日は間もなく沈み、光は壇を降りる。
周りには『男女の死体が2つずつ』。場所は『F-3の住居の2階の部屋』。
閑静な造りは心地よさを清らかさを誘い、闇は不気味さと怪しさを増幅させる。
2人の男の殺気を目立たせるには充分なシチュエーションだった。

「見ろよあの窓から差し込む夕日を。ここは2階だから地平線が見えそうだぜ」
「……………………」
「まだあんた名前を聞いていなかったな」
「答える必要はない」
「確認だが、そこで死んでいる奴らはアンタが殺したんだろう?」
「答える必要はない」
「それくらいウンと言えよ。あんたは何者なんだ。カタギじゃなさそうだが」
「答える必要はない! 」

押問答とも言えぬ張り合いの決裂は開始の合図。
互いが前進し、互いの懐に向かって、獲物を狩る猫のように飛び掛る。だが――

「キング・クリムゾンッ! ……大した事ではない。貴様が知るべき私達の事実などこの世に万に一つもあってはならん。
 色男、貴様のトリッシュ弔い合戦の旅は……これにて終了だな」

帝王のスタンドは1対1ではほぼ無敵。これは誰よりもディアボロ自身が一番そう思っているだろう。
彼はいつもと同じように、やってくる敵の背後に回って胸部を貫く準備を始めていた。
そして、この世が帝王の力から解放されたその時、『キング・クリムゾン』の右腕がシーザーの体に襲い掛かった。

が――

「何ッ! こ、これはどうゆう事だ。う、腕がはじかれたァッ!? 」
「はじく波紋……今の俺の体は全てをはじく。師・リサリサから学んだ波紋の呼吸、ナめてもらっちゃ困るぜ」

シーザーの波紋は2千年以上の伝統を誇る技術の粋。その多種多様な応用性は並の体術の比ではない。
シーザーは自身が地獄昇柱(ヘルクライムピラー)の修行でコツをつかんだ『はじく波紋』使い、
ディアボロのスタンドに挑戦状を叩きつけたのだった。

「……はじく? だから何だと言うのだ。私に攻撃するつもりならば、いつまでもはじき続けるわけにもいくまい。
 貴様の体が磁石のようにはじくというのなら、貴様自身の攻撃もまた同じく私には当たらないのだろう?
このまま私と一生、埒が明かぬ『乳繰り合い』でもするつもりか。仇討ちはどうした? 」
「ハッ、急に多弁になってきたな。男のお喋りは……みっともないぜッ! 」

今、宿命の対決が始まる。

*  *


「オォラァァッ! 」
「ヌゥアァァッ! 」

丹田から覇気を絞り出しながらシーザーはディアボロに右の正拳を振りかぶせる。
ディアボロも負けじとシーザーのパンチをキング・クリムゾンの左手で裁き、そのまま右腕をつかむ。

「隙だらけで欠伸が出るぞッ! 」

そしてそのまま流れるような動きでシーザーの腹を目掛けてクリムゾンの右腕を突き出す。
啼く殺傷音。シーザーの腹はいとも簡単にディアボロの手を飲み込んだ。

「貴様がどれほど滑稽な足掻きをしているのか……ご丁寧に説明してやったつもりだったのだがな、これで終わりッ……? 」
「お~痛ェ痛ェ……今のは流石にキツかったぜ。だが、これであんたは終わりだ」

ディアボロの顔中から脂汗がにじみ出る。その表情はおそらくは『驚き』と『焦り』。
その原因はシーザーの飄々とした態度も答えの一つかもしれない。だが彼の動揺は他にあった。

「クリムゾンの両腕が……動かない! 」
「くっつく波紋……あんたのその奇妙な守り神、いやスタンドだったか?
 ソイツの両腕は釘を打った板のように俺の体に完璧にくっついちまったのさ。左手は俺の右腕に。右手は俺の腹に。
 俺の右腕を握っている左手の5本指と手の平が離れないだろう? 俺の腹に刺した右手がこれ以上先に進まないだろう?
 キリストの磔みたいにもうちっと上品な形にしても良かったんだがね……」
「だからどうしたというのだッ! 片腕を我がスタンドに掌握されている貴様に何が出来ブゲェッ! 」

不躾な批評が始まる前に、シーザーは左拳をディアボロの顔面に叩き込む。
そしてシーザーはそのまま休むことなく続き様に連撃をブチ込んでいった。
ディアボロも慌てて自分の両腕で防御しようとするが、シーザーの拳はことごとくすり抜けていく。

「よッ! ハッ! ウラッ! あぁ~畜生……でっかい傷を腹につけやがって。
 思いっきり腰を入れてブン殴ってるせいか、てめーに拳がヒットする度に段々腹の傷が広がってきやがる。
 出血もちょっと酷くなってきたしなぁ……トリッシュはこんな痛い思いをして死んでいったのかぁ~~……」
(……マ、ズ、イ……予想以上にダメージが大きい……今時を飛ばしても……奴からは逃げられない!)

当然である。ディアボロはスタンドの腕を止められているので、自分の腕もままならないの。
そしてシーザーの波紋を加えたパンチ。その痛みは脳髄中に電流が走るような感覚を与える。
キング・クリムゾンによる常勝必勝をこなしてきた男にとって、シーザーの“足掻き”は計算外だった。
急な頭部へのダメージは彼の思考を鈍らせるのには充分。ディアボロの脳は頭蓋骨のケージの中で踊っているに違いない。

「でもな……トリッシュは皮も肉も内臓も骨もまとめて貫かれたんだ。あんたの腕でなぁッ!
 今の俺なんかよりもずっとずっとず~~っと痛い目にあったんだッ!
 痛かっただろなぁトリッシュ……辛かっただろうなぁトリッシュ……でも大丈夫。仇はとってやるからなぁッ!
 スパートかけるぜッ! 『死者のための波紋疾走鎮魂歌(オーバードライブレクイエム)』ーッ!!! 」

拳、拳、拳、拳、拳、拳、拳、拳。幾度となくディアボロの体に降り注ぐ打撃の雨霰。
その勢いは、ディアボロのシーザーの拳を受け止めようとする動きを、ますます拙いものにしてゆく。
貧民外で鍛えた喧嘩殺法&テクニック。得意の猫足立ちによる機敏なステップワークと体裁き。一族の血統による波紋の才能。
自分の体を犠牲にしてまで相手を仕留めようとする“捨て身”の覚悟。そして……愛する人への思い。
シーザーがディアボロをここまで追い詰める事が出来たのも、彼だからこそ成せる技なのだ。
いや、正確にはシーザーが成しえたのではない。愛に仕えるシーザーが生み出したのだ。

(よくもッ!こんな……こ、んなこと、でこのディ、アボロが……敗、北す、る、わ、けが…………!
 娘よ……お前さえ………産まれて…………いな……ければ……………………………………………………)

*  *


(……死んだか? へッざまぁみろってんだ)

ディアボロが物を言わずにぐったりと座り込む様子を見届けると、
シーザーはキング・クリムゾンの両手を自分の体から引き離す。
キング・クリムゾンのヴィジョンに、かつての巨悪さは感じられない。陥落した孤城のごとくボロボロと朽ち果ててゆく。

(あぁー……やべぇなぁ……意識が……暴れすぎた、か……)

シーザーは自分のお腹に手を当てる。キング・クリムゾンが作った『地割れ』から垂れ続ける血の波を、彼は感じていた。
手のひらから受けるべったりとした感触。鼻をくすぐる鉄の臭い。それに伴う視界のもや。
何度も何度も体全体の動きで拳を振るった事が原因なのは今さらである。

(ん…そこにいるのは……トリッシュ?……それに……ジョジョ……? わざわざ……迎え、に………………)

シーザーはゆっくりとその場に座り込み、そのまま大の字になって倒れた。
意識が途絶える刹那、最後に彼が見たものは夢か錯覚か幻か……。


否、現実であった。 


「シィィィィィィザァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーッ!! 」 

*  *


話しは数分前に遡る。
シーザーとディアボロが激闘を開始する少し前、その家には男女1組の侵入者がいた。
女の名はエリザベス・ジョースター。通称リサリサ……波紋戦士であり、シーザーの師匠。
男の名はルドル・フォン・シュトロハイム。ナチス所属の軍人サイボーグでシーザーとは盟友的存在だ。

では彼らがシーザー達がいるその家に入った理由は何か。それは言うまでもなくシーザーの助太刀であった。
彼らは日が沈む頃に彼の咆哮を聞きつけたのである。それゆえに彼らは直ぐに行動を起こしたのである。
しかしその時アクシデントが起きてしまう。
リサリサが先のミドラーによる襲撃のダメージがぶり返したために、その場でうずくまってしまったのだ。
元々歩くのがやっとだっただけに、彼女の急いた行動はそれだけ過負荷だったのである。
シュトロハイムがなんとか彼女を背負おうとしたが、彼は既にジョセフの遺体も背負っていたので、
いつもの倍時間がかかりその結果、出遅れるという失態を晒すハメに。

……彼らがシーザーのいる部屋にたどり着くころには、既にシーザーのディアボロ殴刑は終盤に差し掛かっていた。
この時シュトロハイムはシーザーに手助けをしようとしたが、リサリサはそれを止めた。
シーザーの目は既に空ろであり、どう見てもリサリサ達の姿に気づいていなかったからだ。

――1人でやらせてあげて。彼が満足するまで……彼の気が済むまで――

客観的にみれば、この行為はお世辞にも的確とは言えないのかも知れない。
しかし、たとえ意識が朦朧としていようと執念で闘い続けるシーザーの意志を……リサリサは尊重したかったのだ。
リサリサの嘆願にシュトロハイムは何も答えなかった。しかし……彼がシーザーの戦いに横槍を入れる事はなかった。

――リサリサ、、今アラキが第三回放送を流している。放送内容……最初から聞いていたか? ――
――……あなたに言われて始めて気がついたわ。流してたのね、三回目の放送。でも不思議……全く耳に入ってこないわ――
――俺もだ。荒木が何を言っているのかサッパリわからん。今はただの雑音にしか聞こえん――

シーザーが最後の一発をディアボロに喰らわせるまで、彼らは動かなかった。
仲間の覚悟をただただ見届け……歯を食いしばり続けた。
その時の彼らはまるでネジの切れた人形のように全ての外的干渉をシャットアウトしていたらしく、
彼らが動き出したのは、第三回放送もとっくに終わり、シーザーが動かなくなった後だった。
つまりシーザーが最後に見たトリッシュたちの姿は……リサリサたちに重ねた幻覚だったのである。

*  *


「あそこに無残に全身が潰されている死体は……衣服を見る限りリサリサの言う『空条徐倫』という知り合いか? 」
「シーザー! しっかりしてシーザー! 待ってなさい。今助けます!私の『究極!深仙脈疾走』で……」
「な……や、やめぃ! 何をしているリサリサ! そんなことをすれば貴様自身が……」
「わかっているッ! だから私はこの波紋増幅石『エイジャの赤石』を使う。
 これを使えば生命エネルギーの消費も普段よりは抑えられるはず……始めるわ、『究極!深仙脈疾走』をッ!
 シーザーの闘いはもう終わった。今から行うことは助太刀にはならないッ! 」

リサリサは胸の谷間から赤石を取り出して自分の手とシーザーの手で挟み握りこむ。
そして両目の瞼を閉じると、彼女はシーザーに波紋を流した。

「な、なんだこのまばゆい光はッ!? 我がナチス調査団が想定していた以上の力をこの石は……うおおッ!
 なんという事だ。目が開けられぬ! まさかこれほどとは……ハッ!? まさか……いかんッ! 」

シュトロハイムは膨れ上がる光の壁にぐっと堪え、左手を大げさに振り回してリサリサの体を探り当てる。
赤石による空前絶後の輝きは、まるでオゾン層を介せぬ太陽光線の威力に匹敵せんばかりの発光だった。
そして勢いを止めることなく流れる波紋はいつの間にかリサリサやシーザーの体どころか部屋全体を覆う程になっていたのだ。
それだけリサリサの波紋は赤石によって増幅されたことになる。
だが、これは非常に危険な状況でもあるのだ。

波紋が部屋中に漏れているという事は、増幅された波紋がシーザーの体に収まり切らないという事。
生命エネルギーといえども、過度の摂取が治療に直結するとは限らない。
食物、飲料、薬、運動、睡眠、思想……何事も過ぎたるは及ばざるが如しと古来の諺にあるように……。
『器』に入りきらない『エネルギー』は『住処』を求めて暴走するしかない。
最後には『器』自身を破壊し食い潰すことなんて、非現実的ではないのである。
シュトロハイムはこの『波紋の暴走』がシーザーはおろか、
発信源であるリサリサすらも飲み込んでしまうのではないかと感づいたのだ。

「リサリサッ! 俺の手がわかるかッ!? 波紋を流すのを止めるんだッ!」
「……な……ぜ……? 傷は……塞がっていくのに……目を、覚まさない…………シー……ザー」
「落ち着けリサリサ。それ以上流したら大量のエネルギーで貴様もシーザーもパンクしてしまうッ! 」
「こ、れ以上…………仲間、犠牲、見、たくな……」
「落ち着けぃリサリサァーッ! このまま誰かが死んでしまったら、結局誰かがソイツの死の悲しみを背負うんだぞ。
 お前は助ける為に身を粉にして波紋を流したというのにだッ!それは余りにもあんまりではないかーッ! 」

『究極!深仙脈疾走』。それは波紋戦士よる命を賭した治療。
それはシュトロハイムがかつて一度ジョナサン・ジョースターから受けた黄金体験。
シーザーの手を握り締めるリサリサの姿は、シュトロハイムにとって『それ』の焼き直しに見えたのだろうか。
彼は静止の勧告を聴こうとしないリサリサの手を無理矢理引き離した。

「う……あ……」
「リ、リサリサッ! お前……その姿は……! 」

シュトロハイムが悲嘆の声をあげる。
彼が助けたリサリサは、全身の傷が治っていた。
しかし……まるでその引き換えと言うべきなのだろうか。
若々しいはずなのにどこか精気がない、というべきなのだろうか。

「体の傷は癒えたわ……もう大丈夫。普通に活動できる。活動、できるはず。
 でも……何故かしら……体はどこもかしこも健康になったはずなのに……この、苦しさは……ゴホッ! ゲホッ! 」
「血ッ!? リサリサ大丈夫か!? 」
「…………わかっていたわ。赤石に『究極!深仙脈疾走』を流すことがどれほど危険な行為か。
 わずかな日光すら透過させれば物質破壊も可能な光線にさせるし、場合によっては火山の噴火も呼び起こす。
 それほどの威力を持つのだから……きっと助けられる。弱った私でもシーザーを助けられっ……ゲホッ!
 あわよくば増幅し過ぎて逆流した波紋が私自身にも注がれれば万々歳……甘い考えだとわかっていたのにね。
「リサリサ……お前は……完全なる形で全員の回復をしようとしていたのか……」
「だって……そうで、ゴホッ……しょう……?
 シーザーが助かって私が死んでも、シーザーが死んで私が生き残っても……そんな事実は私には耐えられない。
 命の恩人ジョナサン・ジョースター……私の夫ジョージ……そして息子ジョセフ……。
 これ以上誰を失えばいいの? 犠牲を伴わなければ誰も助けられないの? 誰もが救われてはいけないのかしら……? 」
「戦争は……犠牲の上に勝利がある。戦争だけじゃない。犠牲無くして……進めることなど何もない……」
「あなたの言う事は正しいわシュトロハイム。軍人として生きてきた故の説得力がある。
 私もそう思って今まで50年生きてきた……でも気づいてしまったの。 
 私の命は……犠牲の上から始まった。それからもずっと。ずっと。誰かの犠牲が付きまとっていた。
 あなたのように『生きていく内に犠牲について学んだ』のではなく生まれた時から『犠牲を頭の中に刷り込まされていた』のよ。
 サイボーグのあなただって、かつては人間だった。どこにでもいる普通の少年だった時期があるはず。
 その時のあなたは……物事に犠牲が付きまとうなんて考えもしなかったんじゃないかしら。
 でも私には……ゲホッ……それが、ない!
『いつもウマくいくはずが無い』、『常に最悪の事態を想定せよ』、『どんな時でも最善を尽くせ』……。
 幼子が抱く希望だらけの世界が甘い幻想だと気づかされる事すらなかった。最初から『わかっていた』から」
「それの何が悪い! 私はこの世界でジョナサン・ジョースターを見捨てた。見捨てるしかなかった!
 退却しか選択出来なかった……それで良いではないかッ! 私は今でも復讐の為にこうして前を進んでいるぞッ! 」
「……起こりえる全ての事態が必ず成功という名の解決に結びつく。そんな『奇跡』、あなたは成し得たことがある?
私は『見た』ことはあるわ……ジョセフ・ジョースター。あの子はそんな男だった。
 ストレイツォ、サンタナ、エシディシ、ワムウ、カーズ……とてつもない絶望が何度あの子を襲ったことかッ!
 しかし勝った。ジョジョは乗り越えて勝利をもぎ取ってしまったッ!
 実の母としてこれほど誇りに思うごどばな゛い゛ッ! ………うっ……ゴホッゴホ……」

シュトロハイムはリサリサの叫び声で、ようやく自分たちがいた部屋の変化に気がついた。
あれだけ溢れていたエネルギーの輝きがすっかりなりを潜め、今では漆黒の闇が部屋を包んでいる。
夕方に家に入った彼らは、真っ暗な夜を迎えるほどこの家に長くいたのだ。

「だがそのJOJOも……この世界で死んだぞ」
「ええ。死んだわ。本音を言えば、私は今でも心のどこかでは納得がいってない。
 JOJOが死ぬなんて有り得ないと思っている。でも受け入れるしかなかった」
「貴様は一体……何が言いたいのだッ! JOJOの奇跡を、今度は自分が受け継いでいこうと考えてたのかッ!?
 だから……だからあんな無茶な賭けに出たというのかッ!? 」
「受け継ぐ? そんな素晴らしい善意なんてもんじゃあない。やってみたかったのよ、奇跡を。
 『リサリサの奥義<究極!深仙脈疾走>でシーザーは完全復活! 負傷していたリサリサも完全回復!
  再会を喜び合った3人は、エリアC-4へいざゆがん゛! 』……そんなハリウッド映画のような奇跡を起こしたかった。
 私はJOJOを受け継ごうとしたんじゃないわ。JOJOに、なりたかった。
 母親としてのリサリサは目の前で次々と奇跡を見せてくれる彼を羨望の眼差しで見守っていた。
 個人としてのリサリサはそんな彼に……嫉妬していた。彼のように幸福と嬉笑が咲き乱れる生き方に憧れていた。
 しかしJOJOは死んだ。もう奇跡は彼から生まれない。奇跡が見たい。ならば私自身で作るのが自明の理。
 20歳の若僧に心配されるほどヤワな人生じゃあない、なんて思い上がっている自分にメスを入れたかった。
 一度きりでもいい。自分が考えられる最高で、最上で、文句なしの奇跡を自分の手で起こしたい。
 負傷した私とシーザー、エイジャの赤石、私たちが出会ったタイミング。
 私は今こそ、自分が奇跡を起こせる瞬間なんじゃあないかと……あの時は思っていたのよ。
 でも神様ってやっぱりいるんだと実感したわ。飛び出そうとした雛を巣に引き戻して『くださった』。
 『馬鹿をやってる暇があったら、これまで通り打算計算採算の物差しで現実的に生きていきなさい』ですって。
 ゴホッ……………………私にとっては一世一代の大勝負だったのに。私は、賭けに負けてしまった」

自暴自棄気味に吐露し続ける貴婦人はふらつきながらも部屋を出て、一階へ繋がる階段を降りていく。
シュトロハイムは黙って見送るしかなかった。『またもう一度賭けをすればいい』の一言が出せなかった。

「シーザーの傷はおそらく完治しているでしょう。私の体の負傷も完治していることですし。
 ……最も、私のように『何がどうおかしくなったか』はわかりません。
 あれだけ流れた波紋が彼に何の後遺症をもたらしたのかはわかりません。
 少なくとも……私の体はどこか調子がおかしいのは間違いありませんが……………………」

*  *


(もう……今までのように満足に波紋を使えることは無理かもしれないわね)

シーザーとディアボロが激戦をした2階立ての家。
その1階と2階をつなぐ階段の最下段にリサリサは座る。

「う……ゴホゴホッ!(……骨に異常は無い。自動車で受けた傷も癒えている。考えられるのは……呼吸器官かしら)」

『究極!深仙脈疾走』を短時間とはいえ赤石で倍増させた威力は、リサリサの想像を絶する後味の悪さを残した。
波紋は呼吸で始まり呼吸に終わる。即ち今回のように波紋による暴走の負担を一番受けるのは呼吸器官だったのだ。
生命エネルギーによる『治療の波紋』とタガがはずれた『暴走した波紋』による軋轢をすべて引き受けたと言ってもいい。

「シーザー……ジョセフ………………」

リサリサは涙を流す。その涙は誰のための涙なのだろうか。
わかっている事は、この町で彼女に降りかかる数々の災厄は、
柱の男との戦いを終えて平和に暮らしていた彼女には直視できない現実なのだろう。
実際この荒木飛呂彦が開催した殺し合いでも、彼女は自身の考えを何度も右往左往させてきた。
一見理性的に見える彼女の人生と価値観は……生まれつき宿命を背負わされた人間には当然にことなのかもしれない。
彼女自身知らず知らずの内に実は他の誰よりも周りに揺さぶられていた結果なのかもしれない。
……だが、無情にもここで彼女はまたもや『今』というリアルに運命をかき乱されるのであった。



耳を劈くような銃声によって。


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キャラを追って読む

107:仇敵(後編)~輪廻転生~ シーザー 116:Io non sono solitario.(後編)
107:仇敵(後編)~輪廻転生~ ディアボロ 116:Io non sono solitario.(後編)
108:享受 リサリサ 116:Io non sono solitario.(後編)
108:享受 シュトロハイム 116:Io non sono solitario.(後編)

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最終更新:2018年10月25日 19:35