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  10月の31日、俺達にとって悲しい別れが十数時間と近づいていたが、今月はまだ救いがあった。…今日はあの子にとってのお祭りなのだから…



  7話
  神無月 竜胆編



「あっ! 四葉!! おかえりー」
  秋も深まるこの時節、ススキが目立ち始めた公園の脇を通り過ぎ、アパートの前まで帰ると、そこには瞳を目一杯好奇心で溜めた彼女が先回りして迎えてくれた。
  竜胆という大仰な名に似合わず、元気一杯なのに舌ったらずという器用な可愛い声は、今日と言う日を受けていつも以上に元気が増していた。
  もみあげの脇だけをちょんと結んだ特徴的な髪型が、元気に跳ね周る彼女に合わせ、ぴょこぴょこと動きまわる。
  俺は階段を登り彼女の隣りまで行くと、彼女の頭をくしゃくしゃと撫でてやった。少し乱暴な動きに身を任せ、ちょっとくすぐったそうに体をよじる彼女の姿は、まるで子供のようだった。
「えへへ~竜胆ねぇ、いい子にしてたよ?だから、もっと撫でてー」
「はいはい…」
  10月ともなると陽の落ちる速さは早くなり、すでに空の比率は茜と群青の半々と拮抗していた。今に群青が天を覆い空に星が目立つであろう。
「ほら、早く部屋に帰んねぇと、夕飯抜きにするぞ? 二度に分けて皿洗いなんかやってられん」
竜胆は元気には~いと返事をすると、ちょっと期待の眼で俺を見てくる。料理の出来ない奴の月の月末は決まって豪華にしてやるのは、俺が勝手に作った習慣だ。入学直後、桜に料理をある程度教えて貰って本当によかったと思っている。
  竜胆がニコニコと笑いながら、俺の後ろにつく。早く入ってくれといわんばかりの瞳を見て、俺は彼女の期待に応える為、そそくさと自分の部屋のドアを開けた。
  ──っが、俺は別の意味で彼女の期待に応えることとなる。
  まず、部屋に入ろうとして静電気にやられた。ちょっとつうか、かなりビビった。竜胆が後ろからくすくすと笑う。なんかむかつく……本当はここで気がつくべきだった。
  次に鍵が掛かっていない事にちょっと疑問を感じた。朝掛け忘れたのだろうか? まあ、そんなことなど対して気にせず、ドアを開け玄関へ踏み出す。
  …次の瞬間全身びしょ濡れになるほどの水が俺を襲い、後ろから、ドンと突き飛ばされると、目の前には墨汁をたっぷりと含んだ雑巾が俺の顔面を迎えてくれた。
  わけもわからず、きょろきょろとすると玄関口で笑い転げる竜胆を発見。すぐにこれが彼女が実行犯で主犯のだと判明。
  何がいい子にしてただよ…けらけら笑いやがって、そんなにおかしいか?つーかこんなことする意図が掴めん。
「あははははっ! ははっうっふふふふふ! あっはっはっはっはっはは!! ……四葉!とりっくおあ とりーと!」
「………」
  ………竜胆、それは悪戯する前に言う言葉だ。
  まあ、本人はお菓子より悪戯のほうが楽しいから強制的に悪戯を選ばせたのだろう。悪戯というより巧妙な罠だが……
  とりあえず、もう10月も終わり秋から冬になるという時期にずぶ濡れという状況を何とかするため、俺は行動に移した。ちょっと夕飯は遅くなりそうだ。
  顔面から漂う墨汁特有のあの匂いをやっとの思いで消し、竜胆と自分のための料理を用意する。竜胆はいつのまにかちゃぶ台へ着席を済ましていた。
  流石に豪勢にするとはいえ、仕送り生活に外食は厳しい。だから精一杯の努力の末、今日はステーキ…
  やはり男子高校の料理スキルで豪華なものはこれが限界だった。料理スキルあんま必要ないし……
「よつば~! お腹すいたよぉ!! 早く食べよ……」
「誰のせいで遅れたと思ってんだ…」
  俺は往復は面倒なので、二人分の食事を一度にすべて器用に運びながら言い返してやる。竜胆は、一言「てへ☆」と誤魔化そうとしたが、見てやがれ……
「いやーそれにしても、見事に引っかかってくれたよね~まさかあそこまで綺麗に決まるとは、流石の天才竜胆ちゃんもよそーがいだったぁ!」
  腕を組み、うんうんと頷きしみじみと自画自賛。その姿は竜胆がとるとどうにも子供臭い。ていうか、途中突き飛ばして無理を通してただろ、絶対。
「なにおう! 竜胆と会うたびに必ず悪戯されているんだから、四葉はいいかげん学習してよ」
「………今月はずっと無かったから油断してたんだよ」
  彼女には過去にも沼に落とされたり、落とし穴に埋められたり、悲惨なものだとその落とし穴に冬眠中の蛇(アオダイショウ・無毒)が入ってたりとかなり悪質な悪戯にあっている。
  いや、悪戯っつうよりいじめに思えてきた……>>1はこんな悪戯によく遭っていたのだから、田舎の子供は恐ろしい。
「そういえば、そうだったねー! なつかしー」
  微笑ましく思い出すな。まあ、毎年やられても子供っぽい仕草の彼女を見ているとどうでもよくなってくるんだけどな。
  二人で竜胆の懐かしき武勇伝に花を咲かせ、あれは酷かった、あれは失敗しただのといっているうちに夕食を平らげてしまった。
  それでも後片付けを始めようとはせず、二人は最後の夜を楽しい思い出で飾るため、昔話を続ける。
  外はすでに暗く星たちが瞬いていて、完全に姿の見えない新月がその暗さをいっそう引き立てていた。
「あっそういえばさ…」
  彼女が片手で顔を支えながらまた語り出す、その顔は子供っぽい笑みで染まっている。
「次はいつの話だ? あー石が詰まった黒板消し落としとかきびしかったな、二度とやってくれるなよ?」
「あれは見事に決まったよね…内藤君が……って、その話じゃなくてねっ……」
  また竜胆はニヤニヤと何か企むように笑い出す、経験から若干身構えるが、どうも新しい悪戯を思いついたとか言う事ではないらしい。
「いつだっけ? 私達とデパート行ってさ、気がついたらおかーさん達居なくて……」
「あれは……確かにお前の中でトップ・テンに入る悪戯だな」
  確か小学校低学年か幼稚園の時の話だ。愚図り始めた竜胆の手を引き、俺は母親を探して彷徨っていた。幼い俺たちに迷子センターに行くという思考回路は成り立たず、かなりの時間を浪費したのを覚えている。
「愚図るというか…まあ、演技だったんだよー」
「あれがか? はっ、あれはどう見ても本気に見えたけど?」
  幾度か知らない人に声を掛けられ、最後に一声掛けられた見知らぬおばさんに迷子認定を受けた俺たちは、ついに迷子センターにたどり着いた。
「そこで出てきた受付のねーちゃんに向かって、お前は俺を後ろから突き飛ばして……」
「「ままー!」って後ろから声まねしたんだよねー」
  重なって口から出たままー!の声を聞いたらなんだかおかしくなって、二人は大きな声で笑いあった。
「あはっ…おかしーっはははは!」
「ばか! 大声だし過ぎだ、近所めーわくだぞ! はっはっはっはっ!」
  俺は注意しながらも他人のこと言えないくらい大声で笑うと、話を次いだ。
「お前さっその後、散々からかってくれたのなwww」
「あたりまえでしょっそれをからかわないでいつからかうのよっ」
  今では平気になったが、その後、そのおねーさんに笑いながら「お母さんだと思っていいのよ?」といわれたのは、ちょっとしたトラウマになった。そう丁度その日もハロウィンの日で、とりっくおあとりーとと誤魔化されたのだ。
  そこで気がつく………もしかして、彼女が今日突き飛ばしたのは、それを思い出してなのかもしれない。ただの勘だが、なんとなく当たっている気がした。
「さてっ。ちょっと待ってろ」
  夏から部屋の時計は壊れているので当てにはならない。反射的に携帯を出して時間を確認すると、食器をまとめて台所へと運んだ。別に洗うわけでもなく、水にだけ浸すと冷蔵庫からあるものをとりだす。
「ハロウィンだしなっこんなのを用意しておいたぜ」
  そう言って冷蔵庫から出した籠の中には、手作りのマフィンがいくつか入っていた。
「おおぉ! 用意いい!! よつば、でかした!!」
  急にテンションを上げ、喚きだす竜胆。子供っぽく跳び回る姿を見ていると、ちょっとだけ意地悪したくなって、でもなーと付け足す。
「お前、Trick or treat? て、訊いて来たけど、俺に悪戯したよな? ってことは、お菓子はいらないんじゃないのか?」
  言われて、跳ね回るのをやめた彼女は、まるでこの世の絶望が来たかのような表情で俺を睨む。なんていうか、睨んでるくせに死んだ鯖みたいな目をしてる。
「うそだよ冗談、食おうぜ?」
  その反応を楽しんだ俺は、籠をちゃぶ台に置く。目を輝かせる竜胆は子供のようで可愛かった。
  マフィンは常温保存が基本だが、俺が冷蔵庫に入れてあったのにはわけがあった。
「おおぉ! 中にチョコレートが入ってる! よつば、ぐっじょぶ!!」
  時間がギリギリで、固まるまで待てなかったから冷蔵庫に叩き込んでおいたため、実はちょっと不安だったりしのだが……どうやら、うまく事が運んだらしい。
  喜ぶ彼女へ最大の笑みを向けてやる。さらに俺は数個取り出して電子レンジで暖めておいたものを彼女に渡す、中のチョコが解けていてそれも成功したみたいだった。そして多分、最後の仕掛けも……
「ふふ、もう時間少ないからなっ急げよっ」
  時計はあと少しで、12時を示す。彼女との別れが、刻一刻と迫るのを肌で感じた。
  窓から見える月の無い夜空はどこまでも暗く、だけれど、いつも以上に星が瞬いて見えて、それはそれで綺麗だった。
  口の周りをチョコで汚す彼女は、時間が近づくと椿のためにチャームポイントのもみあげ脇のゴムを外して、備える。それでも、痛く気に入ったらしいマフィンは手から離さなかった。
  それを見ていると俺も我慢できなくなって、一緒に自信作のマフィンを頬張った。
「なぁ、よつば………もうお別れだ」
  俺の一緒になってもぐもぐと動かす口が止まるを待ち、彼女が切り出す
「だが……ぐずっ……サヨナラは…言わないぞっ……うぐっ…また会おうね…」
  よく見れば、彼女は食べながら嗚咽を漏らしていた。
「いい子だ…」
  俺は、ちょっと笑いながら、頭をなでてやった。いつものように、なでてーとは言ってこないが、それでも、彼女は俺に身を預けてくれた。
  最後の一つのマフィンを手渡すと彼女は泣きながらも精一杯笑ってみせる。
  俺も、思いっきり笑って応えてやった。
「もう……ぐすんっ…最後の一個だ……よつばっ! 来年もずっず…お願いっまた用意してねー……ぐずっ」
「おうっ待ってろ、もっと料理上手くなって、今度はパワーアップしたの作ってやるからなっ」
  それを聞くと……彼女は顔をくしゃくしゃにして、笑ってるのか泣いてるのかわからない顔で笑い。最後の一口を齧り…目を見開いた。
「ん? うはわ………辛らあああぁぁ!!!! ……みず、みずうううぅぅぅ!!! ……ちょっろ、よすはっ! たわすこいれたらぁ!!」
  竜胆は別れの空気をぶち壊す叫びをあげ、チョコの代わりにタバスコを詰めたマフィンを片手に泣くのも忘れて、俺に詰め寄り猛抗議してきた。ただ、辛さのためか呂律がかなり怪しい。
  それに対し、俺は腹を抱えて笑ってやる。まるで先の玄関での騒動のときのように……やはり、こいつとの別れに湿っぽいのはいやだった。
「ぶははははははっ! ほら、もうすぐ12時になるぞっ」
「んー! んーー! もうっ!! もうもう…よつばぁ……っぐず…ばかぁ…でも、ありがとうなー!!」
  その言葉を最後に、竜胆はゆっくりと目を瞑る。手元の携帯の時計機能が12時を示すと同時、頭にぴょこんと跳びはねたアホ毛が、彼女の呼び名が代わったことを告げていた。


「……………」
  椿は何も言わず、こちらを見つめ、俺の頭を撫でてくれた。突如視界が歪む…あ……あれ、やべぇ泣かないって…決めてたのにな。かっこわりぃ……
  椿は俺が泣き止むまで、ずっと頭を撫でてくれた。
  俺が、どうにか立ち直って彼女に笑いかけると
「………はむ…」
「あっー!」
  思わず叫ぶ俺を尻目に、手に持ったマフィンを口へと運んだ。しばらく咀嚼し、
「………辛い………けど、おいしい」
とだけ感想を残すと、彼女は自分の部屋へと戻った。
  これで騒がしい10月は、終わった。しばらくは、とてもゆったりとした時間が流れてくれるはずだ。
  あーあ、来年は、タバスコの謝罪も兼ねて美味いものでも作ってやるか!
  月の無い窓の外は暗闇に包まれ、それでも微かに…でも確実に星の明かりが瞬いていた。



  7話
  神無月 竜胆編
  完



  おまけ



  迷子センターにて、記憶違いと真実
「へ~、よつば、おねーさんが好きだったんだぁ…」
「ち、ちげーよ、お前が叫んだのを庇って俺が足に抱きついてやったんだろ?」
「うそー竜胆、しゃべってないもんっ」
「ああ、はいはい、わかったよ。僕はきれーなおねーさんが好きです」
「ううっもうっ……ばかぁ!」
「うわっ……もう、なんだよアイツ……」

「あーぁ、大人のおねーさん…かぁ……」
  幼い竜胆は、誰にも聞こえない場所で聞こえない声で、そうぼやいた。
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