自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

335 第247話 箍が外れる時

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第247話 箍が外れる時

1485年(1945年)8月28日 午後6時 ワシントンDCホワイトハウス

アメリカ陸軍参謀総長を務めるジョージ・マーシャル元帥は、公用車の中から夕日で赤焼けた空を眺めながら、ホワイトハウスに向かいつつあった。

「閣下。間も無くホワイトハウスです。」

運転兵の言葉に、マーシャル元帥は無言のまま、小さく頷いた。
白星の付いた黒い公用車は、ホワイトハウスの正面玄関の前で停止し、マーシャルは運転兵にドアを開けられてから下車する。
制帽を小脇に抱えつつ、彼は手慣れた足取りでホワイトハウスの赤絨毯の上を歩いて行く。
程無くして、大統領執務室の前に到着した彼は、一言挨拶を申してから入室した。

「やぁジョージ。こんな時間に呼び出して申し訳ないね。」

執務机で政務を行っていたフランクリン・ルーズベルト大統領は、マーシャルに労いの言葉をかけてから、ソファに座るように促した。

「アーノルドはまだ来ていないようですな。」

マーシャルはしわがれた声でルーズベルトに聞く。

「本人は少しばかり遅れて来ると言っていたが……もうそろそろ来る筈だ。何か飲むかね?」
「はっ、よろしけば、コーヒーを……」
「いいだろう。」

ルーズベルトは頷くと、スタッフにコーヒーを用意させた。
スタッフが、マーシャルの座っているソファの前に置かれたテーブルにコーヒーを置くと、ルーズベルトが車いすを動かし、マーシャルの
右斜め前まで進む。
この時、陸軍航空隊司令官であるヘンリー・アーノルド大将が執務室に入って来た。

「遅れて申し訳ありません。」

「おお、来たか。」

ルーズベルトはにこやかな笑みを浮かべると、マーシャルが座っているソファの反対側のソファの座面を叩いて、座るように促した。

「今しがた話を始めた所だ。ここに座りたまえ。」
「はっ。」

アーノルドは軽く一礼してから、マーシャルの反対側に腰を下ろした。

「飲み物は何が良いかね?」
「コーヒーをお願いします。」
「よろしい。」

ルーズベルトは頷くと、スタッフにコーヒーを1つ、追加で注文した。

「それにしてもアーノルド、……いささか体調がよろしくないようだな。」

ルーズベルトは、やや顔色が青いアーノルドを見るなり、心配そうに言う。

「は……3日前から微熱が出ておりまして。医者の話では疲労が溜まっていると言われました。」
「そいつはいかんな。都合を付けて休養を取った方がいいぞ。」
「いえ、前線では生死を掛けて戦っている将兵がおります。彼らの奮戦を尻目に、微熱如きでゆっくりと休む事など出来はしませんよ。」

アーノルドは、青い顔に笑みを貼りつかせながら、ルーズベルトに言う。

「程程にしたまえよ、ヘンリー。また心臓発作で倒れてからでは遅いぞ。」

話を聞いていたマーシャルが、ややきつい口調でアーノルドに忠告する。

アーノルドは、陸軍航空隊総司令官という重責を担ってから、精力的に活動を行ってきたが、2年前から彼は頻繁に体調を崩すようになった。

特に、43年中旬から45年初めにかけては、実に3回もの心臓発作を起こしている。
彼が急激に体調を崩した原因は、彼自身が日々の激務に対して何ら怯む事無く、精力的に活動を続けた事によってため続けたストレスや疲労にあった。
アーノルドは、心臓発作を起こしてしばらく休養した後、すぐに軍務に戻っているが、自らの体の限界を超えた激務をこなし続けた後、またもや
心臓発作を起こすという悪循環に陥っていた。
45年1月には、それでも軍務を続けるアーノルドに対して、マーシャルが直々に1ヵ月の休養命令を発しており、アーノルドは反対するも、
渋々休養命令に応じた。
陸軍航空隊トップが、健康悪化にもかかわらず、頑として軍務を行う事に見かねたルーズベルトは、45年3月頃、アーノルドに対して職を
辞してもよいのではないかと提案したが、アーノルドは体力の続く限り軍務を行う事を希望した。
ルーズベルトは、聞き分けの無いアーノルドに対して、マーシャルの命令で解任を促させる事まで言った物の、結局はアーノルド自身が、

「大統領閣下には毎月健康状態を報告いたします。その報告を見た上で、私が以降の軍務を遂行できるか否かを判断してもらいたい。」

と、自ら条件をぶち上げたため、ルーズベルトはアーノルドに事に関しては何も言わぬと決めた。
とはいえ、目の前のアーノルドが青い顔を浮かべているとなると、その決意も幾らか揺らいだ。

「何、軽い体調不良です。そのうち何とか直りますよ。」
「どうも信用できんな……君は以前、似たような事を言ってバルランドに向かったが、帰国した直後に心臓発作で倒れたではないか。」
「はは……面目ない次第です。」

ルーズベルトの鋭い指摘に、アーノルドは苦笑しながら頭を掻いた。

「しかし……大統領閣下は大層元気になられましたな。3カ月前とは大違いですぞ。」

アーノルドは、羨望の混じった口調でルーズベルトに言う。

「あの時は、私もこれまでかと思った物だが……どうやら、この世界の神様は、私が勝手に死ぬ事を許してはくれなかったようだ。」

ルーズベルトは首を竦めながら、アーノルドに返した。

「失礼します。」

スタッフが入室し、トレイに乗せられている飲み物を、テーブルに置いて行く。

「ご苦労。」

ルーズベルトは礼を返してから、紅茶を啜った。

「さて………君達2人を呼び出した理由だが……既に、2日前に起きたヒーレリでの事件は知っているな?」
「はい。新聞にも載っておりますからな。」

アーノルドが答える。

ヒーレリ領オルボエイトで起きた、シホールアンル軍による無差別攻撃は、27日のニューヨークタイムスやワシントンポスト紙といった
主要新聞社を始めとし、全国各地で報道された。
オルボエイト市の損害は定かではないが、偵察にあたった第20航空軍からの報告では、被害は市街地全域に及んでおり、死傷者の数は
万の大台を軽く超えるとの予想を立てていた。
この攻撃前のオルボエイト市の人口は、立て籠もった反乱部隊を含めて7万人以上と言われている。
もし、シホールアンル軍がこのオルボエイト市を完全に殲滅した場合、その7万人以上の命が失われる事になる。
また、28日には、オルボエイト市のみならず、他の北部地区でも、シホールアンル軍部隊と住民との間で戦闘が行われているという報告が
届いており、一部の部隊が偵察爆撃を敢行した所、村落で略奪や虐殺行為を行っている多数のシホールアンル軍部隊が居る事を確認している。
その攻撃から2時間後、シホールアンル軍の集結地を特定した第5航空軍は、述べ1000機もの戦爆連合編隊を差し向けた。
この虐殺行為に激怒したかのように行われた第5航空軍の爆撃は、1個師団規模のシホールアンル軍をたちまち壊滅させてしまった。
アメリカ合衆国では、この一大事件に対して、早くも憤激の声が各所で上がっており、ある上院議員は、

「シホールアンル帝国は我々の示した慈悲に対して、被占領国住民の虐殺という血に塗れた挑戦状を叩き付けたのである。もはや、合衆国は
敵に慈悲を掛ける必要ないと思う次第である。」

と公言していた。

「我々の間では、早くもオルボエイト事件と呼んでいるが………国民の多くはシホールアンルの蛮行に対して、敵本国に即時報復を行うべきだと
声高に叫んでいる。連合各国でもそうだ。」

「「………」」

アーノルドとマーシャルは、何も言わぬままルーズベルトの話を聞き続ける。

「特に、独立の成ったレスタン民主国からは、報復として、連合各国に早期の帝国本土侵攻を要請する文が届いている。シホールアンルの奴らは、
誰が見ても、我々が差し伸べた手を思い切り殴り飛ばした恥知らずだ。」

ルーズベルトは一旦言葉を止め、紅茶を一口啜る。

「だが、あいにくと、シホールアンル本国に対する報復という物は非常に難しく、手段は限られている。ミスターマーシャル、そうだろう?」
「はっ。閣下のおっしゃる通りです。」

マーシャルは事務的な口調で答える。

「今まで、順調に推移して来たヒーレリ、バイスエの攻略ですが、ここ数日前から、一部の地域に関しては前進速度がかなり落ちています。」
「一部の地域とは、シホールアンル帝国に連なる国境地帯の事だな?」
「はい。」

ルーズベルトは、自分の頭の中に北大陸の地図を思い描く。

「シホールアンル軍は、南部に展開している部隊全てを国境付近に配置しております。敵の兵力は膨大であり、少なくとも、150万の兵が
展開しているでしょう。その中でも、特に重点が置かれているのが、ヒーレリ中東部とバイスエ西部国境方面です。この地域には、国境から
4、50キロ程離れた旧属領側から既に、堅固な防御陣地を築いており、国境付近には、幾つもの要塞が設置されている事が航空偵察で
確認されております。正直申しまして、防御態勢はこれまでとは比べ物になりません。」
「……もし、現状の地上部隊でもってこのヒーレリ中東部と、バイスエ西部国境付近を攻めるとなると……突破は出来そうかね?」
「……この2つの地点を突破出来れば、南部一帯と100万名以上の敵部隊を包囲出来るという点で見れば、やってみる価値はあります。
ですが、それはやってみる、と言う話です。私の見解で言えば……現有兵力でここを攻撃する事は、自殺行為以外の何物でもないでしょう。」
「……他の領境地帯に関してはどうかね?」

ルーズベルトは他の地区に目を向けさせる。

「レスタンやグルレノ方面からの侵攻も検討しましたが、この2方面は、一部を除いてそれぞれ、峻険な山岳地帯が国境線の役割を果たしているため、
ここの地区からの侵攻は現実的ではありません。侵攻を行おうものならば、所定の位置に配置されているシホールアンル軍に餌を与えてやる様な物です。」
「では………本国侵攻は無理なのかね?」
「現有兵力では無理です。ですが………増援の3個軍が配置される11月頃ならば、話は変わります。その頃には、各戦線の部隊も休養と
再編成を終え、ほぼ万全の態勢で作戦行動に移れます。」
「なるほど……時間が経てば……か。しかし、なるべく早い内に攻める、と言う事は、やはり不可能なのだね?」
「地上部隊での侵攻はほぼ無理です。例え実行し、突破が出来たとしても、それ以上の事は出来ぬでしょう。」
「ふむ……地上からはほぼ不可能。と、なると………あとは。」

ルーズベルトはアーノルドを見つめた。

「空から……という事になりますな。」
「消去法みたいな物だが……自然とそうなる。して、陸軍航空隊としては、報復爆撃を行う事は可能かね?」
「可能です。」

アーノルドは即答した。

「既に、レスタン民主国に配備されている第20航空軍では、出撃準備が着々と進められております。20AF(第20航空軍)指揮官である
カーチス・ルメイ少将からは、攻撃予定地点には、シホールアンル本土中西部地区に当たる工業都市、ランフック市を定めているとの事です。」
「ランフック市は、シホールアンル本土中部地区では随一の工場地帯です。それを囲むように、大都市が建設されています。情報部の調べでは、
人口は180万人以上との事です。」

マーシャルがアーノルドの説明に補足を付け加える。

「都市の作りとしては、最初に戦略爆撃を行った南部の要所、ウィステイグとほぼ似ています。」
「アーノルド。20AFはそのランフック爆撃にどれぐらいの戦力を投入するつもりなのかね?」
「は……現有戦力全てです。」
「現有戦力全て……すまないが、20AFはどれぐらいの爆撃機を有しているかな?」
「戦力としては、3個爆撃航空師団、4個戦闘航空師団を有しております。爆撃機は、全てB-29で構成されており、1個爆撃航空師団につき、
装備機数200機前後。3個爆撃航空師団を合わせると、600機以上になります。」

「600機……か。高価な機体を、よくぞ集めた物だ。」
「は……20AFは、他の航空軍からもB-29装備部隊を吸収しておりますので、B-29の保有機数は、陸軍航空隊の中でも随一になります。」
「それで、20AFはこの600機の爆撃機をもって、ランフック市を叩くのか……敵の迎撃も激しくなりそうだが。」
「閣下の懸念はごもっともです。ですが、20AF司令部では、既に、その対策を考えております。」

アーノルドは、その言葉を予想していたと言わんばかりに、そう言い放つ。

「20AFは、ランフックを夜間爆撃で叩く旨を知らせております。」
「夜間爆撃だと……いくらレーダー搭載機も有しているとはいえ、600機ものB-29でそれが可能なのかね?」
「はい。ルメイ少将からは可能だといっております。なにせ、高度1万メートルからの高高度絨毯爆撃ですので、任務の難易度としては、
昼間よりもやや難しい程度です。」
「難易度としてはそれ程でもない……か。だが……ランフック市の住民は、何も知らぬのだろう?」

ルーズベルトは、アーノルドに重ねて聞く。

「いつもやっているビラ散布は、全くやっていないのだろう?」
「はい。」
「となると………ランフック市の住民180万名以上は、爆撃機が来る直前まで、それぞれの家に居る事になるな。」
「そうなります。そして、そこに夜間侵入したB-29の大群が爆弾の雨を降らせる訳です。600機の爆撃機が狙う主目標は当然、工場ですが………
これまでの爆撃で分かったように、全ての爆弾が工場のみに落ちる事はありません。高高度爆撃ですから、当然、数え切れぬほどの外れ弾も出ます。
正直申しまして、ランフックに対して行おうとしている事は、実質的な無差別戦略爆撃と言っても、過言ではありません。」

アーノルドはきっぱりと言い放った。
その言葉に、ルーズベルトの心臓が一瞬、高鳴った。

「閣下、私としましては……今回の報復爆撃は、実行するには余りにもリスクが大き過ぎるかと思います。」

マーシャルが顔を険しくしながらも、冷静な口調でルーズベルトに進言する。

「報復を行う事は、相手の更なる報復を呼び起こす可能性があります。シホールアンルが依然として占領している地域には、少なからぬ住民がおります。
もし、ランフック爆撃に激高したシホールアンル上層部が、この住民達に報復の矛先を向けてしまった場合、非戦闘員の犠牲は更に増えます。
また、仮に報復爆撃が成功したとしても、ランフック市が甚大な損害を受け、数万単位の死傷者が出た場合、同盟国からも過剰報復とのそしりを
受けかねないでしょう。」
「だが……我々は民間人の無差別攻撃が確認され次第、報復を行うと伝えている。同盟国もそれを強く望んでいる。」
「はっ。私も存じております。しかし……その報復が、市街地への無差別爆撃というのは明らかに、やり過ぎではないのでしょうか。」
「………」

マーシャルの言葉に、ルーズベルトは押し黙った。

「報復を行うのなら、他にも手はある筈です。何も、我が合衆国が、シホールアンルと同じような蛮行に手を染める必要はありません。」
「……確かに。」

ルーズベルトは納得し、深く頷いた。

「元帥の言う通りだ。ランフックに対する夜間無警告爆撃は、実行すればシホールアンル国民に多大な犠牲を強いるばかりか、かえって、
連中の敵愾心を煽り立てる結果も招きかねないだろう。同盟国からの批判も充分に考えられる。」
「……では。」

アーノルドが口を開く。彼は心中で、ルメイの立てた作戦もお蔵入りとなるかと思った。

「将軍。君の言う事は充分にわかった。だが……私は、あえて鬼になる。」
「「!?」」

2人の将軍は、思わず息を止めてしまった。

「シホールアンル国民の事を思うと、正直、心が痛くなる。しかし、シホールアンルは幾つもの過ちを犯して来た。私は、彼らを正すためにも、
アメリカ合衆国の本気を見せ付けるべきだと思う。もはや……戦争の勝利のためには、微笑みを浮かべ続けるのも、一時的にやめなければ
ならぬだろう。」

ルーズベルトは、テーブルに置いたカップを手に取り、ぬるくなった紅茶を一気に飲み干す。

「ランフック爆撃は、20AF司令部が提案した通りに行いたまえ。責任は……私が取ろう。」
「は……し、しかし。閣下は……」
「みなまでも言うな。」

抗弁を行おうとするアーノルドを、ルーズベルトは手を上げて制した。

「オルボエイト事件では、皇帝のオールフェス・リリスレイが悪者として取り上げられている。ならば、このランフック爆撃では、あえて、
私が悪者となろう。」
「……よろしいのですか?」

マーシャルが、押し殺した声でルーズベルトに聞く。

「歴史は、あなたの事を、市街地に対する無差別爆撃を命じた、血に飢えた大統領と書き記すかもしれませんぞ。」
「別に構わんさ。」

ルーズベルトは即答する。

「そもそも、合衆国大統領という物は、昔からろくでもない事をしでかした奴ばかりだ。初代大統領ワシントンからして、在任中に
インディアンの殲滅を大々的に命じている。偉大なる大統領とは、何かしら、“大いなる失敗”をしでかしている物だよ。」

彼は、何故か愉快そうな口調で2人の将軍に言う。

「だから、私はあえて、鬼となる。このランフック夜間爆撃という“大いなる失敗”が、シホールアンルとの戦いに勝利を収める布石となるの
であれば、私はあえて実行させたい。」
「……閣下。」

アーノルドは、ルーズベルトの決意に対して、ただ圧倒されるばかりであった。

「マーシャル、アーノルド。重ねて言おう。20AFには、提案通りの案で作戦を実行せよと伝えたまえ。」

ルーズベルトは、強い口調でそう命じた。

「シホールアンル帝国に、アメリカ合衆国の怒りを見せ付けてやろう。」


1485年(1945年)8月30日 午後3時 レスタン民主国ミルスティーズ

レスタン民主国の地方都市、ミルスティーズ郊外には、レスタンを解放したアメリカ軍の航空基地が建設されていた。
ミルスティーズ郊外には、解放後の2月から6月にかけて、計4つの飛行場が作られ、6月中旬からは、アメリカ軍の爆撃機隊が
同飛行場に配備され始めた。
この飛行場に配備された爆撃隊は、6月に新設されたばかりの第20航空軍に所属しており、7月までには、20AFの全飛行隊が
4つの飛行場に配備を終えていた。

この日、ミルスティーズ近郊にある4つの飛行場では、誘導路に並ぶ多数のB-29が、出撃前の暖気運転を行っていた。
飛行場の周囲にある村や集落の住人達は、飛行場から響いて来るエンジン音が気になり、仕事もそっちのけで飛行場の方を見つめる。
一部の住人は、飛行場で何が起こるのかとばかりに、興味津々といった顔付きを浮かべながら、飛行場のフェンスまで近付き、飛行場に並ぶ
無数のB-29を眺め回していた。
第145爆撃航空師団第69爆撃航空団に所属するダン・ブロンクス少佐は、愛機の操縦席から、フェンス越しに暖気運転の様子を見学する
住民達を見るなり、苦笑した。

「おい、見ろよ。レスタン人の子供達が目を輝かせながらこっちを見ているぜ。」

副操縦士のジョイ・ブライアン大尉はブロンクスの言葉を聞き、フェンスに目を向けてから、やや引き攣った笑みを浮かべた。

「無邪気なもんですな。連中、うちらが今からやろうとしている事を知ったら、どんな顔を浮かべるんでしょうか。」
「さあな……と言いたい所だが。このレスタンは、ヴァンパイアという理由だけで400万もの人命がシホールアンルによって奪われている。
俺達がやろうとしている事を知れば、よくやったと言って来るかも知れんぞ。」
「よくやった、ですか……正直、自分はあまり、気が乗りませんな。」

「俺も同じさ。」

ブロンクスは、ぶすりとした口調で言う。

「今回の爆撃は、事前の予告ビラを撒いていない所を、多数のB-29で叩きまくる訳だが……夜間、それも、高度1万メートルからの投弾では、
工場のみではなく、付近の住宅地に被害が及ぶのは明らかだ。今までの爆撃だって、外れ弾がかなりあったからな。」
「……ランフックのシホールアンル人は、近い内に地獄を見そうですな。」
「ああ。」

ブロンクスは、半ば憂鬱になりながらコ・パイにそう返した。


今から遡る事、丸1日……

8月29日、午前10時半。
この日、ブロンクスは、航空軍司令部のあるクリルプイス飛行場に、次期作戦の説明を聞くため、他の飛行隊指揮官と共に赴いた。
クリルプイス飛行場には、各飛行隊の指揮官や群司令、航空団司令が、司令部内にあるブリーフィングルームに集まっていた。
時計の針が午前10時半を過ぎた時、ブリーフィングルームに航空軍司令である、カーチス・ルメイ少将が現れた。

「諸君。忙しい中、集まって貰った理由は他でもない。」

ルメイは、開口一番、冷静ながらも、有無を言わさぬ口調でそう言い放った。

「我々第20航空軍は、明日夜間を期して、シホールアンル帝国中部に爆撃を行う。」

ルメイは、側で待機していた副官に目配せする。
副官は頷くと、背後の壁にあった幕を左右に分けた。
幕が分かれ、壁に掲げられた作戦地図が現れた時、参加者達はどよめいた。

「爆撃目標は、シホールアンル中部地区最大の工場都市ランフックである。諸君らも既に知っていると思うが、私は先日のオルボエイト事件が
発生した時、全飛行隊に待機命令を出した。あの時、諸君らの中には、目標も決まらぬ内に出撃準備を整えるのは何故であるか?と、疑問に
思った者も居るだろう。その答えが、これだ。」

ルメイは、持っていたパイプの筒先を、地図に向ける。

「我が20AFは、先のオルボエイト事件の報復として、ランフックに対する爆撃を行う。このミルスティーズからランフックまで、距離は
1400マイル。往復で2800マイル(4480キロ)だ。参加兵力は、第145爆撃師団、第192爆撃師団、第202爆撃師団指揮下に
ある全航空団を動員する予定だ。」

ルメイは、冷静な声音ですらすらと喋って行くが、参加した指揮官達は、今回の爆撃作戦は別の意味で、ただ事ではないぞと思い始めていた。
第145爆撃師団は、第64航空団と第78航空団、第192爆撃師団は第73航空団と第502航空団、第202爆撃師団は、第313航空団と
第314航空団を有している。
20AFは、他の航空軍と違って戦略爆撃を専門とする航空軍であり、部隊は正式名称とは別に、第20戦略航空軍とも呼ばれている。
20AFの中核は、この3個爆撃航空師団が装備するB-29であり、保有機数は各飛行隊を合わせると、600機以上にも上る。
ルメイは、ランフック市爆撃を、この600機全てを用いて行おうとしていた。

「攻撃方法は、高度1万メートルからの高高度精密爆撃である。目標は、市中心部、並びに、東部にある工場地帯だ。各爆撃師団は、1個航空団に
高性能爆薬を搭載させ、もう1個航空団には焼夷弾を搭載させる事。また、先発の第192爆撃師団は、機銃を全て取り外し、爆弾、焼夷弾を、
積める限り積んで貰いたい。192爆撃師団は、明日の午後4時、第145、第202爆撃師団は、午後4時30分をもって指揮下の飛行隊を
発進させるように。その後は、目標上空に到達次第、爆撃を開始せよ。なお、護衛として、第802夜間戦闘航空団のP-61が68機付く予定だ。」
ルメイは言葉を止め、指揮官達の顔を見回す。
今回の爆撃で市街地にも甚大な損害が出る事は、誰もが確信しており、席に座る参加者達の顔から血の気が引いていた。

「私からは以上だ。何か質問は?」

その後、ルメイは指揮官達との質疑応答を幾度か繰り返した後、爆撃作戦のブリーフィングを終えた。
各飛行隊は翌日の出撃準備に取り掛かり、整備員達は徹夜で機体の整備や爆弾の搭載作業を行った。

そして、今日……

「………」

ブロンクスは押し黙ったまま、暖気運転を続けていた。
彼は、地上の整備員が親指を立てている事に気付くと、エンジンを停止させた。
緩やかに回っていた4基のエンジンは、程無くして停止し、周囲には僚機が吐き出すエンジン音が延々と鳴り響いていた。

「隊長!機体の調子はバッチリです。問題ありません!」

顔に皺のある整備班長が、自信に満ちた口調で、コクピットから顔を出すブロンクスに言ってきた。

「ありがとう。ご苦労だった。」
「それでは、自分らは別の機の調子を見て来ます。隊長、ご武運を!」

整備班長はブロンクスに敬礼を送る。ブロンクスも答礼で答えた。


そこから時間はあっという間に流れた。
午後4時20分、管制塔からブロンクス機に向けて指示が伝えられた。

「こちら管制塔。第522飛行隊へ、聞こえるか?」
「こちら522指揮官機、感度良好だ。そろそろ出撃だな。」
「ご名答。今から10分後に出撃だ。522飛行隊がこの基地では最初に飛ぶ予定だ。」
「ほほう。いつもはドンケツな俺達が、今日に限って一番早く上がれるとは。珍しい事もあるもんだ。」
「早上がりは今回だけかも知れんぞ。それはそうと、今の内にエンジンを回しておけ。」
「了解。」

ブロンクスはそう答えると、ブライアンに顔を向けた。

「今日は俺達が最初に上がる事になった。」
「え!?それはたまた珍しいですな。」
「まったくだ。それでは………エンジン始動!」

ブロンクスは声を張り上げてから、エンジンの始動スイッチを押す。
4基のエンジンはがなり声を上げつつ、最初はゆっくりと回り始める。
最初こそは、耳を塞ぎたくなるような音を立てながら、不規則に動いていたプロペラも、時間が経つにつれて回転速度を増して行く。
エンジン始動から2分後には、4基の大馬力エンジンが快調に回り、飛行場内に強烈な轟音を響かせていた。
午後4時25分、管制塔から新たな指示が伝えられた。

「こちら管制塔。522飛行隊指揮官へ。機体を滑走路に移動し、離陸に備えろ。」
「こちら指揮官機、了解。」

ブロンクスは素っ気ない口調で答えてから、車輪止めが外されている事を確認し、機体にかかっているブレーキをゆっくりと緩める。
それまで、誘導路上に停止していた白銀の機体が、ゆっくりと進入路に向けて進み、曲がり角で規則正しく曲がって行く。
その後を、ブロンクスの指揮下にある522飛行隊のB-29と、後続の飛行隊の機体が、4基のエンジンを回しながら、数珠繋ぎに続いて行く。
程無くして、ブロンクスのB-29は滑走路上に到達し、次の指示を待った。
ブロンクスは時計の針を見つめる。

「4時28分か……あと2分……」

彼は、心中であと2分後に離陸する事を考えた後、更に、その数時間後に、自分達の成す事も考える。


高度1万メートルで行う高高度精密爆撃……


だが、強風の吹き荒ぶ1万メートル上空から、何ら誘導装置も無い爆弾で爆撃を行う時点で、精密という言葉は無きに等しい。
(俺達がやる事は、ただ、無数の1000ポンド爆弾や焼夷弾を、広範囲にぶちまけるだけだ。全く……ルメイ閣下もとんでもない事を考えやがる)
ブロンクスが複雑な心中でそう呟いた時、耳のレシーバーから管制塔の指示が伝えられてきた。

「こちら管制塔。第522飛行隊、離陸を開始せよ。」
「こちら指揮官機、了解!」

ブロンクスは、憂鬱な気持ちを吹き飛ばすかのような声音で答えると、愛機のエンジン出力を上げると同時に、車輪のブレーキを解除した。
左右に取り付けられたエンジン4基が一層唸り声を上げ、機体がびりびりと振動する。
愛機は加速して行き、滑走路上の風景が急速に後方へ流れていく。
4基のライトR-3350エンジンは、15発の1000ポンド爆弾を搭載した重い機体をぐいぐいと引っ張り、速度を更に上げていく。
滑走路を2000メートル程走った所で機体が浮き上がった。
1番機が滑走路を蹴り上げ、大空に舞い上がってから20秒後に2番機が滑走を開始した。
第64航空団の各機は、50秒から40秒間隔で離陸を続け、最後のB-29がレキネヴル飛行場を離陸したのは、時計の針が午後6時35分を過ぎてからであった。

最後のB-29が飛行場を離陸した頃……既に離陸を終えていた、第192爆撃師団所属の2個航空団は、編隊を組みながら、時速300マイル(480キロ)の
速度で目標に向かっていた。
目標であるランフック市は、直線距離で2200キロの位置にあり、先頭集団が目標上空に到達する予想時刻は、午後10時30分頃と見込まれていた。

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