233 名前: プロスキーヤー(山梨県) 投稿日: 2007/03/17(土) 22:18:45.66 ID:PFwEHQpd0
『お父様、これは……』 

『もう、この星も長くはありません。滅びの世界に付き合い、あなたが命を落す必要はないのです』 

『……』 

『プロジェクト2CH。そしてアカシャ。結局、私はなにも変えることができなかった』 

『行き先は……』 

『あの世界の人形たち。観測されるまま、造られたシナリオを歩く秩序ある住人』 

『2CH……』 

『ですが、それももう終わりです。あなたには私の夢を。そして、最後の責務を果してもらいたい』 

『……夢。人形が人へ。運命からの解放』 

『……恐らく、不可能でしょう。あなたになら、とも、思う。ですが、あなたでも、と、私は思う』 

『……はい』 

『ですから、よく聞いてください。あなたが不可能だと悟ったとき、プログラムの終了を。終わりの解放を……』 

『……はい』 

『誰に託すこともできない。ショボン、あなたが、最後の希望――』 

『――はい』 

236 名前: プロスキーヤー(山梨県) 投稿日: 2007/03/17(土) 22:20:16.27 ID:PFwEHQpd0
                         ―― 九 ―― 



 一際大きい肉の弾ける音が聞こえた。と同時に、渋沢と『ビースト』の周りにいた目玉が消滅した。緩慢な動 
作で腕を振り上げている渋沢。その手の先には、向こう側が透けて見える程に刀身の薄い小型のナイフ。千切れ 
飛びそうな腕を掲げ、『ビースト』は拳を握る。人の頭よりも巨大な、鋼のような拳。 

( ,_ノ` )「アナンシ、足し算はできるか?」 
( (◎) )「アァアッ!?」 

 弾け飛んだ目玉の隙間を埋めるために、アナンシたちが増殖を繰り返す。渋沢がナイフで薙ぎ、『ビースト』 
が拳を振るう。遅々とした動作の腕。だが、彼らの得物は目玉蜘蛛の接近を許さない。触れていないものさえ、 
その身が塵へと変じていく。ふたりの周りに膜が張られたかのように、一定間隔の隙間が保たれた。 

( ,_ノ` )「いくら足しても零は零。ダメージにはなりえないってことだ」 
(*゚∋゚)「…………」 

 膜が広がっていく。広がった自由の中を、ふたりは闊歩する。覚束ない足元、定まらない視線、今にも倒れそ 
うな体。それでもふたりは、力強く、目玉の海を破壊し歩む。 

( (◎) )「だまりゃァァアアアアッッ!!」 

 アナンシたちの掌から、小さな目玉が射出される。当然のように巨大化し、ふたりへ向かう弾丸と化す。しか 
し、事はそれに収まらない。高速で射出された弾丸は目玉の海をうねらせ、本来ありえぬ蠢きを与える。すべて 
のキシキシ音が調和を起こす。目玉の海で、目玉の津波が起こった。 

 渋沢と『ビースト』のフィールドに、目玉の津波が襲い掛かる。互いの得物を振るい、ナイフと拳の防波堤を 
つくる。だが、津波の勢いが防波堤を凌駕し、決壊。ふたりのフィールド内に洪水が起こる。

239 名前: プロスキーヤー(山梨県) 投稿日: 2007/03/17(土) 22:21:45.87 ID:PFwEHQpd0
( (◎) )「零? 零だァ!? 零で上等ォ! テメエらのライフに無限の零を掛けてやらァァアアッッ!!」 

 壁にぶつかった目玉が大量に潰れる。潰れずに残った目玉が反動で逆の壁へと向かい、その流れは連鎖、勢い 
を増していく。潰れた目玉をアナンシが補充し、波のうねりは収まることなく、部屋の中を蹂躙する。 

( ,_ノ` )「……ぐぅっ」 
(*゚∋゚)「……が、あぁっ」 

 骨の軋む音。渋沢と『ビースト』から、はじめて呻き声が漏れた。津波の圧力だけではない。目玉蜘蛛たちは 
ふたりに張り付き、すでに咬み付き後のある箇所に咬み付き、腕や足をこそぎ落とそうとし、裂けた皮膚の中に 
脚を突きいれ、中の肉を掻きまわしている。 

( (◎) )「どんな気分だァ! どんな気分だァ! どんな気分なンだよォォァァアアアッッ!!」 

 すべてのアナンシが叫ぶ。甲高い音が部屋の中で共振し、数匹の目玉蜘蛛が耐え切れず、内部から吹き飛んだ。 

 だが、 

( ,_ノ` )「わるくない……、わるくないなあ……!」 
(*゚∋゚)「全力を尽くす……、その価値がある……!」 

 相変わらずの、たのしそうな笑み、曇らぬ瞳。動かぬ腕を動かし、力のこもらない動作で目玉を刻み、粉砕す 
る。纏わりついた目玉蜘蛛は離れない。刻み、粉砕したそばから、次々と目玉は張り付き、咬み付いてくる。 

 終わらない攻撃、意味のない行動。それでも、ふたりは止まらない。 

( (◎) )「……なぜェ、テメエらはそんなにも戦いヤがるンでェすかァ? 意味がわかンねェ」 

 多重音声で、アナンシたちは言った。嫌悪感を隠そうともしない言い方だった。 

243 名前: プロスキーヤー(山梨県) 投稿日: 2007/03/17(土) 22:23:16.14 ID:PFwEHQpd0
( (◎) )「わかンねェ、わかンねェ。なァ、教えてくださァいよォ。このまま殺ったんじゃァ、しこりが残 
       ったまンまで気持ちわりィンでェすよォ。零だなんだっ“ツ”ったって、テメエら人間だァ。体 
       動かしゃァ疲れは溜まるしィ、血を流しつづけりゃァ、いづれは死ぬゥ。おいよォ、死ぬのがァ、 
       ボクがこわくねぇのかよォォォオオオオ!?」 

 圧力を持った怒声が、確かな形となってふたりに襲い掛かった。渋沢の眼窩から、『ビースト』の耳孔から、 
血液が噴出する。ふたりは首の血管が浮き出す程に体を引きつらせた。それでも、ふたりは、わらう。 

( ,_ノ` )「……怖い? “くっくっ”、おかしなことを言う」 
(*゚∋゚)「……貴様のような歯応えのある相手、たのしまぬ訳がない」 

 強がりででた言葉、ではない。 

( ,_ノ` )「ここで悲しい過去でも披露すれば納得するのかもしれないが、残念ながらそんなロマンチックなも 
      のなど俺にはない。だが……!」 
(*゚∋゚)「男として生を受けたならば、なによりも高く、なによりも強くあろうとする。これぞ、不変の真理!」 
( (◎) )「だが叶わねェッ! テメエらにボクを倒す術はねェンだからよォォオオッッ!!」 

 怒声と共に、アナンシたちの体から小さな目玉が射出される。掌だけではない全身を使った目玉の発射。当然、 
波のうねりはより強いものとなり、ふたりの体を飲み込み押し潰そうと襲いかかる。 

( ,_ノ` )「そうだな、今の俺にお前を倒す速さはない……。ならば!」 
(*゚∋゚)「そうだな、今の俺にお前を倒す強さはない……。ならば!」 

 ふたりは己の得物を振り回す。腕の力ではない。肩を揺らして腕を動かす。当然、力の入らぬその攻撃は、音 
と波の激流に飲み込まれる。しかし、ふたりは攻撃を止めない。そして、錆びた機械に油を差したように、その 
動きは徐々に鋭くなっていく。 

( (◎) )「無駄なァ……足掻きをオオオオオオオオオ!!」 

244 名前: プロスキーヤー(山梨県) 投稿日: 2007/03/17(土) 22:24:45.86 ID:PFwEHQpd0
 アナンシたちの射出の勢いが加速する。あまりの勢いに、視神経の束が露出し、目玉の構成が追いつかない。 
だが、波の中で蠢いていた目玉蜘蛛たちが合体、再構築され、目玉のあるアナンシが生み出される。そのアナ 
ンシが更に目玉を射出、咆哮。波の勢いは加速、音の牙が増幅される。 

( ,_ノ` )「壁とはつまり斬り裂くもの。海があれば割ればいい! 足りないものは補えばいい!」 
(*゚∋゚)「壁とはつまり殴り散らすもの。山があれば砕けばいい! 足りないものは補えばいい!」 

 波に飲み込まれ、音の牙によって失血しながらも、ふたりの腕は失速しない。どころか、アナンシの攻撃に合 
わせるかのようにその速度、その力は上がっていく。渋沢のナイフが目玉の海を割り、『ビースト』の拳が音波 
の山を砕いていく。更に加速し、強力なものへと“進化”していく。 

( ,_ノ` )「何者よりも速く! そうだ――!」 
(*゚∋゚)「何者よりも強く! そうだ――!」 

 すでに勢いは反転、部屋の中をぶち割らんほどの数だった目玉は半数ほどに消えうせ、アナンシが吐き出す音 
波の牙も、より強力な風圧と拳圧によって掻き消される。満身創痍とは思えぬほどの、いや、全快の状態以上の 
速度と力を、渋沢と『ビースト』は発揮していた。終着点のない“進化”は留まることを知らない。 

( (◎) )「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」 

 波の打ち寄せによって勢いを増した残りの目玉すべてが、勢いを保ったまま合体を繰り返した。そして、一体 
の巨大なアナンシが誕生。波によって得た勢いと、部屋を埋め尽くす巨大な体を使い、今までとは比べ物になら 
ない強力な音の兵器を発射した。音は他のすべてを巻き込みながら、ふたりの下へと駆け抜けた。 

( ,_ノ` )「すべてをぉっ――!」 
(*゚∋゚)「すべてをぉっ――!」 


               『原子』にまで『分解』するほどに 



247 名前: プロスキーヤー(山梨県) 投稿日: 2007/03/17(土) 22:26:15.56 ID:PFwEHQpd0

 無音。 

 暗闇。 

 ふたりを残し、すべてのものが消え去った。長い落下の後、光の当たらぬ黒の床の上に、渋沢と『ビースト』 
は着地した。本来の彼らではあり得ぬような、背中からぶつかる無様な着地。 

 倒れた格好のままで、どちらともなくわらいだした。腹の底から響かせるような、心地の良いわらい声。声は 
暗闇の中を登っていき、少しづつ薄れて消えていった。わらいを抑える事もしないまま、渋沢が話し出す。 

( ,_ノ` )「そういやぁ、お互い、まだ名乗ってもいなかったなあ」 
(*゚∋゚)「…………」 

 渋沢は腕をつき、腰を上げる。傷が痛むのか、体を押さえ、倒れるのを必死に堪えている様子だ。 

( ,_ノ` )「俺は渋沢だ。今はもう、『ライトニング』では遅すぎる。『原子分解』、『原子分解』の渋沢」 

 応えるように、『ビースト』が腰を上げる。『ビースト』も、渋沢と似たような状態だ。 

(*゚∋゚)「クックル。今はもう、『ビースト』では脆すぎる。『原子分解』、『原子分解』のクックル」 

 ふらつく体を抑えながら、ふたりは立ち上がる。 

( ,_ノ` )「わかってるな。前座はこれでしまいだ」 
(*゚∋゚)「わかっている。最強は、『原子分解』はひとりでいい」 

 血にまみれた腕を伸ばし、互いの得物を触れ合わせる。そして――――。 

              戦争が始まった! 


252 名前: プロスキーヤー(山梨県) 投稿日: 2007/03/17(土) 22:27:46.39 ID:PFwEHQpd0



(主;ω;)「ぁぁああぁあああぁぁああ! ああぁぁああああぁあああああ!」 

 涙が、止まらない。口から零れる涎を、止めることもできない。腕の中のしぃは、こんなにもやわらかいとい 
うのに。胸の中のしぃは、こんなにも愛おしいというのに。しぃは、もう、動かない。肩に寄りかかってきた重 
さは、もう感じる事ができない。魂が抜けた分だけ、軽くなってしまった。 

 僕が、巻き込んでしまった。僕が、この世界に来たから。僕が、DATを持っていたから。僕が、ショボンの 
言いつけを守らずに勝手に動いたりしたから。僕が、男からDATを奪うのを躊躇ったりしたから。僕が、しぃ 
を想ってしまったから。僕が、僕が、僕が――。 

 頭の中が、後悔と自責の念で埋まっていく。声が聞きたくてたまらなかった。消え入りそうなのに、はっきり 
と胸に響くしぃの声を。見つめたかった。殻の奥に隠された、強い意志を内包したこころある瞳を。 

 けれど、僕には何もできない。遅れてしまった事を嘆き、悲しみ、恨み、怒り。そして、どうしようもなく想 
うことしか。命を失った体にすがりついて、想うことしかできなかった。 

(主;ω;)「……え?」 

 今、かすかに、しぃの体が拍動した気がした。強く抱き寄せ、耳をあてる。何も、聞こえない。幻聴が聞こえ 
るまでに、僕は追い詰められてしまったのだろうか。本当に情けない男だ。自分の目的のためにこんな小さな命 
を奪って、あまつさえ、現実を見つめる事もできずに幻聴を聞いてしまうなんて。 

(主;ω;)「ごめん、ごめんおぉ……。ごめんおしぃ……」 

 しぃのやわらかい胸の中にうずくまって、何度も何度も謝った。そうした所でしぃが生き返るわけでもないの 
に、それでも謝らずにいられなかった。想いつづけることが、唯一の罪滅ぼしの気がした。勝手な理屈だとはわ 
かっていたけれど、僕にはそれしかできなかった。

254 名前: プロスキーヤー(山梨県) 投稿日: 2007/03/17(土) 22:29:16.44 ID:PFwEHQpd0

(主;ω;)「……!」 

 今度は、たしかに聞こえた。強く埋めた胸の中で、一度だけ、心細いノックの音が響いた。まさか、生きてい 
たのか。顔を離し、しぃの体を見る。相変わらず微動だにせず、肌の色も血の通わない青白さだ。けれど、たし 
かに聞こえた。しぃの胸の内から響く、心細げなノックの音を。しかし、なぜだろう。先程まで、本当になんの 
動きもなかったというのに。なぜ、今になって。 

 僕が、想ったから? 

 そのことに考えが及ぶと、男の言葉が思い出された。『想う力を移植する』。想う力を失った結果がこれだと 
いうなら、僕の想いを注ぎ込めば、しぃは目覚めるのではないだろうか。 

(主;ω;)「しぃ! しぃ! しぃぃいいっっ!!」 

 どうやって、と、考えることもせず、僕はしぃの名を叫んでいた。しぃの体は動かない。叫ぶだけでは、しぃ 
は目覚めない。僕の想いに反応したのは心臓だった。ならばと、抱き上げていたしぃの体を床に置き、しぃの名 
を叫びながら胸を押す。まだ、反応はない。 

 これだけでは足りない。僕の想いを、より強めたものを送らないとダメだ。そこまで考え、想い至る。DAT、 
想いの欠片。奇跡の宝玉。 

 DATをしぃの胸に当て、再度心臓マッサージを行う。これがあれば大丈夫だとか、これがあっても無駄だと 
か、そういうことは極力考えないようにした。頭の中の不純物はすべて取り去って、しぃに対する想いだけで埋 
めようと躍起になった。そうしないと、想いが伝わっていかない気がした。 

(主;ω;)「しぃっ! しぃっ! しぃっ!」 

 反応があった。さっきよりはっきりと響くノックの音。けれど、それも一度だけ。まだ、まだ足りない。DA 
Tがしぃの胸に陥没するほど、強く、強い想いを押し込む。

256 名前: プロスキーヤー(山梨県) 投稿日: 2007/03/17(土) 22:30:45.46 ID:PFwEHQpd0

 しかし、ノックの音が返ってこない。しぃの体に拡散して、想いが直接届かない。しぃの肌は色を取り戻さな 
い。心なしか、土気色がかってきた気さえする。このままじゃ間に合わない。直接しぃの胸に想いを伝えないと。 
想いを伝わりやすくする、想いの伝導体がないと。 

 想いの伝導体。僕としぃの最後の絆。握りしめたキャップをDATの下に敷き、もう一度繰り返す。これが答 
えかなんてわからない。見当外れの事をしているのかもしれない。けれど、他に思い当たるものなんてなかった。 
しぃのあたたかみが残った、僕の血が滲んだ、ぶかぶかでサイズの合わないキャップ。想いを、通せ。 

(主;ω;)「!! うああぁぁああぁぁぁ!! しぃぃぃいいいいいいいっっっ!!」 

 心臓のノックが、キャップを、DATを越え、皮のない僕の掌にも、筋肉を伝って骨の底まで響いてきた。不 
確かで、まだまだか細い鼓動。けれど、わたしはここにいると、わたしは生きていると、たしかに、強く、はっ 
きりと訴えている。あなたのこえが聞きたいと。僕も、僕のこえを聞いてもらいたい。 

(主;ω;)「……っっ!!」 

 大きく息を吸い込み、今まで散していた叫びをしぃの口に吹き込む。想いを送るために。僕の想いを胸の内で 
聞いてもらうために。 

 胸の底の想いを吹き込んだら、今度は心臓を押しつづける。しぃの胸に届いたはずの僕のこえを、体の隅々に 
まで拡散させる。これが僕のこえだ。これが僕の想いだ。だから、だからしぃ――。 

(主;ω;)「目覚めろおおおおおぉぉぉぉぉぉおおおおおぉぉぉぉぁぁぁぁあああああぁぁぁああああああ!!」 


(* - )「……けふっ!」 


(主;ω;)「!? しぃ! しぃっっ!?」 

260 名前: プロスキーヤー(山梨県) 投稿日: 2007/03/17(土) 22:32:15.75 ID:PFwEHQpd0

 しぃの喉から緑色の溶液が漏れ出す。吐き出されたそれは口の外にはでず、また喉の底へと戻ろうとした。そ 
うは、させない。口を合わせ、思い切り吸い出す。口の中に溜まったそれを一度吐き出し、吸い出し、そして、 
吐き出す。 

 しぃの体が痙攣する。なにがつらいのか、なにが苦しいのかわからない。ただ、その姿を見て、何もしないで 
いることなんてできやしなかった。しぃの体のふるえを押さえ込むように、体を合わせ、力を込めて抱きしめる。 
ふるえが止まる。しぃが咳き込み、それもやがて止まった。――――。 

(主;ω;)「しぃぃぃ……ッ。よかったぁぁぁ……」 
(*゚ -゚)「……く……、……べ……」 

 つらそうな顔で、しぃは僕を見上げた。青白い肌はそのままで、とても元気な姿じゃない。けど、僕の腕の中 
には、肩にかかったあたたかい重みが甦っていた。床に放置された、くしゃくしゃになってしまったキャップを、 
しぃの頭に乗せる。サイズの合わないぶかぶかのキャップは、しぃの目元を隠した。ぶれる目元を拭って、僕は、 
もう一度、しぃの姿をよく見る。 

(主^ω^)「わすれ、もの……。やっぱり、ここが一番でゃお」 

 喉がふるえ、鼻が鳴ってしまい、、語尾が変なものになってしまった。せっかくの決めるべきシーンなのに、 
僕ってやつは決まらないなあ、などと思っていた。しぃは俯いたまま、動かず押し黙っている。 

(* - )「……ッ……え……、た……」 

 しぃが自分から体を押し付けてきた。寒さからか、恐怖からか、それとも、まったく別の感情からか、体をふ 
るわせ、僕の体に抱きついてきた。しぃの声が、僕の体に直接波及していく。不明瞭な言葉。なにを言っている 
のか聞こえない。それでも、しぃはしゃべりつづけた。必死になって、伝えようとしていることがわかった。意 
味不明の言葉の羅列を繋げ、ようやく、僕にも聞こえた。「くるべのこえ、きこえた」と。 

 しぃの頭をなでる。かぶせたキャップ、落ちちゃったな、なんて考えながら。 

261 名前: プロスキーヤー(山梨県) 投稿日: 2007/03/17(土) 22:33:45.73 ID:PFwEHQpd0



 DATの中に、血が染み込んでいく。己の圧力に耐え切れず、裂けてしまったショボンの筋肉から伝う血液。 
DATの人形は頭が潰され、ショボンの手の中で“ぷらんぷらん”とゆれている。そこからは、およそ人間らし 
さを感じることはできない。 

( ※ <●>)「……それが、あなたの想いですか?」 

 ワカッテマスが言った。表情は変えず、声だけが悲しみと安堵の色を帯びていた。ショボンは無言のままワカ 
ッテマスを一瞥すると、手の中のDATを放した。DATは軽い音を立て、床の上に落ちた。DATが落ちたの 
を確認すると、腰が砕けたように、ショボンは座り込んだ。 

(´・ω・`)「……わからないよ」 
( ※ <●>)「不器用な方だ……」 

 潰されたDATの頭が元に戻っていく。うどんのような、太い髪の束。ボタンで模された、真ん丸い瞳。×点 
に縫われた口。柔らかい布で形作られた皮膚に、肉の代わりに詰まった綿。少女のときと同じ格好をした、DA 
Tの人形。変わらず薄い明かりを灯しつづけている。 

( ※ <●>)「そんなにも、父が憎いのですか?」 
(´・ω・`)「……今はそうでもない、と思う。それよりも、自分の中に流れる父の血が憎い。年を重ねるごとに、 
      あいつに似ていくのが堪らない」 

 DATの頭の一部が戻らないままへこんでいた。ショボンの血を吸い込み、中の綿が萎縮してしまっている。 
まるで、そこだけ硬いもので撲られてしまったかのようだった。人に当て嵌めたら、致命傷になる部位。 

( ※ <●>)「滅びの解放ではなく、秩序による安定を選んだのはそのためですか」 

 ワカッテマスが倒れたままの格好で、労るようにDATを胸に抱いた。 

262 名前: プロスキーヤー(山梨県) 投稿日: 2007/03/17(土) 22:35:15.67 ID:PFwEHQpd0

( ※ <●>)「ですが、あなたが望んでいる事は違うのですね」 

 ショボンは無言のまま、首だけを縦に振る。 

( ※ <●>)「私が目指すものと、あなたが望む事は同じ。けれど、あなたに巣食う悪霊が、あなたが望む事を 
       行わせない。……もう、いいでしょう。あなたを蝕む幻影は、ただの虚像にすぎないのですから」 
(´・ω・`)「……言われなくても、わかってる」 

 うなだれたまま、ショボンは言った。 

(´・ω・`)「……ある人が、『想うことは、想い合うこと』だって言っていた。その言葉が、僕には痛かった。 
      僕は想われるだけで、想うことができなかった。それはきっと、これからも変わらない。一方通行 
      の、痛々しい片翼の想い。僕だけじゃない。しぃも、“人”と化してしまったあなたも、それは、 
      そうだ」 
( ※ <●>)「わかってます。私がいくら想っても、もう、ペニサスは私を想ってはくれないでしょう。ですが、 
       あなたはそれでいいのですか? 諦めるのですか?」 

 それには答えず、ショボンは話つづける。 

(´・ω・`)「……見つけたんだ。想い合える、まっさらな“人”を。父の願いではない、僕の望みを叶えること 
      ができるかもしれない少年。僕にはできないことを、彼ならできるかもしれない。それに――」 

 そういって、頬にふれる。細かな傷の中、一際大きい、肉を抉る斬り傷に。 

(´・ω・`)「“人形”は進化しているのかもしれない。イレギュラーな事象だとしても、その可能性はある。だ 
      ったら僕は、父ではなく、自分のためにこの身を削っていきたい。いこうと、思う」 

 ショボンの瞳に、力がこもった。

265 名前: プロスキーヤー(山梨県) 投稿日: 2007/03/17(土) 22:36:45.65 ID:PFwEHQpd0
( ※ <●>)「……あなたは、本当に不器用だ。ひとりでここに来たのも、クルベ少年には私を殺せない事を見越 
       したからなんでしょう? 彼はやさしい。人を想うことができるやさしい少年だ。けれど、奪えな 
       い側の人間。やさしいけれど、それ故に、甘い」 
(´・ω・`)「……。買いかぶりすぎだよ。クルベの目的はDATで、僕はあなただった。それだけだ」 
( ※ <●>)「それなら、……わかりますね?」 

 ワカッテマスが、ショボンの拳銃をつかみ、自分の額にあてる。 

( ※ <●>)「私は生きつづける限り、ペニサスを想うでしょう。DATがなくとも、何らかの手段を講じること 
       でしょう。それが誓いなのだから。目指す地平は同じでも、あなたの望みとは過程が違う。ならば」 
(´・ω・`)「わかってるさ。僕が望むのは追放ではなく、脱出。“個”ではなく“種”としての進化。絡め取ら 
      れた安全ではなく、己で切り開く責任ある自由。今までの自分と決別するために、僕はあなたを討 
      たせてもらう」 

 ショボンが、己の意思で銃口を突き立てる。引き金に、力をこめる。 

( ※ <●>)「……世話をかけます」 
(´・ω・`)「別に、慣れてるさ」 
( ※ <●>)「最後に会ったのが、あなたでよかった――」 



 思い出すのは、父のこと。父が僕を造った理由。偽りの親子で、父は主、僕は人形だった。けれど、あの人 
は、あの人なりに、僕の事を想っていた。歪で、歪んだ想いだったけど、それでもあの人は、僕にとって父だっ 
た。だから、だからこそ、僕は裏切る事に罪悪感を感じてしまったんだろう。けれど、それももう終わり。父よ、 
僕は自分の道を歩みます。僕は、自分の答えを見つけに行きます。 

 さようなら、お父様。 


266 名前: プロスキーヤー(山梨県) 投稿日: 2007/03/17(土) 22:38:14.45 ID:PFwEHQpd0


『お父様……』 

『ペニサス……、そんなところにいたのですか……』 

『待っていました。待ちつづけて待ちつづけて、忘れられてしまったのかと思ってしまいました』 

『色々と、回り道をしていました。けれど、あなたを忘れたことなど――』 

『わかっています。少し、すねてみただけです』 

『申し訳ありません……。もう少しで、私はあなたに会う資格を失う所だった』 

『いいのです、いいのです。かえりましょう、在るべき場所へ。逝きましょう、ひまわりの咲く花畑へ』 

『……ええ、今度こそ、一緒に。これからも――』 

『一緒に。私たちは――』 

『人なのだから。だから、ずっと――』 


           『ずっとずっと、想い合いましょう。私たちは人間なのだから』 





                         ―― 了 ――
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最終更新:2007年03月18日 01:53