自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

皇国召喚 ~壬午の大転移~51

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turo428

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目覚めると、知らない天幕だった。
すぐ傍に副官のテレーズが座っている。
テレーズは目が合うとハッとして立ち上がり
「先生! 目を開けました!」
そう言って天幕を出て行った。
どこだここは。
軍の野戦病院にも見えるが、それにしては小奇麗過ぎる。
液体の入った非常に精巧な作りのガラス瓶がベッド脇のポールにぶら下げられ、そこから細い管を経由し、腕に刺さった針を通して、透明な液体が注ぎ込まれている。
詳細は分からないが、怪我人に使っているのだから何かの薬だろう。ただの薬の容器にしては出来過ぎているが。
こんな方法で薬液を体内に入れるというのは不安感が拭えないが、どうせ拾った命だし、折角なので体験しておこう。
薬というのは口から飲むか、肛門から入れるか、患部に塗るものという常識からして、針で直接体内に入れるというのは驚きだ。
そこでふと気づく。針を通して液体を入れるという事は、もしやこの極細の針は中空構造なのか? 裁縫針より細いのに。

暫くすると、テレーズと共に白衣を着た男が天幕に入ってきた。
フェリスの腕を掴んで脈を測ったり、目を覗き込んだり、舌圧子を押し当てて舌や喉を見たり……。
服をはだけさせ、胸と背中に聴診器を当て、傷の辺りに手を当てて触診。
フェリス自身は何をされているのかよく分からない。
「貴官の氏名、所属、階級は?」
「フェリス・コーンウォース。マルロー王国軍第7飛竜師団長。空軍少将」
「宜しい。これだけハッキリ答えられれば、もう大丈夫でしょう。弾丸は摘出したから、あと数日、ゆっくり休めば歩けるようにもなる」
「ありがとうございます!」
「これが私の仕事だから。じゃあ、私は他にも山ほど仕事があるんでね、フェリスさんを頼むよ」
そう言って、白衣の男はそそくさと天幕を後にした。
「今の人は、誰?」
「皇国軍の軍医で、イシカワ大尉」
何となくそんな気はしていたが、皇国軍だったか。

「私は捕虜?」
「捕虜ではないそうですよ。意識が戻ったら事情を聴きたいとは言ってましたけど」
「戦争はどうなった?」
「何故か敵国の皇国軍がロマディアの反乱部隊と暴徒を鎮圧して、そのままなし崩し的にセソー大公国は休戦、誰が講和条約の責任者となるかでモメてます」
「大公夫人が居ただろう」
「夫人なのか、ご子息なのかでモメてます」
まだそんな事やってたのか。
「……テレーズが、助けてくれたのか」
「ピクリとも動かなかったのですが、鼓動はありました。だから馬で皇国軍に突撃しました」
「よく撃たれなかったね」
「私の上着を振りながらで意図を汲んで頂けたのか皇国軍には撃たれなかったのですが、その前に追いかけて来た飛竜騎士の流れ弾に当たったようです」
そう言ってテレーズは服をめくり、脇腹の傷痕を見せた。
フェリスと違い掠った程度で重傷ではなかったが、放っておけばどうなったか分からない。
「私の為に……」
「閣下の傷に比べれば、こんなの何でもありません。お揃いで嬉しいです」
「それで助けを求めたと」
「はい。皇国軍も、自分達で予告した日時より前にロマディアが大変な事になって焦っていたようですが、事情は把握して頂けました」

「それにしても、ここは本当に野戦病院か? 気持ち悪いくらい綺麗だが」
「はい。そのようです。閣下の場合は女性であるのと他国軍の将軍で、皇国軍将兵と同じ場所に入れるのは都合が悪いから別室を用意したと聞かされました」
野戦病院というのは、もっとこう、吐き気がする程に血生臭くて、将兵の苦悶の喘ぎ声とノコギリの音が響く場所。
ここは多少臭うものの、それは薬品の匂いで、それも殆ど気にならない程度だ。血生臭さとは無縁である。
「そう言えば、ここでは何人の怪我人が居る?」
「軽い怪我人を含めると1000人近く居るそうですが、多くは日帰りで、閣下のように大怪我をして病床にあるのは50人程だそうです」
「多いな」
「流れ弾を受けたロマディア市民も多くいるそうですので」
「軍の野戦病院が敵国の市民の面倒まで見てるのか。ご苦労な事だ」
「ロマディアの民間医師は既に多くが町を離れており、セソー軍の医師は自軍将兵優先で、手が回らないのでしょう」
「宮廷医師も居ただろう」
「残念ながら、騒乱で命を落とされました」
宮廷医師が診察治療するのは大公とその家族、宮殿や市内に住まう貴族とその家族であり、下々の民を触る事など無いだろうが。


改めて、着せられている服をめくって腹部を見ると、真っ白な包帯が巻かれていた。
その下がどうなっているかは見えないが……。
「凄いんですよ。閣下の開腹手術が終わって、包帯が巻かれた後も、その方が治りが良いからと
 毎日看護兵が来て包帯を取り換えてくれるんです。それは今朝方巻かれたものですから綺麗ですよね」
そりゃあ、血や膿などで汚れるから毎日取り換えた方が良いだろうというのは分かるが……。
実際にそれをやるとなると、どれだけ大量の包帯の在庫が必要になるのだろう。

テレーズの腹部は包帯が取れているが、銃創は綺麗に縫合されている。
「随分、丁寧な仕事するね……」
戦場における傷口の縫合とは、もっと大雑把なものだ。
兵士自身によるものと軍医によるもので差はあるが、軍医によるものでもここまで綺麗に縫う必要あるのだろうか?
焼きゴテで無理矢理傷口を塞ぐ方が簡単なので、高級将校や貴人相手でなければそちらの方が主流だというのに。

「その透明な液体は、鎮痛剤と、あと何と言ってましたっけ、抗生剤と言うものらしいです」
「それ程痛みを感じないのは、何かの鎮痛薬だろうとは思っていたが、抗生剤とは
 聞いた事が無い。私は医者じゃないから専門用語は分からないが、何かの薬なのか」
「殆どあらゆる病気の元となる瘴気を無効化するんだそうです」
「ほ?」
「手や足を撃たれたら、切るじゃないですか。あれは撃たれたところが腐って、そこから瘴気が出て、全身に回るのを防ぐ為ですよね」
「そうだね。そうしないと全身に瘴気が回って、傷口を塞いでも結局死んでしまう」
「そういう瘴気を消して全身に回るのを予防する薬だとか」
「ああそうか。私の撃たれたところの傷から瘴気が出るのを防いでる訳か」
「そういう事らしいです」
「ほぉ……」
道理で高熱にうなされていない訳だ。
でもそれじゃあ、ずるいだろう。
外科治療の巧みさもあって、皇国兵は即死か、余程酷い怪我か病気にならない限り復帰出来るじゃないか。
現役復帰は無理でも、治癒して娑婆に戻れれば、兵士としては無理でも人として生活出来る。

いや、皇国軍の兵器の火力を見れば、これくらい強力な医療が無いと将兵が死ぬ一方で戦争にならないのかも知れない。
しかし結果論ではあるが、皇国軍の野戦病院を実地体験出来た。これは価値ある情報になるだろう。
瀕死の自分をここまで治療したのだから、兵器だけでなく医療技術も相応に凄まじいという事だ。
それはそれとしても、皇国に大きな借りが出来てしまった。
個人的に命を救われた件もそうだが、敵国の反乱騒動を即座に鎮圧したとなれば、本当に大きな借りだ。

「何か口にしたいな」
「先生は、まだお腹に入れるのは駄目で、唇を湿らす程度と」
テレーズは飲み水の入った瓶から小皿に少し水を注ぎ、看護兵から説明を受けていたガーゼを浸して、フェリスの唇を拭う。
「こうしていると、子供の頃を思い出す」
「私もです」
天幕の中は、平和だった。


現在、反乱軍に加わったセソー大公国軍の将兵は皇国軍の憲兵隊が身柄を拘束している。
セソー大公国軍の憲兵に任せたらまたどんな事件を起こしてくれるか分かったものではないので、
講和が成り戦争が正式に終結するまでは、皇国軍が捕虜という名目で面倒を見るという措置だった。
こういう事を未然に防ぐのも憲兵の役目だろうに、反乱軍の中にはよりにもよって空軍憲兵も混ざっていたのだから。


何でこんな、他国の尻拭いを自分達が……。
慈善事業でやっているのではなく、皇国の国益の為にやっている訳だが。
特に此度の戦争はリンド王室と皇国皇室への侮辱や否定的な外交姿勢を
撤回させるという非常に政治的な目的があるので、妥協点を探るなど無いのだ。
皇国の講和条件を呑むか呑まないか。呑まないなら滅びて貰うしかない。

皇国軍が警備するロマディア宮殿内で、皇国とリンド王国、マルロー王国、ユラ神国、
そして当事者のセソー大公国の関係者が集まり、セソー大公の死体検分の後、本題に入っている。
つまり、講和条約についてだ。

「それで結局、大公妃殿下と大公世子殿下の扱いをどうされるのです?」
大公が死亡したのが確認されたのだから、規定に従って大公世子が新しい大公として即位する。
だが新大公となる大公世子はまだ幼く、摂政が置かれる予定である。
そこで誰が摂政となるかでモメているのだ。
君主たる大公の代理として、権力と同時に責任も発生する。
摂政の候補になりうる貴族や有力者達は皆、何故、前大公のしでかした事の責任を自分が負わねばならないのか
という思いがあり、かといって大公妃(新大公にとって大公太后)が摂政となるのはそれはそれで面白くないのだ。
講和条約には、大公代理として摂政の署名が絶対に必要なので、ここをハッキリさせないと話が進まない。

セソー大公国の有力貴族は概ね親リンド派と親マルロー派に分かれる。
親リンド派といっても別にマルロー王国と敵対してリンド王国につくというものではないし、逆もそうだ。
どちらの王家に親しみを感じるかとか、どちらの国との関係をより重視するかといった程度の話。
リンド貴族やマルロー貴族に出自を持ち、連なる貴族ならば明確に、血筋的にどちらかになるが、
彼らも現代ではセソー大公国に暮らすセソー貴族なのだから、無暗に波風を立てる事はない。
功罪で言えば、このような緊張関係がどちらか一方の列強国に傾倒する事を防ぎ、
大陸北方、シテーン湾の安定に寄与してきたという功績の方が大きいだろう。

亡くなった前セソー大公は、それで言うと親リンドであった。
だから親リンド派の旗色が若干悪い訳だが、今後の外交関係を考えた時、リンド王国と
皇国との関係が東大陸においてより重要になるだろうというのは、論を俟たない。
その点ではリンド貴族とのパイプが強い親リンド派の貴族が優位である。
そこに、親大公妃派とそうでない派閥が重なり、責任の押し付け合いの様相である。
ここに来て功罪の罪の面が表面化してしまった。


ユラ神国から派遣されてきた外交官である枢機卿が言い放つ。
「セソー大公国の皆様、ご自分達の置かれている状況を理解しておられますか?
 現在はあくまで皇国とリンド王国の善意によって休戦しているに過ぎず、
 戦争状態は終わっていないのです。皇国はやるといった事は必ずやります。
 もしこの講和会議が何も決まらないまま終わるような事があれば、
 リンド王国とマルロー王国も貴国に差し伸べる手は持たないでしょう」
皇国の担当者は、文官も武官も一見すると優しい顔をしたまま黙ったまま。
このアルカイックスマイルは非常に不味い。
現在は前大公の喪に服するのと講和条約の事前協議として停戦しているに過ぎない。
皇国軍は停戦しているだけで、戦闘態勢自体は解いていないどころか国境外に戦力を集結し、
ひとたび命令さえあればロマディアのみならずセソー大公国全土を半月以内に灰塵に出来る。
国土と国民が物理的に無くなれば、戦争はそこで強制的に終了だ。

皇国軍は今まで東大陸軍(東大陸派遣軍)で使っていた戦車が子供に見えるくらい巨大な新型戦車を
リンド王国に上陸させ、関係各国の武官等を招いてその主砲の威力を実演し、関係者の度肝を抜いた。
今まで皇国軍が使っていた戦車ですら、その主砲威力は要塞砲に匹敵するというのに、
それが前座だったとでも言いたげに、要塞砲ですら容易に崩せない
厚みの石垣を爆破し、何十枚も重ねた鉄板すら貫通して見せた。

さらに、沖合に今まで見ていた軍艦の倍程もある超巨大戦艦を走らせ、
空気を震わせる轟音と共に主砲を斉射するという実演もして見せた。
艦の速力や主砲の射程と破壊力については秘匿とされたが、
皇国が見せた範囲であれば、速力は20ktで射程12kmだった。

あんなに巨大な鋼鉄の戦艦が、順風を受ける戦列艦の2倍の速度で走り、実用射程に至っては50倍!
沿岸から内陸に10マシルの都市でさえ射程内に収め、艦砲射撃出来るという事実だ。
見た事も無い程に巨大な大砲であり、実弾射撃の標的となった場所にあった城塞は跡形もなく吹き飛んでいた。
王家直轄の城塞で、取り壊して近代式の要塞に再建する予定の場所だったのだが、想定外の威力に言葉を失う。
その威力は皇国軍が今まで使用していた野砲や爆弾の比ではなく、形あるものは何も残らないだろう。
沿岸から12マシル以内の全ての地域は、今後この艦砲射撃を受けるかもしれないのだ。
近代式の要塞に再建したところで、この砲撃を前にすれば何の意味も無い。

今まで自分たちが見てきた皇国軍の兵器は何だったのだという
落胆すら覚え、圧倒的な存在感と畏怖の念を魂に刻み付けられた。

本国にはまだまだ部隊があり兵器もあるとは聞いていたが、
皇国軍は全く本来の力を出さずして戦っていたのだ。
これを見たリンド王国軍関係者の放心状態たるや。

そしてこれらの兵器を披露したという事は、皇国の意に沿わない結果に
なればこの力を使う事があるかもしれないと宣言しているに等しい。
実際、これらは皇国軍が他の地域での活動を一時停止してまで行った東大陸への
大増援作戦の一環として送り込まれたもので、必要となれば使う為のものだ。


皇国は政府としても軍としても、講和を迫るのは相手の為であるという態度だ。
『皇国としては別に好きなだけ相手してやるが、本当にそれでいいのか?』と。
『慈悲深い皇国は、敵対国の人命すら配慮するからこそ講和を勧めるのだ』と。

恫喝そのものであるが……。
不思議で仕方がないのは、このド派手な実弾演習にはセソー大公国の武官も
招かれていたのに、現状で一番の当事者である彼らに危機感が見られない事。
特にロマディアは海に面しているのだから、陸からだけでなく
海から巨大戦艦が攻めて来たら逃げ場はなく一巻の終わりだ。
宮殿、市街地、いずれも海岸線から5マシル以内に立地しており、
ロマディアの胃袋たる周辺の農村地域ですら10マシル以内なのだから。

勿論、内陸に10マシル以上なら大丈夫という事でもない。
皇国軍は列強の飛竜母艦に相当する飛行機母艦を保有していて、
そこから戦闘用の飛行機を運用可能と見られている。
皇国軍にとってこれは戦艦以上に重要で極秘の存在なのか、
未だにその正体について友好国にすら明かしていないが、
存在は確実だ。皇国軍人も、仄めかしてはいるのだから。
ただそれがどれくらいの能力を持っていて、何隻あるのかが
不明であるので、各国は皇国軍の洋上航空戦力を計りかねている。

そして皇国軍母艦の搭載飛行機の行動半径は、
少なく見積もっても250マシル(300km)はある。
つまり沿岸から250マシル以内は爆撃圏内。

ではそれよりさらに内陸なら安全だろうか?
否。
この艦砲射撃と航空爆撃によって得た地域に飛行場を作って、そこから
さらに内陸を爆撃するという方法で、理論上はどこでも攻撃され得る。
真っ先に攻撃される場所か、そうでないかの問題でしかない。
皇国との戦争において、後方の安全地帯など存在
しない事はリンド王国が証明したではないか。

危機感という意味では、むしろユラ神国関係者の方が大きかったかも知れない。
リンド王国の王都ベルグは内陸にあり、艦砲射撃を受ける心配はない。
しかし聖都ユラは海に面している為、艦砲射撃を受けてしまう。
ユラの神殿、宮殿、門前町として発展した首都は何かあれば皇国軍の艦砲射撃によって灰燼に帰すだろう。
行政府や立法府としての首都機能を内陸に移したとしても、神殿だけはどうしたって移動できない。
神殿やそこに安置されている宝物が無くなれば、ユラ神国はユラ神国である土台を失ってしまう。
教皇といった聖職者達に神性を与え、信徒の信仰心を物的に担保するのがユラ神殿という場なのだから。


皇国本国では総理大臣と国防大臣を始めとする閣僚諸氏が頭を下げて
衆議院と貴族院を相手に説得し、非難囂々の中で意思決定されたなど、
この世界の国々に対しては絶対に知られたくない事であったが。


皇国は、今回の戦争の講和条件として、原状回復を前提に

リンド王国の現女王及び王配、リンド王室と皇国皇室を正統と公式に認める事。
リンド王国及び皇国の内政に干渉しない事。
リンド王国及び皇国に賠償金を払う事。

の3点を求めており、逆に言えばそれ以上は求めていない。
皇国との国交樹立とか、領土割譲、資源採掘権などは講和条約の条件としては求めていないのだ。
賠償金を払えない場合、代わりに領土を割譲するとか、現物や利権で払うといった
代案は提示されているし、賠償金の額からしても呑まざるを得ないだろうが。

賠償金の金額についてはある程度、交渉による減額に応じる用意はあるが、
それ以外の2つはリンド王国の国体の正統性に関わる部分なので絶対に譲れない。
リンド王室と婚姻した事で、間接的に皇国の皇室が“列強に値する正統な王朝”
と認められている部分が多分にあるので、ここが躓く事は許されないのだ。
そうでなくても、皇国に理解のある女王を引き摺り下ろされては今後の
東大陸外交が振出しに戻ってしまうし、武力によって他国の王位継承に
口出しして、それが通ってしまうような前例を作る訳には行かない。
(皇国自身が武力を背景にリンド王室と関係を結んだ件には目を瞑る)

「皇国は本日を含めて4日以内。3日後の午後6時を期限として、
 セソー大公国と正式な講和条約を締結する事を望みます」
皇国の外務当局者の言葉である。
望みます。という言い方ではあるが、実質強制である。
3日以内に署名しろという脅迫に等しいが、この会議の席の誰も皇国の提案に異を唱える者は居ない。
唱えられる訳が無い。
3日後の午後6時までに講和が成らなかったら……。
皇国の敵国でも何でもない筈のユラ神国関係者、セソー大公国との
戦争では皇国側の当事者のリンド王国関係者も冷や汗を浮かべる。

拷問してでも、誰かを摂政に推挙し、署名させなければならない!


結局、新しいセソー大公である小レオニスの摂政に推挙
されたのは、叔母にあたる前大公の妹レミニアだった。
弟だとそこそこ大物だし、本人が嫌がっている。
レミニアは、本人に大した権威も権力も無いが、腐っても大公家の
血筋なので他の貴族からの横槍を無視しても崩れない程度の土台はある。
リンド王国への留学経験があり、前大公の下では内務省で働いており、政務能力はある。
候補は居ないかと匙を投げて、それが頭にぶつかったような形の推挙。
「大臣達が勝手に決めて、事後報告ですか」
ロマディア騒乱にて負傷したレミニアは、郊外の自宅で療養中であった。
銃撃を受け、軽い裂傷で済んだが、一歩間違えれば死んでいたのだ。
貴族や関係者達が押しかけて来た時、レミニアは乗馬を留めておく厩舎で、愛馬の世話をしていた。
「私がこのような怪我を負う原因となったのが、そもそも――」
「レミニア殿下! 時間が無いのです!」
そう言って、外務卿が条約の書面を差し出す。
「これに摂政として署名しろと?」
「はい!」
「内容を見た上で言ってますか?」
「我が国に選択肢はありません。期限が来れば皇国軍の再攻撃が始まります」
「ロマディア市内には、反乱軍を取り締まり治安を維持すると居座ってますが、あれらも攻撃してくると?」
「恐らくは……」
レミニアにも言い分がある。
ここまで脅迫に近い形で署名させようという事を、何故前大公であるレオニスに行わなかったのか。
マルロー王国が抜けた段階でレオニスを“説得”していれば、こんなごたごたにはならなかった。
それを、レオニスが居なくなった途端に立場の弱い自分に押し付けてくる……理不尽だ。
「現リンド王室の承認。これは認めるしかありません。私も異議はありません。
 内政干渉の禁止にしても、明文化の上で認めざるを得ないでしょう。
 ですがこの賠償金の金額は? 減額交渉してこれですか?
 こんなの、国が無くなってしまいます」
「皇国が欲して、我が国から差し出せるようなものは他に無く……」
「皇国製品を輸入するのでは駄目なのですか? あと領内の通行権とか……
 何でもいいから賠償金の代わりになりそうな事を提案して下さいよ。
 私を推挙したという事は、当然私が会議の矢面に立つのでしょう?」


以下は皇国に対しての義務であるが、リンド王国に対しての
義務(王室への意見無用、賠償金等)や、皇国とリンド王国と
マルロー王国の三者の許認可が必要な事業なども設定された。

国交の樹立と通商の開始。公使館と商館をロマディアに置く。
賠償金を金または銀にて支払う(総額の35%以上は金である事)。
毎年一定量以上の皇国製品を輸入する(品目や金額は都度改定)。
皇国の皇室及び婚姻、血縁関係のある他国王室等への批判の禁止。
皇国が指定するシテーン湾に面する場所に無償の労働力を提供する。
ノイリート島とその付属島を割譲する。
上記を除くセソー大公国の領土(属領含む)を無期限の租借地とする。なお租借料は無料とする。
上記租借地における皇国軍の駐留と通交を無制限に認める。
上記租借地における特定の税収の一部を皇国のものとする。
上記租借地における特定の資源採掘権を皇国のものとする。
上記租借地における皇国の領事裁判権と治外法権を認める。
セソー大公国の国内法につき新法の設定、旧法の改定、
各種行政の重要懸案については皇国との協議を必要とする。

……等々。


賠償金は当初要求より大幅に減額されたが、その分本土が租借地とされ、
一般的な領事裁判権の範囲を超える無制限の治外法権まで盛り込まれた。
皇国の領土になった訳ではないので、この地域は依然セソー大公国の
固有の領土であり、皇国の天皇と皇族、臣民は皇国法に従うが、
それ以外の人々はセソー大公国法に従うという二重規範が適用される。
しかもそのセソー大公国法は皇国との“協議”によって決められる。

マルロー王国が手を引いた後もあがき続け、皇国兵のみならず
自国兵や自国民をも無駄に傷つけた事への懲罰的な意味が多分にあった。
これくらいの譲歩をしなければ皇国が納得しなかったという事でもある。
外務省を通じて東大陸に伝えられた内大臣府と宮内省の強い要望もあった。

また、この地は大陸北方の極北洋に面する要地であると共に、リンド王国と
マルロー王国という北方の二大列強国の緩衝地帯としても機能していた。

大陸北方に野心を見せる東方や南方の列強や大国が、
セソー大公国を誑かして足掛かりとし、再びこの地に
騒乱が起きるような事を皇国は何よりも望まない。
故に、しばらくの間は皇国がセソー大公国を事実上の植民地、
あるいは保護国とする事で睨みを利かせるという理由もあった。


レミニアは、この条約に署名する際、周囲の重鎮に漏らした。
曰はく――
『私が大公殿下の摂政として署名する訳で、責任は全て私にある。
 大公殿下が成人なさった後であっても、決してこの件を持ち出して
 大公殿下の私生活や政務を煩わせる事をしてはならない。
 いずれのこの条約について大幅に改定する必要があるが、
 皇国のみならずリンド王国やユラ神国も納得させねばならない。
 その為には、この件を持ち出して政争の具にするような面を
 特に列強各国に見せてはならず、粛々と条約内容を守る事。
 その時になったら当事者だった私が大公殿下を補佐する。
 事が成った後であれば、私はどうなろうが受け入れる』


レミニア・カミーロはセソー大公国憲法を制定し、小レオニスの成長とセソー大公国の発展を見届け、
何よりの懸案だった皇国との諸条約をほぼ誰の目から見ても満足の行く形で改定させると、即座に隠居した。
その後、程なくして絞首自殺。享年45歳。
生涯結婚せず、大公と国に尽くした麗婦人の、あまりもあっけない最期。

不穏を感じていた使用人が毒になり得るものや刃物等を厳重に管理している中での事であり、
貴族に対する斬首でなく平民に対する絞首を自ら選んだ事は、多くの者に衝撃を与えた。

北方諸国同盟との戦争当時の皇国関係者で自害する者すらおり、
君主や元首でもない相手に皇国天皇から異例の弔電が出された。

幼い頃から影に日向に支えてくれた小レオニスに
とっては実の母親を失うよりも辛かったと手記にある。
東大陸初の立憲君主、セソー大公レオニス・カミーロ曰はく
“私にとって、叔母のレミニアは姉であり母であり父であった”
“レミニアが自死した事で、私は真に大公として独り立ちせねばならなかった”

レミニアの遺産は生涯を過ごした小さな邸宅と僅かな現金のみであったが、
セソー大公国に対する有形無形の遺産は金額では計れないものだとされる。



セソー大公国との講和が成り、東大陸での戦争状態は終わった。
特に東大陸では、大内洋に面するユラ神国、リンド王国という二大列強国と同盟関係を結び、影響力を揺るぎないものとする事に成功。

本土列島と神賜島。
大内洋、西大陸、東大陸。
この新世界に瞬く間に名を轟かし、世界の覇権を握った皇国は、従来の『列強国』という概念を超える『超大国』として、千年を超える繁栄を誇る事になるのである。



平成元年2月。

冬の新宿御苑にて執り行われた大喪の礼には、皇国に次ぐ大国であるリンド王国女王、シャーナも王配の陽博と共に参列している。

21発の弔砲は、皇国にとって転移前という古い時代の終わりであり、新しい時代の幕開けでもある砲声であった。

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