ゆっくりいじめ系2675 副工場長れいむの末路

副工場長れいむの末路






けたたましいブザーの音が部屋中に鳴り響いた。

手元のスイッチを押してブザーを止め、足元の箱を持ち上げてベルトコンベアーの上に置く。
箱の中に詰まっているのは「ゆっくりゼリー」
ゆっくりれいむがニコニコと笑っている絵に吹き出しがついており
「ゆゆっ!とってもおいしいよ!」等と書きなぐられている。
箱はベルトコンベアーを流れ、別の部屋へと消えていった。

山のように積まれた空箱をひとつ取り出してセットし、さっきと同じスイッチを押す。
機械が作動を始めボタボタとゼリーが箱に落ちはじめた。

箱が満タンになったらブザーが鳴り、スイッチを押しブザーを止め、
箱をベルトコンベアーに乗せ、空箱を置いてまたスイッチを押す。

男の仕事はこれだけだった。
一日12時間。黙々とこの作業を繰り返す。
両隣にも同じ作業をしている作業員がいるが、誰一人として無駄口を叩かず淡々と作業をこなしている。
時計を見る。午後6時57分・・・・

「本日の作業は終了、本日の作業は終了、全員安全点検の後、集合してください。本日の作業は終・・・」

機械的なアナウンスが流れ、工場内を照らしていた明かりが薄暗くなる。
誘蛾灯に群がる虫のように作業員達がワラワラと小さな明かりのついた通路に集まっていく。


「本日の業務ご苦労様でした」
「ゆっ!」

感情の全く篭っていない声と共に身長の低いでっぷりと太った中年が作業員達の前に現れた。
その腕には同じくでっぷりと肥えたピンクと白の横縞の服を着ているゆっくりれいむが抱かれている。

「先日話があった通り「ゆっくりゼリー」の大幅な生産縮小に伴い、
本日で雇用の契約を解除して頂く方を報告します。・・・さぁ、れいむ」

工場長に促されたれいむは「ゆっ!」と声を上げるともみあげをピコピコと動かし壇上にあがる。

「ゆふん!ゆっくりできなくなる人間さんを発表するよ!」

ニヤニヤと汚い笑みを浮かべながら作業員を見渡すれいむ。
作業員達は苦虫を噛み潰したような顔をしてうつむいた。

体力さえ伴えば幼稚園児でもできるような仕事である。
解雇を言い渡される人間には何の落ち度も無い、誰を解雇しても同じという環境で
工場長は自分が恨みを買わないよう、飼っていたれいむを非公式ではあるが、副工場長に任命し、
この理不尽なコイントスを自分の代わりに行わせた。
ゆっくりを愛護している工場長にはゆっくりに解雇される作業員を選ばせるという事が
作業員をこの上無く馬鹿にしている行為だと理解できていなかった。

れいむが適当に選んだ3人が今日解雇される。
30人いるこの作業場で一日3人が解雇されそれが5日間続く、今日がその3日目だった。

「ゆっ!12番さん!ゆっくり路頭に迷ってね!」

作業員の名札には名前は書かれていない。人の入れ替わりの激しいこの現場では作業員は番号で呼ばれていた。
名札に12番と書かれた作業員は両手で頭を抱えてしゃがみこんだ。

「23番さん!ゆっくり路頭に迷っ・・・」
「おいおい、れいむ、そういう事を言うのはやめなさい」
「ゆっ!工場長さん!ゆっくり理解したよ!」

ぷりんぷりんと身を揺らせて工場長に媚びるれいむ。
工場長の口調もやめろとは言っているが強く咎めるものではない。
23番の名札をつけた作業員はその場で上着を脱いで放り捨てると「死ね!」と吐き捨てて作業場を後にした。

「おぉ、ぶざまぶざま!ゆふふん!最後の一人は!ゆゆゆゆっ!」

ふんぞり返り、ニヤニヤと作業員を見渡すれいむ。
全員顔を伏せ、自分の名前が呼ばれないように祈るしかない。

「26番さんだよ!ゆっくり死んでね!」

無言で壁に拳を叩きつける作業員、それをゲラゲラと笑うれいむ。
同時に残った作業員達の安堵の表情、その中で男は静かに息を吐いた。

男の名札に書かれている番号は28番。今日も番号を呼ばれる事は無かった。
あと2日、あと2日間番号を呼ばれなければ暫くは解雇されずに済む。

「おつかれ!あと2日だな、まあお互いがんばろうや」

浅黒い肌の同僚が男の肩を叩き更衣室から出て行く、作業員達の足取りは重い。
玄関にはさっきのクソ袋がふんぞり返って作業員達を「お見送り」しているのだ。
下手な真似をして目をつけられてはいけないので作業員はれいむの顔色を伺い、挨拶をして退社していく。

男はそんな真似だけはしたくなかった。

だからここ3日、こうやって最後まで残ってこっそりと2階の更衣室の窓から外に飛び降りて退社していた。
たとえ足を折ることになっても、クソに頭をさげるよりはマシと考えていた。

男はそれくらいゆっくりが嫌いだった。

先に鞄を地面に投げ、追うように窓から身を乗り出して飛び降りる。
鈍い音と共に衝撃が足から脳天にまで伝わった。
小さくうめき声を上げながらフラフラと立ち上がると男は帰路についた。




「お゛でがい゛じばず!だべも゛の゛をくだざい゛!ま゛り゛ざはもう4日もな゛に゛も゛だべでな゛い゛ん゛です゛!」

工場から少し歩いた所にある繁華街、その片隅にゆっくりまりさは居た。
まりさのシンボルである帽子は雑巾のように薄汚れ、元々金髪である筈の髪は汚れとゴミで薄茶色になっている。
その片隅には仰向けに倒れ身動きひとつしない鼻紙のようにくしゃくしゃに歪んだ子まりさが転がっている。

「お゛ぢびぢゃん゛だげでも゛い゛い゛でずがら゛!お゛でがい゛じばずっ!お゛でがい゛じばずっ!」

涙も枯れ果てしゃがれた声で叫び続けるまりさ、そんなまりさの声に耳を貸す人間はひとりも居なかった。
それでもまりさは叫び続けた。叫び続けるしかなかった。
このままではらちがあかない。傍らで虚空に目を泳がせて身動きひとつしない子まりさを暫くジッと見つめた後、
意を決して目の前を通り過ぎようとしていたスーツを着た中年の前に立ちふさがるまりさ。

「お゛でがい゛じばず!おぢびじゃ・・・・ゆべっ!」
「うわっ!」

突然進行方向に飛び出してきたまりさを避ける事ができずにスーツの中年はまりさを蹴飛ばしてしまった。
道路に放り出され、迫ってくる車のクラクションに驚き、耳を劈くような奇声を上げているまりさには目もくれず
足を上げてズボンを見る中年。ズボンにはまりさの汚れがベッタリとついていた。

「ゆ゛あ゛ぁぁぁぁ!ゆ゛っぐりよ゛げでね゛!ゆ゛っぐりよ゛げでね゛ぇぇっぇ!」
「おい!クソ袋!どうしてくれるんだよ!」
「ゆひぃぃぃぃ!!」

目の前を車の車輪がかすめ、その風圧に白目を剥くまりさ、しーしーの穴がヒクヒクと動いている。
どうやら漏らすしーしーすらまりさの体内には残されていないようだ。
それでもようやく足を止めた人間を逃すまいと、やつれた顔をめいいっぱいに綻ばせて人間の下へ向かう。

「ゆっ!ゆっぐりごべんなざい!ぎいてぐだざい!にんげ」

パァン!

スーツの中年は仰向けで身動きひとつしない子まりさを蹴り飛ばした。

「ゆ゛っ!あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!?どぼじで!?どぼじでぇぇぇぇ!?」

乾いた音と共に、子まりさはぶるんぶるんと体を振るわせながらゴミ捨て場のゴミ袋の塊に突き刺さった。

「さっさと死ね!イライラするんだよ!くそっ!ズボン汚ねぇッ!!」

まりさに唾を吐きかけ、足早に去っていくスーツの中年、何故何もしていない子まりさを蹴ったのか?
まりさを蹴ったら今度は靴が汚れるからである。
ズボンが汚れたイラ立ちを少しでも押さえる為に幾分小奇麗な子まりさを蹴った。
それだけである。誰もそれを咎める者は居ない。

「おっ!おぢびじゃぁぁぁん!ゆっくりでてきてね!ゆっくりでてきてね!」

ゴミの中に体を突っ込んで、尻を振りながら必死に子まりさを探すまりさ、分別されていたゴミは散らばり路地を汚した。
まりさを一瞥し、眉をひそませ通り過ぎていく人々、
やがて大量のタバコの吸殻の袋の中に埋もれている子まりさを発見し
汚い体を更に灰だらけにしながらゴミ捨て場から離れ、物乞いをしていた場所に戻る。

「よ゛がっだね!無事だった゛ん゛だね゛!お゛ぢびぢゃん゛!ゆ゛っぐりじよ゛う゛ね゛!」

カラカラに乾いた瞳からほんの少しだけ涙を滲ませて喜ぶまりさ。
子まりさの体を舐めまわした後、すりすりをし、ゆっくり!ゆっくり!と語りかける。
それでも子まりさは反応しない。まりさによって立たされていたが、暫くするとパタリと倒れた。

男はその様子を少しはなれた場所からじっと見ていた。

そう、あれだ。
あれが正しいゆっくりの姿だ。

今日びゆっくりはおろか人間だってゆっくりしてる奴なんてそう居ない。
どいつもこいつもバカみたいな安い仕事を必死に奪い合って毎日を何とか過ごしている。
人間ですらゆっくりできないんだ。ゆっくりごときがゆっくりなんておこがましい。

「ゆ゛っ?」

気がついた時には男はまりさの隣に居た。
膝を曲げまりさの傍にしゃがみこむ。

「お゛っ!お゛に゛い゛ざんっ!ま゛り゛ざにっ!」
「なぁ、まりさ」
「ゆっ!」

まりさ・・・

久しぶりにその名前で人間から呼ばれた。
この人間さんはもしかしたら他の人間さんと違ってまりさの話を聞いてくれるかもしれない
微かな希望を感じ、まりさは人間にすり寄った。

「お兄さんゆっくり聞いてね・・・?まりさはこの6日間何も」
「散らかしたゴミを誰が片付けると思う?」

2日程絶食期間のサバを読むまりさ。実は何も口にしていない期間は3日であった。
それが例え10日だろうが20日だろうが人間の同情などひけないだろう。
そんな切羽詰ったまりさの呼びかけに男は逆に質問を返した。

「ゆっ?ゴミさんがどうかしだんでずか?ぞんなごとより」
「ゴミを集める仕事をしている人たちが居るんだ。少ない時間で沢山の仕事をしないといけない。
人間も大変なんだ。お前のように何もしないで泣き叫んでるなんて楽な仕事はこの世にはないよ」

「ゆっ!まりさは楽なんかしてないよ!まりさはここでずっ」
「ここでずっと騒いで人間を不快にさせてるのか?
皆疲れてるんだ、やっと仕事が終わって帰る途中にこんなもの見せられたらな」

まりさにも思い当たる節があった。ここ最近ゆっくりはおろか
人間さんも全くゆっくりしていない。みんな暗い顔をして早足で通り過ぎていく。
しかしだからと言って物乞いをやめるワケにはいかない。人間さんがゆっくりするまで待っていたら
子まりさは永遠にゆっくりしてしまうだろう。

「ごん゛な゛も゛の゛どがいばな゛い゛でね゛!おぢびぢゃん゛がじにぞうな゛ん゛だよ!」
「この子まりさ・・・もう死んでるぞ」

男は子まりさの体を指でつついた。
子まりさはそれにも全く反応を示さず、なすがままに体を揺らしている。
指でつついた部分は弾力が全く無い、へこんだままになっている。

「ゆ゛っ!!な゛に゛い゛っでる゛の゛!?おちびちゃんは生きてるよ!昨日はちゃんとお返事したよ!」
「昨日までは生きてたんだろ?今はもう死んでるんだよ、動かないし喋らないだろ」

まりさは身を震わせながらこの世の終わりの様な表情を浮べ、男と子まりさを交互に見て口をパクパクさせている。
そんなまりさの様子を暫く眺めていた男だが、突然子まりさを掴んで立ち上がるとそれを道路に放り投げた。
対向車線の真上に落ちた為にすぐに車に轢かれる事は無かったが、子まりさのすぐ近くを車の車輪がかすめていく、
何かのはずみで轢かれるのは時間の問題だ。

「ゆ゛わ゛っ!・・・ゆ゛わ゛ぁぁぁ!お゛ちびち゛ゃん゛!!」
「お前、元飼いゆっくりだろ?ここでこうやって喚いてれば飼い主が来てくれるとでも思ったか?」

びくん!と身を揺らすまりさ、どうやら図星のようだった。

「子まりさもいい迷惑だよな、かわいそうなまりさちゃんのお膳立ての為にメシも食わせてもらえず野垂れ死にか」
「ゆぐっ・・ゆぐぐぐぐぐっ!!ま゛り゛ざは゛!!」

まりさの雑巾のような帽子についた丸い穴、
言うまでも無く飼いゆっくりが一定の保護をうけられるバッチがついていた跡だ。
保護されて家へ戻ってこないように毟り取られたのだろう。
今はその跡から髪の毛がはみ出しているだけだった。

「さっさと山へ行って虫でも喰ってれば良かったんだ
飼い主の気が変わるのを期待して街にヘバりついた結果がこれか?」

「ゆ゛っ!ゆ゛ふぅっ!ゆぐん゛っ!ゆ゛ぐぐっ!!」

顔をしわくちゃに歪ませ、声にならない声をあげるまりさ。全て男の言った通りだった。
ある日突然山の麓に放りだされ、飼い主に別れを告げられ捨てられた。

山に入ったものの、番のありすはその日の内に野犬に食い殺され、口に入れた虫はまずくて吐き出した。
こんな所ではゆっくりできない。まりさはゆっくりだが、野生のゆっくりとは違う。
ペットショップという由緒正しい家で生まれた選ばれたゆっくりだ。

今更下賎な野生のゆっくりと一緒に暮らせるワケが無い。
こんな暮らしは1日とて我慢できない。ゆっくりできない。事情を話せば飼い主もわかってくれる筈だ。
そう思い、5匹居た子ゆっくりを最後の1人まで失った所でやっと街へたどり着いた。

「子ゆっくりが育つまで山で過ごすという方法もあった筈だ
そんな短い期間も我慢できなかったか?こんなチビを連れ回すなんて自殺行為もいいところだな」
「ち、ちがうよぉ!だいじなおぢびじゃんを一日でもあんな危険な山においておきだぐながっだんだよ!」

今にも噛み付きそうな勢いで男の足に縋り付いて叫ぶまりさ。

「ま゛り゛ざはおぢびじゃんだけのごどをおぼっでっ!!なにもじらないぐぜに!!じじい!!じね!!じねぇぇ!!」

図星をつかれて取り乱すまりさ、身を震わせて自分を取り繕う様は滑稽にしか見えない。

「それでその大事なおちびちゃんを助けてやら無いのか?早くしないと潰れるぞ」
「な゛に゛い゛っでるの゛!?おちびちゃんは!もう死ん」
「さっきのは嘘だ」
「ゆ゛゛っっ!!!」
「生きてるよ、ゆっくりと助けてやれよ」

まりさの頭を優しく撫でその場を去る男、時折痙攣しながら虚ろな目で小さくなっていく男を見つめるまりさ
ふと、子まりさの居る道路を見る。
そこには棘を生やし電気を帯びた歯車が不規則に子まりさへの進行方向を轟音を上げて横切っている。
まりさにはそう見えた。

「ゆ゛っ!!まってね!お兄さん!ゆっくりまってね!おちびちゃんを助けてね!」

無理!死ぬだけ!ゆっくりできない!早々に自力での救助を断念し、男に助けを求めるまりさ
その声に耳を傾けることなく男はまりさの視界から消えた。

ゆっくりまってね。たすけてね。ゆっくりまってね。たすけてね。
その単語をまりさはいつまでもいつまでも叫び続けた。



次の日の朝、同じ場所、道路の隅にカラスが集まっている。
カラス達の中心には泥のような小さな餡子の塊とその上に乗っているもっと小さな三角帽子
早くも蝿がたかり、蟻が行列を作っている。

少し離れた所に昨日のまりさが居た。
何をするわけでもなく、ボーッとカラスの群れを眺めていた。

子まりさの救助を通りかかる人間に求め、喚き、暴れ、騒いだ。
はやくたすけてね!ゆっくりさせてね!ゆっくりさせろ!かわいいまりさが困ってるよ!
最後までまりさは自分で救助しようとしなかった。

その中でまりさはふと気がついた。子供は別に今道路で死に掛けている子まりさだけではない。
飼い主の所に戻り、番を用意してもらえれば、子ゆっくりなどいくらでもまた手に入る。
しかし自分自身、まりさはただひとり、唯一無二の存在だ。
子供が居なければゆっくりできない。しかし自分自身が死んでしまったらそれもまたゆっくりできない。
これでは本末転倒だ。明日のゆっくりの為に今日はゆっくり捨てる。我ながら名案だ。

こうしてまりさは子まりさを見捨てた。

車線を外れた車が子まりさを後輪に巻き込み、一瞬にして泥の塊のようになった。
左車線の真ん中に移動した泥の塊が押し寄せる車に次々と轢かれていく
その光景をまりさはさっきまでのように喚いたりせず冷めた目で眺めていた。

カラスから目を放し、とってもゆっくりしたお日様さんを見上げるまりさ。
日光を浴びて少しゆっくりしたら、飼い主さんの所へ戻ろう。
かわいいまりさが戻ってきたら、飼い主さんはとても喜ぶだろう。
飼い主さんがゆっくりしたら、その見返りに番のゆっくりをおねだりしてみよう。

この数日辛い事だらけだったが、それも今日まで、昔のようにまたゆっくりとした日々がはじまる。
飼い主さんの家までまりさだけならそう時間はかからないだろう。
ほんの少しここでゆっくりしたら直ぐに出かけよう。ゆっくり。ゆっくり。

「数日前から○○街の交差点にゆっくりが住み着きまして・・・はい、
ゴミを荒らしたり、通りかかった人にちょっかいをだしたり・・・はい、
見たところ元飼いゆっくりのようで山に戻る気配も無いようですし、
はい、お手数をおかけします。よろしくお願いします。では、失礼します」

携帯を切り、男はまりさの元へ向かい声をかける

「・・・ゆっくりしていってね」
「ゆっ!ゆゆん!ゆっくりしていってね!」

まりさは声の主が昨日の男であることに気がつかず、元気な声で応えた。
汚い帽子をゆらゆらと揺らしながら小首を傾げ「ゆゆん♪」と愛想を振りまく、
その表情はまるで産まれたばかりの赤ゆっくりのようにとてもゆっくりとしていた。
濁った目でその光景を眺めていた男は、仕事場を目指しフラフラと歩いていった。



「ゆっ!最後のひとりは28番さんだよ!ゲラゲラ!ゆっくり消えてね!」

副工場長れいむから放たれた一言に男は目を見開いた。
完全に意表を突かれたその発表に男は暫し放心した。
最後の一人は今日に限って間抜けにも遅刻をした20番だとたかをくくっていたからだ。

「ゆぷぷっ!どぼじで!ってお顔をしてるね!おぉ、あわれあわれ」

れいむはそのたるみきった体を醜く揺さぶりながら男へ嘲笑の眼差しを向けている。

「れいむはゆっくり知っているよ!28番さんは昨日クズのまりさをいじめてたんだよね!」

昨日の出来事を見られていた?
そんなはずはない、そういう事が無いように目上の人間が居ない事を入念に確認してから・・・

その時、本来番号を呼ばれるべき20番が忙しなく自分の腕を掻き毟っているのが視界に入った。

「クズでもれいむと同じゆっくりだよ!生意気な真似をした結果がこれだよ!どんな気分??ゆふふふっ!」

そうか

同僚の番号で呼ばれる作業員が居たかまではチェックしていなかった。
男は朝の出来事を思い出した。
遅刻をした20番が米つきバッタのように床に何度も頭を擦り付けてれいむに謝罪していた。
あの時、何とか自分が解雇されるのを逃れようと、俺が同属のゆっくりを虐待していた事を話したのであろう。
集会後、更衣室で今までロクに話をしたことも無い20番がやたらと話しかけてくるのもそれを裏付けていた。

「今日はよく喋りますね」
「えっ!?」

何故自分が呼ばれなかったのか不思議でならない、仕事はここだけじゃない、まだ若いんだからと
能書きを並べていた20番が男の呟いた一言に言葉を詰まらせる。
口を窄めた驚いた顔が昨日のまりさの顔と重なった。

「最後に20番さんと話ができて良かった。今まではあまり話もしませんでしたからね」
「そ、そうだっけ・・・?じゃ、じゃあ俺はそろそろ帰らないと」

慌しく荷物をまとめ更衣室を後にする20番、
部屋には男ひとりしか居ない、今まで帰り際に声をかけてきた浅黒い肌の男もいつの間にか帰っていた。
もう外はすっかり暗くなり、窓から遠くに見える繁華街がひとつの生物のように光を放っている。

男は20番のロッカーの上をまさぐった。手に握られたのはロッカーのカギ。
20番はカギを紛失しないようにロッカーの上に置いて帰宅していた。

「無用心なことで」

20番のロッカーを開き、中から作業着の上着を取り出し自分のロッカーに放り込む。
そして自分のロッカーのカギを閉め、二つのカギを窓から外に投げ捨てた。
2日連続で遅刻する20番は果たして最後の一日を生き延びれるだろうか?

「帰るか・・・いや」

窓に手をかけた所で男の動きが止まる。これくらいで気が済むわけがない。
沸々とこみあげる憤り、言うまでも無い。

工場長とれいむだ。

人を人と思わぬ態度、ゆっくりを解雇人員の選定に起用する等、やる事の全てが気に入らなかった。
だが直接工場長に何かをするのはあまりにも無策である。
しかしゆっくりならば話は違う。
おまけにあのれいむにはゆっくりが飼いゆっくりと認定され、一定の保護を受けられるバッチがついていなかった。
今までれいむに何事も無かったのは、工場長の飼いゆっくりという地位と周りの人間の善意、ただそれだけだ。
解雇され工場長の部下では無くなった男には全て関係の無いことだった。

更衣室を出て階段を下りるとすぐ玄関があり、その隅に工場長が暇そうに欠伸をしながら作業員を見送っている。
時折、挨拶をする作業員を一瞥するだけで返事は返さない。
番号で呼ばれる作業員ごときに口を聞く必要は無いと考えていた。
全員が退社するまでは帰れないのだろう。腕組みをしながらイライラと体を揺すっている。
その横に小さな机が置かれており、れいむがふんぞり返って座っている。

(クソ袋はあそこか)

男は玄関へは向かわずに通路を曲がりトイレに入る。
辺りを見回し、誰も居ない事を確認すると個室に入った。

工場長がたまに電話していた・・・何て名前だったか・・・?
相手には見えていないのにヘコヘコと何度もお辞儀をしてた・・・相手の名前・・・たしか・・・

そうだ!

男は携帯を鞄から取り出しボタンを押す。
通話先は今自分が居る工場。

「ゆっくり製菓、○○工場です」

終業時に流れるアナウンスと同じ機械的な事務員の声が聞こえる。

「×××ですが、至急工場長へ取次ぎをお願いします」
「すぐにお繋ぎします。少々お待ちください」

事務員の声に若干人間味が篭った。そんなに偉いのかこいつは。
通話状態の携帯をポケットにしまいトイレから出る。
そして通路から玄関を覗き込む、小走りでかけよってきた事務員に耳打ちされ工場長が玄関を離れる。
それを確認すると男は何事も無かったように歩きだし、工場長とすれ違う

「失礼します」
「・・・・・」

男を一瞥した後、何も言わずに男を横切る工場長、その後に続く事務員。
目だけ動かし周りの様子を伺う。誰も居ない。
立ち止まり、ゆっくりと振り返る。工場長と事務員の後姿。他には誰も居ない。
鞄のジッパーを開けながら玄関を進む、そこには机の上で暢気に歌を歌っているれいむただ1人。

「ゆっ!ゴミクズさん!最後にれいむがお歌を聞かせてあげ」

れいむを鷲づかみにして素早く鞄に詰め込む
れいむは何が起こったか分からず「ゆっ?ごはん?」等と見当違いの事を呟いたが、
構わずジッパーを閉じる。男はポケットから携帯を取り出し電源を切ると全力疾走で工場から離れた。



肩で息をしながら夜の繁華街を歩く男、口の端が時折痙攣し、笑みを浮かべた。

「はっ・・・ふふっ・・・ふふふっ」

すれ違う人が怪訝そうな表情をして通り過ぎていく。
駄目だ、堪えられない、笑いが止まらない。
手元の鞄がビクンビクンと小刻みに震えて暴れている。それを見るたびに笑いがこみ上げてきた。

バスッ!

男は電柱に鞄を叩き付けた。ぶるんぶるんと鞄の中身が波打つ。

「・・・ゅ゛!!!」

鞄の中から篭ったうめき声が聞こえる。
男はそれから電柱に通りかかるたびに鞄を叩き付けながら家路へ着いた。
今頃工場長はれいむが居なくなった事に気がつき必死に探しているだろう。
その光景を想像して男はまたうれしそうに微笑んだ。





おしま つづく

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最終更新:2009年06月12日 03:55
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