  

感心した様子で二曹が言う。  

「うむ、これだけの拠点を周辺住民にばれないように維持していたとは。  
しかも、一日二日じゃないぞ」  
「はい、大したものです」  

周辺を偵察している部隊からは、特に何の報告も入らない。  
城に残してきた部隊からも同様である。  

「平和が一番だな」  
「そうですねぇ」  

ほのぼのとしている佐藤たちの隣では、心配そうな表情を浮かべたダークエルフたちが、小声で何かを相談している。  
頼むから、いきなり気が変わったりするのは勘弁してくれよ。  
横目で見つつ、佐藤は内心で思った。  
いわゆるライトノベルと呼ばれるものを好んでいるらしい二曹によると、医療行為はそれを知らない異世界住人に誤解を招く恐れがあるらしい。  
動けないケガ人に接吻しているように見える人工呼吸。  
あるいは死者を強姦している様に見える心臓マッサージ。  
セクハラにしか見えない触診。  
よくわからない薬を飲ませる投薬。  
拷問に見える注射。  
だからこそ、十分な同意を貰った上での治療実施が好ましい。  
二曹は、佐藤にそう進言していた。  

「我々も周囲を見回ってくる」  

じっとしているのが落ち着かないらしいダークエルフたちは、佐藤にそう申し出た。  
  
「申し訳ありませんが、周辺は部下たちが探索中です。  
万が一にでも貴方方に攻撃を加えてしまっては申し訳ない。  
今は、我慢してください」  
「我らが黙ってやられるような者だと思われては困る」  
「お互いにやりあってしまってはもっと困るんですよ」  
「・・・わかった」  

なんとか彼らを押し留め、佐藤はため息を漏らした。  
今も治療が行われているであろう建物を見る。  

「治ってくれるといいんだがな」  
「今は、医官殿を信じるしかありませんね」  

二人の心配は、手袋を外しつつ退出してきた医官の表情によって解決された。  

「可能に関しては継続的な治療で大丈夫でしょう」  
「破傷風は?」  
「投薬の効果がなければ難しいでしょう。  
さすがにここで気道切開はやりたくないですから。なんにせよ、今日出来るところはここまでです。  
ドタバタしないのならば入って結構ですよ」  

その言葉を待っていたダークエルフたちは、流星のような素早さで建物へと入っていった。  

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