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ゴミ箱の中の子供達 第4話

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ゴミ箱の中の子供達 第4話


 廃民街の奥、うらびれた路地にぽつんと看板が佇んでいる。その看板の汚れた表面にはすす切れた
文字で"会員制射撃場カルパチアシューティングクラブ"と書かれている。看板の脇の階段を下り地下
の扉を開くと、コンクリートを打ちっ放しにした狭い受付に突き当たる。カウンターの奥で気だるげに
新聞紙を広げる係員は会員制を盾に決して部外者を通さない。この一見寂れた施設こそ、"偉大な父"
の戦闘機械"子供達"の訓練拠点であった。
 防音扉を抜ければ長大な25m射撃場が存在する。兆弾防止用の特殊ブロックが敷き詰められた
壁によって囲まれた地下空間では、区切られた各射撃ボックスから放たれる銃の発砲音と人間の
怒号が響いていた。

「大外れだ、この間抜け」

 すぐ背後からの怒声にゲオルグの身は竦む。銃床に頬付けした射撃姿勢は崩さないものの、銃身
を支える左腕を始め、全身の筋肉が緊張していることはゲオルグも理解できていた。アイアンサイトを
覗き、標的につけられた弾痕にあわせ照準を修正すると、強張った指でゲオルグは引き金に力をこめ
る。
 絞られる引き金が閾値を超え、ハンマーを解き放つ。バネの力でハンマーを叩き付けられた撃針は
雷管を潰し薬莢内の装薬を発火させる。瞬時に生じた多量の燃焼ガスは爆発となって弾丸を押し出す
と同時に、反動を作り銃自身を暴れさせる。緊張で固まったゲオルグの上体は支えきれない。銃身を
支える腕は大きくぶれて照準を狂わせる。果たしてゲオルグが放った銃弾は、僅か10メートル先の
標的の中心点から大きくずれたところを貫いた。

「何度いったら分かるんだ、馬鹿者が」

 ゲオルグの背に立つ鷲鼻の老人テオナール・ジョルジュは、その語気をさらに荒くした。
 この老人は"子供達"の訓練教官を務める自警団第2課強制執行部隊出身の元精鋭だ。
 強制執行部隊は収賄問題等を担当する自警団第2課が保有する戦闘部隊である。証人の保護や
企業傭兵による捜査妨害の排除を主任務とする彼らは自警団有数の実力を有しており、凶悪犯対策
のため重装備を有する第1課に対するカウンターウェイトとして自警団の天秤を水平に保っている。
 "子供達"が単なる鉄砲玉の集まりから"偉大な父"の戦闘機械へと高度に組織化されたのは彼の
功績が大きい。
 もっとも、性格は傲慢で独善的。孤児ではないアウトサイダーであることも相まってゲオルグは彼を
好いていなかった。だが――。

「照準が甘い。いいか――」

 テオナールがゲオルグの身体に覆いかぶさるようにして銃の構えを改める。ゲオルグと顔を並べて
照準を修正すると、囁くように撃てと号令する。
 教官の支えを受けながらゲオルグは引き金を絞る。放たれた弾丸は見事に的の中心を穿った。

「この感覚を覚えておけ」

 ――さらりと言い放つ老人のこの実力は認めざるを得なかった。

 自習という号令と共に教官テオナールは射撃場を退出する。防音扉が閉まると同時に隣の射撃
ボックスからアレックスが顔を出した。

「だいぶ絞られたね兄サン」
「なに、いつものことだ」

 アレックスの言葉にゲオルグは事も無げに返す。射撃の才がないことは自覚し、皆も認めていることだ。
だが、弟の前でいい成績が見せられないのは、やはりかっこ悪い。ゲオルグは恥ずかしくなってついつい
顔をそらす。

「ポープ兄サンに教えてもらったら?」

 そう言ってアレックスは別の射撃ボックスを指差す。短機関銃の短い銃身が並ぶ中、そこだけは
違った。長く伸びるバレルに木製のハンドガード。狙撃銃だ。この銃手こそポープだ。班随一の射撃
技術を持つ彼に教えを請うのは、確かに悪くないかも知れぬ。
 ゲオルグはアレックスと連れ立ってポープが入っている射撃ボックスへ向かった。ボックスを仕切る
敷居をくぐりポープの様子を伺う。銃を構え射撃姿勢を保持した彼はゲオルグ達に気付いていない
ようだった。ただ静かにスコープを覗き、この射撃場で最も遠い25m先に設置した標的に狙いを定めて
いる。その姿を見てゲオルグは毎度のことながら思った。スケールが狂うと。
 ポープが構えている銃はゲオルグ達が普段使用している短機関銃ではなく狙撃銃だ。木と鉄でできた
古きよき重厚長大な銃なのだが、2m近い巨躯のポープが持つと1回り小さく感じられる。ポープの黒い
肌特有の重量感では、ニスの利いた木製の銃床が玩具みたいだ。
 出し抜けに銃口から放たれる轟音。銃を撃ったようだ。標的の様子は射撃ボックスの脇に設置してある
モニタで観測できる。ど真ん中に命中。流石、狙撃銃を持たされるだけある。
 スコープから目を離しモニタを確認しようとしたらしいポープはここでようやくゲオルグ達に気づいた。

「オゥ、ビッグブラザァ ニ リトルブラザァ」

 低く掠れたような独特の声質。黒く高い巨体と相まってある種の威圧感さえ感じさせる。
 だが、ゲオルグは物怖じなどしない。する必要もない。ポープの厳しいことこの上ない外見とは裏腹に、
その性格はウサギ好きの極めて心優しい青年であると知っているからだ。
 ある雨が降る寒い朝に孤児院の前に捨てられた彼は、孤児院院長エリナに見つかったときは重い
肺炎にかかっていた。奇跡的に命はとどめたものの、炎症を起こした彼の喉は終ぞ治らなかった。
障害は肺にまで達し、本来なら大事を見て整備班などの後方部隊に配属されるはずだった彼を前衛
部隊へ置いた理由は、類まれなる射撃センスだった。
 潰れた喉による独特のしわがれた声をコンプレックスに持った彼は口数を少なくして年と共に内向性
を深めていった。吐き出すことを自ら拒絶し、内部で先鋭を進めた彼の思考は、卓越した集中力という
形で昇華された。標的の動きや風の流れといった外的要因はおろか、己の呼吸や脈拍すら計算の
範疇に入れた彼は、かつて自警団第2課の精鋭だった教官テオナールですら驚愕せしめる程の射撃
の腕を見せたのだった。
 射撃を教えてほしいというゲオルグの願いにポープは顔をほころばせた。

「オーケイ。ビッグブラザァ ノ タメニ ヒトハダ 脱ギマショウ」

 標的を10mに設定し、ゲオルグは短機関銃を構えた。右ひじを水平張って、いつもの射撃姿勢だ。

「オーゥ、素晴ラシイ。教科書通リノ構エダ」

 褒めているのだろうか。訝しむゲオルグにポープは続ける。

「ダカラ当ラナインダヨ」
「は?」
「教育ナンテ全部最小公約数ニ過ギナインダヨ。重要ナノハ自分ニアッタ構エ方ダヨ」

 目から鱗だった。そうだ、教えられたことをそのまましてもだめなのだ。個人差を理解し、自分なりの
ものに咀嚼しなければいけなかったのだ。

「で、それを見つけるにはどうすればいい」
「リラックス。肩ノ力ヲ抜イテ、トイレデ オシッコ スルトキ ミタイニ リラックス。リラァックス」

 下世話なたとえだ。だが、想像しやすいだけに悔しさがこみ上げてくる。
 ともあれ、脇や肘の力を抜く。するとどうだろう、いくらか照準しやすくなった気になれたのだ。これなら
いけるだろう、とゲオルグは改めて標的に狙いを定めた。

「引キ金ノ絞リ方ニモ コツ ガ アルヨ」
「"闇夜に降る霜の如く"だったか。知っているがよくわからん」
「ノン ノン」

指を振り、大げさなそぶりでポープはゲオルグの言葉を否定する。いったいなんだと訝しむゲオルグの
耳元に口を近づけたポープは、囁く様に言った。

「女ノ子ノ胸ヲ撫デルヨウニ、デス」
「なっ、なにを馬鹿なことをっ」
「ホラホラー、想像シテー。女ノ子ノ胸ヲー。ホラー。サアー」

 あまりの破廉恥な言葉にゲオルグは憤慨の声を上げる。だが、ポープの誘いに理性とは別の思考が
想像を開始してしまう。
 首元から始まる柔らかな膨らみの上を指先がなぞっていく。ふと、指が硬い突起に引っかかる。それ
は桜色の乳頭だ。硬く尖った隆起を乗り越えようと指先に力をこめて――限界だった。

 恥辱が身体を緊張させ、引き金にこめた力を爆発させる。強く握りすぎたグリップは、ハンマーが
振り下ろされるよりのわずかに早く銃身を揺らした。典型的なガク引きだ。果たして銃口から放たれた
弾丸は標的を大きくそれて、背後の壁面に敷き詰められた停弾ブロックへ命中した。

「オーゥ」

 ポープの感嘆の声を上げる。次いで背後から鼻にかかった艶っぽい声がゲオルグの背筋をぞくりと
刺激した。

「お兄ちゃんてば、意外と、ダ・イ・タ・ン」
「その声はミシェルか」
「当ったりー」

 嫌な予感と共に首を向ければ、"子供達"の前衛部隊では数少ない女性であるミシェルの顔がすぐ
そばにあった。ヒスパニック系の浅黒い肌に艶っぽいピンクの唇。黒い髪の毛はさっぱりとしたショート
カットだ。猫を思わせる瞳は愉快そうに細めている。ゲオルグは覚悟を決めて唾を飲んだ。

「だめじゃないお兄ちゃん、ここ、こんなに硬くなってる」

 やたら艶っぽい声を出しながらミシェルはゲオルグの強張った身体に覆いかぶさる。緊張で固まった
両腕を撫で上げられ、耳元に吐息がかかる。何よりも背中に押し付けられる豊満な乳房。もう我慢
できない。

「いい加減にしろーっ。銃を持ってるんだぞ、銃を。危ないだろうが」
「いやーん、お兄ちゃん怖ーい」

 ゲオルグは怒鳴り声を上げてミシェルを振り払う。引き剥がされたミシェルはそれでもなお媚びた声を
止めなかった。
 畜生、いつもこうだ、とゲオルグは心の中で愚痴る。人をからかうことが大好きなミシェルに過去どれ
だけ煮え湯を飲まされたことか。
 いまだ可笑しそうに笑うミシェルに、ゲオルグは今日こそはと鼻息を荒くしていると、出し抜けに響いた
声が2人の間を割った。

「楽しそうだな、お前ら」
「ダニエル兄さん」

 防音扉に背を預ける男はゲオルグ達の兄ダニエルだった。現在は別班の班長として光、國哲、クモハ
というアクの強い弟達に頭を悩ます苦労人だ。だが、班が異なるのになんなのだろうか。
 何事かとゲオルグがたずねると、彼は上を指差した。

「おやっさんから招集命令だ。1430に3階の小会議室だ」

 おやっさんことニークは時間丁度に小会議室に姿を現した。頭頂部まで禿げ上がった頭を斜めに
横切る黒いアイパッチ。残っている右目は今日も不機嫌そうに顰めている。この隻眼の男こそ"子供達"
最高指揮官であり、かつて"子供達"がただの鉄砲玉の集まりだったころの生き残りだ。
 ゲオルグの礼の号令に着席を促した彼は、副官にホワイトボードに掲示させた地図を指揮棒で指し
示した。場所は閉鎖都市避民地区通称廃民街のサウスストリートの一角だ。示された部分を中心に
赤いシールが固まって張られている。

「概略を説明する。場所は避民地区サウスストリート。"ホームランド"に根を張るマフィア"アンク"が
 この周辺ビルのテナントをごっそりと切り取っていった。一応"王朝"の手の者が脅しをかけたが、
 まとまった数が集まっているため効果がなかった」

 "ホームランド"とは閉鎖都市南西部に位置する地区の通称だ。もともとは南部工業地区労働者の
住宅として開発された広大な公団アパート郡だった。だがおりしもかつて閉鎖都市を覆った不況により
労働者の多くが解雇される。家賃が払えなくなった彼らに、閉鎖都市政庁が代わりの住居を与えなかった
ことが仇となった。しかたなく彼らは住み慣れたアパート周辺にバラックを建て始めた。結果"ホームランド"
は廃民街ほどではないにせよ荒廃してしまい、今に至る。

「そこで、我々の出番だ。我々は本日1700にこの一角を襲撃、敵の反撃を誘う。敵があわてて暴れて
 くれればこっちのものだ。我々は適当なところで引き上げ、駆けつけた自警団の治安維持部隊に
 消毒させる。以上が簡単な流れだ」

 一呼吸をおいてニークは副官に合図する。ホワイトボードに引き伸ばされた男の写真が掲示された。
たれ目がちな黒人の中年男性の写真だ。

「この男はスティーブ・ビコ。避民地区進出を取り仕切る"アンク"の幹部だ。今回の襲撃ではこいつの
 首を挙げろ。いいな」

 了解、というゲオルグ達の返事にニークは感慨深げに頷く。
 ニークからの説明は以上らしく、入れ替わるように副官が壇上に上がった。ノートを片手に状況開始
地点、襲撃方法、撤収地点、使用装備などをつらつらと並べ挙げていく。
 副官の説明を聞きながら、ゲオルグの中では現実感が乖離しつつあった。いつものことだ、とゲオルグ
は思う。作戦の骨組みが出来上がるにつれて、現実味が薄れていくのだ。
 ブリーフィングと並行には知らせた思考でゲオルグはそれがなぜなのかぼんやりと考える。恐らく自分
に決定権がないからだろう。自分の任務について、そして抹殺対象である哀れな写真の男についてとても
重要なことを話しているというのに、自分の意思を残せる場所がどこにもない。ただ命令として与えられ、
機械的な実行するだけだ。
 途端、ぞくりと背筋が冷えた。自分が機械と変わらぬことへの恐怖が身体の奥から沸き起こる。副官
の説明を真剣に聞く風を装いながら、ゲオルグは心の奥でその感情を押さえつけた。ああ、俺は機械だ、
"偉大な父"の下、無慈悲に死を振りまく戦闘機械だ、と。
 副官が下がり、ニークが再度壇上に上がる。終了の合図だ。最後はいつもニークの音頭の下、スローガン
の唱和で終わるのだ。
 ニークが発した起立の号令にゲオルグは部下と共に立ち上がる。

「父のために、家族のために」
「父のために、家族のために」

 腹から張り上げたスローガンに、ゲオルグはここにいる理由を思い出した。
 そうだ、すべては家族のためだ。
 身を侵す恐怖がいくらか和らいだ。

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