沖木島ネットワーク

────生き残る上で最も大切な事は何か?

強力な武器を手に入れる事、頼りになる仲間を見つける事、誰にも見つからない隠れ家を作る事。
これらの事は生き残る上にどれも確かに重要だろう。だが、僕は上記の事柄よりもさらに重要な『大前提』があると思う。
こいつを欠かしたら、どれだけ強い武器を見つけ、頼りになる仲間を見つけ、頑丈な拠点を作ったとしても、
たちまち死に至るに違いない。それだけ重要な、生きる上での大前提とも言えるものは何か?
それは何事にも囚われない屈強な精神力だ。

バトルロワイアルは誰もが理解している通り異常なゲームだ。僕の知り合いも、死んだやる美を除いて13人参加している。
大抵の連中は自分と親しい人間が死んだら心を痛めるだろう。だが、その感情は危険だ。
悲しみが怒りへと変わり、怒りが絶望へと変わり、絶望が虚無感を呼ぶ。最後に待ち受けるのは自暴自棄だ。
何ものにも頓着しない、冷静な精神を保ち続けることこそが、このゲームを乗り切る必要条件だ。

「とまあ、こんな風に分析したところで、どうせ僕も皆が死んだら悲しむだろうな。
 僕ほどの人間でもやはり悲しむだろうから、この条件を満たせる奴なんてこの世に一人もいないんじゃないか?」

平瀬村の役場のソファに一人もたれ掛り、夜神月は近所のスーパーから拝借してきたリンゴを齧った。
ソファの横にはスーパーのレジ袋が置いてある。中にはスーパーから盗んできた果物類がいくつか入っていた。
何故もう少し腹が膨れそうなものを盗まなかったのかと言うと、スーパーには僅かな果物しか置いていなかったからである。

「でも武器なんかで勝ち負けが決まったら何も面白くないな。一番最初に強力な武器を支給された奴が優勝なんて興醒めもいい所だ。
 ただの運試しじゃないか。運試しならジャンケンで手っ取り早く決めろって話になる。
 やっぱり己の能力が生死を分ける、なんて感じの方が燃えるからいいな。まあしかし、そうなると僕の生き残りは確定なわけだが」

何故彼がこうもぺらぺらと独りで喋っているのかと言うと、単に暇を持て余しているからだ。
深い意味はない。しかし、他人から見ると一人で饒舌に喋っている月の姿は酷く不気味に映るわけで……

「ああ、それにしてもやる夫が参加しているのがなあ……なんともこのゲームの結末が見えるようで嫌だな。
 あいつの主人公補正、もといチート並の勝負強さをもってすれば、どうせこの騒動も適当に無難な方向に収まっちまいそうだ。
 まあ、僕は生き残れるのならどんな方向に収まってくれようと、一向に構わないわけだが」
「…………ッ!?」
役場の2階から階段を下りてきた如月千早は一人で楽しげに喋る月を見て絶句した。
まるで見えない死神相手に話しかけているようではないか。

「ああ、起きたのか。ずいぶんと長い間寝ていたな。欲張って睡眠ガスを吸い込みまくったのか?」
「…………」
「僕の名前は夜神月。ここまで独り言をぺらぺら喋る奴に出会ったのは初めてか?
 まあ、気にするな。僕は暇なんだ。君が起きてくれたお陰で、漸く話し相手が出来るから安心したよ。
 さすがに、このまま一人で喋り続けていると本気で狂人になってしまいそうだからな。
 独り言で狂人になるのかどうかは分からないが……なんとなくなりそうな気がするよな?」
「ずいぶんと……よく喋りますね……私の名前は如月千早です」
「千早さんか。寝覚めはどうだい?役場の前で眠りこくっているのを見つけてね。
 話しかけたり触ったり叩いたりしてみたが一向に起きなかったんだよ」
ははは、と月は笑っている。それから千早に向かってレジ袋に入っているバナナを一本投げ渡した。

「食べるといいよ。毒は入ってないから安心しな」
「……地面に寝ている私を、わざわざこの建物のベッドに運んだんですか?」
「ああ。お節介すぎて気持ち悪いか?だけど地べたで寝ている女性を放っておく事なんて出来なかったんだよ。
 暇だったからな」
「い、いえ……気持ち悪いとは思いませんけど、運んだ理由は暇だったからなんですか……」
呆れている千早を見て、月はにやりと微笑んだ。

「ははは、千早さん、引くなって。さすがの僕でも女性にドン引きされたら傷つくくらいの純情さは持ち合わせてるんだぜ?」
「ひ、引いていません……!ただちょっと、運んだ理由が暇、というのに少し呆れたと言うか」
「呆れたのなら仕方がないな。断っておくが千早さん。僕は最強に万能な人間なんだ」
「…………?」
突然脈絡のない事を言い出した月に、千早はまたしても懐疑の視線を向けた。
この人、変な人だ……

「今の段階では変人にしか見えないかもしれないが、実は僕は他の追随を許さない優秀な頭脳を持っている。
 さらにトップクラスの身体能力を持ち、容姿端麗、おまけに手先が器用だ。もしかすると僕は神なのかもしれない……」
「…………あの、いったい何を言って……」
「要するにだ。万能であるが故に、僕はほとんど苦労なんてしないんだ。だから僕はいつもする事がなくて暇人だ。
 万能な人間もろくにする事がなければ神はおろか、天才ですらない。僕は神であると同時に────
 ────他の追随を許さないくらいの、最高の暇人なんだよ(キリッ」
キリっとした顔で月は言った。千早はまたも呆れている。そんな事、自信満々に言う事ではないだろう。

「ところで、千早さんはこのゲームに乗るつもりか?乗るのなら僕だけは頼むから見逃して欲しいところだね」
割と重要な事を相変わらずのへらへらした顔で何事もないように月は言った。
勿論、千早はゲームに乗るつもりはない。それどころか、友人たちを助けようとすら思っている。
千早が思うに、律子さん、真辺りは放っておいても自分で生き残るためになんとかしそうな気がする。
それ以外の面々、特に雪歩とやよいあたりは今頃怖くて怖くて震えているかもしれない。
かつては自分の事だけで必死になっていた千早だが、今では友人達を心配して、実際に助けに行きたいと思っている。

「乗るわけがないじゃないですか。月さんも、乗っていませんよね……?」
自信満々で、訳の分からない妙な男だが、何故か憎めない親しみ易さが彼にはある。
一応聞いては見たが、恐らく彼は乗ってはいないだろう、というものを千早はすでに感じている。
「主催者の言いなりになるつもりは、とりあえずのところ、ないね」
「そうですか。では、私と一緒に知り合いを探しに行きませんか?」
「……どうしようか。悩むところだな……。千早さんと共に行動できるのは魅力的だが……」
月は顎に手を当て、少し考えるような素振りを見せた。十数秒の沈黙の後、月はおもむろに立ち上がる。

「千早さん、すまないがもう少し決断を先延ばしにさせて貰うよ。ちょいと確かめたい事があったんだ」
「確かめたい、事? いったい何ですか、それって」
千早を無視するかのように、月はさっと千早に背を向け、建物の奥へと歩いていく。仕方がなく、千早は黙って彼の後を追った。

役場の応接室を抜けて、いくつものデスクが並ぶ部屋に入る。
部屋は、役場の職員達が実際に働いているのが想像出来るくらいに、ついさっきまで人がいたかのような煩雑さを残していた。

「まあ、見ての通り、所謂村役場の光景だな。これを見てみろ」
月はある机を指差した。いや、机ではない。その机の上にある電話だ。
「通じるんですか……?」
「千早さんが起きてから試そうと思っていた。だからまだ試していない。
 だけど、僕は恐らく通じると思う。周りをよく見てみろよ。よおく観察するんだ。何か、違和感を感じないか?」
千早は言われた通り、部屋中を見渡してみた。だが、月の言った違和感が分からない。

「何も役場に限った話ではない。こういう不特定多数の人間から電話をかけられるような職場には、いくつも電話があるのが常識だろ?
 それがどうだ? ここにある一台しかないぜ。もしかしてこの村役場は何か下らない流儀のようなものを持っていて、
 そして血迷ったか電話を一台しか置かなかったのだろうか。まさかな。今は平成だぜ?その気になれば電話くらいいくらでも買える。
 ま、だからこそ、この部屋に電話が一台しかないのは本当に不自然なんだよな。」
月は少し離れた所にある机まで歩いた。
「この机を見ろよ。ここに何か置いてあった跡がある。ずいぶん長い間置いていたんだろうな。
 ”色”ではっきり分かる。この場所に、何かが置かれていたという事が。さらに極めつけはこれだ」
月が指差したものを千早は見た。そこには先が乱暴に引きちぎられた電話線があった。

「向こうにもある。そっちの方にも電話が置かれていた跡があった。いくつもある。
 主催者の仕事もずいぶんと雑だな。これくらい、僕でなくても気づく。いや、わざと気付かせようとしているのか」
「主催者の仕業なんですか……?どうしてこんな事を」
「どうしてこんな事をしたのか。いくつかおぼろげながら見当がついているが、
 実際に電話をかけてみればもう少しはっきりした答えが見えてくるんじゃないか?」
月は一台だけ残った電話の受話器を取り、110をプッシュした。
とぅるるるると、月の耳に呼び鈴が響いた。

固唾を飲んで千早は見守る。もしかしたら、これでこの悪夢のようなゲームにけりがつくのかもしれない。
一台だけ残された電話が主催者の不手際によるものだったら……。夢のような話だが、期待せずにはいられない。

『こちら鎌石村役場。おかけになった電話番号は現在電話に出る事が出来ません。ピーっとなったら……』
「はは。110番にかけたつもりだったが、なにやら予期せぬ所に繋がったな」
「どこに……?」
「鎌石村役場。鎌石村ってのはな、ここから北にある村だ。千早さん、地図を見て確かめるといい。
 目が覚めてからすぐだから、まだ見ていないんじゃないか?」
「……少し馬鹿にしすぎではないですか?
 目覚めていきなり全く知らないベットに寝かされていたら、誰だって色々と確認します」

月は乾いた笑みを浮かべながら、留守電メッセージを残さないまま、受話器を下ろした。
続いてある番号をプッシュする。月の父親の携帯だ。

『こちら鎌石村役場。おかけになった電話番号は現在電話に出る事が出来ません。ピーっとなったら……』

続いて自宅の電話番号をプッシュ。

『こちら鎌石村役場。おかけになった電話番号は現在電話に出る事が出来ません。ピーっとなったら……』

様々な番号で、繰り返し試してみたが、かかった所は全て『鎌石村役場』だった。
どんな番号を押そうと、鎌石村に繋がるようにされているのか?外部への連絡は、やはり閉ざされているのか。
まあ、当然と言えば当然か。用意周到な主催者が、こんな所でミスを犯すとは思えない。
月はふとある事に思い付き、少し考えた後、『内線』のボタンをプッシュした。
この島に村は三つある。全ての村に役場、ないしは何か村の中心地的な建物があるとしたら……

とぅるるるるると呼び鈴が鳴る。月が期待した通りのメッセージが聞こえてきた。

『こちら氷川村役場。おかけになった電話番号は現在電話に出る事が出来ません。ピーっとなったら……』

月は千早に向かってしてやったりの、会心の笑みを見せた。
「思った通りだ。この電話は外部にコールすると鎌石村へ、内線を押してコールすると氷川村の役場に繋がるように改造されている」
「助けは、呼べないんですか?」
月はきょとんとした顔を千早に向けた。すぐに笑顔になる。
「そんな事主催者が許すと思ってるのか?ありえないだろ。
 この電話は要するに、殺し合いの参加者達の関係がより複雑になるように用意されたギミックさ。
 それ以上でもそれ以下でもないね。まあ、簡単に言いのけちまったけど、こいつは相当役に立つぜ?
 知り合いを探すために足を棒にする必要はなくなったってわけだ」

確かに月の言う通り、この連絡手段に気づいているのといないのとでは、得られる情報に雲泥の差がある。
電話に気付いた事によって、月と千早は相当なアドバンテージを得た事になる。

「そんなに、役に立ちますか?」
「やれやれ。想像力がないのかあんたは。錆びちまうから少しは脳味噌を使ってやれよ」
「具体的に教えて下さいよ!」
役に立つという事が分からないわけではない。ただ千早はやはり共にこの島に放り込まれた仲間の事が心配で、
いても立ってもいられないのだ。この電話を具体的に役立たせる方法を、月に示して欲しい。

「まあ、例えばだな。我慢強く電話をかけ続ければ誰かが呼び鈴に気づくだろ。
 その誰かが電話に出たら情報をゲットできるチャンスだ。命の危険なんて一切しなくていい。
 なにせ電話越しだからな。しつこく電話しなくても、留守電を残せば誰かが聞いてくれるかもしれないじゃないか。
 運が良ければあんたの友達がこっちに電話をかけてくるかもな」
「…………」
千早はごくりと唾を飲み込んだ。そう言われてみると改めて素晴らしいギミックだ。ただ……

「ただ……あまり情報を広めすぎるのはやめた方がいいですね。もし、殺し合いに乗っている参加者に聞かれたら……
 あと、嘘にも気を付けないと。電話越しだから、誰でも簡単に嘘がつけてしまう」
「ははは。何を言っているんだ千早さん。その点は心配いらない」
「……? どうしてですか?」
あまりにもあっさりとした、自身の漲る言葉に千早は首を傾げた。

「この僕がどこにでもいる輩の嘘に引っ掛かるとでも思うかい?いや、千早さんは僕と会って間もないからな。
 僕の事を何も知らないのは無理もない。まあ、この僕がいる限り、心配する必要など皆無ってことさ」
「……その過ぎた自信がいつか月さんの身を滅ぼしそうな気がしてならないんですけど……」
「気にするな。何はともあれ心配した所で仕方ない。仕方ないなら迷う必要などなし!」

月は早速適当なボタンをプッシュする。

「さて、千早さん。もし留守電だったとしたら、どんなメッセージを残したい?」

いきなり聞かれたため、千早は少し焦った。どんな内容にすればいいだろうか。
不特定多数の人間がこのメッセージを聞く事になるかもしれない。
春香達の名前を出すべきか、否か。自分がいる場所を明かすべきか、否か。

「────────、という内容を盛り込んだメッセージをお願いします」
千早はどこか浮かない顔で言葉を紡いだ。月は千早の顔を見て少しいぶかしんだが、
何もなかったかのように、受話器を上げて饒舌に話しかけている。


実のところ、千早は電話という便利なギミックを前にしてもなお、ある事について気を揉んでいた。
それは、自分自身が春香達を探しに行かなくていいのか、と言う事。電話を利用するなら、探しに行くわけにはいかない。
いつ誰から電話がかかってくるか分からないのだから、電話の前から離れるわけにはいかなくなる。
つまり待ちに徹しなくてはならない。千早は自分の事を、春香や雪歩など仲間達の中ではまだ勇気がある方だと思っている。
勇気のある自分が、ただ待つだけという楽な道を選んでいいのか、という迷い。
例えば雪歩は、殺し合いの中満足に行動できるような勇気を持ち合わせているのだろうか。
持ち合わせていないだろう。恐怖で震えて縮こまっている雪歩が目に浮かぶ。
そんな彼女たちに、無理を強いて、私自身は楽をするのか?

私は守る側の人間だ。少なくとも、事務所の仲間達の中では……

強い責任感から、千早は罪悪感を感じたが、感じた所で仕方がない。
月はすでにメッセージを伝え終わった。今から仲間達を探しに行くわけにはいかない。
誰か一人は電話の前にいなければ満足に電話を利用できないからだ。
千早だけ仲間を探しに行って互いに一人になってしまうと、二人とも危険だ。誰かに襲われたら対処できない。

いずれにせよ、サイは投げられた。私が迷っている間に────

春香達がどうしようもなく心配になってきたら、罪悪感で潰されそうになったら、
月に私が一人で仲間探しに出かける事を提案してみよう。月は傲慢な点が玉に傷だが、
頼りになる親切な人間だと思う。無下に断るような事はしないと信じる。
きっと、彼は私の気持ちを汲み取ってくるはずだ。



(さて、鬼が出るか蛇が出るか……。とにかく、何か面白い方向に転んで欲しいもんだ)

千早が今現在感じているような心配を、この男は一切しない。
それが悪い事か良い事なのかはここではどうとも言わない。
彼はあくまで、暇な自信家だった。そもそも、この男は心配や不安を感じたりするのだろうか。
殺し合いだというのに、ゲームが開始されてから今までずっと、顔色一つ変えていないではないか。

【一日目/深夜/F-2 平瀬村役場】
【夜神月@やる夫スレ常連】
[状態]:健康
[装備]:火炎瓶×5
[所持品]:基本支給品一式(パン残り2個)、果物数個
[思考・行動]
基本方針:なし(どう行動すべきか決めかねている)

【如月千早@アイドルマスター】
[状態]:健康
[装備]:
[所持品]:基本支給品一式(パン残り2個)、赤外線ゴーグル、暗視ゴーグル
[思考・行動]
基本方針:殺し合いには乗らない
1:春香達に会いたい。
2:私は楽をせずに、春香達を探しに行くべきなのか?


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最終更新:2010年01月15日 00:44
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