自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

014 第12話 南大陸の楔

最終更新:

tapper

- view
だれでも歓迎! 編集
第12話 南大陸の楔

1481年 12月30日 アイダホ沖北10マイル地点

12月28日 アメリカ海軍上層部は新たな建造艦艇を決定すると共に、太平洋方面に増援部隊を派遣する事を決定した。
それと同時に、ノーフォークに停泊しているイギリス第12艦隊は、サマービル中将の同意のもと、正式に合衆国海軍に編入される事が決まり、
イギリス第12艦隊は、新たに第26任務部隊として太平洋艦隊に編入、大西洋方面の守備に就くことになった。
一方、太平洋方面では、既に太平洋艦隊の主力部隊は南大陸の南部、ヴィルフレイングという港に移転が完了。
28日の午前には、飛行場建設を主任務とする海軍設営大隊、愛称シービーズを乗せた輸送船団が、主力部隊の後に続いてヴィルフレイングに入港、早速滑走路の建設を始めた。
こうした中、大西洋方面からも、空母1隻を根幹とする機動部隊を派遣する事が決まった。
そして、白羽の矢が立てられた部隊が、ボストン沖海戦の殊勲部隊であるTF25である。
当初、フレッチャーはTF25の太平洋派遣に反対であった。
なぜなら、東のレーフェイル大陸にはシホールアンルの同盟国、マオンドが控えており、開戦から間もない次期に早々と侵攻艦隊を差し向けてきた。
ボストン沖海戦では、TF25、27を始めとする大西洋艦隊が迎撃して、敵に多大な損害を与えて追い払ったものの、
いつまた、マオンドが大挙して侵攻部隊を送ってくるかわからない。
太平洋と同じように、大西洋艦隊も、マオンドの動向に神経を尖らせていた。
その矢先にTF25の太平洋派遣である。

「敵の侵攻部隊がいつ来るかも分からないのに、おいそれと艦隊の要である空母部隊を派遣できるはずが無い。」

と言ってフレッチャー少将は難色を示したが、これを解決したのがイギリス艦隊の合衆国海軍編入と、空母ホーネットの就役である。
第26任務部隊と改名されたイギリス艦隊には、搭載機は少ないとは言え、空母のイラストリアスと軽空母のハーミズがいる。
それに、護衛艦艇として最新鋭戦艦のプリンス・オブ・ウェールズと巡洋戦艦レナウンも在籍し、他の護衛艦艇も実戦経験を積んだものばかりだ。
そして、空母ホーネットを主軸とする第24任務部隊も編成され、大西洋艦隊は開戦時と比べて大幅に戦力が向上した。
大西洋艦隊の主力は、太平洋に派遣されるTF25以外で、米英合わせて4隻の空母、9隻の戦艦、巡洋戦艦がいる。
これなら、マオンド軍が再度侵攻してきても、充分に迎え撃てると判断したのだ。
新鋭空母の就役と、英空母の参加で母艦戦力に余裕が出たと判断した上層部は、より空母が必要だと思われる太平洋戦線にTF25を派遣させたのである。

第25任務部隊は、アメリカ“北海岸沖”を20ノットのスピードで航行していた。
空母ヨークタウンを輪形陣の中央に据え、周囲を巡洋艦、駆逐艦といった艦艇が取り囲んでいる。
その機動部隊の左舷側には、この変異があったからこそ見る事の出来たものがあった。

「参謀長、まさかロッキー山脈が、海から見れるとは思わなかったな。」

TF25司令官であるフランク・フレッチャー少将は感嘆したような口調で言った。
参謀長のグリン・ガース大佐も頷いた。

「本当に変わった光景です。」
「バルランド側も、お手柔らかにわが国を召還できなかったものですかねえ。」

航空参謀のジョイ・アーサー中佐がやや皮肉るような口調で、会話に入って来た。

「ロッキー山脈をぶった切るなんて、荒っぽすぎますな。」
「それしか方法が無かったのだろう。致し方あるまい。とは言っても・・・・」

彼は艦橋の左舷側に見えるロッキー山脈に、改めて視線を注ぐ。

「地層の見える山脈は、世界で初めてだろう。」

実はこのロッキー山脈、召喚の際に国境の向こう側の山々と、まるで鋭利な刃物で唐竹割りにされたようになっている。
山の断面が綺麗に見えており、遠目でも地層の色の違いが見て取れる。

「まさに、一大スペクタクルショーだな。」

そう言うと、艦橋の皆が爆笑した。

「噂によれば、この変わったロッキー山脈を利用して、金儲けを企む奴もちらほらと出ているようですぞ。」

ガース参謀長の言葉に、フレッチャー少将は眉をひそめた。

「観光料が狙いかね?」
「そのようです。最も、私は言った事が無いので詳しくは分かりませんが。」
「どこの土地にも、超常現象を金儲けに利用する輩はいるものだな。」

そう言って、フレッチャー少将は苦笑した。
ヨークタウンの司令部面々のみならず、艦隊の将兵の誰もが、ロッキー山脈の断面を見て驚き、それぞれの感慨にふけった。

TF25は、北海岸沖を西に航行し、サンフランシスコ沖で洋上補給を行った後、太平洋艦隊主力が置かれる事になったヴィルフレイングに向かう予定である。

1482年1月5日 ヴィルフレイング

魔法技術開発の悲劇。
魔に呪われた港町。
この言葉は、ヴィルフレイングの町のあだ名である。
元々、ヴィルフレイングは港町として栄えていて、最盛期には18000人の住人が住んでいた。
しかし、70年前に起きた、郊外の魔法研究施設が突然大爆発を起こし、その魔法施設で開発されていた呪術系の魔法が暴走、
闇夜で眠りを貪る住人達の半数以上を、真の眠りへと誘ってしまった。
死者のみならず、この呪術魔法の呪いにかかった受症者も、その後、年が過ぎても、ある者は耐え切れずにあの世に逝き、
ある者は完治した後も、心に深く刻まれた傷に苦しみ続けた。
ヴィルフレイングからは人は減り続け、ここ最近では、わずか1000人の人が住んでいるのみ。
しかし、この寂れた港町も少しずつ変わりつつあった。

第1任務部隊旗艦コロラドの応接室では、第1任務部隊司令官のウィリアム・パイ中将と国務長官のコーデル・ハルが話し合っていた。

「国務長官、昨日の国王陛下との会談、如何でしたか?」
「上々だったな。あのフレルとかいう気違い小僧とは大違いだ。私はね、フレルの事をあのヴォイゼ国王にも言ったんだ。
国王陛下はなんと言ったと思う?」
「さあ、分かりませんな。」

パイは無表情のいかつい顔を変えずに言う。

「よく言ってくれた、フレルにはいい薬になったと言われたよ。」
「いい薬ですか。ハハハ、確かにそうかもしれませんなあ。」
「本当は、ノーフォークの港から海に放り込んでやろうかと思ったよ。それを抑えてあのような言葉を口走ったんだが、
場合によって言葉は実力行使よりも役に立つな。」

ハルはコーヒーを一口すする。

「明日からは大忙しですな。」
「これも私の仕事だよ。南大陸の南端のグレンキア、ミスリアルにも行かねばならん。
海兵隊が1個中隊を護衛に付けてくれるそうだが、グレンキアまでは街道の道幅が大きいからジープで行けるが、
ミスリアルは途中、馬車に変えねばならんからきついな。」
「ミスリアルの隣国は戦闘中ですぞ。いささか危険ではありませんか?」
「危険だが、仕方ないだろう。」

ハルは冷静な表情で言った。

「あちらの事も考えれば、こちらから出向いて話し合う必要がある。それに、この世界では勇気ある者は評価されると聞く。
前線の近付くミスリアルにアメリカの要人が危険を顧みずに入っていく。これだけでも、アメリカと言う国は勇気のある国だ、
と、認めてくれるはずだ。」

ハルの決意は固いようだ。
シホールンアンルの勢力圏はカレアント公国の7割を呑み込んでいる。
実を言うと、シホールアンルの本来の侵攻スピードなら、とっくにカレアント全土を潰して、
矛先は隣国のミスリアルに向いている筈だった。
だが、米艦隊の思わぬ奇襲によって侵攻スピードは遅れ、後方のバルランド軍に態勢を立て直す時間を与えてしまった。
再び侵攻を開始したシホールアンルは、新たに増援を受けた、カレアントを始めとする南大陸連合軍の防戦に手を焼いていた。
それに、太平洋艦隊の主力が、ヴィルフレイングに入港した事も少なからぬ影響を与えており、
シホールアンル側は従来の戦いぶりを発揮できないでいた。

「勇気も確かに必要でしょう。しかし、ハル長官は合衆国のかけがえのない人材です。ここでハル長官を失いでもしたら大きな損失ですぞ。」
「買い被らんでも良い。」

ハルは苦笑した。

「ズルズルと、8年も国務長官を続けてきた私だ。
本国には私よりも優秀な者は大勢いるよ。おっと、この言葉は言わなかったほうが良かったな。」

彼は慌てて口を塞ぐ。

「いや、構いませんよ。この部屋には私とハル長官の2人しかおりませんから。」
「ははは、済まないな、愚痴を言ってしまって。年を取ると、愚痴ばかり言ってしまって仕方が無い物だ。」

彼は肩をすくめた。

「それにしても、太平洋艦隊司令部は思い切った策を取ったものだな。」

「私も最初は耳を疑いました。
まさか、アラスカ派遣部隊を除いて、主力のほとんどをこのヴィルフレイングに回すとは、そこまで考えていませんでした。」

パイ中将は、最初こう思っていた。
南大陸に派遣される艦隊の規模は、空母部隊の全てと、戦艦部隊のうち、第1か、第2任務部隊のいずれかであろうと。
しかし、キンメル司令長官は思い切って、戦艦部隊のほぼ全力をヴィルフレイングに派遣したのである。
お陰で、昨日来訪してきたヴォイゼ国王は、コロラドの応接室で何度も、パイやハルに対して感謝しますと述べていた。
それに加え、戦力に余裕の出た大西洋戦線から、TF17(改名したTF25)が回されてきた。
これで太平洋艦隊の戦力は、主力だけでも戦艦8、空母4を有する大艦隊となった。

「シホールアンル海軍は、今の所東海岸地域ではガルクレルフに留まっているようです。
西海岸ではミスリアルに嫌がらせの艦砲射撃や空襲を仕掛けているようですが、近いうちにそれも出来なくなるでしょう。」

そう言って、パイ中将はニヤリと笑みを浮かべた。

「もし、シホールアンルの主力と戦えば、太平洋艦隊は勝てると思うかね?」

ハルはパイに聞いてみた。

「勝てます。」

パイ中将はきっぱりと答えた。

「勝てます。ですが、敵も総力を上げてこちらとぶつかってくるでしょう。そうなると、大きな被害を受けるでしょう。
下手すれば、このコロラドが武運つたなく沈む事も有り得るかもしれません。ですが、犠牲は出るにしても、苦闘はするにしても、
勝つのは我々です。」

彼はいかつい顔を紅潮させながら言った。

「そのために、太平洋艦隊は訓練を行ってきたからな。それに、期待しているのは我が合衆国だけではない。」

ハルはコーヒーを一気に飲み干してから言葉を続ける。

「南大陸諸国の、この先の希望を掴むかどうか、それは太平洋艦隊の頑張り次第でもある。」

パイ中将は思わず、身が引き締まるような感じがした。
期待しているのは、アメリカ本国だけでなく、南大陸の諸国も同様。
いや、期待の大きさは南大陸諸国のほうが遥かに大きいだろう。
何しろ、シホールアンルの凶牙が突き立てられているのは、この南大陸だ。

「戦いをする前には、まず敵の手を知る事だ。」
「その通りです。前回の作戦でシホールアンル軍を撃破したといえども、あれは虚を突いたから出来たような物です。
今度ばかりは敵も警戒の目をそこらに張り巡らしているでしょう。備えた敵に不用意に突っ込むのは、あまりいい目に逢いませんからな。」
「軍事力では侮れないからな。だから上層部は、戦力が揃うまでは防御に努めると判断している。」
「まだまだ、学ぶべきところは多い。」

パイは腕組みしながら、浮かぬ表情でそう言った。

「その前に、私も南大陸諸国を一回りしなければならない。各国の首脳の意見をしっかり聞かないと、
我々合衆国もどこからどうやればいいか分からんからな。」
「出発は明日ですか。」
「ああ、そうだよ。気の重いドライブになるが、これも仕事だからね。」

1月7日 午前8時 シホールアンル帝国クルーレンブ

空母レキシントン所属のVB-2飛行隊員であった、バン・クランキー少尉は、今、猛烈に死にたいと思っていた。

「よし、いい子だ。次にヨークタウン級と言われる船の絵も書いてくれ。」

薄暗い牢獄のような取調室で、目の前の緑色の紙の若い男が、嘲るような笑みを浮かべて彼に頼んだ。

「い・・・・嫌だ・・・・・書きたくない・・・・」

彼は拒絶した。だが、彼の言葉とは裏腹に、ペンを持った手は、紙に何かを書いていく。

「や・・・・やめてくれぇ・・・・お願いだ。殺してくれ・・・・・」

クランキー少尉は泣きながら懇願する。

「大事なお客さんを殺せるわけがないじゃない。それぐらい常識でしょう、坊ちゃん?」

若い男の隣にいた若い女性が、同じように馬鹿にしたような口調で言ってきた。
正直、これほど自分の絵の才能を呪った事はなかった。

クランキー少尉は、ホリウング攻撃の際にワイバーンの奇襲を受けて乗機を被弾、不時着させてしまった。
不時着して間もなく、シホールアンル兵が向かってきた。
彼は逃げる際にコルトガバメントを乱射して2人を撃ち殺し、1人の腹に銃弾を打ち込んで戦闘不能に陥らせたが、
多勢に無勢、彼は捕まり、しばらく袋叩きに会った。
後部座席の部下は3人を射殺したが、首を跳ねられて死んだ。

彼も殺されると思ったが、何を思ったのか、シホールアンル兵は彼を捕虜にした。
そして目隠しをされて幾時の時間が経ったか・・・・・・・
気が付けば、彼は尋問を受け、答えなかったら背中や腹、足をぶん殴られ、踏みつけられた。
尋問を受け続ける事2時間、別の取調官が来てからは、彼は頑固な態度を改めさせられた。
きっかけは、2人の男女が、彼の頭に触れてからだった。
それ以来、嫌と思っても彼は得意の絵を彼らに披露させられた。
元々、画家を目指していたクランキー少尉は、ちょっとした休憩の合間には鉛筆を握って、紙に寮艦の勇姿を描いていた。
誰もが彼の画力に驚かされ、レキシントン艦長のシャーマン大佐に、自分の描いた母艦の絵を譲ってくれと言ったほどである。

その自慢の画力が、敵に利用されている!

頭にうずく鈍痛や、顔や体に響く鋭い痛みに泣いているのではなく、自分が敵に協力していると言う事に、
彼は深く怒り、そして悲しんでいた。
紙には、ヨークタウン級の精悍な艦影が書かれていた。
特徴のある煙突と艦橋が一体化となった艦上構造物にシャープな艦体。
空母の他にも、戦艦、巡洋艦の姿が描かれた紙が、10枚ほど、2人の男女の後ろの男に渡されている。
1隻の船の絵を描くたびに、何度も船の名前を言わされた。もはや幾多もの軍艦の名前が、彼らに知らされている。
手が止まり、ヨークタウン級空母の絵が完成した。

「出来たぞ。」

男は素っ気無い口調で紙を男に渡す。紙を渡された男は、ずっと驚きの表情を表している。

「ど・・・・どうだい・・・・・俺達、アメリカの軍艦は・・・・・」

クランキー少尉は、かすんだ声音で聞いた。

「全く、驚かされるものだね。つくづく、アメリカは嫌な国だな。」
「そのアメリカも、遠からず自分達のものになるけどね。」

2人は特に気負う様子もなく、淡々とした口調で答えた。

「どうだい・・・・・いい気分だろう?」
「・・・・・・・」

クランキー少尉は何も言わない。

「そろそろ効果が切れる頃だな。」
「開発したばかりの尋問魔法だけど、効果は2時間てとこね。まずまずじゃない。」
若い女は笑みを浮かべた。クランキー少尉は、その笑みが悪魔のような笑いに見え、内心ぞっとした。
「効果はバッチリだ。少し聞けばベラベラ喋るぜ。さて、最後までやってもらおうか。
次は別の物を書いてくれ。飛行機の名前は聞いたから、今度はその飛行機の絵を描いてくれ。」

若い男は満面の笑みを浮かべて新しい紙を差し出す。

「・・・・・・もう・・・・嫌だぜ・・・・・」

クランキー少尉は涙声で言いながら、彼の意に反して手が、力なくペンを握り、紙に触れた。
その瞬間、クランキー少尉の頭の中で、何かが吹っ切れた。
紙に何かを書き始めてしばらくして、若い男が怪訝な表情を浮かべた。

「おい坊や。そんな読めない字は書かなくていいから、絵を描いてくれないかな~?」

彼はわざとらしい口調で言ってきた。

「・・・・・・・何コレ?」

若い女は読めないアルファベットの羅列に首を捻った。
紙には、F、U、C、K、Y、O、Uという文字が次から次へと書かれている。

「なんて書いてあるんだ?」

意味の分からない言語を理解しようと、若い男は聞いた。

「ファックユー・・・・・ファックユー・・・・・」

同じ言葉を2回、小さく呟いた後、クランキー少尉は突然、豹変した。
「ファックユー!」
突然、クランキー少尉は取調室にいるシホールアンル人に向けて中指を立てた。

「ファックユー!つまり貴様らはマヌケ野朗って事だ!
何がアメリカは遠からず自分達の物になるだ!馬鹿も休み休み言え!!!!」

突然の出来事に、取調室の空気はガラリと変わった。

「貴様らの国力如きでアメリカを屈服させる?一体何の冗談だ!?
必ず自分達の思い通りに行く事しか考えない脳足りん共が偉そうな事抜かすな!
アメリカはな!貴様らの持っている軍事力なんざ、いつでも凌駕できるほどの国力を持てるんだよ!
何が竜母を10隻以上保有できるだ!何が戦艦をもっと増やせるだ!
俺達の国はてめえらの持つ国力なんざと大違いだ!今に見てろ!我が合衆国は空母や戦艦をわんさかと押し立てて、
貴様らの国に攻め入ってくるだろうよ!空母や戦艦なんか、一気に20隻、30隻作る事なんざ屁でもないわ!
航空機も何万機と作れるんだからな!今に自分達の行動を後悔する日が来るさ!ハッハッハッh」

唐突にクランキー少尉の言葉は終わりを告げた。
少尉の首は胴体と離れ、床に転がった。
切断部分から赤い液体が噴き出し、取調室中にむせるような血の匂いが充満した。

「ふう、セルエレ。またやっちまったのか?」

セルエレと呼ばれた若い女は、冷たい表情のまま、死体を見ていた。

「ちょっとうるさかったから。まあ、何にしても、今日はいつも以上に綺麗に出来たわね。」

彼女は持っていた短剣の血を拭いて、鞘に収めた。クランキー少尉の命を絶ったのは、彼女であった。

「効果はとっくに切れていたのか。それにしても、いきなり喚き出すとはな。」
「よっぽど参っていたんでしょう。人間、精神がやられると、滅茶苦茶な事しか言わないから。」
「だな。戦艦や空母がいっぺんに20隻、30隻なんて・・・・どこの夢物語なんだか。
まあいい、仕事は終わったわけだし、早く司令部に戻ろう。」

そう言って、2人の男女は取調室から出て行った。
代わりに、衛兵が入って来て、嘔吐感を抑えながら、不運なアメリカ人パイロットの死体を片付けていった。

1482年1月12日 シホールアンル帝国ウェルバンル

皇帝オールフェス・レリスレイは、ウェルバンルにある海軍総司令部に来ていた。

「スパイからの情報によりますと、アメリカ軍は、南大陸の東海岸に派遣部隊を停泊させています。
派遣先はヴィルフレイングで、元々過疎地でしたが、泊地の能力が高く、一昔前まではバルランドでも有数の港町でした。」

海軍総司令官のレンス元帥は、地図のとある地点を指示棒で指しながら説明した。

「前線からは遠いが、それでも最前線まではたったの700ゼルドか。厄介な所に艦隊を持ち込んだものだな。」

オールフェスは眉をひそめながらそう言った。海軍総司令官のレンス元帥は説明を続ける。

「今現在、判明しているアメリカの派遣艦隊の戦力ですが、連中は近いうちに大事を起こすかもしれません。」
「どれぐらいの戦力だ?」
「大まかですが、アメリカ艦隊は戦艦7、もしくは8隻、空母2~3隻、巡洋艦10隻以上、駆逐艦30隻以上をヴィルフレイングに駐留させています。」
「うわ~・・・・・確かに大事だな。」

オールフェスはわざとおどけたような口調で言った。
いや、そうしないとどこか変になりそうだった。
現在、シホールアンル軍はガルクレルフに4個艦隊、西海岸地区に3個艦隊を配置している。
東海岸側には第6艦隊、第8艦隊、第10艦隊、第22竜母機動艦隊。
西海岸には第1艦隊、第3艦隊、第5艦隊となっている。
戦力を見てみると、まず東海岸では、第6艦隊は戦艦2隻、巡洋艦3隻、駆逐艦8隻。
第8艦隊は戦艦4隻、巡洋艦4隻、駆逐艦12隻。
第10艦隊は巡洋艦4隻、駆逐艦8隻。
第22竜母機動艦隊は竜母2隻、巡洋艦2隻、駆逐艦7隻。
合計すると戦艦6隻、竜母2隻、巡洋艦10隻、駆逐艦30隻を保有する。
西海岸には第1艦隊が戦艦4隻、巡洋艦5隻、駆逐艦16隻。
第3艦隊が戦艦3隻、巡洋艦5隻、駆逐艦12隻。
第5艦隊が巡洋艦7隻、駆逐艦14隻となっている。
合計で戦艦7隻、巡洋艦17隻、駆逐艦32隻を保有する。
それ以外にも、本土近海待機の第12、第14、第15、第17艦隊や、西海岸に航行中の第24竜母機動艦隊がいるから、
南大陸に配備されている艦隊だけでも侮れないものである。

この大海軍が、シホールアンルの侵攻作戦成功の原動力となってきた。
だが、米艦隊は無視できぬ戦力をヴィルフレイングに派遣して来た。
その戦力比たるや、東海岸のみを見ると、戦艦は7~8隻に対し、シホールアンル側は6隻。
空母は3対2。
そして巡洋艦、駆逐艦の数は同等か、下手したらシホールアンル側の方が劣るかもしれない。
そして、アメリカ艦隊には、シホールアンルが保有していない不気味な海中航行艦を多数保有している。
明らかに劣勢ではないが、主力艦の数からすると見劣りを感じさせられずにはいられない。

「こりゃあ全力でぶつかったら、こっちも手痛い損害を被るぞ。」
「ですが陛下、何も悪いニュースばかりではありません。」

レンス元帥は右隣にいる情報参謀に視線を向けた。
頷いた情報参謀が、棚から束ねた紙を持って来た。

「陛下、2日前にクルーレンブから送られてきた、捕虜から聞き出した情報です。」
「ちょっと見せてくれ。」

オールフェスは紙の束を渡されると、一気に目を通した。
捕虜から聞き出した情報には、飛空挺の名前や船の絵、それにヴィルフレイングに在泊している艦隊の名前も分かった。

「・・・・・・なるほど、ヴィルフレイングの艦隊は、太平洋艦隊というのか。太平洋って一体なんだ?」
「さあ、そこまでは分かりません。なにしろ、捕虜がいきなり暴れ出したもので。」
「その捕虜は死んだのか?」
「取調役が首を跳ねました。」
「なるほど。」

オールフェスはそれだけ言って、報告書に目を通し続けた。

「敵の空母は4種類か・・・・・レンジャー・・・レキシントン・・・ワスプ・・・ヨークタウン・・・・・
読みにくい名前ばかりだな。」

彼はアルファベットの上に訳されたシホールアンル語を読みながら、忌々しげに呟いた。
取調役は、艦名を聞く際に、わざわざ復唱させながら書かせたため、容易に名前が分かった。

「飛行機はグラマンワイルドキャットにドーントレス、デヴァステーターか・・・・・・
よくここまで聞き出せたな。」
「腕利きの取り調べ役がおりましたので。」
「もしかして、チェイング兄妹か?」

オールフェスはあてずっぽうで呟いただけだが、

「ええ、その通りですよ。よく分かりましたね。」

正解だった。

「おっ、偶然当たったな。国内省の聞き上手達がなんで軍に?」
「たまたま、国内省から出向で、尋問の仕方を講義しに来ていた様で。チェイング兄弟とはどのような者なのですか?」
「一言で言えば、尋問が趣味な奴らさ。」

(鍵の捜索班員でもあるけどな)
オールフェスは最後の一言は言わなかった。

「いずれにしろ、初戦はこいつらにやられたわけかぁ。
ていうか、飛空挺の搭載数が馬鹿にならないほど多いのは、一体なんの冗談だ?」

「さあ、それも詳しくは・・・・・」

レンス元帥と情報参謀は首を捻るが、オールフェスは報告書に書かれた、空母の搭載機数を見て、目を丸くしていた。
ちなみに、シホールアンル帝国が持つ竜母は3種類ある。
まず、古参であるチョルモール級は50騎、ギルガメル級は61騎、クァーラルド級は76騎である。
2年後に就役予定のホロウレイグ級は96騎と、格段に搭載数があがっている。
しかし、アメリカ海軍は、一番数の少ないレンジャー級、ワスプ級でさえそれぞれ80機以上搭載可能である。
レキシントン級では90機、ヨークタウン級にいたっては100機という、シホールアンル側の基準からすればとんでもない数の飛空挺を積める。
そして、太平洋艦隊の持つ空母は搭載機数の少ないレンジャー、ワスプ級としても、3隻合計で240機以上。
これがレキシントン、ヨークタウン級であれば数は更に増える。
それに対し、東海岸にいる第22竜母機動艦隊は、チョルモール級竜母2隻にワイバーン100騎。
これでは、勝敗など最初から決まっているようなものだ。

「チョルモール級に、余分にワイバーンを積めるか?」
「6騎までなら、なんとか。」
「話にならねえぜ。」

積めるだけ積んでも、240対112・・・・・2分の1以下!
これで正面から対決すれば、自分から竜母2隻の戦果をあげますよ、と言うようなものだ。
全滅覚悟で頑張れば、相手側の空母にも甚大な損害を負わす事は出来るだろうが、全滅しては元も子もない。

こちらから侵攻していけば、必ず大損害を被る事は確実である。
そして、陸軍側もこれまで通りの侵攻作戦を取れにくくなる。
つまり、アメリカは南大陸に楔を打ったのだ。

「幸い、陸軍のワイバーン部隊もいるから、差は縮まるだろうし、東海岸沖ではなんとか互角に戦えるだろう。
しかし、なんて厄介な物を持ち込んできやがったんだ・・・・・」

彼は、思わず髪を掻き毟りたい感情に駆られたが、何とか抑えた。

「しかし陛下、これなら敵に対して対応策が取れます。何も知らぬよりは、ずっと良いでしょう。」

レンス元帥の言葉に、オールフェスも幾らか心が落ち着く。
とは言っても、突然の情報に驚きはしたが、実際あまり動揺はしていない。
「そうだな。目隠しで戦うよりかは遥かにマシだな。さて、これからヴィルフレイングのアメリカ太平洋艦隊に対して、
どう対応していくか。これを話そうか。」

1482年1月15日 カリフォルニア州ロサンゼルス 午前8時

平日のロサンゼルスはいつもの通り、これから出勤していく車や人で賑わい始めていた。
だが、人によっては何の変哲のない光景が一生忘れられないものになる。

「いよいよだな。カズヒロ。」

父の言葉に、カズヒロ・シマブクロは深く頷いた。

「あんたが決めた道だから、母ちゃんや父ちゃんはとやかく言わない。
でもね、あんたの道は厳しいものだからさ、これから身に起こる事は、ちゃんと覚悟するんだよ?」
「ああ、分かってるさぁ」

カズヒロは母に対して、勤めて呑気な口調で言った。

「お前は軍隊に勤めるから、死ぬかもしれない。でもな、お父さんとしてはこれだけは言っておく。命どぅ宝どぉ。」
(命どぅ宝・・・・・)

カズヒロは心の中で反芻した。沖縄の方言で、命は宝であると言う言葉で、命を無駄にするなと言う意味である。

「分かったよ父ちゃん。よっぽどの時以外は、諦めんよ。」

そう言うと、母と父はカズヒロを抱き寄せた。
これから、死地へと向かうであろう息子に対して、もはややれる事はこれだけしかなかった。
家の側に、バスがやってきた。バスは停車すると、ドアを開閉して何かを待った。
ドアが待っている誰かとは、もはや言うまでも無い。

「じゃ父ちゃん、母ちゃん。行ってこうね!」
カズヒロは元気のある声でそう言った。

「・・・・頑張って来いよ!」

父がそう告げただけで、母何も言わなかった。
後ろめたい気持ちを抑えながら、カズヒロはバスに乗り込んだ。
バスの中は、人が3分の1しか入っていなかった。
カズヒロが入るのを確認すると、運転手は彼が座らぬ前にバスを発進させた。
彼は一番前に座ろうとしたが、そのすぐ後ろの席に見知った顔があった。

「・・・・誰だお前は!?」

見慣れた顔に聞き慣れた突っ込み。それは彼の親友で、空手仲間でもあるケンショウであった。

「お前こそ誰だよ。ていうかなんでやーがいる!」

沖縄の方言混じりの日本語で、彼は詰問した。

「俺を待ち伏せていたな!」
「馬鹿か。なんで男を待ち伏せんといけない?」
「黙れ!」
「いや、それはそちらさんではありませんか?」
「この曲者め!」
「そう言っている本人のほうが曲者じゃないば!?」
「と、いつもの挨拶はここまでな。」

思わず脱力感を感じながら、彼はケンショウの側に座った。
ふと、他の乗っている者たちが視線を送っていた。
中には、彼らの意味不明なやりとりを面白がっている者もいる。
カズヒロは思わず顔を真っ赤にして恥ずかしがった。

「やーが馬鹿な事言うから、思いっきり恥かいただろ!」

彼は小声でケンショウに言う。

「そういうお前だって、楽しそうだったな。」
「こいつ・・・・・まあ、それは置いといて。なんでお前もこのバスに?」
「実はな、俺も募集の受付をやっといた。」
「いつ?」
「3ヶ月前さ。」
「館長に報告したか?」
「昨日した。思う存分暴れて来いって言われたよ。」

彼らが通う空手道場の館長は、29歳の時にアメリカに移民したが、移民前は日本海軍の航空隊に所属しており、空母鳳翔に5ヶ月いた。

「本当は館長が暴れたいんじゃないか?」
「多分そうかもしれんな。今も時たま、飛行機借りて乗ってるし。」
「まあ、カズヒロも俺も、こうして海軍航空隊に行く事になったけど、お前は何に乗りたい?」
「俺か、そうだな。」

カズヒロはしばらく考えた後、答え言った。

「艦上爆撃機かな。お前は何に乗る?」
「俺は戦闘機さ。」
「戦闘機ねえ、お前らしいな。」

ケンショウは、道場では優秀な部類に入るほうで、空手の試合の時には素早い動作で相手を翻弄し、
相手の隙を突いて渾身の突きや蹴りをぶち込んで、幾人もの相手を床に沈めた。

「お前のほうこそお似合いだな。一撃必殺を狙う奴は、乗る機種も一撃必殺を得意とするものか。」
「なんか合ってるかなあと思ってさ。」

カズヒロはそう言いながら微笑む。
カズヒロは、道場では普通のほうだが、彼の繰り出す突きや回し蹴りはなかなかキレが良く、仲間内では
一撃必殺のカズヒロと噂している。ケンショウも彼の繰り出す突きと蹴りはなるべく食らいたくないとこぼしている。
最も、カズヒロはケンショウとはやり合いたくないと逆に言っているが。

「これから、どんな厳しい訓練が待ってるかな。なんか緊張してくるな。」
「なあに、どんな厳しいものでも、粘れば出来るよ。なんくるないさ(何とでもなるよ)。」

緊張するケンショウとは裏腹に、カズヒロは妙に落ち着いた声で呟いた。

彼ら2人の日系人のみならず、アメリカ全土の若者はこぞって兵役に志願して行った。
パイロットに志願する者もいれば、歩兵に志願する者もおり、軍艦、戦車の乗員に志願するものもいる。
前線勤務のみならず、後方勤務を志願するものは情報部や後方兵站、司令部の事務に回される者もいる。
千差万別ではあるが、それぞれの志願者は、自分達のできる現場で本文を果たそうとしていた。
全ての者に共通する思いは、愛する人や家族、国や未知の大陸を守るため、シホールアンルを倒す一翼となる、というものであった。
+ タグ編集
  • タグ:
  • 星がはためく時
  • アメリカ軍
  • アメリカ

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

目安箱バナー