4 名前: プロスキーヤー(山梨県) 投稿日: 2007/03/17(土) 19:38:30.10 ID:PFwEHQpd0
 男はひどい顔をしていた。伸ばしっぱなしの髭の下、生気を感じさせない青い肌。頬は削げ、荒れた肌はささ 
くれ立ち、右目から口元にかけて血の通わない火傷跡が覆っている。頭蓋の形が露出し、肉がなく、骨と皮だけ 
の見た目は、男を“人”からかけ離れた存在のように思わせた。 

 しかしその瞳。残された左目はたしかに生きていた。骨と骨に直接挟まれた左目は、眼窩から零れ落ちそうな 
程に前傾し、そして、巨大だった。この瞳だけが他のパーツと違い、明確な意志を感じさせる動きをしていた。 

 瞳が動く。視線の先には、緑色の溶液を湛えたシリンダー。その中心に裸の少女がたゆたっていた。やわらか 
そうな質感を持った、やわな矮躯の少女。膨らみかけの胸や、幼さを残した顔立ちから、いまだ大人ではないこ 
とが見て取れる。長いまつ毛を閉じ、母の胎内にいるかのような安心した表情をして、少女はたゆたっている。 

 男が少女に向かって歩く。元は上質なものだったと思われる破れきった衣服。破れ目から、頭同様の骨と皮だ 
けになった手足をのぞかせている。それらは、歩く事はおろか、立っている事さえ困難に思われた。しかし、そ 
れでも男は歩いた。剥きだされた左目に引っ張られるかのように、体全体を引きずるようにして歩いた。 

 そうして、男は少女のたゆたうシリンダーまでたどりつき、シリンダーへと寄りかかるように手をついた。荒 
い呼吸を整えることもせぬまま、少女を見つめる。肉のない顔に、表情は浮かばない。だが、男の顔からは悔恨 
と憐憫の情が感じられた。 

 男はシリンダーに触れた掌を上下させ、届かぬ少女に愛撫する。少女に変化はない。それでも、男は掌での愛 
撫を止めようとはしなかった。男は剥きだしの瞳を、少女の顔へと向ける。剥きだされた瞳が一度だけ細められ、 
そのまま、少女にキスをするようにシリンダーへとキスをした。 

 透明なシリンダーに男の顔が写り、中の少女の顔と重なる。時が止まったかのように、動くものはなかった。 

 男が唇を離す。口の中の熱気によってつけられた唇の跡が、早回しでもしたかのように薄れ、消えていった。 
その光景を、男は無表情のまましばらく見つめていたが、次第に唇が震えだし、歯茎を剥きだしにして少女の名 
を叫んだ。 

 声を上げて泣き叫ぶその姿は、まるで、“人”のようであった。

8 名前: プロスキーヤー(山梨県) 投稿日: 2007/03/17(土) 19:40:00.76 ID:PFwEHQpd0
 閉じられた世界。閉じ込められた人形。 
 閉鎖された世界は、秩序を重んじ、無秩序を許さない。 

 すべては決められたこと。 
 定められた運びの上で、流れるままに命を散らす。 

 仕組まれた喜び。仕組まれた怒り。仕組まれた悲しみ。 
 仕組まれていることにすら気づかず、互いを傷つけ想い合う人形。 
 滅びとは無縁の、永遠につづきつづける、保存のための運命。 


 だが、だがしかし――。 


 秩序ある世界へ降り立った無秩序な人。 
 世界は人を拒絶し、運命の輪は固く、人形への干渉を許さない。 


 だから、だからこれは――。 


 世界の内側で起こる、運命の外側の物語。 
 無秩序な喜び。無秩序な怒り。無秩序な悲しみ。 
 感情のまま、思うがままに、互いを傷つけ想い合う人。 

 限られた世界で起こった、限られた人の記録。 
 人がつむいだ、人のおはなし―――― 

10 名前: プロスキーヤー(山梨県) 投稿日: 2007/03/17(土) 19:41:30.37 ID:PFwEHQpd0










                  ( ^ω^)ブーンが世界を巡るようです 



                 『 IN 運命に喧嘩を売るようです 編 』 


                    【 想い合う 彼らのようです 】 













13 名前: プロスキーヤー(山梨県) 投稿日: 2007/03/17(土) 19:42:59.96 ID:PFwEHQpd0
                         ―― 一 ―― 



 今考えると、彼の説明は到底納得のいくものではなかった。というよりも、煙にまかれたと言ったほうが正し 
いかもしれない。説明らしい説明はなかったし、話そのものが荒唐無稽で、現実味のないものだった。あのとき、 
僕はなぜあんなにも素直に信じてしまったのだろうか。いや、あのときも、信じていたわけではなかった気がす 
る。僕はただ、怖かったのだろう。 

 窓を見る。天井の重みに耐え切れず、元の形がわからないくらいにひしゃげてしまった、ガラスも網戸もない、 
ただの穴あき窓。窓の横に、膝を折り曲げ、体育座りの格好で壁に寄りかかっている少女がいる。サイズの合わ 
ないぶかぶかのキャップを斜めに被り、つばに隠れていないほうの瞳が、先程と同じように僕を見つづけていた。 

 感情の読み取れない瞳。かといって、何もないかといえば、それも違う。渦巻く意思を外に露出させないよう、 
瞳の表面に殻を張り、外界とのコンタクトを拒絶させている、そんな印象を受ける。しかし、それによって少女 
が僕を見ている理由がわかるかと言われれば、それはまったくわからない。わからないが、少女と目を合わせて 
いると、僕の中の空虚な部分を覗かれているような気がするので、極力目を合わせないようにした。 

 窓の外の崩壊した街の景色を見て、僕は溜息をつき、思い出す。荒唐無稽な彼の話と、反論を許さない揺るぎ 
のない口調、別の生き物のようにくるくると交差していた指。信じる事はなくても、“もし”を考えると、容易 
に動く事はできなかった。『害悪』。滅びた街。DAT。そして、僕の世界。 

 首を後ろに垂れ、穴の開いた天井の先、容赦のない光を浴びせつづける太陽を直視した。 



 まぶたの裏に赤い閃光が走った。それは途絶えることなく僕の眼球を襲った。たまらず掌でまぶたの上を覆う。 
しばらく赤色が網膜に焼きつき、痛みとも痒みともつかないじんじんとした感覚と格闘していたが、次第になり 
をひそめ、穏やかな暗闇が戻ってきた。 

16 名前: プロスキーヤー(山梨県) 投稿日: 2007/03/17(土) 19:44:30.07 ID:PFwEHQpd0
 掌を高く掲げ、おそるおそるまぶたを開く。光で透け、中の血管が見える手の先に、木々の隙間から顔をのぞ 
かせている太陽が見えた。顔ごと視線を逸らし、太陽から目をそむける。二三度意識的にまばたきをして、よう 
やくまともな視力へと回復することができた。 

 ここはどこだろう。視界の中には隙間なくそびえ立った樹木に、絨毯のように敷き詰められた扁平上の草、触 
覚を上下に揺らすつぶらな瞳をした虫が見えた。なんとはなしに虫へと手を伸ばす。虫は当然逃げたが、それと 
は別に、ある事に気がついた。 

 伸ばした腕の皮膚が見える。順繰りに下の方まで目を向ける。全裸だった。急に寒気を感じ、くしゃみが漏れ 
出てくる。全裸であることも驚いたが、それよりももっと重大なことに意識を働かせる。太陽にかざしたのとは 
逆の手。力を込め、ぎゅっと握り締める。掌に収まる、小さな硬質の感触。安堵の息が漏れる。DATは、無事 
に持っているようだった。 

 腹筋を使い、上半身を起こす。目の前に、この緑の森に似つかわしくない、冬の枯れ木が立っていた。いや、 
違う。それは、冬の枯れ木に似ていたが、冬の枯れ木ではなかった。薄い、灰色とも茶色ともつかないボロ布が、 
鋭角な山のように下部から上部にかけて尖っていた。 

(´・ω・`)「おはよう」 
(主;^ω^)「……お、おはようございますお」 

 ボロ布、もとい、男が挨拶をしてきた。上半身だけを起こした状態だからそう思うのかもしれないが、男はと 
ても背が高いように思えた。まさに、冬の枯れ木である。数年は切っていないのではないかと思うくらい伸び放 
題の髪。その下に隠れた顔は無表情ながら、同姓の僕から見ても格好いいと思えるマスクをしていた。どこか物 
憂げな、やるせなさを感じさせる。特に、ふたつの瞳からその感覚は溢れているように思えた。 

 しかし今、その瞳は僕を見ることなく、彼自身の手元へと向けられていた。両の手の指先を合わせ、その中か 
ら人差し指だけを離し、ぶつかり合わないようにくるくると器用に交差させている。なんとなく、磁石のS極と 
N極を思い浮かべた。 

18 名前: プロスキーヤー(山梨県) 投稿日: 2007/03/17(土) 19:46:00.01 ID:PFwEHQpd0
 しばらく男の指を見ながら、男が口を開くのを待っていた。だが、男は一向に話し出す気配を見せない。話し 
かけるべき否か、少しの間逡巡したが、結局話しかけることにした。 

(主;^ω^)「い、いいお天気ですね」 
(´・ω・`)「そうだね」 

 会話がつづかなかった。それからもいろんなことを言ってみたが、男からの返事はすべて「そうだね」「さぁ」 
「そうなんだ」ですまされた。「そうなんだ」に到ってはまったくどうでもいいといった口調だった。そして、 
僕はもう手詰まりだった。なんて手札の少ないやつだと自分で自分を呪いたかったが、残念なことに、藁人形と 
五寸釘を携帯するほど僕は用意周到な人間ではない。 

 どうしていいかわからず、半無意識的に男の手元に目をやる。回している指が、いつの間にか人差し指から中 
指へと変っていた。 

 座ったままの姿勢だから頭が働かないんだと、我ながら訳のわからない理屈を掲げ、とにかく立ち上がった。 
立ち上がった瞬間の股間のアレがゆれる感触が新鮮だった。クセになるかもしれない、危険な感触だった。立ち 
上がっても、やはり男は背が高かった。僕の背は彼の肩ほどもないんじゃないかと思う。ただ、彼の顔と距離が 
狭まったせいか、下から見上げるような事はなくなり、長い髪で彼の瞳は完全に見えなくなった。 

(主;^ω^)「あの、名前は……?」 
(´・ω・`)「さぁ」 

 取り付く島もなかった。立ち上がった所で、名案は思い浮かばなかった。 

 突然、男の指が止まった。回していた指同士が、衝突事故を起こしている。犯人は薬指だった。男は電池が切 
れたように完全停止してしまい、残された僕は、いよいよどうしたらよいかわからなくなってしまった。 

    「……また、薬指」 
(´・ω・`)「うん」 
    「……練習、しなきゃ」 


19 名前: プロスキーヤー(山梨県) 投稿日: 2007/03/17(土) 19:47:30.01 ID:PFwEHQpd0

 男の背から、男のものでない、消え入りそうなのにいやに明瞭な声が聞こえてきた。声の主が姿を現す。非常 
に小柄な少女。その小柄さは、男の半分ほどしかないと言えば言いすぎだが、そうと錯覚させるほどの小柄さだ 
った。 

 半そで短パンのラフな格好に、靴底がゴム製になっているスポーティなシューズ。サイズの合わないぶかぶか 
のキャップを斜めに被り、つばが片目を隠している。ショートカットの髪型に、この年代特有の性差の少ない顔 
つきも手伝って、一見して少年のようにも見える。 

 しかし、一目見て、僕にはこの少女が“女性”であることがわかった。それも、少女然としてではなく、大人 
の女性的な雰囲気で。なんというか、ひとつひとつの所作が、艶かしい女らしさを感じさせるのだ。それに、あ 
の唇。紅も塗っていないというのに非常に肉感的で、口元から漏れ出す息に色がつきそうな程に扇情的だ。 

 少女のつばに隠れていないほうの瞳と目が合う。少女は、視線を外すことはおろか、まばたきすらせずに僕を 
見つづける。嘗め回すように僕を眺めるのではなく、僕の中心を射すくめるように、ただただ僕の瞳だけを見つ 
づけている。きれいで、かわいらしい瞳だった。けれど、そこに人間らしい感情を読み取ることはできなかった。 

 はじめ、僕の目が濁っているのかと思った。僕よりも、目の前の少女の方が無垢で純情に思えたからだ。自分 
の事を汚れ堕ちた汚らわしい人間だと下卑するつもりはないが、少なくとも目の前の少女の方が純真な気がした。 
そこには、男としての願望が混じっていた気がしないでもないけど。 

 しばらくして、その考えは改められた。少女の瞳はどう見ても、いつまで見ていても、感情らしきものの欠片 
も感じられなかったからだ。けれど、そこになにもないようには思えなかった。感情を感じることはできないが、 
そこにはたしかに感情がある。内に内包した強いなにかを、無理矢理に殻の中へ押し込めている。よくわからな 
いが、そんな感じがする。 

 僕は目を逸らした。このまま目を合わせつづけていると、少女の事を探ろうとしていた心を逆に読まれ、更に 
もっと深い、他人には見せたくない暗い底の感情まで見られてしまう気がしたからだ。それは、今まで味わった 
ことのないような奇妙な感覚だった。 

20 名前: プロスキーヤー(山梨県) 投稿日: 2007/03/17(土) 19:48:59.79 ID:PFwEHQpd0
(´・ω・`)「こっちには、子供がいるんだよ」 

 薬指同士を衝突させてから、本物の冬の枯れ木のように動かなかった男が、突然口を開いた。 

(´・ω・`)「人の趣味に文句を言うつもりはないけど、少しは配慮してほしいな」 
(主^ω^)「なんのこと……」 
(´・ω・`)「前くらい隠せって意味だよ」 

 僕は、自分のアレを見た。 

(*゚ -゚)「……そまつ」 

 少女が小さな声で呟いた。不覚にも、反応していた。 



 男のボロの一部を破ってもらい、原始人がするように腰蓑にして隠した。下から吹き上げる風が直に当たって、 
ノーパンでスカート履いたらこんな感じなのかなあなんて、ぼんやりと思った。 

 男はショボンと名乗った。少女は自分から名乗ることはせず、ショボンが紹介してくれた。しぃという名前ら 
しい。そういえば、僕には名乗る名前がない。さてどうしたものかと悩んでいると、ショボンが「ついておいで」 
と一言だけ言って、歩き出して行ってしまった。 

 何も考えぬままにショボンについて行ってから、このまま状況に流されていいのかと、不安を覚えた。ほんの 
少しだけ考えてから、僕は、僕がここに来た理由や、僕自身のことについて話してみた。僕の世界のこと、平和 
だった日常、仲の良かった友人たち、突然の黒煙、世界の崩壊、失った名前、想いの力を秘めたDAT、その欠 
片、DATを奪おうとした張本人フォックス、そして、尊敬している父からの頼み。話していく内に、自分の頭 
の中でも今までの経緯が整理され、DATの欠片回収に対する意欲が沸きあがってきた。 


21 名前: プロスキーヤー(山梨県) 投稿日: 2007/03/17(土) 19:50:30.54 ID:PFwEHQpd0
 とにかくよくしゃべった。が、ショボンもしぃも、聞いているのかいないのか、まったく反応なく歩きつづけ
ているだけだった。しぃなどは、ショボンを中心にして、僕の対角線上に位置しようとがんばっていた。つまり、
ショボンの体を盾に、僕から見えないように歩こうとしているのであった。足元の土の感触が敏感に感じられる
のは、裸足だから、だけではないようだ。

(´・ω・`)「クルベだな」

 無言で苦行の行進をつづけ、「僕が何をやったんだ、何かわるいことをしたのか。いや、少しはしたかもしれな
いけど、こんな酷い仕打ちは受けなくてもいいはずだ。おい神様、これは新手の試練ですか。ちょっと面貸せやこ
の野郎」と心の中で不信心な事を考えていると、またもや唐突に、ショボンが口を開いた。

(´・ω・`)「北米インディアン、ペノブスコット族の創造者クロスクルベーから取って、クルベ。きみのここで
      の名前だ」
(主^ω^)「それは、なんというか……」

 率直に言って、身に余る名前のような気がした。よりにもよって神様の名前とは。ついさっき神様に悪態つい
ていたというのに。

(´・ω・`)「それがそうでもない。クロスクルベーは、創造神という他宗教ならば絶対の存在に位置していると
      いうのに、それほど高い位についているわけじゃないんだ。そもそも、こいつは全能の神ではない。
      はじめから地上に住んでいて、天と地を創るのに人間の手を借りているんだ。だから、人間を創っ
      たわけでもないんだよ。こいつの上には、形ある神よりも崇高な『天の偉大なる神秘』というもの
      がある。そうだね、さしずめ……、ちょっと見せてもらっていいかい?」

 酷い言われようのクロスクルベーさんにほんの少しばかり同情していると、話の急な展開に気づくのに遅れ、
慌ててDATの欠片をショボンに見せる。僕からは髪の毛が邪魔でショボンの目線がどこを向いているかわか
らないが、ショボンにはDATが見えているようだ。「ふむ」と満足そうに呟き、何かになっとくしたように
また歩き出した。


23 名前: プロスキーヤー(山梨県) 投稿日: 2007/03/17(土) 19:51:59.83 ID:PFwEHQpd0
 ショボンが話し出すのを待っていたが、一向に話し出す気配がない。なんだか「もうこの話はおしまい」みた 
いなオーラがでている。冗談ではない。僕の名前の由来になった人の名誉と、僕自身の興味のために、それじゃ 
あクロスクルベーは何をした神なのかと、少しばかり強引になって尋ねてみた。 

(´・ω・`)「学ぶべき事をすべて教えたのさ」 

 やっぱり、身に余る名前だった。 



 森を抜けると、木々に遮られた木漏れ日でなく、陽の光に直接晒された。まぶしさとあたたかさを全身に受け、 
ひとつ大きな伸びでもしようかと思ったが、そんな気分はすぐに消えうせた。 

 瓦礫の街。崩壊してから、すでに数年は経っているだろう。街を取り囲む防壁は崩れ、ひび割れた箇所が風に 
吹かれるたび粒子のような小石を飛ばせている。レンガで造られている家だったものは、もはや人は住めそうに 
ない。街で育てていた木なのか、巨大な木が根元から折れ、多くの民家を巻き込み押しつぶしている。 

 空気の中に質量を持った何かが張り付いているかのように、息を吸うと喉に何かが絡み付いてきた。それは、 
実際の粉塵のせいかもしれなかったが、僕には、もっとおそろしく悲しいものの仕業な気がしてならなかった。 

(´・ω・`)「戦争が起こった、その痕だよ」 

 戦争。言葉にしてしまえば、とても軽い、なんてことのない出来事のように思える。僕とは関係のない、どこ 
か遠くで起こった出来事。僕は、目の前の光景と、戦争という使い古された言葉を、どうにもイコールでつなぐ 
ことができないでいた。 

 ふと、自分の世界の事を思い出した。暗い闇に覆われて、消えてしまった僕の故郷。しかし、DATを集めれ 
ば取り戻す事ができる。もし、僕の世界が、目の前の光景のようになってしまっていたら、僕は一体どうしただ 
ろう。考えただけで、身が震えた。 


27 名前: プロスキーヤー(山梨県) 投稿日: 2007/03/17(土) 19:53:29.80 ID:PFwEHQpd0
(´・ω・`)「酷いと思うかい?」 

僕は、頷く。 

(´・ω・`)「その気持ちを、覚えておいてくれ」 

 街の中へと入っていった。家と家に挟まれた細い道が幾つもあるのだが、その数が尋常ではない。その上、舗 
装された地面が砕かれてちょっとした穴のようになっていたり、崩れた民家が道を阻んだりしていた。歩いてい 
くうちに、3D系のRPGのダンジョンに迷い込んだような気さえしてきた。オートマッピングシステムがない 
のは不便だなあとか考えていた。 

(´・ω・`)「ここが僕らの家だ」 

 ショボンは立ち止まり、そう言った。僕には、どこにも家なんか見えなかった。目の前には、あばんぎゃるど 
な芸術作品があるだけだ。これは半ば冗談だが、半ば本気だ。最初見たときに、ショボンが何を指して言ってい 
るのか本気でわからなかった。ぽかんとして、目をこすって、もう一度見直して、眉根をよせて、最後にショボ 
ンに向き直った。 

(´・ω・`)「こっちみんな」 

 よーく、よおく見直してみると、それはたしかに家だったようにも見えた。ただ、半分くらい潰れていて、天 
井が所々なくて、全体的に斜めに傾いているだけであって、見ようによっては家に見えなくもないこともなかっ 
た。たぶん、あの中のレンガをひとつでも抜き取れば、その瞬間に半壊から全壊へと変化する事だろう。 

 そんな黒い事を考えている僕の脇を、今まで見せなかったような早足でしぃがあの家のようなものに向かって 
駆けて行った。大丈夫なのだろうか。 

(´・ω・`)「きみには、ここでしぃと一緒に待機していてもらう」 

29 名前: プロスキーヤー(山梨県) 投稿日: 2007/03/17(土) 19:55:00.16 ID:PFwEHQpd0
 僕は流れのまま「ふぅん」と呟いたが、よくよく考えてみたら、それは非常に理不尽というか、意味の分から 
ない指令だった。 

(主;^ω^)「ちょ、ちょっと待つお! 僕はこんな所で足止め喰ってる場合じゃないんだお。はやくDATを 
       集めて、僕の世界を、みんなの世界を取り戻さなきゃ、とーちゃんの期待に応えなきゃいけない 
       んだお」 
(´・ω・`)「しぃはまあ、あの通り無口だけど、わるい子じゃないから。きみのほうから手を出すような事さえ 
      しなければ干渉してくる事はないよ、たぶん」 
(主;^ω^)「何で僕が待機する方向で話が進んでんだお!」 
(´・ω・`)「おなかは空いてるかもしれないけど、うん、すまない。まだなんだ。朝と夜だけしか食事は出して 
      やれないや」 
(主#^ω^)「えらく生活臭丸出しなうえ切実に気になる話題だけど、人の話を聞けー!」 
(´・ω・`)「ああ見えてしぃはおしゃまな子でね、僕も手を焼いているんだ」 
(主#゚ω゚)「知るかー!」 
(´・ω・`)「クルベ」 

 急に、ショボンの声に凄みがでる。冷や水を浴びせられたかのように、体の芯から震えが起きる。こうやって、 
対峙しているだけで気圧されて、今にも尻餅をついてしまいそうになる。 

(´・ω・`)「しぃに手を出したら……、ぶち殺すぞ」 
(主#゚ω゚)「僕は発情中の厨房じゃねー!」 
(´・ω・`)「体は反応してたよね」 
(主;^ω^)「うぐっ!」 

 反論できないことが悔しい。 

(´・ω・`)「冗談でもなんでもなく、しぃに手を出したら、僕はきみを殺す、ぶち殺す。いいね?」 
(主;^ω^)「わ、わかったお……」 


30 名前: プロスキーヤー(山梨県) 投稿日: 2007/03/17(土) 19:56:29.85 ID:PFwEHQpd0
 有無を言わせぬ圧倒的圧力がショボンから放たれていた。父親から叱られたときのような萎縮した気持ちにな 
る。けれど、僕にも言いたいことがある。 

(主^ω^)「僕は、僕はDATを集めるためにここに来たんだお。こんな所でのんびりまったりしてる暇なんて 
      ないお。一刻もはやく世界を元に戻して、また、あの平和な日常に、やさしいみんなの所に帰りた 
      いんだお」 
(´・ω・`)「人を殺してでもかい?」 

 ひどく辛辣な言い方をされた。まだ、さっきのように威圧的に言ってくれたほうがマシだ。これじゃ、見放さ 
れたような気分になるじゃないか。ショボンの指が、くるくると回りだした。 

(´・ω・`)「きみの存在はね、この世界にとって『害悪』なんだ。そこにいるだけで毒素を撒き散らし、空気を 
      腐らせ、地を破壊し、人を、殺す。そして、動けば動いただけ散布域は拡大し、被害も拡大する」 

 怖かった。話の内容も、ショボンの態度も、どちらも、どうしようもないくらいに、怖かった。 

(主;゚ω゚)「そ、そんなこと言って、僕を怖がらせて、な、何がしたいんだお?」 
(´・ω・`)「クルベ、この世界はね、きみが思っているより遥かに複雑な秩序の上に成り立っているんだ。すべ 
      てのものがあらかじめ定まっている世界。寸分のズレさえ許されない、究極のシナリオ。そんな中 
      に、きみのような不純物が紛れ込んだらどうなると思う。秩序は、無秩序を許さない。多くのもの 
      を巻き込み、ズレたポイントをまとめて消去し、後は……、言わなくてもわかるだろう?」 

 何かを言おうとしたが、何を言えばいいのかわからない。喉に重いものがへばりつき、息苦しさを感じる。声 
が出て行かない。 

(´・ω・`)「きみがこの街に訪れたとき、空気に重たいものを感じたと思う。あれが腐った空気、死んだ街に漂 
      う怨嗟の大気さ。きみは、どれだけの戦争を起こし、無辜の人々を殺し、街を、国を、幾つ破壊す 
      るつもりなのかな」 


31 名前: プロスキーヤー(山梨県) 投稿日: 2007/03/17(土) 19:57:59.95 ID:PFwEHQpd0
 僕が動く事で、僕以外の誰かが死ぬ。それは、とても怖い事だった。人殺しになんて、なりたくない。僕は、 
みんなを助けたいだけなんだ。父の期待に応えたいだけなんだ。 

(´・ω・`)「けれど、この世界ではその想いが刃に変じる。きみが、人を殺し、街を殺し、国を殺し、大地を殺 
      し、大空を殺し、世界を殺し、その果てに、血塗られた犠牲の果てにきみの世界を取り戻す覚悟が 
      あるというのならば、僕はもう止めたりなどしない。そこまでの想いがあるというのならば、僕に 
      は止める術などない」 

 僕は、僕は世界を取り戻したい。けれど、その代わりに、なんて、とても耐えられない。けど、でも、僕は、 
僕は家へ帰りたい。 

(´・ω・`)「DATも、きみと同じような存在だ。この世界にとっての異物、『害悪』だ。誰かが手にする前に、 
      早急に処分してしまわなければならない。だから、僕はDATを探す。探して、見つけたそれは、 
      きみに渡すと約束しよう。それまでの間、きみはここで待機していてくれればいい」 

 僕は、何も答えられなかった。ショボンの薬指が、ぶつかり合っていた。 



 家の中は案外広く、地震さえ起こらなければまともに生活できそうな気がした。いま家の中にいるのは、僕と 
しぃだけだ。ショボンはすぐに出かけてしまった。DATを探しにいったのだと思う。 

 ショボンは出かける直前、生活に必要な諸々の情報や、禁止事項などを手短に話してくれた。勝手に家に出る 
なというのと、できるだけしぃと一緒にいてくれ。それから怖い声で、しぃに手を出すなと言っていた。それと、 
体を洗いたいときや、用を足したいときは、近くにある川で済ませろと言われた。 

(´・ω・`)「川上で排便するなよ。いいか、絶対だからな、絶対だからな」 

 このときだけいやに迫力のある言い方だったので、思わず噴出してしまった。暗澹とした胸の内が、ほんの少 
しだけ晴れたみたいだった。 

34 名前: プロスキーヤー(山梨県) 投稿日: 2007/03/17(土) 19:59:30.37 ID:PFwEHQpd0

 タンスらしきものに収納されていたショボンと同じようなボロを着て、家の中のスペースの大半を占領してい 
るテーブルに腰掛けると、あとはもう、やる事がなくなってしまった。窓を見る。天井の重みに耐え切れず、元 
の形がわからないくらいにひしゃげてしまった、ガラスも網戸もない、ただの穴あき窓。窓の横に、膝を折り曲 
げ、体育座りの格好で壁に寄りかかっているしぃがいる。 

 しぃは僕が家に入ってきてから、視線を逸らすことなくずっと僕の事を見つづけている。物珍しさからの行動 
ならいいが、「何、こいつ、一緒に住むの? うざー」とか思われてるかと思うと、やるせない。彼女にとって 
僕は部外者なわけだし、自分の家に許可なく居候が上がりこんできたら、誰だって不快に思うだろう。 

 視線を合わさないようにしながら視界にしぃを入れていると、ショボンとしぃについて気になってきた。この 
ふたりは、こんな廃墟で何をしているんだろうか。まだ若い青年と少女が、ひっそりと人目に付かずに生きるよ 
うな理由があるのだろうか。 

 そもそも、このふたりはどういう関係なのだろう。お互い、仲がわるいわけではなさそうに見える。むしろ、 
すごい良好な関係そうだ。ショボンはしきりにしぃの事を気に掛ける発言をしていたし、しぃもショボンと一緒 
にいるときはべったりとくっついていた。カポーなのかな。それにしては年が離れすぎてるような気もする。い 
や、年齢差なんて関係ないのかもしれない。愛は障害があるほど燃え上がるって言うし、きっとそうに違いない。 

 もしかしたら、彼らがいた村は理解のないところで、ふたりの関係を認めなかったのかもしれない。それで、 
ふたりで愛の逃避行を遂げ、その末に見つけたふたりの愛の巣がここなんだ。そうだ、そうに違いない。そうだ 
よな、自分の彼女で反応してたら不機嫌にもなるよな。しぃにしても、ふたりの愛の楽園に異物が紛れ込んだら 
なにこいつーって思うよな。これからはできるだけふたりのおじゃま虫にならないようにしよう。そう、固く決 
意した。ただ、いじけていただけかもしれないが。 



 いつの間にか眠ってしまっていたようで、目を開けると真っ暗だった。一瞬ここはどこだと不安になったが、 
ショボンの家で待機していたことに思い至った。辺りの暗さに目が順応していく。どうやら、この家の明かりは 
天井のずっと上の方から差し込む天然の光だけみたいだった。雨の日はどうするのだろうか。 

38 名前: プロスキーヤー(山梨県) 投稿日: 2007/03/17(土) 20:01:00.63 ID:PFwEHQpd0

(´・ω・`)「おはよう」 
(主;^ω^)「……お、おはようございますお」 

 目覚めざまに、ショボンから何か固いものと、更に固いものを手渡された。暗くてよく見えないので、近づけ 
て目を凝らしてみると、固いものはかさかさに乾ききったパンのようで、もっと固いものは木の外皮の欠片に見 
えた。更に目を凝らすと、木の外皮に見えたものは干し肉だった。 

 これが夕飯なのだろうか。少ない、あまりにも少ない。なっとくいかず、その旨を伝えようとすると、 

(´・ω・`)「しぃは文句言ってるかい?」 

 しぃを見ると、かさかさのパンに歯を突きたてて、一生懸命といった様子で食べ物と格闘している。僕の抗議 
は口にする前に否決された。 

 パンはおいしくなかった。固いばかりで味気がなく、焼かれてから何日経ってるんだよと心の中でつっこみを 
入れてしまうほどだった。干し肉は、歯が欠ける前に食べるのをあきらめた。 

 ショボンは普通に食べていた。頑丈な歯を持っているのだろう。 



 時計がないので正確な時間はわからないが、おそらく深夜になったであろうとき。昼寝をしてしまったからか、 
他の要因が合わさってか、僕は寝付けずにいた。ぼんやりと空を見上げ、何を考えるでもなく、時間を無駄に浪 
費する。 

 ふと思い立ち、立ち上がって家から出ようとした。 

(´・ω・`)「どこに行くんだい」 

39 名前: プロスキーヤー(山梨県) 投稿日: 2007/03/17(土) 20:02:32.23 ID:PFwEHQpd0
 突然ショボンに声をかけられ、肩が跳ね上がり、掌の中のDATを落しそうになる。てっきり、もう眠ってい 
るものだと思い込んでいた。 

(主;^ω^)「か、川で汗を流しに」 
(´・ω・`)「そ、あそこ、結構急流な場所があるから気をつけてね」 

 返事もそこそこに、逃げるように家から出ようとした僕に、再度呼び止めの声がかかる。 

(´・ω・`)「僕としぃは兄妹だよ。使えない気なんて使わなくていいからね。それじゃ、おやすみ」 

 心の中、筒抜けだった。 



 川に着いた。川の周りだけ水に触れた空気が浄化されたように冷えていて、僕は、食いだめならぬ、吸いだめ 
を試みた。肺の壁面にこびりついていた汚い空気をすべて放出し、きれいな空気をいっぱいに満たす。ここにき 
て、ようやく一息つくことができた。 

 ボロを脱ぎ、前も隠さず全裸になる。外で全裸になる事に抵抗を覚えたが、すでに一度やっているし、子供の 
頃はよくやっていた。周りには誰もいないだろうし大丈夫だろう。それに、解放感があって気持ちよかった。 

 足先から川に触れる。当然ながら、冷たい。しばらくちゃぷちゃぷと足先で掻き回していたが、意を決し、ジ 
ャンピングダイブを敢行する。体が固まり、心臓がきゅきゅーっと萎縮するのがわかった。どこか懐かしい感覚。 
子供の頃の思い出が脳裏を過ぎていった。 

 川の流れは思っていたよりも激しい。踏ん張っていないと、足を取られて流されてしまいそうだ。川の中に体 
を沈め、目を開けると、流れのせいで目が圧迫されるのを感じた。それでも、目を開けたまま、川の流れに逆ら 
っておもいっきり泳ぐ。全然前には進まなかったが、たのしかった。 

 尿意を催したので、川の中で排尿をする。大きいほうじゃないからいいだろう、きっと、たぶん。全部出し切 
ったときは、妙な爽快感に包まれた。クセになりそうだった。 

 一通り汗を洗い流し、川から上がろうとしたが、体を拭く術がないことに気づく。でも、まあいいかと思い、 
乾くまで裸で待ちつづけることにした。くしゃみがでた。 

 空を見ると星はなく、月だけがぽつんと浮かんでいた。月の周りにうすい靄のようなものが見える。雲が出て 
いるのかもしれない。空と地上の境界線に、連なった山々がある。天辺に繊毛のような木々が刺さっていて、毛 
深い人が折り曲げた肘みたいだな、なんて考えていた。 

(主 ゚ω゚)「お――――――ん!」 

 雄叫びを上げた。自分でも何やってんのかよくわからない行動だった。遠くの方から、野良犬が返事をしてく 
れた。もしかしたら、仲間だと思われたのかもしれないな、なんて、ぼんやりとした頭の中で思った。 
















                         ―― 了 ―― 

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最終更新:2007年03月17日 20:50