自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

370 第274話 暁から来たる刺客

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1485年(1945年)12月9日 午前4時 シギアル沖北東312マイル地点

北洋の海は、本格化した冬によって氷点下近くにまで達していた。
海上をなびく風は弱く無く、波は風に煽られてやや高くなっている。
時折ふぶく突風は、極低温にまで達した冷たい海水を宙高く吹き散らしていく。
そこを、唐突に現れた巨大な物体が腹に応える音を立てながら、鋭い切っ先で冷たい海水を難無くかき分けていく。
物体はその巨体を上下させながら、早いスピードで海上を驀進していく。
真っ平らな甲板に、中央部に纏まった艦上構造物を持つ物体……
もとい、第3艦隊旗艦である正規空母エンタープライズは、周囲の正規空母、護衛艦艇群を率いながら、北洋の海を一路、
西に向かって進み続けていた。

夜闇に包まれた、殺風景な外界から離れたエンタープライズ艦内の一室。
同艦の奥深くにある調理室では、艦橋や艦の張り出し通路で防寒服を着ながら当直任務を行う水兵とは打って変わった光景が
繰り広げられていた。

「チーフ!間もなく最初の奴がアガリます!」
「OK!すぐに第2陣を突っ込めよ!!」

ブリック・サムナー1等兵曹は、部下に指示を飛ばしながら、眼前にある鍋をレードル(お玉)で掻き回していた。
調理室内には熱気が籠っており、サムナーを始めとする炊事兵達は汗みずくとなりながら、朝食作りに没頭している。
エンタープライズの乗員数は、空母航空団のパイロット等も含めて計2800名以上に上るため、朝食を作るだけでもかなりの重労働である。
しかし、そこは場数を踏んでいる事もあり、サムナー兵曹ら炊事兵達は、慣れた手つきで調理を続けている。
調理室内には、一種の刺激臭のような匂いが立ち込め始めていたが、彼らは別に気にする事もない。
サムナー兵曹は無言で掻き回していたレードルを上げ、小皿に少量を付け、それを口に入れた。

「ふむ……いい出来だ」

サムナーは味に満足しながら、再び鍋を掻き回していく。

調理室内はしばしの間静かだったが、別の炊事兵が油の入った大鍋に、何かを続々と入れていく。
直後に、油がはぜる音が鳴って、室内が再び喧騒に包まれた。

「チーフ!ライスが炊けました!」

サムナーは別の部下からそう伝えられると、彼はその部下に顔を向けてから新たな指示を飛ばし始める。

「ようし、後はいつも通りの要領で頼む。本命も丁度出来上がった。後は……」

そこへ、スピーカーから総員起床の号令が流れ始めた。
艦内アナウンスを聞いたサムナーはニヤリと笑ってから、続きを口にする。

「ヴィクトリーを、腹を空かした皆さん方に召し上がって貰おう。本物のヴィクトリー(勝利)を得て貰うためにもな」


午前4時30分 エンタープライズ艦内士官食堂

エンタープライズでは、午前4時20分に総員起こしの号令がかかり、当直員以外の、眠りに付いていた将兵全員がベッドから飛び起きた。
午前4時30分には幾分早い朝食の支度が艦内の食堂で整えられつつあり、ある士官食堂内でもその準備は着々と進んでいた。

第3艦隊司令長官ウィリアム・ハルゼー大将は、エンタープライズの艦橋で、第3艦隊司令部幕僚達と朝の挨拶を交わした後、
軽い冗談を吐きつつ、朝食を摂るために士官食堂に足を運んだ。
先頭を進んでいた第3艦隊作戦参謀、ラルフ・ウィルソン大佐がドアをノックしてから開く。
室内で準備していた主計兵達は、彼らが入室すると一斉に直立不動の態勢を取った。

「おはよう諸君」
「おはようございます!」

ウィルソン大佐の挨拶に、主計兵達を代表して1等兵曹の階級章を付けた下士官が返答する。

「諸君、続けていいぞ」

ウィルソン大佐がそう言うと、1等兵曹はやや頷き、部下の主計兵達に目配せしてから作業を続けさせた。
司令部の幕僚達がテーブルの側に用意された席に付くと、主計兵達は置かれた皿に朝食を盛りつけ始めた。

「ほう。今日はヴィクトリーカレーか」

ハルゼーは、目の前に置かれた朝食を見るなり、上機嫌な声で主計兵に話しかけた。

「はっ。自分達が気合を入れて作ったカレーであります」

その若い白人主計兵は自信満々といった表情を浮かべながら、ハルゼーにそう答えた。

「ふむ……サムナー兵曹もすっかり成長した物だな」

名前を呼ばれた1等兵曹……サムナー1等兵曹は、ハルゼーに体を向けた。

「長官。お褒めの言葉、ありがとうございます」
「君の発案したカレーライスは、今や合衆国海軍にとって必要不可欠な物となりつつある。今や、このヴィクトリーカレーは、
このエンタープライズのみならず、第3艦隊の艦艇全ての食堂で、将兵達の腹を満たしつつあるだろう」

この時、ちょうど司令部幕僚全員への配膳が終わった。
ハルゼーは、スプーンにライスとカレーを乗せ、それを口元まで近付けてから止めた。

「諸君。このヴィクトリーカレーのように、我々は勝ち取ろうではないか。来たる、今日の勝利(ヴィクトリー)をな!」

彼は快活な声でそう言い放った後、スプーンを口に入れた。
カレー独特のツンとした味わいが広がる。それは咀嚼するごとにより深みを増し、白いライスがその辛さと見事に調和する。
空調が効いているとはいえ、冬の冷気に幾分冷やされていた室内が、ほんのりと暖かくなったようにも感じられた。

「うむ、やはり美味い!」
「ええ。これぞまさにカレーライス。頭の中の眠気も打ち消してくれますな」

参謀長のロバート・カーニー中将も口元に笑みを浮かべながらハルゼーに言う。

「このフライされた豚肉も美味いぞ」

ハルゼーはスプーンで切ったカツを頬張りながらカーニーに返す。
揚げた豚肉……日系人からはカツと呼ばれる揚げ物もカレールーとライスに絶妙にマッチしており、口の中で感じる程良い柔らかさと
サクサクとした食感は、誰が食べても満足できる美味さであった。

「朝から食べるヴィクトリーカレーか……いやぁ、この艦に乗れて本当に良かったと思いますね」

やや場違いな声音で言う若い青年の声に、ハルゼーも深く頷く。

「うむ。俺もそう思うぞ。ラウスも幸せ物だな!」

第3艦隊魔道参謀としてバルランド軍より派遣されたラウス・クレーゲル少佐は、ハルゼーに言われるなり、まんざらでもなさそうに頭を掻いた。

「しかし。よく実行できましたな……出撃前のカツカレー」

航空参謀のホレスト・モルン大佐は、冷静な声音でハルゼーに言う。

「それほど。各艦の料理長も勝利を掴んでほしいと思っているのだよ。じゃなけりゃ、大は戦艦、空母から、小は駆逐艦まで……
103人の料理長が集まって計画する事は無かった筈さ」
「個人的には、カレーの知識も多く有している元英海軍艦の料理長達までもが、サムナー兵曹と接触している事に驚いております。
彼らはなかなかプライドが高い筈ですが……」
「サムナー兵曹の料理のセンスはかなりの物らしい。彼らも、サムナー兵曹の腕前に興味があったのだろう」

モルン大佐に対して、ハルゼーはそう答えながら、再び食を進める。

「……予定通り行けば、あと1時間後には第1次攻撃隊の発艦が始まりますな」
「ああ……遂に始まるぞ」

ハルゼーは言葉を区切り、残ったカツカレーを完食すると、幕僚達を見回しながらゆっくりと喋り始めた。

「第3艦隊にとって。そして、シホット共にとって、最も長い1日が」

午前4時50分 空母エンタープライズ艦内 搭乗員待機室

エンタープライズ戦闘機隊の中隊長を務めるリンゲ・レイノルズ大尉は、部下の戦闘機パイロットと共にブリーフィングルームに入室し、
席に座ってから5分ほど経った時、室内に飛行長が入室して来るのを確認した。

「おい、飛行長だ」

彼は、それまで雑談を交わしていた部下にそう言うと同時に、最前列で待っていたエンタープライズ攻撃機隊(VA-6)指揮官
ユージン・リンゼイ中佐が口を開く。

「起立!」

室内に居た搭乗員全員が立ち上がる。
飛行長のダニエル・スミス中佐が地図の掲げられた壁の前で足を止め、流れる動きで体の向きをパイロット達に向ける。

「諸君、楽にしていい」
「着席」

スミス中佐は両手で座る様に促し、リンゼイ中佐の指示でパイロット達は席に座った。

「諸君。朝一のヴィクトリーカレーは余程美味かったようだな。皆の顔色がこれまでにない程、良いように見えるぞ。
ならば、いいメシを食った後は、いい仕事をしてもらうとしよう」

軽いジョークが室内に響き渡ると、パイロット達は一様に小さく笑い声を上げた。
スミスもそれにつられて微笑むが、すぐに真顔になる。

「……レーフェイル大陸沿岸で行われた猛訓練の成果を、遂に発揮する時が来た」

スミスは指示棒を持つと、背後に掲げられている地図の一点を、先端で突いた。

「本日早朝を持って、我がエンタープライズ航空群は、他の母艦航空隊と共同で、シホールアンル帝国首都ウェルバンル、並びに、
同地の東20マイルにあるシギアル軍港に攻撃を行う。第1次攻撃隊は、今より20分後の午前5時10分に発艦を開始する」

スミスは指示棒の先端を敵地から、味方機動部隊の位置までなぞらせた。

「味方艦隊から敵地までは300マイルだ。道中、シギアルから50マイル圏内に居る敵の洋上監視艇に攻撃隊は発見されるが、
首都に侵入しているミスリアルの魔道士が通信妨害魔法を使って首都近辺、並びにシギアル港周辺の魔法通信を一定時間遮断するため、
奇襲はまず成功するだろう」

スミスは顔を地図からパイロット達に向ける。

「つまり、第1次攻撃隊は、首都やシギアル周辺に点在する敵ワイバーン群の迎撃を気にせずに攻撃できるという訳だ」

彼は一呼吸置き、再び地図に顔を向け直す。

「現在、シギアル港には、旧式戦艦を初めとする多数の敵艦船が停泊していると思われる。また、敵航空部隊は、シギアル港周辺だけでも
300以上、首都近辺には100以上が確認されており、通常の強襲なら、まずこの400近い敵ワイバーン集団の迎撃を受けた事に
なったであろう。だが、先も言った通り、敵の魔法通信は、首都に潜んでいる味方が遮断してくれるから、敵の迎撃を受ける心配はほぼ無い。
むしろ、敵騎が地上に居る所を、戦闘機隊、爆撃隊の銃爆撃で一挙に殲滅する事が出来るだろう」

スミスは指示棒を下げ、パイロット達に姿勢を向ける。

「以上の説明からして、第1次攻撃隊の主目標は敵ワイバーン基地並びに、地上で待機している敵航空戦力の覆滅。並びに、軍港に停泊している
在泊艦船の撃破となる。攻撃方法は、訓練と全く同じである。いつも通り、しっかりとやってくれ。私からの説明は以上だが……何か質問は?」

スミスの問いに、リンゲは真っ先に手を上げた。

「レイノルズ大尉。何かね?」
「はっ、1つだけ確認いたします」

席を立ったレイノルズは、懸念していた事を問い質す。

「もし、首都の味方が敵の魔法通信妨害に失敗した場合、第1次攻撃隊は最初から、緊急発進した敵ワイバーン隊とぶつかる事になります。
そうなりますと、戦闘機隊はまだしも、護衛する攻撃機隊が危険に晒される恐れがあります。そのような事態に至った場合、艦隊司令部は
どのような対応をお考えでありますか?」
「それを今から説明する所だ」

スミスは淀みない口調で説明を始めた。

「今回、我が艦隊は3つのカテゴリーに沿って行動する事になる。まず、カテゴリーAは第1次攻撃隊の奇襲に成功した時だ。この場合、
第3艦隊は航空隊の反復攻撃をもって、シギアル、ウェルバンルの重要拠点並びに、在泊艦船を撃滅する。次に、カテゴリーBだが、
これは首都の魔法通信遮断作戦が失敗した場合、第1次攻撃隊は進撃途上中なら攻撃隊を分離し、第2次攻撃隊の戦闘機隊と合同して
ファイターズ・スイープを挑み、以降は強襲を行う。そして、敵戦力の覆滅が可能ならば攻撃を続行し、損害が大きければ攻撃を中止し、
戦艦を主力とする水上砲戦部隊を編成し、突入させてシギアル港の破壊を試みる予定だ」
「戦艦部隊を突入させるのか……」

誰かが唖然とした口調で呟くのが聞こえた。

「最後のカテゴリーCだが……これは敵側に、こちらの意図を完全に察知され、港の敵艦隊が既に脱出し、迎撃態勢を整えられている事を
想定している。この場合、攻撃は一時中止し、攻撃隊の編成を見直して爆撃を行うか、または中止して反転するかを司令部が判断する。
言うなれば、このカテゴリーCが最悪の事態を想定したものになる」
「最後はハルゼー長官の判断次第……という事ですな?」
「そうなるな」

リンゲの問いに、スミスは深く頷いた。

「まぁ、ウェルバンルに潜入している味方は相当に優秀だと聞いている。上手くやってくれるだろう」

スミスは安心させるかのような口ぶりでパイロット達にそう言い放った。

「他に質問はあるかね?」

スミスはパイロット達を見回しながらそう尋ねるが、リンゲの他に質問をする者は居なかった。

「よろしい。では」

スミスは幸運を祈ると言おうとしたが、唐突にブザー音が鳴り響いた。

「お……何だ?」

リンゲは首をかしげながら、室内に設置されているスピーカーに目を向けた。

「……おはよう諸君」

スピーカーから声が流れてきた。その声の主は……第3艦隊司令長官、ウィリアム・ハルゼー大将のものだ。

「今日……遂に敵の本拠地を攻撃する時がやってきた。諸君らは、今日のために厳しい訓練によく耐えてきた。諸君らの頑張りは
とても素晴らしい物があり、その練度は、間違い無く……世界最強に相応しい物であると私は信じている。そこで、私は……
諸君らに簡潔ながらも、命令を伝えようと思う。命令は3つ」

スピーカーから流れてきた声が、ぱたりと止まった。
すぐに言葉が流れると思われたが……5秒ほど間を置いてもハルゼーは言葉を放たない。
10秒程経過しても同じだ。

(……長官は何が言いたいんだ?)

誰もがそう思い始めたとき、ハルゼーは唐突に命令を発した。

「1、攻撃せよ!2、更に攻撃せよ!そして3……目標に休む暇を与えず、激しく攻撃せよ!」

ハルゼーの怒声めいた命令が発せられるや、誰もが目を瞬きさせる。

「もう1度言う……攻撃せよ!攻撃せよ!ただひたすらに攻撃せよ!!」

ハルゼーの強い声音が、全艦隊に響き渡った。
しばしの間、室内はシーンと静まり返っていた。

「以上だ。それでは……この作戦に従事する全将兵の幸運を祈る!」

直後、ハルゼーの放送が終わった。
その瞬間、室内では爆発的な歓声が沸き起こった。

「OK!首都に居座るシホット共にきつい目覚まし時計をプレゼントしてやろうぜ!」
「ああ!それもとびっきり強力な奴をな!!」

誰もが顔を上気させ、現地での活躍を誓い合った。

「士気も上がったところで、ブリーフィングを終了する。諸君、必ず……帰還せよ。これは命令だ!分かったな!」

スミスの言葉に、歓声を上げていたパイロット達は体をスミスに向け、姿勢を直立させてから一様に敬礼を送った。
スミスは軽く敬礼を返してから室内から退出する。
その直後、搭乗員出撃準備のブザーが鳴り始め、パイロット達は次々と室内に飛び出し、飛行甲板へと駆け出して行った。


エンタープライズの艦橋では、マイクを置いたハルゼーが自慢気な表情でラウスに問いかけていた。

「どうだ。なかなかの名演説だったろう?」
「はは……これぞハルゼー提督だと思いましたね」

ラウスは苦笑を浮かべながら答える。周りにいた参謀達も一様に微笑していた。

「ところで……首都にいるお仲間から何か連絡が入ったようだな」

ハルゼーは全艦隊へメッセージを送っている最中に、隣にいたラウスが一瞬、片手で頭を抑えながら離れていったのを見ていた。

「ええ。首都の工作班からは準備完了との報告が入りました」
「ふむ……では、出撃準備を終えるだけだな」

ハルゼーは頷くと、ゆっくりとした足取りで艦橋の張り出し通路に向かった。
通路に出ると、そこからは飛行甲板が一望できた。

まだ夜も明けきらぬ中、整備員が所々で照らされるライトの明かりを頼りに、出撃前の最終チェックを行っている。
そこに、発艦準備に取り掛かる攻撃隊パイロットが自らの愛機に駆け寄っていく様が見て取れる。
様々な色の服を着た整備員達は、甲板のあちこちで入念な準備を進めていく。
操縦席で最後の調整に当たっていた整備員は、パイロットが近付くなり機体の状況を一通り説明しつつ、最後の点検を順次終えていく。
コクピットに座っていた機付き整備員も、パイロットに愛機を引き渡すため、手慣れた動きでコクピットから出て、パイロットが入れ
替わりにコクピットに入っていく。

エンタープライズの飛行甲板には、弾薬を搭載し、暖機運転を終えたF8Fベアキャット24機、AD-1スカイレイダー24機が翼を
折り畳んだ状態で駐機している。
エンタープライズの第1次攻撃隊はこの48機で構成される事になっている。
エンタープライズの左隣800メートルを航行する空母ヨークタウンも、F8F、AD-1計48機、それに加えて、誘導役のS1Aハイライダー1機が
攻撃隊の出撃に先駆けて発艦する予定だ。
この他にも、空母ワスプからはF8F16機、AD-1A16機、軽空母フェイトからはF8F8機、AD-1A10機が発艦する。
TG38.1だけで、実に147機もの艦載機が、一路、敵首都攻撃に向けて発艦するのである。
これはTG38.1だけの数字であり、TG38.2、TG38.3の攻撃隊も加えれば、その数はかなりの物になる。
そして、第1次攻撃隊の発艦が終えてから1時間以内には、TG38.2の艦載機も含んだ第2次攻撃隊が発艦する予定であり、
これらも含めると、総勢700機以上もの大攻撃隊が敵の牙城ともいうべきウェルバンル……そして、シギアル軍港に襲い掛かることになるのだ。

「さすがに、真っ暗闇だな。ここからの見栄えも宜しくないもんだ」
「日没まで時間がありますからねぇ。あと、風が強くて寒いっすわ」

ハルゼーは手すりに手を置きながら、隣のラウスに語りかける。
対するラウスも、いつもののんびり口調で彼に答えた。

「防寒服越しでも冷たい風が伝わるな。それに加えて……波もやたらに高い。発艦作業を行うには少し厳しい環境だな」

ハルゼーは快活そうな声音で言いつつも、心中では海上の荒れ具合が気になっていた。
第3艦隊の各艦は、現在、北太平洋の荒れた波の中を時速24ノットで航行を続けている。
発艦時になると、各艦は時速28ノットから30ノットまで速度を上げるため、自然と艦の動揺も大きくなってくる。
今の波の状態なら、なんとか発艦は可能であるが、これ以上に大きくなると艦載機は発艦できないかもしれない。

「気象班の予報では、午前5時頃には天候は回復し、海上の波も穏やかになるようだが……果たして、そうなるかな」

ハルゼーが眉を顰めながらそう呟いた時、ひと際大きな波がエンタープライズの艦首に踏み潰され、ドーンというやや大きな動揺と共に
飛行甲板最前部が海水で洗われた。
これと同様の光景は、第3艦隊のあちこちで見られており、エンタープライズの右舷側斜めを航行する戦艦アイオワなどは、艦首付近が海水に
覆われて派手に水しぶきを上げる程であった。
ハルゼーは無言のまま、その場で発艦の機会が巡るのを待ち続けた。

午前5時10分になると、幾らか艦の動揺が収まってきたように思えた。

「お……これは、予報通りになるか?」
「ほんの少しですが、揺れが小さくなってますね」
「ラウスもそう感じるか」

ハルゼーはニヤリと笑いながら、心中では予報官の正確な天候予測に賛辞を送っていた。

午前5時20分には艦の揺れも更に収まり、今では全速航行しても発艦可能なレベルになっていた。
この時、飛行甲板で駐機していた第1次攻撃隊参加機が一斉にエンジンを始動し始めた。
第1次攻撃隊の参加機には、消火器を持った甲板要員が1人ずつ待機していたが、特に異常がないことを確認すると、即座に離れ始める。
総計48機もの艦載機が発するエンジン音は凄まじい。
その轟音はまるで、獲物を前にした巨獣があげる雄叫びのようにも聞こえた。

「長官、TG38.1司令部より通信。発艦準備完了!続いて、TG38.2、TG38.3司令部よりも発艦準備完了の報告が
届いております」

航空参謀のモルン大佐が報告を伝えてきた。

「……よろしい」

ハルゼーは深く頷くと、張りのある声音で待望の命令を発した。

「命令を伝える。攻撃隊、発艦開始せよ!」

命令が発せられたあと、TG38.1、TG38.2、TG38.3の各艦が群旗艦からの命令を受け取り、その後、一斉に風上に
艦首を向けていく。
大小さまざまな艦が一斉回頭していく様はとても見応えがあり、各艦のレーダー員は平静さを装いながらも、心中では見事な艦隊運動を
誇らしげな気持ちで見つめていた。
エンタープライズは、僚艦であるヨークタウン、ワスプ、軽空母フェイト、戦艦アイオワを始めとする護衛艦群を従えながら、輪形陣を
組んだまま、風上に向けて鮮やかな転舵を終えた。
飛行甲板最前部から強い風が流れる。艦の速力は30ノットを超えており、発艦に必要な合成風力を得ていた。
エンタープライズ所属の第1次攻撃隊参加機は、最前列のF8Fから次々と車輪止めが取り払われ、まずは1番機がやや前方に出て
発艦指示を待つ。
リンゲ・レイノルズ大尉は、コクピットの風防ガラスを開け、艦橋の発着艦シグナルを見つめ続ける。
赤色のライトが緑に変われば、発艦始めの合図だ。
視線を前方下方に向けると、旗を持った甲板要員が旗を掲げたままその時を待っていた。

「いよいよか……」

リンゲはそう呟いた後、固く口を閉じて発着艦シグナルが変わるのを待つ。
程なくして、ライトが赤から緑に変わった。
次いで、甲板要員に視線を移すと、甲板要員も旗を振った。

「行くぞ!」

リンゲは意を決したように呟き、エンジンの出力を上げ、ブレーキを解除する。
機首の大馬力エンジンは愛機をぐんぐんと前方に引っ張り、滑走開始からそう間を置かぬうちに機体の尾部が浮き上がった。
弾薬と燃料を満載にした上に、胴体には増槽タンクを付けて重くなっている機体だが、機体全体の重量はF6Fよりも軽いため、
さほど重々しさを感じる事はなかった。
ベアキャットは轟音を上げながらエンタープライズの甲板を駆け抜け、甲板最前部を走り終える前に機体は完全に浮き上がった。
愛機は母艦を飛び立った後、最初の旋回上昇に入り始めた。

「1番機が鮮やかに発艦していきましたね」

ラウスは、第1次攻撃隊1番機の発艦風景を見据えた後、感心した口ぶりでハルゼーに話しかけた。

「うむ。誰が見ても心地良いほどの発艦だったな」

ハルゼーは笑みを浮かべながら、何度も頷いた。
続いて2番機、3番機と、次々と発艦を終えていく。
この時、空にはいつの間にか朝焼けの光が見え始めていた。

「長官。夜明けですな」

参謀長のカーニー中将が東の方向を指さしながらハルゼーに言う。

「ワオ……予想以上に速い夜明けだな。気象班の知らせでは、夜明けは6時から7時半あたりだと聞いていたがな」
「これが例の、早明けというやつでしょう。この世界特有の……」

その言葉を聞いたハルゼーは、一瞬首をかしげつつ、発艦の状況と明るみ始めた東の空を交互に見やった。
そして、彼は再び笑みを浮かべた。

「何度も見てきた風景だが……どうしてどうして……今日は特にいい風景に見えるな」

ハルゼーがカーニーと会話を重ねている間にも、艦載機の発艦は順調に推移していく。
最後のF8Fが飛行甲板から飛び立った後、今度はAD-1の発艦する番となった。
ベアキャットよりも馬力の大きい(B-29が搭載しているエンジンとほぼ同じである)エンジンは凄まじいまでに唸りを上げている。
甲板要員がフラッグを振るや、そのエンジン音が更に木霊する。
魚雷2本を抱えたスカイレイダーは、その重装備も何のそのといった動きで順調に滑走し、飛行甲板最前部を蹴ると、最初はやや機体を沈み
込ませつつも、順調に高度を稼いでいった。
エンタープライズ所属の第1次攻撃隊は、24機のスカイレイダーのうち、半数ずつを雷撃チームと爆撃チームに分けている。
12機の雷撃チームが発艦を終えると、今度は爆撃チームの出番となった。
爆撃チームは、胴体、並びに主翼に計3発の1000ポンド爆弾を抱いており、これもまた重武装である。
爆撃チームも雷撃チーム同様、大馬力エンジンをがなり立てながら発艦していく。
その頃には、東の空も更に赤みが増し、幻想的な空間を現出していた。
爆撃隊の3番機が発艦する様子を、艦に搭乗している撮影班が艦橋前側の機銃座付近から撮影していたが、この時の風景は見事なまでに
絵になっており、後の記録映画や戦争映画では、このシーンが頻繁に使われることになるが、それはまだ先の話である。

攻撃機隊の発艦は、朝焼けのグラデージョンが徐々に鮮やかさを増していく中、順調に続けられていく。
6番機の発艦時には、既に編隊を組んでいた艦載機隊が爆音を響かせながらエンタープライズの上空を飛び去り、その下を6番機が
重い3発の爆弾を抱えながら、勇躍出撃していった。
それから程なくして、爆撃チームの最後のスカイレイダーも発艦を終えた。
艦隊上空でTG38.1から飛び立ったF8F、AD-1Aは徐々に編隊を組んでいく。これらの数は計146機にも上り、これにヨークタウンから
発艦したS1Aが誘導に当たる予定だ。
そして、TG38.2、TG38.3からも攻撃隊発艦終了の報告が入った。

「長官、第1次攻撃隊が進撃を開始しました」

カーニー少将が上空を指差しながらハルゼーに伝えた。
上空を見上げたハルゼーは、その壮大な光景に胸が熱くなった。

「ハハ、こいつは壮観だぜ。やはり、訓練で見る大編隊と、実戦で見る大編隊は一味も二味も違うな」

ハルゼーは幾らか張りのある声音で言い放つ。
直後、エンタープライズの上空を幾つもの梯団に分かれた第1次攻撃隊が、朝焼けを背景に堂々たる陣容を見せつけながら通過して行った。



時に1485年……1945年12月9日、午前5時40分の出来事である。

1485年(1945年)12月9日 午前6時20分 シホールアンル帝国首都ウェルバンル

その日、シホールアンル帝国皇帝オールフェス・リリスレイは予定よりも早い時間に目が覚めた。

「……ふぅ。目覚めは悪くないな」

彼は、瞼を開けた後にすぅっと眠気が覚めていくのを感じるなり、軽い口調で呟いた。
就寝した時刻は12月9日を迎えてから1時間も経った午前1時頃であり、眠る直前までは、危機的状況に陥っている地上戦の報告を
受けて少なからぬショックを受けていた。
現在、シホールアンル帝国を取り巻く状況は加速度的に悪化している。
海軍はレビリンイクル沖の決戦で大敗し、シェルフィクル工場地帯は砲爆撃によって壊滅状態であり、陸軍は反攻作戦が頓挫し、逆に
反撃部隊が連合軍側の逆襲を受けて、重囲に陥っている有様だ。
偉大なる帝国軍が、悪夢と思い込みたくなる程の大敗を立て続けに起こしている状況は、オールフェス自身に相当なストレスを感じさせていた。
ただ、陸戦に関してはまだ望みが無い訳でもなく、包囲下にある部隊は一応、戦闘力を維持しているため、明日試みる現地での反撃が成功すれば、
まだ救いはある筈である。
それに加え、オールフェスは今日予定されている、ある式典で竣工する兵器に望みをかけていた。

「……手札が残っている事は本当に良い事だ。こんな絶望的な状況でも、心に受けるショックを幾分、和らげてくれるからな」

オールフェスは、陰りのある笑みを浮かべる。
彼は姿勢を起こし、ベッドから起き上がった。

そそくさと着替えを済ませたオールフェスは、普段と変わらぬ足取りで寝室から出て行く。

「おお、これは陛下。おはようございまする」

入り口で侍従長のブラル・マルバとばったり出くわした。
マルバは頓狂な声を上げていた。予定の時間よりも早く起きたオールフェスに驚いているようだ。

「今日は意外と早起きなのですな」
「ああ。気分が悪くなくてな」

オールフェスはそう言ってから、マルバ侍従長の肩を叩いた。

「それでは、予定よりお早めに朝食を摂られますか?」
「いや……予定通りでいい。俺はそれまで、あたりを軽く散歩するよ」
「畏まりました。では、また後ほど……」

マルバ侍従長は恭しく頭を下げると、侍従長室に戻っていった。

侍従長室は、オールフェスの寝室からさほど離れていない場所にある。
中に入ったマルバは、室内で今日の予定を打ち合わせていたメイド長と、2人の主任メイドに顔を合わせる。

「陛下は、今しがた起床された」
「あら…予定より少し早いですね」

メイド長のエンフィ・クレフティムが意外そうな口ぶりで言う。
今年で37歳を迎える彼女は、1年前に退任したメイド長に代わってこの帝国宮殿のメイド長になっている。
彼女自身、17歳からここでメイドとして働くベテランであり、オールフェスの素性も知り尽くしている。
オールフェスはどこか奔放な所があるが、こういった起床時間等は、常に時間通りに動くため、メイドや執事達からは規則正しい一面を
持つ皇帝としても知られている。

「今日は確か、郊外の工場を朝一に視察される予定だ。その工場の視察の内容までは知らされていないが…恐らくは、その視察自体が
陛下自身の心を大きく動かされている物かもしれぬな」
「なるほど…では、今日は陛下も機嫌を良くされるかもしれませんね」
「最近は、あまりよろしくない報ばかりを受けられていたようだからな」

マルバはクレフティムに答えつつ、最近のオールフェスは本当に疲弊していると心中で思っていた。

(アメリカという国が、わが帝国と矛を交えるようになってからという物の、陛下はすっかりお疲れになられてしまった。今年の秋には、
ランフックが連合軍の空襲によって前例の無い惨事に見舞われたが、それ以来、陛下の心身はすっかり衰えられてしまった。今じゃ、陛下の
浮かべる笑顔は昔と違って、無理して作られているものばかりだ……)

マルバは、オールフェスを幼少期から見て来たが、ここ数年のオールフェスの変貌ぶりは、明らかに痛々しいと感じる程であった。
しかし……今日は久方ぶりに、愉快そうな表情を浮かべるオールフェスが見られそうである。

「もしかしたら、今日は何かの祝い事が起きるかもしれぬな。メイド長、念のため、昼と晩に用意する食材をいつもよりも多めにしよう。
酒類も余分に出すかもしれないな」
「承知いたしました。朝食に関しては、今準備している分でよろしいですね?」
「うむ。それで良い。お前達も……お昼以降は忙しくなるかもしれぬが、そこは心しておくれよ」

マルバの指示を受け取った2人の主任メイドも、心地よく返事した。


同日 午前6時30分 ウェルバンル東地区


まどろみの中に、見慣れた光景が現れた。
何度も、何度も見た同じ光景……
ひんやりとした古ぼけた部屋。室内には無数ともいえる本が棚に入れられた状態で並ぶ。
狭苦しい部屋にこれでもかと詰められた本の数々は、部屋の主が、魔法に注ぐ並々ならぬ情熱を来訪者に見せつけているかのようだ。
その部屋の真ん中に、ぽつりと置かれたテーブル。その一方にどこか気弱そうな銀髪のダークエルフが座り、こちらを見つめてくる。

「……いいのだな。君は」

傍目から見れば若い青年と言える男は……年齢の割には妙に重々しく、かつ、対峙している者の気持ちを試すかのように問うてきた。

「ええ。現状としては……これが一番ではないでしょうか?」
「はっ!相も変わらず……呑気な口ぶりだな!」

銀髪のダークエルフは、どこか小馬鹿にした口調で彼……レイリー・グリンゲルに向けて言う。

「失敗すれば、確実に死ぬ。そう、君は術式に命を食われてしまうんだ」

「そうですねぇ」

レイリーは腕組したまま、変わらぬ呑気な口調で相手に言葉を返していく。

「ですが、僕はやるつもりですよ」

彼は右手をテーブルに置き、そこに置いていた数枚の紙を相手に寄せていく。

「敵首都に迫る同盟国……アメリカ海軍機動部隊の艦載機を、わが種族最強の魔法を使って援護する……これほど素晴らしい物は無い。
と、私は断言しますね」
「禁呪指定を受けた危険な魔法を使ってでもか?」
「そうです。それに……我々は過去に、シホールアンルに屈辱的とも言える方法で国に攻め込まれ、危うく亡国というところまで
追い詰められた。貴方も最前線に立って戦闘を指揮していたから覚えているはずです」
「無論さ。あの時の恨みは絶対に忘れん……」

相手は、平静さを装いながらも、その口調は明らかに怒気を孕んでいた。

「そしてこうも言いましたね。“もし、アメリカ軍に助太刀できるなら、どんな物を用いてでも必ずやり遂げて見せる……”と」

レイリーは、陽気さを感じさせる笑みを浮かべながら、相手が以前発言した言葉をそのまま言い放つ。

「それでハヴィエナの術を使いたいという訳か。」
「わがミスリアルの中で、上級妨害魔法であるハヴィエナを有しているのは、エスパレイヴァーン族だけです。私は、ハヴィエナが例え、
術者の命を吸い取る禁呪の魔法と言われても、この魔法を使えると自負していますよ」

相手は、ハヴィエナの術式を渡す事に不安を覚えると同時に、躊躇していたが、レイリーはそれと対照的であった。

「……ミスリアル最高の魔法使い、レイリー・グリンゲル。私は王国の至宝とも言える逸材を、禁呪指定された魔法に食わしたくはない。
はっきり言って無茶だ!」
「その無茶は、既に1度経験しましたよ」

レイリーは不敵な笑みを浮かべながら、相手に渡した紙を指差した。

相手は無言のままレイリーを見据えた。

「…………」
「ハルゼー提督率いる第3艦隊の艦載機集団が、無事に帝都に辿り着くには、相手の目と耳を潰すしか方法はありません。そのためにも、
大規模魔法通信妨害魔法……ハヴィエナは必要不可欠です」
「……艦隊の総力だけでウェルバンルやシギアルは叩き潰せるはずだ。敵の主力が、西のシェルフィクルに出向いているのならば、なおの事
可能だと思うが?」
「可能ではあると思います……ですが、首都近郊にはやはり、それなりの戦力を配置するはずです。情報にもある通り、シホールアンルは
“出せる限りの航空戦力、艦隊をすべて抽出した”のです。それは即ち、出したくない戦力……首都近郊に有している親衛航空軍団や最低限……
旧式とはいえ、戦艦を有する有力な艦隊は残しているでしょう。強襲ともなれば……ハルゼー提督の機動部隊は、この敵戦力とまともに
かち合う事になります」
「……まともな戦力とぶつかれば、自然に強襲となり、被害もそれなりになる……と言う事だな?」
「その通りです」

レイリーは深く頷いた。
蝋燭の淡い光がレイリーの目を鋭く光らせる。

「故に、この作戦は奇襲として成功させたいのです。そのための」
「こいつ、と言う事だな」

相手はレイリーの言葉を遮る。
そして、机の下から袋を取り出し、それをテーブルに置いた。

「それが……」
「仰せの通りだ。こいつが、ハヴィエナだ」

相手は袋の中から複数の小石と、水晶球を取り出した。
その水晶球は、薄く、淡い水色に覆われていた。

「国王陛下の命令通り、これを君に授けよう」

相手は、先とは違って吹っ切れたような表情を浮かべていた。

「100年前に作られた忌まわしき吸血魔法と言われたこいつだが……君なら、こいつを使いこなしてくれるだろうな」
「族長……いいのですね?」
「いいもなにも、それはもう君の物だ。こいつを使って……」

エスパレイヴァーン族族長、ラムベリ・プラトは語気を強めた。

「連中のやったことをそっくりやり返してくれ。同時に私の怒りも、代わりにぶつけてやってくれよ」

唐突に脳内に通信が入ってきた。
そこで、レイリーは意識を取り戻した。

「……ふぅ」

彼は、額の汗をぬぐいつつ、頭の中に入る通信文を黙読しつつ、その内容を用意した紙に一字一句漏らさずに書き写していく。
やがて、魔法通信の内容全てを書き終えた。

「……第1次攻撃隊、指定地点に到達しつつあり。膜の展開をされたし、か……」

レイリーは、目の前のテーブルに置いた水晶球に視線を送る。
水晶は、元々は薄い水色をした美しい球体であった。
それが、今では赤紫色に染まっている。

「俺の血を吸ったせいか、こいつの魔力もいい具合だ」

彼は呟きながら、水晶に両手をかざした。
深呼吸をした後、レイリーは術式起動の呪文を詠唱し始めた。

「……聖なる物よ、時は来たれり。我は其の物の力を解き放たん……」

水晶から徐々に、淡い赤紫色の光が発せられ、それは刻々と、室内を包み込んでいく。

「邪悪なる術を阻め。そして、忌むべき者たちの自由を奪え。この術式は、唯一無二の聖なる波動となりけり」

体の熱が高まり、先ほど傷つけた右手の傷口から痛みが走る。
伝わる激痛と、体の中を走る熱に苛まれ、レイリーは体から汗を拭き出していく。

「さあ現れよ。そして震えよ。その力を大気に放出し、マナを貪り、忌むべき者達の視覚を奪えよ。忌むべき者達の聴覚を奪えよ」

光が、ドアの隙間から止めどもなく漏れ出した。

「光が……!」

部屋の外からレイリーの術式起動の成功を祈っていた、サミリャ・クサンドゥス中尉は、それを見て思わず驚きの声を漏らす。

「遂に始まったか。果たして……」

隣で見守っていたハヴィス・クシンクもまた、心中でレイリーの魔法式起動を祈っている。
第3艦隊が奇襲を成功させるには、都市部周辺とシギアル港周辺の魔法通信をすべて遮断させる必要がある。
そのため、レイリーは大規模な魔法通信妨害魔法を展開して、敵の目と耳を奪おうとしていた。
だが、準備段階で手違いがあったのか、術式は魔力不足で作動しそうになかった。
レイリーは水晶の魔力を高めるために、自らの血を水晶に塗りたくってようやく、魔法の起動が可能にしたと彼らに伝えていた。
この時、クシンクは妨害魔法の起動が失敗するのでは?という不安を抱いていた。
だが、こうして、地下室で奮闘しているレイリーを目にしている今は、ただひらすら、成功を祈るだけだ。

「頼みましたぜ。レイリーさん……!」


「大気を染めよ……地を染めよ……其の力ですべてを染めよ。そして、マナを塗り替えよ」

歌うような呪文の詠唱はなおも続く。
水晶から発せられる光はさらに明るさを増していく。
レイリーの体は、今や全身から噴き出す汗によってぐっしょりと濡れていた。
体の中に伝わる熱はより多くなり、体の芯がじりじりと焼け切るかのような感触に見舞われる。
視界はふらつき、体はふんわりと宙に浮いているようにも思えたが、彼は何故か、楽し気な表情を浮かべていた。

「スレリナの聖なるマナよ、この地を染め上げたまえ。我の血を捧げる。そして、忌むべき者達のマナを捧げる」

レイリーの声音に変化が生じる。
小声でつぶやくような呪文詠唱が、ここから徐々に大きくなり始めた。

「邪を食らえ。呪を糧にせよ……聖なる力を現わせよ……!」

レイリーは目を閉じる。
この時、首都の周辺や、シギアル港に微かな変化が見られ始めた。


それは、誰にも気づかれない様な物であったが……この時、微かながらも、上空に薄い膜のようなものができていた。
それはほんのりとした淡い青い色で、透明でいて透明ではない。


そんな曖昧な色であった。



「現出せよ……現出せよ……其は阻む物であり、導く物……この地に現れよ!」

レイリーは、閉じていた目を開いた。

「聖なるレイヴァーンよ、力を開放せよ!戦士達の征途を導き、栄光をもたらせ!」

そして、詠唱の最後の部分を読み終え、彼は最後の締めを行った。

「術式……展開」

小声で放たれたその言葉が、全ての始まりとなった。

同日 午前6時35分 シギアル沖北東52マイル地点

空母ヨークタウンを発艦したS1Aハイライダーを操縦する、ジェイド・パステルナーク大尉は、第1次攻撃隊の先導役として攻撃隊の前方
10マイルを時速260マイル(416キロ)で巡航していた時に、それを見つけた。

「……トム!前方で何かが光ってる!」

パステルナーク大尉は後部座席に座るトム・スタッカート兵曹長に向けて頓狂な声を上げた。

「機長!その何かとは何ですか!?」
「光だよ!あそこだ、見えるか?」

スタッカート兵曹長は前方に顔を向け、パステルナーク大尉の指さす方向を凝視した。
最初は雲で見え辛かったものの、やがて、うっすらとだが青く光るものが見えていた。

「もしかしたら、あれが例の妨害工作かもしれんぞ。」
「あそこにシギアル軍港……そして、ウェルバンルがあるという訳ですね。」
「ミーティングで聞いた通りなら、恐らくはそうなるだろうな。」

パステルナーク大尉はそう言いつつ、自分の体が徐々に熱くなるように感じた。
パステルナーク大尉とスタッカート兵曹長は、海戦当初は本国で練習航空隊の教官を務めていたが、44年の初頭から空母フランクリンの
偵察機乗りとして初陣を飾り、45年9月にヨークタウンへ異動となった。
2人はこれまでに数々の作戦に従事し、合衆国最悪の海軍記念日と言われた第1次レビリンイクル沖海戦や、レーミア湾沖海戦といった
戦争の行方を左右する大海戦にも参加した歴戦の偵察機乗りである。
そんなベテランともいえる2人も、このような光景を見るのは生まれて初めてだった。

「攻撃隊の指揮官機に報告しよう」

パステルナークは前方の遠くに見える青白い光を見つめながら、無線機のマイクを手に取った。

「こちらブルームーンより、サンディリーダーへ、聞こえますか!?」
「こちらサンディリーダー。聞こえるぞ、何か見つけたか?」

サンディリーダーこと、エンタープライズ隊指揮官兼第1次攻撃隊指揮官であるユージン・リンゼイ中佐が応答した。

「前方50マイル付近に青白い光のような物が見えます!」
「青白い光か……間違いない、目標だな。」

無線機の向こう側にいるリンゼイ中佐は、そう確信していた。

「ブルームーン、そのまま先導を続けてくれ。攻撃隊も君達に続く」
「アイ・サー。しっかり先導します!」

パステルナークはマイクを置き、巡航速度を保ったまま先導を続けた。
距離が近付くにつれて、その青白い光の形が明らかになってきた。
目標より30マイルまで迫ると、雲はちりぢりとなっており、最初見た時はうっすらと見えるだけだった青白い物は、今や薄く、
淡い青色をした巨大なドーム状の形をしていた。

「なんてこったい……トム、見てるか!」
「えぇ。バッチリ見えてますぜ。こりゃあ……綺麗な物だ」
「まったくだよ」

スタッカートの言う通り、その薄い青白いドームは綺麗な形をしていた。
見る者にとってはどこか、癒されるかのような鮮やかな色をしている。

「マリアの奴に見せたら、あまりの綺麗さに興奮するかもしれんな」
「妹さんはこういった幻想的な光景が好きでしたな」

妹の名前を出したパステルナークに、スタッカートが微笑しながら言ってくる。

「内気なユィーリと違って男勝りな奴だが、こういった光景には目がない奴だ。話に出したら何故写真に撮らなかったのかと、
ぐちぐちと責められるかもしれんね」

パステルナークはおどけながらそう返すが、目線はしきりに周囲に向けられている。

前方はもちろんの事、左右、そして右、斜め後方に直上。
偵察機乗りにとって、周囲の確認は基本動作の1つとなっているが、天敵のワイバーンや敵飛空艇に襲われればひとたまりもないため、
戦闘機乗りと同等か、それ以上に真剣になって安全確認を行う。
過去の戦闘では、敵ワイバーンに不意を食らって、危うく撃墜されかけたこともある。
幸いにも、パステルナークは難を逃れる事ができたが、一歩間違えれば、自分の墓がアーリントン墓地に建てられる所までいったのだ。
例え戦況が有利な時であっても、周囲の警戒は必ず行うのが常であった。

「高度3000、敵の拠点から30マイルという目と鼻の先で飛行しているにもかかわらず、未だに敵ワイバーンの迎撃は無し……か。」

パステルナークは、この時確信していた。

「これは、決まったな。」


同日 午前6時40分 ウェルバンル中心部 海軍総司令部

海軍総司令部内にある仮眠室で睡眠を取っていた、リリスティ・モルクンレル大将は、浅いまどろみの中を唐突に叩き起こされてしまった。

「リリィ!起きて!リリィ!!」

目を開けると、そこには珍しく、慌てた様子のヴィル……海軍総司令部情報参謀を務めるヴィルリエ・フレギル大佐が彼女の胸ぐらを掴んでいた。

「ど…どうしたの、ヴィル…?」
「緊急事態よ!」

リリスティはヴィルリエの切迫した声音を聞くや、瞬時に眠気が覚めた。

「……何が起きたの?」
「魔法通信がいきなり使えなくなった」
「え……それは、どういうこと?」

リリスティは怪訝な表情を浮かべて、ヴィルリエに聞く。

「どうも何も、魔法通信が全く使えなくなったんだ。それも、この建物にいる魔導士全員が!」
「魔導士全員だって!?なんでそんなことが……」
「原因は目下調査中だけど……ついてきて」

ヴィルリエは出口のドアに親指を向けると、ズカズカと足音を立てながら仮眠室から出て行く。
リリスティもベッドから慌てて起き上がり、傍のコートハンガーにかけてあった軍服の上着を羽織りながらヴィルリエの後を追った。
程なくして、窓のそばに立ったヴィルリエは、空を指差した。

「恐らく、原因はアレね」
「……これは!?」

リリスティは、空に広がる薄く、青白い膜のような物を見て驚愕の表情を浮かべた。

「まさか……妨害工作!」
「十中八九そうなるね」

ヴィルリエは断言した。

「あたしの考える限り……これは明らかな魔法通信妨害用の魔法だと思う。それも、大規模の…ね」
「なぜこんな事が!」
「それは、私にもわからない。でも……現実にあの膜みたいな物が現れてから、一切の魔法通信が使えなくなった事は確かだ」
「首都周辺のワイバーン基地にも、シギアル港の艦隊司令部にも連絡は取れないの?」
「ええ。できないね」

ヴィルリエは即答する。
それを聞いたリリスティは、思わずへたり込みそうになったが、意識を強く保つことで何とか踏ん張れた。

「レンス元帥には報告はした?」
「もうとっくにやった。閣下はすぐに、伝令を走らせて連絡を付けろと言われたわ」
「そう……」

リリスティはそう返しつつ、この大規模通信妨害が何を目的に行われたのか思案し始めた。

(しかし、なぜこのような通信妨害が……いつの間にか、首都に敵の工作員が潜入したからこうなってしまったの確か。では、その工作員の
目的は?もしかして、市民を扇動して暴動を始めようとしているのか?)

彼女は最初、首都に潜入した工作員が、ウェルバンルにおいて暴動を発生させて首都を混乱に陥れようとしているのかと考えた。
だが、それはあり得なかった。
現在の体制には、戦争遂行に関する不満はあちこちから出始めているものの、国民の殆どは未だに皇帝、オールフェス・リリスレイに忠誠を
誓っているからだ。
その国民が暴動を起こすなど考えられなかった。
それでは、首都に敵の特殊部隊が潜入し、帝国宮殿を始めとする官庁街の攻撃を企てているのか?
このような大規模通信妨害が実行されている以上、確かにあり得そうではあった。
だが、帝国宮殿は、首都付近に駐留する親衛師団が防備しており、官庁街の警備も厚いことで知られている。
敵の特殊部隊が官庁街を攻撃しても、衆寡敵せず、たちどころに反撃されて粉砕されてしまうだろう。
リリスティは頭の中で思案しながら、総司令部内にある作戦室に向かっていく。
作戦室につくと、一足先に入室していたレンス元帥が幕僚達と確認を取り合っていた。

「閣下、おはようございます」
「おはよう次官。見たかね、外の様子を」

レンス元帥は窓を指差しながらリリスティに聞いた。

「は。先ほど確認いたしましたが、どうやらあれが原因で通信魔法が妨害されているようですね」
「恐らくはそうだろうな。あれが唐突に上空に現れてからは、魔法通信が全く使えなくなった。これでは、シギアル港の海軍部隊に
素早く指示を送る事が出来ん」

レンス元帥は、両目の瞼を手で揉みながらリリスティに言う。

「伝令は既に出したようですが……ここからシギアル港までは10ゼルド(30キロ)ありますから、大分時間がかかってしまいますね」
「ああ……全く、酷い物だ」

レンスは深く溜息を吐きつつ、別の幕僚に伝令を呼ばせた。

「伝令、参りました!」
「命令を伝える。今から首都近郊の海軍ワイバーン基地に行き、連絡用のワイバーン1騎を司令部周辺に派遣するように伝えよ。
これは最優先命令だ」

彼は、書き殴った急ごしらえの命令書を伝令に渡し、海軍ワイバーン基地に向かわせた。
伝令が作戦室から飛び出していくのを見つめたレンスは、リリスティに顔を向けた。

「とにもかくも、今は連絡手段の強化に務めるしかない。ワイバーンなら、高速で命令を伝えることが可能だ。魔法通信よりは効率が悪いがな」
「いえ、良い方法だと思われます」

リリスティはレンスの行動を素直に評価した。
元々、レンス元帥は一兵卒から順当に上り詰めた優秀かつ、勇猛果敢な軍人である。
若い頃は前線で活躍を成し、当時の敵対国から「血潮のレンス」、「海の猛獣」と呼ばれるほど恐れられた前線指揮官でもあった。
また、彼はただ勇猛なだけではなく、前線で臨機応変に対応して指揮下の軍を自由自在に操る事もでき、知と武、双方も極めた稀有な存在として
帝国軍でも勇名を轟かせたほどだ。

ここ最近は、打ち続く敗報や本土防衛の重圧によって、心身共に憔悴していたが、昔ながらの的確な指揮ぶりはなおも健在のようだ。

「情報参謀!洋上の監視艇からは、何か報告はなかったか?通信妨害が発生する前に何か不審な物を発見した、とか」
「残念ながら、そのような情報は入っておりませんでした」

ヴィルリエがそう答えると、レンスは唸りながら、机に広げた地図を見据える。
地図には、ウェルバンルと、その東12ゼルド(36キロ)にあるシギアル港、そして、東に広がる海が描かれている。

「確か、アメリカ太平洋艦隊の主力は西海岸で確認された。という事は、海からの攻撃はなさそうだが……敵の目的は何だろうか。全く掴めんな」
「今のところ、首都は平穏そのものです。懸念されていた暴動の発生なども確認されていません」

ヴィルリエの説明を聞いたレンスは、頭を2度ほど横に振った。

「……全くわからん」

そうこうしているうちに、時間は刻々と過ぎていった。

不可解な通信妨害に、誰もが頭を悩ませていた時……彼らはやってきた。



午前7時8分、唐突に作戦室へ武装した兵が飛び込んできた。海軍総司令部の警備兵だ。

「失礼します!!」

その兵はすぐにレンス元帥の前に走りよると、早口で言葉をまくしたてた。

「屋上の監視台から、シギアル港上空に敵の飛空艇と思しき物が見えました!単発機です!」
「な……!?」

その瞬間、ざわついていた作戦室内が、一瞬にして静まり返ってしまった。
そして、リリスティはこの中で真っ先に状況を理解してしまった。

「…敵の空母艦載機……か」

彼女の言葉を聞いた彼らは、それがまるで、処刑人の振るう刃物のように思えた。


午前7時5分 シホールアンル帝国シギアル港上空

「なんてこったい。敵は迎撃騎を上げれてないぞ!」

パステルナーク大尉は、薄い青白い膜の中を飛行し、広大なシギアル港上空を飛んでいるが、迎撃騎はおろか、対空砲火すら打ち上げて来ない。
シギアル港は、アメリカ本土にあるノーフォーク港のように民間の港湾施設のみならず、海軍造船所と海軍基地が一緒に置かれた巨大な港であり、
港の形は広大な入り江に、陸側から伸びた巨大な防波堤のような物が入り江の入り口付近に設置されている。
防波堤は、それぞれに大砲らしき砲身がトーチカのような物から突き出ており、これがシギアル港の防衛を担う要塞砲の役目を担っている事がわかる。
そして、入り江の防波堤が伸び始めている陸地にも、要塞砲と思しき物があり、シホールアンルがここを沿岸要塞として守りを固めている事が判明した。

「事前の情報通り、シホットの連中は湾口の入り口付近を要塞砲で狙えるようにしているな。こりゃ、生半可な艦隊で挑んだら速攻で
返り討ちに遭うぞ」

パステルナークは防御の充実ぶりに内心舌を巻いたが、周囲を警戒しつつ、偵察を続行する。
今度は、軍港に停泊する多数の艦船を視認した。

「いたぞ、敵の守備艦隊だ……ほほう、旧式とはいえ、戦艦らしきものもいるな」
「数は1、2、3……大体7隻ぐらいですね。そして巡洋艦、駆逐艦など多数か」
「トム!すぐに報告を送れ!」
「アイアイサー!」
「内容はこうだ。我、シギアル港に到達す。敵騎の姿見ず、対空砲火の反撃は見られず。軍港には守備艦隊を確認。戦艦6ないし7、
巡洋艦4ないし5、駆逐艦、小型艦多数停泊中!」

報告は、すぐさま第3艦隊司令部に送られた。

「こちらサンディリーダーより、ブルームーンへ、聞こえるか?」

パステルナークの耳に、ユージン・リンゼイ中佐の声が入る。

「こちらブルームーン。聞こえます!」
「状況は確認した。これより攻撃にかかる。ブルームーンはそのまま母艦に帰投してくれ。先導感謝する!」
「こちらブルームーン、了解!武運を祈ります!」

パステルナークはリンゼイ中佐にそう返すと、愛機の機首を陸側から海へと向けた。

「俺たちの仕事はこれで終わりだ。あとは……攻撃隊に任せるだけだ」

彼は小声でつぶやくと、スロットルを上げて機体を加速させ、戦場から離脱を開始した。

ユージン・リンゼイ中佐の率いる第1次攻撃隊430機は、午前7時9分、シギアル港に到達した。
高度3000メートルで巡航していた第1次攻撃隊は、通信妨害の展開されている膜内に突入した。


「ほほう、これはまた凄い港だ。ノーフォークと比較してもいい勝負になりそうだぞ」

リンゼイ中佐は、異世界特有の変わった雰囲気ながらも、規模も大きく、整理の行き届いた良港を見るなり、思わず感嘆の言葉を漏らしてしまった。

「本当に迎撃が無いな……よし!」

リンゼイはマイクを握ると、第3艦隊司令部に報告を送り始めた。

「こちらサンディリーダー。第1次攻撃隊はただいま、シギアル港に到達。敵の反撃は見られず」

リンゼイは僅かに間を開けてから、次の言葉を吐き出した。



「我、奇襲に成功せり!これより、目標に突入する!」



リンゼイは次に、攻撃隊各隊に向けて目標の割り当てを行っていく。

「こちらサンディリーダーより、各隊へ、これより突入する!TG38.1、目標、軍港内の艦船。TG38.2、目標、艦船並びに航空基地。
TG38.3、目標、敵航空基地!戦闘機隊は飛行場の制圧、並びに対空砲火の制圧を行い、制空権を確保しろ。全機、攻撃開始!!」

この時、シホールアンル軍は何も、米艦載機隊の攻撃を黙って見過ごそうとはしていなかった。
だが、通信妨害魔法は、それまで魔法通信で行っていた部隊間の相互連絡を一切使えなくしていたため、それによる戦闘準備や兵員配置等の混乱の影響で、
ろくに戦闘配置を行えない状況に陥っていた。
あちこちで急ごしらえの伝令班が編成され、各関連部署に向けて伝令が走り回っていく。

艦船の間を、伝令を乗せた小型艇が行き来し、陸上に降りた兵は港の司令部や艦隊旗艦に向けて命令の受領を受けに行く。
航空基地のワイバーン隊は、命令伝達の遅れから迎撃準備に手間取り、竜騎士たちは何の説明も受けれぬまま、大慌てで愛騎に近寄り、格納棟から
騎付きの世話係と共にワイバーンを引っ張り出していく。
混乱は混乱を呼び、それに手間取るだけ準備が遅れていく。
訓練通りにやった動作を行おうにも、まさかの空襲によって動転した兵員たちはあちこちでいらぬ失敗を繰り返し、それもまた迎撃準備の遅れに繋がった。
同じことは、シギアル港所属の第6艦隊でも起こっていた。

その間、米艦載機の大編隊は悠然と編隊飛行を続けている。
やがて、各飛行隊は母艦ごとに分かれると、それぞれの攻撃位置に向かい始めた。


第6艦隊の各艦は、どうにか戦闘準備を終えつつあった。
同艦隊は、戦艦ビグマベルンザを始めとし、ゼイルファルンザ、クレングラ ポアック ヒーレリラ リングスツ ヒレンリ、
巡洋艦ミルビ・ヌレイ アルギジェント マセギナ バクザルキ ラル・カザント レイギ・ズレヌ カレンラ、駆逐艦48隻で編成されている。
所属艦の大半は旧式であり、戦艦7隻も全て旧式である。
対空火器は近代化改装で新型の物が搭載されているが、総合的な対空火力は新鋭艦に比べると、見劣りがする。
その旧式艦群に、米艦載機隊は殺到しつつあった。

「艦長!戦闘準備整いました!いつでも」
「報告はよろしい!すぐに敵機を撃たんかぁ!!」

戦艦ビグマベルンザの艦橋で、艦長は準備完了の報告に来た水兵に八つ当たりのような命令を飛ばした。
しかし……

攻撃開始から僅か5分ほどで、攻撃位置に付いたエンタープライズ雷撃隊は、前方に停泊する敵戦艦群目がけて、超低空で突進していた。
エンタープライズ攻撃隊は、24機のスカイレイダーのうち、12機が魚雷を装備しており、敵戦艦に対しては、1小隊4機ずつに別れて
それぞれの目標に向かっていく。
雷撃小隊を直率するリンゼイ中佐は、艦列の先頭に停泊している戦艦に機首を向けていた。
ちょうど、敵艦の左舷方向から突進する形だ。

「攻撃目標……前方の敵戦艦!」

距離は2000メートルほど。
スカイレイダーは対空砲火を避けるため、高度10メートルどころか、5メートル前後の超低空飛行を行い、機首の大馬力エンジンを
唸らせながら驀進している。
敵戦艦は前部に連装式の主砲を背負い式に2基搭載し、後部甲板には1基搭載している。
艦橋の形は合衆国海軍の旧式戦艦とは異なり、シホールアンル艦に共通するがっしりとした箱型となっている。
煙突の無い中央部は思いのほかすっきりしているように見えるが、目を凝らすと、対空火器らしき物が見受けられる。
だが、それらの対空火器は、リンゼイ隊に向けてまだ光弾を放ってきていない。

(敵さん、かなり慌てているのか……まだ反撃が来んな)

まぁ、無理もない。と、彼は同乗の言葉を漏らした。
距離は急速に近づき、雷撃距離である600メートルまですぐそこに迫る。
この時、ようやく敵艦が高射砲、魔道銃を撃ち放った。

(来たか!)

遂に敵も攻撃隊に反撃を開始したのだ。
だが……

「魚雷……投下ぁ!」

敵が光弾を放った時、リンゼイ機の魚雷も同時に海面に投下されていた。
スカイレイダーの搭載していた2本の魚雷は、海中に突き刺さるや、敵から見れば思いのほか浅い沈み込みで浮上に転じ、投下地点から
2本の白い航跡が伸び始めた。
それに端を発したかのように、残った3機のスカイレイダーも、それぞれ2本ずつの魚雷を投下する。
魚雷が海面に突き刺さるや、細かい木片混じりの水しぶきが立ち上がる。
光弾の反撃は見当外れの場所に向かい、リンゼイ隊を1機も撃ち落とすことができず、逆にリンゼイ隊は両翼の20ミリ機銃を掃射して、
ビグマベルンザの水兵を殺傷した。
4機のスカイレイダーが爆音をがなり立てながらビグマベルンザの艦上を通過する。

その時、ビグマベルンザ乗員たちの関心は、既にスカイレイダーには向けられていなかった。

「魚雷接近します!その数……8!!」
「……」

艦長は絶句してしまった。
その直後、ビグマベルンザの左舷に8本の魚雷がまんべんなく突き刺さった。
魚雷が命中するや、高々と水柱が立ち上がる。
命中箇所に近い甲板上にいた銃座の兵員が、吹きあがった爆炎と衝撃波に巻き込まれてグロテスクな惨死体に代わり、その無数の肉片が、
破壊された銃座の破片や水柱と共に宙高く吹き上がる。
ビグマベルンザ級戦艦は、シホールアンル帝国海軍の中では最古参の戦艦であり、魚雷に対応する水雷防御は全く持ち合わせていなかった。
そのため、ビグマベルンザの巨体には8つの大穴が穿たれ、そこから大量の海水が艦内に流れ始めた。
水柱が晴れると、ビグマベルンザは左舷側から濛々たる黒煙を噴き上げつつ、徐々に傾き始めた。

軍港内の旧式戦艦群にスカイレイダーが次々と襲い掛かる中、港に隣接するワイバーン基地から、今しも迎撃騎が飛び立とうとしていた。
しかし、そこにF8Fベアキャットが猛スピードで急接近し、その迎撃騎めがけて機銃を発射した。
竜騎士は防御魔法を展開してベアキャットの20ミリ機銃弾を防ぐ。
最初の連射は防いだが、すぐに2連射、3連射と放たれる。
20ミリ弾の連続射撃は防御結果を確実に痛めつけ、2機目が射撃に加わったことで結果が打ち破られた。
20ミリ弾の集束弾が竜騎士の体を二つに引き裂き、ワイバーンの背中を乱打して地面にへたり込ませた。
エンタープライズ戦闘機隊の先頭を行くリンゲは、出撃間近のワイバーン群を見るなり、愛機を増速させて突っ込んでいった。
この時になって、基地周辺の魔道銃が反撃を開始した。

「ようやく撃ち返してきたか……だが、遅い!」

リンゲは愛機を横滑りさせて、魔道銃の反撃を回避すると、目標に定めたワイバーンに向けて、距離300メートルで機銃を撃ち放った。
4条の火箭がワイバーンに殺到する。
ワイバーンを引いていた竜騎士と思しき人影が慌てて逃げ去り、ワイバーンは右側面から左側にかけて、20ミリ弾の掃射を受ける。
ワイバーンの外皮は厚く、20ミリ弾の一連射を受けてもなかなか息絶えない。
だが、リンゲに続行していた3機のF8Fが続けざまに20ミリ弾を叩きこんだ。
最初の射撃で致命傷を逃れたワイバーンも、猛烈な追い打ちを受けてはたまったものではない。
20ミリ弾を全身に食らい、体の急所を撃ち抜かれたワイバーンは、聞くに堪えない悲鳴を発しながら絶命した。
基地にいる多数のワイバーンが、これとほぼ同じ状況に陥っている。

強引に飛び立とうしたワイバーンも出てくるが、そこにすかさず、別のF8F小隊が殺到して20ミリ弾を叩き込む。
大口径弾を受けた竜騎士の体は無残にも吹き飛び、ワイバーンもまた全身をずたずたに引き裂かれて、上がりかけていた体を地面に叩き落される。
ワイバーンの並ぶ列線にも、F8Fは情け容赦なく20ミリ弾を撃ち込み、生き残っていたワイバーンの個体数が激減していく。
そこに、ダメ押しとばかりに、スカイレイダーの爆撃が始まった。
基地の対空砲火は、猛然と急降下するスカイレイダーを激しく対空射撃で迎え撃つ。
高射砲弾がスカイレイダーの周囲で炸裂し、黒煙を咲かせる。
1機のスカイレイダーが右主翼を吹き飛ばされ、炎と煙を吐きながら錐もみ状態で墜落するが、残りは轟音を発しながら急降下を続ける。
スカイレイダーの急降下爆撃は、誰が見ても鮮やかな物であった。
高度300メートルまで降下したスカイレイダーは、胴体に搭載されていた3発の1000ポンド爆弾を投下した。
ワイバーン格納棟に3発の爆弾が突き刺さるや、大音響と共に爆裂し、格納棟が木っ端微塵に吹き飛ばされる。
基地要員の使用する兵舎や、司令部施設と言った他の基地施設にも次々と急降下爆撃を仕掛けられ、瞬きする間に爆砕されていく。
ワイバーンの列線にも容赦なく爆弾が叩き込まれ、大音響と共に複数のワイバーンが吹き飛ばされた。
スカイレイダーは爆弾を使い果たすと、今度は残っていた20ミリ機銃で地上施設や兵員を攻撃し始めた。
ワイバーン基地の対空陣にもスカイレイダーは容赦なく噛み付き、1基、また1基と、対空部隊は射手ごと魔道銃や高射砲を破壊され、
沈黙を余儀なくされた。


午前7時20分 シホールアンル海軍総司令部

「空襲です!シギアル港が敵の航空攻撃を受けています!!」

作戦室内に先ほどの兵士が入室するや、絶叫めいた口調で報告してきた。
誰もが隣の者と目を合わせた。

「……ヴィル……」
「リリィ……」

リリスティはヴィルリエと顔を合わせた。
リリスティの顔には言いようのない焦燥感が滲んでいる。
一方、ヴィルリエはリリスティと比べて、焦った色を滲ませていなかったが、それでも悲壮めいた表情を張り付かせていた。
室内にも、微かながら爆発音と思しき轟音が届いている。

12ゼルド離れた場所から幾度となく届くその音は、シギアル港が相当数の敵に叩かれている事を如実に表していた。

「報告はまだ入っておりませんが、監視塔から見た限りでは、停泊中の艦船とワイバーン基地に攻撃が集中しているように思えます」
「おのれ……魔法通信さえ使えれば、状況はすぐに把握できるのだが……!」

レンス元帥は歯噛みしながら唸り声を上げる。

「かといって、シギアル港に偵察のワイバーンを派遣しても、敵にやられてしまうかもしれん」
「……司令官。首都周辺の対空陣地は、全て戦闘準備を完了したとの報告が入りました」

ヴィルリエは、そそくさと入室してきた伝令から紙を受け取り、その内容をレンス元帥に報告する。

「首都防衛軍団が迎撃準備を整えたか」

彼は、そう言葉を吐きながら、忌々しげに窓の外を見つめる。
上空には依然として、青白い膜が巨大な半円状となって張られている。
外ではけたたましく空襲警報のサイレンが鳴っており、その音が、レンスの苛立ちを余計に募らせつつあった。
その時、一際巨大な爆発音が作戦室内に響いてきた。
腹に応えるような轟音を耳にしたリリスティは、シギアル港周辺にある、基地の弾薬庫か何かが誘爆したのかと思った。

「この爆音は……!?」
「地上施設の弾薬庫か、艦船が誘爆轟沈したのかもしれません。」

ヴィルリエが、努めて平静な声音でレンス元帥に言う。

「むむ……思った以上に、敵の攻撃は激しいようだな」

誰もが焦燥の念を浮かべ始めたとき、作戦室内に竜騎士のツナギを着けた士官が現れた。

「失礼いたします!海軍161空中騎士隊所属、ハイス・ローシェルト少佐と申します!」
「ローシェルト少佐……」

レンスは、右の頬に傷の入った、いかつい顔つきの青年士官の顔を見つめた。
ローシェルト少佐は歴戦の海軍竜騎士であり、今年1月に起きたレーミア湾海戦で負傷してからは前線を離れ、回復した後も専ら後方で
後進の育成に当たっていた。
レンス元帥とは、過去に練習隊の視察に訪れた際に顔を合わせている。

「突然の乱入を行ってしまい、甚だ無礼ではありますが、今はそれどころではありません」
「……敵の正体を知っているようだな。よろしい、報告したまえ」

レンス元帥は、ローシェルト少佐の行動に理解を示した後、彼に報告を促す。

「では申し上げます。シギアル港は、敵の空母艦載機によって攻撃を受けております!」

室内の誰もが、息を呑んだ瞬間だった。

「私はちょうど、シギアル港から5ゼルド離れた小さな補助基地で、部下の小隊と共に低空飛行訓練を行おうとしました。ですが、突然
魔法通信が使えなくなり、それから程なくして、シギアル港の東の海上からアメリカ軍の偵察機が現れ、そのすぐ後に敵の大編隊が襲って
きたのです」

ローシェルト少佐は説明を行いつつ、背後にあった黒板に敵編隊の規模や、侵入経路を書き記していく。

「私は、機を見てワイバーンを飛ばしましたが、離陸するまでの間に、洋上に停泊していた第6艦隊の戦艦2隻が、敵のスカイレイダーの
肉薄雷撃を受けて大破し、港に隣接していたワイバーン基地は、1箇所が空襲開始からさほど間を置かぬ内に壊滅状態に陥っていました」

彼は静まり返る室内の面々を見つめながら、説明を続けていく。

「空襲は今も続いています。恐らく、第6艦隊の主要艦艇は、スカイレイダーの猛攻の前に次々と被弾し、戦闘力を失いつつあります。
そして、残った3箇所のワイバーン基地、飛空艇基地も空襲を受けつつあります」
「第6艦隊が……320もの航空戦力が……手も足も出ぬまま壊滅していくのか……」

レンスは、しわがれた声で、途切れ途切れに呟いていく。

「閣下……洋上の偵察を命じてください!」
「偵察だと?」

「私の所属するワイバーン基地は、ちょうど、この忌々しい膜の外にあります。ここには、まだ多数のワイバーンが配備されています。
また、北方の基地にも少なからぬ数のワイバーンや飛空艇が残っています。シェルフィクル防衛に多数が引き抜かれていますが、
敵機動部隊に打撃を与える分の戦力はまだ残っています。反撃を行うためにも、まずは、索敵を行いたいのですが……いかがです?」
「……戦力が残っている……と言う事は、まだこちらにも勝機があると言う事だな」

レンスは、やや張りのある声音でローシェルトに言う。

「その通りです。私がすぐに基地に戻り、そこから魔法通信でこの緊急事態を全軍に伝えます。そして、そこから来襲しつつある、
新たな敵攻撃隊の迎撃と、敵機動部隊に対する反撃を行うのです」
「……よろしい!」

レンスは大きく頷いた。

「君の言う通りにしよう。少佐、君はすぐに基地へ戻り、全軍にこの状況を知らせよ。そして、索敵隊を飛ばし、敵機動部隊を発見、
捕捉し、撃滅するのだ。」
「ハッ!それでは、私は戻ります!」
「武運を祈る。」

レンスはローシェルト少佐に敬礼を返す。ローシェルトはすぐに作戦室から飛び出し、愛騎目指して駆け抜けていった。

「……反撃か……少なくなった戦力でどこまでできるでしょうか」
「戦果を挙げられるかどうかはまだわからんが、その為にも、まずは敵を見つける事が先決だ」

レンスは、不安気に呟くリリスティに対して、明確な口調で言い放つ。

「陸軍総司令部にも使いを出そう。陸軍のワイバーン隊も幾らか残っていたはずだ。それも使わなければなるまい。」

シホールアンル軍首脳部が、どうにか反撃の糸口を見出しつつある中、第1次攻撃隊の攻撃は更に激しさを増していた。


空母ヨークタウン所属のAD-1スカイレイダー12機は、軽空母フェイトの攻撃隊と共同で、桟橋に停泊している巡洋艦、駆逐艦に
攻撃を加えていた。
1機3発ずつ搭載された1000ポンド爆弾が、高度400~300あたりで投下され、高速で巡洋艦の甲板や主砲に命中する。
1000ポンド爆弾の炸裂は甲板に大穴を穿ち、主砲塔をひしゃげさせる。
対空銃座の兵員達は、一瞬にして銃座ごと爆砕されて胡散霧消し、現場には濛々たる黒煙が噴き出し始めた。
別の巡洋艦には、フェイト隊の艦載機が放った魚雷が命中する。
水雷防御という概念が無い時代に開発、建造された巡洋艦にとって、魚雷が1発でも命中すれば即、沈没に繋がるが、この巡洋艦には
一度に4本もの魚雷が命中した。
巡洋艦は被雷直後、大量の浸水によって急激にバランスを崩し、被雷から僅か10分で転覆してしまった。
戦艦群の艦列は、エンタープライズ隊、ワスプ隊の雷撃、爆撃によって悲惨な状態に陥っていた。7隻中、3隻が転覆し、1隻は艦体を
2つに分断されて、2つの巨大な炎と化している。
残る3隻もまた、度重なる被雷と爆弾の命中によって艦の各所から黒煙を上げ、艦の喫水を下げつつある。
第6艦隊主力が戦闘能力を喪失したことは明白であり、この地方における海上戦力の要は、空襲開始から30分足らずで壊滅したのだ。

航空基地にも、F8F、AD-1Aは雲霞のごとく襲い掛かり、入れ代わり立ち代わり銃爆撃を加えている。
そんな中、ある駆逐艦は桟橋から離脱し、一直線に港の出口に向かい始めた。
そこをレキシントンに所属しているスカイレイダーの小隊が目ざとく発見し、急速に接近し始める。

「右舷方向より敵攻撃機!接近してきます!」
「対空戦闘始め!1機残らず叩き落せ!!」

駆逐艦の艦長は大音声で命じ、敵機に向けた両用砲、魔道銃を一斉に撃ち始める。
スカイレイダーの周囲で高射砲弾炸裂し、色とりどりの光弾が無数に吹きすさぶ。
だが、スカイレイダーは駆逐艦が反撃してくるや否や、更に高度を下げる。

「くっそ……あんな超低空を飛びやがるとは!」

魔道銃座の指揮官は、文字通り、海面を這うように接近してくるスカイレイダーを見て罵声を放った。

「叩き落とせ!あの気色悪い敵機なぞ海面に叩きつけてしまえ!」

指揮官が檄を飛ばし、魔道銃座の兵員はスカイレイダーを撃ち続ける。
だが、あまりにも低い高度を飛んでいるため、光弾の殆どが敵機の真上を通り過ぎてしまう。
時折、命中弾と思しき物もあるが、敵機はよほど作りが頑丈なのか、落ちる気配がない。
敵機は唐突に、機銃を撃ち放ってきた。
4機のスカイレイダーは20ミリ機銃を乱射し、多数の機銃弾が駆逐艦の甲板や艦橋部分などに突き刺さる。
入隊して半年足らずの水兵が20ミリ弾をもろに受けて体を破壊され、背後に多量の血痕と、体の内容物等が飛び散る。
頭部に機銃弾を食らった者は首から上が吹き飛び、胴体に受けた兵はそのまま吹き飛ばされ、壁に叩きつけられて絶命する。
絶命まで行かぬ者もいるが、それらの者は大半が手足を吹き飛ばされて悲鳴を上げる。
魔道銃座にも機銃弾が命中し、夥しい火花と共に銃座の破片が飛び散り、まだ無傷だった兵がそれを浴びて絶叫し、
甲板上でのたうち回った。
スカイレイダーは機銃をひとしきり発射した後、駆逐艦から400メートルという至近距離で魚雷を次々と投下した。
スカイレイダーは増速し、再び機銃を乱射しながら駆逐艦上空を飛び抜けていった。

「取り舵いっぱい!」

艦長はスカイレイダーが魚雷を投下した瞬間、即座に転舵を命じた。
俊敏な駆逐艦は舵が効くのも早い。
転舵を命じてごく僅かの時間で艦首が回り始めた。だが、それでは遅すぎた。

「魚雷2本接近!避けられません!!」

見張り員の悲鳴じみた報告が届いたその直後、駆逐艦が文字通り海面から飛び上がった。
2本の航空魚雷は、1発が右舷全部付近に命中し、爆発エネルギーは前部機関室付近を一息に破壊してしまった。
続いて、中央部に命中した魚雷は中央部兵員室を吹き飛ばし、後部機関室付近にも大損害を与えた後、艦内に多量の海水を引き込んだ。
高速で疾駆していた駆逐艦は、右舷側に高々と水柱を噴き上げた後、瞬時にして航行不能となり、シギアル港の広い湾内にその艦体を
沈み込ませていく。
甲板上では、脱出を図る兵員が左舷側から海に飛び込んで行くが、甲板上で機銃掃射を受けて手足を失うほどの重傷を負った兵員は、
海面に飛び込んでもろくに泳げず、その大半は悲鳴を上げながら溺れ、やがては海面から姿を消していった。
また、艦内でも、脱出し損ねた水兵や負傷兵が多数巻き添えとなっている。
この駆逐艦の乗員は240名程であったが、生還できたのは、その半数以下の82名に過ぎなかった。

攻撃を受けている艦船は、戦艦、巡洋艦、駆逐艦といった主要な戦闘艦艇ばかりではなかった。
1943年頃に登場し、連合国軍航空部隊を手こずらせた偽装対空艦(FLAK艦)や掃海艇と言った補助艦艇群も、容赦ない攻撃を受けていた。
対空火力に定評のあるFLAK艦は、激しい対空射撃をスカイレイダーに浴びせる。
不意を突かれた1機のスカイレイダーが集束弾を浴び、1つの炎の塊となって海上に激突する。
報復は直ちに叩き返された。
FLAK艦に向かったのは、空母ベニントンに所属する爆撃隊であった。
7機のスカイレイダーは、急降下でFLAK艦に突っ込んでいく。
FLAK艦は手持ちの両用砲、魔道銃を全て撃ちまくり、小癪な敵機を叩き落そうとする。
しかし、スカイレイダーは対空砲火を浴びながらも、致命弾を受ける事もなく、猛然と接近していった。
高度400付近に達したスカイレイダーは1機、また1機と、3発ずつ搭載された1000ポンド爆弾を投下した。
3発の爆弾は、そのうち1発がFLAK艦に命中したり、あるいは全てが外れ弾となって周囲の海面や桟橋に叩きつけられただけになる事もあるが、
何分、投下された爆弾が多いため、有効弾が次々と出た。
最終的に、8発の爆弾が命中したFLAK艦は、大火災を起こして沈黙し、甲板上には重傷を負って動けなくなった兵員が、猛火に包まれて
絶命までの間、生き地獄を味合わされる。
生き残った乗員達は、助けを求める仲間の声を無視し、無我夢中で艦から脱出していった。
掃海艇にはレキシントン、ハーミズ所属の爆撃隊が爆弾やロケット弾を浴びせ、小柄な艇体は次々と爆砕され、シギアル港の海面に叩き込まれていった。

この時、シギアル港を襲っていた第1次攻撃隊は、TG38.1、TG38.2、TG38.3から発艦した戦闘機、攻撃機で編成されている。
先導役のS1Aを除いた構成は、以下のようになる。

まず、TG38.1からは、エンタープライズがF8F24機、AD-1A24機。
ヨークタウンがF8F24機、AD-1A24機 S1A1機。
ワスプがF8F16機、AD-1A16機。
軽空母フェイトがF8F8機、AD-1A10機を発艦させている。

次に、TG38.2はイラストリアスからF8F12機 AD-1A16機。
レキシントンからF8F16機 AD-1A16機。
ベニントンからF8F24機 AD-1A24機。
軽空母ハーミズ、インディペンデンスからF8F16機、AD-1A16機を発艦させた。

TG38.3も、エセックスからF8F24機、AD-1A24機。
イントレピッドからF8F24機、AD-1A24機。
ボクサーよりF8F24機 AD-1A24機を発艦させた。

総計430機の大攻撃隊は、レイリーのもたらした奇襲効果を存分に活用し、各所で暴れに暴れまくっていた。

TG38.3に襲われた飛空艇基地も、他のワイバーン基地同様、悲惨な様相を呈していた。
列線に並んでいた58機のケルフェラクは、搭乗員が慌てて近づく前に全機が機銃掃射を受けてずたずたに引き裂かれた。
搭乗員たちが悲嘆にくれる暇もなく、上空からはエセックス所属の爆撃隊が急降下爆撃行い、穴だらけになったケルフェラクを1機残らず吹き飛ばし、
基地施設には1000ポンド爆弾や5インチロケット弾が次々と打ち込まれる。
空母ボクサー所属のスカイレイダー24機を率いるドン・ハリファックス少佐は、今しも滑走路目がけて急降下爆撃を開始しようとしていた。

「突っ込むぞ、付いて来い!!」

荒々しい掛け声とともに、ハリファックス少佐は操縦桿を前に倒して急降下を始めた。
機体が前方に傾き、視界に白い滑走路が映る。
航空基地からは高射砲や魔道銃がひっきりなしに放たれ、爆撃隊の前方に弾幕が張られるが、既に痛打を浴びている敵基地は、あちこちから
猛然と黒煙を吹き上げている。

「せめて、滑走路だけは守り切る、と言った所か。見上げた闘志だ」

ハリファックスは、奇襲により思わぬ損害を受けながらも、尚も諦めないシホールアンル軍の戦意に感嘆の念を抱く。

「ならば、こちらも全力を尽くすのみだ!」

ハリファックスは意を決したかのように叫んだ。
スカイレイダーはぐんぐんと高度を下げ続け、降下前は3000付近を指していた高度計も、今では1200を切っていた。
基地からの反撃は思いのほか激しい。
先に攻撃したエセックス隊やイントレピッド隊が手荒く叩いた筈だが、敵の対空砲座が多いのか、盛んに高射砲弾や光弾が飛んでくる。
太平洋戦線で、数々の大海戦に参加したハリファックスは、ドーントレスやヘルダイバーに乗って何度も敵艦に攻撃を仕掛けたが、
この基地の反撃は、その時に勝るとも劣らない物だ。
ともすれば、不意打ちを仕掛けてきた米艦載機隊に対するシホールアンル帝国そのものの怒りを、正確に表しているようにも思えた。
スカイレイダーは小隊ごとに別れて、異方向から同時に降下を続けている。
弾幕は激しく、1機残らず弾幕に絡めとられ、叩き落されるように感じるが、スカイレイダーの厚い外板は、高射砲弾の破片や光弾の
直撃によく耐えた。
高度計はあっという間に500を切り、視界に滑走路が広がっていた。

「投下ぁ!」

ハリファックスは、Gに体を押し付けられながらも、慣れた手つきで爆弾を投下し、直後に機首上げを行う。
速度がついて重い操縦桿を、渾身の力を入れて引いていく。

「ぐううぅ……いつもながら、この瞬間はキッツイな!」

ハリファックスは何度経験しても慣れぬ重圧に、唸り声を上げながらも機首上げを続ける。
やがて、高度50メートルを切りそうなところで機首が上がり、水平飛行に戻った。
ハリファックスは首を後ろに傾け、自らの成果を確かめた。

「よし!ドンピシャだ!!」

ハリファックスの投下した爆弾は、滑走路のど真ん中に3発そろって命中していた。
爆弾は命中と同時に爆炎を噴き上げ、大量の砂煙が着弾点を覆い隠した。
そこに、僚機から投下された爆弾が次々に落下してくる。
最初は、滑走路の真ん中に落下していた爆弾は、次第に滑走路の脇や上半分、そして下半分といった具合に落下位置が修正され、
ついには滑走路全体に爆弾が降り注いだ。
1800メートルはあろうかという滑走路は、今や全体を濃い煙に包まれてしまった。
活火山さながらの様相を呈した滑走路が、当分は使用に耐えぬことは明らかであり、シホールアンル軍はまた1つ、航空基地を失ったのであった。


午前8時15分 シギアル港

第1次攻撃隊の空襲は、約1時間に渡って続けられた。
午前8時15分には、最後のスカイレイダーが軍港施設に1000ポンド爆弾を叩き込んだ。
2階建ての白い施設は、瞬時に粉砕され、中に詰めていた兵員や職員もろとも瓦礫の山と化した。
その爆発音が収まった後、シギアル港の喧騒は鳴りを潜めていた。

第6艦隊情報参謀を務めるホイロ・ハヴァックロ中佐は、空襲前は港の司令部施設で港湾地区の指揮官と打ち合わせを行っていたが、旗艦である
戦艦クレングラに戻ろうとした矢先に、突然の空襲を受けた。
彼は防空壕に避難し、何とか難を逃れたが、防空壕から出た彼は、思わず言葉を失っていた。

「………」

周囲の光景は一変していた。
空襲前に、少し離れた沖合に堂々たる姿を見せつけていた7隻の戦艦は、今は3隻しかなく、残りの4隻中、3隻は転覆し、1隻は艦首と艦尾を
逆立てて炎上している。
旗艦クレングラはまだ浮いていたが、空襲前と比べて艦を大きく右に傾けており、喫水も深く下げていた。
港湾施設は、目に見える範囲の物の殆どが被害を受けており、一部は盛んに燃え盛っている。
港湾の各所からは濛々たる黒煙が吹き上がっており、空は厚い黒煙に覆われて薄暗くなっていた。

「……なんてことだ……!」

隣で、悲鳴じみた声が上がった。
振り向くと、港湾地区指揮官を務めるヒゲ面の大佐……カイン・イシンキル大佐が、そのやせ顔を凍り付かせていた。

「戦艦部隊が……桟橋に係留している駆逐艦が……!」
「これが……アメリカ機動部隊の攻撃力か」

ハヴァックロ中佐は、喉から声を絞り出すが、その声音は思っていた以上に小さかった。
ふと、彼は周囲から悲鳴のような声や、命令伝達を伝える声が盛んに響いている事に気が付いた。
あたりを見回すと、周囲では負傷した兵や、消火活動に向かう兵や職員等、様々な光景が見える。

炎上する建物に向けて、懸命に消火活動を行う軍服姿の兵士たち。
体に重傷を受け、血塗れで横たわる若い女性兵に手当を行う衛生隊員。
その横を、フラフラと幽鬼のように歩くショック状態の兵士数人。


最前線の光景が、後方地であったこのシギアル港で展開されている事に、ハヴァックロはようやく気付いたのであった。

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