Night And Daylight

最終更新:

匿名ユーザー

- view
だれでも歓迎! 編集

Night And Daylight ◆L62I.UGyuw


その工場はウィンリィの予想よりも遥かに大きかった。
照明が煌々と辺りを照らし、役目を終えようとしていた星々を一足早く追放していた。
内部からは機械特有の微細な振動と微かな重低音が響いてくる。
山林の真っ只中にある工場なんて大した規模ではないだろうと高を括っていたウィンリィは驚く。
この広さだと工具を探すのも一苦労だろう。

「なんかワクワクするなあ」

そんなウィンリィの考えをよそに、開け放たれた入り口から躊躇なく工場の中に入っていくルフィ。

「あっ、ちょ、ちょっと、ルフィ。もう少し慎重に……って、ああもう! 待ちなさいって!」

ルフィの能天気さに呆れながらもウィンリィも後から慌ててついていく。

(罠があるかも、とか考えないのかな)

そう思ったが、きっと考えないんだろうな、と勝手に自己完結する。

ウィンリィは工場までの道中でルフィの性格を大まかには掴んでいた。
一言で言えば竹を割ったような性格だ。大まかな方針だけ立てて突き進む、ある意味最もリーダーに向くタイプ。
おそらく罠の存在なんて考えてもいないし、万が一罠にかかったとしても力業で打ち破るつもりだろう。
正直、心労が溜まりそうではあるが、裏切られたり裏切ると疑われたりする心配もあまりない。
それと被っている麦わら帽子は昔恩人に貰ったものらしい。その点だけでも情に厚そうだと思える。
こういう状況では有難い相手なのかもしれない。
それがウィンリィのルフィに対する印象だった。

工場内部は奇妙なほど清潔感に溢れていた。
白を基調とした通路。その天井には規則正しく蛍光灯が点いていて、アクリルの床に歪みなく映りこんでいる。
通路は迷路というほどではないがいくつも枝分かれがあり、たまに大型の機械類や機材が並ぶ広いスペースがあった。
分厚いガラスがはめられた窓から時折見える工場中央部では、不自然なほど綺麗な銀色の機械が幾つも連動して動いている。
機械の間には所々コンベアがあり、それなりの大きさの物体を運んでいるようだが、よくは見えない。

「おー、すげェなあ。なあ、ウィンリィ、見てみろよアレ。カッチョいー!」

ルフィは見たこともない設備に大はしゃぎしている。

「あー、工場見学は後でさせてあげるから。今はちょっと我慢して付いてきてよ」

あからさまに不満そうな顔をするルフィ。ウィンリィはそんなルフィを宥めながら先を急ぐ。
ここを拠点にするにせよ、放棄して他の場所へ向かうにせよ、とりあえず今は工具を手に入れるのが先決だ。
工場を詳しく調べるのはそれからでも遅くはない。

目を離すとすぐにどこかへ行こうとしたり、機械にフラフラと吸い寄せられそうになったりするルフィを半ば無理矢理連れながら、
ウィンリィは工場の外周を通って入口の反対側付近まで来ていた。
いくつ目か分からない分かれ道の片方の先には非常口がある。
そこから少し歩くと、前方に
“STAFF ONLY”
と書かれたドアが見えた。

「ここ、かな。開いてるとは思えないけど……」

いざとなればルフィに破壊してもらえばいい。
彼の冒険譚が事実なら――嘘を吐いているとは全く思っていないが――こんなドアの一枚や二枚軽々と壊せるだろう。
そう考えながら、取り敢えずウィンリィはノブに手をかけ、捻る。
ガチャリ。
ウィンリィの予想に反してドアはあっけなく開いた。

「あ、あれ?」
「なんかあったのか?」
「あ、うーんと、普通こういうところは簡単には入れないようになってると思うんだけど……。
 でもそういえば工場の入口も開いてたし、どうなってるんだろ」

考えてもいても仕方がない。そう思ったウィンリィは中へと進む。
モニターが並ぶ短い通路。その一番奥に作業員用の部屋があった。
ウィンリィはすぐには中に入らずに入り口から室内の確認をする。
左手にロッカーが並び、右手には小さな机や棚、テレビなどが設置されている。
部屋の中央には木製のテーブルがあり、その上には軍手とスパナ、そして花瓶が置かれていた。
ここならちょうどいい工具がありそうだ。そう思ったウィンリィは室内に踏み込む。

「なあなあ、ウィンリィ。ちょっとその辺見てきていいか?」

探検したくてたまらないといった様子のルフィ。この部屋にはあまり興味は無さそうだ。
ウィンリィはテーブルの上のスパナを弄びながら少し考えて答える。

「はぁ……まあいいわよ。でもあんまり遠くへ行かないでよ? 何があるか分かんないし。
 あと機械にはむやみに触らないこと。それと……って聞け――――――!!!!」
「おぶッ」

忠告を華麗に受け流しつつ部屋から出て行こうとしているルフィの後頭部に、ウィンリィがブン投げたスパナがクリーンヒットした。

「はぁ……ルフィ、いい人なんだけど何か緊張感が削がれるというか……」

ウィンリィは気を取り直して室内の探索を始める。程なくして一つのロッカーの中に工具箱が入っているのを発見した。
ドライバー、マイクロメータ、はんだごて…………とにかく役に立ちそうな工具を片っ端からデイパックに放り込む。
デイパックには何故かいくらでも物が詰め込めた。

それにしても――と、室内を物色しながらウィンリィは考える。
機械鎧技師だからこそ分かるが、この工場の設備は自分達の技術の遥か先を行っている。
回収した工具一つとっても、規格の精密性の桁が二つは違う。
そして――この首輪はそれらの工具を使いこなす知識と技術をもってしても解除できないのだろう。
デューク東郷の言っていた通り、参加者が首輪を簡単に解除できるようではゲームは成り立たないのだから。
それに、明らかに物理法則に反しているこのデイパック。これはルフィの言っていた悪魔の実の力なのだろうか。
そうだとすると――いや、そうでないとしても、首輪にもこれに類する力が働いている可能性が高い。
例えエドやアル達錬金術師と合流できたとしても、そんな未知の技術を何とか出来るんだろうか――。

「……いやいや、弱気になってどうする!」

そう、『完璧な技術』などあり得ない。ウィンリィは経験でそのことをよく知っている。必ず穴はある筈だ。
一人では無理でも皆で力を合わせれば絶対にここから脱出できる。
そのためにも、やはり一人でも多く仲間が欲しい。そうウィンリィは思う。

それから数十分。ウィンリィは部屋中を探索し終えていた。
デイパックの中には工具一式の他に金属クズも入っている。これらを悠長に加工している暇はないが、錬金術師なら有効活用できるだろう。

「うーん、ま、こんなものかな…………ルフィ?」

物音。
ルフィが戻ってきたのだろうか。

「……ルフィ?」

さっきより少し大きな声で呼ぶ。返事はない。
仕方なく部屋から顔を出す。
しかしそこにいたのは巨大な十字架を持ち長い白髪を蓄えた黒い怪物だった。

「え?」

固まるウィンリィ。
怪物はゆっくりと長い爪を振り上げる。
ウィンリィの頭の中に警報が鳴り響く。しかし体は依然として動かない。
怪物の爪の動きがピタリと止まる。
ウィンリィの脳が発した『逃げろ』という指令に体が反応したその瞬間、無情にも怪物の爪が振り下ろされた。

*****
「あれ? ここどこだっけ?」

案の定、と言うべきか、ルフィは道に迷っていた。
ただでさえ特徴の無い通路と理解の出来ない設備の組み合わせ。その中を興味の赴くままにうろついていたのだから当たり前ではある。
帰ろうとするものの、来た道など既に覚えてはいない。首を傾げてどうすべきか考えるルフィ。

「……ま、どうにかなるだろ」

もちろん何も思いつかない。
それでも持ち前の楽観思考で適当に歩き回る。
しばらくうろついていると、コンテナがいくつか積み上げられた、少し開けた場所に出た。

「ん?」

ばったりと。そこで人に似た形をした黒い怪物に遭遇する。互いの距離は十メートル程。
怪物は何故か巨大な十字架を抱えていた。
ルフィが黙って怪物の方を見ていると、

「お」

目が合った。
黒い怪物は緩慢な動作で十字架の下部をルフィに向ける。

「?? こんにちは」

ドガガガガガガガガガ

返事の代わりに返ってきたのは鉛玉の雨嵐。
攻撃を予想していなかったルフィはほとんどの弾をまともに食らう。が、

「効くか――――――――――――!!!!」

気合の入った叫びと同時に、ルフィの体にめり込んだ弾が一気に周りに弾け飛ぶ。

「あー、びっくりした。
 おいお前、いきなり何すんだコノヤロー!」

答えず、十字架を回転させようとする怪物。
だが、

「“ゴムゴムの銃”!!」

その動作が完了するよりも速くルフィの腕が長く伸び、怪物に襲いかかる。
十字架を盾のように目の前に掲げる怪物。そこにルフィの拳が直撃した。
並の銃器ならば粉々になるところだが、十字架は鈍い音を立てるのみ。
そしてルフィの腕が戻るその一瞬に、怪物は息を吸い込み、炎を吐き出した。

「うわっち!!」

すんでのところで空中に跳んで回避するルフィ。
だが空中では身動きが取れない。そこを狙って怪物が十字架からロケット弾を発射する。

「こんにゃろ」

ルフィも負けじと腕から乾坤圏を放つ。空中で乾坤圏とロケット弾が衝突し、派手な爆発が起こった。
一瞬、辺りが爆炎と轟音に支配され、お互いの姿を見失う。
着地した直後、視界が晴れるのを待たず、ルフィは突撃する。無謀なようで合理的な判断。

「“ゴムゴムの”」

黒煙の中から飛び出してきたルフィを見た怪物は再び十字架を盾にする。しかし、

「“回転弾”!!!!」

ルフィは構わずその上からコークスクリューブローを叩き込む。
ゴムの弾性を十分に利用した一撃は十字架をひしゃげさせ、その衝撃を背後の怪物にまで伝えた。
怪物の体は十メートル以上弾き飛ばされ、壁に叩きつけられた。
ズルズルと床に崩れ落ち、動かなくなる怪物。

「何だったんだ? コイツ。
 ……お、これかっこいいなー」

怪物が手放した十字架状の武器を拾い上げるルフィ。変形してはいるものの、盾としてはまだ十分に使える。

「あ、そうだ。早く戻んねェと……」

そのとき、遠くで悲鳴、そして発砲音が上がった。

*****
「ハァ……ハァ……。何よ、アレ……」

出会い頭の爪による斬撃がコートで受け止められたのは僥倖だった。
しかし無我夢中で逃げ出したものの、後ろから断続的に発砲音が聞こえてくる。後ろからあの怪物が追いかけてきているのは間違いない。
だが、怪物はそれほど俊敏なわけではなかった。射撃だって距離があればそうそう当たるものじゃない。
うまく逃げれば撒ける。ウィンリィはそう信じて必死でアクリルの床の上を走っていく。

「というか……ルフィはどこまで行ったのよ!」

ウィンリィはてっきりルフィが近くにいるものと思い込んでいた。
ルフィをよく知る者なら、ルフィが大人しく付近をうろつくだけで済むはずはないと分かっただろうが――出会って数時間のウィンリィにそこまで分かるはずもない。

機械の並ぶ広めのスペース。
そこに差し掛かったとき、突然、ウィンリィの右斜め前方で爆発が起こった。
爆風の余波を受け、ウィンリィは悲鳴を上げて床に転がる。
その拍子に近くに置いてあった機材に頭をぶつけた。

「う……痛っ……何が……」

ぱたたっ、と血が頭から数滴床に滴り落ちる。
爆発と頭への衝撃の影響で三半規管が麻痺し、思うように立ち上がることが出来ない。
それでも、ここで黙っていては怪物の餌食となることは確実。
ウィンリィは自らの生存本能に従い、尺取虫のようにのろのろと這って進む。だが、

「あうっ!」

突然、背中に鈍痛が走る。首を捻って見ると、ウィンリィの努力を嘲笑うかのように怪物が背中を踏み付けているところだった。
死。そんな単純で絶望的な単語が頭を過ぎる。
そして怪物の長い爪がウィンリィの首筋を捉え――

「おれの仲間に、何してんだァ――――!!!!」

その横合いからルフィが怪物を思いきり殴り倒した。凄まじい勢いで床に顔面から突っ込む怪物。
たった一撃、それもただの無造作なパンチで怪物は動かなくなった。
ルフィはしばらく倒した怪物を見つめていたが、やがてウィンリィに向き直り手を差し伸べる。

「おい、大丈夫か? ウィンリィ」
「あ……う、うん。ありがと、ルフィ」

ルフィの常識外の強さに呆気に取られていたウィンリィだが、すぐに気を取り直してルフィの手を取った。

「まだちょっと頭がクラクラするけど……とにかく、外に出ましょ」
「ん。分かっ――あぶねェ!!」

ルフィは唐突にウィンリィを突き飛ばし、自らも体を捻る。

「キャ、な、何――」

ウィンリィが抗議の声を上げようとしたその瞬間、彼女の目の前を三本の光の帯が通過した。
その一本がルフィの脇腹を掠め、肉を浅く抉る。

「ウギッ。痛ってー……」

ウィンリィの背後を狙った奇襲。

「こーやって使うのかよ。なかなか面白ぇ玩具だなァ」

帯の発生源を見遣る。
漆黒の巨躯。虎を思わせる風貌。顎を貫く三本の刃。そして何より全身から発せられる凶悪な邪気。
そこには暴力の権化が傲然と立っていた。

(なに、あいつ……。獣が喋ってる? もしかして、ホムンクルス?)

しかしよく見ると怪物は体中に火傷らしき傷を負っている。
聞いた話だとホムンクルスならその程度の傷は即座に回復するはず。
だとすると、これはまたホムンクルスとは別の何かなのだろうか。
こちらに向いた怪物の左腕は太った蛇のような物体と同化していて、蛇の先端の円の中には『番天』と刻印されている。
先程の光の帯はその蛇から発射されたのだろうか。
そんなことを考えていたウィンリィだが、怪物の言葉に思考が中断される。

「フン、人間にやられるたァ、やっぱり黒炎はアテに出来ねぇようだな。
 面倒臭ぇがこの紅煉が直々に引き裂いてやるよ」

紅煉と名乗る漆黒の怪物は左腕を下ろし、特に警戒することもなく悠々と接近してくる。

「ウィンリィ、ちょっと下がってろ」

立ち上がり、臨戦態勢を取ったルフィが言った。
ウィンリィは素直に頷いて近くにあったコの字型の機械の中央部に隠れる。
交渉の余地などない。それが明らかな以上、彼女は足手まといにしかならない。

「ん? 抵抗するってぇのか? いいぜ。そっちの方が面白ェ」
「ああ、いくぞ」

余裕たっぷりに近付いてくる紅煉に向かって突っ込みながら、ルフィは腕を思いきり背後に伸ばした。
片腕を置き去りにしたまま突進するルフィ。

「“ゴムゴムの”」
「あァ!? 何だァ!!?」

ただの人間だと思っていた相手の異様な身体に紅煉は一瞬戸惑う。
それでもルフィに対して霊刀を縦に振るうが、ルフィは勢いを殺さず最小限の横移動でかわす。

「“銃弾”!!」

そして紅煉の予測を超える速さでルフィの拳が紅煉の顔面に突き刺さった。
海王類ですら一撃で沈むルフィの必殺技。それをまともに受けた紅煉は体を一回転させながら近くの機械の一つに突っ込む。

「“ゴムゴムの銃乱打”!!!」

間髪を入れず、さらにその上から嵐のような連打が機械をスクラップにしつつ紅煉を壁際まで押し込んだ。
もはや原型を留めていない機械がそれでも部分的に駆動し耳障りな金属音と煙を放つ。
どう見ても勝負はついた。そう思い、ウィンリィは物陰から出て行こうとする。

「出てくんな!!」

鋭い静止の声。
それと同時にルフィの目の前に『番天』と記された円がいくつも現れた。
煙の向こうから飛来する無数の光弾。それらが全ての円を正確に貫く。
ルフィは素早く近くの大型機械の陰に隠れて全ての弾を回避する。

「げははははははははははははァ。
 こいつも喰らい甲斐のありそうな人間じゃねーかよ。
 この紅煉に傷を付けやがるとはなァ」

瓦礫の中から現れた紅煉が地獄の底から響く愉悦の咆哮を上げた。

「さぁて、続きといこうぜェ。
 まさかあんなもんで全力ってわけじゃねぇんだろ?」

げたげたと笑いながら再度近付いてくる紅煉。

「ちくしょう。あの光、邪魔だなあ」

ゆっくりとこちらへ来る紅煉を覗き見ながら、ルフィが苛立ちの声を発する。
そのルフィの言葉にウィンリィは違和感を覚えた。
そういえば――あの怪物はそれなりの知能はあるはず。
何故あの光をあまり撃とうとしない?
あれを間断無く撃ち続ければ、労せずして勝てることは明らか。
そうしない理由は――。

「ルフィ、聞いて。アイツの光は多分連発できないんだと思う。だから――」
「わかった」

最後まで聞かず、しかし意味を理解したルフィは一瞬の迷いも無く紅煉に向かって駆け出した。
そう、長射程の武器に対しては懐に飛び込むのが最も有効な対策。
そしてその武器が連発できないならば、撃たれた直後、すなわち今が飛び込むチャンス。

「フン、しゃらくせェ!!」

ルフィの意図を察した紅煉が雷を放つ。しかしルフィは難なく回避し紅煉の懐に滑り込んだ。
それでも状況はイーブン。紅煉は接近戦を苦手とするわけではない。
長く鋭い爪が、牙が、霊刀が、ルフィを切り裂かんと嵐の如く襲い掛かる。
対するルフィも格闘技の常識を無視したトリッキーな動きでその全てを捌きつつ、的確に反撃を入れ続ける。
常人には目で追うことすら難しい攻防。

ギィン!

霊刀による横薙ぎの一閃がルフィの右腕の腕輪によって弾かれ、僅かに両者の距離が開く。直後、

「チィ、ちょこまかと」

バチン、と稲妻が紅煉の髪に奔り、

「だがな、こういうのは、どうだアァ!?」

明後日の方向に雷光が放たれた。
雷は天井にあった照明を直撃。ガラスの破片がウィンリィの上に降り注ぐ。

「ウィンリィ!!」
「キャア!?」

咄嗟に前方に身を投げ出し、間一髪回避するウィンリィ。
その目の前に『番天』の文字が浮かんだ。

「あ……」

紅煉はルフィがウィンリィに気を取られた一瞬に、ルフィから距離を取り、左腕をこちらに向けて構えていた。



もう、どうにもならない。
死を覚悟する。
紅煉の左腕から光が放たれる。
世界がスローになり、音が失われる。
その音の無い世界で、ルフィがゆっくりと射線上に立ちはだかるのが見えた。
一瞬とも永遠とも思える時間の中で、全ての光がルフィに吸い込まれた。



「ひゃひゃひゃひゃひゃひゃ。人間ってヤツは単純だよなァ」

我に返ったとき、聞こえたものは勝ち誇った醜悪な嘲笑。
そして見えたものは、絶望を運ぶ漆黒の悪魔と倒れ伏す麦わら帽子の少年だった。



――あ


――ルフィが


――あたしの


――あたしのせいで


――死


――死んで



「そっちの女、よく見りゃ美味そうじゃねぇか。
 まずはそいつからいただくとするか」

黒々とした獣の眼がウィンリィを捉える。

「あ……う……」

恐怖と、混乱と、様々な感情が入り混じってウィンリィを呪縛する。
一方、紅煉はウィンリィの心情など意に介さない。
血溜りの中に倒れ伏すルフィの脇を横切り、ウィンリィに向かって歩き出す。
舌なめずりをしながら近付いていく紅煉。
しかし紅煉がルフィとウィンリィのちょうど中間を過ぎたとき、


「おい、テメェ……」


唸るような声が紅煉の行動を妨げた。
ゆらりと、ルフィが起き上がる。
いたるところの肉が削げ、穴が開き、腹からは鮮やかなピンク色をした腸が少しはみ出ている。
ぼたぼたと、明らかに致死量の出血で床は赤く染まっている。
もう一押し、小突いただけでも死ぬ。素人目にもそれは明白だった。

「おれの、仲間に、手を、出すんじゃ、ねェよ」

にもかかわらず、紅煉の足はその場に縫い止められる。
不用意に近付いてはならない。紅煉の戦闘経験が警鐘を鳴らす。

「チッ、まだ生きてやがるのかよ。何なんだ? てめえは。大人しくおねんねしてればいいのによォ。
 ……まぁいいさ、コレで今度こそ粉々にしてやるよ」

僅かな逡巡の後、紅煉は何が起こっても対応できる距離からルフィを完全に消し飛ばす作戦を選択した。
凄まじいエネルギーを持つ雷が紅煉の周囲に集まっていく。
普通の人間なら動くことすら出来ないプレッシャー。実際、ウィンリィは金縛りにあったように固まっている。

しかしその一瞬の隙を突いて、ルフィは迷うことなく前へと踏み込んだ。

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

もはや退くことを欠片も考えていない突進。
ボロボロの状態にも関わらず、これまでの動きと比べても圧倒的に速い。

「な!? あがくんじゃねェ! 死ねええェェェ!!!」

紅煉は面食らいながらも咄嗟にルフィに向かって雷を放った。
ルフィは激しい雷に飲み込まれ――――

「はははははははははははァ。馬鹿が。丸焦げだぜ――――――え?」

全く影響を受けず、何事も無かったかのように雷の坩堝を打ち破った。

「“ゴムゴムの”」

ありえない事態に硬直する紅煉。

「“バズーカ”!!!!」

その体に、ルフィの全生命を懸けた一撃が直撃した。

「げァハァ!!! て、め、――」
「“と”」

刹那、



「“ロケットバズーカ”!!!!!!!!」



零距離で乾坤圏が炸裂。射出された二つの銅製の腕輪が紅煉を容赦なく吹き飛ばした。
紅煉の体はウィンリィの頭上を抜け壁を突き破って隣の区画に放り出され、大型の機械に直撃してそれを粉砕する。
その上から破壊された機械の残骸が派手な音をたてて降り注いだ。
それを見届けたルフィは糸の切れたマリオネットのように崩れ落ちる。

次の瞬間、巨大な爆炎が瓦礫の山を覆い尽くした。

*****
「あー……わりィ、おれ、ドジっちまった」

死に瀕してなお、あっけらかんとした態度で話すルフィ。
その口調には非難や後悔の念は欠片も感じられない。

「何で……何で、謝るのよ。謝らなきゃいけないのはあたしの方なのに……」

対照的に、ルフィを覗き込むウィンリィの言葉の端々には後悔が滲んでいた。
白い床にゆっくりと鮮やかな赤が広がっていき、それに伴ってルフィの顔からは生気が失われていく。

「海賊王になるんでしょ!? 私なんか気にしないで戦えばあんな奴――」
「仲間を見捨てるようなやつは海賊王になんかなれねェよ」

ルフィはウィンリィの言葉を遮り、はっきりと告げた。
血塗れの腕を最後の力で動かし、麦わら帽子を取る。

「あぁ、でも、みんなに、会った、ら――」

手の中の麦わら帽子をウィンリィに被せる。その僅かな揺れによって、ウィンリィの目から光るものが零れ落ちる。

「――『ごめん』って、言っ、て――――」

ルフィの腕から急に力が失われ、関節が床にぶつかってコツンと音を立てた。

こうして、大海賊『麦わらのルフィ』は死んだ。


【モンキー・D・ルフィ@ONE PIECE 死亡】


*****
生い茂る木々にバラバラに切り裂かれた夜明けの光を受けながら、体を引きずって歩く異形の影が一つ。

「あの、クソガキィ……」

影――紅煉は怒りと憎悪に満ちた怨嗟の言葉を吐く。
ルフィの最後の一撃と爆発によって死にはしなかったものの、被った損害は甚大だった。
体表の大部分が炭化し、右足は半分千切れかけている。霊刀も二本は半ばから折れ、残った一本もヒビが入っている。
おまけに左腕は装備していた宝貝、番天印ごと消し飛んでいた。
もはやこれ以上の戦闘は不可能。それは紅煉にも解っている。
だが、だからといって怒りが収まるわけではない。

――クソがアァ。
まだだ。まだ殺し足りねェ。
ここは退くが……待ってやがれ人間ども。
このオレを本気にさせてただで済むと思うなよ。
殺して殺して殺して殺し――。


「十五雷正法、『四爆』」


突如、紅煉の左脚が付け根から吹き飛んだ。
苦悶の声と共に地に転がる紅煉。その顔は驚愕の色に染まっている。
完璧な不意打ち。
いつの間にか黒尽くめの死神が朝日を背負って紅煉の背後に立っていた。

「て、てめえは……」
「ふ、ふ」

死神――ひょうは底冷えのする笑みを浮かべながら紅煉に一歩、また一歩と近付く。

「ふ、ふふ、はは、ははははははははははははははははははははははははははははははははは。
 何があったのかは知らないがいい格好じゃあないか。どうした。紅煉。笑って見せろよォ」
「邪魔だアァァ!!」

叫ぶと同時に紅煉は雷を放つ。しかし、

「おまえの自慢の雷もその程度か。力が尽きかけているのは演技じゃなさそうだな」

左手で構えた一枚の符によってあっさりと無効化される。
ひょうは流れるような動作で更に懐から符を取り出し、今度は右脚を膝から吹き飛ばす。
愕然とする紅煉。

「……クソォ。てめえなんぞに、この紅煉がァ」

そんな紅煉を冷然と見下ろしながら更なる符を懐から取り出す。

「ダルマにしてやるよ、紅煉」

四肢のうち残った一つ、右腕に狙いを定めたそのとき、

「ちょっと待ってよ。やり過ぎだって!」

たまらずパックがひょうのデイパックから飛び出し、ひょうと紅煉の間に割って入った。
パックにしてみれば紅煉は単なる一参加者に過ぎない。それも人間よりも同族に近いと感じている。
ひょうが紅煉にただならぬ感情を抱いていることは察しているが、だからといって黙っていられるわけはない。

「どけ、妖。さもなくばお前も滅する」

抑えた、それでいて強烈な殺気に、パックがじり、と後ずさる。
しかしパックも伊達にガッツにくっついていたわけではない。負けじと言い返す。

「こいつが何やったのかは知らないけどさ。こんな拷問みたいなことは良くないって」

符を構えながら無言で一歩詰め寄るひょう。その表情は帽子と逆光で読めない。

「だ、だからさ、もう少しやり方ってもんが……」

言葉に詰まるパック。
僅かな沈黙。
何か思うところがあったのか、ひょうは構えた符を懐に収めた。
パックがほっとしたその瞬間、

「馬鹿がァァァ!!!!」

いきなり、紅煉は口から強力な炎を吐き出した。
紅煉に残された力を全て振り絞った炎。この至近距離で不意打ちでは回避する方法も防御する方法も無い。
あっという間にひょうとパックは炎に包まれた。

「げはははははははははははははははははは――」

勝利を確信した紅煉の高笑いが響き渡る。だが、

「――――は?」

ひょうとパックは変わらずそこにいた。
ひょうは驚愕で声も出ないパックをデイパックに放り込みながら淡々と告げる。

「キサマのやりそうなことくらい見当はつくさ。
 既に地面に結界が張ってあったことにすら気付かなかったのか? 滑稽だなァ。
 ――ああ、そうだ。その表情を見たかった。
 数々の絶望を与えてきたお前が絶望する、そのカオをなァ」

にィィ、と口の端を大きく歪めるひょう。
ここに至り、捕食者と被捕食者の関係は完全に逆転した。
憎悪と歓喜が程よくブレンドされたひょうの瞳が昏く輝く。

「ク、クソ。おい黒炎。来い! 何してやがる。オレを助けやがれ! 早くしろクソがァ!!」

そう、黒炎はもう一体存在する。うまくいけば黒炎を囮にして逃げおおせるかもしれない。
藁にもすがる思いで叫ぶ紅煉。

「黒炎? ああ、それは『こいつ』のことか?」

ひょうはデイパックから巨大な十字架を取り出し、紅煉の目の前に落とす。
それの意味するところを理解し、紅煉は絶句した。

「あ……グ、ク、クソ、クソォ……」
「はは。あんな木偶に頼るとは、本当に万策尽きたようだな。
 さて……もういいだろう。絶望に死ねよ、紅煉」

凍りついた死刑宣告。

次の瞬間、霊力を練り込んだありったけの符が紅煉の体中に突き刺さった。
ひょうの瞳はもはや現を映していない。

「おい、待てよォ。分かった。分かったって。何でもするからよォ」

――天地より万物に至るまで気をまちて以て生ぜざる者無き也。

「悪かった。もう人は喰わねぇよ。心を入れ替えるって。
 なァ、助けてくれよ。お前人間だろ? な、なァ」

――邪怪禁呪悪業を成す精魅。

「や、やめろ。た、頼む。おい。お、おいって!」

――天地万物の理をもちて微塵と成す。

「ちくしょオォォォ!!!! 死にたくねェェェ!!!!!!」












――禁。













【紅煉@うしおととら 死亡】



【E-6/工場/1日目 早朝】

【ウィンリィ・ロックベル@鋼の錬金術師】
[状態]:疲労(中)、右頬に痣、頭に軽い裂傷
[服装]:
[装備]:ブラックジャックのコート@ブラックジャック、ブラックジャックのメス(10/20)@ブラックジャック、ルフィの麦わら帽子@ONE PIECE
[道具]:支給品一式×2、工具一式、金属クズ、ひしゃげたパニッシャー(機関銃:80% ロケットランチャー1/2)@トライガン・マキシマム、不明支給品0‾1
[思考]
基本:この島から脱出する。
1:エドたちがいるならば探したい。
2:ルフィの仲間を探す。
3:他にもここから脱出するための仲間を探したい。
[備考]
※ルフィ、ゴルゴ13と情報交換をしました。
お互いの仲間や世界の情報について一部把握しました。
※名簿は白紙ですが、エドとアルもいるだろうと思っています。
※ゴルゴ13の名前をデューク東郷としか知りません。
※参戦時期は傷の男と合流後(18巻終了後)以降です。



【D-7/路上/1日目 早朝(放送直前)】

【ひょう@うしおととら】
[状態]:健康
[服装]:
[装備]:短刀@ベルセルク
[道具]:支給品一式(メモを多少消費)、ガッツの甲冑@ベルセルク、パニッシャー(機関銃:90% ロケットランチャー2/2)@トライガン・マキシマム、不明支給品×1、パック
[思考]
基本:???
1: 符術師として、人に仇なす化け物を殺す。
2: 蒼月潮を探す。場合によっては保護、協力。
3: 子供を襲うなら、人間であっても容赦はしない。
[備考]
※ガッツの甲冑@ベルセルクは現在鞄と短刀がついたベルトのみ装備。甲冑部分はデイバックの中です。
※時逆に出会い、紅煉を知った直後からの参戦です。

【パック@ベルセルク】
[状態]:健康
[服装]:
[装備]:
[道具]:支給品一式 不明支給品×2
[思考]
基本:生き残る。
1: ひょうについて行く。
2: ひょうが無茶をしないか気がかり。
3: アイツもいたりして…
[備考]
※浄眼や霊感に関係なくパックが見えるかどうかは、後の書き手さんにお任せします。
※参戦時期は少なくともガッツと知り合った後、ある程度事情を察している時です。
※デイパックの大きさはパックに合わせてあります。中身は不明。


【番天印@封神演義】
対象に「番天」と書かれた印を付け、その印に向けて誘導ビームを放つ宝貝。マルチロック可能。
本ロワでは仙人でなくても使える代わりに威力減少、チャージ時間有りとなっている。


※工場の一部が爆発により機能停止しました。
※爆音が周囲一マス程度に響き渡りました。
※工場内部のどこかに番天印、乾坤圏が落ちています。
※ウィンリィの近くのどこかにパニッシャー(機関銃:50% ロケットランチャー1/2)@トライガン・マキシマムが落ちています。


時系列順で読む


投下順で読む


005:目指す者、守る者、殺す者 モンキー・D・ルフィ GAME OVER
005:目指す者、守る者、殺す者 ウィンリィ・ロックベル 109:弦がとぶ―圧倒する力―
055:月光条例 紅煉 GAME OVER
055:月光条例 ひょう 111:トラワレビト
055:月光条例 パック 111:トラワレビト

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

記事メニュー
目安箱バナー