小雨がぱらついた1日の宮崎県。家畜の伝染病、口蹄(こうてい)疫問題で、鳩山由紀夫首相が初めて現地入りした。
「大変苦しいお気持ち、察するにあまりある」。自らの進退問題で疲れ切った表情。農家と直接目を合わせる場面は少なかった。
「普天間問題と同じでただのパフォーマンス。首相は農家のつらさを理解していない」。肉用牛75頭を殺処分した森木清美さん(61)=川南町=は切って捨てた。
宮崎県では一連の国の対応への不信が渦巻いている。国の対応がブレの連続だったことが不信の一因になっている。
象徴となるのが、肉の買い取りやワクチン接種をめぐる、赤松広隆農水相と農林水産省など官僚たちの錯綜(さくそう)ぶりだ。
「10~20キロ圏内の家畜は早く食肉にしてALIC(農畜産業振興機構)に買わせる。市場流通はさせず肉にして保管する。あとで会見を開いて発表する」
5月19日朝、東京・霞が関の農林水産省に登庁した赤松広隆農水相は、報道陣を前に対応策をぶち上げた。健康な家畜を公費で買い取り、家畜空白地帯を作り出すことでウイルス拡散を防ごうという考えだ。
新聞やテレビが一斉に「公費買い取り」のニュースを伝えた。だが、農水省では幹部らが「おかしい。買い取りじゃないはずだが…」と首をかしげていた。
赤松氏が予告した会見は、当初予定の午前10時半が何度もずれ込み、ようやく開かれたのは午後3時。
「10キロ~20キロ圏で早期出荷をお願いする」と赤松氏。こう付け加えた。「買い手は普通の肉屋さん」
記者「ALICが買い取るという話では?」
赤松氏「買い取りません!」
感染拡大を防ぐためのワクチン接種に関する混乱もあった。赤松氏は5月19日、発生地から半径10キロ圏内で、健康な家畜にも殺処分を前提としたワクチン接種を行うことも発表した。
接種に伴う補償が問題だった。「牛については60万円ちょっと。豚については3万5千円前後」と赤松氏。「早ければ今日からでも始める」
ところが、寝耳に水の地元自治体が金額に難色。接種は先送りとなった。
赤松氏は5月21日、今度は家畜の時価評価で補償する方針を示した。「最初から統一価格でやると誰も言っていない。平均すれば60万円…、そんなものになるでしょうと言ったまで」
結局、ワクチン接種が始まったのは22日。地元との交渉に要した20~21日の48時間だけで、感染疑い例の農場は25カ所、約7700頭も増えていた。
一事が万事、国の対応策はブレ続けた。ようやく決定した食肉の市場流通に、現地対策本部の山田正彦農水副大臣が「流通させない」方針を示す場面もあった。
農水省からは「対策の主導権を官邸に握られ、大臣は功を焦って補償額などをを示そうとした」との声も漏れる。ある幹部は「政治主導はいいが、地元との軋轢(あつれき)の原因となっては…」とため息をついた。
東京大の山内一也名誉教授(ウイルス学)は「口蹄疫への対応は迅速さが必要。事前に立てた対策があったとは思えず、対応が後手後手になり、被害が拡大している」と指摘する。
被害が大きい川南町を管轄するJA尾鈴の担当者がこぼす。「農家から問い合わせがひっきりなしだ。正しい確定情報が伝わってこず、農家は混乱している」
口蹄疫パニックが収まらない。ここまで蔓延(まんえん)した理由は何なのか。政府や宮崎県の地元からは対応方針の錯綜(さくそう)や混乱ぶりが見えてくる。
6月1日23時44分配信 産経新聞
最終更新:2010年07月17日 04:52