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ゴミ箱の中の子供達 第18話

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ゴミ箱の中の子供達 第18話



 10を過ぎると人は誰しも色づき始めるものである。長らく同性のグループの輪の中にいても、その心の内では
異性が気になって仕方が無いものだ。だからこそ、消灯時間後の闇の中で、二段ベッドの下段から出し抜けに
呟かれた言葉を、二段ベッドの上段を占有するマリアンは当然のごとく受け入れることができたのだった。

「あたし、恋しちゃったみたい」

 二段ベッドの下段を占有するモニカは、そう熱に浮かされたように語った。
 案山子と恋ができるわけも無し、恋をするからには相手が必要だ。大方、いつもモニカの後を追い回している
ドラギーチ辺りに恋をしたのだろうか。適当な予測をつけながら、恋の相手についてマリアンはモニカにたずねた。
そのマリアンの予測をベッドの下から響く声は打ち消した。

「ううん、ゲオルグお兄ちゃん」

 またも、うっとりと、何か夢を見るようにモニカは呟く。その意外すぎる答えにマリアンは思わず声を上げた。
モニカに声が大きいとたしなめられ、つい持ち上げてしまった上体を下ろしたところで、マリアンはたずねた。
そのゲオルグお兄ちゃんとはあのゲオルグ兄ちゃんでいいのか、と。ベッドの下から肯定を意味する、うん、
が返ってきて、マリアンは頭を抱えた。
 冗談はよせとばかりに、マリアンはゲオルグの印象を並べた。常に眉間に皺を寄せたむっつり顔。筋肉が
鉄でできているのかその表情が緩んだこところを見たことは無い。口調は尊大そのもので、終始無愛想な表情と
相まって、やたらと高圧的な人間ではないか。姉妹に自制を促すため、マリアンはあえてマイナス面ばかりを
並べたのだが、恋する乙女の前には意味は無かった。モニカによるとそこがいいらしい。無愛想で高圧的な
態度も恋のフィルターを通せば大人の自信に満ちた態度に見えるのだとか。恋は盲目。痘痕も笑窪という言葉が
ここまで再現されれば、最早マリアンに言うべき台詞は無かった。
 やる気を失い、心にも無い声援の一言でもかけようとしたところでマリアンはふと姉のイリアナのことが気になった。
彼女は食堂で兄と不可分な空間を毎回形成している。モニカはこの空間に割って入るつもりなのだろうか。ベッドの
下段にそのことをたずねると、以外にも答えは返ってこなかった。考え事をしているのか静寂が辺りを包み込む。
程なく消えるような小さな声がベッドの下から返ってきた。勝つ、と。後に続いた言葉はより大きな声だった。

「勝つ。お姉ちゃんに勝つ。だってあたしのほうがお兄ちゃんが好きだもん」

 その口調は決意に満ち溢れていた。もはや第三者がとやかく言うものではない。そう、と返したマリアンは、
続けて感情のこもらないエールを送ってまぶたを下ろしたのだった。


 というのがおよそ一月程前の話。
 それから一ヶ月、大した動きを見せなかったのには訳があり、その理由のひとつに、ただ単純に会えなかった、
というのがあった。件の兄は一般人とは異なるカレンダーで暮らしているらしく、モニカの休日と重なるのが、ベッドの上で
恋慕を語った日から丸々一月無かったのである。
 会えないことに気落ちする姉妹をなだめすかしたのが一月前。マリアンはこの一ヶ月の間にモニカの兄への恋慕が
ただの気の迷いとして終わることを願ったのだが、往々にして熱を冷ます力を持つ時間は、時として熱をさらに滾らせる
スパイスになることもあるらしい。マリアンの願いもむなしくモニカの恋の炎は衰えることも無く、毎夜毎夜マリアンに
ゲオルグの男性的魅力について講釈をするにいたった。消灯時間の闇の中で延々と続く惚気話に、マリアンは大人な
ゲオルグの比較対象として槍玉に挙げられるドラギーチを不憫に思うのだった。
 こうしてやたらと恋慕を募らせたのが1週間。差し引いて現在からおよそ3週間程前、モニカはついにゲオルグに
アタックすることを決めた。例によって消灯過ぎのベッドの上で、独り決意の言葉を述べたモニカに対し、マリアンは
決死隊を見送る母子のごとく、心の中で帽を振っていた。このときマリアンは、恋敗れた姉妹を慰める自分についての
プロットを立てていたのだが、そうは問屋がおろさない。ベッド下段の主はマリアンに対し助力を求めてきたのだ。
曰く、どうやってゲオルグを射落とせばいいのか、である。この施設で生を受けて以来の姉妹の願いを無下に断れる
はずも無く、マリアンはゲオルグ攻略の手伝いをする羽目となった。
 夜毎行われる作戦会議に気乗りしないながらも挑んだマリアンは、思いを伝えることを重点に置きすぎて2転、3転した
モニカの案に、たちまち閉口することとなった。果てに飛び出た、体中にチョコレートを塗りたくって私を食べてといいながら
抱きつく、という案にいたって、マリアンはモニカの恋愛観を考えずに入られなかった。思い悩んだ末、マリアンはモニカの
恋愛観の矯正に取り掛かった。作戦会議の主導権を無理やり奪ったマリアンは、モニカの思いを伝えるという考えを
独りよがりと切り捨て、ひとまずゲオルグにモニカへの想いを萌芽させることが先決だと説いた。もっとも、価値観の
変更がそう容易くできるわけも無く、結局モニカが納得するには1週間を要した。
 価値観の矯正と方針の決定に1週間、差し引いて現在からおよそ2週間程前、ようやくゲオルグを射落とす具体的な
方策の検討に入った。モニカへの想いを芽生えさせるべく、具体的に何をするか。肩のマッサージから一気に押し倒す、
というモニカの案を諌めつつ落ち着いた先は手作りの菓子を送るという無難なところだった。
 こうして珍しく論争も起きることも無く過ぎた1週間。差し引いて先週、菓子を作ると決めた2人は大きな問題にあたった。
2人ともゲオルグの好みを知らなかったのだ。何を作ればいいのかわからないと、半ばパニックに陥るモニカをなだめながら、
マリアンはどうにか"スコーンを作る"という手堅いところに議論を着地させたのだった。


 かくして、本日の昼過ぎ、乙女の一大作戦は執り行われたのだった。参謀として作戦立案に携わったマリアンは
自室の二段ベッドの上で、女性誌を読みながら結果を待っていた。
 果たして、扉を開けて部屋に入ってきたモニカは、作戦の結果を語ることも無く、黙って二段ベッドの下段に飛び込んだ。
ぼふん、とモニカのクッションが音を立てる。何も語らないところを見るに、どうやら失敗したらしい。作戦結果を推論した
マリアンは、それでも会話の糸口にと、ベッドの下段にたずねた。

「どーだった?」

 ベッドの下から声が漏れる。

「あんまりー」

 あんまり?はっきりしない答えだったが、ベッドの下からの声はその答えと同じぐらいはっきりしない。

「どーしたの? こー、不味い、ってつき返されたりしたの?」

 判別しない答えに、とりあえず悪かったか否かたずねると、ベッドの下は、ううん、と打消しの言葉とともに首を振る……音がする。

「そうじゃないんだけど、ずっとむすーっとしてて、スコーンあげても変わんなくて……」

 話を聞くに、兄はモニカからのプレゼントに眉一つ動かさなかったみたいだ。仏頂面のままスコーンをかじる兄の姿が
容易く想像できる。
 作戦は失敗。ある意味でそれはマリアンの予想する所であった。プレゼントを与えた次の瞬間から目からラブラブ光線を
出すわけもなし、作戦の肝は地道にコツコツとだ。心にも無い慰めの言葉をかけながら、マリアンは次があるよとモニカを
励ました。
 マリアンの励ましにもかかわらず、その返事は返ってこない。いよいよ下の様子が気になってきたところで、むぅー、と
クッションに頭を突っ込んでいるのかいくらか篭ったうなり声が下から漏れてきた。

「どーしたの?」

 マリアンの問いに、またうなり声を上げた下段の主や、そこでようやく声を上げた。

「一ヶ月……遠いなあ」

 クッションに顔を埋めてうなり声を上げるモニカは兄に会える日を思っているようだった。流石のマリアンもかける言葉は
見当たらない。そうね、と適当な相槌を打ったマリアンは、ため息とともに女性誌のページをめくった。
 しばらくの間、マリアンはベッド下段の恋路を忘れ、女性誌を読み進めた。ページの中身が流行のファッションから、
部屋を彩るカラフルな小物へと移っていく。このサイコロをあしらった黄色いペン立て、いいな。そう思っていたところで、
出し抜けに下から声が響いた。

「決めた」
「ど、どーしたの?」

 いきなり響いた決意のこもった声に、マリアンは思わず上体を起こした。そのままの流れでモニカにたずねると、
モニカは続けた。

「あたし、学校休む」

 いきなりのサボり宣言にマリアンは唖然とする。休むって、あの杓子定規な兄ちゃんが許すわけ……、と言おうとする
マリアンの台詞を遮る様にモニカは続けた。

「学校を休んで、デートを申し込む」

 その言葉には、いかなる外圧にも屈しない決然とした意思が存在していた。こうなってしまってはどうしようもない。
恋する暴走機関車を止める事はできないのだ。
 制止は無駄だと悟ったマリアンは、もうどうにでもなれとばかりに脱力して、ベッドに背を下ろしたのだった。



 ある休日、例によって例のごとく孤児院を訪れるゲオルグ。しかしいつもとは異なり、その隣に背の低い付き人の
姿は無かった。

「めずらしいわね、ゲオルグ1人なんて」

 食堂で紅茶を煎れるイレアナは、意外そうにゲオルグに問いかける。イレアナの問いに、ゲオルグは忌々しそうに
答えた。

「アレックスはブクリエの女の子とデートだそうだ」

 ゲオルグの回答にイレアナはあらあらと嬉しそうな声を漏らす。姉の嬉しそうな笑顔に、ゲオルグは自分が急に
惨めに思えるのだった。
 アレックスのことをイレアナのように喜べないのはなぜだ。眉間に力をこめて、ゲオルグは自問する。やはり恨みか。
かつておきたオシャレ論争で完膚無きにまで叩きのめされた恨みなのか。はたまた嫉妬か。女性にちやほやされる
アレックスのことが羨ましくてたまらないのか。
 ええい俺はもっとクールな筈だ。柄にも無く己の性格について考えるゲオルグの思考は既に泥沼にはまっていた。
そのまま泥沼に体を没し、シンクロナイズドスイミングをしようとしたゲオルグを引き上げたのは、姉の言葉だった。

「羨ましい?」

 いつの間にやら姉は可笑しそうな笑顔で顔を寄せていた。すぐ眼前にあった姉の笑顔にゲオルグは驚きとともに体を引く。

「羨ましいって、そんなこと無い」
「うーそ。顔に出てるわよ、アレックスのことが羨ましいって」

 精一杯の取り繕いをイレアナはすぐさま看過する。羞恥と敗北感の2つに襲われたゲオルグはただただ顔をそらすしか
できなかった。
 そらした顔の先にはガラス戸を隔てて孤児院の前庭が広がっている。視線をそらした流れで前庭を見たゲオルグは
そこに珍しい影を見つけた。
 前庭で遊ぶ弟達の間を駆け抜けるその影に、ゆるいウェーブを帯びた茶髪が翻る。あれはモニカだ。そう思うまもなく
モニカは玄関に転がり込むようにして入っていく。やや間を空けて響き始めたスリッパの音がどんどん大きくなっていることに
気づいたゲオルグは姉とともに食堂の扉を注視した。
 果たして、大きな音を立てて食堂の扉が開くと、息を切らしたモニカが姿を現した。彼女はそのままゲオルグ達が腰掛ける席へ
つかつかと歩み寄る。己をじっと見据えるモニカの瞳に、ゲオルグは思わず背筋を正した。

「お兄ちゃん」
「なんだ」

 少し声が裏返ったか。そんなゲオルグの逡巡をよそにモニカは続ける。

「今度の休みだけど、買い物に付き合ってくれないかな」
「は?」

 モニカの意図をつかみきれず、ゲオルグは間の抜けた返事を返す。その横でイレアナは嬉しそうに、あらあら、と声を上げた。



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