人外と人間

ヤンマとアカネ 5

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ヤンマとアカネ 5 859 ◆93FwBoL6s.様

 高みから己の支配した地を見ることは、支配者の役割であり特権だ。
 四枚の長い羽を広げながらビルの屋上に降り立つと、吹き付ける砂混じりの強い風に煽られて触角が揺れた。かつてトウキョウと呼ばれた都市の一部が、ヤンマの縄張りだった。地理に明るい茜に寄れば、シブヤの一角らしい。ヤンマの立っている一際目立つビルの前には、やたらと太い道路が交差し、周囲にも同程度の高さのビルが並んでいる。一昔前は四六時中人間がひしめき合っていたであろうビルは空で、たまに紛れ込んでくる昆虫人間はヤンマの餌食になった。そして、店舗に残っている衣服や食料品は実質的に茜の所有物になっている。つまり、シブヤは茜の縄張りでもあるのだ。
 エメラルドグリーンの複眼を動かし、数日前に降った雨の筋が付いたビル街を眺めていると、異物が視界の隅を掠めた。同時に、羽音も風に乗って流れてきた。弱っているのか、羽ばたきは不規則で空気の唸りも弱い。喰うには絶好の相手だ。ヤンマは即座に飛び立ち、飛行した。絶え間なく流動する空気に重たい体を預け、体重移動だけで滑らかに移動していく。羽ばたいて飛べば、気配を察した獲物が逃げることもある。ヤンマは風下に回って匂いにも気を付けながら、獲物を探した。複雑に入り組んでいるビルの隙間を縫うように滑空したヤンマは、音源がヨヨギ方面から訪れていると悟り、方向を調節した。しばらく飛ぶと、その羽音の主が視界に飛び込んできた。昆虫人間に食い荒らされた木々が並ぶ、ヨヨギ公園の上を漂っている。攻撃的な黄色と黒に尖った顎を持つそれは、紛れもなく人型スズメバチだった。その個体が発する匂いには、覚えがあった。以前、ヤンマの留守中に茜を攫っていった人型スズメバチと同じフェロモンを放っている。途端に、即物的な怒りに駆られた。

「あいつ、今更何しに来やがった」

 ヤンマは毒突いてから、羽ばたいて加速した。大事な少女を奪っただけでなく、今度は縄張りまでも犯そうというのか。急降下したヤンマは、人型スズメバチの進行方向に回り込むと、渾身の力を込めた拳を放とうと腰を捻って振りかぶった。

「こんの野郎!」
「いけねぇっす、兄貴!」

 軽快な羽音と共に降ってきた昆虫人間同士でしか聞こえない音域の言葉に、ヤンマは拳を止めて仰ぎ見た。

「今度は何だ! 俺の狩りの邪魔なんざしやがって、お前も喰っちまうぞ!」
「わああっ、それだけはマジ勘弁っすー兄貴ぃー!」

 ヤンマの遙か頭上で、空よりも若干色の濃い水色の人型トンボが慌ただしく顎を鳴らしていた。

「…シオカラか」

 この近隣に縄張りを持つ同族だ。ヤンマはよろよろと地上に近付いていく人型スズメバチと、水色のトンボを視界に入れた。

「んで、何がいけないんだ?」
「そいつ、放っておいても死ぬっすから、近付かない方がいいっすよ。でもって、触らない方がマジいいっすよ」
「どうしてだ。勝手に死ぬんだったら、喰った方がいいだろうが」
「それがマジパネェっつーか、マジヤバっつーかで」
「具体的に言え」
「まあ、見てりゃ解るっすよ」

 シオカラは高度を下げたが、ヤンマからは距離を置いた。それなりに会話の成立する相手とはいえ、ここはヤンマの縄張りだ。縄張りを犯されてただでさえ気が立っているヤンマに近付きすぎたら、その場で屠られ、ヤンマの食欲を満たしてしまうだろう。
 人型スズメバチは僅かに触角を動かしたが、二匹に複眼を向ける余裕すらないのか、ぶるぶると羽を震わせながら落ちていった。草も枯れて木も枯れかけたヨヨギ公園に墜落した人型スズメバチは、少し湿った土の上に転がり、六本の足をわしゃわしゃと動かした。だが、起き上がることすら出来ず、藻掻いている。普段から死にゆく者は見慣れているが、それらとは明らかに様子が違っていた。藻掻くうちに節々が緩み、だらだらと体液が零れている。今し方まで動いていた羽の筋肉も緩み、ずるりと筋が外れて羽が落ちた。苦しげに開閉している顎からも、内臓の混じった体液が溢れてくる。触覚も折れ、複眼も濁り、ぎいぎいぎいと死の恐怖に絶叫している。六本の足が外れ、頭部もずるりと外れ、腹部からも体液が流れた。そして、人型スズメバチは己の体液の海で動きを止め、死んだ。

「なんだ…ありゃ」

 まるで、生きながら腐っているかのようだった。ヤンマが呟くと、シオカラが言った。

「あれ、この間兄貴がぶっ潰した一族の生き残りっすよね」
「そうだが、それがどうかしたのか」
「俺っちの縄張りってその一族の巣に近かったもんだから、マジ嬉しかったんすけど、兄貴がぶっ潰した後からなんかマジ変なんすよ」
「あんな具合にか?」
「そうっす。最近じゃああいう死に方ばっかりなんす」
「シオカラ。まさか、お前はあれを喰ってねぇよな?」
「いくら俺っちだってありゃ喰えるわけないっすよ! だって、体ん中がデロデロなんてマジヤバくないっすか!?」
「変な病気でも流行ってんのかよ、おい」
「そうとしか思えないっすけど、原因も一つしか思い当たらないんすよ」
「何がだ」
「兄貴が一族の巣から攫い返した、人間っすよ」

 シオカラのダークブルーの複眼に、無数のヤンマが映る。

「兄貴。あれはヤバいなんてもんじゃないっすよ。俺っちだって解る。ありゃ毒があるんすよ!」
「あいつのどこが毒だって言うんだ!」

 ヤンマは滑空してシオカラとの間を詰め、その片方の複眼を握り締めた。

「いだいだいだだだだだあっ!」

 激痛に襲われてじたばたと暴れるシオカラに、ヤンマは更に爪の力を強めた。

「あいつは、茜は毒なんかじゃねぇ! 俺の獲物だ!」
「でっでもでも、あの一族がおかしくなったのは、あの人間が来てからでっだっだだぁあああ!」
「そんなもん、スズメバチ共が元々病気持ちだったってだけだろ!」
「割れる割れるぅ、マジ目ン玉割れるっすーサーセン兄貴ー!」

 懸命にヤンマの爪を引き剥がしたシオカラは、渾身の力でその右上足を遠ざけた。

「あーマジ死ぬかと思った。でも、ああいうふうになって死んでいくのは、あの一族だけじゃないっす。溶けて死んだスズメバチの死体を喰った虫も、何日かしたらやっぱり溶けて死んでいくんすよ。マジキショいっすよね」
「嘘を吐けこのチャラ男!」

 ヤンマが両上足でシオカラの頭を挟むと、シオカラは長い腹部を仰け反らせて悶えた。

「うぞじゃないっずー! サーセンサーセンサーセンー!」 

 ヤンマはしばらく彼の頭部を弄んでいたが、少し気が済んだので解放した。途端に、シオカラはヤンマから遠ざかった。

「だから、兄貴も気ぃ付けた方がいいっよ。あの人間、さっさと捨てないと兄貴もマジ溶けて死んじゃうかもしれないっすよ」
「ほざけ。俺は簡単には死なねぇ。少なくとも、お前よりは後に死ぬつもりだ」

 ヤンマがぎちりと爪を鳴らすと、シオカラはびいいんと忙しなく羽を動かして加速し、あっという間にヨヨギへと帰って行った。あのまま、頭を砕くべきだっただろうか。その方がヤンマの縄張りも広がるし、あの鬱陶しい物言いを聞かずに済むようになる。だが、茜のことを思い出してしまって少々手加減してしまった。それさえなかったら、間違いなくシオカラの頭部を砕いていただろう。
 あんなものは妄言だ。嘘だ。明るい笑顔を振りまいて真っ向から愛情を注いでくる、愛すべき少女が毒を持っているわけがない。大体、毒とは何だ。茜本人は至って健康で、場合によってはヤンマよりも打たれ強いのだから、毒を運ぶものなど持っていない。茜は毒ではない。甘く柔らかな蜜の詰まった娘だ。第一、彼女が毒なら、その体液を飲んだヤンマが真っ先に溶けて死ぬはずだ。だから、やはり嘘だ。嘘に決まっている。だが、シオカラが他者に嘘を吐けるほど頭が良くないことも、ヤンマは痛いほど知っていた。
 悩みすぎたせいで、矮小な脳が焦げそうだった。


 それから、ヤンマは縄張りを見回り、帰った。
 妙な病気で死んでいない昆虫人間を捕らえて喰い、捕らえて喰い、捕らえて喰い、喰わずとも殺し、殺し、殺し、気を紛らわせた。だが、拳を休めた瞬間にまたシオカラの言葉が甦ってきて、脳どころか体中が焦げるほどの焦燥感と怒りに襲われてしまった。そのおかげで、無駄な戦いを繰り返してしまった。食べられる分以上の昆虫人間を殺してしまい、体液が全身にこびり付いていた。体力の消耗を考えずに戦い続けたせいで、重たい疲労が蓄積していた。体液の飛沫が付いた羽を震わせながら、家を目指した。
 空はすっかり薄暗くなり、茜の住んでいる家のリビングの窓にはカーテンが引かれ、布の隙間から細い明かりが零れていた。ヤンマは庭先に降りると、窓を開けて中に入った。茜は既に夕食を食べ終えていたのか、ソファーで乾いた洗濯物を畳んでいた。室内には食事を作った匂いが残留し、外よりも気温が高かった。茜は洗濯物をテーブルに置いてから、ヤンマに近付いてきた。

「お帰り、ヤンマ。今日はまた凄いねぇ、そんなにお腹空いてたの?」

 ヤンマは顎を引き、茜を見下ろした。今日は外に出なかったらしく、その証拠にジーンズではなく丈の短いスカートを履いていた。先日の買い出しで発掘してきたシャツを着ていて、ヤンマの口で切り揃えた髪は綺麗に洗われ、リンスも使ったのか甘い匂いがする。ランプの放つ赤っぽい光に照らされた太股は眩しく輝き、鳶色の瞳にヤンマを映し、屈託のない笑顔で恋人の帰りを喜んでいる。これが毒であるものか。ヤンマは爪の汚れも気にせずに茜の肩を掴むと、力任せに引き寄せて背を曲げ、顎を開いて舌を伸ばした。きょとんとした茜の唇に舌を滑り込ませ、うねらせる。茜は少し眉根を寄せたが、抗うことはなく、ヤンマの舌に舌を絡めてきてくれた。

「ど、どうしたの…」

 荒っぽい口付けが終わると、茜は唇を拭った。

「茜」

 そのまま、ヤンマは茜の華奢な体をフローリングに押し付けた。茜は少し戸惑ってはいたが、ヤンマを見上げてきた。

「…したいの?」
「したくて悪いか」

 ヤンマは腹部脇に曲げていた中足を伸ばして茜のスカートを捲り上げて、適度に脂肪の付いた白い太股を曝け出した。やはり新品の下着を付けていて、大人びたレース地だった。茜は頬を引きつらせて、照れと居たたまれなさの混じった顔を作った。

「が、頑張りすぎた、かな」
「何が?」
「こっちの話!」

 茜はむっとし、唇を尖らせる。ヤンマは腰を落として長い腹部を曲げ、生殖器官の先端を伸ばすと、茜の股間をなぞり始めた。パンツの滑らかな生地を何度も何度もなぞっていると、次第に感触が変わり、体の下では茜が熱っぽく上擦った声を漏らし始めた。

「はぁう、ああん」
「いいか、突っ込むぞ」
「え、あ、もう? ちょっと早くない?」
「お前の場合、このぐらいで充分だろうが!」

 ヤンマは生殖器官の先で股間部分の布地をずらすと、熱く潤った陰部に押し込み、ぬるりとした肉が絡み付いてきた。

「あう…ちょっと、あ…」

 茜はヤンマの腕を握り締めながら身を縮めたが、ヤンマは腹部を前後に動かした。

「痛くたって、すぐに慣れるだろうが」
「うん、そう、だけどぉっ」

 ヤンマの律動に揺さぶられている茜は、額に汗を浮かべて顔を歪めていた。やはり、ろくに慣らしもしなかったから痛むのだ。だが、それを気に掛けられるほどの余裕はなかった。彼女が毒ではないことを知るために、彼女の味を味わいたくて仕方ない。両上足で自分の体を支える傍ら、ヤンマは両中足で茜の体を抱え上げ、抱き寄せた。胸に触れる肌は柔らかく、体温は優しい。

「ヤンマ…」

 茜はヤンマの腰に腕を回し、互いの体を密着させてきた。

「一体どうしたの? 帰りも遅いし、凄く汚れてるし、いきなり、こんなことしてくるし」
「どうもしていない」
「そう?」
「そうだ。だから、これ以上何も聞くな」

 茜が顔を上げる前に、ヤンマは腹部を曲げて生殖器官を捻った。茜はびくっと背中を伸ばし、目を見開いた。

「あ、そこはぁ…」
「知っている。お前はここが弱いんだろうが」
「やっ、だめっ、そこばっかり突かないでぇ!」
「どうしてだ。良いんだろ?」
「良いんだけど、良すぎ、ちゃってぇ!」

 茜は全身を貫く快感に負けて仰け反り、ヤンマの外骨格に爪を立てた。

「あう、もおいやああああっ、だめぇっ、ヤンマぁ、ヤンマぁ、わたしぃっ!」
「茜、茜、茜!」

 ヤンマは茜の膣内を抉る生殖器官を更に奥へと押し込み、その愛液を滴らせた。二人の体の下には、生温い雫が散っている。茜の太股の間から伝ったものだけでなく、ヤンマの生殖器官から少し滲んだ体液も混じり合って、ぱたぱたとフローリングを叩いた。その中には、ヤンマが殺した昆虫人間の体液もいくらか混じっていた。茜はヤンマの頭部を掴んで強引に口付けると、絶頂した。唾液の糸を引きながら顔を離した茜は、気恥ずかしげに顔を背けた。さすがに、自分でも乱れすぎたと思っているようだった。

「もお…」
「いいじゃねぇか。いつものことだろ」

 ヤンマは例によって精子嚢から移動して出そうになった精子を元に戻し、茜の中から生殖器官を引き抜き、その両足を持ち上げた。

「え? え?」

 戸惑っている茜を無視し、ヤンマは茜の股間に顔を埋めた。白濁した愛液が零れる陰部に舌を当て、ぐにゅりと滑り込ませた。茜は今し方まで訪れていたものとは違う快感に、嬌声を上げた。ヤンマは白い太股を裂かないように、だが、少しだけ爪を立てた。爪を横にしているので皮膚は裂けないが、ふくよかな脂肪に食い込んだ。舌を引き抜きかけてはまた奥へと入れ、愛液を掻き出した。そして、それらを全て飲む。昆虫人間の体液とは比べ物にならない甘さを含んだ体液を味わい尽くした頃には、茜も力尽きていた。

「ふえぇ…」 

 暴力的な快感に負けた茜は仰向けに倒れ、虚ろな目でヤンマを見上げていた。太股には爪の痕が赤く残ったが、血は出ていない。

「茜」
「なーにー」
「旨かった」
「へあ」

 茜は目を丸くしたが、間を置いて理解したらしく、跳ね起きた。

「変態ー! ヤンマの超変態ー! さっきのって、そういうことだったのー!? なんかねちっこいと思ったらそうだったのー!?」
「せっかくの体液なんだ、喰わなきゃ勿体ねぇじゃねぇか」
「だぁ、だからってぇえええ!」
「ハエに排泄物を喰われるよりはマシだろ」
「私も今ちらっとそれ思ったけど、言わないでよ余計にショックだから!」
「何でだ」
「だ、だってぇ…」

 茜はむくれていたが、俯いた。説明しようとしたら尚更恥ずかしくなってしまったらしく、首筋や耳朶まで赤らめて座り込んだ。ヤンマは彼女が照れる理由を考えてみたが、やはり解らないので黙った。茜は涙ぐみながら、手近なタオルで汗ばんだ体を拭いた。リビングに充満した情交の匂いを感じ取りながら、ヤンマは安堵していた。彼女が毒であるものか。毒よりも甘い、蜜ではあるが。

「茜が、毒なわけがあるか」

 性欲を満たしたために気が緩んだのか、ヤンマは無意識に漏らしてしまった。すると、茜の頬から血の気が引いていった。潤んでいた瞳は彷徨い、愛らしい喘ぎを零していた唇は青ざめ、タオルが歪むほど握り締め、今し方までの高揚が消え失せていた。ヤンマが顔を上げると、茜はよろけながらリビングを飛び出した。荒い足音が階段を叩き、二階にある寝室に駆け込んだようだった。ただごとではない様子にヤンマは立ち上がり、茜を追おうとしたが、問い詰めたところで何を聞かされるのか考えるのも嫌だった。
 もしも、シオカラの言った通りの答えが返ってきたなら、自分はどうすればいい。茜を喰うのか、殺すのか、或いは街から棄てるのか。だが、そのどれも出来るわけがない。進むことも下がることも出来ず、ヤンマはしばらく立ち尽くしていたが、所在を失って座り込んだ。顎に貼り付いた茜の愛液を舐め取り、味わった。耳障りな音が聞こえると思ったら、いつのまにか顎が割れそうなほど軋ませていた。天井越しに、茜の切なげな泣き声が聞こえる。こういう時、どういう言葉を掛けるべきか解らないので、ヤンマはひたすら顎を鳴らした。
 茜を泣かせた自分が、この上なく憎らしかった。







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