自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

339 第251話 悩める戦姫

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第251話 悩める戦姫

1485年(1945年)9月13日 午後1時 シホールアンル帝国ウェルバンル

シホールアンル海軍首都総司令部次官を務めるリリスティ・モルクンレル大将は、今しがた、3時間ほど続いた幕僚達との協議を終えたばかりであった。

「……では、今日の会議はこれにて終了する。午後は各々の軍務を行うように。」
「了解しました、次官。それでは、私達はこれで……」

リリスティは、主任参謀長から聞いた言葉に無言で頷いた。
会議室に居た6名の幕僚達は次々と退出して行く中、ただ1人、席を立たぬまま残っている参謀が居た。
リリスティは、その参謀に目を向けぬまま、顔を俯かせて小さく溜息を吐いた。

「……どうかされましたか?次官。」

1人居残った参謀が、心配そうに声をかけて来る。
その参謀の服装は綺麗に整えられており、誰が見ても完璧に着こなされていた。

「う~む………なんか、珍しいわね。ヴィル。」

リリスティは半目になりながら、ただ1人居残った参謀……もとい、総司令部情報参謀であるヴィルリエ・フレギル大佐に向けて、感心した口調で言う。

「と、いいますと?」
「ふざけてんじゃないわよ。」

尚も敬語で喋るヴィルリエに、リリスティは持っていたペンを向けた。

「ありゃ、これは失礼したね。リリィ。」

ヴィルリエは砕けた口調でそう言った後、伸ばしていた背筋を丸めた後、椅子を背に寄りかけ、テーブルに両足を置いた。

「はぁ~、肩っ苦しいのってホント嫌だよねぇ。」

「あのー………気を楽にし過ぎるのもどうかと思うんですけど。」
「ん?駄目?」
「駄目に決まってるじゃない。次官命令よ!」

リリスティは目を光らせながら、目の前の同期生に命令を下した。

「へいへい……ご命令とあらば。」

ヴィルリエは足をテーブルから置くと、右ひじをテーブルに乗せ、リリスティに体を向けた。

「3日間の現地視察……ご苦労さま、リリィ。現場はどうだった?」
「最悪だった。」

リリスティは眉間を抑えながら答えた。

「アメリカ機動部隊は、5波に渡ってヒレリイスルィを爆撃して来た。その中には、例のスカイレイダーとやらも大分混じっていたみたい。」
「その辺の話なら、情報部にも伝わっているけど……何でも、そのスカイレイダーっていう新鋭機は、馬鹿みたいな量の爆弾を積めるみたいだね。」
「そうらしいね。」

ヴィルリエの言葉に、リリスティは頷きながら答える。

「そいつらも派手に暴れたせいで、軍港は壊滅。残っていた在泊艦船29隻は片っ端から沈められ、空とはいえ、大型ドック全てが破壊されたわ。」
「事前に艦隊主力を避退していなけりゃ、今頃全滅していたかもしれないな。リリィの言う通り、レンフェラルを温存していた甲斐があったね。」

ヴィルリエはニカッと笑うが、リリスティの表情は暗く、固いままであった。

「温存と言っても、リーシウィルム沖での損失はまだ補填出来ていないけどね。」
「ところでリリィ……昼メシはどうすんの?」
「そういえば……まだ決めてなかったな。」

唐突に、ヴィルリエから昼食の事を聞かれたリリスティは、先程まで浮かべていた真剣な表情を変えて、困ったような顔つきを浮かべる。

「あんた、いつも適当に食堂でメニュー頼んでいるからね。」
「最近は妙にジャガイモとジェラス牛の薄肉に嵌って、そればっかり食べていたけどね。」
「あと、腸詰めの炒め物もね。そんなにおいしいの、アレ。」
「結構上手いよ。まぁ、食べ始めたのは今月からだけど……」

リリスティは、一瞬だけ懐かしいそうな顔になるが……それもすぐに消えた。

「じゃあ、今日は変わった物を食べてみようかな。でも、何を選べばいいかな。」
「アテが無いんならウチに来るかい?」

ヴィルリエが、自らの右手で胸元を叩きながら提案してきた。

「ウチって、もしや情報部の仕事部屋で?」
「ご名答~♪」

答えを当てたリリスティに、ヴィルリエは歌うように答えた。

「たまーには、日陰者の自分達がどんな食事を取っているのか……それを体験するのも良いと思われますよ、次官?」

彼女はおどけた口調で、ジト目で見つめて来る上司に更なる提案を行った。

「それとも……いい食事に慣れた提督には、私達の食べる物は少々合わないですかな。」
「……何言ってんの。」

リリスティは手を振りながら、不敵な笑みを浮かべる。

「前線に居た頃は酷い食事を食べた事もあるわ。まだ、天然物が食える分マシってモンよ。」

彼女は席から立ち上がった。

「それじゃあ、今日の昼食は、情報部の方でお世話になろうかな。」

「フフ……良いご判断ですよ、次官殿。」

ヴィルリエは先と同じように、おどけた口調で返しつつ、心中では相変わらずの性格だなと、深く感心していた。

程無くして、2人は総司令部の地下室にある海軍情報室に足を運んだ。

「さーてと、ただいまぁ。」

この部屋のある時であるヴィルリエは、気の抜けた声音で呟きながらドアを開ける。

「ただいまって……あんたね。」

リリスティは、やや呆れた口調で言うが、ヴィルリエはそれを無視し、ズカズカと中に入り込んで行った。

「やっぱり、この時間は誰も居ないか。」

リリスティは、ほぼ無人の部屋を見回しながら、ぽつりと呟いた。

「残りの連中は外でメシ食いに行っているか、休憩室で鼾かいて寝ているよ。」
「2時半までの休憩時間だからね。休みたい奴は好きに過ごすって事か……って、ヴィル。壁に何か掲げてあるね。」

ヴィルリエは、自ら執務机の下に置いてある鞄をさぐりながら、背後の壁に顔を向ける。

「ああ、これね。」

ヴィルリエは顔をリリスティに向ける。

「アメリカ海軍の新しい主力艦の艦影表と、その名前の一覧表でございますよ。」

ヴィルリエは机の下から何かを取り出し、それをリリスティに渡した。

「家で作って来た弁当。良かったらどうぞ。」
「え、ええ。ありがとう。」

リリスティは礼を言った後、青い布の包みを解き、弁当の中身を見つつ、チラチラとヴィルリエの背後にある艦影表とその名前一覧に視線を向ける。

「……なんか、珍しい食べ物だけど……」
「リリィは初めて見るかい?」

ヴィルリエが顔をニヤけさせながら聞いて来る。

「初めても何も……掌サイズの丸いパン2つの間に、これは肉と野菜か。見た感じ味気ない弁当だなぁ……」
「リリィ。この食べ物はハンバーガーって言う奴だよ。」
「ハンバーガー?」

リリスティは初めて耳にする言葉を聞くなり、首を傾げてしまった。

「アメリカの料理さ。捕虜からの情報を見ている内に作りたくなってね。たまに、こんな感じで作るんだよ。」
「これって、手抜き料理?」
「あ~あ……リリィもそう言うかぁ。」

ヴィルリエが半目になりながら、つまらなさそうな口ぶりで言う。

「まっ、リリィの目から見ればそうなるか……」
「ん?どういう意味?」
「どう言う意味かは、食べてからのお楽しみだよ。」

ヴィルリエはそう言うと、自分のハンバーガーを食べ始めた。

「……ヴィルが食べてるんなら大丈夫……な筈。」

リリスティは自信なさげに呟くが、意を決して、目の前の“手抜き料理”を口にした。

肉の部分も含めて一齧りしたリリスティは、口の中でパンと肉、野菜の合わさる旨みを感じた後、ゆっくりと飲み込んだ。

「あ……美味い。」

彼女は、手抜き料理の意外な美味さに思わず呆然となってしまった。

「その様子だと、ハンバーガーはリリィの口に合ったみたいだね。」

ヴィルリエは、リリスティが見せた反応にクスリと笑いつつ、勝ち誇った口調で言った。

「これは一本とられたねぇ。」
「見た目は簡単。中身はバッチリ。それがこいつの特徴なんだよね。」
「アメリカ人達って、いつもこんな美味い料理を食べてるのか。なんか、また一つ負けたような気がする……」

リリスティは苦笑しながらも、ハンバーガーを食べ続ける。
ふと、視線がヴィルリエの背後に掛けられている艦影表と名前一覧に向けられる。
(へぇ……敵艦の形のすぐ側に、同型艦の名前が書いてあるのか。レキシントン級は2隻、レンジャー級は1隻……ヨークタウン級は3隻……か。
で、エセックス級は…………)
リリスティは、エセックス級空母の艦影のすぐ側に書いてある名前をずらっと見ている内に、何故か、それまで美味いと言いながら食べていた
ハンバーガーが妙に美味くなくなったような気がした。

「ヴィル。後ろの名前一覧って、捕虜から聞き出した物なのかな?」
「ああ、そうよ。」

ヴィルリエはリリスティに目線を向けぬまま答えた。
いつの間にか、彼女のハンバーガーは3分の1程の大きさに減っており、残りも、あと2、3口齧れば無くなる程度の大きさだった。

「3日前からこれまで集めた情報を纏めて、ウチの手下と一緒に作ったんだよ。凄いでしょ?」
「これって、本物の名前?」
「本物だよ。」

ヴィルリエは即答しつつ、ハンバーガーを食べ続ける。

「いやぁ……何と言うか。ねぇ。」
「?」

リリスティは、妙に落ち込んだ口調でヴィルリエに言う。

「この一覧表を見ていると……メシがまずくなっちゃうね。」
「え?リリィはこの表の出来が悪いって言うのかな?」
「いんや。逆よ、逆。」

リリスティは、壁の一覧表を右手の人差指で指しながら答える。

「出来が良すぎて、前線で苦戦して来たあたしとしては、何とも言えない気持ちになるのよ。」
「なるほど……リリィは幾つもの海戦を経験しているからね。そう思うのも仕方ないか。」
「そう言う事。それにしても……エセックス級空母の名前欄を見てると、軽く欝になって来るわね。」

リリスティはそう言うなり、深く溜息を吐く。

「貫禄の20隻だね。ホント、アメリカの生産力は世界一ね。」

ヴィルリネは別段、気にしていないのか、リリスティのように表情を暗くしたりせず、極めて冷静である。
この時、リリスティは、エセックス級空母の名前欄の一部に、赤い印が付いている事に気が付いた。

「……ボノム・リシャール、タイコンデロガ、バンカーヒル……ヴィル。この3隻の名前の横に印が付いているけど、これは何かな?」
「それは、リリィの艦隊が撃沈した空母だよ。この他にも、サラトガとホーネット、レンジャーが沈んでる。これとは別に、インディペンデンス級の
小型空母も何隻か沈んでるね。リリィもかなり頑張っているじゃない。」
「でも……沈んでない空母の方がまだまだ大量にあるって……一体どういう事なの。というか。」

リリスティは席から立ち上がると、早足で一覧表の掲げた壁まで近付き、インディペンデンス級空母の下にある別の小型空母の艦名部分に指を指した。

「この……計測不能ってどういう事?」
「ああ。実を言うとね……その小型空母の正確な数がマジで分からないんだわ。」
「もしや、数が多過ぎるから?」

「その通り。おまけに艦名すら全部はわからない。一応、このちっこい空母にも、ヨークタウン級やエセックス級といった具合に……
ボーグ級、サンガモン級、キトカン・ベイ級、コメンスメント・ベイ級とあるみたいだけどね。」
「大雑把でもいいから数は分からないの?」

リリスティの質問に、ヴィルリエは腕を組みながら唸った。

「分かれば苦労しねぇっつーの。いや、むしろ分からない方が良いんじゃね?」
「はっ?何でそうなるの。」
「いや~、報告書を見てると……尋問官は捕虜からとんでも無い事を聞き出してるのよ。ある報告書には、一ヶ月間で交代のキトカン・ベイ級が
8隻来たとか。別の報告書には、小型空母が一週間単位で次々と就役して前線に送り出されているとか。見たら頭が痛くなるような物ばっかりよ。」
「え……何それ。」

リリスティは、怪しい物を見るかのような目付きでヴィルリエを見据える。

「本物の情報なんでしょうね?」
「紛れも無く本物だよ。情報を聞き出した尋問官がショックのあまり逃げ出す程のね。」
「むむ……ヴィル。今何か、変な事言わなかった?」

リリスティは、ヴィルリエから聞いた言葉の最後の部分が気になり、すかさず聞いた。

「情けない事に、変な事じゃないんだ。」
「へ……って事は……」
「そう。その尋問官は、取り調べを行った2日後に行方不明になったの。後に、憲兵隊はその尋問官を脱走兵として捜査しているけど、事件が
発生して2ヵ月が経った今でも見つかっていないわ。」
「何で脱走したんだろ……」

リリスティはぽつりと呟いたが、ヴィルリネはそれに答えなかった。
リリスティの言葉に答えぬ代わりに、彼女はペンを握ると、護衛空母の艦影表の横に数字を書いた。

「脱走兵云々の話は置いといて……あたしが予測した、船団護衛用の小型空母の数はこんな物かな。」
「最低50から最大80隻って………気持ち悪い数字だね。」
「80隻以上かもしれないけどね。」

顔をしかめながら言うリリスティに、ヴィルリネは追い打ちをかけるかのように付け加えた。

「例え、第4機動艦隊が高速空母部隊を全滅させたとしても、その背後には小型空母がうじゃうじゃと……ヴィル。レンス元帥には当然、教えるのよね?」
「教えようかどうか迷っている所。最近、あのおっさん、精神をかなり病んでいるみたいだから、これを教えたら自殺しちまうんじゃ……と、あたしは
心配しているんだけど。」

ヴィルリネはリリスティに顔を向ける。

「個人的には即刻知らせるべきだと思う。して……次官はどう判断されますかな?」
「そうだなぁ………」

リリスティはそう呟いてから、しばし考え込んだ。
首都にある海軍総司令部の主であり、海軍の最高司令官でもあるレンス元帥は、対米開戦から続く戦局の悪化に比例するかのように、年々健康状態が
悪化しつつあった。
本来であれば、レンス元帥は今日も、海軍総司令部に赴いて軍務に当たる予定であったが、体調不良で大事を取って休んでおり、今日の総司令部の指揮は
実質的に、リリスティが執っていた。
肉体的にも、精神的にも、レンス元帥は疲弊しており、このままでは疲労で倒れ、軍務が出来なくなるのではないかと、周囲から心配されていた。
そのレンス元帥に、この小型空母の情報を教えるか否か……
(レンス元帥は気丈に振る舞ってはいるけど、実際は、何かしらの拍子で破裂する風船みたいな状態に陥っている。海軍全体の指揮を執れるのは、
良くも悪くも、あの方しか居ない今、この情報は教えて良いのだろうか……)
リリスティは悩んだ。
重要な情報はすぐに報せるべきであるという思いと、それに伴う海軍TOPの退場という危険を冒すべきではない、という思いが心中で渦巻く。

「どうしようか……」
「すぐには決められないかな?」

真剣で悩むリリスティに、ヴィルリエが妙にのんびりとした口調で聞いて来る。
それを聞いたリリスティは、他人事か!と思い、ムッとなった。

「そう簡単に決められる訳ないでしょう!ただでさえこの非常時と言う時に!?」

リリスティは苛立ち紛れにそう言い放ってから、ハッと我に返り、表情を暗くした。

「ご……ごめんなさい。キツイ口調で叫んじゃって……」
「いーや、いいのよ。」

怒鳴られたヴィルリエは全く動じることなく、いつもと変わらぬ口調でリリスティに返す。

「問題が問題だからね。レンスのおっさんに倒れられてしまうのは確かにまずい。ならば……」

ヴィルリエは、側においていたペンを取ると、護衛空母のシルエットの側に書いた数字を塗りつぶした。

「こうしちゃえばいいのさ。あたしとしちゃ気に入らんけどね。」
「ヴィル………」

ヴィルリエの配慮に、リリスティは唖然となってしまった。

「勘違いしないでよ、リリィ?あたしは、このやり方が“気に入らない”と言っている。本当なら、レンスのおっさんの家にまで行って、
この数字を見せ付けてやりたいぐらいだからね。」
「気持ちはよく分かる。けど……現状ではこうするしか無いからね。良くも悪くも、海軍を纏め続けられるのは、レンス元帥しか居ないから。」
「でもね、リリィ。こんな甘ったるい方法は、本来、使っちゃ駄目なんだよ。特に、こんなご時世ではね。下手したら、あたしらは戦犯よ、戦犯。」
「戦犯……アメリカ人捕虜からよく聞く、戦争犯罪人って言う奴ね。」
「その通り。情報を隠蔽して国民を戦争に突き動かした、と言われちゃうかもしれない。実際そんな物だけどね。」

ヴィルリエはしたり顔で答えてから、愛用のキセルを取り出す。
次に、袋を机の引き出しから取り出そうとした時……いつもは人を小馬鹿にしたような微笑みを顔に張り付かせていた彼女が、珍しくしかめっ面を浮かべる。

「チッ……葉が無くなっていたのを忘れてた。いつもの奴は、ランフック爆撃のせいでもう入手が困難だったわね……」
「どうしたのヴィル?机の引き出しなんか見つめて。」
「いや、ちょっとね。タバコを吸おうと思ったけど、止めるわ。」
「そういえば……ヴィルは最近、そのキセルを吸って無いね。禁煙?」
「当たらずも、遠からず……って所かな。」

ヴィルリネは苦笑しながら言うと、持っていたキセルをそのまま、引き出しの中に入れた。

「禁煙せざるを得ない、と言った方が正しいな。」

ヴィルリエはため息交じりに答えた。

「それはどういう事?」
「あたしが吸っていた葉。あれ、ランフック産の良質な葉だったの。けど……この間のランフック爆撃で、いつも世話になっている店がやられちゃってね。」
「それで……」

リリスティが呻くように呟く。

「話を戻すけど………情報の伝達は、正直、どんな時でも素早くやらなければいけない。今回の様に、うちのTOPがどうのこうので知らせられない
なんて、馬鹿のやる事よ。けど………今の時期は、倒れられたら本当にまずいから知らせないだけよ。」
「じゃあ、いずれは知らせると言う事だね。」
「あんたもそのつもりでしょう?リリィ。」

ヴィルリネはリリスティの目をじっと見据える。

「そうよ。レンス元帥の健康状態が良くなったら、その時に知らせるつもりよ。あるいは……」

リリスティは、ため息を吐いてから言葉を続ける。

「本人が正常な判断を下せなくなった時に、冷や水代りに打ち明けるだけね。」
「それ、冷や水どころか熱湯みたいなものじゃない?」
「無粋な突っ込みは止してよ、ヴィル。」

リリスティは、右手をひらひらと振りながら言い返した。

「まっ、結論としては……今はひとまず、小型空母の総数がどれぐらいであるか伏せて置く、と言う所か。」

ヴィルリエの言葉に、リリスティは頷く。

「と言っても、現状でも2、30隻程居る、と言う情報は既に知られているけどね。それに加えて……馬鹿みたいに固い大型空母とか、爆弾搭載量が
異常な新型艦載機。」
「そして、運動性能が従来機とは別物の新型戦闘機……ヒレリイスルィの時は、こっちの85年型汎用ワイバーンでも、かなり苦戦したらしいからね。」

ヴィルリネが、羨ましげな口調で言った。

「最近のアメリカさんの流行は、新型兵器の追加投入か。本当、羨ましい国だよ。」

リリスティもやれやれと言いながら、艦影表に再び視線を向ける。
彼女は、空母とは別の艦種……戦艦の艦影表にも注目する。その中のとある艦種……アイオワ級戦艦の所で視線が止まった。

「作りの面倒な新鋭戦艦も続々と作るし……レーミア沖で暴れた新鋭のアイオワ級戦艦が全部で7隻、それが既に実戦投入済みという点も、大いに苦しい所だね。」
「ヴィルの言う通り。ねぇリリィ、知り合いに欝になりたいという人が居たら、こいつを見せると良いよ。2時間後には間違いなく寝込むから。」
「貴重な労働力を潰してどうするの。馬鹿。」

リリスティは目を吊り上げ、よろしくない提案をする情報参謀を叱りつけた。

「おっと……これは失礼いたしました。」

ヴィルリネはわざとらしい口調で謝る。ふと、彼女はリリスティの前に置いてあるハンバーガーに視線を向ける。

「あー、リリィ。それはもういらないかな?いらなければあたしが食べるけど。」
「ん?あ」

リリスティは、ヴィルリネの視線の先に視線を向けた後、自分がまだ昼食を終えていない事に気付いた。

「これはあたしのよ!」

リリスティは、取られてなる物かとばかりに席へ戻り、ハンバーガーを掴むや、残りをガツガツと食べ始めた。
半分以上残っていたハンバーガーを、リリスティは僅か20秒ほどで平らげた。

「……ごちそうさま。」
「フフフ。いい食いっぷりだったねぇ。」
「ただのヤケ食いよ。」

リリスティは恥ずかしげに言いながら、持っていたハンカチで口元を拭き、包みを畳んでヴィルリネに返した。

「しかし、何度見ても凄い表だね。これを見れば、アメリカ太平洋艦隊の戦力が、どの地域に展開しているか推測出来るね。」
「海軍部隊を少しでも戦い易くするのが、うちの仕事だから。とはいえ、作るのが少し遅すぎたかもしれないけどね。」

ヴィルリネは、さらりとそう言い放つが、リリスティはその口調に、どこか悲愴じみた物を感じ取った。

「第4機動艦隊と米機動部隊……今頃は、レーミア沖海戦で生き残ったヨークタウン級やレキシントン級も加わっているだろうから、母艦戦力の差は広がる一方ね。」
「あ、1つだけ言い忘れていた事があるわ。」
ヴィルリネが思い出したように言って来た。
「ヒレリイスルィで撃墜した、敵艦載機の搭乗員を尋問して聞き出した情報によると……アメリカ海軍は、一部の正規空母を後方専門に割り当てて、
今年の4月頃から運用を始めたらしいわ。」
「ん?ヴィル……それはどういう事?」
「分かり易く言うと……空母数に余裕のあるアメリカさんは、腕の良いパイロットの予備を増やすために、訓練用の空母を確保したって事よ。その訓練用の
空母って言う奴が、ヨークタウン級とレキシントン級、ワスプ級といった、エセックス級以前の“旧式空母”なのよ。」
「旧式空母……といっても、ヨークタウン級やレキシントン級、ワスプ級は、立派な正規空母じゃない。それを、後方の訓練専用に?」
「ええ。ちなみに、その捕虜のパイロットは新米で、訓練の最終段階に空母エンタープライズで訓練を行ったと言っていた。」
「と言う事は……前線にある正規空母は全て、エセックス級やリプライザル級ばかり……」
「確実にそうなるね。」

ヴィルの返答に、リリスティは思わず口笛を吹いてしまった。

「前線の正規空母全てを世代交代させるとは……うちとは大違いだなぁ。」
「これぞ、アメリカの力技。って奴なんだろうね。あたしらからしたらたまったモンじゃねえけどさ。」

ヴィルリエはそう言うなり、笑い声を上げた。

「……ヴィル。あたしはもう行くね。」
「もう行くのかい?休憩時間はまだ終わりじゃないけど。」
「いいよ。残りの時間は、自室で居眠りでもして来るわ。ハンバーガー、ありがとね。」

リリスティは左目をウィンクさせながら、ヴィルリネの仕事部屋を後にした。

足音が情報室のドアから遠のいていく音を聞きながら、ヴィルリエは両足を机の上に置いた。

「ふぅ……レンス元帥以外に、海軍を纏められる人は居ないか。まっ、確かにそうなんだろうね。」

ヴィルリネは、天井を見上げながらそう呟く。

「あの人が倒れたら、まずいと言えばまずい。でも、それは海軍の士気が落ちると言うだけ。本当は……」

ヴィルリネは、顔をリリスティが退出して行ったドアに向ける。
彼女はそのドアと、リリスティの後ろ姿を脳裏で重ね合わせた。

「あんたが総司令官になっても良いんだよ。海軍の中では、対米戦の経験が豊富な上に、一度任された仕事は前任者以上に、上手くこなしているからね……リリィ。」

ヴィルリネは、密かに自らの願いを呟くと、そのまま居眠りを始めた。



「しかし、旧式とはいえ、3~4隻の正規空母を訓練用に転用とは、持てる国は違うねぇ。」

リリスティは執務室に戻るまでの間、心の中でそう思っていた。
ヨークタウン級やレキシントン級といった空母は、開戦以来、シホールアンル海軍と幾度も激闘を繰り広げてきた宿敵とも言える存在である。
それだけに、これらの空母航空隊は精鋭揃いであり、どの戦場でもシホールアンル軍は苦杯を舐めさせられてきた。
リリスティは、レーミア沖海戦で損傷した歴戦の精鋭空母群が、今度も不死鳥のごとく蘇って前線で暴れるであろうと確信していた。


その予想は、半分だけ当たり、半分だけ間違っていた。


確かに、傷を負った宿敵達は蘇っていた。
だが、これらの精鋭空母に与えられた働き場所は、前線ではなかったのだ。
アメリカ海軍は、新鋭のエセックス級やリプライザル級の数が充分に揃うや否や、あの名空母達を、前線からあっさりと引き下がらせたのである。
その思い切りの良さに、リリスティは素直に感服すると同時に、彼我の戦力差が隔絶している事実を、改めて思い知らされていた。

「シホールアンルにも、もっと生産力があればなぁ。余分に5隻程、正規竜母があれば……米太平洋艦隊に好き勝手させるだけでは無く、意外な所に
一撃を加えられるかもしれなかったんだけど……いや、前者はともかく、後者はあり得ないか。」

リリスティは、自分の胸の内に浮かんだ考えに苦笑しながら、歩を進めていく。
執務室に到達するまでは、さほど時間がかからなかった。
彼女はドアを開き、自分の仕事部屋に入って行った。

ドアが音立てて閉められた直後、彼女の脳裏に、ある考えが浮かんでいた。
(……あの正規空母群って……本当に、“練習用”として後方に取られているのかな。アメリカに、あたしが考えたような、馬鹿げた方法で空母を
動かす奴が居たとしたら……)
リリスティは考えを進めていくうちに、自身の体が急激に重くなるように感じた。
だが……
(いや、流石にそれは無い……か。そんな回りくどい事はあり得ないよね。)
彼女はきっぱりと否定した。

「ああ~、休憩時間だってのに、ストレスがみるみる溜まって行く……休憩の終わりまでまだ時間があるし、椅子に座って休んでおくか。」

リリスティは胸中の不安を打ち消すかのように、やや張りのある声音でそう言ってから、執務机の前にある椅子にどっかりと腰をおろし、机に突っ伏して居眠りを始めた。

それから30分程、彼女は居眠りを続けようとしたが、胸の中に溜まった不安はなかなか消える事は無く、リリスティは精神的に休める事が出来ぬまま、午後の
軍務を行う事となった。


1485年(1945年)9月20日 午前10時 テキサス州フォートワース

小さな窓から見える空はいつになく快晴で、これから空に飛び立つ身としては、まさしく最高の光景である。
(もっとも、窓らしい物はコイツしか無いんだけどね)
と、臨時に設けられた椅子に座る彼は、貸し与えられた飛行服に身を包み、ぼんやりとした気持ちの中でそう思っていた。

「少佐殿!そろそろ離陸です。ベルトは締めてますか?」

彼は、隣に座っている付添いの搭乗員に声を掛けられた。

「大丈夫。しっかり締めてますよ。」

彼は、ベルトの根っこを叩きながら搭乗員に言う。
バルランド海軍魔道技術部に所属しているラウス・クレーゲル少佐は、臨時に宛がわれた特別機に乗って、レーフェイル大陸に向かおうとしていた。
特別機は離陸直前のため、両翼のエンジンはこれまでに無い程に轟音を上げている。

(しっかし、本国で話を聞いた時は、そんな飛行機があるのかよと思った物たが。アメリカ人はこんな物騒な飛行機をマジ作っちまうとはね)
ラウスはのんびりとした表情を貼りつかせたまま、心中では彼の乗る特別機を作ったアメリカに驚嘆していた。

「少佐殿!気分はどうですかい!?」

隣に座っている搭乗員が再び声をかけて来た。
エンジン音が鳴り響いているため、聞き取り辛いものの、ラウスはなんとか聞き取れた。

「どうかって言われてもね……まだ飛んですらいないから感想は言えないよ。ただ……こんな飛行機を作っちまうとは流石だなと思うね。」
「このコンカラーに比べりゃ、B-29なんて子供ですからね!」
「本当だよなぁ。」

ラウスは大あくびを掻きながら返答する。

「B-29を見た時は、馬鹿みてぇにでかい飛行機を作りやがると思った。でも、B-36を見た時は、こいつは頭のネジが飛びまくった奴が設計したんだなと
思っちゃったね。」
「ハハハ!少佐殿、俺もそう思いましたぜ!」

その搭乗員は、人懐っこい笑顔を振り撒きながらそう言った。

「機長より各員へ。これより離陸する!」

唐突に、耳元に機長のアナウンスが響いて来た。
それから程無くして、機体が前進し始める感覚が伝わって来た。

「おお、動き出した。」

エンジン音が鳴り響く中、ラウスはぼそりと呟く。
外から見たB-36の姿は余りにも大きく、これで、本当に無給油でレーフェイル大陸まで行けるのか、そして、この大きさで本当に飛び立てるのかと疑問に思った。
その第1の疑問である離陸が出来るか否かであるが……機体は順調に加速しているらしく、体が張り付けられる様な感触が徐々に大きくなって来るのがわかった。
やがて、機体の機首部分が上向き、程無くして、浮遊感が伝わって来た。
(この感触……離陸には成功したようだな)
ラウスは心中でそう思いながら、隣の搭乗員の肩を叩いた。

「すまん、ちょっといいかい?」
「どうかしましたか。少佐殿。」

ラウスは、右手を指差した。

「今、何時か分かるか?」
「ええと……午前10時5分です。目的地までは約8000キロ近くありますから、巡航速度340キロから350キロ前後……あと23時間後には到達予定です。」
「ほぼ丸1日か……それまで、よろしく頼むよ。」

ラウスの言葉に、搭乗員は親しげに笑うと、右手を差し出して来た。
その右手には傷跡があった。
(……この気の乗員達は、全員が前線帰りだと聞いている。この人の良い中尉さんも、歴戦の爆撃機乗りなんだな)

「こちらこそ。」

ラウスは心中で呟きつつも、搭乗員と固い握手を交わした。
彼の乗るB-36は高度1万メートルまで上昇した後、巡航速度でレーフェイル大陸へと向かって行った。

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