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皇国召喚 ~壬午の大転移~50

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turo428

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皇国軍が攻撃予告の伝単を投下してから2日が経った。
通告どおりなら5日後に大規模攻撃が始まるのだろう。
そんな日に、フェリスはセソー大公レオニスの私的な夕食に招待されて居た。
軍の高官同士で会食した事は何度かあるが、大公ご本人とは初めてである。
フェリスがいつ出国するか分からないから、最後の晩餐のつもりだろうか。
状況が状況であるし、あくまで軍人としてこの地に留まっている関係上、
フェリスはデコルテのドレスではなくマルロー軍服を着ての会食である。

「麗しい御婦人と晩餐をご一緒出来て光栄です」
「お褒めの言葉をありがとうございます。私も北方の要石と称される殿下に御招き頂き光栄です」
心にもない事をペラペラ喋る技術は、貴族の生まれを有難く思える。
「フェリス嬢は飛竜軍少将との事、しかもその首にあるのは、一級銀翼勲章では?」
「そのとおりです。殿下は我が国の軍事にも精通していらっしゃりますね」
「銀翼勲章となればマルロー王国軍の誉れでしょう」
「旅団長以上の証のようなものです」
実際旅団長以上なら殆どが、連隊長でも何割かは銀翼勲章を佩用しているから、特段の有難みは無い。
百年前ならともかく、今は高位の飛竜指揮官である証以上の価値は無い。金翼勲章なら別だが。
実際、佩用できるのが銀翼勲章くらいしかないというのはむしろ恥ずかしい話で、
褒めるなら空中狙撃徽章とかを褒めて欲しい。略綬だから暗くて見えないか。

「ご謙遜を! 二級までならともかく、一級銀翼勲章は階級だけで得られるものではない事くらい、私も存じておりますよ」
「ありがとうございます」
「一級銀翼勲章をお持ちの貴婦人が助力して下されば、我が軍も百人力ですよ!」
「……助力とは?」
「我が国に残って居るのは、そういう事なのでしょう? 飛竜部隊の指揮官として、我が国を救うと」
「祖国マルロー王国は、リンド王国及び皇国に降伏しましたので、ここに居ても戦闘行為には一切加われませんが」
「我が軍の軍服をご用意します。大将の軍服を!」
は? 何を言っているのかこのモノは。
「それはつまり……国際法違反なのは殿下ほどの方ならご存知の筈……」
負ける公算が非常に高い戦いに、軍服を偽って参加するなど、何の利益があるのか。
生き延びたとしても戦後にどんな非難を受けるか分かったものではない。
コーンウォース伯爵家の面子を潰す事になるし、銃殺ではなく絞殺されても文句は言えないだろう。

体格の良い赤人が侍る中、戦争継続に乗り気なレオニスと正反対のフェリスを尻目に、淡々とした給仕が開始された。
北の趣都と呼ばれるだけあり、この季節の極北洋で獲れる新鮮な魚料理を中心に多種多様な料理が運ばれてくる。
だが……この上等な料理も数日の間に食べる者も作る者も居なくなるのかと思うと、他国の事ながら淋しくも感じた。


丁度、飛竜隊の話が出たところで、フェリスは本題を切り出す。
まだロマディアに残っているマルロー王国の外交官は、セソー大公レオニスを
講和の席に着かせるよう説得する事や圧力をかける事を本国から指示されているらしい。
「貴国の飛竜部隊ですが。殿下は皇国との戦争において飛竜部隊がどれ程の戦果を挙げたか、ご存知でしょうか」
「飛竜は最強の戦力であり、無くてはならない存在だ。此度の戦争でも相応に活躍している」
「リンド王国軍が顕著でしたが、偵察や攻撃に出た飛竜が帰って来ない事を以て、付近に皇国軍の存在を探知するという事に相成りました。
 貴国の空軍も同じ意味では活躍していると言って良いかもしれませんが、しかし我が軍やリンド軍と、貴国軍では規模が違います。
 100騎の飛竜が失われても、我が軍やリンド軍は壊滅的な損害とはいえず、立て直せます。しかし貴国は違います。
 私が飛竜師団の戦闘指揮官として助言できるのは、ここまでです。あとは殿下のご決断を待つのみ」
「ふむ。敗軍の将に期待した私が愚かだった」
「このまま事が進むと、新たに“初代セソー大公”位が創設されるやもしれません」

現セソー大公であるカミーロ家が断絶して困るのはリンド王国とマルロー王国。
そこでマルロー王国の降伏後、両大国は秘密裡にセソー大公となり得る家系を協議していた。
結論としては、カミーロ家に匹敵する家格の貴族は存在しないが、どうしようもなければ代理と成り得る貴族は存在し、
マルロー王子との婚姻によって“初代セソー大公”とする事は、一応は可能であるという結論になっていた。
しかし、そういう御家騒動は北方に新たな火種を生む。
リンド王国と北方諸国同盟との戦争が御家騒動であったし、皇国という圧倒的な力を前に、
この期に及んで「我こそが正統な」と名乗り上げて事を荒げるのは懲り懲りだという意見が多い。
だからレオニスには、穏便に講和して貰いたいのだ。

しかし説得が上手く行かないなら、「お前の一族が死んでも代わりは居る」と告げなければならない。
果たして“命が絶たれる”場合と“貴族でなくなる”場合とで、危機感は違ってくるのだろうか。
軍服と白旗を掲げる機会は今夜から5日後の朝までしか無いが。


一通りの食事が終わり、レオニスは葉巻タバコを、フェリスは酔い醒ましの水を飲んでいた。
傍らに立つ赤人奴隷は上半身を曝け出しているが、暖炉と蝋燭によって室内は暖かく保たれている。
ありがたい事だが、きっちりと軍服を着こなしているフェリスにとっては意外と暑い。
酒を飲んでいると余計に火照ってしまう。

フェリスは懐中時計に目をやる。
「私は少し、夜風に当たりたいと思います。殿下も御一人で、熟考なさって下さい」
そう言って席を立って剣をベルトに差したところで、壁に掛けられた時計が鐘を打った。

帽子を被り食堂を出ると、テレーズが速足で向かって来たところだった。
「閣下。もう長居は無用かと……」
フェリスに拳銃を渡しながら小声で耳打ちしてくる。
「脱出の準備は?」
「滞りなく完了しています。閣下のご命令があれば、今すぐにでも出発出来ます」
「しかしこちらの大公殿下がな……」
フェリスにそこまでの義理は無いと言えば無い。
本国へ送った情報から、新たな命令が来る事は考えにくい。
そもそも伝令が本国から到着する前に、ロマディアの戦闘は決着するだろう。
伝書鳩は大使館と駐在武官が持っているもので、派遣軍の師団長でしかないフェリスの元に届く事は無い。

フェリスの師団司令部は実態としては既にロマディアに無く、副官のテレーズが残るのみである。
あとは、当地で雇った軍属扱いの荷馬車くらい。
全員、乗馬と馬車でいつでもロマディアを離れる準備は出来ているが……。
ロマディアを離れたら、陸路を使うか海路を使うかはその時の情勢次第。
「市内の状況を考えると、宮殿に居た方が安全だろうね」
「この場で、脱出の機会を窺いますか?」
「ラピトゥス城という考えもあるが、戦闘用の城塞にマルロー王国の将軍が
 居るのは拙いだろうし。事が終わるまでは自室で武器を置いて大人しく過ごすさ」
2丁の拳銃を懐のベルトにしまい、話しながら廊下を進む。
突き当りを曲がると歩みを止め、照明が少なく静かな廊下の先、階段の辺りを見据えた。

テレーズが、自分用に持っていた拳銃の撃鉄を上げて暗闇の先を照準する。
「いや、事が終わる前に始まるか」
叫び声と銃声の後、鉄兜と胸甲を着けた将校が、白刃を煌めかせて階段を駆け上って来た。
「そこに居るのは誰か! 合言葉は?」
胸甲の将校がフェリス達に誰何する。
「合言葉は知らんが、まず話し合う必要があると考える次第だ!」
「何を話し合うのだ!」
「私は敵ではない」
剣と胸甲で武装した将校の後ろから、カービンを持った兵士が続いてきた。
それを見て、フェリスは確信する。
「飛竜騎士か? なら私はやはり敵ではない。こちらも武器を下ろすから、そちらも武器を下ろして欲しい」
フェリスに命じられたテレーズが撃鉄を半コックに戻し、ベルトに差した。

そんなこんなで兵士達と問答していると、後ろから飛竜軍司令官が現れた。
「大公はどうした?」
「いえ、まだです……」
その一連のやり取りで、フェリスはこれが末端の兵士の暴走ではなく、飛竜軍司令官による組織的なものだと把握する。

「閣下。これは空軍の意志ですか?」
「子爵閣下ですか……私なりに考えた結論です」
その言葉に、フェリスは廊下の端に寄って道を空けた。
他国の事であるし、無理に止めようとしても多勢に無勢である。
宮殿の周囲には近衛兵が居る筈で、彼らを排除してまで事に及んだのだから、もう覚悟は決めている。
これ以上飛竜を死地に赴かせない為の、他の方策を考え直した結論がこれなのだ。
レオニスの事を“殿下”と呼ばず、単に“大公”と呼び捨てているのもその証拠だろう。

飛竜軍司令官は、兵士達がレオニスの居る部屋に入るのを後から追う。
フェリスとテレーズも、彼らを追った。


葉巻を吸って寛いでいたところ、いきなり突入してきた空軍将兵に
レオニスは目を丸くしたが、自軍と判るとすぐに焦りの表情に変わった。
室内は廊下と違ってかなり明るく、どの部隊かすぐに判別可能だ。
「皇国軍か! 飛竜部隊がどうしたか?」
予告期限より前に皇国軍が夜襲を仕掛けて来たので、至急の報告に来たと勘違いしていた。
飛竜軍司令官まで居るのだから、余程重大な報告だと思ったのだろう。

「違います。今すぐ、皇国とリンド王国に降伏すると、こちらに署名して頂きに参りました」
飛竜軍司令官は、既に書式が整えられ、レオニスの署名さえあれば即時に効力を持つ文書を見せた。
特に講和条件について何も書かれていない内容は、無条件降伏に等しい。

だが皇国は停戦ではなく降伏を望んでいるのだ。
停戦して、講和内容について協議して、それが破談して戦争再開などという事は認めない。
とりあえず降伏しろ。話はそれからだ。という強い意志。
「貴様ら、血迷ったか!」
火の点いたままの葉巻を投げつける。

「殿下! ここは一旦落ち着い――」
「お前が嗾けたのか! マルローの女狐め!」
確かに、涼むといって部屋を出た直後にこれでは、状況証拠的に怪しさ満点だ。
だが勿論、フェリスはこんな茶番の糸を引いていない。
マルロー王国軍人として、そんな事をする意味も無ければ命令も受けていない。
むしろ本当に皇国軍の攻撃であれば、そちらの方がフェリスにとって“本来見たかったもの”である。

レオニスは椅子の脇に置いてあった自分の剣を取り、抜いた。
貴族の嗜みとして剣技を磨くとしても、本業として武芸を磨いている者に敵いはしない。
しかもレオニスは1人で、兵士達はこの部屋に居るだけでも12人だ。

殺そうと思えば簡単だ。剣を使う必要すらなく、拳銃で済む。
だがそれでは降伏文書に署名させる事が出来ない。
脅しも兼ねた拳銃は、部屋に残っていた赤人奴隷に向けられ、躊躇なく発砲された。

「剣を置いて下さい。手荒な真似はしたくありません」
既に手荒な事になっているのだから、レオニスは壁を背に剣を離さない。
しかし多勢に無勢。数人の兵士が一斉に飛びかかれば、身柄を拘束するなど容易いだろう。


だが、事態は飛竜軍司令官の思い通りには進まない。
レオニスは兵士と揉み合いになった末に転倒し、後頭部から大量の血を流して倒れていた。
固い大理石の床には鮮血が広がり続け、顔に近寄ってみても呼吸が無く、首筋を触っても脈が無い。
「何たる事だ! 生かして捕らえろと言った筈だ!」
「そんな、殺すつもりは……」
兵士は動揺し、飛竜軍司令官に助けを求めるような視線を向ける。

「講和するに絶好の機会ではありませんか。いち早く全軍の停戦をして、
 この事を皇国に知らせるのです。でなければ、5日後に予告どおり
 攻撃が始まるのではありませんか? 主の居なくなったロマディアを」
「私は空軍の将に過ぎない。全軍の指揮権を持つのは殿下であって……」
「貴方がやった事だ。貴方から軍務卿に報告すれば良いでしょう」

フェリスの言葉に、飛竜軍司令官が叫んだ。
「この女共を捕らえよ! 罪状は大公殿下の暗殺!」


その命令に一瞬戸惑った飛竜騎士達の隙をつき。フェリスとテレーズは駆け出した。
部屋の入口を見張っていた兵士を突き飛ばすとそのまま廊下を走って、階段を目指す。

結果論だが、ドレスでなく軍服を着ていて良かった。
こうなったら着替えている暇など無く、一目散に逃げるしかない。

階下からは、時折叫び声と共に銃声や剣戟の音が聞こえる。
戦闘が行われているのは間違いないが、誰と誰が?

「こちら側の階段は使えそうにないな」
「しかし裏手の階段はラピトゥス城に近いです」
「なら横の窓から降りるか」
飛竜に乗る者であれば、度胸付けや、実際に墜落した場合の受け身として、高いところから安全に飛び降りる技能を訓練させられる。
フェリスは手近な窓から下に誰も居ない事を確認すると、剣の柄で鍵を壊して窓を開けた。
「本当にやるんですか?」
「律儀に階段使って下りて行くよりは安全だと思う。安全な階段を探し回っている間に退路が塞がったら困るしな」
追ってくる相手も飛竜騎士だが、逃げ場の無い狭い通路を無理矢理通るよりは、広く動ける空間に行った方が良い。
外に出ても、飛竜は夜は飛べないのだ。

窓枠の外に身を乗り出すと、そのままふわりと宙を舞って地面へ着地する。
後を追って来たテレーズも、教練の模範となるような美しい着地を見せた。

「散歩していた甲斐があったな」
2人は夜の闇に紛れ、レオニスが愛する庭園の生垣に身を潜めた。
数人の飛竜騎士が追って来るが、迷路のように配置された生垣に自分達が遭難しそうになっている。

正門は厳重に施錠されて警備の兵士も最低2人いる。幾つかある裏門も状況は似たようなものだ。
ではどうするか。
「柵を乗り越えるぞ」
門とは離れた場所にある柵をよじ登るのだ。
身のこなしの軽い2人になら可能。

セソー大公国軍が市内に作っている陣地の位置は把握している。
後はそこを避けつつ市外に出て、帰国するのみ。

流石にこの短期間でロマディアの隅々まで把握するのは無理だが、主要な道路や橋、運河は頭に入っている。
飛竜騎士の特権。地形を上空から見られる事であり、空からの景色と地上からの景色を頭の中で合成する技能。
地上の景色を見ただけで、俯瞰した風景を頭の中に描ける技能。

最も警備が厳重なのが、皇国軍の主力部隊が目前に布陣している西側。
次に無血占領されたノイリート島のあるシテーン湾に面した北側。

東側か南側から脱出したいが、双方一長一短がある。
東側は海岸線に沿って開けており、夜が明けると隠れる場所が少ない。
南側は河川が流れて複雑な地形で隠れる場所が多いが、その分遅くなる。

「ここは夜が明けるまでに南から市外に出て、夜が明けたら西に向かおうと思う」
「西ですか? 東ではなく?」
「飛竜騎士として考えてみろ。わざわざ皇国軍が布陣する方向に飛竜を飛ばして撃ち落されに行くか?」
「西に逃げれば追手は来られないと」
「それくらいの理性は残っていると信じたい、というだけかもな。同じ空軍の将官として」

フェリスの決断には、しかし単純な誤算があった。
飛竜は来ないから追い付くには時間がかかるという前提で考えられた脱出計画は、馬で追いかけて来た飛竜騎士によって阻止される事になる。
その数4騎。宮殿で追いかけっこした者達とは違うが、軍服からセソー大公国軍の飛竜騎士である事は間違いない。

射撃を避けるようにジグザクに走るが、人の脚と馬の脚の差。
すぐに追いつかれてしまい、回り込まれてしまった。

フェリスは拳銃を手に、先頭に居た飛竜騎士を撃った。
その銃声を皮切りに銃撃戦が始まる。
しかし互いに動き回るので決め手を欠き、遂に剣を抜くが。

「テレーズ馬に乗れ!」
互いの銃弾が空になったところで、フェリスは最初に撃って主を失った馬に飛び乗った。
2人が馬に乗って駆け出した直後、銃声を聞いて駆けつけて来た応援の飛竜騎士が放った銃弾が、フェリスの腹部を抉る。
後ろに座るテレーズにもたれ掛かるように力を失ったフェリスだが、まだ息はあった。
フェリスから手綱を奪い、西を目指して一目散に逃げる。
その間も断続的に銃撃を受けるが、テレーズは逃走を続けた。

フェリスはテレーズの胸に体を預けて目を閉じる。
次に目を開く時は永遠に来ないのだろう。

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