ゆっくりいじめ系1253 終わらないはねゆーん 中編

※これはfuku3117の「終わらないはねゆーん 前編」の続きです



遊園地から逃げるように離れたれいむとまりさは、体力の限界まで走り続けた。
息も絶え絶えになりながら、一本の電柱に二匹寄り添って休息をとる。

「ゆはっ……ゆはっ……」
「ゆひゅう…………ゆひゅう……」

背の高いビルも人の多い商店もない、閑静な住宅地。
怖い人間から少しでも離れたいがために、二匹は遊園地からかなり離れたこんな場所まで走ってきた。
そのため既に体力は限界を超えており、ようやく今一息つけたのだ。

お互い体を寄せ合い、お互い体を相手に預けながら息を整え体力回復につとめるれいむとまりさ。
二十分程そうしていただろうか。喋れるだけの余裕の出来たまりさが、れいむに言った。

「ゆぅ……はにー、だいじょうぶ?」

隣でぐたりとしている最愛のれいむを心配そうに気遣うまりさ。れいむはそんなまりさを心配させまいと、気丈に振舞った。

「ゆゆっ! だいじょうぶだよ、だーりん!」

精一杯の笑顔を浮かべるれいむ。まりさはそんなれいむの笑顔を見て心を痛める。
れいむもまりさと同じく、あの人間の暴行を受けたのに、自分を心配させまいと振舞っている。
はねゆーんを提案しれいむを連れて来たのは自分だ。だから自分がれいむを守らなければならないのに。

まりさはそう自戒しつつ、遊園地での出来事を思い出す。
何故あの青年はあんなことをしたのか。ただ自分たちは遊園地に遊びに来ただけなのに。
ありすの話では遊園地は遊んでゆっくり出来るところだと聞いている。ありすも人間に飼われていたころ『ゆーえんち』に行ったことがあるという。

もっとも、ありすが行ったのはゆっくりも遊べるテーマパーク『ゆーえんち』であり、まりさ達が行った場所とは全然違うのではあったが。

れいむも思い出す。自分たちは誰にも迷惑をかけず、ただ自分達でゆっくりしていただけだと。
まりさが教えてくれる通りに、とてもゆっくりできそうな遊園地で遊び〝はねゆーん〟を楽しもうと思っていた。
なのに、あの人間の青年が自分たちに酷いことをして追い出した。

何故そんな事をするのか。れいむとまりさには全く理解できなかった。理解するための情報を持っていなかった。
所詮はゆっくり。人間からの物の見方は出来るはずもない。
理解出来ない事に対する理解を、餡子能は放棄した。ただ自分達のゆっくりを邪魔されたという怒りだけを残して。

「ゆぅ……だーりん、おなかすいたよ……」
「ゆゆっ! はにー、ちょっとまってね! いまおべんとうだすからね!」

そう言いながらまりさは頭を振るって帽子を落す。そしてその中に仕舞っておいた〝お弁当〟を探すが……。

「ゆゆっ!?」

帽子の中は空っぽだった。朝入れておいたはずの〝お弁当〟がない。
まりさは慌てて帽子をくわえて引っくり返すが何も出てこない。
まりさは気付いていなかったが、バスから放り出された時、帽子からエサが落ちていたのだ。
もちろん、痛みに呻いていたまりさにもれいむにも、そんな事には気付かなかったが。

「だーりん……どうしたの……?」

疲れているのに、心配そうに訊ねるれいむ。まりさはそんなれいむに罪悪感を感じつつも、顔を青くしながら答えた。

「ゆぐっ……おべんとうが、ないの……」
「……ゆっ!?」

まりさの帽子をれいむも覗き込む。確かに、何も無い。まりさが見た時と何も変わらなかった。

「どぼじでおべんどうない゛の゛ぉ!?」
「ゆぐっ、ごべんねはに゛ぃぃぃぃ!!」

二匹してうわぁん、と泣き出すれいむとまりさ。れいむはお弁当を失った悲しみ暮れはするものの、まりさを責めはしない。
まりさが辛いのは、れいむにも分かっていたから。でも、自分のお腹がそれで満たされるわけもない。
まりさは最愛のれいむを苦しませる事に、れいむは最愛のまりさを悲しませることに泣いた。
しばらは二匹揃ってその場で泣き続けた。近くに誰も居なくてよかった。誰かがいたら、間違いなくこの二匹は殺されるか保健所に渡されていたことだろう。











休憩を始めて一時間。ようやく泣き止み動けるようになったれいむとまりさは、今日ゆっくりする寝床を探し始めた。
遊園地から逃げてきて、休憩して、既に太陽は赤く夕日となっていたからだ。
今から帰っても夜になる前には巣に辿り着けない。そのため今日はこの辺りでお泊りしようと決めたのだ。

しかし、行けども行けども見えるのはコンクリートのみ。
住宅に侵入しようとても門扉は閉ざされており、ゆっくりが通れる隙間もない。
住宅への侵入も試みようとして三十軒目のことだった。ようやく門扉がわずかに開いている家を見つけた。

「はにー! ここからはいれるよ!」

まりさが門扉を押し開け、庭に押し入る。
その庭には一面の芝生と花壇があり、その花壇には多くの花が咲いていた。
まりさに呼ばれて庭に入ったれいむは、まりさと共に目を輝かせた。野生では見ることの出来ない綺麗な花は、二匹とってはご馳走にしか見えなかった。

昼も食べずに歩き、走り回った今日一日。体力的にも精神的にも飢えていた二匹は、そんな目の前のご馳走に我慢できるはずもなかった。

「すっごいゆっくりできるね、だーりん♪」
「ゆっ! これはまりさたちによういしてくれたごはんだよ、はにー♪」

何故そのような結論に陥るのか謎に思うだろうが、それは認識の違いによる。
まりさにとってこの住宅地の家は、人間の家ではなくありすに教えてもらった〝ほてる〟という認識なのだ。
門扉が閉じているのは満室だから。だから門扉が開いていたここに泊まることが出来ると、ホテルに用意してあるご飯は自分達のもの。
そう解釈しているのだ。

花壇に笑顔満面で近寄るれいむとまりさ。その目にはもう美味しそうな花しか映ってない。
だから、気付かなかった。この家の庭に犬小屋があることに。

──バウッ!

「「ゆっ!?」」

突如背後から聞こえた鳴き声に飛び上がる二匹。ゆっくりと振り返ると、そこにれいむ達よりも遥かに大きい柴犬の姿を見つけた。

「ゆゆっ、おいぬさんおどろかせないでね! ゆっくりしていってね!!」
「れいむとだーりんをゆっくりさせてね!」

頬に空気をいれてプクッと体を膨らませるれいむとまりさ。威嚇の印だ。

──バウッ! バウバウッ!

当然、通用しない。柴犬はれいむとまりさにひたすら吼え続ける。この家の番犬として、侵入者を排除しようとしているのだ。
ウーッ、と時折うなりながら、ゆっくりを睨みつける柴犬。この犬は過去にも家に侵入したゆっくりを撃退した経験がある。
れいむとまりさの文句や威嚇など露とも意に介さず、ひたすら睨みつけ吼え続ける。

「ゆぐっ……おいぬさん、ゆっくりしてね……」
「やべでねっ、れいむたちはゆっくりしたいだけだよ……」

自分達の文句や威嚇にも全く反応せず、こちらに対しひたすら吼え続ける犬にようやく恐怖を覚えるれいむとまりさ。
バウッ、バウッと吼え続ける柴犬にビクビクしながらも、既に二匹は出口に向けてあとずさっていた。

「ゆぐぅ……まりさとはにーをゆっくりさせてねっ!」

とうとう痺れを切らしたのか、れいむの前でいい所を見せたいのか、まりさが柴犬に向かって飛びかかろうとした。
だが、それをれいむが寸前で止めた。

「だべだよ゛だーり゛ぃん!!」
「ゆっ! はにーはそこでゆっくりみててね! まりさがやっつけるからね!」

まりさの髪をくわえて引き止めようとするれいむ。そのれいむを振り払おうとするまりさ。
結婚して初めての夫婦喧嘩になる格好だが、犬も喰わないはずのそれを柴犬は

────ゥグァウ!

食いちぎらんとするかの如く吠え立てる。
その一声でれいむとまりさは喧嘩をやめ、二匹揃ってガタガタと柴犬を見つめ震え始めた。

「ゆぐっ……やべでねっ、ゆっぐぢさぜてね……」
「だーりん、こわいよ゛ぉぉ……」

体を寄せ合いながらずりずりと後ずさるれいむとまりさ。声も体も小刻みに震えている。
瞬間、犬が一歩前に出た。それまでその場で睨みつけてうなっていただけだったのだが、一歩れいむ達に近づいたのだ。

「ゆ゛ぎゃぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!! ごっぢごないでね゛ぇぇぇぇぇ!!」
「ゆっぐり゛じでいっでね゛ぇぇぇぇぇ!!!」

その行動によりなけなしの勇気も崩れ去ったのか。
れいむとまりさは涙とそれ以外の液体をも撒き散らしながら、見るも哀れに逃げ去っていった。
背を向け振り返ることもなく、一目散に門扉を出て、表の道を何処へともなく走り去っていくゆっくり二匹。
柴犬はそんな逃亡者に興味を向けることもなく、自分の仕事を完遂した達成感からかさっさと犬小屋に戻ってゆっくりと寝始めた。








とうとう、陽が沈み夜となった。
れいむとまりさは未だ自分達の今夜の寝床を見つけられていない。
朝食を食べたっきり何も食べておらず、歩き走り詰めで疲労も限界。暴行を加えられたことによる体の痛み。
諸所が組み合わさって二匹とも死に体であった。一日ぐらい食事をとらなかったところでどうという事は無いが、ゆっくりが我慢弱いのである。

「ゆぅ……はにー、だいじょうぶ……?」
「ゆっ、だーりんこそ……だいじょうぶ……?」

最早跳ねる気力も無く、寄り添いながら這いずるだけの饅頭二つ。
人気も無くなってきた住宅地をずりずりと這って進むれいむとまりさ。誰かが側を通りかかったら、あまりの哀れさに踏み殺すか逃げ去ることであろう。

「ゆっ、だーりん、あそこならゆっくりできそうだよ……」
「ゆぅ……?」

そんな折、れいむがある場所を見つけた。それは一軒の小アパートの中庭であった。
北側の玄関とは反対の、南側に面する中庭。二階建てのアパートの各部屋にある南側の窓と通ずる中庭だ。
二階は窓を開けてもベランダにしか出れないが、一階は窓を開ければ中庭に出ることが出来る造りだ(知ってる人は〝ひだまり荘〟をイメージすると良いだろう)。

二匹はアパートの門を通り、建物を避けて中庭へと向かう。
ずりずりと惨めに這い蹲りながらも、ようやくその場所へと辿り着くことが出来た二匹。
一面開けており、人間も犬も何も居ない。そよそよと夜風が舞い、時間が停止したかのようなゆっくりとした空間。
ようやくゆっくり出来たと、二匹は力を抜いてくつろぎ始めた。

「ゆふぅ……やっとゆっくりできるねだーりん……」
「ゆっくりしようね、はに……」

とろんと目を細くし、だらんと力を抜いた体をお互い預けあうれいむとまりさ。
この場面を愛護派に見せたらあまりの愛くるしさに身悶えするだろう。
この場面を虐待派に見せたらあまりの苛立たしさに身悶えするだろう。
だが体力的にも精神的にもようやく安らぐことの出来た二匹ではあったが、まだ一つ問題が残っていた。

「ゆぅ、おなかすいたねだーりん……」
「ゆっ! まっててね、まりさがごはんみつけてくるからね!」

れいむの呟きにまりさはガバッと抜いていた力を入れて立ち上がった。
何をゆっくりしているんだ。最愛のれいむがお腹を空かせているんだぞ。自分がなんとかしないでどうする。
そう自分に言い聞かせながら、まりさは視線を辺りに飛ばして何か食べられるものは無いかと探す。
だが、中庭には何も無かった。中庭には、何も無かったが……。

「ゆっ!? はにー! あそこ!」

まりさはそれを見つけた。見つけてしまった。
それはアパートの一階、中庭に面している南側の窓。とある一室の窓が少し開いていたのだ。
まりさはれいむを連れてその一室へと向かった。
僅か十五センチほど開いているその窓から、中を窺う。
電気もついておらず、暗いが誰も居ないことは確認できた。まりさはそれが確認できると、窓の隙間から自分の頬を突っ込んで窓を更に開いた。

「ゆ? だーりん?」

れいむはそんなまりさの行動を疑問視したが、後のまりさの一言でそれは掻き消えた。

「ゆっ! はにー、きょうはここでおとまりだよ!」

窓を体でこじ開けて部屋の中に入ったまりさは、れいむへと振り返りそう言った。
れいむは瞬間的に理解した。そうか、ここがまりさの言っていた〝ほてる〟なんだ! と。

れいむはまりさのこじ開けた窓の隙間に体を入れると、もぞもぞと這いながら部屋の中に入る。
部屋の中では既にまりさが家捜しをしていた。食べ物を探しているのだ。
れいむも部屋に入った途端、部屋の中の物に目移りした。山での自分達の家よりもずっと広く、たくさんの物がある。
部屋の電気は点いておらず暗くはあるが、窓からの月明かりが充分に降り注いでおり、また元来野生で暮らす二匹にとっては問題のない暗さでった。
そして、部屋の中でもれいむはとある物に目を奪われた。

「ゆゆっ! はにー、ごはんだよ!」

とうとう、まりさが食べられる物を見つけてしまった。
部屋の主が甘党なのか、冷蔵庫の横の籠に入れられていた甘菓子の山の中をガサゴソと漁っていたまりさは、その中からずるずるととあるものを引っ張ってきた。
それはコンビニなどでも売られている小さい饅頭が袋詰めにされている菓子であった。
ありすから『とかいはのたべものは、つるつるしたふくろにはいっている』と教えてもらっていたまりさは、それが食べ物であると認識できたのだ。

饅頭の入った袋を咥えてズルズルと引っ張ってきたまりさは、最愛のれいむの姿を探す。
だが見当たらない。何処に行ったのかとまりさが心配していると、

「ゆっ! だーりん、ここだよ!」

上の方から声が聞こえた。
まりさがその声に視線を上に上げると、そこにはベッドの上でポヨンポヨンと跳ねているれいむの姿があった。

「はにー! なにしてるの?」
「だーりん、これすっごくゆっくりしてるよ! たのしいよ!」

ボヨンボヨン、とベッドの上で楽しげに跳ねているれいむの姿に、まりさも心惹かれた。
一旦饅頭の袋をその場に置き、ベッドの上に跳ね乗る。そしてれいむと同じようにベッドの上で跳ね始めた。

「ゆっ? はにー、すっごくゆっくりしてるね!」
「でしょ? ぽよぽよしてるでしょ、だーりん!」

れいむとまりさがベッドに着地する度、ベッドのスプリングが軋み二匹を跳ね返す。
二匹はその度にキャッキャと嬌声をあげ楽しげに笑いあった。

「すっごくゆっくりした〝ほてる〟だねだーりん!」
「きっとここが〝ろいやるすいーとほてる〟なんだよはにー!」

しばらくそうして遊んでいた二匹だったが、空腹が誤魔化せないようでまりさが食事をしようと提案し、れいむもそれを承諾した。
二匹揃ってベッドを降り、下に置いておいた饅頭の袋に向かう。
まりさが底部で袋を押さえつけ、口で袋の端を咥えてピリッと袋を破く。
袋から小さな饅頭がこぼれ出て、ようやく食事だと二匹が心浮かせたその時だった。

パチッ

部屋の電気が点り、部屋中を光で満たした。部屋の主の帰還を知らせる光だ。

「「ゆゆっ! まぶしいよ!」」

暗闇に慣れていたれいむとまりさが突然の光に目をつむる。

「お前ら……何してるんだ……」

先ほどまでゆっくり二匹の幸せが満ちていた部屋に、静かな怒りの声が響き渡る。
れいむとまりさはその声の主の方へと視線を向ける。光に慣れたその目が捉えたのは、自分達の幸せな一時を邪魔する第三者の存在であった。

「ゆっ! おにいさん、ここはれいむとだーりんのおへやだよ!」
「まりさとはにーは〝はねゆーん〟をしてるんだよ! おじゃまむしはゆっくりでていってね!」

二匹揃って口に空気を溜めてプクッと体を膨らませる。ゆっくりの威嚇だ。
本来ならば外敵を退ける意味合いの行動であるが、この場合では外敵の敵意を増長させる効果しか生み出さない。

部屋の主である青年は、そんなゆっくり二匹の行動を無視して南側の窓へと向かう。
鍵がかかっておらず開かれていたその窓を見て、青年は嘆息した。

「あぁ……やっぱ戸締りし忘れてたかぁ……。やっぱ今朝戻って鍵閉じておけば良かった……」

持っていたコンビニ袋も取り落とし、ガックリとうなだれる青年。
れいむはそんな青年の様子を無視したかのように、青年に向かって体当たりを仕掛けた。

「ゆっ! ゆっ! れいむとだーりんはとってもくたくたなんだよ! わかったらゆっくりやすませてね! だーりんをゆっくりやすませてね!」
「はにぃ……」

れいむの気持ちにポッと顔を赤くするまりさ。自分も辛いはずなのに心配してくれるなんて……、と惚れ直しているのだ。
そのバカップルぶりは、その直後崩れ去ることになる。

「うっせぇぞド饅頭!」

落ち込んでいた様子から一変。怒号を撒き散らしながら青年は力の限りれいむを蹴り飛ばした。
顔面に足がめり込み、ベッド脇の壁まで吹き飛ぶれいむ。ベチャリ、と壁に衝突し、口から少量の餡子を吐き出した。

「ゆぶっ……」
「ゆっ……? は、はにー? はにぃぃぃぃぃ!!!」

一瞬何が起こったのか把握出来なかったまりさだったが、瞬時にれいむの大事に気付くと一目散にれいむの許に駆け寄ろうとした。
だが、青年はまりさの髪をむんずと掴み、それを阻止した。

「ゆぎぃぃぃぃ!! いぢゃいぃぃ!! はなじで! はなぢでぇぇぇぇ!!」

「全く、最近ゆっくりを見ないと思って油断していたらこれかよ……」

髪が引っ張られる痛みに涙を流しながらも一刻も早く最愛のれいむの許へ駆け寄りたいがために身を捩るまりさ。
れいむは蹴られた痛みと壁に叩きつけられた痛みからか、ずり落ちた床でぐったりとしていた。
青年はそんなれいむの状態とまりさの行動には一切反応を返さず、ゆっくりとまりさを手繰り寄せて脇に抱えると、まりさを連れて台所へと歩き始めた。

「だがまぁ。丁度良いって言えば丁度良い。コンビニでぜんざい買ったはいいが、白玉入ってないんだわ、これ」
「はに゛ぃぃぃ!! だいじょうぶ、はにぃ!?」

まるでかみ合わない会話。いや、そもそも会話でもない。
青年に抱えられながらジタバタと暴れるまりさであったが、手も足もない球体饅頭が暴れたところで何が出来るわけもない。
ほぼ無抵抗に近いまま、台所へとまりさを連れて行った青年は食器洗い籠からスプーンを取り出した。

スプーンを取り出した青年は、片手にスプーンを持ったまままりさを床に下ろすと、左手でまりさを押さえつける。
ゆっくりと自分に正面を向かせた青年は、右手のスプーンをちらつかせながら、笑顔で言った。

「やっぱ、ぜんざいは白玉入りじゃないとな」
「ゆぐっ……なんのご────ゆぎぃぃぃぃぃぃ!?」
「だーりん!?」

ゆっくりの目玉。その目玉を抉り取るように、青年はスプーンを突き入れた。
小麦粉の肌と餡子の中身というゆっくりだが、その目は白玉であった。青年は、そんな白玉のゆっくりの目を抉り出そうとしているのだ。
ゴリゴリと目の縁にスプーンを差し入れ、目玉に沿うようにスプーンを移動させ抉り取ろうとする青年。

「ゆぎぎぎぎ!! いぢゃい゛ぃぃぃぃ!! やべでぇぇぇ!! まりざのおべべ、やべでぇぇぇぇ!!」

自分の目を蹂躙される痛みに涙を、口から泡を吹きながら暴れるまりさ。青年の手に押さえつけられているため全く動けずにいるが。
ようやく立ち直ったれいむは、そんなまりさの様子に泡を食ったようにまりさに駆け寄った。

「だぁり゛ぃん!! だいじょうぶぅ!? やべで! だーりんにひどいごどじないでぇぇぇぇ!!!」

ボスン、ボスンとまりさの目をくり取る青年に体当たりを仕掛けるれいむ。
青年はそんなれいむを億劫そうに「邪魔だよ」と、裏拳で殴り飛ばした。
「ゆびっ!?」と呻き声を上げて机の足にぶつかったれいむは、再びぐったりとする。

「ゆがぁぁぁぁぁ!! はに゛ぃぃぃ!! はに゛ぃぃぃ!! やべでぇぇぇ!! はに゛ぃにひどいごどじないでぇぇぇ!!」
「へぇ、自分の身が危ないのに他人の心配かぁ。そんな余裕あるわけ!?」

グチュリ
一層力を込めた青年の右手が、スプーンを通じてまりさの目を抉り取った。

「ゆぎゃびぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」

ポロリ、とまりさの右目が零れ落ちる。その右手を青年はキャッチすると、取り出しておいた皿に置いた。
それによって両手を使ったため、一時的に青年の拘束を外れたまりさは、筆舌に尽きがたい痛みにその場を転げまわった。

「ゆぎぃぃぃ!! いぢゃい! いぢゃいぃ!! ばりざの、ばりざのおべべがぁぁぁぁ!!」

ドタン、バタンと机や椅子の脚にぶつかり、叫び声を合わせて騒音を撒き散らす饅頭を、

「いいから黙れ」

青年は足で押しつぶして止めた。

「う゛っー! う゛っー!」と口を押さえれて呻くまりさに、再び手を伸ばす。

「さぁて、もう一個ちょうだいね、っと」

涙で溢れる残った左目に伸びるスプーンに、まりさは顔を恐怖一色に染め上げ、助けの声を上げる。
だが、届かない。青年の手は今度はまりさの口を押さえつけている。
逃げることも、足掻くことも、助けを求めることも出来ないまま、まりさは残った目も抉り取られた。













「……ゆっ? だーりん?」

れいむが気絶から目を覚ます。
キョロキョロと辺りを見渡せば、まだ〝ほてる〟にいるということは理解できた。

「よぅ、ようやくお目覚めかい」
「ゆっ!?」

青年の声にバッと振り返るれいむ。青年の手には白い球体が二つあった。
れいむは自分の中が怒りに満たされるのを感じた。勝手に自分とまりさの邪魔をするなんて、と。

「ぷんぷん! ゆっくりできないおじさんはゆっくりでていってね!」
「はいはい、それよりあれ、お前のだろ?」

頬を膨らませて憤りれいむに、青年はもう片手のスプーンを使ってある場所を指した。
れいむがその指された場所に振り向く。
そこには、

「ゆ゛ぅぅぅぅ!? だぁり゛ぃん!?」

「ゆ゛っ……ゆ゛っ……」

両目を失い、ピクピクと痙攣している最愛のまりさの姿があった。
れいむは慌ててまりさの許へ駆け寄る。

「だぁりん! だぁりん! どぼじだの!?」

まりさの傍らに寄ったれいむはまりさの頬を舐めて慰める。
それで少しは正気を取り戻したのか、涙で濡れた声でまりさが呟いた。

「ゆっ……はに゛ー? ぞごにいるの……?」
「いるよ! れいむここにいるよ!」
「ゆ゛っ……なにも゛……なにもみえないよ゛……はに゛ぃ……」
「だぁぁぁり゛ぃぃぃん!!」

最早空洞と暗闇しかないまりさの両目。見るも無惨な姿になった最愛のまりさに涙するれいむ。
もう何も見ることの出来ないまりさ。もう、愛するれいむの姿を見ることも出来ない。
突如訪れた不幸にゆんゆん、と涙する二匹。

青年は、そんな二匹の都合など斟酌しない。

「はいはい、五月蝿いからさっさと出て行ってくれ」

「ゆっ!?」

ガシリ、とれいむとまりさの後頭部を掴む青年。
青年は二匹を南側の窓まで運ぶと、ポイッと二匹を中庭に放り出し、ピシャリと窓を閉じた。もちろん、今度は鍵もかけて。

「ゆべっ! ゆぐぅ……なにずるの! そこはれいむとだーりんのおへやだよ! ゆっくりあけてね!」

もう閉め切られた窓に喚き散らすれいむ。当然、青年がその通りにするわけもない。
ギャースカ一方的に喚きたて、そのうちに「どうがあげでぐだざいぃぃ! おねがいじまずぅぅぅ!」と涙混じりになったころ、ようやく青年が姿を現した。

「ゆっ! おにいさん! れいむはいいから、だーりんだけでも────」
「さっさとこの場から立ち去らなければ二匹とも潰し殺すぞ」

ゆぐっ、とれいむはドスの効いた青年の声で押し黙った。青年の言葉は嘘偽りない。
その証拠に青年の右手には金槌が握られている。
れいむは涙目になりながら、両目をなくしてぐったりしているまりさの髪を咥えると、まりさを引いてその場を立ち去っていった。
青年はその姿を見て、部屋の中に戻るとまりさから抉り取った白玉入りのぜんざいを食し始めた。

目の見えないまりさの目の代わりになりながら、ずりずりと這っていくれいむ。
両目の無いまりさはそんなれいむに頼るしか無かった。

「ゆぐっ……えぐっ……だぁりん、あんじんじでね……でいぶがゆっぐりでぎるばじょみつげるがら……!」
「はにぃ…………ばりざ、なにもみえないよ……」

二匹のすすり泣く声が、夜の住宅地に悲しく響いた。




つづく



タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2022年01月31日 03:15
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。