※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

 初夏の日差しの眩しい午後。こんな天気の日には、木陰でゆっくりと読書でもしているのが最適だろう。
………だが。
そんな平凡な望みさえも裏切るかのように、叶榎は慌しく電話帳をめくっていた。
「ええっと、玉置さんには今朝のバイトの時に言い訳したし、明日菜先輩にも連絡入れた。夏には後で言うから……あとは、学校も済んだ。これでだいたい終わったな。残りは……。」
叶榎は、複雑な表情をその顔に張り付かせている。
「兄さんだけ、か……。」
兄には本来なら、会いに行って直接言うべきなのだろう。いや、叶榎もそのつもりでいた。しかし、彼は今、仕事で海外にいる。12時までに往復するのは、到底、無理だった。
「電話するか。」
叶榎は慣れた手つきで、しかし一つ一つ丁寧に受話器のボタンを押していった。
プルルルルプルルルル…………。
呼び出し音が鳴り響く。
1回、2回、3回、4回……。
叶榎の兄は7回鳴っても出ないときは、留守のことが多い。逆に言えば、7回鳴るまでに電話に出るほど几帳面なのだ。
「出ないなぁ?留守か……」
7回目の音がし、叶榎が受話器を下ろそうとした、その時。
「はい、矢上です。」
電話の向こうで聞きなれた声がした。
思わず黙り込んでしまう叶榎。
「もしもし?どちら様ですか?」
「兄貴……俺、叶榎。大事な話があるんだけど、今いいかな?」
「なんだ、叶榎か。お前、まだ、その言葉づかい直ってないのか。……ま、いいか、お前らしくて。んで、話って何だ?兄ちゃんがいくらでも聞いてやるぞ、ん?」
小さい子供の機嫌を取るような口調で言う兄に、叶榎が呆れたような声で言う。
「あんなぁ……兄貴、真面目に聞いてくれよぉ!」
気を取り直して叶榎が、語り始める。
今ごろ兄が浮かべているであろう笑みが手に取るように分かる。
「わかった、わかった。」
「あのさ……今日会ったんだ。俺と、同じ髪してる奴に。……それで、そいつすっごくでっけー事背負ってて、俺なんかじゃあ、背負いきれないくらい、でかい事、背負ってて……俺と同じ髪の奴、あと4人見つけないといけなくて、そいつ、口にしないけど、なんとなく苦しそうで、俺、その、でかい事手伝ってくれって言われて、迷ったんだけど……やっぱり、そいつ助けたいんだ。困ってるあいつを、何だか、ほっとけないんだ……。変だよなぁ、今日はじめて会ったのに。でも、そいつと、一緒に行こうと思う。そりゃあ、俺なんかにどうこう出来るような事じゃあないかも知んないけど……でも、何も出来ないまま、何もしないなんて嫌だから、俺、そんなの嫌だから……だから、行っても、いいかな?」
「……それは、お前が自分で決めたことなんだな?」
兄が真剣な声音で問いかけてくる。
「ああ?俺なりに考えた結果だよ。」
叶榎も、真面目に答える。
「なら、俺は何も言わないよ。だから、行ってこい。」
兄の答えを聞いて、叶榎が、受話器の向こうで微笑を浮かべる。
「ありがとう、兄貴!俺、行ってくるよ。必ず戻ってくるから、それまで……」
叶榎の胸の中にこれまでの、兄と過ごした思い出が、流れ込んでくる。苦しかった事、悲しかった事、嬉しかった事、楽しかった事……それらの思い出をそこで途絶えさせないために、自分は行くのだ。大きな決意を胸に叶榎は、兄にただ一言、
「さよなら……兄さん」
そう言って受話器を下ろした。

深い闇が横たわる世界。そこは、まるで、光さえも遠ざける程の暗黒が満ちていた。その中にうごめく影があった。
「光の奴等がついに動き始めたか!!」
若い男の声が言った。
影は、全部で5つ。だが、その内1つは動く気配すらなく、会話をしているのは、残りの4つだった。
別の声が言う。
「……そう騒がなくても、アレス…。あのお方も、そろそろ復活なさるよ……?」
今度は、最初に声を発した男……アレスと呼ばれた男の声が響く。
「しかし、ウェルカヌス!もしも、あのお方の復活よりも早く光の者どもが集まったならば俺たちは、今度こそ!!」
アレスが言い終わる前に若い妖艶な女の声が言う。
「馬鹿ねぇ。そうならない為にあのお方は私たちを創られたんじゃなぁい。私たちが命に代えてもお守り申し上げるのよぉ。そうでしょぉ、デメテルぅ?」
デメテルと呼ばれた女の影が答える。
「その通りだ、アルテミス。私達はその為にあのお方から生を貰い受けた。自由にならぬ身で、私達を作って下さった主にこの命を持ってお答えするのが私達の使命だ。」
そういうと、デメテルは動かなかった一つの影に向かって言った。
「我ら、四滅者があなた様をお守りしますゆえ、ご安心下さい……我らが主。」
影は答えない。何故ならその影は……。
「無駄よぉ、デメテルぅ。主は答えて下さらないわぁ。」
アルテミスが淡々とした口調で言う。
「だってぇ、封印されているものぉ。」
……そう、5つ目の影は、巨大な水晶の中にいた。

日の沈みかける頃、叶榎の親友、夏紀は、自宅に居た。
「え~と、あれ?どこにしまったのかなぁ?」
などと、独り言を言いながら、クローゼットの中を見回している。
彼女は今、頭にバンダナを巻き、エプロンを身につけている。
「せっかく叶榎にクッキー焼いたげようと思ったのに……本無きゃ作れないよぉ」
そう。彼女は料理をしようとしていたのだ。
だが、バンダナを巻き、エプロンしめた時点で、本が無いことに気付き、慌てて2階の自室に探しに戻ったのだが、いくら探しても一向に見つからない。
諦めかけたその時。
コンッ。
窓のほうで何か物音がした。外を見てみると、小石を持った叶榎が立っている。
どうやら、先ほどの物音は、叶榎が下から投げた小石が窓に当たった音だったようだ。
「なつ、今いいか?ちょっと降りてきてくれ。」
「う、うん。」
叶榎にそう言われ、下の階に降り、玄関の戸を開けた。
しかし、叶榎の立っていた位置には、誰も居なかった。
「叶榎?」
夏紀が駆け寄ってみると、そこには、叶榎の変わりに、一通の封筒が落ちていた。
封筒を見てみると……叶榎の字で、『サヨナラ』と書かれていた。

叶榎が夏紀の家を訪れたのと同じ時刻。
暁は、町外れの海岸にある灯台に来ていた。叶榎と合う約束をした場所だ。
地面の石畳には、また先ほどと同じ陣を書いている。
そして、その次に左手を陣の上にかざす。
「過ぎ去りし日々・通り過ぎた過去・駆け抜けよ・今此処に・我の望みし物・その力を持って・映し出せ・光よ。」
幻影系映像魔法〈影月〉発動。
しかし、今度は先ほどとは違う映像が球体の中に映し出された。今、映っているのは、地図だ。
そこには、地球のどこにも無いような大陸が映し出されていた。地図には、これから向かう「あちら」側が映し出されている。
中央に巨大な大陸が一つ。そして、その周りに大小様々な島がある。
そこに今度は右手を延ばし、陣の上に浮かんでいる球体に、手を沈める。
「ん……ぐっ、クソ、流石に、この痛みに慣れる事は、出来な……っう……」
この球体に、肉体を入れるのは大きな苦痛を伴う事なのだが、暁は、そのことを知っていながらあえてこの行為を行っている。
そして、呪文を詠唱する。
「其は偉丈夫・其は道を知りし者・其は盟約者・其の力・此処に現せ!」
魔法の起動。ただ、一つだけ奇妙な事があった。……陣が無いのだ。
いや、正確に言えば、陣自体はある。だが、それは、〈影月〉の起動に使った物で、新しく書かれた物ではない。
これは、暁のアビリティーによる力だからだ。
「まだ、時が満ちてはいないようだな……。」
そう言うと暁は球体から腕を上げる。
暁が球体から抜いた手には、特殊な装具がはめられている。漆黒の、布とも、革とも付かない生地で出来ており、中指の付け根までを覆っている部分と、手首の部分を、二本の長い生地が手の甲を通って繋いでいる
この装具は、暁の師が自ら創り、彼に与えたものだ。
暁の……朱のアビリティーの能力は複数ある。その中の一つを使って、〈影月〉を起動し、同時にアビリティーの能力で人物、物などを探す事が出来る。少しこのちからを応用すると、その検索対象の行動を把握する事も可能だ。だが、この能力には、副作用がある。
それは、……痛みだ。
通常の場合、第一級幻影系魔法は、術者の魔力によって創り出される力場を利用し、そこにある光や原子などを屈折させ、再構築し、見せたい物を魔法が起動している間、映し出し、創りだす魔法だ。
力場の精度は、術者の魔力の大きさによるが、暁の魔力は、常人の5倍と、とてつもなく大きい為、精度も高いのだ。そのせいで、力場に肉体を入れた時の痛みは、他の魔術師が起動したものよりも強い……そもそも、第一級の魔法など、そうそう、起動できる者は居ない……ので、普通の人間なら、痛みに耐え切れずに気絶していてもおかしくない。それを、暁がここまで耐えることが出来ているのは、アビリティーハーバーズとしての資質と、この装具のおかげだ。暁は、幼い頃からあちら側に居たのだ。それ故、その能力を見抜いた彼の師が、自らの魔力を削ってこの装具を創ったのだ。
「早く、残りのハーバーズを集めなければ……」
そう言った暁の顔には、薄く、疲労の色がにじんでいた。

「あと、5時間か……。」
叶榎が、物憂げな表情でつぶやく。
彼女が、今居るのは、弓道部の部室だ。
夏ももうすぐという時期なので、完全な暗闇ではないが、多少、薄暗い。そんな木造の建物に人は、自ら好んで入ろうとはしないだろう。
だが、叶榎が今此処に居るのには訳があった。
「ここでもいろんな事あったなぁ。市内大会も、県大もお前のおかげで勝って来れた。ありがとな。……お前も、一緒に連れてくから。」
叶榎の手には長く、大きな物が握られている。
……弓だ。むらの無い、黒塗りで仕上げられている本体の中央に、小さいが、見事な装飾の石がはめ込まれている。
この弓は、中学の頃から叶榎が愛用している物だ。
それを持っていくと言う事は、もう、彼女に迷いは無いのだろう。
叶榎は、名残惜しむように、室内を見渡すと、その場を後にした。

P.m.11:30。
既に、叶榎は灯台に来ていた。
夕方、部室に行った後、近所の住人へのあいさつと荷造りを済ませ、すぐにここへ向かったのだ。
「あ~あ。早く来すぎちまったかなぁ。暁ぃ、暁ぃ来てんのか~。おお~い。どこだ~?」
叶榎が、素っ頓狂な声を出す。
すると、辺りの空間が歪む。
「うるさいぞ叶榎、ここにいる」
「うなぁぁぁぁぁ!!ああ、暁~!どっから出てきた?」
驚いた叶榎は、尻餅をつきそうになり、慌てて体制を立て直す。
「第二級幻影系魔法〈無光─MUKOU〉の効果だ。」
第二級幻影系魔法〈無光─MUKOU〉は、光を屈折させ、己の姿を消す事が出来る。
どうやら、暁は、その効果で姿を消していた様だ。
「思ったより早かったな。まぁ、いいか。12時になったらあちらに向かうぞ。それと、あちらに行く際に、苦痛を伴うかもしれないが、倒れるなよ。空間の狭間に置いて行かれると次の満月までの1月の間閉じ込められて餓死してしまうぞ。」
暁の言葉を聞いた瞬間叶榎の顔が、紫色に染まる。
「えっ、冗談だろ暁……?」
「ウソを言ったところで仕方ないだろうに。本当だ、だが叶榎の集中力なら問題ないだろう。」
その一言で、叶榎の顔に血の気が戻る。しかし、この男は何時の間に自分の集中力を知ったのだろう……。
「ところで、暁。どうやってあっち側に行くんだ。」
「俺のアビリティーを使う。今日は満月だからな、この能力を使う事が出来る。」
暁がそう言い終わってすぐに近くにある植木の葉がざわめいた。
「………叶榎!伏せろ!」
そう言い終らないうちに、暁が叶榎を押し倒す。
ヒュッ。
先程まで叶榎が立っていた場所を何かが通り過ぎる。
――カツン。
その何かは、叶榎の立っていた位置より少し先にある樹の幹に、音を立てて突き刺さった。
それは……一本の短剣だった。
「うわっ。」
叶榎が驚きの声を上げる。
「ちっ、奴の使いか……1、2、3……7人か、やっかいな…叶榎、弓の用意をしておけ。」
見ると、数人の男が武器を手にして二人を取り囲んでいた。
暁が落ち着いた声で言う。
「わ、わかった!」
叶榎は急いで弓を取り出す。
「彼の時・神々の戦において・その名を轟かせし刃・雷鳴をまとい・我らを守護せん!」
暁が、第2級対人攻撃魔法〈雷槍―Raisou〉を起動する。
すると、暁の手の中に突如として一本の槍が出現した。
白金で出来たその長槍は、先端が青白い光を帯びている。その正体は、ごく小規模の稲妻である。槍の攻撃を正面から受けると、場合によっては即死……いや、それならまだしも、下手をすると蒸発してしまうだろう。そうなれば、骨も残らないはずだ……。
だが、暁はその異常なまでの才能で威力を非殺傷レベルまで下げている。おそらく、気絶程度で済むであろう。
暁は槍を手にすると、背後から向かって来ていた一人の男に下から刃とは逆の方の柄を突き出す。
「うがっ」
男が短いうめき声を発して倒れる。
これで1人。
「暁!伏せろ!」
叶榎が、暁の死角に回り込んでいた別の男に向けて矢を放とうと構えている。しかし、暁が、静止の言葉をかける。
「直撃はよせ!こいつらは、操られてはいるが、元は、ただの一般人だ!」
「えっ。マジかよ!どうすりゃいいってんだよぉ~」
「下がっていろ!相手を間合いの中に入れるな!」
そう言う間にまた一人が、暁の攻撃によって気絶する。
あと5人。暁の言うとおりなら、叶榎は弓が使えない。
さすがの暁でも、叶榎を守りながらでは非常に不利な状況だ。
(くそ、どうすれば……)
正面に一人、右に一人、左に二人……
「なに……!」
いつの間にか、一人の気配を見失った……!
(何処だ、何処にいる……)
必死で気配をたどっている内に、正面にいた男が暁の懐に飛び込んでくる。
暁が槍をかまえるが、遅い、完全に男の間合いの中だ。
とっさに、男の攻撃を、雷槍を横にして受け止める。
だが、その隙を突いて、左にいた男の一人が叶榎の方に駆け出す。
……間に合わない。暁は瞬時に叶榎と男、そして自分の位置を測ってそう悟る。
―――ドサ。
……何かがそう音を立てて倒れた。
次の瞬間、暁は自分の目をうたがった。
そこにいたのは、無傷の叶榎と、刀を携えた青年……いや、少年だった。
瞳は紺碧、髪は青みがかった灰色。そして、その一筋が海よりも深い、藍色をしている。
「お兄さん、えらい苦戦しとるなぁ?こないな素人相手に……。いっちょ、手貸したるわ!!」
そう言うや否や、少年の姿が消えた。
「あれっ、あの兄ちゃん何処行ったんだ!?」
目の前にいた人間がいきなり消え、叶榎が戸惑う。
「落ち着け、叶榎。この力はきっと……」
バタッ……。
暁が言い終える前に、男の一人が倒れた。
「ど、どこだー!」
最後に残った男が辺りを見渡しながら狂ったように叫ぶ。
また、姿を現した少年が、獰猛な笑みを浮かべて言う。
「おっさん、遅いわぁ~。」
……刀を携えた少年は男の後ろから腕を回し、男の首筋にその刀の背を当てている。
「いっちょうあがりぃ!おっさんら、骨無いなぁ」
気がつけば、男は気絶していた。
「……アビリティーによる、高速移動だ。」
暁は静かに、言い切れなかった言葉の続きをつぶやくように口にした。

「どぉも!俺、春日井 和斗(かすがいかずと)ちゅーねん。歳は、十七。」
「斎賀 暁。十七だ。」
「うっそ、あんたタメなん!?んで、そっちは?」
「俺?矢上 叶榎。十六だよ。」
「よろしゅうなぁ。なんや、今夜は、やけに空気がざわついとる思おて、ここまで来たんや。そしたらあんたはんらえらいことになっとるし……」
黒鞘の刀を手にした少年……和斗が、端整なつくりの顔に苦笑を浮かべて言う。
「お兄さんら、大の男が2人もそろって、あないな素人相手に苦戦しよるなんて……。」
次の瞬間、ほんのわずか叶榎の顔が引きつった。
「俺は女だ!だ・れ・が・お兄さんだってぇ?」
叶榎が、即座に反論する。
……が、叶榎は、好んで黒の、しかも、男物の服を着る事が多い。立ち振る舞いも、兄と二人暮しをしていた期間が長かったので男のそれに近い物が多いのだ。
案の定この時も、黒のパーカーに白のショートパンツとブーツ、いうような服装な訳で…
「これを見ろ、こ・れ・を。どー見ても『女物』だろぉが。」
叶榎が自分の足を指しながら言う。その額には、怒りのあまり血管が浮かんでいる。
「えっ、ウソやろ?かっこいいお兄さんやとばっかり思うとったわ。そら、すまんかったな。」
「ま、いいけどさ、……言われ慣れてるし。」
叶榎がさらりと言った。だが、言葉の後半は、和斗には聞こえていないだろう。
まあ、毎度の事なので……男と思われて文句の言いようが無いのだ。
叶榎は、屈託の無い笑みを浮かべる。
「しかし、この時間、よくここに来れたな。」
暁が話題を元に戻す。
「うーん。その事なんやけど……どっから話せばええんやろぉ。せやなぁ……初めから、順を追って説明するわ。落ち着いて聞いてや。」
「ああ。」
暁が真剣な顔で頷く。
「まず、俺、前世の記憶あんねん。」
「え゛ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ――――――!!どう言うこったよ!それぇ!!」
まったく予想していなかった答えを聞いて、叶榎が声を上げる。
その叶榎が第二声を発する前に和斗は言葉を続けた。
「人の話は最後まで聞きやぁ、記憶ある言うても、はっきり認識するようになったんは最近や。それに、全部が全部ちゅうわけでもないねん。ただ、ガキの頃からある、やっかいなチカラの正体は分かったけどなぁ。あんたらも、同類やろ?」
「何が言いてぇんだ?」
本当に心当たりが思い浮かばない、といった様子で叶榎が問う。
「海より青き蒼穹の藍」
和斗がその涼しげな声で謳うように言う。
その途端、暁の表情に確信の表情が浮かんだ。
「これ、なんかわからへん?」
和斗が言う。
「やはり、お前は……藍のハーバーズか。」
「そう言うこと、暁は、反応早いなぁ。それに比べて叶榎ちゃんは……。」
「なんだと、おい?暁はどうして分かったんだよ?」
叶榎がすねたように言う。自分だけが理解していない話題になって面白い人間はいない。
「聖句を言えたからな、もしやとは思っていたが……」
「その様子やと……暁も記憶あるんか?」
今一つ釈然としない様子の暁に和斗がふと、そんな事を言う。
「日輪より赤き灼熱の朱」
暁が口にした言葉を聞いて、横にいた和斗は、何か答えを見つけ出した者特有の、確信した表情を浮かべる。
「やっぱりなぁ、そうやないんかと思ぉとってん。」
「俺は、幼い頃からあちらで育てられたから。」
「おい!いつまでも人の事無視してんな――!」
自分のした質問をおざなりにされていた叶榎の怒りがついに限界を超えてしまったらしい。耐え切れず、和斗の腹部に向けて、右の拳をものすごい勢いで放つ。もちろん、叶榎は、先程の和斗の速さを見ていたのでかわされるであろう事を予測して殴りかかったのだが……。
「うおっ」
………どうやら、予想していなかったらしい。
叶榎の声を聞いて振り返った和斗は、正面から叶榎の拳をくらって気を失っていた。

意識に薄絹がかかったような感覚がある。
そして、自分目の前の薄暗い通りを一人の子供が歩いている。
(これは……?)
その様を彼は見ていた。此処では、彼は、文字通り、単なる傍観者だ。
「……うっ、……うう、たつぞう、しはん……っ…っ」
……どうやら、少年は、涙をこぼさないよう必死で耐えているようだ。
「どおした、和斗や。まぁた、いじめられたのかい?」
優しい声が少年……和斗にかけられる。
「みんなが、ぼくのこと、おにごやって……きえてまうくらい、はよう走れたり、かみの色がちょっとだけ、ちゃうのは、おかしいって。しはん、どうして?なんで、ぼくらだけ、こないなん?」
「すまんのう、和斗…わしに答える事はできぬのじゃ……。」
「……なんでなん?なんで……」
ついに涙をこらえる事が出来なくなった和斗の瞳から大粒の雫がこぼれ始める。
「……和斗、強くなりなさい、煉のように。そして、心から守りたいと思える者を得るのじゃ。そういう仲間が必ずお前の前に現れる……。その時、おのずとお前の求める解は、答えを出すじゃろう……。」
「……よくわかんないよ?」
「フォフォフォ、今はそれで良い。さあ、夕飯にしよう、煉を呼んでおいで。きっと、今ごろ道場で稽古をしておるじゃろう。」
「はぁい。」
(懐かしいなぁ……ガキんころかぁ。)
これはおそらく、記憶だ。幼き頃の……まだ、兄弟のように育った『彼』と共に剣術の師匠の元で過ごしたあの頃の…。
(夢やろうな、これは。……あれ、せやけど……)
そこで、和斗の思考は、止まった。

唐突に和斗の目の前の光景が変わった。
「何やあれは……なんであないなもん・・…う゛っ」
腹部に鈍い痛みが走る。そして、後頭部の下が暖かくやわらかい……。
「おう、目、覚めたか。ごめんな?痛いだろ?」
叶榎が上から覗き込むようにして問い掛ける。
「っ、ああ、たいしたことない。」
「そうか。良かった。暁に治してもらえれば良かったんだけど。初めて能力使う相手だから、意識が無いと危険だって、……ほんとごめん。」
「ええよ、気にせんとき。」
そう言うと和斗は横たわったまま、叶榎の方に視線を向ける。
しかし、和斗の視界に入ったのは、叶榎の顔ではなく……腹部のあたりであった。
おまけに、叶榎が今はいているのは、ショートパンツだ。
「……!!」
和斗の体温が一気に上がる。
和斗は今、自分と叶榎が、どういう位置なのか、気付いたのだ。
……自分が叶榎に膝枕されているであろうということに。
和斗は思わず飛び起きた。その顔は、まるで……
……まるで、幼い子が、好いている相手を目の前にしたときのように真っ赤に染まっている。
(こんな事、前にもあった気ぃする……)
ほんのわずかの間、和斗は、違和感を覚えた。
だが、叶榎は、それに気付いたようすもなかった。
「あっ!和斗さ、気絶している間になんか、観なかったか?」
どうやら、叶榎は他の事に気付いたようだ。
「見たって、なんを?」
和斗は怪訝そうにたずね返す。
「例えば、前あった事とか、自分や周りの友達なんかの成長した姿とか。」
「そういうたら、ガキの頃の夢見たわ。」
「あちゃぁ~やっちまった……。」
叶榎が、額に右手をあて、しまったという様子でつぶやいた。
「叶榎、お前まさか……」
暁も、何かに気付いたようだ。
「この際だから、言っとくな。俺の能力は、たぶん、夢が観れる事だとおもう。」
「夢?」
和斗が首をかしげる。
「そう、おもに未来視。たまに、過去の夢も観るけど……それで俺が観るだけならまだしも俺に触れたまま眠ると観ちまうみたいなんだよ、ときどき。」
叶榎が言うには、過去に何度か叶榎の兄の恭介や夏紀が叶榎と一緒に睡眠をとった時に観た夢の出来事が、現実に起ったらしいのだ。
「はぁ、そいでさっきの夢みたんやな。」
「そう言うこと、まあ未来視じゃあなくて良かったよ。俺以外の奴が観る夢、ろくな事が起ったためしがないんだ。」
叶榎は、そう言いながら、肩をすくめた。
「おい叶榎、そろそろだ。お前も来い和斗、あちらへ向かう。話の続きはそれからだ。」
「わかった。」
叶榎が、待ってましたと言わんばかりに答える。
「しゃあないなぁ。」
どうやら、記憶がある分、和斗もそれなりに腹をくくっていたらしい。
「いいか、俺が呪文を唱えたら異次元の扉が現れる。ただし、あまり長く立ち止まったり激しく動けばすぐに空間に裂け目ができ、時空の狭間に引きずり込まれてしまうぞ。そうなれば、俺一人ではどうにもならん。叶榎には、話したが気絶したらひとたまりもないからな。」
そう言って暁は、わずかに間をおき、呼吸を整える。
「では、いくぞ。」
暁が、右手を振りかざす。すると、今まで何も無かった地面の石畳に魔法陣が浮かぶ。
今度は左手を同じように右手の横へ並べ、両手を地面に向けてかざした。
そして暁は、祈るように、謳うように、呪文を唱え始めた。
「我・名を暁・時の楔と盟約を交わせし者なり・この身にまといし朱の能力・今此処に示さん・我が身と心をつなぎし言・ゆえに契約の要なり・日輪より赤き灼熱の朱・これぞ我が誓い・時の楔よ・盟約により・時空の扉を開け放たん!」
暁が呪文を唱え終わると陣の中心に光が宿る。
すると、上下左右それぞれが、叶榎の身長の倍ほどの門が現れ始めた。
「門を開放する、はぐれるなよ?」
暁はそう言いながら自分の首についているチョーカーの横の辺りから、右手で極小さな、小豆ぐらいの大きさの鍵を取り出した。
次に、それを左手に持ち変えた。その一瞬の間に、鍵はボールペン程の大きさに変化していた。
その鍵を、暁は扉の鍵穴に差し込む。
扉が軋む音が響く。
扉の間からは、一筋の光がだんだんと大きくなりながらこぼれ出ている。

……こうして、一人の少年の手によって、時空の扉は開かれた。
この扉の向こうに待ち受けている運命を知る者は、まだ、誰もいない中で、二人の少年と一人の少女はただ、己の意志で決して後戻りの出来ない道を今、歩み始めた。


        NEXT第4章~引き継がれし運命(さだめ)
        BACK第2章~総てを知りし者