クセの強い旅の仲間達の中で、あの娘を除いてヴィルヘルミナが最も付き合いやすかったのはジョセフ・ジョースターだった。
 ジョセフは人の身でありながら、太古から蘇った恐るべき怪物「柱の男」達を討滅してのけた強者。
「柱の男」最後の一人であり、秘宝「エイジャの赤石」と石仮面の力で究極生物へと変身を遂げたカーズ
を宇宙へと追放した功績はフレイムヘイズの間でも有名である。
 大袈裟ではなく、地球の生命体全てにとっての危機を救った男。その勇名を聞き及んでいたヴィルヘルミナは、出会った当初こそ自分の抱いていたイメージと実際に会った本人とのギャップに戸惑った。
 だが、旅を続ける内に、この好々爺めいた人物がその偉業を為しただけのことはある器量を、現在に至っても尚保ち続けていることに対する敬意を払うようになった。
彼の機転や閃きが一行の危機を救ったことだって、一度や二度では無いのだから。
そうした経緯もあって、個人的な相談を話せる位には、ヴィルヘルミナは彼に心を許すようになったのだ。
 "紅世の徒"や"スタンド使い"との直接的戦闘において、ジョセフ以上の活躍を見せていた承太郎にそう
ならなかったのは、人柄やその他諸々の違いだ、とヴィルヘルミナは自分を納得させていた。
仮にあの娘のことが無かったとしても、承太郎と仲が良い自分の姿など彼女は想像が出来なかった。
だから、あの娘に『承太郎とヴィルヘルミナって仲が良いのか悪いのかわからない』と言われた時は驚くやら腹が立つやら。己の育てたフレイムヘイズは人の関係を測る目が曇ってしまったのか、と嘆いたりもした。
似たようなことを仲間達に言われたのがまた腹が立った。
ジョセフにまで同じことを言われた時は、暗殺団に自分の部下が加わっているのを見た時のジュリアス・シーザーのような気分だった。
 何時の事だったか、ヴィルヘルミナは旅の最終目的に比べればごく瑣末なこと――彼女にとってはある意味それに匹敵する程大きな悩みではあったのだが――について、そんな彼と話をしたことがある。
 その日はたまたまいい宿が取れた。宿の中には小さいがバーがあった。たまにはいいか。それに、酒をお供に考えたいこともある。そう思ったヴィルヘルミナは、部屋から出てバーへと向かった。
途中で会ったジョセフの同行の申し出を承諾し、二人は歩いた。その途中で更にポルナレフに会った。
一緒に付いて来ようとしたポルナレフは、『たまに二人でいなくなるけど何してんだ? ウヒヒ』などと
言ったのでヴィルヘルミナが階段の下に投げ落とした。
 芸術的な角度で落下していくポルナレフを尻目に、二人は進んだ。
 『OH MY GOD!』というジョセフの呟きを、ヴィルヘルミナは無表情で聞き流した。
イギーは伸びているポルナレフの下へといの一番に駆け寄ると、ズボンのポケットからコーヒー味のガムを探り出してすぐに立ち去った。
 バーに着いたヴィルヘルミナは、チーズとワインを注文した。ジョセフもヴィルヘルミナが注文したのと同じワインを頼んだ。

『何か吐き出したいことがあるんじゃあないか?』

 促されて、ヴィルヘルミナははっとした。どうしてわかったのか、という表情でジョセフを見た。
『顔に書いてあるワイ』と快活に笑い返されて、ヴィルヘルミナは苦虫を噛み潰したような顔をした。
自分は何故こうも隠し事が苦手なのか、と何百年以来答えの出ない問いを頭の中で繰り返した。
 そんな物は無い、と答えることも出来た。しかし、そうすればますます墓穴を掘るような気がして、結
局沈黙を保つ。グラスに注がれたワインを、ぐいと飲み干した。

『……話すだけ話してみたらどうじゃ? 誰かに話を聞いて貰うだけでも、結構気分が軽くなったりする
もんじゃよ』

 ジョセフがワインのボトルを手に持つ。彼の身体が一瞬薄暗い店内で光を放った。
「波紋」という、呼吸と血液の流れが生み出す神秘の力だった。
 チベットの秘境に暮らす密僧から、石仮面の力に対抗する力を求めたウィル・A・ツェペリへ。
ウィル・A・ツェペリから、石仮面を被って吸血鬼となったディオ・ブランドーを倒すための力を求めた
ジョナサン・ジョースターへ。そして、ジョナサン・ジョースターから運命に抗う為の力を求めたジョセ
フ・ジョースターへ。数奇なる運命の結果、今彼と共にある力だ。
 ヴィルヘルミナは、人間を止めて数百年になる。フレイムヘイズとして"紅世の徒"と戦い、その中で為
す術も無く奴等に喰われていく人間達をずっと見てきた。
 ……人間は弱い。人間は脆い。その考えを固めるには十分な時間と経験を重ねてきた。
それが少しずつ変わってきたのは、旅を始めてからだった。それは"スタンド使い"の戦闘力を見てきたか
ら。それも確かにあった。しかし、それだけではない。
 ただの人間にしか過ぎないジョセフが「柱の男」を討滅したように。ただの人間にしか過ぎない承太郎
らが"紅世の徒"に立ち向かい、勝利してきたように。人間の強さとは、可能性と勇気と共にあるのだとい
うことを、ヴィルヘルミナは「思い出してきていた」のだった。かつて人間であった者として。
 あの娘は多分、空条承太郎の中に一際大きく輝くその強さに魅せられたのだろう、とヴィルヘルミナは
思っていた。……止せ、と言ってしまいたかった。太陽を目指すイカロスを下から眺める者がいたとした
ら、きっとこんな気持ちを抱えていたのだろうと思った。

『ま、もう一杯どうぞ』

 ジョセフがなみなみとグラスにワインを注いだ。ヴィルヘルミナは少し間を置いて、グラスを手に取った。
グラスを傾けて、ワインを口に含む。先程とはまるで別物の美味さだった。
すっきりした酸味。舌で感じる滑らかさは上質の絹のよう。喉越しは涼風のように爽やか。
身体に活力が湧いてくるような感覚さえあった。
 「波紋」のエネルギー入りのワインだ。数奇なる運命の結果、今ジョセフと共にある力を、彼は何の躊
躇も無く友人を励ます為に使ったのだった。

『悩めるご婦人への、ささやかなプレゼントじゃよ』

 ジョセフが茶目っ気たっぷりにウインクを飛ばした。

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最終更新:2008年02月27日 21:31