コップ一杯分の狂気

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コップ一杯分の狂気 ◆23F1kX/vqc




 体が欲するままに与えられた眠りは、心地いい目覚めをもたらしてくれる。
ふわふわとした浮遊感につつまれたまま、我妻由乃はゆるやかにまぶたをあけた。
そのまま猫のように大きな伸びをする。血液が、ゆっくりと体中をめぐっていく。
すみずみまで力が満ちてくるようだった。
 ごそごそと白衣のかたまりから這い出して、身なりを整える。
雪輝の隣にいるのに、汚い格好なんてしていたくない。
戦いに次ぐ戦いで多少の汚れは仕方がないけれど、だらしがないなんて絶対に思われたくない。
由乃は手櫛で髪を整えて、ゴムで結いなおす。
寝床代わりの薬品室には鏡がなくて、本当にきれいにできているかチェックできないのがくやしい。
と、こげ茶色のスカートにしわがあるのに気がついた。
着の身着のままで寝ていたせいで、右側のプリーツが変にずれている。
しっかりと寝押しされてしまったその型は、きわめて頑固だ。すそを一生懸命引っ張っても直らない。
手のひらでたいらに押しても戻らない。いやだな、と思った。
由乃は憂鬱な気分のまま、制服のリボンを一度解いて結ぶ。
長さが左右対称になるよう、輪の部分に指をいれて丁重に整えた。
 薬品室には消毒液の強いにおいがこもっていた。雪輝が誤って割ってしまったのだろうか。
体はすっかり元気なのに頭がまだ少しぼんやりしているのはそのせいかもしれなかった。
それとも、睡眠薬がどこかに残っているのだろうか。
 ――睡眠薬……。
 どきりと胸が大きく鳴る。頬がぽっと熱くなるのを感じて、由乃は両手を添えた。
その指先で、そっと桃色のくちびるをなでる。あじわうようにやわらかい輪郭に指をすべらせて、うっとりと目を閉じた。
なめらかでやさしい感触がよみがえってくる。
 病院にたどり着いてから、由乃はロビーのソファーですっかり寝入ってしまっていた。
もっと静かでよく眠れる場所を、と雪輝が見つけてくれたのが薬品室だ。
ロビーは遮蔽物が少なくて、強敵が攻めてきたら戦うのも逃げるのも不利だった。
その点薬品室は近くに非常口があるし、廊下から隠れてロビーの敵を一斉掃射することもできるだろう。
無差別日記があるとは言っても、頼りすぎると足元をすくわれることもある。
夢うつつながらも、雪輝の頼もしさとりりしさに感動したものだった。
そして起きようともたつく由乃を、雪輝はにっこりと笑って制して、
ひざのうらに手を入れて軽々と持ち上げ――由乃の主観では――まるでお姫様みたいに、だ。
そのあたりの白衣を幾重にも重ねて由乃専用のベッドを作ってくれて、
小さな子をあやすようにそっと髪をすきながら、もう少し寝ていなよとくすぐるようにささやく。
そして。
 由乃は手のひらに、ますます熱が高まるのを感じた。
 そして王子様は、おやすみのキスをしたのだ。由乃のこの、くちびるに。
由乃がよく眠れますようにとそっとくわえた睡眠薬が、由乃ののどにすべりこんだ。
雪輝とは何回もキスをしたけれど、あんなに体温を感じるキスははじめてだった。
 顔が火照る。頭から湯気が出そうなくらい、体の内側から熱くなる。
由乃はもう一度白衣のシーツにもぞもぞもぐりこんだ。頭から白い布をかぶる。
こうやって寝たふりをしていたら、今度はおはようのキスをしてくれないかな。
おずおずとした、控えめで照れ屋ないつものキスをくれないかな。
由乃は一人でくすくすと笑った。そんなキスをもらえたら、どんなに幸せだろう。
雪輝に見てもらえて、雪輝と一緒に居られて、雪輝と道が交わって、それだけでも十分幸せなのに、
そんなことになったら幸せすぎて死んでしまうかもしれない。
 ――まだ死ぬわけにはいかない。
 王子様は来ない。由乃は再び起き上がった。雪輝はどこだろう。
由乃が死んでいいのは、雪輝が確実に生き延びられる道筋をつけてからだ。
日記所有者との戦いなら、雪輝と由乃が最後の二人になって、雪輝が神として一人生き延びる覚悟を決めてからだ。
この殺し合いのゲーム上なら、雪輝の帰還が予知よりも確かな未来と見出せてからだ。
 散らかした白衣の中に、由乃のバックパックがなかった。雪輝のバックパックもない。
由乃はノブをつかむとドアをひき開けた。が、回らない。鍵がかかっている。
多幸感の中に焦燥がちりりとこげつく。
 雪輝は、ロビーで待っているに違いない。
 つまみをまわして出ると、そこも一面に消毒液がまかれていて、かわらない臭気が立ち上る。
廊下も診察室も一階はどこもかしこも、病院にあるすべての消毒液をひっくりかえしたようにびちょびちょだった。
何かとてつもなく不潔なものを洗い流そうとしたのか、
それとも何かの臭いをかきけそうとしたかのように、病的なまでの執拗さで消毒液が水溜りを作る。
「ユッキー?」
 いつの間にブレーカーが落ちたのか、ロビーはすっかり電気が消えている。
由乃はその薄暗い奥に呼びかけた。かすかな反響を伴って、由乃の声が消える。
 返答はない。
しばらく目を閉じてじっと耳を澄ますと、やにわにロビーを通り抜けた。
すたすたと横切りソファーの下を覗き込む。
「ユッキー?」
 ロビーで待っているはずではなかったのか。
植木鉢の裏から、受付の棚までくまなく調べるが雪輝は見当たらない。
雪輝はどこだろう。バックパックも何もかもを持って、雪輝はどこに行ってしまったのだろう。
ざわっと皮膚が粟立つ。また雪輝に置いていかれてしまったのだろうか。
もう由乃なんて知ったことではないと、突き放されてしまったのだろうか。
あのどうしようもなくやさしいキスは、もしかしてさよならの挨拶だった?
 武器が何一つないことよりも、雪輝がいないという事実が怖い。
雪輝は由乃の生きる希望なのだ。雪輝がいなければ由乃は生きていけない。
 ――まだ大丈夫、まだ大丈夫なはず。
 由乃は呼吸を整えた。この島には敵がたくさんいる。
雪輝が生き抜くためには由乃が必要だ。敵がいる限り雪輝は必ず由乃を必要としてくれる。
 雪輝は、また病院を探索しているのかもしれない。
由乃は一縷の望みをかけて階段に向かった。
一度調べただけでは足りずに、またくまなく病院を調査しているのかもしれない。
そういえば、ここは怪我をした弱者が集まりやすいところだし、
思いやりのある雪輝は――由乃としては不満だが――彼らを保護したいと考えているかもしれない。
堅固な建造物は篭城にも適している。よくよく建物を把握するのは益のあることだ。
由乃は自分の論理的な思考に満足を覚え、雪輝の冷静な行動を賞賛した。
 二階から順に捜索していく。
雪輝は院内を見て回っているに決まっているのだから、もうあせる必要はない。
ひどく破壊された廊下を乗り越え、ひょいと覗いた部屋に血だまりを見つけて血の気が引いた。
あわてて駆け寄ったところで、どこともしれない男女の死体とわかりきびすを返す。
走ったせいで靴下に赤い染みがはねたのが気になった。
 雪輝のことならすぐに見つけられる。
どんなに遠くに離れていても、どんなにたくさんの人の中でも、由乃は間違えずに必ず見つけられる。
だから、このときも由乃にはそれが雪輝だとすぐにわかった。
靴下の汚れを指でこすり、スカートのしわを何度も伸ばして、由乃はそっと雪輝に近づいた。
雪輝の猫のようにやわらかい髪が光の影になっている。
あの髪の毛が由乃は大好きだった。手触りが気持ちよくて、ずっとだって触っていたい。
でもあんまり触りすぎると、
「やめろよぉ」
 そう言って雪輝はぷっと頬を膨らます。由乃はそのかわいらしいほっぺたも大好きだった。
でもあんまりつつくと横を向いてしまうので、そんな表情も大好きだけれど、だからたくさん触るのは寝ているときだけにしている。
今はもういくら触っても嫌がることもなく、その代わり、びっくりしたようにただきょとんと目を見開いた。
その首が、無残に引きちぎられ、食いちぎられ、はしたなく広げられた肉と骨と皮膚とのかたまりにつながっている。
 由乃は、自分ののどから悲鳴がほとばしるのを聞いた。
それは名前を呼んだのかもしれないし、意味を成さないただの叫び声だったのかもしれない。
由乃は必死にかき集めた。雪輝だったものと、雪輝の部品と、雪輝を入れていた袋を必死にかき集めた。
服が汚れるのもかまわず、両腕を伸ばして床にちらばったそれらをひきずるようにしてかき集めた。
透明な涙が溢れて落ち、雪輝の血の色と交じり合う。
 雪輝はこんなに小さかっただろうか。雪輝はこんなに少なかっただろうか。
雪輝が入っていたはずの袋は小さくて、次から次へと押し込める部品が、端からこぼれていく。
ちゃんと収まってくれないと、元に戻らない。
ひとつも残さずにきちんとしまえたら、部品がかみ合ってすっかり直る。
今までみたいに起き上がって動き出し、由乃をちょっと振り返ってはにかんだ笑顔を見せてくれる。
「ねえユッキー、私を見て。ねえ、私を見て」
 雪輝は、応えない。驚いたような目は由乃を通り越してもっと遠くのほうを見ている。
由乃は真っ赤にそまった手を呆然と見つめると、雪輝の首をきつくきつく抱きしめた。
そうやって温めれば、鳥が雛を孵すように、雪輝が元の姿で現れると信じているかのように。
 由乃のすんなりとした白い指が、雪輝の頬をなでる。
その肌触りを楽しむように何度か指を行き来させ、そっと温かみを失ったくちびるにそえた。
両腕で抱いたまま、身をかがめて己のくちびるとあわせる。
気持ち悪いなんてかけらも思わなかった。ただ、あのやわらかさがもう一度ほしかった。
少し緊張したような、いつものあのくすぐったさはないけれど、やさしい感触はいつもどおりでそれが無性に泣けてくる。
首をかしげるようにしてさらに深く口付けると、血の味が広がった。
 ――これは、ユッキーの味なんだ。
 猫がミルクをなめるように、舌で雪輝のくちびるをたどる。
こうしていると由乃の体温が伝わって、雪輝が生きているような錯覚にとらわれる。
いや、本当に錯覚なんだろうか。本当に雪輝は生きていないのだろうか。本当は、雪輝は生きているのではないか?
 由乃は情熱的なキスのようにくちびるをあわせると、ゆっくりと血を吸い出した。
鉄錆じみた液体を確かめるように舌に乗せる。
にちゃにちゃとやや粘り気ある部品を手のひらいっぱいにつかみ、子犬のように鼻を利かせた。
 これは、本当に雪輝の味か?
 この生臭い死の香りは、本当に雪輝のにおいか?
 この、手の中でぐずぐずとつぶれていくような残骸が本当に雪輝なのか?
「違う……」
 由乃の魂がぽつんと言葉を漏らした。
「ユッキーじゃない……これはユッキーじゃない……ユッキーじゃないわ……」
 それは現実からの逃避か、それとも異常者ゆえの直感か。
由乃の舌が、鼻が、手が、体が、精神が、これが雪輝であることを否定している。
これは雪輝ではない、と全身が言っている。
雪輝はこんなものではない。こんなものが雪輝であるわけない。あっていいはずがない。
 由乃は確信を持った動きで、ごみのように投げ捨てた。
パンくずを払うようにスカートにこぼれた破片を払い落とす。
真っ赤に汚れてしまっている。においもひどい。由乃は強い憤りを感じた。
怒りに任せてきっとにらみつける。
「おまえだなああ、秋瀬或ぅ!
おまえがユッキーのふりをしてわたしをだまそうとしたなあああ!
ユッキーになりすまそうなんて、死んで当然じゃないの。
アハハハハハこんなところで死んでたなんてアハハいい気味だわアハハハハハ!」
 げらげら、げらげら。由乃が笑った。
由乃をだまさんとした『秋瀬或』の死体が、とてつもなくおもしろいものに見える。
いつも姑息な手を使って雪輝をたぶらかそうとする秋瀬或が、自らの策謀に溺れ死んでいるのだ。
雪輝になりすまし、どうせまたろくでもないことをたくらんでいたに違いない。
 突然、由乃は笑いはおさめた。
薄汚くよごれた床をじいっと目に留めると、蛇のようなすばやさで携帯電話を拾い上げる。
パチリと二つ折りを開き、液晶画面を目にくっつけるようにして覗き込んだ。
画面を見つめたまま、両手でキーを打ち始める。すさまじい勢いで日記が更新され始めた。
 動くもののいなくなった病院に、ただプラスチックの音だけが切れ目なく響く。
固まったように同じ姿勢をとったまま、由乃親指は盤面を往復する。
疲れも見せず休むこともなく打ち続けて、不意にその動きが静止した。
はじめたときと同じような唐突さで音がとまる。
由乃は、居眠りをしているかのように頭をゆっくりと数度揺らし、その首ががくんと後ろに倒れる。
 そうしていたのは数秒のことだが、次にふらりと顔をあげたときにはすっかり穏やかな表情をしていた。
――こんな凄惨な現場にまるで似つかわしくない、ふつうの女の子のようなあどけない表情に。
 付近に広がった血の宴にも『秋瀬或』の死体にもまるで目をくれることはなく、手元をはっと見る。
なぜそれが手の中にあるのか理解できないふうにしげしげと手の中を見つめてかすかに微笑んだ。
「ユッキーのケータイ♪」
 由乃がすっかり書き換えた無差別日記には、もうDEAD ENDフラグなんてどこにもない。
もちろんだからといって何もかもがなかったことになるわけじゃない。
でも、由乃にとってはそれはまぎれもなく雪輝の日記で、
無差別日記が未来を予知し続ける限り雪輝はどこかで生きているわけで、
だからこれは由乃だけの無差別日記。
「待っててね、ユッキー。
どこであっても、私はユッキーに追いつくわ」
 由乃の手がどこまでもやさしく、日記をなでていた。



【天野雪輝@未来日記 死亡】




【D-2/病院3階廊下/1日目/午後】

【とら@うしおととら】
[状態]:ダメージ(大)、脇腹に大穴、左足欠損、銃創多数
[服装]: 口周りに血がべったり
[装備]:万里起雲煙@封神演義
[道具]:支給品一式×7、再会の才@うえきの法則、砂虫の筋弛緩毒(注射器×1)@トライガン・マキシマム、逃亡日記@未来日記、
マスター・Cの銃(残弾数50%・銃身射出済)@トライガン・マキシマム、デザートイーグル(残弾数5/12)@現実
マスター・Cの銃の予備弾丸3セット、不明支給品×1、詳細不明衣服×?
[思考]
基本:白面をぶっちめる。
1:体力を回復させる。
2:強いやつと戦う。
3:うしおを捜して食う。
4:"ユノ"という名前に留意。
[備考]
※再生能力が弱まっています。
※餓眠様との対決後、ひょうと会う前からの参戦です。
※会場を、仙人によってまるい容器の中に造られた異界と考えています。
※雪輝を食った後、病院からは立ち去っています。
 どこへ向かったかは後の書き手さんにお任せします。




【我妻由乃@未来日記】
[状態]:健康、
[服装]:やまぶき高校女子制服@ひだまりスケッチ
[装備]:飛刀@封神演義
[道具]:支給品一式×8、パニッシャー(機関銃 0% ロケットランチャー 0/1)(外装剥離) @トライガン・マキシマム、
機関銃弾倉×2、ロケットランチャー予備弾×1、
真紅のベヘリット@ベルセルク、無差別日記@未来日記、ダブルファング(残弾0%・0%、0%・0%)@トライガン・マキシマム
ダブルファングのマガジン×8(全て残弾100%)、首輪に関するレポート、
違法改造エアガン@スパイラル~推理の絆~、鉛弾0発、ハリセン、
研究所のカードキー(研究棟)×2、鳴海歩のピアノ曲の楽譜@スパイラル~推理の絆~、
不明支給品×4(一つはグリード=リンが確認済み、一つは武器ではない)
[思考]
基本:天野雪輝を生き残らせる。
0:天野雪輝を捜す
1:雪輝日記を取り返すため鳴海歩の関係者に接触し、弱点を握りたい。
人質とする、あるいは場合によっては殺害。
2:雪輝日記を取り返したら、鳴海歩は隙を見て殺す。
3:ユッキーの生存を最優先に考える。役に立たない人間と馴れ合うつもりはない。
4:邪魔な人間は機会を見て排除。『ユッキーを守れるのは自分だけ』という意識が根底にある。
5:『まだ』積極的に他人と殺し合うつもりはないが、当然殺人に抵抗はない。
[備考]
※原作6巻26話「増殖倶楽部」終了後より参戦。
※安藤(兄)と潤也との血縁関係を疑っています。
※秋瀬或と鳴海歩の繋がりに気付いています。
※飛刀は普通の剣のふりをしています。
※病院の天野雪輝の死体を雪輝ではないと判断しました。
 本物の天野雪輝が『どこか』にいると考えています。
※無差別日記は由乃自身が入力していますが、
 本人は気づいていません(記憶の改竄)


※D-2病院4階ナースセンターに雪輝の罠が仕掛けられています。
 扉を開くとFN P90(50/50)が発射されます。
 ただし、素人作りのため正常に作動する保証はありません。
 拡声器も同所にあります。



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